課金厨のソシャゲ廃人がリリカルなのは世界に神様転生してまた課金するようです   作:ルシエド

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薄々感づいてる方もいらっしゃると思いますが、ぼちぼちこの章オーラスです


希望を抱いてない奴が! 課金してまでガチャを回すわけねえだろ! 希望を持つから回すんだよ! 回す奴には希望があるんだ!

 誰もが動かなくなったドームの中で、ユーリが胸を抑えてうずくまる。

 

「うっ……」

 

 成人男性の半分くらいしかなさそうな小さい己の手を、彼女は見る。

 その手は石化した彼が最後に掴み止めた方の手。

 ユーリは石化した彼を見て、その表情を驚きに染めた。

 

「まさかあの時、私に触れた一瞬で……!?」

 

 石化の手を掴んだ瞬間、反射的に砕け得ぬ闇の内部に干渉する。不可能ではない。

 彼の中には闇の書の闇の欠片があり、それで先日ユーリと心を繋げたばかりだ。

 死ぬ気でやれば、小さな干渉を起こせる可能性はある。

 体も心も全てが闇に染められ、闇だけで出来ていたユーリの体の内側に、小さな光が生まれる。

 彼が残した、可能性の光だ。

 

「この、光……!

 そうか、ディアーチェは、この光を、彼の光を、ずっと昔から知っていて―――」

 

 そして光は、ユーリの中の"あるもの"を目覚めさせ、剣を執らせる。

 

 ユーリの胸の内側から、青空のような色合いの、水色の刃が飛び出していた。

 

 

 

 

 

 ソシャゲ管理局が吹っ飛んだ時、シュテルはこう言っていた。

 

―――今回のこれは、単純にマスターが悪いという話でもありませんし……

―――何はともあれ、マスターが無事でよかったです

 

 彼女は言う時は言うタイプだ。

 ソシャゲ管理局が爆死したのが単純に彼の引き起こした爆発のせいだったならば、彼女は彼に適量の注意を与えるだろう。

 だが、この物言いはまるで、彼以外にも原因となる者が居たかのような言い回しだ。

 

―――それはこっちの台詞だ。……悪いな

―――大丈夫ですよ。今更ですから

 

 言葉が端折られすぎてよく分からない会話。この二人の間でだけ相互理解と意思疎通がちゃんと成立する会話。

 これを補完すると、こうなる。

 

「ちゃんと再会させてやりたかったのに、悪いな」

「大丈夫ですよ。あの子に会いたい気持ちを抑えるなんて、今更ですから」

 

 彼があの日ガチャで引いたものは、召喚された時のハイテンションで特に何も考えずに――砕け得ぬ闇と繋がりのあった過去の影響のせいで――魔力全開で周囲のものをぶっ壊し、闇の書の闇のプログラムの一部だったことから、他の欠片と一緒に未来に流れ着いていた。

 

―――予言じゃ! 予言の通りじゃ!

―――あの日落ちて来た水色の流星は星の終わりの前兆だったんじゃ!

 

 そして、民衆がそう言っていたように、水色の流星となってこの星に落ち、砕け得ぬ闇と融合した闇の書の闇の中に混ざり込んでいた。

 なればこそ、必然だった。『それ』は彼がガチャで引いたものだったのだから。

 

 彼が呼びかければ、それが小さな干渉だとしても彼女は目覚め、彼の願いに応えんとする。

 

 

 

 

 

 ユーリが内側からの攻撃で止まった一瞬で、それはユーリの内側から飛び出して来る。

 それはまさしく、水色の流星だった。

 まばたきが一度行われる程度の短い一瞬で、流星はその空間を飛び回り、水色の刃でフローリアン姉妹を飲み込んでいた泥を切り裂く。

 

「最高最速! 速くて強くてすっごい雷、それがボク! 超かっくいー!」

 

 外部からの干渉から開放された姉妹は再起動し、奇跡的に機能不全から復帰した。

 

「ぷっ、はぁ……! あ、アミタと一緒に、ここで死ぬかと思った……!」

 

「あなた、は……?」

 

 水色の髪。

 水色の魔力光のザンバーフォーム。

 レオタードと戦闘服を合わせた黒色のバリアジャケットに、爛々と輝く赤い瞳。

 そして、『フェイトと寸分違わぬ容姿』。

 

 彼が引き、この世界にやって来て、今ここに目覚めた彼女もまた、マテリアルの一人。

 

「ボクはレヴィ! マスターから貰った名前はラッセル! レヴィ・ラッセルだ!」

 

 この世界には生まれなかった可能性、フェイト・テスタロッサを模倣したマテリアルであった。

 

 体外にてバチバチと音を鳴らす、魔力が変換された水色の雷。

 先程の見せた高速移動能力と高速斬撃。

 シュテルやディアーチェと同じく、オリジナルと同質の資質があることは間違いないだろう。

 

 容姿は成人女性のそれだが、喋り方や佇まいからは子供っぽさ、悪く言えばバカっぽさが垣間見える。

 知性や落ち着きが目に見えるフェイトとは対照的だ。

 だが、レヴィが操る雷も相まって、それが逆に『荒ぶる雷』という印象を強烈に顕現している。

 

 そして、レヴィが姉妹を助けるかたわら、ディアーチェもその体を起こしていた。

 

「貴様は愚かだ。最後の最後まで、我を……この、愚か者が……!」

 

 遅延魔法の要領で、時間差で発動した課金回復だ。よく見れば、石像化した彼の足元に、砕かれた課金石の破片が散らばっている。

 腕から石化が始まったために、魔力を足に回して立ち上がった時、ユーリに気付かれないよう足の下に出した課金石を踏み砕いていたのだろう。

 石砕きで放たれた回復魔法が、首をかき切られたディアーチェの命を救っていたのだ。

 あの一瞬で、青年はレヴィの復活を狙い、ディアーチェの命に保険をかけた。

 結果、脱落者は彼一人に終わる。

 

 ディアーチェは忌々しさと悲しみを込めて石化した彼を見つめた。

 そして、ユーリもまた、石化した彼を見つめて声を漏らす。

 

「こんな、こんな土壇場で……! あなたは、あなたは、本当に……」

 

 最後の最後に『可能性』を残した彼を見て、ユーリは嬉しそうに、悲しそうに、誇らしそうに、悔しそうに、石化した彼を見る。

 諦めないその姿勢を好ましく思う心も、諦めて安らかな眠りに着いていて欲しいと思う心も、彼の全てを壊したいという心も、彼女の中にはあった。

 

 自分で石化しておきながらそんな目で彼を見るユーリを、憤慨収まらぬディアーチェが睨む。

 だが"ユーリを見るディアーチェの目"も、"彼を見るユーリの目"同様に、正負両方の感情が垣間見えるものであった。

 

「力のマテリアル、レヴィ! 力を貸せ、奴を打倒する!」

 

「え、やだよ」

 

「!?」

 

 声を荒げるディアーチェ。が、なんとレヴィはその命令をバッサリと切って捨てた。

 驚くディアーチェ、にぱっと笑うレヴィ。

 

「ごめんね王様!

 本当なら王様の命令を聞いてあげたいんだけど……今日は、先にした約束があるから!」

 

「約束?」

 

「ボクは闇の中で寝てたんだ。

 でもボクを引当召喚したマスターに起こされたのさ!

 でねでね、ボクにその人が言ったんだ! 『オレの代わりに皆を逃がしてくれ』って!」

 

「―――っ!」

 

「"うんいいよ"ってボクは答えて、約束して来た!

 その人がシュテるんとか王様とか、皆のことを大切に思ってるのは分かったからね!」

 

 レヴィは頭が悪いというわけではないが、バカの部類に入る少女だ。

 バカには理屈をもって当たるべきではない。心をもって当たるべきだ。

 何故ならば、バカは頭ではなく心で動く人種なのだから。

 

「逃げられるかどうかは別として。

 避難誘導という主目的は果たしたのですから、逃げても問題はないのですが……」

 

 アミタがヴァリアントザッパーの残エネルギーを確認しながら、出力50%でも圧倒的だった、砕け得ぬ闇の姿を見据える。

 この少女から逃げ切れるなんていう想定は、ただの希望的観測だ。

 良くてディアーチェと互角レベルのレヴィが加わっても、この戦力比は揺らがせない。

 

 だがユーリは、アミタ達をぼうっと見回し、死人のような目で彼女らを見る。

 そして何をするでもなく、とてとてと歩いて青年の石像に歩み寄った。

 ユーリは彼の肩に優しく触れて、彼の仲間達に慈悲を見せる。

 

「いいよ。見逃してあげる」

 

「!?」

 

「私の今日の目的はこの人だけ。目的は果たした。

 この人が手に入ったからか、今の私の心は非常に落ち着いている……

 攻撃されれば自動で反撃してしまうけど、ただ逃げるだけなら、見逃せると思う」

 

 ユーリは、彼を手に入れたことで非常に安定していた。

 彼を石にしたことで、彼女の心を駆り立てていたウーンズの妄執がひとまず満足したというのもあるだろう。

 心歪まされたままではあるが、今の彼女に破壊衝動はない。

 『誰も傷付けたくない』というユーリの意志が、今は強く表出していた。

 

(アミタ、これって)

(はい。不幸中の幸いですが……望外の幸運に恵まれました)

 

 姉妹は石化させられた青年を見て、後で必ず助けると決意し、逃げの姿勢に移る。

 

「『見逃してあげる』……だと?

 くくっ、こんな屈辱は初めてだ。

 ユーリよ、貴様、その言葉は相応の覚悟で言ったのであろうな……!」

 

 だがディアーチェに、逃げる気などさらさら無かった。

 彼女は声に怒りを込めて、石になった青年とそれに寄り添うユーリを睨みつける。

 今にも戦いを始めようとするディアーチェを、レヴィは抱きつくように止めた。

 

「ダメだよ王様!」

 

「ええい、離せレヴィ!

 こんな侮辱を受けた上で、奴に背を向けられるものか!

 ましてやここで逃げれば、逃げられない石になった奴は、奴はどうなる!」

 

「助けられた命を無駄に投げ捨てたら、それこそバカのやることだよ! 王様!」

 

「……っ!」

 

 怒りに沸騰する頭に、彼が最後に残した言葉が蘇る。

 

―――王の責務を果たせ

 

 その言葉が、ディアーチェに冷静さを取り戻させた。

 皆が撤退を始め、ユーリが石像の頬に優しく触れながら、その撤退を何もせず見逃す。

 

「この借りは、必ず返す。貴様ら二人にだ! だから待っておれ、我は絶対に……!」

 

 そう言い残して、ディアーチェもどこぞへと飛び去っていった。

 石化した彼の頬に手を添えて、ユーリは何も聞こえていない彼に話かける。

 

「意外です。

 闇王(ディアーチェ)がここで撤退を選ぶなんて……

 彼女も、変わりつつあるということでしょうか?

 でも……この星の上に居る限り、逃げても、もう……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この世界において、真に終わっている場所にこそ、緑はあった。

 死蝕の森がまさしくそれだ。

 緑が無い場所にこそ生存圏は在り、緑のある場所ではギアーズさえも活動が難しくなってくる。

 

 死蝕の中心点、死蝕の森。

 そこから生えた巨大な魄翼は空を撫で、今や星を丸ごと飲み込んでいた。

 誰の目から見ても分かる。

 もはや、この星に残された時間はない。

 紫の雲で構築された(そら)の上には、赤い翼で出来た空が広がっていた。

 

 レヴィを仲間に加えたアミタ達は、先行してた列車に追いつき乗り込むも、言葉数少ないまま佇んでいる。

 

「マスター、大丈夫かな。あんなカチンコチンになっちゃって」

 

(こ、この子は……!)

 

 そこでレヴィが、あえて皆が避けていた話題をズバッと口にする。

 バカ特有の考えなしな言葉が、その場の空気に緊張を走らせた。

 なお、バカは何も気付いていない。

 目を泳がせるアミタとキリエ。されどもディアーチェは、レヴィの不安げな呟きに、自分なりの理をもって王らしく答えた。

 

「あれは正統魔女(トゥルーウィッチ)が好む呪術と同質のものだ。

 破壊するために石化の槍として放たれるものとは僅かに違う。解く方法は必ずある」

 

「ホントっ!?」

 

「我が嘘を言う必要がどこにある! 必ず……必ずや、取り戻すぞ!」

 

 ディアーチェの言葉に、皆の心が少し上を向く。

 夜天の王を模倣して生まれた闇の王。彼女の言葉にもはやてと同様に、多くの人々の意識を自分に集め、最後には自分と同じ方向を向かせる力があるようだ。

 列車は彼女らの心とは無関係に走り、やがてフローリアン研究所に到着した。

 

 列車から避難区画に人々を誘導する役目は他のギアーズに任せ、降車。

 少女達はグランツ博士が待つ研究区画へと向かう。

 

(まずは博士に報告して、その後対策を考えて……

 ここからまた、空気が暗くなってしまいそうですね)

 

 グランツと彼の仲の良さを考えると、アミタは気が重くなってしまう。

 誰かの死を、その人の家族に伝える時の気の重さは、こんな世界に生きていれば何度も感じるものだろう。

 アミタが今感じているのは、そういう気持ちだ。

 課金王とグランツが時代・年齢・世界を越えた深い友情を一瞬で構築したのを見ていただけに、アミタの気は重い。非常に重い。

 

 けれどもこの責務を誰かに丸投げする気にもなれず。

 

「ってわけで、オレの時代ではあの形式のソシャゲの評価ってそんな感じなんですよ」

 

「ほほう。エルトリアでは、その形式は全く流行らなかったんだよ。

 課金王殿のソシャゲに対する分析は、本に残して欲しいくらいだね」

 

「そんなもんですかね?

 うちの管理局で出してるソシャゲ雑誌だと、オレのコラムは一番人気でもないんですが」

 

「ちなみに一番人気は?」

 

「ルーテシアっていう現役小学生が書いてるやつです。

 やっぱソシャゲプレイヤーとか大半がロリコンですよ、ロリコン」

 

「エルトリアと比べるのもなんだけど、君のところは人材厚そうだねえ」

 

「「「 何か居るっー!? 」」」

 

「あ、ちっちゃいマスターだ」

 

 そこには、デフォルメされた手の平サイズのかっちゃんが居た。

 

「おう皆お疲れ。無事に帰って来れたようで何よりだ」

 

「きさ……貴様、無事だったのか!?

 本当によかっ……、っ、このたわけが!

 勝手に我を気遣った挙句にやられ、その上勝手に先に帰っているとは何事か!」

 

「いや、オレは正確には帰って来たってわけでもないんだ」

 

 一から十まで無茶苦茶な彼だが、流石に自分の力だけで石化を解除し、自分に執着しているユーリの追撃を振りきって、ディアーチェ達より先に帰るのは無理だ。

 彼はここに居るが、ここには居ない。

 デフォルメの姿(チヴィット)として彼がここに居るのは、その辺りに関係があるのだろう。

 

「どういうことだ?」

 

「オレの主観だと、話せば長くなるんだが……」

 

 

 

 

 

 ユーリに石化された後、彼の精神は彼女の作る夢に包み込まれていた。

 何もかもが暖かく、彼の全てが理想的に肯定される夢。

 肯定されることに気味の悪さを覚えないほどに巧みに出来上がっていた夢で、ただ単純に甘く安らかな夢であるというだけでなく、意思の強い者ですらその夢に自ら進んで溺れたくなってしまうような、そんな恐ろしい夢だった。

 

「なんじゃこりゃ。とにかく元の世界に戻らないと」

 

 とりあえず彼は夢をガン無視。

 以前そうしたように夢の中から脱出しようとするが、肉体ごと取り込まれているわけでもなく、肉体自体は石化したままだからか、思うように脱出できない。

 それどころか、夢の世界で一週間が過ぎた頃、彼はもっと深刻な事態に気付いてしまった。

 この夢の世界では一週間が経っているのに、外の世界では一秒も経っていなかったのだ。

 

「成程。強い意志で抗えば抗うほど、外の世界とこの世界の時間の流れがズレるのか?」

 

 例えば、ユーリが彼の心を落とすのに使う時間を一分に設定していたとしよう。

 軟弱な者は一分で落とせる。これなら時間を引き伸ばす必要はない。

 だが、強靭な意志を持つ人間を堕落させるには数年でも足りない。その場合、夢の世界で流れる時間を数万倍、数億倍と引き伸ばしていく必要があるのだ、

 対象の心に合わせて夢世界の時間を引き伸ばしておけば、どんな相手だろうと現実換算一分間で心を落とせる。

 安定性という点で見れば、極めて優秀な夢の魔法であった。

 

「……抗う意志を強く持ち続ける限り、何十年ここで過ごそうが変わらない。

 元の世界で流れる時間は一瞬。抗って時間を稼ぐこと自体に意味は無い……よし」

 

 そうして彼は、この世界を脱出するため、そしてより大きな力を手にするため、この世界を利用することにした。そう、修行パートである。

 

 かっちゃん20歳。

 己の力と課金に限界を感じ、悩みに悩み抜いた結果、彼が辿り着いた結果は感謝であった。

 

 自分自身を育ててくれた課金への限りなく大きな恩。

 自分なりに少しでも返そうと思い立ったのが……一日一万回、感謝の課金!

 

 気を整え、拝み、祈り、構えて課金。

 一連の動作を一回こなすのに当初は5~6秒。

 一万回の課金を終えるまでに、初日は18時間以上を費やした。

 課金を終えれば倒れるように寝る、起きてまた課金を繰り返す日々。

 

 五年が過ぎた頃、異変に気付く。一万回課金しても、日が暮れていない。

 齢30を超えて完全に羽化する。感謝の課金一万回、一時間を切る!

 代わりに、回す前に祈る時間が増えた。

 

 一つの壁を超えた時 彼の課金は 社会を置き去りにした―――

 

「今ならできる……破ァ!」

 

 夢に囚われた心が、限界を超えた課金を成す。

 煩悩の全てを絶ち物欲センサーを振り切った課金が、虚空の観音を生み出した。

 彼の肉体から飛び出した闇の欠片が、闇の書の闇ではなく彼に隷属し、支配され、小さな課金王となって射出される。

 

 かくして、彼の心の末端はフローリアン研究所に帰還したのであった。

 

 

 

 

 

「……と、いうわけだ」

 

「あんたの大勝負で全部引っくり返す感じ、本当なんなの……?」

 

「今回のこれはオレの強化イベントだったらしい。運が良かった」

 

 ユーリもこれには気付いていないだろう。

 彼が心の末端を外に逃がし、心の大半を屈服したように見せかけることで誤魔化しているだなどと、誰が想像できようか。

 小さくなった彼に戦闘能力は無いが、レヴィの参戦も考慮すれば、今回の戦いで味方戦力はむしろ増えたと言ってよかった。

 

「石になった本体のオレは夢に染まって適当に合わせてるから、さっさと助けてくれ」

 

「マスター本人がここに居るってわけでもないからねー。うりうり」

 

「レヴィ、オレが小さいからってここぞとつついて遊ぶのはやめろ」

 

 レヴィの人差し指がつんつんと小さくなった彼の頭をつつく。

 彼からすればどつかれている気分だが、その光景は不思議と皆の雰囲気をなごませていた。

 

「さて、君達の会話の邪魔をするのは心苦しいが……

 今は緊急事態だ。悪いけど、私の話を傾注して聞いて欲しい」

 

 そこで、グランツが皆の注目を集めにかかる。

 彼らしくもない、質問も意義も無駄話も許さない雰囲気だ。

 時間をこれ以上無駄にはできない、という意思がありありと見えた。

 グランツは天を()く魄翼が生えた死触の森をモニターに映し、深刻な表情で口を開く。

 

「あの巨大な魄翼は、エルトリアを包み込んでしまった。

 けれど、これは視覚的に捉えられる事実以上に、危険な事象であることが分かったんだ」

 

「危険な事象?」

 

「これは翼に見えるけど、本質的には『口』さ。

 星を捕食しようとする口なんだよ。

 悪性生物も、残された人類も、星も、まとめて一口で食べてしまおうとしてるんだ」

 

「!」

 

 闇の書事件の最後で、闇の書の闇は星を丸ごと捕食する魔法を使った。

 それが今この世界で、また繰り返されようとしているのだ。

 

「最悪なことに、どうやらあちらは既に最終段階に入っているようだ」

 

「はいはい博士ー! しつもーん! それってどのくらい時間が残ってるの?」

 

「……発動まで、あと四十分と少しといったところだろうか」

 

「ウソっ!?」

 

 レヴィのド直球な質問、博士の簡潔な答えが、この世界の残り時間を知らしめる。

 もはやこの世界は風前の灯だった。

 この残り時間では、取れる手段も選べる対策も多くはない。

 

 博士の言葉に、皆が一斉に『どうすればいい』と考え始める。

 レヴィの頭はすぐにパンクしたが、頭のいい面子が考えても、良手は何も見つからない。

 一瞬の内に幾多の思考が流れ、当人の中で却下され、数秒の間にドツボにはまった思考が数えきれないほどに繰り返される。

 

 『どうすればいい』という思考は、前向きな人間でさえも、一時うつむかせてしまうありふれた呪いだ。

 答えが見つからない問題、出口の見えない思考、解決策が見つからない残酷を前にすれば、不屈の人間でも一時は下を向いてしまう。

 誰もが下を向いていた。

 だが、その場で一番小さな彼は、周りを見る時は常に見上げなければならない身長の彼は、いつものように上を向いていた。

 

「今ここに生きていること。

 今自分にできることがあること。

 今自分に何かができる時間があること。

 オレはそいつを、『希望』って名前で呼んでいる」

 

 いつものように、彼は仲間を信じ、皆と共に希望を形にする未来を信じていた。

 

「石になったオレが一番希望を持ってるだなんて、何の冗談だ?」

 

「―――」

 

 普段から石を扱う彼だけに、その言葉には少し重みが乗っている。

 そして、誰よりも先にアミタが口を開いた。

 

「いえ、希望なら、私の胸の中にもあります!」

 

 情熱と熱血の姉。その言葉には、熱すぎるくらいの熱がある。

 

「くだらん決めつけだな。我の中に滾る希望の闇、見せてくれようぞ」

 

 アミタが手の平を前に出し、小さい青年がその上に手を重ねると、ディアーチェもまたその上に己の手を重ねる。

 

「よく分かんないけど、どうにかなりそうなの? なら頑張ろう!」

 

 レヴィが重ねられた手に思いっきり手を叩きつけ、小さい彼と、彼を庇って手を動かしたディアーチェが物凄く痛そうな顔をする。

 

「ふふふ、私を差し置いて皆で盛り上がっちゃうなんて、悲しくて泣いちゃいそうよ?」

 

 そして最後に、勇気を振り絞るのに一番時間がかかったキリエが、そんな様子はおくびにも出さず妖艶に微笑み手を重ねる。

 戦士達の士気は十分。

 ゆえに後は、世界を救う具体的な手段さえあればいい。

 博士は気合を入れた彼女らに頭を下げて頼み込んだ。

 

「残り時間も少ないが、その上で頼みたい。私に時間をくれないかい?」

 

「博士に? 何をされるんですか?」

 

「砕け得ぬ闇を倒せる……かもしれない、方法を作ってみるよ」

 

「ええっ!?」

 

 その時、驚かなかった者は居なかった。

 戦う力だけが全てではない。『作り上げる力』もまた、等しく価値のあるものだ。

 ましてやこの世界は、グランツが作り上げた者達(ギアーズ)が守って来た世界。そしてその実績こそが、グランツの言葉が虚言でも妄想でもないことを裏付けている。

 

「ただ、まだそれの開発が終わっていないんだ。

 帰って来た君達の身体データを使って30分。

 ……いや、25分で仕上げてみせる。けれど、この状況で25分は……」

 

「構わん、やれ。我が許す。一刻も早く始めるがいい」

 

 ディアーチェの即断即決。迷う必要などあるものか。他に道など無いのだから。

 

「異論は言わせんぞ。我らがアレに勝つには、一つでも多く武器が必要なのだ」

 

 娘を狂気に落とし世界を破滅に向かわせるある男の妄執、それが作り上げた絶望は、あるお人好しな父親の希望によって風穴を開けられようとしていた。

 

「希望は必ず繋げてみせる。だから君達は、それまで少し休んでいるといい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フローリアン姉妹の細かな調整とエネルギーチャージは、一分か二分で終わっていた。

 普通の人間より回復が速いマテリアルでも、アミタとキリエの回復速度には追いつけまい。

 施設さえあれば全力戦闘の数分後にまた全力戦闘を行えるのも、彼女らの強みだった。

 ヴァリアントザッパーに念のためのメンテを行っているアミタの前、彼女の作業机の上で、小さい青年はアミタに話しかけている。

 

「気合い入ってるな」

 

「はい。何せ、あなたを助けにいくわけですからね!」

 

 分解も数秒。組み立ても数秒。可変銃であるヴァリアントザッパーの構造は非常に革新的だ。

 アミタは武器のメンテを終え、小さい彼の目をまっすぐに見る。

 

「あなたがやられてしまった時、悲しかった。

 あなたが居ない時、あなたが居ないことを寂しく感じました。

 そしてあなたが戻って来てくれた時、不思議と安心している私が居ました」

 

「……」

 

「そう、この胸の熱き想い……これが噂に聞く、恋というやつだと思います!」

 

「いや絶対ちげーわ、断言できる」

 

「えっ!?」

 

 彼も伊達に二十年生きてきたわけではない。恋する乙女と変な乙女の区別くらいはつく。

 アミタは初恋もまだの少女であったが、彼に向ける気持ちは間違いなく恋ではない。

 

「恋には終わりがある。愛は死が二人を分かつまでだ。

 だけど、友情は続けようと思えばいつまでだって続けられる。

 何故か分かるか? 友情の熱は、時に恋の熱より熱いからだ」

 

 見目麗しい少女に"あなたに恋をしている"と言われても、彼には微塵の動揺もなかった。

 それどころか、彼はアミタ自身自覚の無い彼女の中の内心を語り始める。

 普段はふざけている彼の目が、その時は心の中さえ見透かすような透き通る色を宿していた。

 

「恋は無知からでも始まるが、友情は相手を知ることから始まる」

 

 恋には一目惚れも多い。友情に一目惚れは無い。

 永遠に恋のままである恋はなく、何十年と続く友情もある。

 何も知らない相手に恋することはあるが、何も知らない相手に友情を感じることはない。

 

「アミタの胸にあるのは、恋より熱い友情だ。見れば分かる」

 

「―――」

 

 彼の言葉は、アミタの中にある情熱の名前を的確に言い当てていた。

 

「ああ、そういえば」

 

 その言葉に、アミタは心底納得する。

 

「私、人間さんの友達というのは、初めてだったのかもしれません」

 

「そうか。俺もこんな人間と変わりのないロボの友達は初めてだ」

 

 厳密に言えば、アミタにとってキリエが妹であり友であるというだけで、ほとんどのギアーズが人格を持っていない以上、彼女にとって彼は初めての友達だった。

 彼にとっても、機械に対しこんな友情を抱いたのは初めての経験だろう。

 二人は互いに対し、初めての形の友情を抱いていた。

 

「うひゃっほー! アミター! 一緒に遊ぼー!」

 

「うわっ、れ、レヴィ!?」

 

 二人揃って笑っていると、突如現れたレヴィがアミタに抱きつく。

 結構な勢いで抱きついていたが、アミタのしっかりとした体幹は揺らぎもしない。

 

「何十分も待機してるなんてタイクツ過ぎてつまんなーい! 遊ぼ、遊ぼっ!」

 

「え、えーと、いいですけど……

 一通り体を動かして不具合の確認もしておきたかったですし……けど、この状況で……」

 

「いいよ、行って来い」

 

「かっちゃんさん?」

 

「何もすることが無いなら、ウォーミングアップと緊張ほぐしに遊ぶくらいはいいと思うぜ」

 

 どうせこの時間でできることとかあんまりないだろ、と青年が言うと、レヴィはぱあっと年齢不相応に子供っぽい笑顔を浮かべた。

 

「さっすがマスター、話が分かるっ!

 あ、マスター、キリエも探しておいてよ。キリエも遊ぶのに誘うんだ!」

 

「はいよ。遅刻はするなよ、遅刻は」

 

「うんっ! 行こ、アミタ!」

 

「ちょ、引っ張らないで……あ! かっちゃんさん!」

 

 去り際に、アミタは笑顔で。

 

「私がいつか恋をしたら、その時はまた相談に乗って下さいね! それでは!」

 

 そんなことを言って、手を振りながら消えて行った。

 

「……本当に、凄い奴も居たもんだ。

 大抵の男より格好良くて、大抵の人間より熱いハートを持ってるんだからなあ……」

 

 結局のところ、あの子はヒーローなのだ。彼はそう思った。

 

 

 

 

 

 膝を抱えて、顔を埋めて、ベンチの上で体育座りになってキリエは自分と向き合っていた。

 

(バカね。機械が恐怖なんて感じてどうするのよ)

 

 震えはない。

 だが、恐怖はある。

 "負けたらどうしよう"という恐怖がある。

 意志で恐怖を抑えつけても、それが無くなるわけではない。

 キリエは自分の弱さを他人に見せるのが苦手で、見せるとしても姉にだけしか見せられない。

 彼女は今、自分の弱さを自分一人で乗り越えようとしていた。

 

(皆に貰った勇気で、立たないと。戦わなくちゃ)

 

 弱さを、仲間を想って乗り越える。

 強すぎる責任感を、強い使命感で上書きする。

 "世界の未来が自分にかかってる"という重圧を、"世界を救う"という決意でねじ伏せる。

 

(でないとわたしは、恥ずかしくて『フローリアン』の名前を名乗れない!)

 

 顔を上げたキリエに、もう弱さは見えない。

 彼女は弱さを胸の奥に押し込んで、普段の自分を作り始めた。

 鏡の前に立ち、飄々として淫らな女性を演じる練習を始める。

 それは、憧れの姉のようになれない繊細な妹が、この残酷な世界で強い者を演じながら生きていくために、絶対に必要なものだった。

 

「ふふっ、お姉さんと遊んでみる? なーんて……あ、今のポーズ、ちょっと良かったかも」

 

 だがこの作業、端から見ると凄く痛々しい。

 本人にもその自覚はあるのだろう。

 

 オリジナルセクシーポーズを鏡の前で練習している途中、背後から無言で見つめていた課金王の姿に気付いたキリエは、その瞬間フリーズした。

 

「……」

 

「……」

 

 キリエがゆっくりと振り向く。ちっこい青年は真顔だった。

 無言のまま、キリエは天井を見上げる。深く息を吸い、現実から目を逸らすように俯いて、深く息を吐く。目を閉じ、眉間を揉むキリエの思考は完全に停止している。

 これは夢よ、目覚めて、とキリエはほっぺをつまむ。普通に痛かった。

 これは幻覚よ、ここには私しか居ないわ、とキリエは目をぎゅっと瞑ってまた開く。

 真顔の青年が居た。

 

「いつから見てたの?」

 

「お前が膝抱えてそこに顔うずめてたとこからだな」

 

「ほぼ最初からじゃないのよ!」

 

「誰も居ないと思い込んで公共の休憩室で落ち込んでたお前も悪いと思うんだが!」

 

 キリエが顔を真っ赤にして、丸めた新聞でミニチュア課金厨を叩きに走る。

 青年も正論を言いつつ回避するが、扱いがまるでゴキブリだ。当然の反応ではあるのだが。

 

「はぁー、はぁー……あ、あんたが居ると、わたしのキャラが維持できないのよ……!」

 

「そんな台詞もう十数年くらいずっと言われてるわ」

 

「うぐぐ……ぐぐ……ごめんなさい。お姉ちゃんみたいに、頼りがいのある奴じゃなくて……」

 

「……」

 

「……わたし、弱いし、間違った方を見ちゃうこともある……だから……」

 

 キリエは姉と比べればだが、心が弱い。

 それは意志薄弱という意味ではない。責任感が強すぎるのだ。

 真面目すぎるために、アミタのように"とりあえず目の前のことに全力を尽くしましょうか!"と割り切れない。心のどこかで気にしてしまうのである。

 飄々とした自分を演じるのは、そうなりたいという彼女の深層の意識の現れに他ならない。

 

 彼女は他人に弱みを見せたがらない。

 だが、今日まで青年にからかわれて素の自分を出すことが多かったせいか、それとも最終決戦前で追い詰められていたせいか、ぽろっと本音がこぼれてしまっていた。

 キリエは内心"しまった"と思い、途中から黙ってしまったが、もう遅い。

 

「お前は、着飾る奴だな。本当の自分をそのまま見せるタイプじゃない。

 着飾った自分を、取り繕った自分を見せて、それで周りを安心させようとしてる」

 

「……」

 

「でもきっと、上っ面(ファッション)で取り繕ったそれも、お前なんだろうな」

 

「……え」

 

「お前はそれでいいのかもしれない。着飾ったままで。

 弱さを取り繕って、それでも人を助け続けて。

 真面目で一生懸命で、責任感が強いのに他人を頼るのが苦手で、"いい子"に見られるのも苦手」

 

 キリエは姉を見上げている。憧れている。頼っている。

 だが姉はそんな妹を見下したことはなく、青年もまた、キリエがアミタに劣っているだなんて思ったことはなかった。

 

「だけど、そんな自分で在り続けるお前に、救われる誰かも居る。オレがそうだった」

 

 彼は、弱さを持つからこそ強くなれる人間を知っていた。

 今まで生きてきた人生の中で、そんな人達にずっと助けられてきたからだ。

 

「お前のその(つよ)さを、オレは信じる」

 

「―――」

 

「それが無ければ、もしかしたらオレは今日までの戦いの中で死んでたかもしれない。だろ?」

 

 エルトリアでの戦いで、キリエの行動が何度彼の命を救ったことか。

 キリエが彼の命を救った回数は、アミタのそれよりも多いくらいだった。

 心のどこかにいつも不安を抱えるキリエは、姉よりもずっと、自分の命を自分で守れない青年の危機に敏感だった。

 

「大丈夫だ。お前はファッション悪女だが、ファッション勇者じゃない。

 その勇気はオレも知ってる。アミタも知ってる。グランツ博士も、きっと知ってる」

 

「……ばっかじゃないの」

 

 心の中で、弱さが強さに変わる音がした。

 

「あのね、女の子の心を理解できたとして、それを口にするとか止めなさいよ。

 だからあんたは気遣い出来るのに、女友達止まりばっかなのよ。多分。

 心を見透かされた女の子は、"そんなんじゃない"って意固地になるだけなんだから。

 女の子の内心を理解して、言及と見ないふりをちゃんと選択できる、それがいい男の条件なの」

 

「知ってる」

 

「……この男は……!」

 

 キリエが心の叫びを口にしようとするが、ぐっと飲み込む。

 そして、笑った。

 

 アミタが安定感のある、一本筋の通った揺らがない安定感のある勇者なら。

 キリエはいつだって不安がっている、迷う度間違える度に成長する勇者である。

 在り方こそ違えど、姉妹には同じ優しさがあり、胸には同じ勇気があった。

 

「レヴィが遊びたがってたから、ちょっと時間を持て余してるならそっちに行くといい。

 たぶん、不安と時間に押し潰されることだけは無いと思うぞ。レヴィはああだからな」

 

「バカだから、ね。

 分かったわ、行ってみる。……それと、ありがと」

 

 キリエは憑き物が落ちたような表情で、髪飾りの花に触れる。

 

「前にこの髪飾りを褒めてくれたの、嬉しかったわ。

 これは博士が……お父さんが、私にプレゼントしてくれたものだから」

 

 そうして彼女は、見ているだけで悩むのが馬鹿らしくなるバカと、頼れる姉が遊んでいる場所へと向かって行った。

 

「『お前はそのままでいいんだ』って言われないと分からないとこは、シュテルと一緒だな」

 

 青年は一人、キリエを放っておけなかった理由を口にする。

 

 結局のところ、あの子は乙女なのだ。彼はそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キリエに付いて行こうとした彼だったが、そこでディアーチェから通信が入ってしまった。

 サッカーボールサイズの浮遊ギアーズに乗り、青年は一路ディアーチェの部屋へ。

 ディアーチェに招かれ、部屋に入ると、そこにはゴムを咥えて髪を束ねる彼女が居た。

 

「髪、纏めてるのか」

 

「貴様がもっと髪の短い状態で召喚していれば、こんな苦労はなかったのだぞ」

 

「悪い」

 

「ふん」

 

 ゴムで留めた髪を、ディアーチェはばさりと後方に流す。

 短めの髪を纏めたポニーテールは、彼女の不遜な表情にとてもよく似合っていた。

 女性が髪型を変えるという行為は、時に意識の切り替えとして使われる。

 ディアーチェの中に生まれた決意は、守る決意か、救う決意か、それとも両方か。

 

「王の責務とは」

 

 ディアーチェは束ねた髪を揺らして、小さくなった彼を手の平に乗せる。

 手の平の上の彼に対し、ディアーチェは真摯な言葉をぶつける。

 それは「王の責務を果たせ」という、彼があの時遺言のつもりで残した言葉に対する答え。

 そして、あの日覇王に憧れを覚え、その心の隣に居た友を欲した彼女の答えだった。

 

「敵を倒す事、平和と繁栄をもたらすこと。

 壊すことと守ることが、王の責務。

 民は勝手に生み出し、勝手に幸せになるであろう。

 なればこそ、王が果たすべき責務は、民が生きる世界を守ること。その敵を討ち滅ぼすこと」

 

 覇王の心の隣に居た友に対し、ディアーチェは己が進む王道を口にする。

 壊し滅ぼすことを責務に加えてこそ、彼女は彼女らしい王である。

 

「これが我の答えよ。ならば次は、貴様が我の問いに応える番だ」

 

 そして彼女は、問いを返した。

 

「貴様は我の何だ。我は貴様の何だ。答えよ」

 

 彼女の問いに、彼は一瞬の逡巡もなく答える。

 

「友達だろう」

 

「―――」

 

 王に、対等な友は必要なのか。そんなものに、正解はない。

 友が必要でない王も居れば、友が必要な王も居るだろう。

 友が居て弱くなる王も居れば、友が居て強くなる王も居る。

 答えはそれぞれの王が出すしかない。

 ゆえにこの時、ディアーチェは一つの答えに至った。

 

 王の口元に、微笑みが浮かぶ。

 ディアーチェは青年のデフォルメされた服の襟をつまんで、己の肩に乗せた。

 小さな彼を肩に乗せ、ディアーチェは部屋の外へと歩き出す。

 

「おっ?」

 

「歩くぞ、我が友よ。意味もなく歩き、意味もなく話そう」

 

 博士が指定した時間まで、あと5分から10分しかない。

 いや、5分から10分もある、なのかもしれない。

 

「うぬのことだ。他の者達とは既に話したのだろう?

 ならば他の場所に行く必要もあるまい。

 最後の戦いまでの短い時間、その全てを我に捧げるがよい。代わりに我の貴重な時間をやろう」

 

 彼を肩に乗せ、ディアーチェは歩く。

 研究所の中を歩き回りながら、二人は語り合う。

 残り少ない時間を、二人は友として語り明かした。

 

「何? 貴様はそんなものが好きなのか?」

 

「いや、普通だろ普通」

 

「いや普通ではない、絶対に」

 

 時に、自分の好きなものや嫌いなものを明かしあった。

 

「いいや、オリジナルより我の方が絶対に料理が上手い。これは間違いなかろう」

 

「ええ……」

 

「なんだその目は、その声は! 我の勝利を信じておらんのか!」

 

「……ごめんな」

 

「否定も肯定もせずただ謝るな! それが一番腹が立つわぁ!」

 

 時に、ここに居ない誰かをネタにして笑い合った。

 

「しかしあれだな、その髪型似合ってるぞ」

 

「何を当然のことを言っておる。似合わんはずがなかろう、我の髪型ぞ?」

 

「褒めがいのない奴め……」

 

「ならば我が照れるまでひたすら褒めるがよい。

 それが当然の事実であっても、褒め言葉は嬉しいものだ」

 

 時に、思いついたことをそのまま口にした。

 

「ユーリをオレ達で救う……か」

 

「『この書』があれば、可能性はある。

 我らを信じよ。我らも貴様を信じる。

 ユーリの心が救いを求めねば、助かるものも助からんだろう。

 真に救いたいのであれば、生前の友である貴様の呼びかけは、絶対に必要なのだ」

 

「……だな。マテリアル達の呼びかけも、きっと必要だ」

 

 時に、この後に控えている戦いのことを語り合った。

 

「希望が繋がってるのは、ディアーチェのおかげだ」

 

 そして、感謝の言葉も告げた。

 

「お前に出会えてよかった。あの時来てくれたのが、お前でよかった」

 

「……はっ、何をたわけたことを。

 それで命運が繋がったのであれば、我らの出会いは運命よ。喜ぶほどのことでもない」

 

 二人の会話は、どこまでもこの二人らしい。

 

「しかし、こうして話していると耳がこそばゆいな。貴様の声が耳に近すぎてかなわん」

 

「ふっ」

 

「んにょわぁっ!?」

 

「うわ、今オレの方がびっくりするくらい可愛い声が出たな……」

 

「貴様ァ! 我の耳に息を吹きかけるとは何事か! そこに直れ!」

 

「ふっ」

 

「ふみょわぁっ!?」

 

「お前耳弱すぎなんじゃなかろうか」

 

 ちっこい彼がべチーンと壁に投げつけられたりもしたが、おおむね仲良く二人は話す。

 

 遠い昔に、最後の戦いの前に、彼とクラウスが語り合った夜のように。

 

 話が一区切りつき、二人が十分に分かり合った頃、二人は博士の研究室の前に居た。

 

 最後の戦いを前にした、束の間の休息が、終わる。

 

 

 

 

 誰一人として遅刻しなかった。

 レヴィでさえ、研究室に一番乗りする気合を見せていた。

 グランツ・フローリアンは、最後の希望を込めたカートリッジを彼らに差し出す。

 

「私は昔、偉大な科学者になりたかったんだ。

 色々と挫折して、進む道も変えて、今はこうなったけど……

 でも今は、なりたいものになれなかったとしても、とても誇らしい気分だ」

 

「あなたはもう偉大な科学者ですよ、グランツ博士」

 

 小さな彼が、そのカートリッジを受け取り、力強く彼に未来を約束した。

 

「そして明日からは、もっと偉大な科学者に成ります。『世界を救った科学者』に」

 

「……はは、照れるな。世界を頼むよ、みんな」

 

 小さな青年を肩に乗せたディアーチェを先頭に、皆が死触の森に向かう。

 死触の森。死触の中心点たるそこには、天を舐める赤き魄翼が屹立している。

 世界に残された時間は、残り10分。

 

「あれが、世界を終わらせる翼」

 

 明日をかけた戦いが始まる。

 未来をかけた10分間が始まる。

 世界をかけた救済が始まる。

 

「うむ、では……高らかに名乗りを挙げよ、我が臣下達!

 この日、世界の未来が決まる!

 他の誰のためでもなく、貴様らが明日を生きるために!

 ヒドゥンの手の中にある、我らの未来を取り戻すのだ!」

 

 王が呼びかければ、彼らは自然と、胸の奥に浮かぶ言葉を口にし名乗りを上げていた。

 

「鋼の心に人の熱さを!」

 

 アミティエ・フローリアンが叫ぶ。

 

「人の心に鋼の強さを!」

 

 立ち向かう一人の青年が叫ぶ。

 

「守ってみせる、人と機械の生きる星(エルトリア)!」

 

 キリエ・フローリアンが叫ぶ。

 

「人も機械もプログラムも! まだまだ負けちゃいないんだからな!」

 

 レヴィ・ラッセルが叫ぶ。

 

「ゆけ、我が配下の勇者達よ! 王の名の下に、貴様らの勝利を確約してやる!」

 

 ディアーチェ・K・クローディアが叫ぶ。

 

「「「「「 諦めるか、ここからだッ! 」」」」」

 

 最後の希望が、原初の絶望を見据え、心の剣を振り上げていた。

 

 

 




アミタレッド、キリエピンク、ライトニングブルー、ダークブラック、カキンゴールド
五人合わせて、エルトリア爆走戦隊・カーキンジャー!

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