課金厨のソシャゲ廃人がリリカルなのは世界に神様転生してまた課金するようです   作:ルシエド

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【前回のあらすじ】

チンク「ネタにするのもはばかられるレベルでシュテルが落ち込んでる……」

かっちゃん「世界平和のため、ノワールシステム開発した平成のガンジーを雇いたいと思います」


人に愛される星の光、人を愛した星の光2

 もう十年ほど前のことになる。

 闇の書事件の最後の最後に、少年だった頃の彼はなのはと共に花火を見上げ、こう言った。

 

「あれって、空の花と言うべきなのか。

 それとも人が作った空の星と言うべきなのか、毎回迷うんだよな」

 

 なのはは振り返り、笑顔でこう言った。

 

「それなら、私は―――空の花に、見えるかな?」

 

 それから数年後。

 シュテルの視野を拡げるため、青年になった頃の彼はシュテルを連れ、花火を見に行ったことがあった。

 そして、数年前に花火を見上げてなのはに言ったことと同じことを、シュテルに言う。

 シュテルは少し思案し、その問いに深い意味がないことを察してから、素直に自分なりの答えを口にした。

 

「私には、人が作った空の星という表現が的確であるように思えます」

 

 なのははそれが花の彩りに見えた。

 シュテルはそれが作られた星の光に見えた。

 

 二人は同じようで同じでなく、似ていないようでどこか似ている。

 シュテルはこの世界には発生しなかった、『十年前の闇の書事件の直後、闇の書の残滓が高町なのはを模して作り上げた存在』である。

 その可能性の因子を彼が拾い集め、消滅の恐怖から救い上げた少女なのだ。

 

 十年。十年は長い。

 仮に十年前、シュテルが正しくこの世界に発生していたとしても、その時点でなのはとシュテルは何かどこかが違う存在だったろう。

 そこから十年も経てば、違いは更に大きくなっていくに違いない。

 なのはとシュテルは、違う人生を歩んで来たのだから。

 

 『似て非なる』。この二人の少女には、この言葉こそが相応しい。

 

 彼はずっと、二人を似て非なる個人であるとちゃんと見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 超巨大ロボ、スルト。ミッドチルダの住人にもまだ記憶に新しい、悪夢のような巨大兵器だ。

 その残骸の大半は時空管理局が回収していたが、その大半はただのガラクタと化していた。

 そのため、一般のオークションにスルトの完全稼働状態の生産プラントが出るということは、あまり喜ばしくない事態であった。

 

 この生産プラント、出自も実はそこまでハッキリしない。

 ゆえに、どこかの発掘趣味の一族が見つけて放流したものだとか、時空管理局の誰かがこっそり横流ししたものだとか、ソシャゲ管理局が表に出したものだとか、どこかの犯罪組織が資金の獲得のために出してきたものだとか、裏では色々な憶測が出回っていた。

 

 ある者は、「Kを誘き出すために時空管理局が放出したのでは?」と推測した。

 ある者は、「二つの管理局に見張られている誰かに渡すために出したのでは」と推測した。

 ある者は、「犯罪者がオークションを受け渡しに使っている」と推測した。

 ある者は、「合法的に時空管理局に接収させることを目的としたのでは?」と推測した。

 ある者は、「ホテルの薄い警備を突破し強奪、行方を眩ませるのが目的」と推測した。

 

 オークションの開催地、動乱の地に定められたのはホテル・アグスタ。

 

 エリオ・モンディアルはここの警備に任命された一人として、交代でホテル内部の見回りを行っていた。

 

(ここは異常なし、と)

 

 現在、このホテルにはなのはとフェイトという二人の隊長、ヴィータ副隊長に八神部隊長、そしてリインフォースに新人四人という中核戦力が勢揃いしている。

 本来ならばなのは・フェイト・はやてだけがホテル内部の警備を担当するはずだったのだが、地上本部の動きがその予定を変更させていた。

 

(あれがレジアス中将……ゼストさんと因縁のある人……)

 

 地上本部のお偉いさん、レジアス・ゲイズの参加である。

 これにより戦力の再配分が行われ、なのはやフェイトなどの強者は外に配置され、彼女らが有事に指揮を取れるよう通達された地上部隊が配備される。

 そして新人は、交代で外と中を警備することになっていた。

 

 "外で何かがあっても地上部隊がそれに対応、あるいは隠蔽できる布陣"とはティアナの言だ。

 エリオは最大限に警戒しつつ、幾つかの部屋を回っていく。

 レジアスが居る"地上本部、及び地上本部と懇意にしている勢力"の部屋を覗くのを止め、エリオはその隣の部屋を覗いた。

 

(あれがフェイトさんの友達で、ソシャゲ管理局トップの人……

 隣に居るのは無限書庫のユーノ・スクライアさん。

 前に居るのは時空管理局の提督で、フェイトさん達と仲がいいクロノ・ハラオウンさんかな?)

 

 Kに、ユーノに、クロノが居る部屋。

 よく見ると聖王教会のカリム・グラシアも居る。

 その部屋は露骨なまでに、ソシャゲ管理局の敵対派閥が存在しなかった。

 つまり、ソシャゲ管理局の敵対派閥はごっそりレジアスの方に行ったということだ。

 

(ええと、あれがあの人で、あれがその人で……)

 

 エリオはデバイス・ストラーダの補助を受け、このオークションに参加することになっている人の顔写真リストと参加者の顔を照合し、一分足らずで全員の身元をハッキリさせる。

 現代のミッドチルダにおいて、大きなイベントにこっそり潜り込もうとすれば、こういった段階で露見してしまうのである。

 

(で、こっちは)

 

 そしてレジアスの部屋の方も照合を始めたのだが、そこではレジアスが周囲に語り、周囲がそれに聞き入るという構図が既に出来上がっていた。

 

「―――問題がありすぎる。

 あの部隊においては、高町なのはの扱いなど最たるものだ。

 計測不能の強さ、それはまだいい。

 既存の魔導師ランクに当てはめられないため、規格外ランクを暫定で与える。

 それも百歩譲ってまあいいとしよう。

 だが魔導師ランクが無いために部隊のランク制限の対象外などと、ゴリ押しが過ぎるだろう」

 

(うん?)

 

 エリオは自分達六課の話題が出ているのを聞き、思わず耳を傾けてしまう。

 レジアスは六課に対する不満を一通り口にして、次第にソーシャルゲームとソーシャルゲーム管理局への不満を口にし始めた。

 

「ソーシャルゲームに熱中した人間は、自分の生活リズムをゲーム基準で変えてしまうという。

 行動力が溢れるだの、何時には回復するだの、何時にどうプレイする、だの。実に愚かしい」

 

(何か話してる)

 

「ゲームを基準に生活を決める? まるで人間がゲームの奴隷のようではないか。

 運営者の言うままに、ゲームに言われるままに、生活する人間。

 それは本当に人間らしく生きていると言えるのか?

 人間のためにゲームが有るのではなく、ゲームのために人間があるのか? 笑わせる」

 

 そこでは、レジアスによるソーシャルゲーム批判が繰り広げられていた。

 

「自分が時間という財産をいくら無駄に費やしたか自覚してもいない。

 自分が金という財産をいくら無駄に費やしたか、直視しようともしない。

 人間を泥沼に引きずり込み、堕落させるソシャゲなど、よいものではないと思わんか?」

 

 周囲から肯定の声が上がる。

 レジアスの主張は、あまりゲームをしないタイプの人間や、サブカルチャーなどを好ましく思わない人間、古いタイプの倫理観を持っている人間に受けがいい。

 

「人生は有限だ。

 生きることができる時間は有限だ。

 金も無限に湧いて来るものではない。

 楽しければいいじゃないかと言う者も居るが……

 "君達が支払っている対価はその楽しさに相応のものなのか?"と問えば、どうなるものやら」

 

 長々と語っているのに、その語り口に淀みはなく、すらすらと吐かれる言葉の数々は、言葉に乗せられた力と共に周囲の認識に染みていく。

 

「ゲームや小説に熱中する理由は同じだ。

 "現実に無いもの"がそこにあるからだ。

 ソーシャルゲームは腕と技術がある者が勝つゲームではない。

 ダラダラやろうとも、長い時間をかけた者、より多くの金を無駄にした者が勝つ世界だ。

 それはちょうど、『現実の真逆』だろう? そんなものに熱中するなど、嘆かわしい」

 

 レジアスは架空の世界と虚構の価値にのめり込む若者を嘆かわしく思うタイプだ。

 それだけなら世の中に腐るほど居るタイプであったが、彼が違うのは、若者達が現実の出来事に熱中できるように、具体的なプランを立てているという点にある。

 

「"これで終わり"というラスボスが居ないのも……

 ずっと走り続けなければならないのも……

 自分から搾取する上位者が居るというのも……現実と変わらないというのに、ですか?」

 

「そうだ。そして、ソーシャルゲームにかけた金と時間は戻ってこない。

 現実のようにかけた時間が反映され、搾取する側に上がっていくこともない」

 

 質問してきた若者の声に応じ、レジアスはそのプランの現実化を目指すよう訴える。

 

「……実際、ゲームの方が楽しいからそちらに熱中しているのだろう。

 ならば我々は、現実を楽しくするしかあるまい。

 大人が日々を精一杯生きているだけで楽しく思える社会に。

 子供が早く大人になりたい、早く社会に出たいと思える社会に。

 我々がそれを現実にするのだ!

 そのために、先月私が発表した地上の根本的改革プランを進めねばならない!」

 

 レジアスの叫びに、賛同の声が上がる。

 エリオは顔の照合が終わり次第覗くのを止め、そそくさとその場を立ち去った。

 

(犬猿の仲だから互いに顔合わせないようにしてるんだろうか……うわぁ……)

 

 エリオは辟易しつつ、再度ユーノやクロノが居る方の部屋を覗き込む。

 

「へいへいお二人さん、今ならスタートダッシュキャンペーンで課金がお得に」

 

「拒否」

「拒否」

 

 そこではKが親友二人にいつものノリで、新しいソシャゲをオススメしていた。

 課金までオススメしていた。

 クロノとユーノはいつものノリで、丁重にお断りしている。

 エリオはドアをそっ閉じした。

 

(えっと、つまり)

 

 Kはゲームである程度人が堕落するのも込みで考え、人と特定の娯楽が切り離せないものだという思考の下、社会に悪影響を出し過ぎないよう規制してソシャゲの延命を図る人間。

 虚構の価値の肯定者だ。

 レジアスは人が堕落する原因は極力排除すべきだと考え、悪いと思う娯楽を単純に排除するだけでなく、社会を魅力的なものにしようと考える、ソシャゲ根絶派。

 虚構の価値の否定者だ。

 断片的な情報を繋げたエリオには、そう見えた。

 

(これは、なんかもう、ダメだなぁ……)

 

 今日のホテル・アグスタには、十分過ぎるほどの役者が揃っている。

 何も起こらないわけがないと、誰もが感じていた。

 そして日が沈み始め、あと一時間半で日没に至る夕刻の時。

 

 エリオはデバイスに送られてきた緊急アラートに反応し、続いて飛んできたティアナとの通信を繋ぐ。平行して開いた魔導マップには、敵を示す赤い点がうじゃうじゃと現れていた。

 

『敵襲よ。すぐ合流して』

 

「!」

 

 エリオは二階から飛び降りて、地面に着く前に壁を蹴り、加速しながら斜めに落下。

 その勢いを殺さないよう更に地を蹴り、落下のスピードをそのまま加速力に加え、仲間達との集合地点に走って向かう。

 ホテル・アグスタを囲むように展開された地上部隊が、それを更に囲む大量のガジェットに応戦しているのが遠目に見えた。

 魔法を無力化するAMF持ちのガジェットは全体的に押していて、けれどなのはやフェイトが駆け回ってなんとか戦線を維持している。

 戦いはガジェット有利で進んでいるようだ。

 

 だが個の力に差がある以上、どこかで戦局は大きく動くだろう。

 

「予想されていた事態ですね」

 

『まあね。だから私達も、なのはさんが立てた作戦通り動くわよ』

 

 エリオは走る。

 仲間の下に向かって走る。

 そんなエリオの頭上で、エリオを狙って飛んで来た機械の竜と、エリオを合流させようと動いた少女の鉄槌が衝突する。

 

「ヴィータ副隊長……!」

 

 竜は怪物じみた速度と力で、牙をヴィータに突き立てようとする。

 ヴィータは人間離れした力と鋭い技で、牙に鉄槌を叩きつける。

 響く金属音。

 折れる牙。

 吹っ飛んだ牙はエリオの近くに駐車されていた一般車に突き刺さり、金属の火花を発生させながら内部まで貫通。

 そして、爆発した。

 

 流れる少年の冷や汗を、燃え上がる爆炎が照らし出す。エリオは空恐ろしさを感じつつ、ヴィータに念話で感謝を述べ、ヴィータに背を向けて走り出した。

 

 

 

 

 

 グオン、と機械混じりの竜が尾を振り回す。

 ヴィータは紙一重でかわすが、バリアジャケットの防護を抜いて、竜の尾に生えた刃が彼女の頬を切り裂いた。

 

「チッ」

 

 ヴィータは高速での飛行を続けながら、空中で小さく弧を描いて飛び敵の背後を取るという、器用なテクニックを見せる。

 だが竜も巧みな急旋回を見せ、ヴィータに背後からの致命的な一撃を打たせない。

 この竜には、それなりに高精度の判断を下させる機械の脳があるようだ。

 

(面倒くせえ!)

 

 戦闘機竜。

 機械に適応する人間を作り、その人間に機械を融合させる戦闘機人の応用で作られた命。

 戦闘専門発展型と言っていいものであり、元よりSランク魔導師との戦闘を考慮されている戦闘機人よりも、更に戦闘に特化された存在のようだ。

 

 この竜は、他勢力がスカリエッティを追い詰めるほどの強勢力になったからこそ生み出された、スカリエッティの新兵器だ。

 スカリエッティは趣味人であるが、知性派でもある。

 彼は基本的に勝算を積み上げられるだけ積み上げてから勝負に挑む。

 同時に、戦闘機人とガジェットだけで勝てる相手だと判断したならば、戦闘機人とガジェットだけでさっさと勝負を決めてしまうタイプだ。

 

 こういうタイプは『自分より強い敵に勝つ』タイプによく負けるのだが、それは一旦脇に置いておこう。

 つまり彼は、勝負に負けそうだと判断したならば、勝てるレベルになるまで戦力を拡充するタイプなのである。

 スカリエッティは今の時空管理局、今のソーシャルゲーム管理局の戦力を見た上で、戦闘機竜の開発などの戦力拡充を行っているというわけだ。

 

 単体でヴィータと戦えるようなレベルのこの兵器。

 おそらくは既に量産も始まっているだろう。

 それはこの戦場に使い捨てるように戦闘機竜が三体投入されていること、一体一体の体格差がほぼなく、機械部品の規格が統一されていることからも、それは伺えた。

 単純に強い生命を半機械化させた上で暴れさせるだけならば、戦闘機人のような教育期間も必要ないのかもしれない。

 

「っ、とっ!」

 

 だが、そんな相手にわざわざ力勝負を挑むヴィータではない。

 機械の獣と人の違い。それは知恵とそれの応用力にある。

 ヴィータは何度も竜の牙と爪を弾きながら、飛行の高度を徐々に下げていく。

 そして地表の森に近付き、そこでわざと竜の振り下ろした尾の一撃を受けた。

 

 わざと弾き飛ばされたヴィータは森に突っ込み、地に足つけて森の中を疾走する。

 疾走の際に彼女がぶわっと魔力を放出し、自分の体から出る魔力を抑え目にしたせいで、戦闘機竜は放出魔力に紛れた彼女を見失う。この竜の判断力と機能ではこれに対応できないのだ。

 そうしてヴィータは竜の死角を取り、足に魔力を込めて跳躍。

 竜に回避を許さぬまま、その背中に強烈な一撃を振り下ろした。

 

《 Raketenhammer 》

 

「ラケーテンハンマーッ!」

 

 尖ったハンマー、それも相当な重さのあるハンマーが、ジェットパーツによる推進力で猛烈に叩きつけられる。

 そのパワーと推進力たるや、ヴィータの体が飛行魔法以上の速度で引っ張られてしまうほどだ。

 戦車を野球ボールのように吹っ飛ばすパワーで、ハンマーが竜の背に叩き付けられる。

 

「!」

 

 だが、ハンマーはクリーンヒットしたものの、ヴィータの手に残ったのはいつもの何かを砕いた手応えではなく、信じられないくらいに硬い物を叩いたがゆえの手の痺れであった。

 ウロコが数枚落ち、その下の皮膚にダメージが行っただけで、致命傷には程遠い。

 竜は怒りの咆哮を上げ、大技の直後で隙が出来ていた彼女の足を、その強靭な尾で締め上げる。

 幸い尾の刃は体に当たらなかったが、締め上げる強さが尋常でなく、それだけで足が持って行かれそうな程の力があった。ヴィータの骨が悲鳴を上げていく。

 

(こいつ、厄介な……!)

 

 そして動きを止めたヴィータに、竜の大顎が迫り来る。

 高ランク魔導師のシールドでも噛み砕く牙が、少女の体を噛み千切ろうとしていた。

 AMF影響下で弱体化しているヴィータの防御魔法では、AMFの影響を受けない竜の噛みつきを防ぐことは出来ないだろう。

 

 だからこそ、攻めた。

 守りではなく攻めを重視するいつものように。ヴィータらしく、彼女らしく。

 

「アイゼン! ギガントだ!」

 

《 Jawohl.Gigant form 》

 

 ヴィータはグラーフアイゼンの先端を竜の口内に向け、そのまま付き出した。

 アイゼンからカートリッジが吐き出され、その魔力が鉄槌の柄を伸ばす。

 伸長した鉄槌は竜の口の中に飛び込んで行き、連続して鉄槌の頭が巨大化、竜よりも大きなヘッドへと変貌を遂げる。

 竜の、腹の中で。

 

 必然、竜は内側で巨大化した鉄槌の圧力に耐え切れず、グロテスクな死に様を晒すこととなった。

 

「あっぶねー、やられるとこだった」

 

 ヴィータは右頬に付いた竜の返り血を拭い、左頬に付けられた傷を指先でなぞる。

 軽口を叩いてはいるが、纏う雰囲気に余裕はない。

 竜が二体居たなら自分でも負けていたかもしれない、と彼女は冷静に戦力評価を行っていた。

 遠くを見れば、ヴィータよりも早く竜を倒したなのはとフェイトの奮闘が見える。

 

(あいつらは上手く……いや、心配したところで、何かが変わるわけでもないか)

 

 ヴィータは新人達の心配をしつつ、崩れた戦線から雪崩れ込んできたガジェットの大軍に、一人立ち向かっていった。

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 ヴィータに心配されていた新人達は、オークションに出されていたスルトの生産プラントを一時的に預かり、それを人知れず運ぶ任についていた。

 

「さっさと離脱するわよ。大きな音は立てないように」

 

「了解」

 

 今回のオークションは、実は裏で密かに決められた取り決めがあり、襲撃があった時点で時空管理局が責任をもってこのプラントを守るという話になっていた。

 主催側も最初は少し渋ったが、襲撃があった時は責任を持ってこれを守ること、何かあれば時空管理局が商品の全額保証を行うという提案により、首を縦に振った様子。

 ホテル側からすれば、損害が出なければそれでいいのかもしれない。

 

 普通ならば、ホテルの一室で腰を据えてこれを守るべきなのだろう。

 だが、ティアナ達の敵は普通ではなかった。

 

(さて、戦闘機人やガジェットは……センサーには反応無し)

 

 ここ最近六課で、警備の話でちょくちょく話題に上がる事柄がある。

 「戦闘機人がスカリエッティ製ならスカリエッティに壁や床って無意味じゃね?」というやつである。実際壁抜女(セイン)は突然変異体で再現性の欠片もないのだが、機動六課視点でそれが分かるわけもない。

 既存のセキュリティが大体無意味なものとなり、セインの同類がスカリエッティの手元に居たならば大改築が必要になるという話になり、予想費用にはやてが頭を抱える毎日。

 

 優秀な魔導師があーでもないこーでもない、と話し合う。

 出た結論は「奪われたくないものは魔導師が手に持っているしかない」というものであった。

 身も蓋も無い。

 

(さっさとこんな戦場おさらばして、身を隠さないと)

 

 スルトの残骸である生産プラントは、縮小化して手で持って運べるようにする機能まで付いていたため、今はキャロが運んでいる。

 スバルが先行し、エリオは他の三人の誰でもカバーを行える位置で周囲を警戒。

 そしてティアナは、周囲に自分の位置を知らせないよう気を使いながら、敵の接近に備えて気を張り―――ふと、小石が落ち、草むらに落ちて物音を立てたのを見た。

 

 気を張っていたスバル、エリオ、キャロがそちらの方を向く。

 当然ティアナもその小石の方を向いたが、彼女の思考はそこで高速回転し、"小石か"と安易に安堵することを許さなかった。

 心の中に僅かな安堵を生んでしまった三人をよそに、ティアナは四人が小石の方を向いた結果、生まれた四人の感覚的死角に銃を向ける。

 そして、撃った。

 

 石が落ちてから一秒と経っていない、そんなタイミングでの正確な抜き撃ち。

 "来るとしたらここから"という合理と計算に基づいた射撃。

 だがそれは、木の間から現れた男にいとも容易く受け止められてしまう。

 男は指先に魔力を集中し、古代ベルカの武術家の多くがそうしていたように、指でつまんでティアナの魔力弾を受け止めていた。

 

「手荒な歓迎だな」

 

「! 指で、つまんで……!?」

 

 ティアナの思考力は人並み外れていたが、ここで経験の不足がたたった。

 彼女の射撃は、正確すぎたのである。

 正確すぎたために、的確に反応されてしまったのだ。

 現れた男に舌打ちしたい気持ちを抑えつつ、ティアナは男に問いかける。

 

「どうして、このルートを行くと読めたの?」

 

「何、大したことではない。

 そちらが高町なのはの考えで動いたならば……

 こちらのリーダーは、それを時に先読みできる。それだけのことだ」

 

「……ああ、分かる気がするわ」

 

 この戦場で、新人達が密かに離脱するルートなど限られている。

 ならば、あとはそこから推測するだけだ。

 現場で新人達に離脱ルートを指示したのがなのはなら、ゼストに指示を出したのは『なのはの理解者』だった。

 この男は、その予想ルートの上に立っていただけ。それだけだった。

 

「ゼスト・グランガイツ……!」

 

 地上部隊で最も強いと言われた男は、甘さも隙も全く見せず、彼女らの前に立ち塞がっていた。

 

(勝てない)

 

 スバルは武術家として、槍を構えるゼストとの間にある実力の差、断崖絶壁のそれに近い実力差の壁を肌でひしひしと感じていた。

 

(私一人なら、って前提だけど……

 絶対勝てない。100%勝てない。この人は、『高すぎる』……!)

 

 ゼストの纏う強者の気配は尋常なものではなく、実力差はスバル以外の皆も感じている。それでも"呑まれるわけにはいかない"と、ティアナはあえて強い言葉を選んでいた。

 呑まれてしまえば、砂粒のように小さな可能性すら消えてしまうから。

 

「悪いけど、元管理局員だからといって信用できるわけじゃないのよね」

 

「だろうな。こちらもそちらを信用しているわけではない」

 

「だからこれは渡せない。時空管理局の方で責任持って保管するわ」

 

「お前達はそれを正しく保管するつもりだろう。

 だが俺は、お前達の上に居る多くの人間の大半を信用していない。

 俺は身の上が身の上だ。時空管理局の暗部を、お前達よりは知っている」

 

「……へえ、そういう理由であんたはここに居るってわけ」

 

「そうだ。その遺物を誰にも悪用させないために、俺はここに送られた」

 

 ティアナ達からすれば、危険物かもしれないものは六課で厳重に管理するのが一番安全であると考えるのは当然だ。

 ゼストからすれば、時空管理局に渡った生産プラントが犯罪者の手に渡る可能性がある以上、それを六課の手の中に置いておくわけにはいかない。

 

 そしてオークションの主催者からすれば、自分達の信用と財布の中身が損なわなければ、どっちの管理局の手に渡ったっていいのだ。

 元が市民側に所有権のあるもののため、そこは事後交渉で法的に問題ないところまで持って行ける事柄なのである。

 

「じゃあ、あなたは―――」

 

 そうして、ティアナが会話を続け、隙を見てなのは達に念話を送ろうとした、その時。

 ティアナの言葉の途中に、音もなく前兆の動作もなく、ゼストが踏み込んで来た。

 彼女が救援を呼ぼうとする念話を遮断する、小規模結界の展開も同時に行われる。

 

「―――!?」

 

 ゼストが会話に応じたがために、会話に一区切りがつくまでは戦わないだろうという小さな思い込みが、新人達の中に生まれてしまっていた。

 それがほんの一瞬、一呼吸にも満たない僅かな反応の遅れを生んでしまう。

 すっ、と入ってくるゼストに対し、僅かに反応は遅れたものの新人達は見事に反応してみせた。

 

 スバルは拳を突き出す。

 ティアナは撃つ。

 キャロは鎖を出す。

 

 しかしゼストは、想定された迎撃にワンアクションで対応して見せた。

 槍の石突でスバルの拳を弾き、槍先でティアナの魔力弾を切り裂き、キャロの鎖を槍から放出した魔力で吹き飛ばし、更に踏み込んだのだ。

 ゼストはイニシアチブを取ることで、自分の実力を実力以上に大きく見せつつ、生産プラントを運んでいるキャロに向かって踏み込み、槍先を突き出す。

 

 だが、キャロに突き出されたゼストの槍は―――横合いから突き出された別の槍に、阻まれた。

 

「モンディアルか」

 

「はい、僕です」

 

 新人達の中に生まれつつあった、ゼストの実力への絶対視が霧散する。

 圧倒的な格上に一方的にのされてしまえば、人はその人間の実力を過大に見てしまう。

 『勝てない』と確信し諦めた瞬間、勝利の可能性はゼロになる。

 エリオの槍は、その諦めを生む幻想を断ち切って見せたのだ。

 

 ゼストはエリオの槍に、確かな信念と迷いの無さを見る。

 エリオは、『答え』を出したようだ。

 

「俺に勝てると思うか?」

 

「キャロを守りたいと思います。絶対に」

 

「いい答えだ。俺の問いに対する答えにはなっていないがな」

 

「エリオ君……」

 

 守るべき少女(キャロ)を背に、エリオは槍を構える。

 そのエリオの相棒であるという意識でもあるのか、大きくなったフリードリヒがエリオに寄り添うように移動する。

 ティアナとスバルもフォーメーションを形成し、ティアナはダメ元で最後の揺さぶりをかける。

 

「いいの、こんなところで私達と戦ってて?

 スカリエッティの兵器と戦って、アグスタの一般市民を守らなくていいの?

 犯罪者の兵器を放置していいの?

 元時空管理局の局員なら、腐ってもそのくらいの矜持は……」

 

「問題はない。俺は、時空管理局の人間を信用してはいないが……

 仲間は、いつだって信頼している。

 今でも俺に付いて来てくれている部下も、新たに出来た仲間もな」

 

(仲間、ってことは……)

 

「一般市民がこの事件で傷一つ付けられることはない。俺は与えられた任務に専念するだけだ」

 

 動揺の欠片も見せず、ゼストが距離を詰めて来る。

 

 ティアナは久方ぶりに、十中八九惨敗する最悪のゲームにBETしている気分になっていた。

 

 

 

 

 

 氷る。

 凍る。

 世界が氷結、凍結していく。

 ホテル・アグスタに居た一般人達は、魔力を無効化するガジェット達が、魔力が変換された氷の世界に飲み込まれていくのを、息を飲んで見つめていた。

 

「エターナルコフィン」

 

 クロノがそう口にすれば、全てのガジェットが凍りついていく。

 アカウント概念に対する天敵であるアカウント強制凍結魔法・エターナルコフィンは、魔力が変換された冷気がAMFの影響を受けないこともあって、全てのガジェットを触れただけで停止させるガジェットの天敵と化していた。

 

「よし、進むよ」

 

 クロノが全てのガジェットを倒した後の廊下を、ユーノの防御魔法に守られた一般人達が進んでいく。

 一般人の中には、カリムのような教会関係者や、レジアスのような非戦闘員の時空管理局員も居たが、何を言うでもなくクロノの先導に従っているようだ。

 そこにガジェットが現れたが、ガジェットが奇襲気味に放ったレーザーはユーノが張ったバリアに遮られ、ガジェットの氷像が一つ増えるだけという結果に終わる。

 

「慎重に進もう」

 

「ああ」

 

「スカリエッティ、通常電波の妨害もしてるとかクソ野郎だなあいつ……

 明らかに意味ないし、俺のスマホを圏外にしてソシャゲやらせないだけの嫌がらせだろ……」

 

「余裕だね、かっちゃん……」

 

 そしてクロノとユーノの奮闘を、強化の魔法を飛ばす課金青年が支えている。

 スカリエッティの嫌がらせに盛大な苦痛を感じている彼は、おそらく今この場で最も苦しんでいる者だろう。

 そんな彼の顔を見て、呆れた様子のクロノとユーノが肩の力を抜いていく。

 

 レジアスの周りの、ソシャゲ管理局にいい感情を持っていない人物の一人が、時空管理局提督でありながらKと仲良くしているクロノを睨むが、文句なんて言えるわけもない。

 こんな公衆の面前でそんなことを口にすれば、自分の立場を危うくするだけだからだ。

 だから、臍を噛んで睨むだけに留まっている。

 

「見ろよユーノ、俺の親友は今日もツンデレだぞ」

「いやまあ、クロノはああいうところが美点なんだよ」

 

「聞こえてるぞ、二人とも。真面目にやれ」

 

 クロノはわざとらしく人前でKと緻密な連携を見せ、両管理局の仲の良さをアピールしているようにも見える。それは言葉を使って行われるのとはまた違う、政治的アクションだった。

 ユーノはそれを分かった上で、クロノが行おうとしている連携の手助けをしている。

 Kもそれを理解しているようで、どこか嬉しそうな表情をしている。

 対しクロノは一貫して、クールな顔を保ち続けていた。

 その表情は、一種の照れ隠しだったのかもしれない。

 

「では皆さん、行きましょう。慌てず、ゆっくり、転ばないように付いて来てください」

 

 クロノに先導され、一般人達が脱出経路をゆったりと進んでいく。

 皆の先頭に立つクロノ・ユーノ・Kの三人が横並びに歩く姿は、相応に様になっていた。

 カリムは皆と共に避難誘導を受けながら、そんな三人の青年の背中を眺める。

 

(あらあら、これはまた)

 

 十年経とうとも、色褪せない男の友情。

 互いに対し理解があり、互いに対し幻想を抱かず、いつまでも続く腐れ縁。

 久しぶりに共闘したはずなのに、針の穴に糸を通すような緻密な連携を見せる三人に、カリムはどこか微笑ましいものを感じていた。

 

(……付き合いの長い殿方の友情というのは、独特の強固さが感じられるものね)

 

 頬に手を当て微笑むカリム。

 彼女の外見は若々しいが、所作がちょっとおばさん臭かった。

 それを見ていたモブの一人が、カリムの実年齢に疑問を持ったが、ホテルの外で起きた大爆発にその疑問を吹き飛ばされてしまう。

 

 多くの者が、窓を通して外を見る。

 爆発を起こした者の姿は見えない。

 だが仲間と常に通信を行っていたKには、その爆発がゼストの起こしたものであると理解できていた。

 

 

 

 

 

 ホテルに近づき過ぎた、とゼストは心中で舌打ちする。

 ゼストは終始優勢に戦っていたが、ティアナが上手く戦場をズラしていったせいで、ついついホテルに近付き過ぎてしまったようだ。

 ゼストはそれが良手でないと分かっていても、槍を地に突き刺し爆発させざるを得なかった。

 

「ちっ」

 

 ゼストが起こした爆発が、新人達とゼストの間に距離を取らせる。

 戦いが仕切り直しになった。あと少しで押し切れると考えていたゼストからすれば、舌打ちしても気持ちが収まらないところだろう。

 ゼストはキャロの援護魔法を受け突進して来るエリオを見やり、冷静にエリオの槍を止める。

 槍と槍が鎬を削り、ゼストとエリオの視線がぶつかり合った。

 

(いい目だ)

 

 ゼストは僅かに槍を引き、予想外に槍が動いたことでバランスを崩したエリオの腹に蹴りを入れる。エリオの体が浮き、数mの距離を蹴り飛ばされる。

 だがなのはに基礎から鍛えられた過去が、少年に咄嗟にシールドを張らせていたようだ。

 尋常でない威力の蹴りは、決定打には至らない。

 

「やあっ!」

 

 蹴り足を戻す時間も与えずに、そこでスバルが殴りかかった。

 ゼストは動じず、蹴るために付き出した足を戻さず、垂直に地に落とす。

 そして足首・膝・腰を回して、上半身を巧みに体重移動させ、体捌き一つで戦闘態勢を整えるという妙技を見せてきた。

 広げられたゼストの手の平が、柔らかくスバルの拳を受け止める。

 スバルは自慢の拳が受け止められたことにまず驚き、ゼストの手の平に構築された防御魔法の流麗さに二度驚いた。

 

 静かに揺らがないゼストの瞳が、スバルの背筋をゾッとさせる。

 

「っ!? まだっ!」

 

 スバルは叩き付けた拳を開き、ゼストの袖を掴んで投げ飛ばそうとする。

 ゼストは素早くそれに対抗し、相手の手を取って投げ飛ばそうと、スバルとゼストの手が高速で攻防を繰り返す。

 剛に柔を混ぜる格闘技は、クイントの影響の大きさが見て取れた。

 ゼストは片手の槍でエリオが飛ばした魔力斬撃を弾きつつ、並行してスバルとの手の取り合いに勝利し、スバルを強化した腕力で投げ飛ばした。

 

「うわっ!?」

 

 そして、発射されたティアナの魔力弾を防ぐ盾とする。

 

「っ」

 

 ティアナは咄嗟に魔力弾の軌道を曲げ、地面に叩きつける形でフレンドリーファイアを避ける。

 間髪入れず、キャロはスバルに当たらずゼストに当たる軌道で竜に炎の砲撃を吐かせた。

 

「フリード、ブラストレイ!」

 

 スバルを投げた直後であったが、ゼストは崩れた重心を立て直さず倒れるように踏み込み、キャロの上半身狙いの砲撃を回避する。

 そして砲撃直後のキャロを狙い、短距離高速移動魔法を使用した。

 投げられた直後のスバルは対応できず、ティアナが阻止のために放った砲撃は、ゼストのシールドに防がれる。

 後衛タイプであるために反応できないキャロに、ゼストは魔力を込めた槍先を突き出した。

 

「通さない!」

 

 だが、そこでまたしてもエリオに割り込まれる。

 ゼストが殺さない程度にと加減した一撃は、エリオの全身全霊の一撃に弾かれ、あえなくキャロの隣にあった大木へと突き刺さった。

 

 この戦場において、ゼストの手の内を最もよく知るエリオの動きは、それすなわち最も厄介な動き。弱くとも、エリオはゼストにとって最も厄介な存在となっていた。

 

(……訓練をつけていたときよりも強いな、モンディアル。

 横に仲間が、後ろに守りたい女の子がいるからか。お前らしい強さだ)

 

 ここまでの攻防はほぼ一瞬で行われている。

 フォワードメンバーの連携は完璧だ。

 この短時間にここまでの連撃を叩き込めるという時点で凡庸ではない。

 されど、それでもゼストの足元にも及んでいないのが現状だ。

 

(空は不利。普通なら、ここで俺も加勢に動くべきだが)

 

 ゼストは新人達とは違い、目の前の戦い以外にも気を配る余裕を失っていない。

 ホテルを囲む戦線は、大多数がガジェット・及びガジェット対策をしていない地上部隊で構成されていたため、全体で言えば押されている状況にある。

 既にホテル内部にまでガジェットが侵入しているのが現状だ。

 だが、ガジェットに対し凄まじい火力を発揮している六課の二人の魔導師が居たため、ガジェットの全滅は時間の問題であるように思われた。

 

(高町なのは、八神はやて。あれが本当に、飛び抜けているな)

 

 ゼストはガジェットの対応に自分が動く必要性は皆無であると判断し、目の前の対手達に集中し直す。

 勝てるかどうか分からない、という顔の少女が三人立っていた。

 勝つんだ、という強い意志を目に浮かべた少年が一人立っていた。

 

「モンディアル」

 

「モンディアル、ではなく。『エリオ』と呼んでください」

 

「……む」

 

「あなたにとってはどちらでもいいことなのかもしれない。でも、僕にとっては大事なことです」

 

「ならば、俺をその気にさせてみろ。俺が教えた、その槍で」

 

「……行きます!」

 

 眼前の、教えられた槍技を振るって立ち向かってくる少年騎士、その眼光が―――ゼストの意識を引きつけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホテル・アグスタで激闘が繰り広げられていた頃。

 シュテルはぼーっと、車椅子に乗った主が、二人の親友と共に進んでいるのを眺めていた。

 ソシャゲ管理局本部・休憩室のデスクが、頬杖付いたシュテルの肘で僅かに軋む。

 

「……はぁ」

 

 Kが通常通信が使えないスルト内部から飛ばしていた通信然り、なのはが平行世界から魔力を集めて発射した必殺技然り。

 シュテルもまた、世界の壁を超えるサーチャーの魔法を使うことができる。

 彼女は別の世界から、ミッドのホテル・アグスタに居るマスターの動向を見ていたのだ。

 

 よほど彼が心配だったのだろう。

 彼女にストーカー趣味はないが、人並みに心配症な一面はある。

 落ち込んで落ち込んで、何もやる気が起きなくて、何か悪い意味で大きな出来事があればすぐに自殺してしまいそうな今のシュテルだが……それでも、彼を心配することはやめていない。

 

「……」

 

 いや、やめられないというのが正しいのか。

 シュテルは先日まで精神的に崖っぷちまで追い詰められた状態でも、必死に自分が果たすべき役目を果たそうとしていた。

 それは彼女の強い精神力の賜物でもあったが、同時に『自分はやるべきことをやらなければならない』という強迫観念からの行動でもあった。

 

 "自分がやるべきこと"と彼女が定義した責務が、彼女を支えていた。

 "自分がやるべきことをやっている"という自認識が、彼女を支えていた。

 "自分は彼にとって役に立つ、大切な人間だ"という自問に対する自答が、彼女を支えていた。

 だが、陣地にこもって何もしていない今のシュテルにそれはない。

 そして、何か行動を起こせるほど今のシュテルに余裕はない。

 

 シュテルは、もうギリギリだった。

 

「ああ」

 

 そうこうしている内に、サーチャーが戦場の流れを映し出す。

 ガジェットの大軍が地上部隊の防衛ラインを破り、クロノ・ユーノ・Kの三人が守っている非戦闘員の方へとなだれ込むルートに入っていた。

 シュテルは表情を険しくして立ち上がろうとするが、戦いの流れを見て、数十分後にはなのはがどこに辿り着くだろうという予想に至る。

 

 Kはピンチに陥り、そこをなのはが助けるという未来予想図が、シュテルの脳裏に浮かぶ。

 シュテルは胸の奥が掻き毟られるような気持ちになり、何かに耐えるように歯を食いしばって、普段の自分の表情を作ろうとする。

 けれど、彼女の表情は感情の発露で崩れたまま戻らない。

 シュテルの胸に残るのは、粘土細工の形を整えようとしても整えられず、取り繕うとすればするほどに醜くなっていくという実感だけだった。

 

「いいですよね」

 

 平然とした口調。何かを諦めた声色。でも、どこかが苦しげで。

 感情は助けに行きたいと叫び、コンプレックスは助けに行く必要なんて無いじゃないかと止め、理性は万が一のために行くべきだと囁き、思考は"もう劣等感を見せつけられるのは嫌だ"と挫けた弱音を吐く。

 

「私なんて、どうせ代わりが居ますし」

 

 平然とした口調。何かを諦めた声色。でも、どこかが悲しげで。

 自分にできることは全部なのはにもできると、シュテルは思い込んでいた。

 自分を特別な存在、言い換えるならばたった一人しか居ない存在だと思えなくなっていた。

 それは己の価値の完全否定。

 自己肯定への諦観。

 唯一性の廃棄。

 そして、自分が生まれた意味と生きる意味が皆無であると定義することだ。

 

 シュテルの中で、初めて大切な人だと思えた彼の存在はそれほどに大きく、自分のオリジナルであるなのはの存在もまた、大きかった。

 

「お二人でどうぞお幸せに」

 

 平然とした口調。何かを諦めた声色。けれど、表情は泣きそうで。

 彼女の胸に当てられた手が、そのまま首に伸びて首を絞め上げてしまいそうな、そんな危うい雰囲気があった。

 休憩室にはシュテルしか居なかったため、今の彼女の様子を心配する者は居ない。

 だがそこで、新たに誰かが扉を開けて入室して来た。

 

(!)

 

 シュテルは必死に、それこそ死ぬ気で表情を取り繕う。

 それで平時の表情を作れるわけもない。現に、入って来た人物はシュテルを見るなり、少し驚いた顔をしていた。

 それでも、やらないよりはマシだ。

 先程のシュテルの顔を見ていたならば、少々の驚きでは済まなかっただろうから。

 

「あら」

 

 入って来たのは、なのはの母・桃子となのはの姉・美由希。

 先日Kと会っていた士郎と恭也、あの二人と基本的には同じ要件で来ていたのだろう。

 シュテルは適当にそれっぽい言葉を並べて、二人に違和感や疑問を抱かれない会話の流れを演出し、さっさと不自然に思われないようこの部屋を出て行こうとする。

 仮にも取引先の人間だ。

 失礼があってはならないと、シュテルはこんな状態でも生真面目に考えている。

 シュテルは一秒足らずの時間で、それっぽい言葉を並べた語り口を脳内で組み上げる。

 

 だが――

 

「なのは?」

 

「―――」

 

 ――美由希の、その一言に。

 

 シュテルは、自分が言おうとした言葉を、綺麗さっぱり吹き飛ばされてしまった。

 

「なのはじゃないわ、美由希」

 

「あ、あれ? あなた、もしかしてシュテルさん?」

 

 シュテルとなのはを見間違えた美由希を、桃子がたしなめる。

 美由希も今"なのはと呼ばれた時のシュテルの顔"を見たせいか、とてつもなく罪悪感を感じてしまったようで、シュテルに対し平謝りをする。

 

「ごめんなさい。私、つい……」

 

「いえ、気にしていませんよ」

 

 誰がどう見ても気にしているようにしか見えない顔で、シュテルは美由希を許した。

 美由希が謝ったところで何も変わらない。

 シュテルは儚げな微笑みを浮かべ、美由希の罪悪感を煽っていく。

 

「本当にごめんなさい。

 さっきのあなたが、寂しくても強がって頑張っていた時のなのはに、とてもよく似ていたから」

 

「……そんなに、似ていましたか?」

 

「雰囲気が、とてもね。子供の頃だけで、今はもうしなくなっちゃったけど」

 

 よく見れば結構違うのにね、と美由希は言う。

 更に頭を下げようとする美由希を、シュテルは手で制した。

 美由希はシュテルとなのはが似ていることにも、シュテルとなのはが似ていないことにも、ここでようやく理解が及んだようだ。

 

「ごめんなさいね、うちの娘が」

 

「大丈夫です。マスターでさえ、私とナノハはよく似ていると思っているようですし」

 

 桃子がフォローを入れるが、シュテルは話を聞いているようで聞いていない。

 いや、聞いていないようで聞いているのだろうか?

 先程の美由希の発言にショックを受けていたようだが、先程まで一人で塞ぎ込んでいた時と比べれば、比べ物にならないほどに人の話を聞いているように見える。

 

「だからお気になさらず、ミユキさん。社交辞令ではなく、本当に気にしていませんから」

 

「あー、うー、本当にごめんなさいね」

 

 シュテルが美由希を恨む気持ちはない。

 美由希に悪意がなかったというのもあるが、シュテルは先程の美由希の発言にショックを受けたものの、その実大して傷付いてはいなかったようだ。

 なのはと間違えられたことに痛みと諦観を覚えたシュテルだが、思った以上に引きずっていない自分に、シュテル自身が驚いている様子。

 

 それは美由希がなのはとシュテルを見間違えながらも、自分の娘とそうでない子を全く同一視していない、揺るぎない『母の存在』があったからだろう。

 高町桃子は、シュテルを一度たりともなのはとして見ていなかった。

 "そういえば高町士郎もそうだった気がする"と、シュテルは記憶を想起させる。

 

「シュテルさん。お詫びに、翠屋のお茶でもどうかしら?

 あなたのことは話に聞いていて、少しお話してみたいと思っていたの」

 

 気付けば、会話をさっさと打ち切ってこの場を離脱しようとしていた思考はどこかに行って、シュテルはなのはの母と姉と談笑する流れの中に居た。

 

 

 

 

 

 シュテルが、桃子の淹れた茶を口に運ぶ。

 隣で無遠慮気味に飲む美由希とは違い、少しづつ、味わうように口に運ぶ。

 優しい味だと、シュテルは思った。

 

「どうかしら?」

 

「……美味しいです」

 

 茶が、味が、暖かさが、心に染みていく。

 シュテルは先日、マスターである彼が出してくれた茶の味を思い出していた。

 それも当然だ。

 Kは過去に翠屋でバイトしていた時期があり、Kは桃子を尊敬していて、Kの茶の技術は全て桃子から学んだものなのだから。

 Kと桃子の絆が、シュテルに過去の想い出を浮かび上がらせる。

 

――――

 

「お前は好きな結論を出せばいい。

 大丈夫だ、安心して悩め。

 お前がどんな結論を出してもオレはお前の味方で、お前を嫌いになったりしない」

 

――――

 

 自分が何故そう思ったのかは分からない。

 だがシュテルはその時ふと、"彼が待っている"と思ってしまった。

 それは想像というより確信に近い、主への理解が成せる思考であった。

 

(答え、とは?)

 

 人間は、自分の人生にどんな解答を出してもいい。

 それは逆説的に言えば、正解が無限に存在するということだ。

 シュテルは解答を出そうとして、悩み、なのはに勝利することで、彼の一番になることでその答えとしようとしていたが……それが今、シュテルを追い込んでいるというのだから皮肉なものだ。

 

 桃子はシュテルの内心を完全には把握できていないのだろうが、それでも何かを察している様子で、穏やかな微笑みと穏やかな話し方で、シュテルに語りかける。

 

「ゆっくりでいいから、お話しましょう?」

 

 "母の微笑み"に、シュテルは不思議と落ち着いた気持ちになっていく。

 

「―――」

 

「―――?」

 

 シュテルは桃子と美由希と話していると、普段より饒舌になっている自分に気付く。

 マスターである彼と話している時と同じくらい、話しやすいと感じていた。

 桃子と美由希は初対面の相手であるはずなのに、だ。

 シュテルがなのはのコピーとして始まった存在である以上、それは必然だったのかもしれない。

 

 桃子は喫茶店のカウンターに立つ人間の理想型のような女性だった。

 シュテルが話しやすいように空気を作り、シュテルが話しやすいように話題を振り、あくまで会話の主体がシュテルであるように振る舞う。

 驚きの顔や喜びの顔をさり気なく見せることで、相手の会話を聞いていることを示す。

 "気分良く相手に話させる"ことが、桃子は得意だった。

 

 美由希は、高校や大学で人気になるタイプの話し方をしていた。

 女子らしい話題、同年代が食いつく話題、面白さだけを追求した話題、ホットな話題を、くるくると回しながら無理なく繋いでいく。

 いわゆる、中身は無いが楽しい話題というやつだ。

 桃子は接客業に専念している人間のため一定の距離を保って話をするタイプであったが、美由希はシュテルとの心の距離を徐々に近付けていく話し方をしていた。

 

 二人と一人。

 その会話の光景は、いつかどこかで、なのはが二人としていた会話のようだった。

 

「―――!」

 

「―――」

 

 この二人と話していると、シュテルは自分のことをするすると話してしまう。

 ペットボトルから水が流れ出すように、するすると。

 だからか、シュテルは自分のことを話してしまっている気恥ずかしさや、二人に心を許し始めている自分への抵抗、話したくないことを話さないための心の防波堤を作るため、二人が答えにくい話題を選んで振った。

 

「私は、高町なのはの劣化コピーのようなものなのです」

 

 それで口ごもってくれたなら、と思いつつ、罪悪感を抱くシュテル。

 落ち込んだ人間が明るい話題を拒絶するのと同じように、下を向いているシュテルは上を向けそうな会話を意味もなく拒絶しようとしてしまう。

 そんな状態のシュテルの望むまま、動いてくれる二人ではないというのに。

 

「よく分からないけど、ええと、クローンみたいなものかしら?」

 

「クローン、とはまた違いますね。

 ナノハは人間ですが、私は厳密には人間ではありません。

 私は成長もしますが、マザーデータがあれば死んでも再生可能です。

 おそらくは人造魔導師の方が、まだ私よりまともな命であると言えましょう」

 

「そうかしら? 本当に、あなたが思っているような命の上下は有るのかしら」

 

「ええ、私はあると思います。私はナノハに根本的な部分で劣った者だ」

 

「皆違って皆いいものよ、人間なんてものはね」

 

 桃子にしては珍しく、相手の主張をやんわりと流すことのない、相手の主張を受け入れない頑なな言葉が紡がれる。

 シュテルはそこに何か強い意志を感じ、同時に桃子の言うことに少し疑問を持った。

 

「母とは、自分の子が他の子より優れていると思いがちなのだと聞きましたが」

 

 疑問を持ったのは、シュテルが"ナノハは自分より優れている"と言ったことに対し、桃子が否定の言葉を返したという点に対してだ。

 シュテルは理のマテリアル。情報収集は彼女のライフワークのようなものだ。

 だがそのせいか、時々頭でっかちな認識を持ってしまうこともある。

 そんなシュテルを、桃子は微笑ましいものを見る目で見ていた。

 

「そういう人も居るでしょうね。でも、私は違う。それだけよ」

 

 桃子は自分の娘を愛している。自分の娘を特別に想っている。けれども、自分の娘が他の子供より優れているだなんて思い込みを持ったことはなく、他の子供の苦悩をどうでもいいと思えるような冷たさも持っていない。

 

「シュテルさん。

 あなたは本当に、人が生まれの事情で上下を決められると思っている人?

 それとも……自分を納得させるため、そう思いたいと思っているだけの人?」

 

「……私は」

 

 シュテルが努力でなのはに勝てると思っているのなら、劣等感は絶望に至らない。

 いつか勝てばいい、という思考をするだけだからだ。

 そう思えていないのは、今のシュテルが無意識下で"自分が普通の生まれでないから勝てない"と思い込んでいるからなのだ。

 桃子はそれを見抜き、指摘した。

 本来なら生まれで命の上下を決めるような性格をしていないシュテルが、自分を見失っていることを、桃子は指摘したのだ。

 

「人はそれぞれに違うだけなのよ。あなたとなのはが違うように」

 

「……! そんなに、違いますか?」

 

「ええ。なのはの母として、それだけは言っておかないとね」

 

 桃子の言葉が、シュテルの迷いを一つ断ち切る。

 シュテルの肩の荷が下りる。そうした彼女の視界に、休憩室の本棚に並んでいる本を興味深そうに見ている美由希の姿が映った。

 

「その本が気になりますか?」

 

「え? ああ、うん。どんなお話なの?」

 

「ありきたりな話ですよ。

 魔王退治の旅に出た農民の主人公と、仲間の女魔法使いと、主人公を送り出す姫の話です」

 

 美由希は異世界の本を興味深そうに眺めている。

 シュテルと美由希、この二人には"本が好き"という共通点がある。

 その本の内容を、シュテルはつらつらと語っていった。

 

 物語は単純明快、勇者の資格を持った農民の男が世界を救うために旅立つ話だ。

 お話の軸は世界を救う旅の物語と、農民・姫・女魔法使いの三角関係の物語の二重軸。

 地球でもミッドでもありふれた作りのストーリーであったが、シュテルはなんとなくこの物語の女魔法使いが気に入っていて、だからこの本も気に入っていた。

 

 姫に必ず帰ると約束する主人公と、待っていますと返す姫の関係を見て、そういった関係になれないことに思い悩む女魔法使いは、シュテルにとってもう一人の自分だったのだ。

 

「隣に居る限り、帰りを待つ人には敵わない。

 この女魔法使いの考え方に、どうしても共感してしまうんです」

 

「隣に居てくれる人と、遠くから見守ってくれてる人はそんなに違う?」

 

「違います。きっとそれは、埋めがたい差です」

 

「んー……あのさ、高町家(うち)の家庭環境の話なんだけどだ」

 

 美由希は伸びをして、あっけらかんと重い家庭事情を口にする。

 

「わたしはとーさんの妹と、とーさんの妹の旦那さんの子供。

 恭ちゃんはとーさんと、とーさんの前の奥さんとの間の子供。

 なのはは正真正銘とーさんとかーさんの子供だね」

 

「一体全体どういう家族関係ですか……?」

 

「大丈夫大丈夫、普通の家族より絆は深い自信があるから」

 

 ほにゃっと笑う美由希の笑顔は、どこかなのはの笑顔に似たものがあった。

 家庭環境へ思う所があるようにも見えない。

 その笑顔は、"過去に苦悩を乗り越えた女"だけが持つ強さがにじみ出ていた。

 

「で、わたしの血縁上のお母さんなんだけどね?

 その人は色々あって、遠くからわたしを見守ってくれてる。

 それが、わたしはとても嬉しいんだ。

 ここに居るかーさんも、遠くに居る母さんも、私は同じくらいに大好きだって、今は言える」

 

「……ミユキさん」

 

「大事なのは心の距離だよ。実際に近くに居るかどうかは関係ないと思う」

 

 高町家の家庭事情は、シュテルに推し量れない何かがあるようだ。

 だが、それをシュテルが知ることもないし、Kやシュテルの人生という物語でそれが語られることもないだろう。

 大切なのは、美由希が語った心の姿勢。

 傍に居る母も、遠くに居る母も、等しく大切であるということだ。

 

 美由希と幼少期から一緒に居た彼が、それを見ていないわけがない。それを学んでいないわけがない。自分の一部としていないはずがない。

 

「隣に居ようとする大切な人。

 傍に置きたくない大切な人。

 その二つって、本当に優劣が有るものなのかな?」

 

「―――」

 

 シュテルが目を見開く。

 美由希の実感のこもった言葉が、シュテルの迷いを一つ断ち切った。

 少しづつ、少しづつ、シュテルは自分だけの『答え』に近付いて行く。

 

 そうして話していく内に、彼女らはとうとう"その話題"に辿り着いた。

 

 

 

 

 

 その話題とは、シュテルの名前に関する話題であった。

 シュテルはかつて、なのはに言った。

 "シュテルの名前は自分で決め、姓は彼に決めてもらった"と。

 すなわち『スタークス』とは、彼がシュテルに贈った名であるということだ。

 それを聞き、桃子と美由希はこっ恥ずかしいものを見たような顔をして、照れくさそうに視線を彷徨わせた。

 

「あなたは彼に、大切に思われているのね」

 

「……? あの、モモコさん、文の前後が繋がっていないように思えるのですが」

 

「そうかしら? ……あ」

 

 桃子ははっとして、口元に手を当てる。

 

「もしかしたらだけど、シュテルさんは地球に長く居たことがないのかしら」

 

「そうですね。マスターの付き添いで何度か訪れたことがあるだけです」

 

 首を傾げるシュテルに、桃子は今日一番に優しげな口調で告げていく。

 

「彼のことだから、きっとあなたにあげた

 『スタークス』

 の名前は、地球の言葉から取っていると思うの」

 

「地球の言葉、ですか?」

 

 シュテルは、地球の言語に疎い。

 スタークスというファミリーネームがミッドに存在していたこともあって、シュテルはその名前に大した意味は無いと思っていた。

 その思い込みを、桃子が否定する。

 

「彼があなたに付けた名前は、おそらく"stark"の複数形。意味は……」

 

 スタークスは欧米系の名字だ。

 だが"彼"が名前にそれ以上のものを求めるタイプであることを、長い付き合いがある桃子はよく知っている。

 

「『かたくなで』、『飾り気がない』、『強さ』……後は」

 

 スタークスの名に込められた祈りを、シュテルはこの日初めて知った。

 

「『ありのままでいい』、かしら?」

 

「―――」

 

「そうね。スタークス、なんてもじっていても、その名前にはそういう意味が込められているはずよ」

 

 彼は頑なで飾り気がない、シュテルのことをよく理解していた。

 強く生きて欲しいと祈っていた。

 ありのままでいいと、メッセージを込めていた。

 

 

 

「―――スタークス。『ありのままでいい』」

 

 

 

 シュテルが、彼に貰った名前を呟く。

 その名の意味を反芻するように呟く。

 彼はいつだって、人とは違う所を見ている。いい意味でも悪い意味でも。

 価値ないものも、価値のあるものも、心赴くままに見ている。

 シュテルの心の、誰にも見えていなかった部分でさえ、彼には見えていたのかもしれない。

 

「ありのままで、いい」

 

 シュテルは何度もその意味を噛み締め、呟く。

 目を瞑り、他の何も見えていないかのように、その名の意味を脳内で反芻していく。

 自然と笑みが浮かぶシュテルの表情は、同性でもはっとするような魅力が滲み出ていた。

 

(頬が熱くなる。

 胸も熱い。

 手の中が汗をかいているから、きっとここも熱くなっている。

 熱くなった胸の奥で、心臓が……心が跳ねている。

 二人の目さえ、もう直視できない。私は……こんなにも、熱くなりやすかっただろうか)

 

 ただ、嬉しかった。

 シュテルの胸の奥にあるのは、純粋な嬉しさだった。

 『ちゃんと見てくれていた』という嬉しさ。

 『自分にだけ与えられていたもの』の実感。

 大切にされていたという自覚が、シュテルの心の隙間を埋めていく。

 

「モモコさん。あなたは、ナノハの名にどんな祈りを込めたのですか?」

 

 胸を内側から突き上げるような衝動のままに、シュテルは思考に浮かんだつまらない疑問をそのまま口にする。

 

「そうね……士郎さんと私は、最初から星か花の名前をなのはに付けようとしていたの」

 

「え?」

 

「誰かの心を癒せるような。

 誰かの心を照らせるような。

 迷っている、泣いている迷子の子の道標となってくれるような。

 悲しんでいる誰かの心に寄り添えるような子に、なって欲しかったから」

 

 あるいは、なのはがその性格の通りに、誰かを照らす星の光としての名前を与えられた可能性もあったのかもしれない。全ては、もしもの話だが。

 けれど、なのはにどんな名前が付けられたとしても、その名にどんな意味が込められていたとしても、母と父がなのはに望んだものが同じであった以上、何も変わらなかっただろう。

 

 奇しくも、人の道標となる花のように、人の道標となる星のように、なのはとシュテルは誰かを導くに足る人物となっていた。

 そんな二人に導かれていた男は、なのはもシュテルも大切に思っている。

 親が子に向ける気持ちとは根本的に違う、けれど同じくらいに大きな想いを、シュテルは『彼』から既に貰っていたのだ。

 彼女が、ただ気付いていなかっただけで。

 

 キラリ、とそこで美由希の眼鏡が光る。

 

「つまりシュテルさんは、スラムダンク風に言えば―――君が好きだと叫びたい状態、だね?」

 

「頭の中お花畑なんですか? 頭の中に桜木の花道でも咲いてるんですか?」

 

「辛辣ゥー!」

 

 美由希のからかうような言葉に、元気が戻ってきたシュテルの言葉が突き刺さる。

 もしやこの人は(ナノハ)をからかう感覚で自分をからかっているのではないか、とシュテルが怪訝な顔をするが、美由希は全く気にした様子を見せない。

 

「ほらほら、仏頂面でじっと見るのやめてよ」

 

「これが私の平常運転です」

 

「あなたは『星光』を意味する名前の女の子なんでしょ?

 なら、まずは好かれたい相手を照らしてあげないと。

 星が人から愛されるのはね、愛される前から人を照らしていたからなんだから」

 

「ロマンチストな言い回しですね。正直、好きです」

 

「そう!? シュテルちゃん、なのはより私と趣味が合うかもね!

 さーて、ここからが本番だよ!

 女なんて星の数ほど居るんだから、あなたは一際に綺麗に大きく輝いて目立たないとっ!」

 

「目立って彼の目につけと。無茶を言いますね」

 

 シュテルは呆れたような顔をして、からかうようにエールを贈ってくる美由希の真意を汲み取っていた。

 美由希は既に30歳間近という年齢だったが、外見も話し方も考え方も若々しい。

 こんな魅力的な大人になれたらな、とシュテルはぼんやり考えていた。

 

 そしてシュテルは、サーチャーを再起動。

 まだガジェットの大群が主の下に辿り着いていないことを確認、彼がまだなのはに救われていないことを確認し、時計を見て、"まだ間に合う"と心奮わせた。

 もうシュテルの顔は、下を向いていない。

 今はここに居ない彼の想いが、彼の付けた名が、シュテルに今一度戦う心を取り戻させていた。

 

「申し訳ありません。そろそろ時間のようです」

 

「あら、ごめんなさい。長く引き止めてしまったかしら」

 

「いえ……貴重な、体験でした」

 

 シュテルは二人に、深々を頭を下げる。

 感謝してもしきれない、そんな気持ちでいっぱいだった。

 されど、二人に感謝するシュテルの心は、既に戦場の方を向いている。

 

「貴方がたは、私に言葉と気付きをくれました。

 感謝してもしきれません。この御恩は、いつか必ずお返しします」

 

「いいよ。袖振り合うも多生の縁、って言うでしょう?」

 

 美由希の言葉に、シュテルは笑みを見せる。

 その笑みに、美由希はぐっと拳を握って見せる。

 シュテルは二人に背を向けて、部屋の外へと飛び出した。

 

 駆けていく内に、シュテルはメンテナンスルームから出て来たチンクと遭遇する。

 ここ最近余裕がなかったシュテルは、デバイス・ルシフェリオンもロクに調整していなかった。それを見かねたチンクが、シュテルの代わりにメンテをしてくれていたのだ。

 チンクは驚きを顔に浮かべていたが、シュテルの顔を見て彼女の復活に気付いたのか、ふっと笑ってシュテルのデバイスを投げ渡す。

 

「受け取れ!」

 

「ありがとうございます!」

 

 シュテルはデバイスを受け取り、起動の文言を口にする。

 

「炎を杖に、星は光に、燃える想いはこの胸に―――ルシフェリオン、セットアップ!」

 

 デバイスが起動する。

 バリアジャケットが纏われる。

 杖がその手に握られる。

 転移に似た移行の魔法陣が広がり、シュテルはノータイムでそこに飛び込んで行く。

 

「他の誰にも任せない」

 

 踏み出す足に、迷いはない。

 

「他の誰にも渡さない」

 

 熱い想いは、止まらない。

 

「助けたいと思った、守りたいと思ったこの気持ちがあるから―――それは、誰にも譲らない!」

 

 シュテル・スタークスは杖を手に、想いを胸に、炎を腕に携え、戦場に舞い降りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人は人生において前に進むための結論を出すことを、"答えを出す"と言う。

 何故ならば、人生とは難問の連続であるからだ。

 時間制限があり、提示された選択肢以外にも答えがあり、正解だと思っていたら後で失敗だと分かることもあって、一見間違いだと思えるものが真に正答であったりもする。

 おまけに、間違った答えを出しても終わることなく続いてしまうこともあった。

 

 それでも人は、答えを出し続けなければならない。未来に進み続ける限り。

 過去の正答と誤答の全てを抱え、難問に答え続けなければならない。

 間違った過去を時折思い出しながらも、出来が良いとは言えない人生を送りながらも、最善を目指して選び続けなければならない。

 答えを出さなければ、過去に積み上げた"無回答"が、いつかの未来に自分を押し潰しに来ると知っているからだ。

 

 答えは出さなければならない。

 

 その『人間』が、この世界に生きているのなら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 偽物の愛と偽物の自分、偽物の親子関係。エリオの中には、小さな葛藤があった。

 時間の経過が有耶無耶にしてしまいそうな、小さな葛藤があった。

 だが、彼に必要だったのは、劇的な出来事でもなく、どこかの誰かの強烈な言葉でも、大切な人との触れ合いでもなかった。

 

 必要だったのは、問われること。

 

 答えを組み上げる材料を既に揃えていたエリオに必要だったのは、彼に答えを出させようと、問うてくれる誰かの存在だった。

 ゼストは問うた。ゆえに、エリオは回答する。

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 エリオの槍だけでは、その回答にはならない。

 新人達は健闘していたが、それでも食らいついているだけだ。

 キャロが持っていたスルトの生産プラントは既に奪われ、全員の魔力・体力・精神力は既に最大値の半分を切っており、全員がボロボロになるまで叩きのめされていた。

 

 それでも、まだ負けていないのは、エリオが必死に食らいついているからだった。

 ゼストの技を知るエリオが食らいつき、少年に触発された少女達が限界を超えて食らいつく。

 そのせいで、ゼストは撤退することもできないでいた。

 

「よくぞここまで成長した、モンディアル。

 お前に槍を教えられたことを誇りに思う。素直に賞賛の言葉を贈ろう」

 

「ぜぇっ……ぜぇっ……なら、エリオと、名前で読んで下さい」

 

「何故そこまで、名前にこだわる?」

 

 エリオは呼吸を整えつつ、ゼストの目を真っ直ぐに見据えて答える。

 

「僕の槍の名前は、ストラーダ。

 フェイトさんが名付けてくれた名前です。

 ゼストさんは、この槍の名前の意味をご存知ですか?」

 

「知らんな」

 

「ストラーダとは、フェイトさんの心の故郷・地球の言葉です。

 その意味は『道』。

 地球では、道案内の機械にもストラーダと名付けるそうです。

 フェイトさんは僕に、僕が進むべき道を見つけて欲しいと、そんな祈りを込めた」

 

 エリオが答えを出すための材料は、既に揃っている。

 少年の想い出の中に、胸の中に、手の中に揃っている。

 ゼストに答えを出すよう促されたことで、エリオはそれらを一つの答えに組み上げた。

 

「思えば僕は、沢山の人に導かれてきました。

 救われてきました。守られてきました。支えられてきました。

 僕はずっと、僕の周りに居た優しい人達に、『道案内』をしてもらってきたんです」

 

「……」

 

「フェイトさんのような大人に。

 そして、ゼストさんのような大人にも」

 

 エリオの胸には、憧れがある。

 尊敬する大人に対し、自然に抱いていた憧れがある。

 

「僕は、フェイトさんやあなたのように……

 道に迷う子供が居たら、道を示してあげられるような大人になりたい」

 

「―――!」

 

「僕の道はここにある! 進む道はそこにある!

 あなたは言った! 時間を積み重ねろと! 技と力を磨けと!

 なら、大切な人を、大切な仲間を支えるために磨いた力と技で、僕は今、答えます!」

 

 ゼストは自分に向けられるあまりにも真っ直ぐな尊敬、エリオの目が宿すあまりにも真っ直ぐな覚悟、口にされるあまりにも真っ直ぐな想いに気圧される。

 自分が若い時でもここまで真っ直ぐだっただろうか、とゼストは思う。

 エリオは一直線にぶっ飛ぶ槍のごとく、どこまでも真っ直ぐだった。

 

「乗り越えたか。模造品のジレンマを」

 

 教え子の大きな成長に、子供好きの一面を持っているゼストの心が震える。

 

「だって、オリジナルのエリオは、フェイトさんのこともキャロのことも知らない!

 ティアナさんのことも、スバルさんのことも、なのはさんのことも知らない!

 なのはさんや、シグナム副隊長や、ゼストさんが教えてくれた戦い方だって知らないんだ!」

 

 積み重ねた時間が、"今のエリオ"を肯定する。

 

「だから!

 今僕が大切に思っている人を守りたいという気持ちは、僕だけのものだ!

 大切な人を守りたいと思って身に付けた技と力は、僕だけのものだ! だから、それでいい!」

 

 ゼストの言葉をきっかけに、エリオは自身の人生を肯定する。

 

(……そうか。だからお前は、俺に名を呼ばれることに、そんなにもこだわったのか)

 

 そうしてゼストは、エリオは苗字ではなく名前で呼ばれたがった理由を本当の意味で理解した。

 

 名前とは、その存在を求めて口にされるものだ。

 名前を呼ばれただけで、認められたと思えることもある。

 名前を呼び合えば友達になれると信じている者も居る。

 名前を付けることで、その人物に新しい人生の始まりを与えることだってできる。

 

 なのはがフェイトの名を呼んだ時のように。

 はやてが、リインフォースに名付けた時のように。

 クラウスが、ベルカという名が与えられる流れを作った時のように。

 それらを見ていたKが、後にシュテルにスタークスの名をあげた時のように。

 名前を付けるという行為、名前を呼ぶという行為は、"相手を認める"という儀式なのだ。

 

 エリオは、ゼストに認められることを望んでいる。

 

「僕の心を救ってくれた人達が居るから!

 いつか僕も、"あの人のおかげで救われた"と思われる人になりたい!

 そんな未来の僕に繋がる道を、『僕の道』を―――僕は進む! これが、僕の答え!」

 

 人造生命体として生み出されたエリオは、一人の人間として"なりたい自分(未来)"を示し、自分が抱えていた迷いの全てを踏破する解答とした。

 

「あなたの教えと問いに返す、僕だけの答えだ!」

 

 そしてそれは……ゼストの予想を遥かに越えた、エリオの自身の内に芽生えた彼だけの答え。

 いつしか自然に、ゼストは笑んでいた。

 合理性より精神性を尊ぶ。

 それもまた、ゼストの性情であったから。

 

 

 

 

 

 同時刻。

 ホテルを出たばかりの課金王達の前に、ガジェットの大軍が退去して押し寄せる。

 が、所詮は噛ませ犬。

 一瞬でこの戦場に現れたシュテルが炎熱の砲撃を一振りすれば、ガジェットはその全てが固体から液体へとその姿を変じていた。

 

 規格外の戦闘力に、AMFで減衰できない炎熱変換資質を持つシュテルは、あらゆるガジェットにとって絶望的な天敵だった。

 

「シュテル」

 

「はい、マスター」

 

 焼け落ちるガジェットの残骸、残骸を薪にして燃え盛る炎、大気中に散らばるシュテルの膨大な魔力の残り滓。

 それらが作り上げる炎の世界で、Kはクロノとユーノに背を向け、シュテルに歩み寄った。

 

「前に進むための、答えは出せたか?」

 

「ええ」

 

 シュテルの顔が赤く見えるのは、炎に照らされているからなのか、それとも別の要因なのか。

 

 彼女はシンプルに、ストレートに、彼に答え(想い)を告げる。

 

 

 

「貴方を守ります。たとえ、貴方と私以外の全てを敵に回したとしても」

 

 

 

 それは、普段クールな顔をしているシュテルの姿からは想像ができないくらいに、あまりにも熱い台詞だった。

 世界を焼き尽くして余りあるほどの熱量が込められた、熱いハートの叫びだった。

 

「これが答えです。……ええ、きっと、これだけでよかったんです」

 

「いいのか?」

 

「ええ、もちろんです。

 マスター、貴方を守るためなら、世界を相手にだって戦えます」

 

 いつかどこかで行われた宣誓が、言葉はそっくりそのままに、けれど覚悟の度合いが決定的に違うという形でシュテルの口から紡がれる。

 

「貴方が私に望むなら、私は全てを叶えましょう。

 全てを捧げろと命じられたなら、貴方に全てを捧げましょう」

 

 二人の間にあるのは信頼。

 シュテルは彼を信じ、彼はシュテルを信じている。

 主は従者が苦悩を乗り越えると信じ、従者は主の信頼に答えた。

 

「主を守れと命じられたなら、貴方より後には死にません。

 打ち倒せと命じられたなら、幾億の敵も打ち倒してご覧に入れましょう。

 私はシュテル・スタークス。貴方の忠実なる一のしもべです。どうか、ご命令を」

 

 その宣誓は、力強い。

 

 主は今の彼女であれば誰であっても勝てると思い、彼女自身もまた、今の自分であれば誰にも負ける気がしなかった。

 

「『シュテル・スタークス』を、証明してこい」

 

「御意に」

 

 彼が命じると、彼女の体から魔力が吹き出す。

 電子回路の中を流れる電気のように、その魔力は膨大なエネルギーでありながら緻密な制御を受け、規則正しい魔力の流れを形成した。

 シュテルの魔力を見たことがない一般人は、その魔力の流れを見ただけで驚愕に目を見開いている様子。

 このまま行くか、と思われたが、シュテルは飛び立つ前に抱きしめるように彼に寄り添う。

 

「いつか」

 

 シュテルは彼の耳元で、彼だけに聞こえる小さな声で、彼に囁く。

 

「いつか貴方の中で、ソシャゲより大事な(ひと)になってみせますね」

 

 それは、多次元宇宙の全てを破壊するよりも難しい難行に挑むという、シュテルの愚かしくも強固な決意の宣言だった。

 絶対に不可能な事柄をやり遂げてみせるという宣言。

 それを告げるだけ告げて、返答も聞かずにシュテルは空に飛び去っていく。

 

 飛んでいくシュテルを見送るKの背後で、ユーノとクロノもまた、飛び去るシュテルの背中を見つめていた。

 

「かっちゃんを真人間に更生させられる可能性のある人が、また一人……か」

 

「何故浸った口調で知った風に語ってるんだ、ユーノ」

 

 

 

 

 

 シュテルが飛翔した先では、高町なのはが戦っていた。

 この戦場において、大威力広域殲滅が行えるのはなのはとはやてのみ。

 よってこの二人のキルスコアが飛び抜けていて、この二人の周囲の戦場が一番多くの火力を投射されているのだが、シュテルはどこ吹く風でなのはの近くに移動する。

 なのはの発射している攻撃の合間をくぐり抜けて、だ。

 

「! シュテル!?」

 

「ごきげんよう、ナノハ」

 

 なのはは突然シュテルが現れたことに驚き、すぐに先日の一幕を思い出し、言葉に詰まる。

 筆舌に尽くしがたい顔をしているなのはを見て、シュテルはちょっと面白いと思ってしまった。

 

「あ、その、あの、その……あれ?」

 

 なのはも言葉を選んでいる内に、シュテルの雰囲気に気付いたようだ。

 ここ最近のシュテルの雰囲気、すなわちなのはと顔を合わせるたびに勢いで自殺してしまいそうな気配を漂わせていた雰囲気が、どこぞへと消え失せている。

 今のシュテルが相手ならば、なのはが言葉を選ぶ必要はまったくない。

 

 いや、それどころか、今のシュテルは先日まであった危うさの全てが無くなっていると考えても問題ないだろう。

 完成されている、となのははふと思う。

 印象でそう感じただけなのでその理由は分からなかったが、今のシュテルの安定感を示す言葉はそれ以外に無いように思えたのだ。

 

「……シュテル、何か変わった?」

 

「さて、変わったのか、変わっていないのか、ひょっとしたら戻ったのか……判断に困りますが」

 

 シュテルはクールな顔で、前髪をかき上げ、遠目に見えるガジェット群を睨みつける。

 空の大半を埋め尽くす、ホテル周辺を薄暗くしてしまうほどの数のガジェットの大軍だ。

 なのはとシュテルは肩を並べ、互いに互いを味方であると認識しないまま、共闘のために並び立つ。

 

「今は、私達の話の邪魔をするこのガラクタを、真の意味でガラクタにして差し上げましょう」

 

「……! うん!」

 

 そして、息を合わせて飛び出した。

 

「残り半分!」

 

 ある者にとっては、目を疑う光景だった。

 ある者にとっては、悪夢のような光景だった。

 空を埋め尽くせるほどのガジェットの群れが、画用紙に描かれたガジェットの絵に消しゴムをかける作業のごとく、信じられないスピードで一掃されていく。

 いともたやすく。

 息をするかのような気軽さで。

 飛び抜けた力を持つ二人の力によって、消し飛ばされていく。

 

「残り1/4!」

 

 それは一方的な蹂躙と虐殺でありながらも、どこか美しかった。

 なのはとシュテルは時に肩を並べ、時に背中を合わせ、時に離れた位置から発射した火力を交差させ、ガジェットをあっという間に壊滅させていく。

 地上部隊の人間が後に"気付いたら敵が全滅していた"と呟いてしまったくらいに早く、なのはとシュテルはガジェットのほぼ全てを平らげていた。

 

「ラスト!」

「ラストっ!」

 

 空に浮かんでいた最後の一体を撃ち落とし、シュテルはほっと息を吐く。

 

「ふむ。案外時間がかかりましたね」

 

「シュテル……」

 

「……そうですね、まずは謝罪を。

 私が私情……劣等感で貴女を責め立てていたことを、改めて謝罪したいと思います」

 

「え?」

 

「申し訳ありませんでした、ナノハ」

 

 吹っ切れた様子のシュテルに改めてそう言われると、なのはは困惑するしかない。

 シュテルは胸に手を当て、流れるように内心を言葉として紡いでいく。

 

「私の中にあったものは、貴女への劣等感。

 私が大切に思うものが、貴女を大切に思っているという事実から来る不安。

 その全ては、私が貴女のコピーから始まった……貴女の偽物であるという認識から始まった物」

 

「偽物だなんて、そんな……」

 

 シュテルは自身の失態と醜さをつらつらと語っていく。

 それが逆に、シュテルがそれらを乗り越えたことを如実に証明していた。

 

「ええ、偽物です。

 貴女の容姿をコピーした。

 貴女の心根をコピーした。

 貴女の能力をコピーした。

 貴女と私に違いがあっても、私は根本的な部分で貴女の偽物です。……だけど」

 

 シュテルは肺に残った息を深く吐き、大きく息を吸って深呼吸。

 そして、覚悟をもって、なのはに向けて叫んだ。

 

「私はあの人を守りたい。この想いだけは、偽物だなんて言わせない! 誰にも!」

 

 シュテルは、過去の自分を思い出す。

 最初の最初、『彼』のことがどうでもよかった頃の自分を。課金とソシャゲに夢中になっていた彼を、軽蔑していた頃の自分のことを。

 そして、それから時間をかけて、『彼』のいいところを見つけていった自分のことを。

 『彼』のことを最初から好きというわけではなかったからこそ、言えることがある。

 

「私があの人を守りたいと思った気持ちも!

 あの人の傍に居たいと思った気持ちも!

 あの人の一番になりたいと思った気持ちも!

 全て、高町なのはからコピーしたものじゃない!

 全部、あの人と触れ合う内に、自然と私の内から湧き上がって来た気持ちだから!」

 

 きっと、変わらない。

 シュテルという存在が、なのはという存在を元にして作られた存在である限り。

 この世界に、高町なのはという存在が居る限り。

 シュテル・スタークスは、高町なのはと全力でぶつかり合わなければ、それをどんな形であれ乗り越えなければ、前に進むことなどできやしないのだ。

 

「これは私の本当の気持ち、私だけの気持ち。

 コピーなんかじゃない、本物のっ、私だけの気持ちだ!」

 

 焼け付く炎のような熱量の叫び。それが、なのはの強靭な心と衝突する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「答えは出ました。私は、あの人のために生きます」

 

「答えは出ました。僕は、なりたい自分になるために生きます」

 

 

 

「私は私だ! オリジナルがどんな人間だろうと関係ない!

 オリジナルと比べられようとも、知ったことか!

 私は大切な人に貰ったこの名前にかけて、私らしく在り続ける!」

 

「僕は僕だ! オリジナルがどんな人間だろうと関係ない!

 オリジナルと比べられようとも、知ったことじゃない!

 僕は大切な人に貰ったこの槍の名にかけて、僕の道を進み続ける!」

 

 

 

「私は―――シュテル・スタークスだ!」

 

「僕は―――エリオ・モンディアルだ!」

 

 

 

「私はここで、私を証明してみせる!」

 

「僕はここで、僕を証明してみせる!」

 

 

 

 振り上げられた杖が、魔力を宿す。

 振り下ろされた槍が、魔力を纏う。

 

 シュテルにとって、エリオにとって、今日という日は、覚悟を示すに相応しい日であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エリオの勇姿が、仲間達の体に力を与える。

 

「まったく、一人だけカッコいいことやっちゃってもう……!」

 

 スバルが、生身の力と機械の力を振り絞って立ち上がる。

 

「私だって、エリオくんを助けたいんだ……!」

 

 キャロが立ち上がり、エリオを助けるべくフリードも死力を尽くして飛翔する。

 

(最高の流れ)

 

 そしてティアナは立ち上がり、誰にも見られない心中で笑う。

 

(行ける、かもしれない)

 

 可能性が見えてきた。それはティアナにしか見えていない可能性で、かつか細いにもほどがある可能性であったが、勝機と呼んで差し支えないもの。

 計算に予測と推察を重ねるティアナの思考に、エリオの念話が割り込んで来る。

 

(ティアナさん、僕に、あの人に刃を届けられるだけの策をください!)

 

(エリオ)

 

(僕は……僕は、あの人に、勝ちたい!

 あの人が僕では絶対に敵わないくらいに強くても、それでも……勝ちたいんです!)

 

(……ええ、いいわよ。

 なら、私を信じて全部委ねなさい。

 勝利の保証なんてあげられないけど、勝利の可能性ならいくらでもあげるわ!)

 

(はい!)

 

 ティアナは合理と安全を尊ぶ思考回路で、奇跡と偶然と幸運に頼るようなギャンブルに近い戦術の成功率を引き上げていく。

 どの道賭けに出るしかない。

 されど、賭けの成功率は引き上げておきたい。それが、ティアナ・ランスターの考え方だ。

 

(全員、今から念話で策を伝えるわよ!

 キャロ、ここから私がやってた指揮代わって!

 スバルとエリオは作戦のフェーズ移行タイミングを、キャロの指示に委ねること! いい!?)

 

((( 了解! )))

 

 ティアナの念話が飛び、四人がティアナの策を実行するための手足となる。

 今、ゼストの意識は、完璧に受けに回っていた。

 エリオの成長を見ようとするゼストの意識が、エリオの攻撃を受けきってやろうという行動に現れているのだ。

 それはゼストの人情であり、確かな慢心であり、付け入る隙となる油断だった。

 

 一瞬前までのゼストには、エリオ達の動きを見て先手を取って潰せるならば潰しに行く、という姿勢があった。それも今では、綺麗サッパリ消えている。

 下手な動きを見せれば行動に移す前に潰されるという大きな懸念が、ティアナの戦術タスクから完全に消え失せる。

 ゼストが完全に受けに回った、ただそれだけで、ティアナの選べる戦術の幅と勝率は、爆発的に引き上げられていた。

 億に一という可能性が、千に一程度にまでマシになる。

 

 ティアナはここに、更なる奇策を投入。

 リスクを増やし、チャンスを増やし、奇跡に繋ぐ選択をした。

 

「来い、若き槍騎士!」

 

(行かないし、行かせないわよ。ほんのちょっとの間だけだけど)

 

 ティアナはゼストの挑発に応じる様子をエリオに演じさせ、されどすぐさま攻めずに、あえて一呼吸の間を置いた。

 本来ならばゼスト相手に与えてはならない、致命的な一呼吸の時。

 されど今のゼストなら、完全に受け身の意識になっているがために攻めてはこない。

 ティアナの読み通り、ゼストはその一呼吸の間に攻めては来なかった。

 ゼストはティアナが何かを企んでいると察し、一呼吸の間にこれまでの攻防を想起し、次の動きを予想しようとする。

 

 そうして、ゼストは信じられない速さで、かつティアナの予想通りの速さで―――『これまでの新人達の動き』を思考に焼き付ける。

 それが、新人達に『意表を突く』余地を与えた。

 

「天地貫く業火の咆哮、遥けき大地の永遠の護り手!

 我が元に来よ、黒き炎の大地の守護者!

 竜騎招来、天地轟鳴―――来よ、ヴォルテール!」

 

 これより先、『これまでの動き』を思考に焼き付けていたゼストは、『これまでになかった動き』を徹底するティアナ達に、常に一手遅れることとなる。

 

 なんとキャロは、体長15m・推定体重1万t以上の巨竜・ヴォルテールを"空に"召喚したのだ。それも、ゼストの頭上にあたる位置に。

 

「!? なっ―――」

 

 巨大な竜を制御するには、相応の技量・魔力・精神力・集中力が居る。

 だが、空に召喚して落とすだけなら話は別だ。

 それなら集中も操作も要らず、ワンアクションで召喚(攻撃)を行うことができる。

 ティアナとキャロはヴォルテールを巨大な鈍器に見立て、ゼストに叩きつけるという、蛮族もかくやという発想を現実にしたのである。

 

(いかん!)

 

 ヴォルテールが召喚されたのは、地上から30mの地点。

 重力加速度を9.80665m/s2、ヴォルテールの体重を1万tと設定し、この距離を落下した場合の落下エネルギーは約29万J。最終的な自由落下速度は時速87km。

 車の速度で体当りしてくる1万tの物体というだけで脅威だが、そんな小難しいことを考えなくても、これだけの大質量で押し潰されれば誰だって終わるということくらいは分かる。

 

 ゼストは一も二もなく、斜め上に跳んで回避した。

 ヴォルテール落下の衝撃で地面が凹み、周辺の木々が軒並み倒れ、しっかりとした建造物であるはずのホテル・アグスタが揺れる。まるで大地震でも起こったかのようだ。

 ゼストは浮いた自分の体の下から、飛び出してくる誰かの存在を、空気の揺れから察知する。

 

「ここだぁ!」

 

「ぬっ!」

 

 下から上に、ゼストを突き上げるようにスバルが飛び出してくる。

 走ることをローラーシューズ型デバイスに任せ、自身の全脚力を跳躍することのみに注げるのもスバルの強みだ。

 疲労の色が見えないスバルの跳躍パンチを、ゼストは槍で受けて体を丸ごと錐揉み回転。全身を使ってスバルの攻撃を受け流す。

 スバルは勢いのまま上に跳んで行き、ゼストはなんとか地面に着地した。

 

(奇天烈な攻め手ながらも、動きに淀みと迷いがない……

 既存の訓練内容を応用しつつ、既存のどれにも当てはまらない攻め手を組んできたか!)

 

 常日頃行っている動作を応用させる奇襲。

 指揮官が仲間の動きを熟知していなければ出来ない芸当だ。

 ゼストはエリオに対してだけでなく、ティアナにも心中で賞賛を送る。

 咄嗟にこんな応用戦術を思いつく思考力も、それを有効に組み合わせられる計算力も、そして仲間に迷いなくそれを実行させる信頼も、ただの天才に出来ることではない。

 これは積み重ねた時間を力に変える、『秀才』の強さだ。

 

 だが、一瞬の内に畳み掛ける連携の組み立てこそがティアナの強みだ。

 ゼストに十分な思考をさせる余裕など与えない。

 地面に足をつけたゼストは、頭上から迫るスバルの第二撃に目を見開き、槍を振り上げる時間も無い現状に表情を険しくする。

 

 スバルは下から上に向かって跳躍した。

 そんなスバルを、キャロの指示を受けたヴォルテールの腕が"叩き落とした"のだ。

 ヴォルテールはスバルを叩き落とし、スバルはヴォルテールの手を蹴って下に跳ぶ、二つの力が合成されたコンビネーション・アタックである。

 スバルはヴォルテールの腕力を加算され、叩き落されたスーパーボールのように勢い良く落下して行った。

 

「振動破砕改め振動拳、プラス! リボルバーぁ、キャノンッ!」

 

「跳躍の精度が甘い!」

 

 だが、ゼストはスバルの短中距離跳躍の技術が格闘技術ほど練り込まれていないことをひと目で見抜き、スバルと2mほど間を空けてすれ違うように跳躍して回避した。

 スバルの攻撃は地面に着弾し、地面を陥没させながら振動破壊で土を砂に変えるという恐ろしい攻撃効果を視覚化させる。

 

 そしてゼストは、"跳んだ先に仕掛けられていた"バインドに腕を取られ、指揮をキャロに任せたティアナが砲撃準備をしている姿を目にした。

 

(―――ここまで、読み切っていたとは)

 

「ファントムッ! ブレイザーッ!」

 

《 Phantom Blazer 》

 

 かくして、一時的に指揮の全てをキャロの任せてまでティアナが準備していた、高威力高精度の遠距離狙撃砲が放たれる。

 バインドには防御魔法の展開を阻害する効果が付与されていた。

 尋常な相手であれば、たとえSランク相当の魔導師であっても、このバインド→狙撃砲のコンボに耐えられる者は居まい。

 

 だがゼストは、尋常でない魔導師である上に、オーバーSランクの肩書きを持つ男。

 ゼストはなんと空中で、体操選手が自信を喪失してしまいそうな体捌きを見せ、体を捻るだけで生み出した力を魔力で無理矢理に増幅し、空中でティアナの砲撃を切り裂いた。

 

「っ!?」

 

 砲撃を叩き潰そうとすれば、ゼストが逆に潰されたはずだ。

 砲撃を受けようとすれば、そのまま吹っ飛ばされて詰みに持って行かれたはずだ。

 回避しようとすれば、回避は間に合わずゼストに直撃したはずだ。

 だが、ゼストは切り裂いた。

 槍に魔力の刃を形成し、それの切れ味を極限まで高め、豆腐に刃を入れるように抵抗なく砲撃を切り裂き、その威力と衝撃をゼロにしてみせたのである。

 

(なんて絶技。でも)

 

 ゼストがこんなことをしてくるなど、完全にティアナの予想外であった。

 が。

 この砲撃に対処される事自体は、ティアナの予想の範囲内である。

 "どうかわすかは分からないけどおそらくゼストならしのいでくる"と予想していたティアナは、ここで最後の一手を放つ。

 

「我が乞うは、疾風の翼。若き槍騎士に、駆け抜ける力を!」

 

「これで決まりよ!」

「これで決まりだ!」

 

 キャロの速度強化魔法を受けたエリオが、空中で余裕を削りに削られたゼストに槍先を向けた。

 

(来る!)

 

 フィニッシャーはエリオ。

 ティアナはそう考えていたし、ゼストもそう考えていた。

 にもかかわらず―――今、ゼストは、決定的な一撃を与えられるチャンスをエリオに与えてしまっていた。

 これが戦術。これが仲間。これが連携。

 エリオは仲間の力を背中に感じ、デバイスをブースター付きのものへと強化変形させ、ブースターを吹かしての超高速飛翔で飛び出した。

 

「ストラーダ、フォルムツヴァイ! 行くよ!」

 

《 Dusen form. Speer angriff 》

 

 向かう先は、ゼストの胴体。

 エリオはゼスト相手にはフェイントも無意味と判断したのか、フェイントも陽動も織り交ぜることなく、ただひたすらに速さを求め、一直線に飛んで行く。

 

「どこまでも真っ直ぐに。その技と力が、お前の在り方の具現か」

 

「はい!」

 

「だが」

 

 ゼストは槍と共に、一直線に真っ直ぐに飛んで来るエリオに、感心した様子さえ見せる。

 だが、敗北は受け入れなかった。

 ゼストはバインドを解除し、けれども槍を防御に動かしてはギリギリ間に合わないと判断して、なんとここに来て『槍を捨てる』という暴挙に出た。

 

「まだ、甘い」

 

「!」

 

 それだけでなく、なんと自由になった両手を魔法で強化し、エリオの突き出した槍を白刃取りしてみせた。

 エリオの突撃刺突は、何tもあるような大型ガジェットでさえ貫通するパワーがある。

 それを素手で受けるなど、どれだけの力と技があるのだろうか?

 普通の魔導師ならまず習得していない技術が、次から次へと出て来る。これがゼスト・グランガイツの強さであるのなら、尋常な強さの者が勝てるわけがない。

 

 ゼストは勝利の気配を感じ、ティアナはダメかと歯噛みして……エリオは、この土壇場でティアナの想定を超える更なる一手を打ち込んだ。

 

「いいえ―――これで、決まりです。ストラーダ!」

 

《 Empfang. 》

 

「何!?」

 

 エリオが叫び、ストラーダがその意志に応じ、腕時計型の待機状態に戻る。

 敵の目の前でバリアジャケットと武器を消失させるという捨て身の奇策によって、ゼストが掴んでいた槍が、ゼストの手の中から消える。

 

(デバイスの待機状態と起動状態の切り替え!? そうか、これであれば―――!)

 

 そう、待機状態に戻せば、武器を掴まれていても関係ない。

 そして再度起動すれば、エリオの手には、ゼストに掴まれていない状態の槍が再度現れる。

 

「ストラーダ、セットアップ! 貫けえええええええええええっ!!!」

 

 叫び、起動し、手の中に現れた槍を突き出す。

 至近距離で放たれた、正真正銘最後の一手。最後の一刺し。

 エリオの意地が成したその一撃が、エリオの憧れに刺さる音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雲の上、誰の目にも映らない高度で対峙するシュテルとなのは。

 頑なに戦おうとする姿勢こそ変わらないが、シュテルがなのはを見る目は、どこか何かが違って見えた。

 

「シュテル」

 

「貴女は十分すぎるくらいに私に語りかけてくれた。

 十分過ぎるくらいに真摯に向き合ってくれた。

 必要ないのです、ナノハ。

 もはや言葉は不要。

 私が貴女に伝えることも、貴女が私に伝えるべきことも、もはや無いでしょう。

 しからば、あとは勝者と敗者を決めるのみ」

 

 話し合いと相互理解を求めるなのはに、シュテルはそれが不要と断じるのではなく、それはもう十分なのだと口にする。

 怪訝に思ったなのはがシュテルの内心を問おうとするが、問おうとしたその直前にリインフォースが駆け付けて来た。

 

「なのは!」

 

「リインフォースさん!? はやてちゃんは……」

 

「もう敵は居ない。戦っているのはもう、お前とシュテルだけだ! 行くぞ!」

 

 ユニゾン・インの言霊と共に、なのはとリインが一瞬で融合する。

 課金王なんていうものを蒐集してしまったがために生まれてしまった、リインフォースの仕様外仕様が、通常あり得るはずがなかったなのはとの融合を現実にする。

 このユニゾンこそが、なのはにシュテルを凌駕する力を与えてくれる。

 

 なのに、何故だろうか。

 

(何故だ)

 

 シュテルと対峙するなのはとリインの胸中には、一抹の不安がよぎっていた。

 

(これは……勝てる、の?)

(何故だ、何故……今まで勝てていた相手に、こんなにも、勝てる気がしない……?)

 

 先手必勝。なのはとリインは融合状態の最大の利点、飛躍的に上昇した処理能力を利用し、ひと目には数え切れないほどの数の誘導弾を発射する。

 

「アクセルシューター!」

 

 超音速で飛ぶ戦闘機程度なら一発で対応できるほどの魔力弾が、たった一人の人間に向けられるには過剰過ぎるほどの数で、シュテルに迫る。

 

「パイロシューターッ!」

 

 シュテルはそれに、咆哮と共に発射した無数の炎熱魔力弾で対応した。

 彼女らしくない叫び。

 彼女らしくない無駄な大声による魔法行使。

 だがそれこそが、シュテルの爆発的な気合いを表していた。

 

 当然のことであるが、魔力弾の威力を上げれば上げるほど、速度を上げれば上げるほど、精度を上げれば上げるほど、魔力弾の制御は難しくなってしまう。

 そしてこのレベルの魔力弾であれば、少しでも制御をミスすれば明後日の方向に飛んでいってしまうことは明白だ。

 なのはでさえ、シュテルに打ち勝つレベルの魔力弾の生成と制御にはリインフォースの補助を必要としている。

 ならば、と、シュテルは今のなのはと同等以上の速度で魔力弾を飛ばし、同等以上の制度で命中させ、同等以上の威力で相殺していた。

 

 それがどれほどの神業であるか、想像に難くない。

 

「はああああああああああああっっっ!!!」

 

 今のシュテルは、かつてなく熱い。

 彼女は元来、熱いハートのクールな女だ。

 ゆえにこそ、自身の限界を超えさせる熱い気合と、自分の能力を100%発揮する冷静な思考を両立できる。

 

 シュテルは今熱い想いで限界を超えながら、限界を超えた力を冷静に使いこなすという矛盾の力を使いこなしていた。

 

「エクセリオンバスター!」

 

「ブラストファイアーッ!」

 

 なのはが負けじと大きな声で砲撃を撃ち、シュテルがそんななのはの声を飲み込む勢いで叫び、炎熱砲撃を撃ち放つ。

 なのはが砲撃の際にロードしたカートリッジは一つ。シュテルは三つ。

 気合の差、思い切りの良さの差が、二対一という差を覆す。

 

「きゃっ!?」

 

 砲撃が押し切られ、なのはの眼前にまで迫る。なのははなんとか身を翻し、回避する。

 だがなのはが回避行動を取った瞬間に、シュテルはなのはに近接攻撃を当てられる距離まで、その距離を詰めていた。

 

「―――!」

 

 シュテルは、近接戦ならば大抵の条件下でなのはを圧倒してしまうほどに強い。

 なのはは訓練で補ってはいるが、根本の部分で運動音痴であるからだ。

 その欠点を受け継がなかったシュテルは、近接戦に持ち込めば一撃でなのはを落としかねない怖さがあった。

 シュテルの杖先から炎刃が伸び、それが振り上げられ――

 

『転移!』

 

 ――リインフォースの転移魔法によって、空振りに終わる。

 

「あ、ありがとうございます、リインフォースさん」

 

『なのは! 収束砲(ブレイカー)だ! 結界はあのシュテルがいつの間にか張っている! 撃て!』

 

「え!?」

 

『不味い、今日のあれは何かが違う!

 このままあちらのペースで流れを持っていかれれば、抗う間もなくやられるぞ!』

 

「……分かりました!」

 

 シュテルが上を見上げれば、雲の上に居るシュテルより更に上、遙か上空に魔力をかき集めるなのはの姿が見えた。

 収束砲は、先に準備を始めた方が有利な魔法だ。

 先日の戦いでも、シュテルは後から準備を始めて収束砲勝負をするという愚行をしてしまったせいで惨敗していた。

 

 これは先日の焼き直し。

 魔導師と融合機、二つの魔法使用リソースを持つ融合状態は、収束砲の魔力収束の最中でさえ通常の戦闘行動を行うことができる。

 今のなのはは隙だらけのようで、その実隙がない状態なのだ。

 更に言えば、収束速度が異常過ぎる。

 この短時間でほぼ収束は終わり、既に発射寸前に至っているという始末だ。

 

 打てる手は少ない。それゆえに、シュテルは捨て身の攻勢に出る。

 

「ルシフェリオン、エクセリオンブラストA.C.S.……ドライブ」

 

《 A. C. S., standby. ……Go! 》

 

 ガキン、という音を鳴らしてルシフェリオンがその形を変える。

 杖先に集められた大量の炎熱が圧縮され、ドリルのような杖先を形作った。圧縮された炎のせいで、杖がまるで槍のように見える。

 高速(Accelerate)突撃(Charge)機能(System)……略してA.C.S.は、なのはが年齢一桁の頃に考案し、大人になってからは危険過ぎるために使わなくなったシステムだ。

 

 杖を槍に見立て、ダメージ覚悟で突っ込んで突き刺し、バリアの内側まで食い込ませた杖先から直接砲撃を撃ち込んで、自爆覚悟で攻撃するというなのはらしい無茶な魔法である。

 なのはは既にこの魔法を捨て去っていたが、シュテルの方にはまだデータが残っていたようだ。

 

「スターライト……ブレイカー!」

 

「行きます!」

 

 なのはの収束砲が放たれ、槍と化した杖を付き出したシュテルが、桜色の収束砲を貫通するようにして突き抜けていく。

 

「くっ、うっ……!」

 

『真っ向から、突っ切って……!?』

 

 シュテルは苦悶の声を上げているが、スターライトブレイカーの中を少しづつではあるものの、確かに進んでいる。

 力勝負のゴリ押しにもほどがあるが、そこにはシュテルの闘志が見て取れた。

 負けてたまるかと、闘志に燃えるシュテルの瞳に、新たなる闘志の炎が宿る。

 

「疾れ……明星!」

 

「『 ―――!? 』」

 

 シュテルの後先考えない無茶苦茶な気合が、リスクや打算を全て放り投げたでたらめな思考が、"ACSの発動中に収束砲の準備をさせる"というありえない行動を採択させる。

 

『バカな!?』

 

 シュテルは自分がACSで使った魔力、そしてスターライトブレイカーを構成している使用済み魔力、大気中の使用済み魔力をかき集め、左手の上に凝縮させていく。

 右手に杖、左手に収束砲。

 無茶苦茶な並行魔法発動だが、シュテルは一生に一度あるかないかという精神的絶好調の勢いのままにやってのけていた。

 

 かくして、先に撃っていた分消費してしまっていたなのはの収束魔力の量が、シュテルの集めた収束魔力の量を下回る。

 ここで皮肉にも"収束砲を先に撃った方が不利になっている"という逆転現象が起きる。

 シュテルは手持ちのカートリッジをありったけロードし、左手を突き出してスターライトブレイカーの光の中から、スターライトブレイカーよりも強大な収束砲を発射した。

 

「全てを焼き消す炎と変われ!」

 

『防壁展か―――』

 

「真っ! ルシフェリオン―――ブレイカぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 

 ただのルシフェリオンブレイカーではない、なのはに敗北したことを糧に成長したシュテルの心を形にしたかのような新型魔法が、スターライトブレイカーを圧倒していく。

 

(ナノハ)

 

 収束砲に飲み込まれていくなのはの姿を見て、シュテルの胸中に浮かんだのは劣等感の消失に伴う安心感ではなく、『成し遂げた』『辿り着いた』という達成感だけだった。

 

(私のオリジナルが、私の目標が、貴女でよかった)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エリオの槍は、確かにゼストに届いていた。

 だが槍先はゼストの胸板をうっすらと裂いただけで、戦闘力は微塵も減少していない。

 追い詰めても追い詰めても仕留めきれないこの粘り。桁違いの戦闘経験がなせる技か、あるいはこれだけの粘りを持ち合わせているゼストだからこそ、今日まで生きてこれたのか。

 

「うっへぇ……」

 

 スバルが嫌そうに声を漏らすのも無理はない。

 ここから戦闘再開しても、先程のように上手く行くとは到底思えないからだ。

 なのだが、ゼストは槍を収め、"自分に一撃当てた"エリオに向き合う。

 

「見事だ。『エリオ』」

 

「―――っ! ありがとうございます!」

 

 "名前を呼んだ"。

 それが戦いの終わりの合図であると、遅れてスバルとキャロも把握したようだ。

 

「しかも、抜け目もない。いいチームだ」

 

「え?」

 

 最初はキャロが持っていて、戦闘の過程でゼストに奪取されてしまっていたスルトの生産プラントは、ゼストのベルトから吊り下げられていた。

 それが、いつの間にかなくなっている。

 皆がその事実に気付くと同時に、キャロの近くに居たティアナの姿がかき消えて、木々の中から生産プラントを持ったティアナが現れる。

 

「幻影!? ティ、ティアナさんいつの間に!?」

 

「敵を騙すならまず味方から、って言うじゃない?」

 

 いつから幻影だったのか。

 いつ幻影と入れ替わったのか。

 敵味方全ての人間が、それを把握できていなかった、最高の形での幻影の使用。

 そうしてゼストの背後に回り込み、目の前のエリオにだけ意識を向けていたゼストのベルトのアタッチメントを魔力刃で切断、奪っていたというわけだ。

 ティアナは最悪、エリオが完膚無きまでに負けたとしても、ゼストから生産プラントを盗んで隠すつもりで居たのかもしれない。

 

「すごい……ぜ、全然気付きませんでした」

 

「でしょ? ティアは凄いんだよ」

 

「バカ言ってんじゃないわよバカスバル」

 

 スバルに褒められ、照れ隠しに悪態を吐くティアナ。

 そんな少女らを見て、ゼストは深く息を吐く。

 戦いを続行する意志を見せぬまま、新人達に背を向けて立ち去ろうとするゼストを、生産プラントを持ったエリオは反射的に呼び止めていた。

 

「いいんですか? これを、僕らに預けたままにして。

 時空管理局は信用出来ないと、あんなに言っていたのに……」

 

「ああ、時空管理局はもう信用に値しない。だが」

 

 ゼストは振り向き、エリオに歩み寄り、その頭を撫でる。

 まるで、父が息子にそうするかのように。

 

「お前達なら、信じられる。お前達を育てた者なら、信じられる」

 

「―――!」

 

「それを悪の手には渡すな。絶対に守れ。お前達を、信じる」

 

 ゼストはいまだ時空管理局というものへの不信を捨てきれていない。

 時空管理局という組織に裏切られ、殺されかけたのだから当然だ。

 だが、エリオの真っ直ぐさに、その仲間達のひたむきさに、"彼らなら信じていいかもしれない"と思わされていた。

 これだけ真っ直ぐな子供を育てられる指導者ならばと、なのは達に対しても、間接的な信用を持つことが出来ていた。

 

「何かを信じられなくなった者に、少しだけでもそれを信じさせる。

 それもまた、道を示すということだ。お前は俺に道を示した。誇れ、『エリオ』」

 

「―――はいっ!」

 

 時空管理局の何もかもが信じられなくなっていた男の心を、エリオが氷解させたのだ。

 槍技を教えていたはずだったのに、いつの間にか教わる立場になっている自分がおかしくて、ゼストは歩き出しながら苦笑する。

 そんな彼の肩の上に、手の平に乗りそうなサイズの少女、赤い髪の妖精とでも言うべき何かが着地した。

 

「旦那!」

 

「む、アギトか」

 

「リーダーが帰りに卵と米買って来てくれって!」

 

「……そうか、今日はルーテシアとメガーヌが料理当番の日だったな」

 

「ぶっちゃけリーダー、旦那のこと気のいいおっさん的に認識してるフシが……」

 

「それはそれでよかろう」

 

 なんだか気の抜ける会話を繰り広げながら、ゼストはどこぞへと去って行った。

 おそらくはこの後、どこぞのスーパーで買い物袋を腕に引っ掛けた真顔のゼストの姿が目撃されることだろう。だからどうした、という話だが。

 

「ゆ、融合機……? まだ上の力が出せるっていうの、あのオッサン……」

 

「……いや、なんだかもう、疲れました。早く隊長達と合流しませんか?」

 

 気力満タンなエリオを除いた三人は、今にも倒れそうなほどに疲労困憊している。

 けれど、ここで倒れて気を失うわけにはいかない。

 仲間と合流すべく、新人達は仲間の魔力反応が有る方へと駆け出して行った。

 

 

 

 

 

 シュテルの最大威力の炎熱変換収束砲。

 耐熱防御と耐魔力防御の両方を高度に両立しなければ防げない大技は、至上の必殺技と形容して差し支えないものであったが……それでも、高町なのはは倒しきれなかった。

 

「こうまで追い詰めても、勝ち切れない。押しきれない。決めきれない」

 

 なのはの目は何も諦めておらず、可愛らしい顔が凛々しい表情を浮かべたままで、強者の雰囲気は全く損なわれることなく、ボロボロなバリアジャケットも殊更輝いて見えている。

 

「やはり貴女の強さには、『不屈』の二文字こそが相応しい」

 

「私は、少しだけ我慢強いだけだよ。

 それが長所だって言ってくれる人も、短所だって言ってくれる人も居る」

 

「すまない、なのは。私はもう……限界だ……」

 

「ありがとうございました、リインフォースさん」

 

 なのはとリインは咄嗟に防壁を張ってダメージを軽減、そしてなのはとユニゾンしていたリインが咄嗟に表に出ることで、ダメージの大部分をリインが引き受けたのだ。

 闇の書戦の時、リインフォースへの物理的ダメージが、ユニゾンしていたはやてにほぼ届いていなかったのと同じ理屈である。

 生身のなのはより、プログラム生命体であるリインの方が死にづらいと言えば死にづらい。

 そういう理屈でリインがダメージの大半を引き受けたわけだが、その代償としてリインは息も絶え絶えな状態、かつユニゾン強制解除に至るまで叩きのめされてしまっていた。

 戦場を離脱していくリインを尻目に、なのはは自分に賞賛を送ってくるシュテルの微笑みを直視する。

 

「シュテルの笑顔、初めて見た気がする」

 

「そうですか?」

 

「そうだよ。初めて会った時からずっと、シュテルはどこか、泣いてるみたいだった」

 

 なのはが嬉しそうに言うものだから、シュテルは額に手を当て、自己嫌悪に苛まれてしまう。

 

「私はずっと、そうして貴女に心配されていたのでしょうね」

 

 なのははずっと、シュテルを心配していた。

 シュテルを気遣っていた。シュテルに歩み寄ろうとしていた。

 本物と偽物のジレンマがあったために、その全てがシュテルを苦しめるものになってしまってはいたが、なのはの行動は一貫していたのだ。

 お話しようとするなのはの行動が最初は相手の癇に障ってしまうのは、まあ様式美みたいなところがあるので仕方がないとも言える。

 

 シュテルは自分がなのはに心配されていたこと、そしてそれが引き起こしていた見えない問題点を口にする。

 

「だから貴女は、私のせいで、本当の気持ちを吐き出すこともできなかった。違いますか?」

 

「―――」

 

 シュテルの気持ちは分かりやすい。

 シュテル視点で見えていたものはとても分かりやすい。

 シュテルがなのはに抱いていた劣等感は、説明されれば分かるというものだった。

 

 だが、なのはの方はどうなのだろうか?

 

 なのはの心は安定していた。

 だがそれは、彼女が何も感じていないということを意味するのだろうか?

 なのははシュテルに歩み寄り続けていた。

 だがそれは、なのはがシュテルに好意しか抱かなかったことを意味するのだろうか。

 違う。そうではない。

 なのはの心の片隅にも、シュテルに対し思うところはあったのだ。

 

 高町なのはから、シュテル・スタークスはどう見えていたのだろうか?

 

 自分より長く彼と付き合いがあるシュテル。

 自分より長く彼と付き合いがあるシュテル。

 自分の知らない彼を知っているシュテル。

 自分より強いシュテル。

 今でも彼の側に居るシュテル。

 

 それで何も思わないほど、なのはにとって『彼』はどうでもいい存在ではない。

 

 シュテルは主人公の隣に居る女魔法使いに自分を重ね、主人公の帰る場所であるお姫様を羨んでいた。

 だが、それは逆転することもある。

 主人公と絆を深めたお姫様が、主人公の隣に居る女魔法使いを羨むこともあるのだ。

 優劣はなく、単に隣の芝生が青く見えているだけなのだから。

 

(私は貴女が羨ましい)

 

 そう思っても、口には出さない。なのはは終始、その言葉だけは口にしなかった。

 羨ましいという言葉を口に出してしまえば、全てが終わると知っていたからだ。

 

 なのはとシュテルが互いの境遇を羨ましく思う気持ちを包み隠さず口にしてしまえば、いずれ互いが自分の境遇の不満を言い合う形になりかねない。

 そして"貴女は私より恵まれてる"と相手の主張の否定を両方が言い合う状況になってしまえば、最悪だ。

 二人は絶対に分かり合えなくなってしまう。

 二人が友となる可能性は永遠に失われていただろう。

 

 なのははずっと我慢していた。

 彼女のやせ我慢が、なのはとシュテルが分かり合う可能性を繋いでくれたのだ。

 

「あなたはずっと……本音を隠して、私のことを案じてくれていたのですね」

 

「……そういうの、分かっちゃうのかな」

 

「私は、今日まで分かっていませんでした。でももしかしたらあの人は、分かっていたのかも」

 

 シュテルは"帰って来い"という念話に簡潔に応答しつつ、なのはとの会話を続ける。

 今日はここまで。

 もうなのはを倒しきれるだけの時間はない。

 またしても明確な勝敗が付かなかったことを残念に思いながらも、シュテルはなのはと本音で語り合う。

 

「私の存在は貴女の救いで、貴女に苦しみを与えるものでした。

 貴女の存在は私の救いで、私に苦しみを与えるものでした。

 でもこの世界に生きている以上、私達はいつかどこかで会うしかなくて……

 こうして心と心でぶつかり合わなければ、自分の心を救うことも出来ない、そういうもので」

 

 不思議と、シュテルとなのはの胸の内に湧いていた劣等感や羨みといったものが、小さくなっていく。なのははシュテルを知り、シュテルはなのはを知った。

 なのはは歩み寄られることで割り切り、シュテルは答えを出すことで割り切った。

 『彼』が望んだ通りに、なのはとシュテルの関係と心の問題は、一段落を終える。

 

「きっとあの人は、私も貴女も信じていたんです。自分に時間がないと思っていたから」

 

「……時間が無い? シュテル、それってどういう」

 

「次の戦いが、おそらく私と貴女の最後の戦いになります。

 そして、二つの管理局の関係性を決める最後の戦いになるでしょう。

 なら、あの人はそのさなかに貴女にきっと会いに行きます。その時、全部知るはずです」

 

「え、今教えてくれないの!?」

 

「あの人の秘密であの人の事情なんですから、あの人から聞くのが筋というものでしょう。

 大丈夫ですよ、ナノハ。

 それで手遅れになることはありません。私を……貴女の友達が言うことを、信じてください」

 

「―――っ!」

 

 友達と、そう言われて。なのはは途端に嬉しそうな笑顔を浮かべる。

 シュテルは何やら気恥ずかしくなってきたのか、なのはに背を向け、飛翔を始める。

 

「またお会いしましょう。次こそ、明確な勝利か敗北で、私達の関係に決着を」

 

 そうして、再開と決着の約束だけを残して、シュテルはマスターの回収に飛ぶ。

 なのははその背中を見送りながら、シュテルの言葉を繰り返すように呟いていた。

 

「友達」

 

 名前を呼び合い、心通じたならば友達だ。

 なのはの在り方は、『彼』が生まれる前から信じていた輝きを、今でもずっと宿している。

 

「うん、友達。名前で呼んでくれたもんね、シュテル!」

 

 次が最後の戦いになると、そう聞いたというのに……なのはの足取りに緊張はなく、花咲くような嬉しさだけが見て取れた。

 

 

 




 お待たせしました。今回の話は時間が無い中時間絞り出して書いた四万三千字なのでこれで許してください

 シュテル周りの話はinnocent starterの歌詞がぼんやり入ってます。シュテル周りのストーリーラインも無印寄りで作ってますが、それはそれ、これはこれ

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