ベルくんちの神様が愛されすぎる   作:(◇)

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九話

 憂鬱だった。不用心な神(ヘスティア)から宝と言える物を盗み出すことに成功して、自分がそれを売り払えば直ぐにでも大金が手に入ると言うのに、リリルカの表情は晴れなかった。曇り空だと言うのにオラリオの北通りは相変わらず盛況で、そこかしこから賑やかな声が聞こえてくる。端を歩く暗い表情の自分はさぞかし惨めに見えるだろう、と。何気ない日常を謳歌する街の人々に対して舌打ちをしたくなった。

 昼も過ぎているが手持ちの金は昨日全部奪われたばかりだ。さっさと自分の手元にあるモノを換金するべきなのだろう。

 

『(……悩むことなんてない。神なんて勝手に下界にやってきているだけで、それでいて好き勝手やっているのなら、リリが勝手にしたっていいじゃないですか)』

 

 (ソーマ)をリリルカ恨んでいる。ファミリアを作るだけして後は放置し、団員たちが何をしようが無関心なその神を、リリルカはきっと嫌いなのだろう。

 リリルカに神の視点は分からない。酒に溺れる下界の子に何を思ったのか、リリルカは知らない。自身の趣味以外の全てに興味を無くしたその神に、恨むことだってきっと無意味なことだ。

 

 なんであんなファミリアを作ったのだろう。なんで団員に酒など与えたのだろう。無関心でいるのなら、初めから何もしてほしくなんて無かったのに。

 

『(だから……私が何をしたっていいはずです!)』

 

 神が様々な不条理を与えるのなら、少しぐらいの不条理が神に降ってもいいじゃないか、とリリルカは思う。

 

 ポケットに手を入れヘスティアのペンダントを握った。金具の部分の冷たい感触が返ってくる。大金となる現物は確かにその手の中にあるのに、高揚感は微塵も浮かんでこない。

 

『……』

 

 だって自分はもうこのペンダントを盗んでしまった。今更どの面下げて返しに行くと言うのか。自分自身で盗んでおいて、リリルカはヘスティアの顔を見るのが怖かった。神なんて、と否定するように思っていたのに、ヘスティアから否定の言葉が出されるのを聞きたくなかった。

 

 忘れてしまえばいい。さっさとこのペンダントをお金に換えて、ファミリアを抜けて、しがらみを全部無くしてしまえば、きっとこの陰鬱な気持ちも無くなるはずだ。

 

 北通りを抜けて裏路地へと足を向けた。ノームの翁が営んでいる古物店へ向かおうとしたところで――声が響き渡りリリルカの耳に入った。

 

 

『ひぃぃぃいいい!! 熱っ! 熱っ! ちょっと! おばちゃん! 油が、飛んでいるよ!? 揚げ物するって、言っても、限度があるって思うんだ!?』

 

『やだねぇヘスティアちゃん! ちょっと数滴はねたぐらいで大げさ! 火や油が怖くてジャガ丸くんの屋台が務まらないでしょう!? ほら! 浮かび上がってきたよ取った取った! 焦げちまうよ!』

 

『無理! 無理! 無理だって! 良いよ少しぐらい焦げたって! すこし待とうよ! お米だって少し焦げてる方が美味しいだろう!?』

 

『ヘスティアちゃんアンタそう言って屋台を全焼させたの忘れちゃいないだろうね!? 焦がしたら全部自分で買い取ってもらうよ!?』

 

『そ、そんなぁ!?』

 

 

 悲鳴を上げて涙目になりながらジャガ丸くんを揚げているヘスティアの姿があった。

 

『………………別に、いいですけど』

 

 神様が何をやろうが勝手であり、別に傍から見れば楽しそうにアルバイトをしているのは別にいい。いいのだが何故か納得いかないような気がしてきた。勝手ではあるが自分がヘスティアの大切なものを盗んだと言う自覚があって、罪悪感も抱えていたと言うのにヘスティア(アレ)は普通に生き生きと仕事をしている。

 実はこれ偽物なのではないか、と。リリルカはポケットの中のペンダントを弄るように撫でた。

 

『いやぁ、ヘスティアちゃんは今日も頑張ってるねぇ。偉い偉い』

 

『でも張り切り過ぎてお店まで燃やしちゃだめよ? 慌てん坊さんなんだから』

 

『ごめんね! だけどもう少しで終わるから、ちょっと張り切っちゃおうかな!』

 

 老人たちがヘスティアへと穏やかな笑みを浮かべている。時折神様へと拝む――代わりに可愛い孫娘を甘やかすように頭をなでている。ヘスティアも満更ではなさげで、リリルカから見れば楽し気な光景に見えた。

 

 神がアルバイトをしている、というのは珍しいことではない。威光を示せば付箋がもらえる時代は終わり、今では神という存在は種の一つとして扱われている。種族のるつぼのようなオラリオではたとえ神だろうと只の住民でしかなかった。下界の子供たちと神は対等であるとは言えないのだが。

 

『……馬鹿馬鹿しい』

 

 リリルカは小さく呟く。

 下界に来てまで下界の子供たちと同じことをするのなら、最初から天界で眺めていればいい。退屈だろうが何だろうが、そこが(おまえ)達が生まれたところで。最初から最後まで其処に居て、その退屈(つらさ)を受け入れるべきじゃないのか。

 

 自分(リリルカ)ができないのに、(おまえ)達ができるなんておかしいじゃないですか。

 

 

『や、昨日ぶりだね』

 

 ふと、その神の声を聞いて俯いた顔を上げた。二つに纏めた髪は頭の三角巾で覆われ、エプロン姿のヘスティアが其処に居た。

 いつの間にか来たのだろう。そうリリルカは思うが、単に自分がぼんやりとしていただけだ。商品も買わずに眺めていれば目立つのだから、見つかるべくして見つかったのだろう。

 

 自分は盗人で、ヘスティアはその被害者で。ならば自分は逃げるべきだとリリルカは思うが、そうしようとは思わなかった。どうでもいいとは思ってはいたが。

 

『……なにか?』

 

『なにか、じゃないだろう? まったくもう。僕がどれだけ心配したと思っているんだい?』

 

『……すみません』

 

 ジト目で言うヘスティアに、なぜかリリルカのその言葉はすっと出てきた。

 リリルカにとってはヘスティアに心配される必要も義理も無い。きっと昨日の自分ならそう言って突き放していただろう。

 

 口に出してからリリルカは自分に対して苛ついた。自分のポケットにあったヘスティアのペンダントを雑に彼女に向かって放り投げる。

 わ、と。驚いたように悲鳴を漏らしたヘスティアは、慌てた様子でそれを受け取った。

 

落ちて(・・・)いましたよ。大切なモノなら、無くさないようにきちんと保管しておくべきでは?』

 

 皮肉を込めてリリルカは言う。どの面下げて自分はそれを口にしたのだと笑いたくなった。

 相手は神だ。自分の言っている嘘ぐらいは直ぐ見抜くだろう。自分がどんな存在なのか、彼女だって理解できるはずだ。

 

『ああ、ありがとう(・・・・・)。これは大切なモノだったから、見つかってよかったよ』

 

 だけど目の前の神は、笑みを浮かべてそんな言葉を返してきたのだ。

 思わず、ぎり、とリリルカは奥歯を噛んだ。

 

『……嘘だ、ってことぐらいわかるはずですよね、わざわざ地上に来てアルバイトしている身とはいえ、神なんですから』

 

 神に嘘は通用しない、例外は神と神の間だけだ。リリルカの言葉にヘスティアは小さく笑みを見せる。

 

『でもそれを分かって君は嘘を吐いただろう? 返したいと、謝りたいと思っている子を追い詰めるほどボクは狭量に見えるかい?』

 

 見透かすような言葉にリリルカは息を飲み、視線を逸らして口を開く。

 

『……全体的に狭量には見えますね』

 

『そこはほっといてくれ! そりゃあケチだとは思っているけどさ!』

 

 まったくもう! と。そう怒ったような表情をする(ヘスティア)様を見て、リリルカは――

 

『(本当に、本当に反吐が出ますね。(リリルカ)っていう人間は。要するに貴女は、誰かからの慰めが欲しかっただけでしょう?)』

 

 ただ自分は自分(リリルカ)を嫌悪した。

 強い拒絶の言葉を吐いているのは、相手がそれを受け止めてくれると理解しているから、相手に甘えているだけだ。彼女なら、(ヘスティア)様ならきっと受け止めてくれると、拒絶されれば仕方ないと自分に言い訳できるように言葉を選んでいる。

 本当は何もかもに怯えていて――詰まる所、リリルカ・アーデは弱かった(・・・・)。ただそれだけのことだった。

 

『……リリは、どうしようもないできそこない(サポーター)で、盗人ですよ』

 

『それぐらいなんだって言うんだ! ボクなんて神友に頼ること数百回、ジャガ丸くんを焦がすこと数十回、最近は屋台までこんがりさ! それに比べたら軽いもんだよ!』

 

 神のスケールを舐めるな、と。自慢げに言うヘスティアにリリルカは苦笑する。

 

『胸を張って言わないでください』

 

『ふふん、盛るほどあるからね』

 

『嫌味ですかそうですか、捥ぎ取りますよ』

 

 他愛のない言葉を紡ぐ。名前だとか最近あった出来事や天界でのことだとか、リリルカ自身、話せるような話題が無かったため聞いているだけだった。

 遜らず、媚びず、ただ砕けた口調で行うやり取りは、リリルカが思っていた以上に楽だった。どうして(ヘスティア)様は自分にこうまでして構うのだろう。そうリリルカが思ったとき、ヘスティアがもじもじと何かを言いだそうと言葉を選ぶ。

 

『ね、ねぇリリルカ君、……じゃなくて。リリ! 良かったらなんだけれどボクの――』

 

『ヘスティアちゃーん! 休憩終わりだよ! 手伝っておくれぇ!』

 

 ヘスティアが口を開いたところでジャガ丸の屋台から声が張り上げられる。見事に言葉を遮られたヘスティアは慌てたように返事を返した。

 

『わ、分かったよ待ってて! あーえー、リリ! もしもよかったらまた話そう! ボクのホームの場所はもう知っているだろう!? 夜は大体居るからたまに顔を見せてくれると嬉しいな!』

 

『……気が向いたら行きますね』

 

 自分の言葉に笑みを見せて(ヘスティア)様は返答する。そして慌てたように屋台へと向かってしまった。

 

 一人手持無沙汰になったリリルカはその場を後にする。

 金銭になるはずだったペンダントは無くなって、手持ちも何もない。だから結局自分はサポーターとして金を稼がなければならない。それでも幾分か心が晴れたような気がした。

 

 

 ギルドに行き、自分が要注意人物(ブラックリスト)に乗っているのを確認することになる。

 どうしようもない現実がそこに在った。

 

――

 

 11層、Lv1の冒険者たちの中でもLv2になろうとしている者たちが集まるそのフロアで、リリルカはハードアーマードと対峙するベルとヴェルフの戦いを観察していた。

 サポーターとして様々な冒険者を見ているが、この二人は評価がしにくい相手だと思う。戦闘能力、という意味ではベルが多少不足ではあってもヴェルフがカバーできる範囲だ。ハードアーマードやシルバーバックなどから数体で囲まれれば難しいが、そもそのような状況にベルはしないだろう。

 戦闘の立ち回り、という面になればその評価は逆転した。最大戦力のヴェルフにベルが合わせている。リリルカやヴェルフが動きやすく分かりやすい位置、であると同時にベル自身が戦えるよう立ち回っている。それも――

 

「――」

 

「(……見られていますね)」

 

 もしもリリルカが何か(・・)仕掛けるならこのタイミングだろう、という瞬間にベルが意識を一瞬向けているのだ。それも戦闘指揮をして自身も立ち回りながら。

 リリルカ自身も彼らを陥れたり魔石をくすねたりするつもりもない。むしろ新顔をパーティに入れることの当然の警戒だ。それでも陥れる側(リリルカ)が実行する隙を与えないように立ち回れるのは異常だと感じた。

 ただ少し、苛立った。それは疑われていることにではない。それ(・・)をベルができることにだった。

 

「ファイアボルト、ヴェルフ開けて!」

 

「おうよ!」

 

 アルマジロのように転がってくるハードアーマードの進行先の地面を魔法で抉る。進行方向がそれて背中から壁に激突した。

 ヴェルフは大太刀を貝に刃物を差し込むように突き刺すと、丸まったハードアーマードをこじ開ける。そして大太刀を引き抜いたタイミングで、ベルはその傷口へと右腕を突っ込んで叫ぶ。

 

「ファイアボルト! ――ヴェルフ! アーデさん! モンスターは!?」

 

 いかに外殻が硬かろうと内蔵までは硬化していない。ベルの魔法はハードアーマードの体内で爆発し、内臓へと致命的なダメージを負わせた。そして与えすぐさま此方へと向かってきていたモンスターについて再確認を取った。

 

「シルバーバックが一匹!」

 

「取り巻きはあり――いえ、インプが4」

 

 大太刀を肩に担ぎなおしたヴェルフを横目にリリルカはベルへと目を向ける。

 ハードアーマードへと止めを差し、ヴェルフの援護に向かうベルと視線が合った。警戒をあからさまにされるのは気持ちの良いものではない、が所詮自分はサポーターだとリリルカは自分へと言い聞かせる。そしてハードアーマードの死体を掴み運びながらベルとヴェルフが戦う場所へと近づいた。

 インプが数体集まりかけており援護が必要だ、そうリリルカは判断するが既にベルがナイフを投擲して牽制していた。その数秒でヴェルフがシルバーバックを足止めをし、ベルがその喉を掻っ切る。悶えたところをヴェルフが心臓の魔石向けて大太刀を振り下ろし両断した。

 援護は必要ないだろう、そう思い手にかけていたボウガンから手を離した。

 

「――」

 

 ベルから視線が向けられていた。

 ああ、これは何時もなら(・・・・・)後で『自分たちを狙っていた』と難癖をつけられるな、と。リリルカは小さくため息を吐いた。

 

「解体をやってしまいます、ベル様」

 

「うん、お願い。信頼してるよ(・・・・・・)、アーデさん」

 

「っち、魔石ぶった切っちまったか! ベル、残り手伝ってくれ!」

 

 ヴェルフの呼びかけに応えそのままインプたちの掃討へとベルは向かう。

それまで自分と同じサポーターだと思っていたが、ヴェルフと対等に動くベルを見てリリルカは呟く。

 

「嘘ばっかり」

 

 アレは自分と同じ、誰かを騙せる人間だ。

 リリルカなりに解釈をするのなら、あの言葉は『おいたをするな』、だろうか。

 

 もしも自分がベルと同じ立場だったとしたら、同じことをリリルカはするだろう。それをベルは理解しているだろうし、リリルカ自身に伝わることも分かっているはずだ。

 

 きっと自分とベルは似ているのだろうな、と。それが分かってしまいリリルカはベルのことがますます嫌いになった。

 

――

 

 リリルカは冒険者を信用していない。リリルカ(じぶん)への報酬は2.5割を確約されたが、どうせ何かしらの理由を付けて減らされるのだろう。だからこそサポーターたちは魔石をちょろまかして報酬を嵩増しし、リリルカ自身もやったことがある。

 

「(……まぁ、もうそんなことをするつもりはありませんでしたけど……)」

 

 特に何か言うわけでもなく淡々とヴァリス金貨を分けるベルと、ドロップアイテムと手持ちを睨めっこするヴェルフに毒気を抜かれた。

 以前インファント・ドラゴンの報酬でも正しく分けたので、不正に此方の報酬を減らすことはしないと予想はしていたが、こうも自分(リリルカ)に対して対等に接せられるのはむず痒く感じる。

 

「11階層で戦うのがやっぱりリスクと収入のバランスが一番いいね。勿論何かがあって支出が多すぎたらいったん上の階層で稼いで、持ち物が万全になったら再度行こう。二人はどうかな?」

 

「問題はないと思うぞ。やっぱリリスケが居ると滅茶苦茶戦いやすいし効率もいい。不安なのはベルの負担とリリスケの防御力に関してだな。正直インプ一匹でも後ろに通したらヤバイ、ってのは心理的に負担がある」

 

 額に手を当て疲れたように言うヴェルフは、本当に此方を気遣っているのだろう。

 

「ベルはその辺りを考えているんだろうが、任せっきりってのは違うだろ?」

 

「だね。ステイタスが上がった影響で集中力が途切れにくくなったから、補助はするよ」

 

「ヴェルフ様、リリへのお気遣いありがとうございます。ですが倒せずとも長引かせていなすことはできるので、どうかお気になさらないでください」

 

 ニコリと笑みを見せて言葉を返す。しかしベルの言葉には舌打ちをしたくなった。普通はそんなに早くステイタスなど上がらないのだから。

 そしてインプ以下程度ならリリルカ自身もいなす余裕はある。大型のモンスターが向かってくる状況はベルとヴェルフが同時に戦闘不能になっていることが予想できるため、どちらにしても死ぬのだから話す意味は無かった。

 

「……なぁリリスケ、やっぱなんか気持ち悪ぃからその媚っ媚の口調止めねぇか?」

 

「ははは……最初に素の口調を見ちゃったから違和感が凄いよね」

 

 何て失礼な人たちだ、と。リリルカは内心で思った。インファント・ドラゴンと戦い同じパーティの時はどうせ死ぬからと自暴自棄だったのだ。素の自分を見せてしまっており、過去の自分に対して文句を言いたくなった。

 

「いいですかお二人とも、リリはしがないサポーターです。そんな私がお二人と気安くお話をしていたら、なんて生意気な奴だと周りから言われてしまうんですよ?」

 

 リリルカの立場上それは好ましくない。今このパーティでの待遇は警戒したくなるほど良いが、いつ外されるのか分からない。サポーターとはそういうものだ。その時になって自分と組んでくれるパーティは皆無になるだろう。

 

「(……まぁ、その時は文字通り体を売るしかなくなるわけですが)」

 

 それでもいいとリリルカは考えている。その程度(・・・・)のことで、神様が捨て置くことは無いと信頼しているのだから。

 

「まぁ、クラネル様は専業サポーターではなかったので必要ありませんでしたけど。有望な冒険者さまと一緒でリリはもの凄く幸運です!」

 

 ベルがサポーターをやってた時期から一か月程度、それだけの期間で数年冒険者をしているヴェルフに追いつくなどどう考えてもおかしい。

 間違いなくベルは才能(・・)を持っており、それが努力をすれば当然のように結果はついてくるだろう。自分(リリ)とは違って。

 

「……周りの視線が気になるならダンジョンの1階層で反省会をする?」

 

「いいえまさか! ただでさえリリは恵まれているのに、お二人にそこまで気を遣わせるわけにはいきません! なによりリリは弱っちいので、ゴブリン数匹相手での嬲られてしまいます!」

 

 よよよ、とおどけたように言うとヴェルフが、ぶっはと噴き出した。

 普段のリリルカを知っているから違和感が臨界突破したのだろう。この男は……と内心で怒りマークを浮かべた。

 

 反省会も終わりベルが山分けしたヴァリスをそれぞれに渡す。リリルカも一応確認はするが、本当に報酬に差異は無い。

 

「これだけあるなら少しぐらい贅沢を、ってやってると金が貯まんねぇんだよな。装備の新調やら鍛冶に使う素材集めやら、これでも全然足りねぇ」

 

 ずっしりと重くなった袋を眺めてヴェルフは言う。それが装備に費やせばあっという間に無くなるものだと全員理解して頷く。

 

「日雇いが多い街と同じような雰囲気だよね。成果が直ぐにお金に代わって、そのお金が使える場所が直ぐ用意してあって」

 

「そんでもって冒険者はまた金を稼ぎにダンジョンに潜るわけか。素敵なサイクルだな。気を付けねぇと」

 

 安定してその場所でいいと妥協した冒険者たちが歩む道だ。冒険者と言う存在はロマンに挑む馬鹿者か、その日その日を退廃的に生きる愚か者のどちらかだとリリルカは思っている。

 リリルカが見てきた冒険者は後者で、幸いなことにこの二人は前者に当たる。二人のサポーターに付けたことは間違いなく幸運だ。

 ならば自分がやるのはこの二人に気に入られることだ、捨てられないようにすることだ。少しでも長く二人にパーティを組んでもらうことだ。

 

 笑みを作る。自分の手持ちを二つに割って袋に入れると、その片方を二人へと差し出した。

 

「お二人の配分がしっかりしているので、リリも十分なほど報酬をいただきました。このお金は過剰ですから、お二人でどこかで食べてきてください」

 

 ならばどうするべきか、一番良い方法は自分と一緒に居て損をさせないようにすることだ。

 幸いこのパーティなら2割も貰えば十分貯められる程度の収入にはなる。消耗品が此方持ちでないのも良い。ならば余剰分は本人たちが使えばいい。少しでも気をよくしてくれればいい。そうして此方が最終的に利を得られるならば、何をしようがされようが文句は無いのだから。

 

「……そんじゃお言葉に甘えるか。火鉢亭でいいよな? 安くてそこそこ美味いぞあそこは」

 

 ヴェルフはリリルカに渡された袋の口を締めると、そのままリリルカへと放った。

 

「いいね、行こうか二人とも」

 

 ベルは置いていた自分の荷物を持ち直す。渡されたヴァリス金貨のことなど目もくれていなかった。

 

「えっと、その。お二人とも?」

 

 リリルカは目を丸くし、何か自分は言い間違えてしまったのかと考える。そして言いよどんでいるうちにヴェルフは首を傾げた。首を傾げたいのは此方だと言いたくなった。

 

「? おい、なにやってんだリリスケ? さっさと行くぞ」

 

「ほら、立って。行こうよアーデ」

 

 ベルから手を差し出され、思わずそれを握ってしまった。そのままベルが手を引き、自分は立たせられる。

 それじゃあ行こっか、と。ベルはリリルカの手を引いたままそう言ってそのまま歩き始めた。リリルカ自身は二人の行動が理解できず、言われるがまま足を進めた。

 

 

 

 

「……やっぱり変な人たちです」

 

 リリルカは小さく呟いた。

 


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