課金厨のソシャゲ廃人がリリカルなのは世界に神様転生してまた課金するようです   作:ルシエド

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【前回までのあらすじ】

 私立聖祥大学付属小学校。
 ごく普通の小学校生活を送っていたKは、ある晩怪物に襲われそうに少年を助けようとして、命を落としてしまう。
 しかしその少年、ユーノ・スクライアに課金術研究の成果である「核金(かくがね)」を埋め込まれる事によって命を救われる。
 同時に、唯一無二の武装課金「ガチャ突撃(ひとばしら)」の力を手に入れたKは、人を食い物にする怪物・ウンエイの存在を知り、戦いの世界に足を踏み込む。
 次々にあらわる奇怪な強敵との戦いの中で、Kは課金の戦士として成長していく。

 そして、Kに埋め込まれた「核金」の真の力とは……!?


課金すべき黄金の剣

「フッケバインとはどういう組織なのでしょうか、ドクター」

 

 スバルと同じ戦闘機人にして、ジェイル・スカリエッティ謹製のナンバーズの一人・クアットロは、興味本位でスカリエッティに問う。

 彼女は一般社会に生きたことがないのと、割り当てられた役割の関係で、フッケバインという犯罪者集団のことをよく知らなかった。

 スカリエッティは腕を組み、性格の悪さを滲ませた笑顔で口を開く。

 

「一言で言うなら、『殺人』と『同類の保護』を目的とした犯罪者集団さ」

 

「殺人? 同類の保護?」

 

「彼らは全員がEC(エクリプス)ウィルスというものに感染している。

 これに感染したものは魔力分断能力と、極めて強い力を身に付ける。

 更に限りなく不死に近い再生能力、生体の武器化も手に入れるだろう。世界を殺す毒さ」

 

 魔導が発展した世界の軍事技術を、最悪の場合完全に無効化してしまう天敵。

 魔法の世界を殺す毒、天敵を増やすという形で魔導師を殺していくウィルスだ。

 だがそれは、リスクもデメリットも無いなどという都合のいいものではない。

 

「だがそれと引き換えに、殺人衝動と破壊衝動も得てしまう。

 人を殺し、周囲に破壊をもたらさなければ、彼らは死よりも酷い苦痛を受ける。

 再生能力の暴走で肉塊化し、不死の肉塊となり永遠に苦しみ続ける者も居るらしい。

 いっそ自然に死ねたなら楽なんだろうけどね。自然死はなく、生物としては不完全極まりないさ」

 

 力と引き換えに、EC感染者は人を殺さねば生きていけない体になってしまう。

 フッケバインが広域指名手配されている理由、通常の魔導師ではフッケバインに対処できない理由、フッケバインがいくら大きな力を持とうともそれを真似する者が居ない理由。

 それら全てに対し、EC感染者が持つ特性が解答となる。

 

 いやそもそも、"同族を殺さなければ生きていけない"という時点で、彼らはこれ以上なく間違った生命体なのだ。それは、命の摂理に反している。

 

「それはまた、哀れな生き物ですねぇドクター。畜生と何が違うのやら」

 

「さあ、私は感染者ではないから彼らの気持ちは分からないよ。

 彼らの大半は望まずしてそうなったのだろうが、彼らは彼らで楽しく生きてるのだろうし」

 

 感染すれば、その力で自分と他人の命を蝕むしかなくなるために、選べる道は三つのみ。

 不死の身体を自分で傷付け、死ににくい体で最大限に苦しみながら自殺するか。

 何の選択もできないまま時間を浪費し、殺人衝動の生む苦しみに心を殺され、醜い肉塊になって永遠に苦しみ続けるようになるか。

 運命を受け入れ、"死にたくない"という気持ちから殺人を行い、苦しみながら自らの心の在り方を変え、人を殺しながら生きていく虐殺者になるか。

 

 三つ目の選択を選び、何が何でも生きていくことを選んだ者達の集まりが、フッケバイン一家という犯罪者集団の正体であった。

 

「哀れな殺人鬼さ。

 社会から排除されるべき存在であり、その現実を受け止め、楽しく生きている。

 そういう意味では私と同類のような存在といえるかもしれないね、あっはっは」

 

 古代ベルカの時代の大悪人・ジェイルを素材として作られたクローンである男、ジェイル・スカリエッティ。

 彼はより強き命、より素晴らしき命、より完璧なる命を探求している。

 人体という自然の神秘と、機械という文明の産物を融合させた戦闘機人も、彼の研究成果の一つだった。

 彼は"命としての完成度"を求めている。

 力を求めているわけではない。

 ゆえに、力と引き換えに同族殺しと自壊を運命付けられたフッケバインを、彼は見下していた。

 

 "人を殺したい"という『与えられた欲求』で動く命など、彼からすれば軽蔑対象。

 "私はこうしたい"という『自らの生み出した欲望』で動く命こそを、彼は尊ぶ。

 戦闘機人を無感情な兵器とせず、人としての心を与えたところからも、それは伺える。

 

「なら、今回の一件は茶番ですわねえ。

 ECウィルスの感染者は普通の人間とは共存できない。

 人を殺さないと生きていけない以上、一般社会には……」

 

「ところがそうでもない」

 

「は?」

 

「いや、ね。

 ECウィルスの原理を知っていれば、あのウィルスの無力化は簡単なんだ。

 あれは無課金にのみ与えられる力であって、一度でも課金したら消えていくものだからね」

 

「は?」

 

 エクリプスウィルスにはゼロ因子(ファクター)というものが含まれる。

 これは無課金者(ゼロドライバー)という選ばし者にのみ、無課金効果(ゼロエフェクト)という特別な現象を引き起こす力を与えるものだ。

 普段は休眠状態にあり、無課金の中でも選ばれし者にしか扱うことは出来ないが、休眠状態にあっても無課金者に特別な力を与える。

 そう、その力こそが、EC感染者が持つ力なのだ。

 

 ECウィルスとは無課金の力。

 ならば課金行為によってこのウィルスの力は徐々に弱まり、消えていく。それは道理だろう。

 

 そして、課金によって開放された無限書庫の真の力を得たユーノ、トーマというサンプルを見ていたKが力を合わせたならば、その事実に気付かないわけもない。

 

「殺戮も札束には敵わない、というわけだ」

 

「あー、あの課金厨早く死にませんかねー、日々思ってしまいますわ。本気で」

 

 フッケバインのメンツはそれまで真面目に生きていたり、必死に生きていたり、貧しい戦乱の世界に生きていた者がほとんどで、ソシャゲなんてやったこともない。

 そして当然、ソシャゲで自分の体の問題が治るだなんて思ったこともないだろう。

 だがやってみればあら不思議、少額課金でみるみる内に体が元に戻っていくじゃありませんか。

 再生能力、魔力分断、殺人衝動……だいたい全部が、綺麗さっぱり消えていた。

 

 コロンブスの卵的展開だ。

 そういう意味では今回の課金厨はコロンブスであり、コロンブスもまた課金厨と言えるのかもしれない。

 

「気付いたらあの男のせいで私の眼鏡外れなくなってましたし……

 しかも私が悪巧みすると、眼鏡のつるが頭を締め付けるようになってましたし……

 これのおかげで何も企めない!

 何ですかあの男? 玄奘三蔵気取りですか? 減少してるのはお前の口座の額だろうが!」

 

「いやあ、悪巧みできなくなったクアットロがここまでお笑い芸人化するとは思ってなかったよ」

 

「私を猿の悟空扱いとか、絶対に許せませんわ……!

 絶対にどこかでハメてぶっ殺していだだだだだだだだだだだだだだだだだだだッ!!!!!」

 

「肝心なところでうっかり大事なことを忘れて痛い目を見る。実にクアットロだ」

 

 気絶したクアットロを見ながら、スカリエッティはキーボード叩きを再開する。

 

「既存の戦闘機人のアップデートも進めなくてはならないね。

 彼の暗殺に送ったチンク、セイン、ノーヴェ、ディエチ、ウェンディが裏切ってからもう一年」

 

 彼の脳裏に蘇るのは、信じて送り出したナンバーズが"こっちに付きますごめんね"とテヘ顔ビデオレターを送ってきた一年前の記憶。

 ナンバーズに機械の心ではなく人の心を持たせたせいで存在していた、彼の部下(ナンバーズ)が彼を裏切るという危険性が、現実になってしまった時のことだ。

 

「ゲームくらい与えておくべきだったかな……?」

 

 Kは人生の楽しみ方や、ソシャゲを教える。

 最初からKサイドの人間だったチンクはすぐ味方につけられそうな妹を選別する。

 妹達は上記の二人から楽しいことを教えられている内に、身の振り方を考え始める。

 そんな構図。

 

 生まれてこの方娯楽なんて知らなかった戦闘機人(ナンバーズ)が、親しい仲間の説得とソーシャルゲームの魔力により説得される。

 それは、薄い本における世間知らずの少女が媚薬で落とされる光景によく似ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フッケバイン一家は、ソーシャルゲーム管理局本部の第三中庭で、全員揃って額を突き合わせてソシャゲをやっていた。

 広がる草原は柔らかく、日差しは強すぎない程度に暖かく、肌に触れる風が心地いい。

 

「団員ども、イベント突撃行くわよ!」

 

「おう」

「はーい」

「あいあい」

 

 元から平和に生きられるならそれでいい、という者。

 戦闘狂だが面白そうなら戦う場所には別に拘らない、という者。

 仲間に情が湧き、仲間がここに居るから自分もここに居るんだ、という者。

 フッケバイン一家はそれぞれの理由で力とウィルスを捨て、投降していた。

 

 今はまだ管理局に引き渡されていないが、それは減刑や司法取引などの交渉を二つの管理局が行っているからだ。

 フッケバインが持参してきた裏社会の情報、他犯罪組織の情報などはとても価値のあるものであり、奉仕作業に従事する意志を表明していることからも、時空管理局は無下にできまい。

 全員とまでは行かずとも、何人かは一生管理局で働かされ続けることになるだろう。

 

 だが、きっとそれでいいのだ。

 "優しさをもってやり直す機会と償う機会を与える"。

 管理局はその理念から始まって、その理念はまだこの組織の中に息づいている。

 たとえ、その理念を生み出した人間が、既にそれを忘れていたとしても。

 

 無課金(エクリプス)の力は既に彼らの中に無い。

 現代日本にも「運営は課金者の当たり率を下げ、無課金の当たり率を上げている。そうすれば課金者は更に課金し、無課金はプレイを継続するからだ」と言っている者は居る。

 だがそれは推測ではない。

 "そうであって欲しい"という信仰であり、宗教だ。

 

 無課金(かみ)の加護は、課金(あくま)に魂を売った時点で消えてなくなる。

 そういうものだからだ。無課金は宗教。

 

「はいはーい、皆さんこっちに注目して欲しいっスー」

 

 ソシャゲに夢中になっていた元殺人鬼、現微課金の皆が一斉に顔を上げる。

 彼らの視線の先には朗らかに笑っている、見張り役の一人として配置された元ナンバーズ・ウェンディの姿があった。

 

「うんうん、問題は起こしてないみたいっスね」

 

「人殺しより、ソシャゲの方が楽しいしな」

 

「真理っスね……」

 

 フッケバインのアルナージがそう答えると、ウェンディは苦笑い。

 ウェンディは昔、ソーシャルゲーム管理局のリーダーが「麻薬栽培してる奴って飯食う方法が"それしかない"からそれやってんだよなぁ」なんて呟いていたのを思い出す。

 ウェンディの苦笑いは、複雑な感情が混ざった苦笑いだった。

 

「表の司法取引も裏の司法取引も長引きそうっスからね。

 とりあえずニートさせとくのもなんなんで、雑務手伝って貰うっスよ」

 

「雑務?」

 

「雑誌刊行勤務、略して雑務っス」

 

「それは雑務とは言わない!」

 

 ウェンディに誘導され、ブーたれる者、大人しくついていく者、お喋りを止めない者。

 それぞれがそれぞれの対応をしながら、ウェンディに付いて行く。

 

「では」

 

 そろりとドアを開け、会議室に入っていくウェンディ。

 ドアが閉まる時に危うく音を立てそうになるが、ウェンディがひと睨みすると、フッケバイン所属の幼い少女が慌ててそっとドアを閉める。

 

 ウェンディの目に壇上に立つ少女と、モニターに映し出された映像、机がどけられ椅子が並べられた会議室、椅子に座る大人達が映る。

 大人達は何人かが振り向いたがすぐに前を向き、壇上の少女の説明に意識を向け直した。

 ウェンディに促され、フッケバイン達は席につく。

 壇上の少女はそれをちらりと見て、ウェンディと無言で頷き合う。

 

 壇上の少女は、ディエチと言った。ウェンディと同じナンバーズである。

 

「手元の資料の3ページ目を開いて下さい」

 

 ウェンディはディエチが壇上でパワポもどきを使って発表しているのを見つつ、フッケバイン全員を視界に入れられる席を探す。

 

「―――つまり、これで書籍業界に足がかりを作ります。

 基本は"ソーシャルゲームの宣伝誌"であることを忘れずに。

 出版に関しては子会社を一つ設立し、そこに編集と業務の大半を行わせる予定です。

 攻略情報やガチャ情報も忘れずに。週刊誌ですので、話題が尽きないことも重要です」

 

「なるほど」

「ここ、これどうなん?」

「どれどれ」

「ディエチ室長、ガチャ記事を書く時に回したガチャの代金は出るんでしょうか」

 

「出ます」

 

「おお」

「話に聞く限り、地球のニュースサイトのソシャゲ記事は、全額編集者負担だというが」

「誌面を書くたびに金がかかっては、な。……会社の金でガチャを回すとか、少し興奮する」

 

「ただし、報告書を通して支払う形となります。

 使いすぎれば途中から自費負担となるので、そこは気を付けるように」

 

 彼女らはミッド書籍業界の"シリアルコード商法"にメスを入れつつ、ソーシャルゲーム管理局独自にクリーンなソシャゲ専門誌を打ち立てようと画策しているようだ。

 ソシャゲで釣って、シリアルコードで誘導し、本を買わせる。

 このタイプの商法を抑制するつもりなのだろう。

 

 加え、Kは有名人や公式がガチャを回して画像や動画を上げれば、爆死だろうと大当たりだろうとそこそこ盛り上がるということを知っていた。

 

「仮想敵はファンタジア=ミッドチルダ通信……通称ファミ通です」

 

「敵は大きいな……」

「ああ、ミッドチルダ最大のゲーム雑誌だ」

「だが、相手にとって不足はない」

 

 彼らは『Vividジャンプ』というオリジナル感溢れる雑誌を刊行し、ミッドチルダのオリジナル雑誌感溢れるファミ通という雑誌にまで、勝負を挑もうとしていた。

 全ては、ミッド一のゲーム誌を目指すという目標のために。

 

(あ、チンク姉)

 

 ウェンディはフッケバインがとりあえずは画面を見ているのを確認し、その過程で姉チンクも発見したので、その隣の席に座っていた。

 

「おかえりっス。博物館の受付お疲れ様」

 

「ああ、ただいま。本当に疲れるな、仕事というものは……

 職場の人付き合いも、接客や愛想笑いも、書類処理も初めてやったが、本当に疲れる」

 

 ウェンディは要注意人物達の監視。

 チンクはゆりかご博物館の受付兼警備員。

 セインはエージェント兼営業。

 ノーヴェはソシャゲ管理局本部警備員。

 彼女らは基本的に割り振られた職務を適度に果たし、そこそこいい給料を貰って、残業のない就業時間と多めの有給、週休二日の日常をまったり過ごす日々を送っていた。

 

「そういえば、リーダーはどこ行ったっすか?」

 

「プレシア女史と話してるのを見たぞ」

 

「ふーん」

 

 チンクの答えにウェンディは小首を傾げるが、特に気にしない。

 そしてウェンディは、自分の前の席で熟睡している警備員(ノーヴェ)を見る。

 

「起きろ」

 

「んゲフっ」

 

 そしてノーヴェの脳天に、痛烈な肘打ちを打ち下ろすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 機動六課に匿名のリークがあった。

 「ある無尽世界にソーシャルゲーム管理局の支部がある」というリークだ。

 無論、管理局のデータベースによればそこには何も無いとされている。

 そこに支部があったなら、届出無しの違法建築物ということで法的に責められるかもしれない。

 なければないで、そのままだ。

 

 と、いうことで、機動六課の動ける主力メンバーが動員される運びとなった。

 高町なのは、フェイト・テスタロッサの主力二枚看板。

 クイントに負けたことをバネに成長してきたフォワード陣。

 どこぞの犯罪組織の罠という可能性も考え、万全の布陣である。

 

 彼女らが調査に来たその世界は、無数の岩が宙に浮いている世界だった。

 

「うわ、なんかここ、凄いですね。フェイトさん」

 

 どこが地面か分からない。

 どこが空かも分からない。

 岩から岩へと飛び移りながら、エリオがそう言う。フェイトはエリオに微笑んだ。

 

「そうだね、こういう世界は結構珍しいと思うよ。

 特殊な岩が集まってて、岩の一つ一つに質量不相応な重力がある。

 岩が星一つ分集まっても、重力がまとまらなくて大きくならない。

 岩は土の特性も持っていて、植物も生えてるし動物も居る。

 魔力素の影響もあって、空気も酸素もある。呼吸にも困らないね」

 

「不思議な世界なんですね」

 

 フェイトの解説に、キャロがぼうっとした声を出す。

 地面も空もない、1mほどの特殊な岩の集合体。

 この世界は、そう言う世界だった。

 

「でもこういうところは、頻繁に調査が入る場所でもないから……」

 

「隠れ家的な施設があってもおかしくはない、と」

 

 ティアナの指摘に、フェイトは頷く。

 

「スバル、前に出過ぎないようにね」

 

「大丈夫ですよ、なのはさん! ちゃんと教わった通りに動いてますから」

 

「うん、それを忘れてないなら大丈夫かな」

 

 六課主力二人+新人四人のチームは、時に空を飛び、時に魔力で作った道を進み、時に岩を蹴って岩の合間を跳んで行く。

 

「なのは」

 

「分かってるよ、フェイトちゃん。

 人間が頻繁に通ってるとしか思えない大気の酸素と二酸化炭素の比率。

 微かに感じられる熱と魔力反応。当たりみたいだね……あっちの方かな」

 

 そうこうしている内に、一流の魔導師であるなのはとフェイトは早くも痕跡を見つけ、この世界に存在する『何か』の方向にあたりをつけたようだ。

 その『何か』に一直線に向かう六人であったが、その前に番人が立ち塞がる。

 

「ええ、当たりです。私としては、喜ばしくないことですが」

 

「!」

 

 短く切りそろえられた髪。

 煉獄を思わせるバリアジャケット。

 そして、杖先から漏れる小さな炎。

 シュテル・スタークスが、彼女らの前に立ち塞がっていた。

 

「シュテル……!」

 

「ここは一応、一部の人間だけしか知らない場所なのですけどね。

 スカリエッティか、管理局の上層部か、それとも……まあ調査は事後に行えばいいでしょう」

 

(っ!)

 

 シュテルが"スカリエッティ"という名前を出した瞬間、フェイトがピクリと反応する。

 ジェイル・スカリエッティはフェイトが追っている次元犯罪者の名だ。

 仮に、この支部の場所を六課にリークしたのがシュテルの想像通りであるならば……裏側に、ちょっとよろしくない事情が見え隠れすることだろう。

 

「フェイトちゃん、皆、先に行って」

 

「なのはさん!? 無茶ですよ! 先日の交戦記録は私達も見てます、全員で―――」

 

「この子は数を揃えれば勝てる相手じゃないよ」

 

 なのはがレイジングハートを構える。

 シュテルもまた、愛杖ルシフェリオンを構えた。

 

「私が足止めする」

 

「よい覚悟です。高町なのは、貴女は本当に勇気のある人だ」

 

 先日の戦いで、彼我の力量差は分かりきっている。

 それでもなお、なのはに引く気はないようだ。

 シュテルはなのはの勇気を讃え、なのははシュテルの強さに気を引き締める。

 

「行こう、皆」

 

「そんな、フェイトさん! できませんよ!」

 

「なのはにはなのはの。私達には私達の。するべきことがある」

 

 フェイトが軽いエリオとキャロを抱えて、高速で飛翔する。

 スバルとティアナもそれに続く。

 フェイトのあまりの速さに、先を行く三人は何を言う暇もなかったが、後に続くティアナとスバルはなのはに応援を残していく。

 

「ご武運を!」

「頑張ってください!」

 

 子供の体重とはいえ、二人分抱えてなおフェイトはスバルとティアナより速い。

 だが、そんなことは瑣末なことだ。

 その気になれば数十kmの距離で狙撃を成功させられるシュテルにとって、フェイト達の速度差と距離の差など、あってないようなもの。

 

「行かせるとお思いで?」

 

 シュテルのパイロシューターが放たれる。

 その辺りの岩に当てれば、減速無しで焼き切れるような熱と威力の魔力弾だ。

 だが40はあったであろうそれを、なのはの魔力弾が撃墜していく。

 一発一発の威力では敵わない。

 ゆえになのはは80の魔力弾を発射し、それらを精密に制御し、一つの魔力弾を二つの魔力弾で挟み潰すように消し飛ばしたのだ。

 

「前回の戦いで、ある程度シュテルの力量は見切ったよ。

 私でも妨害に徹すれば、ある程度は攻撃を対処しながら食い下がれる」

 

「……なるほど」

 

 なのはは前回の戦いで、なのはの動きをしっかり見て攻撃してくるシュテルの攻勢に、粘り強く食い下がり続けた。

 フェイト達を狙うシュテルの攻撃を横から妨害するのなら、難易度は更に下がるだろう。

 弱者の立場から最善手を打って来るなのはに、さしものシュテルも舌を巻く。

 

「貴女は私を長く足止めしたいのでしょうが……

 私にはそれに付き合う義理はありません。

 マスターをミッドに置いてきてしまいましたし、早く終わらせ早く迎えに行くとします」

 

 シュテルがそう言うと、なのはは怪訝な顔をする。

 そして数秒後、得心がいったような顔をした。

 

「違う」

 

「違う、とは?」

 

「あなたは嘘をついてる。

 この前話して、私は少しだけどシュテルのことを知った。

 私とどこが似てて、どこが似てないかも分かった。だから、分かるよ」

 

 シュテルは理解する。

 "信じてその場を任せられる人間"というものが、どういうものなのかを。

 

「あなたはかっちゃんと極力離れようとはしない。

 できるだけ近く、できるだけ長く一緒に居て守ろうとする。

 そうでしょ? だからきっと……かっちゃんは今、この近くに居る」

 

「……やれやれ、ですね」

 

 フェイト達を行かせた理由も、シュテルは理解した。

 なのはは気付いていたのだ。

 この先にKが居ることも。シュテルがそれゆえに、足止めに飛んで来たのだということも。

 高町なのはは、フェイト達にソーシャルゲーム管理局の頭を捕縛させようとしている。

 

「貴女は明日からでも私の代わりを果たせそうです。それが無性に妬ましく、腹立たしい……!」

 

 シュテルは本当に悔しくて。本当に苛立たしくて。本当に憧れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フェイト達が目的地に辿り着いた時、そこには何もなかった。

 

「え?」

「え?」

 

 エリオとキャロが声を揃えてしまうのも、むべなるかな。

 この世界は岩の密集により作られているものであるのだが、そこには岩すらも無かった。

 まるで、岩を押しのけて存在していた"大きなもの"が、この場所から忽然と消えてしまったかのように。

 

「転移魔法……支部が船だったのか、それとも支部を魔法で飛ばしたのか。

 どちらにせよ、もうこの場所に目的のものはないみたいだね。逃げの決断が早い」

 

「ど、どうするんですか!?」

 

「落ち着いて、エリオ。

 これだけ大きなものを飛ばすなら、痕跡も大きいはず。

 魔法陣も大きくないと行けないから、転移座標がそのまま残ってるかもしれない」

 

 フェイトはクールに、魔法の痕跡を辿る。素早く、かつ緻密にだ。

 スバルとティアナが追いついてくるまでに十数秒かかったが、その十数秒でフェイトは痕跡を見つけ出し、転移先の座標をある程度まで絞り込む。

 適当な座標に転移して転移事故が起こってもことなので、フェイトは転移先の近くの公園を選んで転移魔法の発動を開始し、転移後に皆の目で探そうと決め、魔法陣を足元に広げた。

 

「……見つけた。皆、私の近くに集まって!」

 

「! はい!」

 

 フェイトから何も聞かされず、けれどフェイトに何も問わず、脊髄反射に近いスピードでフェイトに駆け寄る新人達。よく訓練された跡が目に見える。

 

「開け、いざないの扉。魔導を辿り、最先(いやさき)最後(いやはて)の狭間まで」

 

 転移魔法を発動させながら、フェイトは懐かしい感覚を思い出す。

 こうして誰かの手綱を握りながら複数人で転移魔法を使うのは、十年ぶりかもしれないと、フェイトは思った。

 アルフと一緒に時の庭園に魔法で跳んでいた頃の自分を思い出し、フェイトは笑む。

 

 

 

 

 

 転移魔法の発動により、フェイト達は海が見える公園に辿り着いた。

 

「……ここは?」

 

「ここは……第3管理世界、ヴァイゼンだね。そこの、海沿いの公園みたい」

 

 辺りを見渡すフェイト達だが、ここに飛んで来たであろう支部は見当たらない。

 森の中に隠してあるか、幻術魔法で誤魔化してどこかの建物に紛れさせているか、地下に大規模な隠蔽施設でも作ってあるのか、それともシンプルに海に沈めたか。

 真新しい転移魔法の発動痕跡はない。

 この世界にあることは間違いなさそうだ。

 

 とはいえ、時間をかければまた別の世界に飛んでいってしまうことも間違いはない。

 

「とりあえず手分けして探して……」

 

「そんなこと言ってる暇もなさそうよ、スバル」

 

 ティアナがスバルの背を肘で付く。

 彼女の声に反応し、皆がティアナの向いている方向を向けば、そこには仮面をつけた大人の女性が三人並んで立っている。

 このタイミングで現れたことを前提として考えれば、その三人がソシャゲ管理局の手の者であることは一目瞭然だった。

 

「げげげ、また足止め役……?」

 

(そりゃそうよね。ここで隙見せたら、ソーシャルゲーム管理局はちょっとマズいでしょ)

 

(あ、そっか。

 フッケバインを自首させたってことは、ある程度裏の問題も対処できるってことで……

 裏の問題に対処できるってことは、時空管理局に見られたくない裏の物もあるってことだ)

 

 スバルがうげえと顔を顰める。

 ティアナはここで隠蔽に動くのは当然だと考える。

 そしてエリオもまた、先日見たフッケバインのニュースから、ソーシャルゲーム管理局がこそこそしている理由に思い至っていた。

 

「時空管理局執務官、フェイト・テスタロッサです。お話を伺いたいのですが」

 

 そしてソーシャルゲーム管理局と時空管理局の関係を考えると、ここでソーシャルゲーム管理局の人間を公務執行妨害で即座に逮捕するのは少し博打だ。

 それを賞賛する上層部と、叩く上層部が居るからである。

 ほどほどなところで決着を付け、任意同行とするのが望ましい、とフェイトは考える。

 ここに居たのがシグナムなら間違いなく逮捕していただろうが、それは脇に置いておく。

 

 話を聞こうとするフェイトに対し、三人の仮面の女性は、名乗りを上げる。

 

「虹色仮面!」

 

 金髪の女性は、責任感を感じさせる声で。

 

「漆黒仮面!」

 

 黒髪の女性は、楽しそうな声で。

 

「へ、碧銀仮面!」

 

 碧銀の髪の女性は、どこか恥ずかしそうに。

 

「「「「「 は? 」」」」」

 

 その名乗りに、六課勢の声がハモる。

 

「お命頂戴! ……違った、ゆえあって邪魔させてもらうで!」

 

「ん? 台本だと『義によって助太刀いたす』じゃありませんでしたか?」

 

「ええんちゃうかな、細かいことは」

 

 漆黒仮面が続けて名乗りを上げるが、碧銀仮面に突っ込みを入れられる。締まらない。

 

(仮面で正体を隠して……徹底してる)

 

 フェイトは思考しつつ、最後通告を告げる。

 三人の仮面の女性は聞いていない。

 フェイトは再度呼びかける。

 三人の仮面の女性はくっちゃべっている。

 フェイトが話聞かせろだなんだと言っている間に、仮面の女性三人は戦闘態勢を取り、攻撃を仕掛けて来るのであった。

 

(こ、このグダグダ感……間違いなくかっちゃんの仲間……!)

 

 対応が早かったのは、経験豊富なフェイトと、思考速度が早いティアナ。

 フェイトが雷の魔力弾、ティアナが橙色の魔力弾を放ち、それが三人の女性に迫る。

 虹色仮面はそれを見て、前に出る。右の掌を前に突き出す。

 突き出された掌から構築された虹色の魔力壁は、いとも容易く二人分の魔力弾を受け止めた。

 

「え?」

 

 虹色の魔力を見て、ティアナの動きが一瞬止まる。

 だが仮面の女性達は止まらない。

 当然、一瞬だけとはいえ隙が出来たティアナが狙われるが……ティアナに接近する碧銀仮面の前に、スバル・ナカジマが立ちはだかった。

 碧銀仮面が左拳、スバルが右拳を振り上げ、二つの拳が真っ向から衝突する。

 

「断空」

 

「とぅりゃあああああああっ!!」

 

 両者共に、バカみたいに力を込めた一撃。

 だがそれはほんの少しだけ拮抗するも、碧銀仮面が一方的に殴り飛ばされるという結果に終わった。

 

「……嘘ぉ!?」

 

「もう一発!」

 

 真っ向からのパンチの威力比べで競り負けたことに、碧銀仮面が驚愕する。

 その驚愕と、殴り飛ばされて体が浮き生まれた隙を突き、スバルが第二撃の拳を引き絞る。

 スバルの足元のローラーが回り、距離が詰まる。

 だが今度は、漆黒仮面がカバーに入った。

 

 スバルは目を丸くするが、それも一瞬。目つきを戻し、漆黒仮面に拳を突き出す。

 漆黒仮面はそれを柔らかく受け止め、スバルの右肘を取りに行く。流れるような関節技だ。

 

「ひえっ、怖い怖い」

 

「くっ」

 

 スバルは関節を取られることを嫌い、腕を引いて体ごと下がる。

 碧銀仮面のような豪の技を基軸とする格闘技より、漆黒仮面のような柔の技を基軸とする格闘技の方が、スバルには相性がいいようだ。

 

(このパワー、例えるなら……鋼鉄製のゴリラ。アイアンコング……!)

 

 漆黒仮面は、スバルのゴリラじみた身体能力を最大限に警戒する。

 高ランク魔導師でなければ、身体強化しても腕相撲で勝てない動物。それがゴリラだ。

 メタルゴリラともなれば、そのパワーは推して知るべし。

 

 今の一瞬、碧銀仮面との競り合いで見せたスバルのパワーは、戦闘機人のパワー。

 人体と機械の融合体という、普通の人体では出せないようなパワーを出せる体を鍛え続け、その成果を一瞬に絞って解放したパワーだ。

 おそらくは魔力を使わずとも、ゴリラの上を行く力が発揮されていたことだろう。

 

(これは、他の二人に任せるのは気が引けるなぁ。

 アイアンコングナカジマさんは、(ウチ)が止めな止まらなそうや)

 

 漆黒仮面はフェイトとキャロの魔法を防いでくれている虹色仮面、エリオと交戦を始めた碧銀仮面を見つつ、目の前のスバルに集中する。

 そして曲射で飛んで来た魔力弾を、背中にバリアを張ることで防いだ。

 

 漆黒仮面を曲射で撃ったティアナが、フェイトに叫ぶ。

 

「フェイトさん、先に行って下さい!」

 

「でも―――」

 

「分かってるでしょう!

 痕跡を探して転移で追うなんてことは、私達にはできません!

 調査という分野ではまだ新人(わたしたち)は役立たずなんです!

 幸い敵は三人で、私達は四人です! どうとでもなります!」

 

「……!」

 

「忘れないで下さい!

 私達の勝利条件は戦いに勝つことじゃない!

 逃げ切られる前に、相手側の拠点に一人でいいから到達することなんですよ!」

 

 ティアナは射撃魔法で牽制し、スバル・漆黒仮面、エリオ・碧銀仮面というマッチングを引き離させる。そして相性のいいスバルを碧銀仮面に、エリオを漆黒仮面にぶつけ直していた。

 戦場全体をコントロールしているティアナに、仮面の女性達が仮面の下で嫌な顔をする。

 そんなティアナの言葉だから、だろうか。

 フェイトはここを仲間に任せ、先に行くことを決めた。

 

「すぐ戻るから!」

 

「いーえ、きっちり決めてくるまで帰って来ないで下さい!」

 

 ティアナの軽口にどこか安心感を覚えながら、フェイトは飛ぶ。

 

(海!)

 

 フェイトは知性で候補を絞り、最後には直感で答えを選ぶ。

 この世界まで逃げて来た支部は海底に潜んでいる、と答えを出す。

 どう転がるかは分からない。

 だが何を考えているのか分からないKと真正面から向き合わない限り、何をどうすれば良いのかの最適解は出ないのだと、なのはもフェイトも確信していた。

 

 彼女は海に向かい―――海と空の狭間に立つ、一人の女性を視界に入れる。

 

「……え」

 

 フェイトが絶対に逆らえない人間が、この世には一人だけ居る。

 どんな世界だろうと、フェイトが杖を向けられない相手。

 仮にその人物の偽物を作ってフェイトと戦わせれば、それだけでフェイトの心を折れる人物。

 その人のためなら、フェイトは死ねる。そういう時期もあった。

 その人のためなら、フェイトはどんな悪事でも働ける。そう言う時期もあった。

 そして今なお、フェイトにとってその人物は、絶対的な位置に居る。

 

 それは――

 

「母、さん?」

 

「ええ、そうよ」

 

 ――プレシア・テスタロッサ。フェイトの母親である。

 

 高まっていたフェイトの戦意が、急激に萎えていく。

 バルディッシュを構えていた手が、だらりと下がる。

 顔に迷いが浮かび、目は動揺のままに動き、唇は言葉を選べず、半開きのまま開きそうになったり閉じそうになったりを繰り返している。

 沈黙も発言も選べていないその唇が、フェイトの心情をそのまま表していた。

 

「呆れたわ」

 

 プレシアがここに居る意味が分からないフェイトではない。

 プレシアが杖を持っている意味が分からないフェイトではない。

 プレシアが魔法を使おうとしている意味が分からないフェイトではない。

 

 なのに、フェイトは何も言えず、何もできない。後手に回ることしかできない。

 

「貴女は何も変わっていないのね、フェイト」

 

 そんなフェイトを見て、プレシアは悲しみと後悔を言葉に滲ませていた。

 

 

 

 

 

 三人の仮面の女性を、四人のフォワード陣はグイグイ押していく。

 スバルはそれに何か理由があるような気がしていたが、それが何なのかイマイチ分からず、ティアナの指示でグイグイと戦線を押し込んでいた。

 

「や、やりづらい……!」

 

「ヴィ……虹色仮面さん。これが実戦というものです」

 

「ゆーて、こら平均以上にやりづらいと思うけどなあ」

 

 ティアナの采配がいい、というのもある。

 ソーシャルゲーム管理局側に指揮官が居ない、というのもある。

 だがそれ以上に、先日クイントに負けたことで、新人達が目を見張るような成長を見せていたことが原因だった。

 

「そこっ!」

 

 エリオの動きはより速く、より鋭く。

 

「強化行きます! 動きにズレが出ないよう注意を!

 強化魔法着弾のタイミングは、各々のデバイスを見て確認をお願いします!」

 

 キャロの援護魔法は的確に、かつ効果は抜群に。

 

「エリオ、スバル、攻め急ぎすぎ! 前に出過ぎ! もう少し抑えていいわ!」

 

 ティアナは個人戦闘力、指揮能力、共に上昇。

 

「てぇりゃああああああああああ!」

 

 そしてスバルはシンプルに、隙が減って力強くなった。

 

 新人の成長を微々たるものと言う者も居るだろう。

 スタートラインが低いからこそ、成長が際立って見えるだけなのかもしれない。

 だがそうだとしても、彼らは着実に成長していた。

 高町なのはの指導の下に、日々の全てを糧にして、心も体も成長していた。

 

(よし、トドメまであと三手……)

 

 それゆえに、彼女らが勝利に手をかけたのは何もおかしなことではなかった。

 あと三手で勝利できる、そうティアナの頭脳が告げている。

 計算と予測が、ティアナに勝利を見せる。

 だが、ティアナの勘は緩むことなく、それどころか警鐘を鳴らしていた。

 

「―――」

 

 何かが来る。

 ガンナーであるティアナだからこそ気付けた、銃口の気配。照準の気配。

 "自分が発砲者ならこのタイミングで撃つ"という確信。

 自分なら必ず突くと確信できる隙を、他の誰でもない自分自身が晒しているというこの奇跡の状況が、ティアナに危機を予感させた。

 

「―――」

 

 ティアナは直感のままに、キャロの襟首を掴んで飛ぶ。

 すると一秒前までティアナとキャロの頭があった場所を、魔力弾が通り過ぎていった。

 当たれば確実に戦闘不能になる、そういう威力の魔力弾であった。

 

「きゃっ!?」

 

「ごめんね、キャロ」

 

「い、いえ、ありがとうございます……って、狙撃!? 一体どこから……」

 

「探さなくていいわ。どうせもう狙撃地点から移動してるでしょうし。

 あ、キャロ、簡易指揮頼める?

 私はこれから指揮に集中できなくなることもあるだろうから。

 その間だけ、スバルとエリオに指示出して。フルバックだから、その余裕はあるでしょ?」

 

「え? できる、とは思いますけど……

 今の狙撃手を対処するんですか?

 なら、全員で動いて戦場を動かしながら、基本的にはエリオ君達に探してもらえば……」

 

「無理」

 

 ティアナは狙撃の魔力弾が着弾した跡を見て、そこに残る魔力の残り香を見て、いつになく真剣な顔を見せている。

 

「今敵が撃ってきた弾丸は」

 

 いや、違う。

 ただ真剣なだけではない。

 今の彼女の顔に浮かんでいるのは、『覚悟』と『決意』だ。

 

「ランスターの弾丸よ。他の誰にも、止められない」

 

 (あに)を乗り越えようという、負けん気の強いティアナらしい、強烈な意志だ。

 

 

 

 

 

 岩だけがある世界。

 今だけは、この世界が無人世界である幸運を噛み締めるべきだろう。

 桜色の砲撃と燃える砲撃が、ありとあらゆるものを貫いているのだから。

 

「くぅあぅ!」

 

 なのはの傍を炎の砲撃が通過する。

 彼女のバリアジャケットが焦げ、煤けた。

 焼けた跡が目立つなのはの白のジャケットに対し、シュテルの擦り傷一つ付いていないジャケットはいっそ異様ですらある。

 なのはの攻撃が一つも届いていないという証明だ。

 

(じゃあ、これは通る?)

 

 しかし、なのはもさるものだ。

 正面からでは敵わず、力押しが通じず、得意なパターンも通じなければ、脇道から搦め手で攻めていく。

 シュテルがある空間を通過しようとした時、彼女の周囲をバインドが包囲した。

 なのはがシュテルの動きを読み、シュテルの動きをバレないよう誘導し、バインドをたっぷり仕掛けた空間に招き寄せたらしい。

 

「いいえ、通りませんよ」

 

 だがこのバインドを、シュテルは見抜いていたようだ。

 シュテルのバリアジャケットから、炎が吹き出る。

 なのはが持つ魔法、バリアジャケットを炸裂させることでダメージを減らすリアクターパージとどこか似た、けれど決定的に違うジャケットの防衛機構だ。

 ジャケットが噴き出す炎はバインドを燃やし、拘束の全てを焼滅させる。

 

 それだけでなく、ジャケットから放出される熱が、シュテルの姿を恐ろしいものにみせていた。

 

 大気が歪む。

 視界が歪む。

 陽炎に歪む。

 光さえ直進を許されない、高レベルのバリアジャケットを纏っていてもなお火傷してしまいそうな、絶対的な熱に塗り潰されている炎熱空間。

 

「第二ラウンドと行きましょう。ここで、決着を」

 

 高町なのはでなければ、立ち向かうことさえ不可能な戦場であった。

 

 

 




 かっちゃんは
「子供は失敗の経験がない、無知だから課金を制限させるんだ」
 と言いました。シュテルは
「無知? 純粋だから、ではないのですか」
 と言いました。かっちゃんは苦笑して、
「子供が純粋だと思ってるのは『子供』だけだと、オレは思うけどな」
 と言いました。シュテルは少し、自省しました。

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