ベルくんちの神様が愛されすぎる 作:(◇)
小さいころ、自分にとって一番偉大な人は『おとうさん』だった。
『男ならハーレムを目指さなきゃな!』
そう言って愉快そうに笑いながら頭をぐりぐりと撫でる『壮年の男性』を、白い髪の少年、ベル・クラネルはきらきらとした眼差しで見上げていた。
それはベルがまだ小さいころ、村で『おとうさん』と暮らしていた時の記憶だった。小屋のような小さな家で、暖炉の前の椅子の上に一緒に座りながら、『おとうさん』は楽しげにベルと語り合っていた。
実際の所ベルとその『男性』は血がつながっていたわけではない。それはベルがコウノトリやキャベツ畑の話を信じなくなった頃と同じように、本人から聞いた言葉だった。
それでもベルと同じ白い髪を持つその男性は、外見年齢やその容姿からベルの父親のようにも見える。ベル自身も恐らく自分は『おとうさん』のことは大好きだと恥ずかしげもなく語っているだろう。
この頃のベルが何よりも好きであったのが、『おとうさん』が語って見せた様々な物語、英雄譚だ。それは英雄が怪物を退治する話であったり、捕らわれた姫を助ける話であったり。
『アルゴノゥト』みたいに失敗してコメディチックに逃げ出してしまう話もあったけれど、『おとうさん』と笑いあう時間が楽しかったことを覚えている。
それでも何と言っても一番なのが、一人の男性が父親に兄弟を捕らわれ、それを知恵や勇気を振り絞って助け出していく英雄の物語だ。その英雄がその時どんなことを思い、戦ってきたのかを情緒あふれた表現で語ってくれる『おとうさん』の話が一番好きだった。
『キツイことばかりだった旅だけれど、その男は止めなかった。どうしてか分かるか?』
『どうして?』
『女の子が可愛かったからだ。村一番のあの子も可愛いけれどアレが野ッ原のミントに見えるぐらいに可愛いかったんだ』
『え!? あの子だって凄く可愛いのに!?』
『それでもだ! ……いや、やっぱあの子も充分可愛いからなぁ。甲乙つけがたい。それはともかく! 兄弟との出会いもそうだが何よりやっぱり女の子との出会いが一番充実していたんだ!』
『ふぁ~』
『激動の最中一瞬の出会い、たったそれだけの会合で恋に落ちていった。一夜の愛、そして男は自分が彼女を幸せにできないと分かっているからこそ、彼女の涙を振り切って別れていく……』
『それじゃあその英雄は、世界中にその人を好きな女の子がたくさんいるの?』
『そうとも! 女が思い出したとき、そっとその場所に戻って愛をささやいているんだろうなぁ』
『へぇ~』
『ベルも、女の子が居たら優しくするんだぞ。泣いている子が居たら笑わせてやるんだ』
なぜか照れくさそうに話す『おとうさん』にベルは首を傾げながらも、ハーレムと言うのは女の子をたくさん幸せにできるんだろうなぁという間違った知識を付けていった。
『おとうさん、僕もおとうさんみたいになる! ぜったいにハーレムを作ってみせるよ!』
『お、おう! 頑張れよベル!』
ベルの言葉に何故か詰まったように言葉を返している。少なくともこの時点で彼は一瞬ではあるが嫌な予感を感じていた。
そう、ここで回想が終わったのなら、ベル・クラネルという少年は恐らく本来の歴史の様に純粋に育っていたのだろう。偉大な育ての親の背中を見て、その繋がりを求めて『英雄』を、ついでに女の子との出会いを探すような少年に。
そして話の転機は此処からだった。
木箱を押しつぶしたかのような轟音が玄関から響き渡る。
それは小さな家の玄関が蹴り破られ、ドアが壊れた折れた音だった。押し入り強盗かと一瞬怯えたベルと、すぐさま臨戦態勢となった『おとうさん』は、埃の中から現れた姿に目を丸くした。
そこに居た人物にベルが初めに抱いたのは、きれいな女性だ、という感想だった。
ふわりとした桃色の髪になめらかな肢体を強調するような服を着たその女性は、ベルが今まで聞いてきた英雄譚のお姫様のようだと感じていた。
成程、確かに村一番の美人であっても彼女のような女性の前では野原のミントに見えてしまうだろう。
ゆっくりと歩みを進め、顔を上げた女性は動かずにいたため、少しばかり部屋に静粛が訪れる。
『おとうさん』の知り合いなのかな、となんとなくではあるがベルは考える。
『おとうさん』の陰に隠れていたベルは、女性と対峙する自分の父親を見上げその表情を窺った。
めっちゃ冷や汗が出てた。まるで滝だった。
『おとうさん』からしてみれば、ジャーンジャーンと何故か脳内で銅鑼の音が聞こえていたのだろう。
絶世の美女ともいえる女性は天敵とも呼べる神だったのだから。
『ふふふふふふふ、久しぶりね■■■』
『は、ははははは久しぶりだな■■……』
そして数秒後、『おとうさん』の膝を抱え背中に馬乗りになっている女性の姿がそこに在った。
「イタタタタタタタ待って待ってマジ待ってらめぇぇえ折れちゃう折れちゃうのぉおおおおお!! プロレスごっこはダメなのオオオオオ」
「折るわ」
「マジ待てって■■! そんなにアレに手を出したのが気に入らなかったのか!? ここ数年女には手を出してないってマジで!」
「じゃあ空白の数年間は?」
「つまみ食いしてました!」
「死ね」
「NOOOOOOOOOOOO!!」
何時だって夢とは儚い物で、幼き頃のベルは少年に成る以前にそのことを知ってしまった。
ああ、僕の目指した
―――
初めてオラリオに訪れたベルが感じたことは、でかい、の三文字だった。都市そのものを囲む市壁は侵入者や外敵を許さないと言わんばかりに堅牢な作りになっており、昼間であるからか、かなり距離が離れた地点でも街の喧噪が聞こえてくる。
肩に掛けていたバックパックを背負い直したベルは、圧倒されかけていた自分に活を入れるとゆっくりと歩みを進める。身体よりも一回り小さいバックパックがあり、腰にはポーチとナイフ、身体は旅人に向けて作られた麻黄色のローブが纏われている。その装い通り彼は旅人であり、旅の終着点に漸くついたのだと言える。
そうして足を踏み入れたベルが驚いたのは、あらゆるところに魔石が使われていることだった。
他の都市では魔石は貴重な物に当たる、というのも魔石自体がこの都市にあるダンジョンから生まれたモンスターが持つものであり、供給自体はふんだんにあるのだろう。それこそあらゆることに使える魔石を多く取れるこの場所は、正しい意味で世界で一番栄えていると言えるのかもしれない。
「ここが……オラリオかぁ。今一番ホットな場所っていうのもあながち嘘じゃないみたいだ」
きょろきょろと辺りを見渡す姿はおのぼりさんの少年そのままだった。とは言え使い込まれた旅装束や武具など、見る者が見ればただの世間知らずの坊やではないということは分かる。
流石に表通りにいる旅人へむやみやたらと喧嘩を吹っ掛ける冒険者は居ない。路地裏となれば話は別だが、ある程度人が少ない道などを見分けることはできた。
表通りを歩いている最中に、とある張り紙が目に入る。その下には洋紙が置かれ、名前を記入する欄が書かれていた。
「【ロキ・ファミリア】団員募集中?」
そこに書かれていたのは、とあるファミリアの入団試験の案内だった。曰く、新しく団員を募集するが見込みのある人物を入れたいという事が遠まわしに書かれている。
【ロキ・ファミリア】といえば、大きなファミリアである、ということぐらいはオラリオに入って数時間のベルでも知っている。あちらこちらで偉業を達成したことや、憧れる声などの噂話が聞こえてくるのだから、大手の場所であることは確かだった。
自分以上にできる人は山ほどいるだろう、とベルは思う。だが旅をしている内にそれなりの出来事を体験してきた自分も、そこらの者よりはできるという自信はある。
入団試験の記入用紙を回収してバックパックに入れると、再び辺りを歩き始めた。
が、道中でぐぅぅ、と空腹感と共に腹の音が聞こえてきた。 そういえばもうお昼か、そう思ったベルは露店で林檎を買い、手で軽く弄びながら歩く。果物類は軽くお手玉すると甘くなる。どこかベンチでも見つけてのんびりと食べるつもりだった。そうしてある場所にたどり着く。
そこは下り坂のスタート部分で、長い坂道の上からはオラリオを遠くまで見渡すことができた。
下の市場からは多くの者達の活気ある声が聞こえてきたことに、ベルは小さく笑みを見せた。
「とにかくまずは宿をとって……それからファミリアを捜さないと。……なんだか楽しみだな」
ベル自身も明確な目的があってオラリオに来たわけではない。無論、旅の終着地点にしようと考えていたことも事実だが、噂に違えて酷い場所だったら止めようとも考えていた。
一番大きな理由は『おとうさん』がこの場所で見てきたものを見てみたかったからだ。いろんな場所を旅していた『おとうさん』が一番初めに居た都市が、本当はどんな場所であったのか、それを知りたくてオラリオへと訪れたのだ。
そしてベルはこの場所が凄く魅力的な場所に見えた。栄えていることもそうだが、ぐるりと冒険者たちを見渡すだけでも未知の防具、未知の武器が揃っている。
『男だったら冒険しないとな! 勿論旅もいいけどよ!』
キラリと歯を光らせ親指を立てる『おとうさん』を幻視したベルは、よし、と言葉に呟き歩みを進めようとした。
「あっ」
それは間違いなくベルの不注意によって起こったことだった。
坂を下り始めようとした時、通り過ぎようとした他者とぶつかり手に持っていた林檎を滑らせて地面に落としてしまったのだ。
鈍い音を立てて地面に落ちた林檎だったが、偶然落下地点に小石があり予想以上に跳ねてしまった。
確かに弾力が強い果実だとはおもったが、ここまで跳ねるとはベルも予想してはいない。ぽーんぽーんとなんの偶然か潰れることなく林檎はどんどん坂を下って行った。
あれはもう食べられないな、と言う思いと、他の都市で見た、ボールをスタートさせると様々な絡繰りによってどんどんボールが遠くに行ってしまうピタンゴラスイッチを連想させた。
ぽーんぽーんと林檎は下って行く。そろそろ落ち切るかな、というところでベルにその声は聞こえた。
『ふぎゃ!!』
「…………あ」
ベルの耳に届いたのは自分の間抜けな声と、坂を見上げて見事に林檎を顔面に直撃した少女の姿だった。
白い服と飾りの青い紐が特徴的な少女はリンゴの果汁塗れに成り、ぶつかった勢いで倒れ頭をぶったのか気絶している。
それを見てベルはこの上ないほど冷や汗を垂らした。正しく偶然の産物であり、悪いのはベルではないだろう。だが最後に林檎に触っていたのはベルである。
このまま知らないふりして逃げても大丈夫なんじゃないかな~という黒い思考が流れ出すも、ざわざわと騒ぎが出てきたことと、ぶつかったのが少女だったことにベルは首を振った。
『女の子が居たら優しくする』、当然のことである。被害を生み出した原因が自分であることはさておき。
「だ、大丈夫ですかぁー!!」
結局善意の第三者の旅人君と言う体で、ベルは少女へと駆け寄った。
―――
「はぁ~なんで誰もファミリアに入ってくれないんだろうなぁ~」
ベンチに座って溜息を吐き、ヘスティアは露店で買った串焼きを頬張った。
それは怪物祭が始まる数か月ほど前の話であった。下界に降りてきてからヘファイストスの元でぐうたらと過ごしていたヘスティアであったが、ヘファイストスの堪忍袋の緒が切れてしまい何とか自活しなければならなくなってしまっていた。
意訳すると『金をとるか私を取るか、どっちかにして出ていけ』と言ったヘファイストスは、ヘスティアの前にヘファイストス製のペンダントと見た事も無い量の現金を積み上げた。
君を取るに決まっているじゃないか! と迷いなくペンダントをとったヘスティアだったが、その後何回もヘファイストスに泣きついている。青狸とダメ少年を思わせる関係で、仕方ないなぁヘスティアちゃんは、とヘファイストスに甘やかされているが、ヘスティアとしてもそろそろ友人やロキを見返してやりたかった。
なにしろロキの自慢話がウザいのだ。『ええでええで~ファミリアはええでぇ~』と自慢してくる彼女を羨ましく思ったことは否定できなかった。
「そう腐るなよヘスティアの神さん。なにも住民だけじゃなくて、外部からの旅人を入団させるって目もあるだろうよ」
「そうなんだけれどさぁ……ねぇ串焼屋のおやっさん、ボクのファミリアに入らないかい?」
「ダメダメ、うちは特定のファミリアだけじゃなくていろんな奴に食ってほしいからな! それにジャガ丸んところにどやされちまう」
串焼き屋の店主の言葉にやっぱりだめかぁ、と落ち込むヘスティアだったが、何時もの事であったためダメージは少ない。
やっぱり外部の何も知らない子を入れるしかないのかな……そう思ったところでヘスティアは首を振った。流石にそこまで落ちたら胸を張ってファミリアができたなどとは言えないだろう。
きちんと納得してきてもらいたい、そして
「よし頑張ろう! じゃあねおやっさん! ボクは行くよ! ボクのファミリアに入らなかった事を後悔させてやるからな!」
「おーう頑張れよぉ!」
おやっさんの声援を背中にヘスティアは走り出す。
そうだ、今日は頑張って勧誘してみよう! 非番だから夜までいろんな人に話しかけてみよう! 一人ぐらい、入ってくれる人が居るかもしれない。
だれでもいい、何てことは言わない。だけどボクのファミリアで一緒に楽しめたなら、きっと、きっと。
決心を胸にヘスティアは走り出す。そうと決めたら向かうのはオラリオの出入り口付近だ。ファミリアを探しに初めてオラリオに来る人が居るかもしれない。
「いよーし! 頑張るぞ……ふぎゃん!!!」
なお、決心は飛来した赤い果実によって一瞬にして打ち砕かれ、そのまま気絶した。
真っ暗になる意識の中でヘスティアは少年の声が聞こえたような気がした。
――
「……マズイ、マズイってこれ、どうしよう……」
ベルはベンチに座って頭を抱えながら、誰に向かって言う訳でもなくぼやく。原因はベンチの横で寝ている少女だった。
ベルが気絶させてしまった少女だったが……どう感じても神様だった。人々にとって神様たちはどうしても恐れ多く感じさせるものである。幼少期から神様に育てられたベルは、その辺りが鈍感で――あるわけが無く、寧ろ神様って怖ェを身を持って体験している。
なのにどこの神とも知らぬ者を気絶させた……ケジメ案件である。下手をすれば大事に巻き込まれることもあるだろう。と言うより過去に巻き込まれた。付き人から逃げ出した少女が実は一国の神だったとか想像できないだろう普通。
とはいえ自分が女の子を放置してどこかに行くことなどあり得ない。どうしたものか、と額に当てた手を横目に少女の姿を窺った。
ふにゃん、と。男の夢が左右にだらしなぐ垂れていた。
「……はっ、いけないいけない!」
それにしてもこう、なぜ女神さまたちはギリギリを責めるのだろう。ワンピースはいい、だけど男の夢を強調させる紐はいったいどういう事か。それがファッションなら流石神様パネェとしか言えない。
ちらりと、下を向くふりをしながらベルは少女の様子を窺った。今日は日差しが高く暖か日であるからか、肌がしっとりと汗をかき桜色になっている。特に男の夢の狭間は艶やかになって……
「ってダメダメ! 僕の馬鹿! 煩悩退散煩悩退散!」
「う、う~ん」
「ひぃ!!ごめんなさい!」
目を擦りながら意識を戻したヘスティアにベルは思わず頭を下げた。意識がはっきりとしていないからか、ぼんやりとした思考のままヘスティアは首を傾げる。
謝っているのかどうかも分からない状態だったが、突然現れた後頭部からの痛みで現実に引き戻された。
「イタッ……つぅ~なんだったんだいったい……と、君は?」
「あっと、大丈夫ですか? 頭を打ったみたいなので寝かせていたのですが……あ、ポーションです。飲めそうならどうぞ」
「うん、いただくよ……」
目の前の少年が助けてくれたんだな、と未だはっきりとしない寝ぼけたような状態のヘスティアだったが、海の表面のような薄い青色のポーションを受け取り、飲み込んだことで意識がはっきりと戻ってくる。
後頭部の痛みも引いてきており、割と即効性があるんだな、と。そう考えたところで目を見開いた。
「ってポーション!? 高いモノなのに使っても大丈夫だったのかい!?」
「い、いえ。オラリオのポーションは高いですけど、これは外の物ですから……。大した効果はないかもしれませんけど」
「そうかい? 君が良いならいいんだけど……」
なんだかおかしいな、とヘスティアは首を傾げる。ヘスティアの言っていることは正しく、効力の薄いポーションであってもオラリオの外では貴重品に当たり、それなりに高級であるのは否定はしない。
とはいえオラリオの中ではちょっと高い飲み薬程度に値下がっているため、大枚はたいて買ったベルとしてはがっかりしたのだが。その程度なら彼女に使っても惜しくは無いと考えるのも当然である。
「どうやら君が介抱してくれたみたいだね。ありがとう助かったよ。ボクはヘスティア、君は?」
「えっと、ベル・クラネルです。いえ、お互い様ですから」
ベルの返しが少しおかしいとヘスティアは感じたが、きっと『困ったときはお互い様』と言いたかったのだろう。なんて謙虚な子なんだ! 内心でベルの評価を上げていた。
「ふふん、謙遜もいいけど感謝も受け取ってほしいぜ。よし! ポーションのお礼には安いかもしれないけど、美味しい物をおごってあげるよ! 昼食はもう食べたかい?」
「え、いえまだです。だ、大丈夫ですよ!結構です! お腹空いていないですか」
ぐぎゅるるる、と。
ベルの腹の虫が鳴く。ああそう言えばあの林檎食べ損ねたんだった、と。都合の悪い時に泣き虫になる腹をベルはぶん殴りたくなった。
「どうやらお腹の方は正直者のようだね! 遠慮しなくてもいいよ、さあ行こうじゃないか!」
笑顔で手を引くヘスティアにベルは引き攣った笑みを見せる。
何しろ気絶する原因になった林檎をぶつけたのは自分である。なのにトラブルを避けるため善意の第三者のふりをして介抱して、純粋な感謝を向けられているのだから決りが悪い。
おまけに心のフォルダにはヘスティアの漢の夢がバッチリである。『きちんとカメラに収めたか!?』とベルの心の中でポーズを決めている『おとうさん』に『おかあさん』を登場させてきっちりヘッドロックを決めさせておいた。
そんな理由もあってベルは一方的に気まずい思いをしていた。原因が自分だと話すタイミングはとっくの昔に過ぎており、どうしようかな、と考えていた。
「……わ、美味しいですねこれ」
「そうだろう、そうだろう! 僕のバイト先のジャガ丸くんは最高なんだ!」
料理を楽しんでいたらいつの間にか忘れていた。
ヘスティア、という神様は自分が想像していた以上に気安く、どこか話しやすい人物だとベル感じていた。
もしかしたら怪我をした原因は……と、ベルが事情を話してみても、君が介抱してくれたことは事実だからありがとう! と朗らかに返してくれたのだ。
神様は怒らせたらヤバイ、のイメージを先行させた『おかあさん』とは全く違うな、と。ベルはジャガ丸くんに齧り付くヘスティアを見ながら笑みを見せる。
「それでベル君はあまりこの辺りで見ないけれど……もしかしてオラリオの外から来たのかい?」
「はい、今日到着したところです。だけどこの街に根を据えてみたいとも考えているので、顔を合わせるようになるかもしれませんね」
「旅人! いいね、僕は此処でバイトしているからいつでもおいでよ!」
ベルが初めてオラリオを訪れたという事に、ヘスティアは内心で興奮しつつあった。何しろ彼はフリーであり、謙虚な性格の少年であることがヘスティアにも分かったのである。
彼がボクのファミリアに入ってくれたらな……よし。
小さく拳を握ってヘスティアは意を決したように口を開いた。
「も、もしかして君はファミリアを――むぅ!!?」
「? ああ、これですか?」
ヘスティアの目に入ってきたのは、ベルのバックパックからはみ出ている【ロキ・ファミリア】の新団員募集の記入用紙だった。ベルがそれを取り出し予想通りだったことに歯ぎしりしてしまった。
この辺りでロキ・ファミリアの団員が張り紙を張っていたことはヘスティアも知っている。それを持っていると言うことは、
「べ、ベル君? もしかして君もロキの所に受けに行くのかい?」
「えーと、はい。一応受けてみるつもりではありますけ……」
「ろ、ロキ・ファミリアは止めておいた方が良いよ!うん! 本人が女の子好きだから男女比も偏っているしロキ自身の(おっぱいに対する)僻み癖も酷いし!」
「えぇ……」
リアルハーレムを作っている神様なのかな、と。ベルは内心で尊敬しつつも入るのは難しいと感じる。
「ロキって奴は酷いんだ! 人の事を散々ちびっことかドチビとか馬鹿にして! 前だって『ドチビ~この酒を飲むんにはちょっと背丈と金銭が足りんとちゃうんかぁ?』 っていやらしそうに言ってさ! 身長が足りなくて飲めない酒なんてあるかって言うんだ! 酷いと思わないかい!?」
「あ、あははははは」
どうやらヘスティアとロキは仲が悪いらしい、と。ベルは内心でメモを取りながら思考を纏めていく。
もしも【ロキ・ファミリア】に入団したらヘスティアとは疎遠になるかもしれないとベルは思う。だがロキという神様が酷い奴と言うのは大分主観が入っていたため、とりあえず受けてはみようと思うベルだった。
「…………その、やっぱり入るとしたら大きなファミリアに入りたいのかな?」
ロキへの文句を一通り言い終わったヘスティアだったが、自分の悩みも込めてベルへと尋ねる。
ファミリアに入りたい理由を理解すれば、自分もちゃんとファミリアを作れるかもしれない。そんな考えも込めた言葉だったが、それに反する様にベルは首を傾げた。
「え、だって新設するファミリアに好き好んで入るメリットってあるんですか?」
ガーン、と。漬物石が自分の頭の上に落っこちてきたような気分になった。
「そもそも神様が送る恩恵だって神様ごとに違う訳でもない。なのに新設したてってことはその神様を養わないといけないわけですよね? 元々人数が居るファミリアならその負担も分散しますし」
そもそも人一人を養うのにどれだけかかるという話である。だが人数が多ければ多いほど1人当たりの負担が減るのは間違いない。
それどころかファミリアに居ることの恩恵も確実に得ることができる。何の伝手も無い状態で一から店を立てるのと、大企業の社員と成るのでは安定性が段違いである。
「そこの神様自身が技術や知識を教えてくれるとか、そう言ったメリットが無いと入るなんて言う物好きは居ないんじゃないですか?」
「ハ、ハハハハハハソウダヨネ。イヤハヤ勉強ニナッタヨ」
引き攣った笑みで言葉を返すヘスティアに、どうしたんだろうかとベルは首を傾げる。
ヘスティア自身が自分の眷属に何か与えることができるか……そんなものは無いとヘスティア自身で思う。
何しろ自他ともに認めるダメ神様である。今でさえヘファイストスに半分はヒモ状態である。教えられるスキルなんて自慢じゃないが持っていなかった。
そんな自分が目の前の自論を展開した少年をファミリアに誘う? 止めろ無理だ。
どうしようもなく情けなく、恥ずかしくなって、ヘスティアは顔を赤くする。
「ジャ、ジャアボクハコレデ。今日ハアリガトウ!」
「あっ……行っちゃった」
質問の内容から、もしかしたらヘスティアもファミリアの団員を募集していたのかもしれない。ベルはそう当たりをつける。
だがこれからの身の振り方を考えるうえで、簡単に入団するファミリアを決めることはどうなのか。ヘスティアに誘われたとしても様々な場所と比べたうえで決めるだろう。
ベル自身、女の子を放っておけない性格ではあるが、それは完全に余裕がある場合に限る。たとえマッチ売りの少女が目の前を歩いていたとしても、明日死ぬ事を知らなければ素通りするだろう。ある程度ドライな一面も確かに合った。
彼女のイメージはLOVです