課金厨のソシャゲ廃人がリリカルなのは世界に神様転生してまた課金するようです   作:ルシエド

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【前回までのあらすじ】

 はるかな未来、人類が銀河に進出した後の時代のこと。
 皇帝と貴族が支配する銀河帝国と、帝国から脱出した人々が建国した自由惑星同盟は、銀河を舞台にした大戦争を繰り広げていた。
 銀河帝国が擁するは、英雄カキンハルト・フォン・ローエングラム。
 自由惑星同盟が擁するは、英雄カキン・ウェンリー。
 フェザーンのアドリアン・カキンスキー、自爆テロも辞さない無課金教、なんか通りがかっただけの主人公も巻き込んで、時代はうねりを上げていく。

 今、二人の英雄を中心として織り成すスペースオペラ、課金英雄伝説が始まろうとしていた……

 銀英伝のグレードアップ、金英伝!


人に愛される星の光、人を愛した星の光

 高町なのはは優秀な教導官だ。

 彼女はかなり早くからKの意図に薄々感づいており、戦いのたびに先人から何かを学んで来る新人達を上手くコントロールしつつ、上手い具合に一人前に仕上げる教練の実行に成功していた。

 元より、彼女の教導は徹底して基礎を鍛えるものである。

 新人達が外で小技を覚えてくるならば、それを基礎に根付かせるだけでいい。

 恐れるべきは指導役が多数居ることによる教わったことの競合であるが、なのははそれが起こらないよう上手く調整し、新人四人を鍛え上げることに成功していた。

 

 が。

 機動六課は、管理局の新人を鍛えるためだけの課ではない。

 表向きの目的はロストロギアへの対処であり、裏向きの目的は世界滅亡の可能性に対して用意されたカウンターであり、その他諸々様々な人々の目的があって設立されたのが機動六課だ。

 よって、捜査や捜索もまた六課の業務の一部なのだ。六課において、この捜査業務をメインで担当しているのが、執務官のフェイトである。

 

 新人達が前線で無理なく戦えるレベルになってくると、新人の身の安全を考え、一刻も早く新人達を鍛えようとする、多少詰め込み気味なスケジュールが緩和する。

 すると、新人達が一日の内に訓練する時間も減ってくる。

 その時間を捜査と捜索に使わなければならなくなったスバル・エリオ・キャロは、三人揃ってティアナに方針を伺うという暴挙に出る。

 

「……捜査ってのは足と体使うだけじゃないでしょ、頭も使わないと」

 

 溜め息を吐くティアナだが、彼女には腹案があったようだ。

 二週間前にゼスト・グランガイツとの交戦の報を聞いたティアナは、その時から『六課の公的な仕事として』調べたいことがあったのだ。

 そして今、彼女は八神はやての調査許可を握り締め、三人の愉快な仲間達を引き連れて、無限書庫のど真ん中に居た。

 

「それじゃ、一人につき一人司書を付けるから。好きなように探して構いませんよ」

 

「はい、ありがとうございます。スクライア司書長」

 

 無課金状態では使いづらいものの、課金することで非常に使いやすくなるという無限書庫のシステムに気付き、無限書庫の機能を解放した立役者の一人と言われるユーノ・スクライア。

 その手助けを受けて、新人達は手分けして書庫の内部を捜索し始める。

 スバル達は考えながら書籍を手当たり次第に探し始めたが、ティアナは迷いなく特定の区画に向かい、特定の情報を探し始める。

 

 ティアナが適当に手に取った本を開くと、本のページが動画を再生する。

 本を閉じ、本をしまい、別の本を手に取り開くティアナ。

 今度は紙ではなく魔力でページが構成された本が、ティアナを少し驚かせた。

 

「『世界の記憶を収めた場所』……本当に、なんでもあるのね」

 

 無限書庫は『文』ではなく、記憶……『情報』が収められている場所である。

 本は文、音楽、動画、のみならずクオリアや失伝した情報なども収められており、誰も撮影していなかったはずの戦いの場面のワンシーンすら動画として保存されていた。

 いわゆる魔道書の一種だろうか?

 こういう本から誰かが撃墜されたシーンでも抜き出して動画にすれば、調子に乗った新人に釘を刺すくらいはできるかもしれないと、ふとティアナは思った。

 

(探す対象は……)

 

 彼女が探しているのは、ゼスト・グランガイツが隊長を勤め、クイント・ナカジマらが所属していた管理局の地上部隊……通称『ゼスト隊』についての資料だった。

 特にゼスト隊解散直前の資料を、だ。

 ゼスト隊は後にタイミングをズラして一人づつ管理局を脱退しており、最近の戦闘で見えてきた情報によれば、その全員がソーシャルゲーム管理局に行ったと見て間違いない。

 

 ティアナは推論を組み立ててから資料探しに望み、資料から情報を得ては推論を組み立て直し、更に資料を漁ることで真実に近づいて行く。

 

 やがて彼女は、ゼスト隊解散のきっかけになった事件の情報を見つけ出した。

 そして、見つけた途端顔を顰める。

 その事件は時空管理局に所属する何者かの陰謀により、犯罪者が待ち構えていた違法研究所にわざとゼスト隊を踏み込ませ、時空管理局の内部腐敗を明らかにしかねないゼスト隊という邪魔者を暗に消そうという、法の番人が引き起こした殺人教唆事件であった。

 事件の何もかもをティアナが詳細に知ることは出来なかったが、こうして概要を知るだけで反吐が出てきそうな気分になる。

 

(こうして資料で見ると酷いわね)

 

 大昔に失われたロストロギアに関する情報ですらも、時間をかけて探せば見つかるのがこの書庫だ。課金で機能解放した今、ユーノが管理する限り、ここは大抵の情報を拾えるデータベースでありダストボックスでもあるのである。

 ティアナは引き続き情報を漁り、やがて事件当日の映像を発見した。

 そこで手詰まりになったスバルがやって来て、気安い感じにティアナの手元を覗き込む。

 

「ティア、何かあった?」

 

「スバル、これ一緒に見なさい」

 

「? うん、分かった」

 

 二人が映像を見ていると、やがてゼスト隊とガジェットドローンの戦闘が始まる。

 魔法を分解するという特性を持つガジェットドローンにゼスト隊は苦戦するが、なんとかガジェットの包囲網を突破していく。

 その中には、スバルの母の姿もあった。

 

「あ、お母さんだ」

 

 ガジェットの包囲網を突破した先で、ゼスト隊は待ち構えていた戦闘機人と対峙する。

 

(戦闘機人……それも、今ソーシャルゲーム管理局についてるメンツばかり)

 

 スバルはハラハラしながら、食い入るように映像を見ている。

 だがティアナは、今画面に映っている人間が全員ソーシャルゲーム管理局についているのを知っているので、どこか白けた顔で映像内の戦闘を見ていた。

 どうせあいつが出てくんでしょ、と頬杖をつくティアナ。

 

『行くぞ!』

 

『それはこっちの台詞だ!』

 

 ゼスト隊と、戦闘機人達が戦いを始め、ティアナはここで乱入者が来るだろうと予測していたが―――そこで来たのは、乱入者ではなく砲撃の光だった。

 

「は?」

 

 研究所を丸ごと飲み込む、超大規模大威力砲撃。

 砲撃が器用に研究所とガジェットだけを吹き飛ばし、非殺傷の衝撃で全員の意識を刈り飛ばす。

 砲撃の光が消え去ると、映像に映っていた全員が気絶し、地面に転がっていた。

 そこに車椅子に乗った男と、車椅子を押す少女が現れる。

 

『よーし、命中命中』

 

 大人数での乱戦は、始まった後に止めるのも、始まりそうになったタイミングで割って入って止めるのも、極めて難しい。

 だが、だからといって、"横合いから全員纏めて意識吹っ飛ばせばいいじゃん"と考える人間が何人居るだろうか。実行する人間となると、その内何人居るのだろうか。

 上司にそう言われてノータイムで実行する人間となれば、更に少ないに違いない。

 命じた方も、迷わず従った方も、大概である。

 

『シュテル、全員縛り上げて連れてってくれ』

 

『了解しました』

 

 こうして、ゼスト隊と戦闘機人達は拉致されるのであった。

 戦闘機人達はチンクの説得とソシャゲの魔力により陥落。

 ゼスト隊は時空管理局に所属していたら殺されると判断し、上層部に察知されないよう偽装しつつこっそりと一人づつ脱退、Kの傘下へ。

 かくして、この戦闘の参加者は丸々移籍したというわけだ。

 ティアナ視点、Kがどんな説得をしたのかまでは分からないだろうが、これを機に全員説得して味方につけたということだけは理解できた。

 

「……」

「……」

 

 死人が出て当然だった状況が、死人を出さずに終わる。ギャグのような光景だが、洒落にならない事実が明らかになった光景であった。

 

「ティア、これって……」

 

「あの絶滅危惧種級のバカタレ課金厨め……!」

 

「え、絶滅危惧種? 保存する価値があるってこと?」

 

「あるわけないでしょバカスバル!」

 

「バカでごめんなさい!」

 

 時空管理局の腐敗が、気付いてはならないことに気付きそうになっていた優秀な部隊を、部隊ごと消し去ろうとしていたという事実。

 ゼスト隊が管理局の情報を元に向かった先に犯罪者が待ち構えていたということが示す、その腐敗部分が、犯罪者と繋がっているという事実。

 時空管理局の一部とガジェットが両方とも、形は違えどソーシャルゲーム管理局と敵対しているという事実。

 推測が事実と重なり、ティアナにもソシャゲ管理局の戦いの実像が見えて来た。

 

「どうしたんですか? ティアナさん」

「何か見つかったんですか?」

 

「……とりあえず、補足入れるからこの映像見ておいて」

 

 エリオとキャロまで集まって来たのを見て、ティアナは二人に映像を出す本を見せ、自身はそれに平行して新しい資料を漁り始める。

 

「私達、案外危うい位置に居るのかもしれないわよ」

 

 新人達は『訓練』だけを見る時期を終え、『敵』を見なければならない時期に入る。

 問題なのは、"目の前の敵を倒せばいい"というだけの話ではないということだった。

 

 

 

 

 

 新人達は自然と、ティアナが情報を集め、他三人がティアナの読んだ本を後追いで読み、それぞれが気になったワードを調べるフォーメーションを取っていた。

 ティアナが読み終わった本に三人が目を通し、ティアナが持ち前のコミュ力で他三人に分かりやすく指示を出し、できる女が向けられる尊敬の念を三人から受ける。

 はたから見ると、ティアナが読んだ本に三人が群がっているようにすら見える。

 

 コミュニケーションの過程で尊敬(ソンケイ)される。略してコミケ。

 コミケのティアナの本、大人気だ。

 略しただけで何となくいやらしい響きになるのが不思議だ。

 コミティアと略すことで別の響きを宿すティアナは、まさしくいくつもの顔を持つ魔性の女であるのかもしれない。

 

 いやらしい響きのティアナに、エリオとキャロが尊敬の視線を向けている。

 

「凄いですよ、ティアナさん」

 

「ふつーよ、ふつー」

 

「でも、私達だけじゃこうはいかなかったと思います。

 まるで捜査してる時のフェイトさんみたいでした。

 ティアナさんはもしかしたら、執務官に向いてるかもしれませんね」

 

「……あんな高難易度試験、向いてる向いてないで合格できるもんでもないでしょ」

 

 恥ずかしげにティアナが顔を逸らして、手を振る。

 『執務官』というワードに心揺らされた自覚があるのだろう。

 ティアナ達は結局時空管理局の膿の位置を見つけられなかったが、その過程でゼスト隊に関する推測を確信に昇華させた上、いくつかの戦闘映像も確保していた。

 その中には、シュテル・スタークスの戦闘映像もいくつかあったようだ。

 四人は司書に折を見て礼を言いながら、いつの間にかシュテルの作り出す圧倒的な戦闘風景に目を奪われていた。

 

「この人、結局何なんだろう?

 最近はなのはさんも押されなくなってきたから、前ほど怖くなくなったけど」

 

「凄いですよね、なのはさん。

 地力で負けてたのにいつの間にか、力関係逆転してましたし……」

 

 そしてシュテルの強さに対する戦慄は、順接的になのはへの賞賛に変わっていく。

 シュテルとなのはの激突もこの数ヶ月で、両手の指で数え切れないほどの回数になってきたのだが、最近はなのは優勢のまま終わることが多くなってきた。

 スバルとエリオ、それにキャロもその件で純粋になのはを尊敬していたが、ティアナは彼女らとは少し違う視点を持っていた。

 

「なのはさんが凄い? 違うでしょ」

 

 彼女だけが、"強さの差"が今のなのはとシュテルの力関係を決めているのではなく、"弱さの差"が今の二人の力関係を決めているのだと気付いていた。

 

「向こうが勝手に弱くなったのよ。

 私はシュテルさんと話したことあるけど、なのはさんみたいに無敵の心は持ってなかったもの」

 

 ティアナは二人を、こう評している。

 心で強くなるのが高町なのは。

 心で弱くなるのがシュテル・スタークス。

 

 そしてその評価は、極めて正しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰も知らない世界に、移行の魔法陣が広がる。

 魔法陣から転がるようにシュテルが飛び出して来て、地面に転がった。

 シュテルはバリアジャケットが土で汚れるのも構わずに仰向けになり、荒れる息を整えながら、雲に覆われた空を見上げる。

 

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……!」

 

 今日もシュテルはなのはに追い詰められ、逃げの一手を選んでいた。

 シュテルがなのはを追い詰め、なのはが粘り、シュテルが戦いを打ち切るというパターンが以前は多かったが、今はシュテルが負ける前に逃げるというパターンがずっと続いてしまっている。

 明確な勝敗が決まったことはないが、シュテルの心は連戦連敗の気分だろう。

 リインとなのはがユニゾンした存在を相手取った時は勿論のこと、最近はなのは単体と戦っても押し切られることが多かった。

 

 シュテルはあの日の敗北から、一度もKと会話していない。顔を合わせてもいない。

 なのはの問いかけに言葉で返すこともなくなった。

 にもかかわらず迷いは日々大きくなるばかりで、迷いはシュテルの持ち味である頭脳と冷静さを奪い、戦闘力を激減させてしまう。

 それでも"仲間のために高町なのはという大戦力を足止めする"という最低限の役割だけは必死に果たしているのが、逆に悲しい。

 シュテルは『適当に生きる』ということが全くできていない、ということなのだから。

 

「……今日も、勝てなかった」

 

 今のシュテルの状態を言い表すなら、『落ちぶれた』という表現が最も正しいだろう。

 

「ナノハ。あの人は、貴女に心配されるのが、子供の頃から、ずっと嬉しかったんです」

 

 今はここに居ないなのはに向けて、シュテルは粘りつくような想いを吐き出す。

 

「貴女の心配が嬉しかったんです。

 心配されていることが、想われていることが、嬉しかったんです……

 だから"課金以外のこと"でまで、貴女に心配をかけたくなかったんです……」

 

 吐き出さずには、いられなかった。

 

「"近くに居ない"ことが、彼から貴女への親愛の証明だった」

 

 それは例えるならば、RPGの世界で勇者に想われる姫に嫉妬する、勇者の隣で戦う女魔法使いの気持ち。

 『共に戦う者』が、『帰る場所である者』に嫉妬する気持ち。

 隣の芝生が青く見える理屈と同じものであったが、シュテルは分かっていても、その気持ちを止められない。

 

「"彼の隣に居る"ことが、私が貴女に及ばない証明で……!」

 

 その劣等感が、迷いが、焦りが、シュテルの強さを鈍らせている。

 だから勝てない。

 だから負ける。

 ゆえに、逃げる以外の道がなくなってしまっていた。

 

「……」

 

 想いを吐き出し、頭が少し冷えてくると、シュテルの表情に陰鬱なかげりが戻って来る。

 

「何を、やっているんでしょうか、私は」

 

 シュテルは仰向けのまま、ポツリと呟く。

 服には土が付き、そうでなくても戦いの影響か薄汚れていて、頬に付いた泥もそのままだ。

 そして何より、表情が駄目だった。

 彼女の表情は打ちひしがれ、打ちのめされ、打ち倒された敗者のそれだ。

 

 泥中でも諦めないなのはの表情が、どこか引き込まれる煌めきを内包していて、表情一つで全ての悪印象が裏返る現象の逆だ。

 仮に今のシュテルを綺麗なドレスで着飾らせたとしても、シュテルの表情が全ての良印象を裏返してしまうだろう。

 シュテルの表情はあまりにも痛々しく、そして哀れだった。

 

「何も証明できず……

 何の役にも立てず……

 迷うばかりで、答えは出せず……

 前に進むことも、後に戻ることもできなくて……

 私に向き合おうとしているナノハと違い、誰と向き合うこともできなくて……」

 

 彼女の心に呼応するかのように、曇り空からぽつぽつと雨粒が降り始めてきた。

 

「父も母も居ない、不自然に生まれた命なら。せめて、主の一の刃でなくてはならないのに」

 

 自分を肯定することも承認することも証明することもできていないシュテルの顔に、空からぽつりぽつりと雨粒が落ちて来る。

 

「力のマテリアルに、王のマテリアル。

 この世界には発生しなかった、私と共にヒトガタとなるかもしれなかった可能性……」

 

 シュテルはふと何かを思いつき、手の平に魔法の炎を発生させた。

 降って来た雨粒が、炎に飲まれて焼き尽くされる。

 この炎はなのはが持っていたものでもなく、シュテルが最初から持っていたものでもなく、シュテルが後から望んで取得したものだ。

 

「あの二人がここに居たら、私のようにオリジナルとは違う個性を求めたのだろうか。

 この炎のような個性を、オリジナルとは違う物を、狂おしいほどに求めたのだろうか」

 

 手の平が握られ、シュテルの拳が、浮かべた炎を握り潰す。

 

「……いや、きっと、求めなかっただろう。そんな弱さは、きっと私だけ……」

 

 炎は消えて、雨が降り注ぐ速度が増した。

 土砂降りの雨が仰向けのシュテルにも当たり、その顔を濡らしていく。

 シュテルは頑張って、懸命に、普段通りの自分の表情を取り戻そうとしていた。

 本人の認識では、普段通りの自分の顔に戻せたつもりで居るようだ。

 

 雨に濡れた顔では、自分が泣いているのかどうかすらも、分からないというのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エリオは六課の私室で一人、本を読んでいた。

 読んでいる本は最近買ったもののようだ。無限書庫に行った時、ティアナに読ませてもらった本に影響されたらしい。

 あの日、スバルはゼスト隊に所属する母に関連する事柄に興味を惹かれ、キャロはゼスト隊のメガーヌ・アルビーノなる人物に興味を惹かれ、そしてエリオは今の時空管理局地上部隊の事実上のトップであるレジアス・ゲイズとゼストの関係に興味を持った。

 

 そしてミッドでも人気が高いレジアスに関して書かれた週刊誌を買ってきたのだ。

 

(うーん)

 

 レジアスとゼストは親友である。

 その事実を無限書庫で知ったエリオは、"その信用を利用して"レジアスがゼスト隊を罠にかけたのではないかと、ふと怖い想像をしてしまったのだ。

 その想像を否定するため、エリオはレジアスについての本を読んでいた。

 なのだが、分かったことは"レジアスが優秀な政治家である"ということだけだった。

 

(この人、致命的な一線を超えないだけの過激派だ……)

 

 レジアスはいわゆるタカ派である。

 それもミッドの誰もが知っているレベルのタカ派だ。

 しかも週刊誌を見る限り、ソーシャルゲームなどの問題になりがちな分野の娯楽を普段から毛嫌いしており、必要量の規制を行おうとしている人間であるらしい。

 ソーシャルゲーム管理局のような"その分野の娯楽を長続きさせるための規制"を行おうとしている組織も毛嫌いしており、時空管理局でも指折りのソシャゲ管理局排除派であった。

 

 裏で六課にソシャゲ管理局との交戦を要求している、迷惑極まりない時空管理局のお偉いさんの一人が、このレジアスであるようだ。

 過激にも程があるが、レジアスが厄介なのはその過激さを持ちつつも、政治家としてやっていけるだけの分別は持っているという点にあった。

 

(つまり、この人は……

 自分のやり方を曲げない強情さと、それで上手くやっていける政治的センスが有るんだ)

 

 あまりにも革新的な人間や、強情で自分のやり方を変えない人間は、敵を作りやすい。

 政治や権力闘争は集団戦かつ長期戦だ。

 敵を作りやすい人間は、長期的に見ればそういう戦いが向いていない。

 なのだが、レジアスは公的な場で過激すぎる発言はやらかさないし、臨機応変な柔軟さで対抗勢力への交渉も行うなど、過激さだけの政治家ではない男であった。

 

 穏健派が長く天下を取っていた後は過激派の政治家が熱狂的に支持されることもあるが、レジアスのように正しい政治感覚を持った過激派が長く天下を取るのは、非常に珍しいことだ。

 地元密着型で治安第一というレジアスの基本方針も人気要素の一つなのだろう。

 レジアスという人物を知れば知るほど、レジアスが時空管理局に及ぼす影響力と、ソーシャルゲーム管理局への頑なな敵対心に、エリオは納得してしまう。

 二つの管理局が仲良くできない理由の一つに、エリオは辿り着いていた。

 

 エリオは頭の中に情報を入れすぎて、頭の中がごちゃごちゃしてきたのを感じる。

 

「……走ろう」

 

 こういう時は走るべきだと、体育会系の思考が解答を出す。

 エリオは足を使うポジションだ。魔法で飛ぶこともあるが、基本的には走って戦う。なので人一倍走り込みをしている少年でもあった。

 エリオは勤務時間に合わせて、毎日朝か夜のどちらかに一時間半ほど街を走り込む。無論、事務所に外出許可申請も提出済みだ。

 今日もまた、エリオは夜の街を走り込む。

 

(この道をまっすぐ行って、次の角を右に曲がって……)

 

 短く息を吸って、短く息を吐く。その繰り返し。

 息は鋭く、吐く時間も吸う時間も短くし、息を吐くことを意識しながら呼吸を行う。

 呼吸の仕方一つとっても、エリオはよく訓練されているようだ。

 よく訓練されているのは呼吸だけでなく、感覚もである。

 

「?」

 

 よく鍛えられた感覚が、エリオの意識に違和感を残した。

 

(今の、魔力? ……いや、結界?)

 

 ほんの僅かな、魔力のゆらぎ。

 達人が結界を張った時などに感じられる、感知困難な魔力反応。

 "気のせいかもしれない"とエリオ自身が思ってしまうくらいに微弱な魔力を、エリオは感じ取ったような気がした。

 

 デバイスのストラーダすら、魔力は検知していない。

 つまり時空管理局のデバイスの魔力感知規格以下の微弱な魔力を、エリオの感覚が捉えたということだ。エリオが魔力の発生源からあと100mほど離れていたら、彼の感覚もそれを捉えることはなかっただろう。

 

(行ってみよう)

 

 一度だけ感じられた魔力の感覚のみを頼りに、エリオは移動する。

 細かな物音も聞き逃さないよう耳をそばだて、小さな痕跡も見逃さないよう視線を走らせ、静かに物音を立てないように進んでいく少年。

 ガジェットの残骸を見つけたところで、エリオは人知れずガジェットと戦う正義の味方がこの先に居ることを理解した。

 やがて、木々の合間に一人の男の姿が見える。

 

「……!」

 

「珍客だな」

 

 ―――十数分前読んでいた本に、レジアスの親友と書かれていた男が、そこに居た。

 

「ここで、機動六課の槍騎士とは」

 

「ゼスト・グランガイツ!」

 

 エリオは既に起動させていたデバイスを持ち上げ、その槍を前に向ける。

 それを見たゼストが動き、エリオの槍が届きそうで届かない位置にまで踏み込んだ。

 半ば反射的に対応したエリオは、槍を上げる。

 そして、上げられた槍が滑るようにエリオの手の中から弾かれた。

 

「え?」

 

 "今の踏み込みは槍を弾くためのフェイントだったんだ"とエリオが気付けたのは、槍が地に落ちた数秒後のこと。

 どんな武術だろうと、スポーツだろうと、獲物を常時本気で握る達人は居ない。握力が長持ちしないし、獲物は全力で握っていない方が速く振れるからだ。

 だが、それを前提として考えても、今の一瞬に凝らされた技巧は素晴らしかった。

 巧みに距離を測りつつ一歩前に出て、エリオの動きを誘発し、エリオが槍を握る力の度合いを見切って、意識の緩みと武器を握る力の緩みが重なる一瞬を狙ったのだ。

 マジックの達人でも、こうまで見事に人の隙を突くことは難しいだろう。

 

「意識の隙、動きの隙、技の隙」

 

 ゼストはエリオの槍を拾い、山間の小川を堰き止める大岩を思わせる厳かな口調で、エリオに語りかける。

 

「どれもがお粗末だ。

 静から動に移る際の意識の隙。

 受動の意識ゆえに生まれた隙、フェイントを見て対応しようとした動きの隙。

 そしておそらく槍を専門に扱う人間に指導されなかったがための、技の隙。

 魔導師としては一級品だが……槍一本で戦う戦士として見るならば、粗すぎる」

 

「……っ」

 

 エリオは"魔導師として"なら、かなり高い水準で槍を使えている。

 だが"槍使いとして"見た場合、エリオの腕は平均より上程度のものでしかなかった。

 これは魔導戦闘を第一として見る時空管理局員にありがちなことなので、エリオが未熟であるとかそういう問題でもない。

 なのだが、ゼストからすると不満が残る技量だったようだ。

 

 エリオは素手で身構えるが、ゼストはエリオに目もくれず、先程まで戦っていたらしいガジェットの残骸を片付けている。

 エリオは拍子抜けして、二人分の槍を抱えたまま後始末を続けているゼストに問いかけた。

 

「……僕に、何もしないのか?」

 

「戦意が無い人間と、これ以上戦う意味はあるまい」

 

 その言葉に、エリオは口を噤む。

 もう一つの管理局と戦うたび、稽古をつけられるような戦いを越え、エリオは敵が悪人でないことに疑問を持っていた。それが先日の無限図書の件で、一気に表面化したようだ。

 時々ガジェットという分かりやすい悪と戦うこともあったが、そちらの方がまだ戦いやすかったとエリオは感じる。

 

(……局に入れば分かりやすく、悪い人と戦うと思っていたのに。でも、そうじゃなかった)

 

 エリオは目の前のゼストを悪人であると思えない。敵対者であるとさえ思えない。

 卓越した槍技を見ても戦意が湧き立つことはなく、浮かぶのは純粋な尊敬だ。

 この少年には悪を討とうとする正義感がある。

 だが利己の感情や義務感を理由にし、犯罪を犯してもいない敵と本気で殺し合える素質は無い。

 六課に入ってすぐの頃ならば、新人特有の熱意にて使命感や義務感だけでもう一つの管理局の者とも戦えたのだろうが、今は槍先に迷いが乗ってしまうようだ。

 

 ゼストはやがて後始末を終え、どこかに歩き出していく。

 ストラーダを取り上げられているために、エリオもその後に付いて行くしかない。

 

「近く、巨悪が大きな戦いを起こすだろう。その時、対抗する者には強さが求められる」

 

「巨悪……」

 

「そう時間も無い」

 

 夜のミッドを二人は歩き、やがてゆりかご博物館の周辺に辿り着いた。

 ここはソシャゲ管理局と教会の共同管理区域。一種のベルカ自治区だ。

 誰も来ないこの場所で、ゼストはエリオに(ストラーダ)を投げ渡した。

 

「え?」

 

「それだけの素質を持ち、これだけいい槍を与えられ、今のままの技量ではあまりに勿体無い」

 

 戸惑うエリオを前にして、靴裏で軽く地均しをしたゼストが構える。

 ゆらり、と揺れるゼストの槍先は、ただそれだけで形容しがたい威圧感を放っていた。

 

「構えろ。基礎だけ叩き込んでやる」

 

「!」

 

 機動六課に、槍の使い手は居ない。

 エリオはなのはから魔導戦闘全般、フェイトから高速戦闘技術、シグナムから近接武器戦闘術を習っていたが、槍の専門家からしっかり学ぶ機会は一度も無かった。

 そこで提示された、『地上部隊最強の槍使い』からの指導の提案。

 自分が未熟だからこそされた提案なのだと分かってはいても、それでもエリオは、その提案に抗いがたい魅力を感じていた。

 

 だが、だからこそ、問い質したい疑問が一つ生まれてしまう。

 

「……聞いて、いいですか?

 何故、あなた達は時々、僕らと"戦う"んじゃなくて、"鍛え"ようとするんですか?」

 

「我々のリーダーにとってお前達は敵ではない。それだけのことだろう」

 

「……」

 

 エリオは黙り込み、惑う。

 『巨悪』とやらの全体像すらエリオには見えていないのだが、"かっちゃん"という人物がそれだけを敵として見ているのは事実のようだ。

 "フェイトが語るかっちゃん"しか知らないエリオの中で、基本的にただの課金厨でしか無い青年の人物像が、なんだか物凄く寛容で偉大な人物になっていく。

 エリオから彼への人物評価は、まるでジェットコースターのようだ。

 じわじわ上がっていき、いずれ急降下するだろうという意味で。

 

「迷っているな。俺が敵か、味方なのか。戦うべきなのか、教わるべきなのか」

 

 ゼストからストラーダを受け取ったエリオは、迷っている。

 呼ぼうと思えば、仲間だって呼べる。

 何の罪も犯していない人間を、時空管理局の一部の人間が望むままに仲間と共に倒し、連れて行く未来に向かっていくことだってできる。

 だからエリオは、迷っているのだ。

 

「そうですよ。だって……あなた達は、全然悪い人に見えないんだ」

 

「悪い人間だから倒していい、というのは行き過ぎた傲慢だ。

 悪い人間に見えないから倒したくない、と考えるのは間違った同情だ。

 お前達は時に罪を犯した善人と戦い、罪を犯した悪人を許さねばならない。

 管理局員に求められるのは、絶対的な正義として在り、敵を悪と定義することではない」

 

 だがその迷いを、傲慢か同情でしかないと、ゼストはバッサリ切り捨てる。

 ゼスト・グランガイツは時空管理局で長年戦ってきた歴戦の勇士だ。

 ゆえに、知っている。

 

 望まずして人を殺した善人を捕まえたこともある。

 救えないと思っていた悪人が、逮捕の後に更正し、人を救う人物になったのを見たこともある。

 当然の復讐の果てに犯罪者となった者を打ち倒したこともある。

 多くの者を不幸にした虐殺者が、何も知らない泣いている子供だったことさえある。

 ゆえに、知っている。

 

 善悪を"戦わない理由"にしてしまえば、いつか守れない笑顔が生まれてしまうということを。

 

管理局員(おまえたち)は法の番人。悪を倒す者ではなく、守るべき者を守る者なのだから」

 

 ゼストが教えようとしているのは、槍だけではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨が降っている。

 誰も知らないような世界に、雨が降り続いている。

 シュテルはもう何時間も、雨に打たれたまま仰向けに空を見上げ続けていた。

 バリアジャケットが体温だけは維持してくれているが、バリアジャケットは心までは守ってくれない。どんな回復魔法でも、彼女の心は癒せない。

 たとえ体が無傷でも、今のシュテルは満身創痍と言って差し支えない状態だった。

 

「探したぞ」

 

 仰向けのシュテルの視界には、曇り空だけしか映っていなかった。

 だがそこに、見覚えのある綺麗な銀色が混ざる。

 それがチンクの銀髪であるとシュテルが認識したその時には、チンクの暖かい手の平が頬に触れていた。

 

「こんな所に居ては、体が冷える。さあ、帰ろう」

 

 どこを見ているのかも分からなかったシュテルの眼の焦点が、チンクの微笑みに合わせられる。

 多くの妹を持つチンクの言葉は優しく、暖かで、諭すような響きがあった。

 姉というものを知らないシュテルの心に、その言葉が染みていく。

 

「立てるか?」

 

 チンクはシュテルの手を掴み、背中に手を添え、優しく立ち上がらせる。

 そして雨からシュテルを守るように、自分が身に纏っていたコートを羽織らせた。

 代わりにチンクが豪雨に晒されてしまうが、チンクはまるで気にした様子がない。

 

 チンクがここに居るのは、Kが動員をかけたシュテル捜索隊に志願したからだ。

 最悪平常業務に支障が出るかもしれないというのに、それでもシュテルの捜索にそれなりの人数を動員するK。身内経営のノリにも程がある。

 問題なのは、そんなリーダーに付いていこうとする人間ばかりが組織を構成しているということだろう。反対意見はほぼ出なかったようだ。

 

 チンクはシュテルのことをたいそう心配していたKのことを話に出し、シュテルをそれで励まそうとも思ったが、逆効果になりそうだと思い、やめた。

 

「何故」

 

 シュテルは呻くように、かすれた涙声で呟く。

 

「何故、私なんかを、探しに来てくれたのですか」

 

 よくない兆候だと、チンクは感じた。

 過剰な卑下。自己評価の低下。アイデンティティの喪失。

 一人で考える時間が長かったことと、人並み外れて速い思考速度が合わさってしまい、シュテルは過度に自分を貶めてしまっている。

 だから、チンクは、変に取り繕わないありのままの言葉をぶつけた。

 

「私はお前の友達だ。それが理由では、足りないか?」

 

「……!」

 

 シュテルとチンクが仲間となってから、もう一年。

 話した数は数え切れない。共闘した回数も然り。一緒に仕事をしたことも然りだ。

 だからチンクはシュテルを友と認識していたが、シュテルの方はそういう認識を持っては居なかったようだ。

 その言葉が、先日の高町なのはの言葉を思い出させた。

 

―――いつかは友達になれるって、私は信じてる

 

 思えば彼女はひたすらまっすぐに自分に向き合ってくれていた、とシュテルは思考する。

 高町なのはは真っ直ぐだった。シュテルに媚びることもなく、聞こえのいい言葉だけを口にするでもなく、まっすぐにシュテルにぶつかって来てくれていた。

 

(逃げたのは、私だ)

 

 そんななのはと向き合えなくて、シュテルはの戦意は次第に崩れていった。

 次第にマスターと呼び慕う彼とさえ向き合うことができなくなり、シュテルは逃げた。

 現実から逃げたという自覚と罪悪感が、シュテルを尚更に縛っていく。

 

 "私はお前の友達だ"とチンクに言われたシュテルの胸の内に、嬉しさと痛みが混ざって溢れる。

 

「……私は……私を……私に」

 

 雨に濡れた前髪が、目を覆っている。

 前髪の下の涙は拭われず、雨に流されていく。

 シュテルは絞り出したような声で、弱々しく言葉を紡いだ。

 

「私に、そんな価値は、ありませんよ」

 

「友を価値で選ぶものか。

 友の価値を決めることなど不可能だ。

 命の価値を決めることが不可能であることと同じでな」

 

「……」

 

「私が思うシュテルの価値は、私が決める」

 

 チンクの声には、しっかりと芯が通っている。

 『自分を持っている者が発する声』だ。

 チンクには、他人を支える余裕がある。そう出来るだけの自分も持っている。

 けれどもシュテルは、そんな余裕も自分もいつしか失っていて。

 

 チンクは雨の中、シュテルの手を引いていく。

 シュテルの手は泥に濡れていたが、構わず強く手を握る。

 チンクの言葉はシュテルに届かず、繋がる手が暖かさを伝えてくれることもなかった。

 

(その人を一番大切に想っている。

 だから自分も、一番大切に想ってもらいたい。

 そう思うことは普通のことだ。お前は胸を張ってそう言っていい。……そう言ってやりたいが)

 

 チンクもまた、シュテルの心を救えない。

 

(私の言葉では、届かないだろうな。難儀なことだ)

 

 それでもチンクは、シュテルの行く末に幸あることを祈り続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから数日が経ったが、ゼストとエリオの奇妙な関係はまだ続いていた。

 エリオは早朝と夜の走り込みの時間を使って、時たまゼストの指導を受けに行く。

 ゼストも未熟な槍術を見ていられなかったのか、それに嫌な顔一つせず付き合っていた。

 法の番人と犯罪者という関係ではなく、かと言って師匠と弟子と言うのも何かズレていて、味方と言うのも敵と言うのも何か違う、そんな二人の奇妙な関係は続く。

 

 指導せずにはいられなかったゼストの甘さと、仲間を呼んでゼストを囲むという選択肢を選べないエリオの甘さが生んだ、奇妙な指導風景がそこにあった。

 

「レジアス中将って、どんな方なんですか?」

 

 エリオは指導の合間に、木に寄りかかるゼストにそう問うてみた。

 少しの好奇心と、少しの心配から出た言葉。

 ゼストはその言葉に、内心を見せないよう感情を押し殺した顔で答える。

 

「裏切り者だ」

 

 何かがあったとしか思えない返答。

 しかし、"何かがあった"ということ以上のことは分からない返答。

 断じるようなゼストの返答は、エリオにこれ以上の質問を許さないものだった。

 

(詳しく聞かない方が、いいんだろうか……)

 

 エリオの中で、レジアスという人物への不信が大きくなる。ソーシャルゲーム管理局の仮想敵にレジアスが入っているのでは、という疑惑が存在感を増していく。

 

「他人のことより、お前は自分のことを心配するべきではないか」

 

「僕のこと……ですか?」

 

「お前の根幹には、自分の内の何かに対する不信がある」

 

「―――」

 

「自覚しているか、していないかは分からん。

 だがそれはお前に力を求めさせ、人を助けに走らせる。

 お前はそれに突き動かされながらも、そのせいで地に足がついていない」

 

 しかしゼストの指摘が、エリオの思考を一気に現実に引き戻しにきた。

 ゼストはエリオの中にある、割り切れていない問題を指摘する。

 それはいつか何かがきっかけで乗り越えられるはずの、けれども今のエリオにはまだ乗り越えられていない問題だった。

 

「……」

 

 エリオは少し躊躇いを覚えたが、やがて『それ』を語ることを決める。

 少年は悲惨な境遇を経て今ここに居るが、シュテルほど悩み過ぎているわけでもなく、人に苦笑しながら話せる程度には、その問題を乗り越えつつあったから。

 

「……僕は、かつて死んだオリジナルのエリオの特殊クローンです」

 

 エリオは切り株に腰掛け、指を交差させるように手を合わせ、記憶を探るように目を瞑る。

 

「気付くまではよかった。母さんも父さんも、僕を愛してくれていると、そう思えた」

 

 この少年も、最初は両親に愛されながら育ったのだ。

 最初だけは、幸せな家庭の中に居たのだ。

 自分がオリジナルエリオのクローンであると知らないままに、欺瞞の幸せの中に居た。

 

「でも、研究所の人が来て。僕を連れて行こうとして。

 母さんと父さんは僕を守ろうとしたけど、それも最初の最初だけで。

 何か言われたらすぐに二人は僕を諦めて、研究所に連れて行かせて……」

 

 なのに、親から見捨てられ、実験体扱いされる地獄に落とされたのだ。

 幸せだったからこそ、そこから突き落とされた時の絶望は、想像を絶するものであった。

 

「それで、気付いたんです。

 "生まれてきた命"を失うことは、悲しいけれど……

 "作った命"を失うことは、さして悲しいことではないんだって」

 

 こんな考えを、似た境遇のフェイトに言えるわけがない。

 彼はキャロは守るべき対象であると思っているため、そちらにも当然言えない。

 そしてエリオにとって、フェイトとキャロ以上に親しい人間などそう居ない。

 指導によって生まれたゼストへの奇妙な信頼と尊敬、ゼストが根本的に仲間でも身内でもないという認識が、エリオの内心を彼に語らせていた。

 

「今僕の周りに居る人は、僕が死ねば少しは悲しんでくれると思います。

 でもそれは、僕が作られた命かどうかがいい意味で"どうでもいいから"なんです。

 その人達にとって、自然に生まれた普通の人間と僕に違いが見えないからなんです」

 

 エリオは今の環境に満足している。

 今過ごしている毎日をとても幸せだと思っている。

 だがその裏で、エリオは"人間を作る"技術に対して肯定的な人間と否定的な人間が何故一定数居るのかという疑問に、自分なりの答えを出しつつあった。

 

「でも、父さんと母さんと、研究者の人にとっては違った。

 あの人達にとって僕は、"代わりの居ない存在"じゃなかった。

 僕を自然に生まれた命(オリジナルのエリオ)とは別に見ていた。

 人形と何も変わらない、人の手で作られた、上っ面を整えただけの存在と見ていたんです」

 

 エリオの両親は、オリジナルの息子が死んだ時、狂おしいほどに悲しんだ。

 だからコピーを作った。

 エリオの両親は、コピーの息子が失われそうになった日、諦めてエリオを差し出した。

 彼らにとって、コピーの方の息子は諦めがつくものだったからだ。

 

 その真実に、エリオが気付くまでそう時間はかからなかったようだ。

 少年は既に答えを出している。

 だが、答えを出したからといってすぐに割り切れるものではない。

 それがエリオの槍に見える自信の無さという形で現れているのだ。

 エリオの精神はある程度安定しており、大きなやらかしをしてしまいそうな不安定さはないが、それでもどこか壮絶な価値観が垣間見える。

 

(……作られた命の苦悩、か)

 

 ゼストは年齢不相応な考え方を見せるエリオに、眉を顰める。

 今ならば、こうした人工生命技術が禁止された意味が分かるというものだ。

 『望まれて生まれて来た』子供なら問題はない。

 だが『望まれて生み出された』子供は、『望まれず生まれて来た』子供と同様に、こうして普通の子供が持たないような歪みを抱えてしまう。

 生み出そうとした大人のエゴを、生み出された子供が支払わなくてはならなくなるのだ。

 

 ゼストがエリオを見る目に、いつしか慈しみの感情が混ざるようになる。

 この男は、顔に似合わず子供に対する面倒見がいい男だった。

 

「お前の槍に宿る自信の無さの根源はそれか、モンディアル」

 

「……」

 

「刃を握る武人とは、大なり小なり傲慢なものだ。

 謙虚な物腰は努力で身に付く。

 だが武人とは、心のどこかで、自分が強者であると盲信している」

 

 エリオはフェイトのような大人になるため、キャロを守るため、仲間の力となるため、恩人に恩を返すため、人々を守るため、戦っている。そうやって自分を肯定し、自分を信じようとしている。

 そんなエリオの目に映るのは、そんな理由を用いなくても、自分を揺るぎなく信じているゼストの立ち姿だ。

 

「言い換えるならば、武人とは自分の強さの狂信者なのだ」

 

「……狂信者」

 

「強さという名の神を信仰し、普通の人よりも遥か高くに見ているのだからな」

 

 ゼストは自分の内に不信の欠片を抱えているエリオに、武人という"自分の中にあるもの"を信じているものを例に挙げて語る。

 エリオは何故か、シグナムのことを思い出していた。

 ゼストとシグナムに共通して感じる強者の雰囲気、揺らがなさそうな心の在り方、立ち振る舞いが、エリオの中でこの二人を"武人"という形で同一視させていた。

 

「あなたや、シグナム副隊長は、だから揺らがないように見えるんでしょうか……?」

 

「……俺達を支えているのは、本質的には自分の力と技だけだ」

 

 ゼストは手にした己の槍の柄を、そっと撫でる。

 

「だから俺達は、自分を鍛えることをやめられない。

 俺達は戦う力で果たすべき義務と責任を果たし、居場所を作っている。

 俺達が一人でも揺らがないのは、お前が仲間と共に戦う時に揺らがないのと同じことだ」

 

「同じ?」

 

「武人にとって己の力と技こそがもっとも親しい隣人。信じられる仲間であるからだ」

 

「―――!」

 

 そうしてエリオは、目を見開き、シグナムやゼストが揺らがない理由を理解する。

 

「力と技は勝手に離れていくことも、裏切ることもない。

 積み重ねた時間はお前を決して裏切らない、もっとも親しい隣人だ」

 

 エリオが自分という存在の中に否定的な要素を見たのと対照的に、彼らは自分の中に肯定的な要素を見出す者達である。

 そしてゼストは、エリオをその道に誘っていた。

 

「力と技を磨くことで、自分を支える柱とする。それもまた一つの生き方だろう。

 何故ならば、そこにその人間の生まれは関係がない。

 力と技は"どう生まれたか"ではなく、生まれた後に"どう生きたか"で決まるのだから」

 

「どう、生きたか」

 

「積み重ねろ、時間を。

 生まれた後の時間がお前という人間を決める。

 生まれた瞬間から武人である人間が居ない理由を、考えてみろ」

 

 武に生まれは関係ない。

 積み重ねた時間が、身に付けた力と技が、人を肯定してくれる。

 

「お前のような人間は、過去に何人も居た。鍛錬と勝利の果てに全てを振り切る類の人間だ」

 

「……」

 

 フェイトのため、キャロのため、仲間のため、人々のため、そういった気持ちを掲げて戦っていたエリオが向かうべき先を、ゼストは指し示す。

 

「恥じるな、エリオ・モンディアル。

 強くなり、人を守り、感謝されることで、自分という命の価値を証明しようとする。

 そんな自分を恥じるな、胸を張れ」

 

「……!」

 

「それで救われる命も、守られる命も、確かにあるのだ」

 

 地道な努力の積み重ねにより、どんな困難も境遇も乗り越えられる人物であると、ゼストはエリオを評価していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シュテルが抜けた穴は、本人が思っている以上に大きかった。

 戦闘力と頭脳が共に飛び抜けていて、Kのことをちゃんと理解しているシュテルが居れば、Kに付ける人間など他に要らなかったのだ。

 商談も戦闘も、シュテルが全てKの隣でこなしてくれるのだから。

 

 なので現在、Kには戦闘担当と頭脳担当が一人づつ付いている。

 無論ローテーションが組まれており、今日はアリシア・テスタロッサとディエチの二人が付いてくれているようだ。

 シュテルの穴を二人で埋めなければならなくなっているあたりからも、シュテルの有能さや重要性は伺えるというものである。

 

「もー、シュテルちゃんの代打きつすぎぃ……」

 

「そりゃそうだ。あいつの代わりなんて、誰もできない」

 

「……リーダーはシュテルちゃんが居る時も居ない時も、そう言ってるんだよねえ。

 なんだかなー、気持ちは分かるけど、シュテルちゃんは悩みすぎだと思うわけですよ」

 

「あいつは頭がいいから、オレの世辞じゃないかと疑ってるんだよ」

 

 車椅子を無言で押すディエチとは対照的に、アリシアはぺらぺら次から次へと話題を変えてKに話しかけ続ける。

 そして話題がシュテルの件に行ったが、これはアリシアの地雷でもあったようだ。

 

「それに、前のアーちゃんもあんな感じだったことがあっただろうに」

 

「ちょ、それ引き合いに出すの禁止! 忘れてよ!」

 

 クローン、複製、人工生命。

 これらの事実が悪影響を与えるのは、コピー先の人間だけではない。

 時には、コピー元の人間にも悪影響を与えることもある。

 

 アリシアもまた、その一人だった。

 彼女は母の魔法資質を受け継ぐことができず、自分と同様に母の頭脳を受け継いだ上で、母の魔法資質をも受け継いだフェイトをずっと羨むように見上げていたのだ。

 頭がよくて魔法が使えないアリシア、頭がよくて魔法が使えるフェイトが居るならば、頭が悪くて魔法が使えるフェイトのような存在も居そうなものだが、あいにくこの世界には居ない。

 

 底抜けに明るい大人は、何も感じないような飛び抜けた鈍感か、意図して明るく振舞っているだけの人間かの二択であるという。

 アリシアは後者だった。

 それこそ、実母にもその苦悩を悟らせないほどに。

 

 オリジナルがコピーに劣等感を感じるという、この異様な構図。

 悩みが悩みだ。これではフェイトにもプレシアにも相談できない。

 なのでアリシアは、程よく近く、程よく『外側』だった親友の少年に相談した。今から五年ほど前のことである。

 

――――

 

「お前らハッキリ言うけど、外見しか似てねーからな。

 言うなればアリシア顔もといアルトリア顔レベルの類似しかないからな」

 

「あるとり……?」

 

「ちなみにオレは、お前がフェイトよりテストの成績良かったの覚えてるぞ。

 このフェイトのコンプレックス量産機め……

 ドジっ娘フェイト相手にコンプレックス感じる前に、お前はお前の良さを見直しておけよ」

 

「……私の良さかー」

 

「お前はフェイトよりよく食うけど、フェイトより背が低くて胸が小さいな!」

 

「それは本当に私の良さ!?」

 

「そういう趣味の男も居るだろ!」

 

「ざっけんなこらー!」

 

――――

 

 アリシアは悩み考え、それを表に出さないよう笑い続け、時に友人に吐き出しながら、結局家族に悟られることなく己が悩みを乗り越えた。

 特にイベントもなく苦悩を乗り越える。

 それは苦悩が小さかったからではなく、アリシアが強い人間であったからだ。

 思春期にありがちな内向きの悩みと解決と言えばそれまでだが、誰もが抱える悩みの一種であるからといって、誰もがちゃんと乗り越えられるわけでもない。

 

「私達は、自然に生まれて来た命じゃない」

 

 Kとアリシアのやり取りを見て思うところがあったのか、そこでディエチが口を開く。

 彼女の口が紡ぐ言葉は、戦闘機人としての言葉であり、同時に既に苦悩を乗り越えた者の言葉であった。

 

「例えば、私達が優れた結果を出せば、それは生命操作技術の賜物だと言われる。

 でも普通の人が同じ結果を出せば、才能や努力を褒められる。

 何故なら、普通の人の優秀は自然発生の奇跡で、私達の優秀は人工の必然だから」

 

 自然に生まれた美人と整形美人、人がどちらに価値を見るかという話だ。

 どうにもKは、そういう人物と縁があるらしい。

 

「誰かのコピー、作られた命、機械混じりの命に、プログラムから生まれた命。

 ただそれだけで、私達の命に価値を見れない人は居る。

 ただそれだけで、私達のような人間は、心の足元が不安定になってしまう」

 

 ディエチは機械が混ざった自分の体を見て、普通の人を羨んだこともある。

 羨んでいた普通の人間が、ディエチを嫉妬の目で見ていたこともある。

 普通でない人間が普通の人間が大多数の社会の中で生きていくということは、普通の人間には想像も出来ないような苦悩があるのだ。

 だが、それでも。ディエチ達は、今を笑って生きている。

 

「シュテルもそうなのかもしれない。

 でもそれは、他人からの適当な肯定で解決する問題じゃない」

 

 なのはのコピーであることに起因する悩みを持つシュテルに、一から十まで語って聞かせようとする者はソシャゲ管理局には居ない。

 何故ならば、皆知っているからだ。

 

「自分の生を肯定する『答え』は、自分自身で見つけないといけないから」

 

 命の答えは、自分自身で見つけなければならないのだと。

 

「よし行くぞ、我らが砲台。お前のイノーメスカキンをぶっ放す時だ」

 

「……ええぇー。課金は一人でぶっ放しててよ」

 

「っしゃー行こう! お仕事だ!」

 

 Kの車椅子を豪快に動かそうと動くアリシアの手を、ディエチの手がぺちぺち弾く。

 やがて三人は、数日後に起こるであろうソシャゲ管理局として動かなければならない事態に対応すべく、その対応のための下準備に動き始めた、

 

「今日は下見と事前の面通しだ。行くぞ、『ホテル・アグスタ』へ!」

 

「スルトの破片を回収だー!」

「おー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼らが目指すは数日後に開催される大舞台、ホテル・アグスタのオークション。

 そこに紆余曲折を経て人の手に渡った『スルトの残骸』が出品されるという。

 それが完全稼働状態の生産プラントであると、二つの管理局は共に把握している。

 

 一万人のジェイルを生み出したプラントか、億のガジェットを生み出したプラントか。

 

 どちらであっても―――悪の手に渡ってしまえば、惨劇は必至。

 かつての戦いの残骸を巡る一戦が、始まろうとしていた。

 シュテル・スタークスの復活を、待つことなく。

 

 

 




エースオブエースVSカスオブカス編の基本構造の一つは、「新人の敵が別世界では死んでる人達」です
テーマの下にぶら下げてるいくつかのサブ主題のうち1つは、「先生(先に生まれたひと)による若人への教え」です
メインテーマ? そら課金とソシャゲですよ

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