課金厨のソシャゲ廃人がリリカルなのは世界に神様転生してまた課金するようです   作:ルシエド

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【前回のあらすじ】

 ちょっと体の調子が悪くなってきたので、短期間の療養のため辺境世界の田舎の村に行ったK。
 シュテルに車椅子を押され、辿り着いた田舎の村で、彼は強制的に家を買わされ強制的にその代金を借金として背負わされるという衝撃的な体験をする。

「期限も利子もいいから借金はちゃんと返して欲しいんだなも」

 無言で杖を構えたシュテルを抑えつつ、こんな搾取法があったのかと驚愕するKは、家を押し付けてきたその男が『じっくりと搾り取っていく』タイプの者であり、プレイヤーから金を吸い上げプレイヤーに満足を与える運営になれる者であると見抜く。
 そして、彼に新たなるビジネスの形を提示した。

「Mr.たぬきち。ソシャゲというものを知ってるかい?」


友情は義務ではない。愛情は義務ではない。課金は義務ではない。「こんなに○○したんだから見返りがあるべき」という考え方だけはしてはいけない

 ソーシャルゲーム管理局の宣言に対し、時空管理局は"そんな事実があるとは思えない"と公式に発言しつつ、記者会見で内部調査を行うことを宣言した。

 時空管理局がソーシャルゲーム運営と癒着しているだなんて信じられていない市民は、それが時空管理局の潔癖さを示す宣言のように見えた。

 有識者には、『汚職をしていたのは一部で他の管理局員は潔癖だ』『時空管理局には自浄作用がある』『指摘された点は改善した』と事後に言うために取り繕った宣言に見えていた。

 

 管理局員とソーシャルゲーム会社の癒着は、時空管理局に小さくない影響をもたらした。

 

 管理局は腫れ物に触るような対応を始める。

 海はこれを期にソーシャルゲームの大規模規制を管理局主導で行おうとする派閥、ソーシャルゲーム管理局の弱みを探そうとする派閥、民営のソシャゲ会社の自由と権利を守ろうとする派閥、今回話題に上がった汚職に裏で関わっていた者達の派閥、こんな時だからこそ平時の任務をしっかりやろうとする派閥、それぞれがそれぞれに動き始めていた。

 空は内部監査のための部署を新規に設立。

 そして陸は、内部の汚職を探ろうとする者、普段通りに職務を果たそうとする者、最高評議会の配下として汚職を隠しつつソーシャルゲーム管理局を潰そうとする者に分かれる。

 

 事実上『海の手の者でありながら陸に所属している』という微妙な立場の機動六課は、それゆえに奇妙な動きをすることを余儀なくされていた。

 海からは「陸を探れ」と命じられる。

 陸――最高評議会――からは「ソーシャルゲーム管理局を探れ」と命じられる。

 "ソーシャルゲーム管理局が何か違法なロストロギアを所持している"というあやふやな情報提供もあり、機動六課はソーシャルゲーム管理局を探りつつ、隙を見て時空管理局の方も探らなければならないという、面倒くさいポジションを割り当てられていた。

 

 聖王教会は特にどちらの管理局に付くでもなく、"もしも本当に汚職があったならそこは改善して欲しい"という意向を示した。

 無限書庫など、管理局傘下の施設や組織の一部などは両方の管理局が利用することを受け入れ、それを公的に宣言した。

 一部の管理局員はソーシャルゲーム管理局をおおっぴらに支持してすらいる。

 意外な話だが、カレドヴルフ・テクニクスやヴァンデイン・コーポレーションなどのソシャゲにも手を出している大手開発会社までもが、ソーシャルゲーム管理局に賛同していた。

 

 地球におけるソシャゲ開発費は2014年時点で平均一億、2015年時点で五億と言われる。2016年時点でのセガの経営責任者の発言を信じるならば、開発費二十億もありえるという。

 当然ながら、ミッドチルダにおける開発費も高騰を続けていた。

 そのソシャゲがこのデバイスに対応してないだのという苦情、手に触れた感覚が残る3Dソシャゲを作れという上からの無茶振り、複数次元世界に配信する過程で生まれたゴタゴタetc……

 金がいくらあっても足りゃしない。

 

 強大な資本を持ち、参入者の広告作業も行ってくれる上、低価格でソーシャルゲーム配信用のプラットフォームを提供し、ソシャゲ業界に新規参入する企業に基礎技術を提供する、etc……

 これだけ至れり尽くせりならば、多少のソシャゲ規制を受け入れてでも、ソーシャルゲーム管理局の下につく価値はあるだろう。

 どの道、搾取だけを目的にした悪質なガチャは後が続かないのだから、ソーシャルゲーム管理局の方になびく者が出て来るのは当然の流れであった。

 

 誰がどちらの管理局の味方なのか。

 何がどちらの管理局の味方につくのか。

 どの企業が、どの世界が、Kの事前交渉により彼の味方についていたのか。

 それすらもはっきりしないまま、一ヶ月程度の時間が過ぎる。

 

「ほな、説明を始めるで。四人とも初任務、頑張ってな」

 

「「「「 はいっ! 」」」」

 

 スバル、ティアナ、エリオ、キャロは四人セットでチームを組まされ、一ヶ月でチームとして問題なく機能するくらいの訓練を叩き込まれていた。

 そして彼女らははやての指示で、機動六課としての最初の任務に挑む。

 

「調査に行くんは、ここ」

 

 そこは、本拠地がどこにあるかも分からないソーシャルゲーム管理局において、手がかりになる可能性がある数少ない場所の一つ。

 

「『聖王のゆりかご博物館』や」

 

 かつてKが聖王教会に寄贈し、今やただの博物館と成り果てた最強の兵器、ゆりかごであった。

 

 

 

 

 

 スルトを破壊した後、Kは聖王のゆりかごを聖王教会に寄贈した。

 本人からすればソシャゲで余っている使わない強キャラを親しい初心者にやるくらいの気軽さであったが、これに大歓喜したのが聖王教会である。

 教会の喜びようといったら、偉い人がKの靴を舐めてもおかしくないほどのものであった。

 聖王教会の成り立ちを考えれば、ある意味当然であるのだが。

 その後、シュテルの提案や、聖王教会の有力者の後押しによって、聖王のゆりかごは全ての武装を封印された後、博物館に改造されていた。

 

 改造された、とはいっても、大していじられてはいない。

 ミッド郊外に船体が固定され、内部に自動販売機や展示棚が設置され、巡回ルート誘導のあれこれが備え付けられただけだ。

 本物の聖王のゆりかごということで、ミッド含む複数の次元世界から客が大量に集まり、ゆりかご博物館は連日行列ができる大人気スポットと化していた。

 

 内部では古代ベルカの歴史、ベルカの王の人体改造という忌むべき歴史を知ることができ、子供への教育効果も抜群。

 入場料を低めに設定してもソーシャルゲーム管理局と聖王教会に多額の金が入り、ゆりかご博物館の周りには売店が立ち並び、観光客のおかげでミッドには多くの人と金が回るようになる。

 実にビッグな経済効果が生まれていた。

 

 細かな部分にも気を使う、智将シュテルの頭の良さはここからも伺える。

 聖王のゆりかごを観光資源にしたのは、人類史上彼女が初めてだろう。

 

「これが聖王のゆりかごかぁ。実は私来たことなかったから、ちょっと楽しみだったんだよね」

 

「スバルさんもですか? 僕もです!」

 

 人混みの中を仲良く話しながら突き進んでいくスバル。

 その後を必死に追うキャロ。スバルの斜め後ろで顎に手を当て、何かを考えているティアナ。

 四人はここに調査に向かわされていた。

 

 新人だから比較的安全そうな任務に当てよう、という上司のなのは・フェイト・はやての気遣いがうっすら伺える割り当てだ。

 もっと情報がありそうな場所・怪しそうな場所・危なそうな場所には、なのはやフェイト、あるいはシグナムかヴィータが送られるのだろう。

 こんな観光客が居る中で、物騒なことをやらかすバカはそうそう居ない、ということだ。

 なのでスバルやエリオに至っては、観光気分が抜け切っていない。

 キャロは人混みに酔い始めていて、ティアナはゆりかごの各部を見ながら何やら考えている。

 

 四人は歩きながら、ゆりかご外部から巨大なゆりかごの威容を眺めていた。

 

「……」

 

「どうしたの、ティア?」

 

「いや、ね」

 

 『聖王のゆりかご必勝パンフレット』と書かれた紙を棚から取りつつ、オススメの順路とゆりかご内部の構造を確認しながら、ティアナは口を開いた。

 

「聖王教会はどっちの管理局に付くとも言っていないけどさ。

 関係を考えてみると、聖王教会はソーシャルゲーム管理局の味方なんじゃない?」

 

「あ」

 

「多分、宗教組織だからどっちに付くかを公言したくないんだろうけどさ。

 裏で繋がってるくらいはありそうというか、黒に近い灰色って感じよね」

 

 あまり深く考えてなかったのか。

 それとも、今のミッドを取り巻く情勢に疎いのか。

 スバル・エリオ・キャロが一斉にハッとする。

 周囲を見渡しつつ、エリオはうろたえながら小声でティアナに話しかける。

 

「てぃ、ティアナさん、それって不味いのでは?

 この博物館って警備に聖王教会の騎士さんも居ます。

 もしこれが罠で、僕達が室内で囲まれたりしたら……」

 

「大丈夫でしょ。あっちとしても、時空管理局と本気で潰し合う気は無いはずよ」

 

「え?」

「え?」

「え?」

 

「……ううん、まあ、いいけどさ。就業時間終わったら、その辺りちゃんと話しましょ」

 

 結局のところソーシャルゲーム管理局は管理局の『改善』が目的であって『打倒』は目的ではない……と説明しようとするティアナだが、時間がかかりそうなので、やめる。

 こちらに向かって駆けて来る、案内役の少女の姿が遠目に見えたからだ。

 銀髪の少女がここの案内役に付くという話は事前に通っていたため、四人はその案内役の来訪を特に違和感なく受け入れた。

 

「お待ちしておりました、管理局の皆様。

 わたくし、本日ここの案内役を努めさせていただきます、ラウラ・ボーデヴィッヒと申します」

 

「スバル・ナカジマです!」

「ティアナ・ランスターです。今日はよろしくお願いします」

「エリオ・モンディアルです!」

「キャロ・ル・ルシエといいますっ」

 

 少女の眼帯が少し気になったが、それも瑣末なことだと四人は流す。

 

「ではご案内します。裏口へどうぞ」

 

 銀髪の少女に導かれ、四人はゆりかご博物館の裏手に回って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻。

 ミッドチルダ郊外にあるゆりかごが見える距離にある建物で、車椅子に頬杖ついたKが、車椅子を優しく押すシュテルに声をかける。

 二人の視線は窓の向こう、晴れた青空に向けられていた。

 

「シュテル。どうだ、戦えそうか?」

 

「ええ、もちろんです。

 マスター、貴方を守るためなら、世界を相手にだって戦えます」

 

 シュテルは車椅子をテーブルに寄せて、車椅子が勝手に動いていかないようにする。

 そして彼女はKの前にて、彼に恭しく礼をした。

 

「貴方が私に望むなら、私は全てを叶えましょう。

 全てを捧げろと命じられたなら、貴方に全てを捧げましょう」

 

 彼女の言動は忠誠心に満ちた奴隷のようで、文面だけを見れば過激な狂信にすら見える。

 だが、狂信とは違う。彼女の目には確かな理性の光がある。

 にもかかわらず、彼女が大仰に話す内容に虚言の色はない。全てが心からの言葉である。

 

「主を守れと命じられたなら、貴方より後には死にません。

 打ち倒せと命じられたなら、幾億の敵も打ち倒してご覧に入れましょう。

 私はシュテル・スタークス。貴方の忠実なる一のしもべです。どうか、ご命令を」

 

 シュテルはマスターであるKに命じられれば、死地にさえ赴く覚悟がある。

 そんな彼女を見て、彼はニヤリと笑って命令を告げた。

 

「じゃあ課金したいから、お前が隠してる俺のメイン口座のカードと通帳返してくれ」

 

「ダメです」

 

「おい忠実なるしもべ」

 

 意外! 命令は却下ッ!

 

「誰が数年かけて貴方の借金を返したと思ってるんですか?」

 

「ぐっ」

 

「口座を取り上げてもどこからか金を稼いで課金する貴方には呆れます。

 ですが、それまでは禁止するつもりはありません。

 課金とソーシャルゲームは貴方の絶対的アイデンティティですからね」

 

「いやじゃあ口座返してくれよ、頼むから」

 

「私は貴方の破滅を防ぐ者です。

 その原因が他人だろうと、貴方自身だろうと、それは変わらない」

 

「ええいこの石頭め……!」

 

「自覚はあります。どうかご自愛を」

 

 シュテルの口調は淡々としていて、石のように頑固に主張を変えない。

 口調から感じられる彼女の性情は"冷たい石"とでも言うべきものだ。

 けれどもその裏側には、主を想う熱量がある。

 

「頼んだ」

 

「はい、頼まれました」

 

 遠方で魔力の爆発があったのを見て、Kはシュテルに『頼んだ』と一言。

 その一言だけで、シュテルは彼が何を命じたかを察する。

 

「必ずや、貴方の期待に応えてみせます」

 

 そして何の魔力痕跡も残さない移行の魔法にて、シュテルはミッドの空へと跳んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 "考え過ぎてしまう悪癖がある"と、ティアナは過去に課金厨から言われたことがある。

 それは彼女の長所、『高い思考力』と『どんな時でも考えることをやめない姿勢』の裏返しだ。

 彼女は新人の中でも飛び抜けて広く高い視野を持ち、多くのことを考えていて、今のところはその思考力がドツボにハマることもなく、上手い具合に機能している。

 銀髪で眼帯の少女に案内されながらも、ティアナだけは油断なく視線を走らせ、ゆりかご博物館内部を探り続けていた。

 

(何かあったら六課にまず報告。

 無理はせずに、けれど出来る限りのことはする。さて……)

 

 スバルはまず捜査という事柄が根本的に向いていない。

 エリオは地頭がいいが、スバルと一緒に博物館に目を輝かせている現在は役立たず。

 キャロに至っては初任務ということで哀れなくらいに緊張してしまっている。

 ティアナは自分が頑張らなければ、と決意した。

 そうこうしている内、ティアナは窓の向こう、ミッド郊外に広がる広大な森林の中に、チカっと光る小さな魔力光を見た。

 

「うん?」

 

 この森は迷子の人間や自殺志願者が時々出るため、許可がなければ立入禁止になっている。

 森は視界を遮るため、ちょっとやそっとのことでは一般人の目にも付かないだろう。

 ティアナはそれを理由にこれ幸いと、Kの部下の可能性がある銀髪の少女の案内(監視)を振り切り、好きなように探索する口実を得るカバーストーリーを組み立てた。

 

「あそこに魔力光が……不審者でしょうか?

 すみません、ちょっと見てきますね。

 あそこまで行くわよスバル、エリオ、キャロ!」

 

「んん? よし、分かった」

「あ、はい!」

「ふ、不審者ですか! 頑張りましょう!」

 

「あ、ちょっと!」

 

 ティアナの動きに引っ張られるようにして、三人もまたティアナに続く。

 四人の勝手な行動を口では止めようとしつつも、口元を僅かに釣り上げた銀髪の少女の表情に、四人はついぞ気付かなかった。

 森の中に突っ込んだ四人は、目・耳・魔力探知の三種にて辺りを探し始める。

 ティアナの指示で、どこから何が出て来ても対応できる程度に密集しながら。

 

「こっちに、確かに人影が……」

 

 万が一の奇襲に備え、接近戦が弱いキャロの隣にスバルを付け、ティアナはサーチャーを出して魔力探査に集中。一番足の速いエリオに足と目で探索を行わせる。

 そういうスタイルで探索していたからか、エリオが誰よりも早く人影を発見することとなった。

 

「! 誰だ!」

 

 森の中の開けた広場。

 そこに佇む女性を見つけたエリオは、仲間を呼んでから広場に踏み込む。

 だが、エリオに少し遅れて広場に踏み込んだスバルは、その女性を見るなりポカンとした表情を浮かべてしまう。

 

「え?」

 

 その女性が、スバルのよく知る女性であったからだ。

 

「お母さん?」

 

「えっ」

「えっ」

「えっ」

 

「はい、お母さんよー」

 

 その女性の名はクイント・ナカジマ。スバルの母である。

 母の姿を見た途端、スバルの体からガクッと力が抜けていく。

 

「もうお母さん、ビックリさせないでよー。なんでこんな所に……」

 

「待って、スバル」

 

 クイントに無防備に近寄ろうとするスバル。そのスバルを、ティアナは手で制した。

 

「そうね、あんたの言う通りよ。なんでこんな所に居るのかしらね、クイントさんは」

 

「ティア?」

 

「偶然かしら? それとも誘い込まれた? 答えて下さい、クイントさん」

 

「頭の回転が早いわねえ、ティアナちゃんだったかしら?

 うちのリーダーが評価してるだけあるわ。

 リーダーはお金の使い方は壊滅的だけど、人を見る目は確かにあるもの」

 

「……ああ、成程。だいたい分かりました」

 

 ニコリと笑うクイントを見て、ティアナは顔を顰めてこめかみを指で叩く。

 

「あの、ティアナさん、どういうことでしょうか?」

 

 キャロはティアナとクイントの間で視線を行ったり来たりさせながら話を聞いていたが、暗に語られている部分を察せなかったようで、戸惑いがちにティアナに話しかける。

 

「私達は囮の魔力光に釣られてまんまとおびき出されたってことよ、キャロ。

 まるでチョウチンアンコウに踊らされる小魚みたいに。そして、この人は……」

 

 森に見えた魔力光は四人を誘い出す撒き餌だったというわけだ。

 罠を警戒しようがしまいが、魔力光を見たならば四人は対応せずにはいられない。

 四人が応援を呼ぼうが呼ぶまいが、その時点で六課側の動きはクイント側に主導されるものになる、というわけだ。

 察しのいいティアナを見て、そしてよく分かっていないスバルを見て、クイントは口を開く。

 

「ソーシャルゲーム管理局所属、クイント・ナカジマ……と今は名乗っておこうかしら」

 

「!?」

 

「さて、それじゃあ」

 

 クイントがデバイスを起動し、鉄拳と魔導の衣服を身に纏う。

 それを見たスバル達四人も、条件反射に近い速度でデバイスを起動し、武器を構えた。

 クイントは鉄拳の内に魔力球を生み出し、空に打ち上げ、炸裂させる。

 炸裂は何の音も伴わなかったが、広がる光は信号弾のような役割を果たしていた。

 

「少しお話しましょうか」

 

 油断なく構え、両者は対峙する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ティアナは森に魔力光が見えた時点で機動六課に連絡を送り、援軍を要請していた。

 実に抜け目がない。迷いなく上司を頼る判断は、間違いなく正解だろう。

 そうして連絡を受けた六課は現在動かせる戦力の中で最も妥当な戦力、エース・オブ・エース高町なのはを援軍に送った。

 

「! あの青い魔力光……」

 

 なのはは最初は公共交通機関を使ってゆりかご博物館に向かっていたが、空で魔力が炸裂したのを見るやいなや、事前に取っていた飛行許可を行使。飛行魔法で一気に現地に向かう。

 いや、向かおうとした。

 向かおうとした途端、なのはの前に突然人影が現れ、なのはは空中にて急停止する。

 

「っ!」

 

 それは、なのはと同じ顔をした、なのはとほとんど変わらないデザインの杖とバリアジャケットを身に纏った、けれどなのはとは対になるカラーリングの女性であった。

 

「あなたは……かっちゃんと一緒に居た……」

 

「貴女は私のことを知らなくても、私は貴女のことをよく知っています。高町なのは」

 

 シュテルは手の中で杖を回し、静かに握った杖を吊り下げる。

 なのはは白を貴重としたトリコロールカラーの、清廉無垢な印象を受けるバリアジャケットを身に纏っている。対しシュテルは、煉獄を思わせる色合いのジャケットだ。

 一見しただけでも、なのはが動、シュテルが静と、対になる印象を受ける。

 なのはが長い髪をサイドテールに纏めていて、シュテルの髪が短めなのも印象的だ。

 

 違いを探せば、まだまだ違いは挙げられるだろう。

 だがそれでも、二人は見紛うほどにそっくりだった。

 いくら違いがあろうとも、二人が双子のように似ていることに変わりはなかった。

 

「貴女は誰? 私と同じ顔をしているのは、私と似たデバイスを持っているのは、偶然?」

 

「いいえ、偶然ではありませんよ、高町なのは。

 ある意味では偶然と言えるかもしれませんが。

 私がマスター……貴女がかっちゃんと呼ぶあの人に救われ、生まれたのは、偶然ですからね」

 

「生まれた?」

 

 救われた、というのは分かる。しかし生まれた、というのがなのはには分からない。

 

「簡単な話です。私はこの世界に生まれて来るはずのない存在だった」

 

「え?」

 

「私は、貴方達が砕いた闇の書の闇、それに含まれていたものなのですよ」

 

「闇の書の闇……って、それじゃ、あなたは……」

 

「はい、正確には人間とは違うものです。

 "闇の書の欠片が貴女を真似た模造品"……そういうモノです。

 私は貴女達に砕かれ、それで終わるはずだった。

 この世界に『私』として生まれることなく、塵芥として消え去るはずだった」

 

 シュテルは消え入りそうな笑みを浮かべる。

 

「『生まれる前に消えていく感覚』というものは、中々に恐ろしいものだったと言っておきます」

 

「そんな……」

 

「ですが、そんな私を救ってくれた方が居ました。貴女もよく知っている人ですよ」

 

「かっちゃんのこと?」

 

「ええ」

 

 ここではないどこかの並行世界では、闇の書の残滓が高町なのはを模して事件を起こす世界も、そもそも闇の書の残滓が発生しなかった世界もあるのだろう。

 この世界においても闇の書の残滓は発生したが、それは消えゆく運命にあるものだった。

 課金王はそれをガチャで引き、因子を一つの存在として固定して、シュテル・スタークスという少女を生み出したというわけだ。

 

 ゆえにシュテルは、"救われ生まれた"という表現を使っている。

 

「彼は特異なガチャにて、この世界に散った私の因子を拾い集めてくれた。

 私という存在が消え去る前に、この世界に生まれ落ちる権利を私にくれたのです」

 

 消え入りそうな笑みを浮かべたまま、シュテルは足元に魔法陣を形成し、杖の柄でそれを叩く。

 すると、なのはとシュテルの周囲が世界から隔絶された。

 ユーノなどが得意とする、現実世界に影響を与えないための結界展開である。

 

(結界)

 

「私はマスターから貴女の足止めを頼まれました。

 そして個人的にも貴女と戦いたいと思っています。誰のためでもなく、私のために」

 

「私は、あなたにお話を聞かせて欲しい。戦わなくてもいい方法は、きっとあると思うよ?」

 

「ありませんね。(シュテル)貴女(なのは)と戦わなければならない。いえ、戦いたいのです」

 

 シュテルは思う。

 口調だけなら、こんなにも静かで冷たくできるのに。

 何故私の心は静かにも冷たくもなってくれないのか、と。

 

「―――私の中には、貴女には分からない気持ちがあるのだから」

 

 話し合おうとするなのは。

 語る口調は静かなれど、何が何でも戦おうとする熱意が感じられるシュテル。

 こんなところでも両者は対照的で、新人が心配で一刻も早く駆けつけたいなのはは、ここで戦うことは避けられないと直感で悟る。

 "かっちゃんのことを聞けるかもしれない"と、こっそり私情も混じえながら。

 

 シュテルが、なのはが、相手に向けていなかった杖をゆっくりと相手に向ける。

 杖を上げながら魔力を溜める。杖を相手に向けながら魔力を溜める。照準を合わせ続けながら魔力を溜める。相手の一挙一動を見逃さないようにしながら魔力を溜める。

 

(……来る!)

 

 そして両者は、同時に砲撃魔法を解き放った。

 

「ディバイン―――」

「ブラスト――」

 

「――バスターッ!」

「――ファイアー」

 

 桜の花を思わせる桜色の砲撃が、幾多の敵を打ち破ってきたなのはの砲撃が、シュテルの火柱の如き砲撃と真正面から衝突する。

 そしてなのはは、自分の目を疑った。

 押されている。

 高町なのはの砲撃は、シュテルの燃え上がる砲撃に徐々に押し込まれ、焼き尽くされていた。

 

(押し……負ける……!?)

 

 やがてシュテルの砲撃はなのはの砲撃を粉砕し、なのはは間一髪で身を翻して砲撃を避けた。

 シュテルの砲撃は完璧に避けたが、しかしシュテルの魔法が放つ熱は規格外にも程があり、余剰熱だけでなのはの肌を焼く。

 バリアジャケットの熱フィルターがなければ、これだけでなのはは死んでいただろう。

 

「熱っ……!」

 

 すぐさまバリアジャケットの熱フィルターを強化し、なのはは回避行動を続ける。

 粉砕された桜の魔力さえも残さず焼き尽くされる。大気を構成する成分が高熱に晒され、魔力と熱による化学変化という形で焼却されていく。

 そんな光景を目にしながら、なのはは飛びながらの誘導弾を放った。

 横にスライドするように飛びながら攻撃してくるなのはに対し、シュテルもまた少し遅れて誘導弾を展開していく。

 

「アクセルシューター!」

 

「パイロシューター」

 

 高町なのはは派手な砲撃ばかり注目されがちだが、彼女の強さの根幹を支えているのは、管理局でも指折りの誘導魔力弾の技術であった。

 誘導弾をまず撃ち、そこにバインド等を絡めて敵の動きを止め、砲撃にて一撃で落とす……それがなのはの基本的な戦闘スタイルだ。

 そのため、砲撃はあくまでトドメの一撃であり、メインウェポンは誘導弾なのである。

 高町なのはの基礎スペックの高さも相まって、彼女の誘導弾は管理局一と言っていいレベルに到達していた。

 

 ゆえに、その光景は悪夢のようだった。

 

 高町なのはが、誘導弾での射撃戦で、競り負けるなど。

 

「くぁぅ……!」

 

 燃え盛る炎の弾丸が、桜色の弾丸を片っ端から焼き尽くしていく。

 操作精度は互角。

 シュテルの魔力弾はなのはの魔力弾に炎の属性を追加したようなもので、威力は明確にシュテルの方が上。

 魔力弾の生成速度も、僅かにシュテルが優っている。

 そして、魔力量に至っては明確な差が存在していた。

 

 魔力弾に込められた魔力量から見ても、シュテルはなのはよりワンランク上の魔力保有量、魔力放出能力を保有していた。

 

「似た顔、似た姿、似た戦闘スタイル。高町なのは、貴女もそれは感じていると思いますが」

 

 なのはは必死に食らいつくが、かつてKによって馬鹿げたスペックにまで強化されたなのはが食らいつく側に回っている時点でおかしい。

 シュテルの基礎スペックは、明らかに異常だ。

 なのはは飛行魔法・防御魔法・迎撃の射撃魔法を巧みに組み合わせて防戦に回り、シュテルの異常さの正体を見極めんとする。

 数え切れない数の炎の魔法が、目標であるなのはを焼けずに、大気を焼いていく。

 

「私と貴女には、違いがあります。例えば、年月」

 

「年、月?」

 

 なのはが誘導弾に偽装した魔力スフィアを飛ばし、音速を超えて飛翔したスフィアがシュテルを包囲。スフィアはそのまま、360°から砲撃を放つ。

 されどシュテルは慌てず騒がず、会話に一呼吸の間を置いて、その一呼吸で全ての砲撃を『切り払った』。

 シュテルが手にした杖に、いつの間にか炎の刃が展開されている。それを振るったのだろう。

 燃える刃で全ての砲撃を塵芥と化した後、シュテルは淡々となのはに語りかける。

 

「貴女とマスターが初めて出会ったのは、何歳の頃ですか?」

 

「え? ええっと、二歳か三歳の時……かな……物心ついた時には、もう一緒だったから」

 

「……」

 

 シュテルの目に一瞬、何かが燃え上がる。されどそれも一瞬で、すぐに消え去ってしまった。

 

「なら、その時から九歳の時まででしょうか?

 貴方達が一緒に居たのは。年単位に換算すると、六年か七年になるということですね」

 

「そう、なるのかな?」

 

「私が彼の力で生まれたのは十年前です。

 その時は貴女と同じ年頃でした。

 私は十年間彼と共に居て、貴女と同じ方法で力を高めてきました。その意味が分かりますか?」

 

「!」

 

 なのはが息を呑む。

 

「十年には絶対に満たない貴女。既に十年を超えている私」

 

 越えられない、十年の壁。

 

「あの人と一緒に居た時間の長さの差が、そのまま私達の力の差であるということです」

 

「―――っ!」

 

 シュテルが杖に展開した炎刃を巨大化させ、振るって来る。なのははそれを手の平に展開した強固な小型バリアで受け止めながら、表情を歪める。

 彼女の表情は、いくつもの要因によって、歪まされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スバルの両親、クイントとゲンヤは共に時空管理局員である。

 姉ギンガはそんな両親に憧れて時空管理局に入り、スバルもまた両親の足跡を辿るように、時空管理局に入って行った。

 そんな両親の片方が時空管理局を辞めてソーシャルゲーム管理局に入っていた。

 スバルが受けた衝撃は、推して知るべし。

 

「ちょ、ちょ、ちょ、お母さんいつの間に管理局辞めてたの!?」

 

「スバルとギンガをびっくりさせようって、ゲンヤさんと話し合って決めたのよ。ふふふ」

 

「そんなサプライズ誕生日パーティー的なノリで!?」

 

 驚くスバルをよそに、ティアナは冷静に思考を巡らせる。

 Kが元時空管理局嘱託魔導師なのは分かっていた。

 分かってはいたが、ここまで時空管理局側に味方が多いとは、思っても居なかったようだ。

 ティアナは"時空管理局の情報があちら側にどのくらい漏れているか"を考えながら、会話に耳を傾ける。

 

「ねえ、スバル。

 上から色々と言われてるんじゃない?

 ソーシャルゲーム管理局の構成員をできれば任意同行して欲しい、だとか。

 同行を拒否した時に公務執行妨害に持っていく方法だとか。

 できればソーシャルゲーム管理局の人間を大怪我させてはいけない、だとか。

 大規模な戦闘、人目につく戦闘は極力避けろ、だとか。

 そして八神部隊長はそれを伝えた上で、"できなければやらなくてもいい"と言ってなかった?」

 

「え、なんで知ってるの?」

 

「それはもう。母は娘のことをなんだって知ってるものよ」

 

「それは関係なくない!?」

 

 愉快な母のからかいに、スバルは声を大きくし、キャロが笑う。

 そして、ティアナの表情からどんどん感情の色が抜け落ちていく。

 

「……」

 

 会話が進むにつれ、エリオもまた何かを感じ始めたようだ。

 エリオは思考に集中するティアナの真似をして、無言で会話に耳を傾ける。

 

「だって当然でしょう? スバル。

 ソーシャルゲーム管理局は時空管理局をなくしたいわけではない。

 でも、時空管理局の汚職していた人間はソーシャルゲーム管理局を潰したい。

 けれど、ソーシャルゲーム管理局を潰せる法的根拠がない。

 なら生け捕りにするしか無いでしょ? 関係者を。難癖をつけるために」

 

「……え」

 

「ソシャゲ関連の汚職に関わっていた人達は、何を企んでいるのか分かる?

 この事件の後言い訳をするため、ソシャゲ管理局に遺恨を残したくない人が居る。

 ソシャゲ管理局を悪者にするため、データを捏造しようとする人も居る。

 できれば一般の人に何も知らせないように処理しよう、と思っている人も居るでしょうね。

 末端を生け捕りにし、金を握らせ、ソシャゲ管理局の犯罪を内部告発させる捏造もあるかしら」

 

「え、お母さん、ちょっと待って」

 

「時空管理局の大半が善良でも、一部にはそういう人も居るということよ。スバル」

 

 機動六課は海の人間が空の人間と一緒に陸の業務をこなす、そんな部署だ。

 その特異性ゆえに、管理局の様々な部署の様々な人間の思惑が絡み合っている現状、機動六課に振られる役割はひどく歪なものになってしまっていた。

 

「スバル、ティアナちゃん、エリオ君、キャロちゃん。

 つまり、貴方達機動六課が上から命じられているのはこういうこと。

 ソーシャルゲーム管理局の人間を捕まえろ。

 ただし大怪我をさせるな、後で弁解できる余地を残しておけ。

 捕まえた人間は使えるのなら捏造として使う。

 そして何か問題が起きたなら、"現場の人間の独断専行だった"と責任を押し付ける」

 

「―――!?」

 

「酷い話じゃない? 貴方達、まるで生け贄よ」

 

 無茶苦茶だ。

 現場の人間に合法と違法の間でギリギリ綱渡りをさせて、それが問題になったら現場の人間に責任を押し付ける。もはや横暴を通り越して、違法なレベルだ。

 だが時空管理局内部で動乱が起こっている現状ならば、それを押し通せるだけの権力が、管理局最高評議会にはあった。

 

 海、空、陸、それぞれに何人、今回のあれこれに関わっているお偉いさんが居るのか。想像もつかない。

 汚職に関わっていた派閥の思惑、ソーシャルゲーム管理局という存在が単に気に入らない派閥の思惑、単に他派閥の足を引っ張りたいだけの派閥の思惑、etc……

 それぞれが絡み合って、最高評議会の誘導もあり、機動六課への無茶振りに繋がったわけだ。

 

 時空管理局の大半は信念ある人間、汚職など考えもしない善良な人間である。

 が、一部のダメさが全体に影響を及ぼすのが組織というものだ。

 例えば日本の警官は25万人とも言われるが、仮に99%の人間が善良でも、1%の人間が腐っていた場合、二千人以上が腐っている計算になる。日本警察以上に規模が大きな管理局であれば、0.01%が腐っていても致命的な問題となるだろう。

 

 今回の事件で露呈した汚職者は時空管理局の0.0001%にも満たないだろうが、それでもここまでの悪影響を及ぼしてしまっている辺り、大組織の難しさが伺えるというものだ。

 

「うちのリーダーはね、その辺りを鑑みて動こうとしているわ」

 

 対しKは、そういう面倒臭い事案に関わる気が全く無かった。

 

「クイントさん。あのバカの目的は、つまり」

 

「時空管理局の改善、そして二つの管理局の対立構造をぐだぐだに終わらせることよ」

 

「ああ、あいつはそういうとこ目指しそうね。ぐだぐだかぁ……」

 

 時空管理局に極力被害を出さず、ソーシャルゲーム管理局にも極力被害を出さず、両組織間に遺恨を残さず、時空管理局の自浄作用が働くまでぐだぐだした流れを構築し、二つの管理局が仲良くなった頃に"ああそういえばあの頃二つの管理局は仲悪かったね"と白々しく言う。

 それこそが、ソーシャルゲーム管理局のボスの目的なのだ。

 

 ティアナは納得したような表情を浮かべる。クイントは苦笑し、ブルース・リーのような手の動きで、スバル達を戦いに誘う。

 

「いいわよ、別に。

 貴女達に勤めを果たすチャンスを、上層部の企みが成されるチャンスをあげても」

 

「え?」

 

「この先のことを考えれば、貴女達の実力は見ておきたいところだわ」

 

 ソーシャルゲーム管理局の人間を見つけて何もせずに返せば、機動六課の立場はじわじわと悪くなっていく。

 かといってソーシャルゲーム管理局の人間に大怪我させれば、世間のバッシングを食らう。

 最悪六課新人の奮闘が汚職の味方になる可能性すらあるだろう。

 ソーシャルゲーム管理局が犯罪者でもなんでもないというのが痛すぎる。

 しかも機動六課が無くなってしまえば、機動六課より能力が低い他の部署がこの役目を背負わされるという、目を覆いたくなるような状況であった。

 

 つまり現在の機動六課は、はやてが上からの面倒臭い要求の大半を弾いた上で、Kが機動六課に都合のいいように動いて初めて延命できる、善意の最前線部隊であるというわけだ。

 ソーシャルゲーム管理局の人間が時空管理局の崩壊を望んでいないと読んで、この構図を作った三脳の悪辣な企みは、Kやクイントの行動を嫌な形に縛る。

 管理局にやらかして欲しくないKも、豆腐に触るようにしか動けない。

 今回クイントが現れたのは、その辺りの事情を明確にスバル達に知らしめるためでもあった。

 

「さあ、来なさい。一手教授してあげましょう」

 

 構えるクイント。

 そうして、『相手を絶対に大怪我させてはいけない』という前提の実戦が始まる。

 二つの管理局の抗争がグダグダになるよう工作したのはKとその部下だが、この死人が出る気がまるでしない実戦の光景こそが、とても分かりやすくグダグダ感を可視化していた。

 

「スバル、構えなさい!」

 

「お母さん、どうして!?」

 

「いいのよ、どうせこんな交戦記録管理局上層部が握り潰すんでしょうから!

 あなた達は新人なんだから、どこかで致命的なミスする前に、実戦経験積んでおきなさい!」

 

 しかも"これを期に娘に稽古つけてやろう"という一介の母の思惑まで混ざり始めた。

 グダグダが加速する。

 

「さあ、スバル! 訓練校と機動六課でどのくらい成長できたか、お母さんに見せてみなさい!」

 

「……! ああ、もう! お母さんはいつも強引なんだから!」

 

「エリオ、キャロ! スバルに続きなさい! 気持ちは分かるけど、手は抜いちゃダメよ!」

 

「「 は、はい! 」」

 

 かくして、クイントが新人四人を教導するかのような構図の実戦が、始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なのはとシュテルの戦い。

 これもまた、二つの管理局の対立が産んだ戦い……では、なかった。

 この二人の戦いは本質的に言えば、もっと個人的な感情が理由で引き起こされている。

 

 なのはは強い。けれどシュテルはもっと強い。

 凡庸な魔導師ならば違いが分からないほどの高みに二人は居て、シュテルの優勢となのはの劣勢は一度も崩れることはなく、炎と桜の魔力光は幾度となく衝突する。

 ぶつかり合うたび、せめぎ合うたび、なのはは傷付いていった。

 

 されどその眼光、未だ衰えず。その心、未だ折れず。戦いはなおも続いて行く。

 

「貴女には分からない。私の気持ちが、分かるわけがない」

 

「お話しなきゃ、誰も自分の気持ちなんて分かってくれないよ!

 だから私達には、気持ちを伝える口と、聞く耳と、それを分かろうとする心があるんだよ!」

 

「言ったとしても、貴女は同情しかできないでしょう。絶対に理解と共感は出来ませんよ」

 

 なのはの放った高速直射弾をシュテルは燃える掌底で殴り壊し、杖に溜めた魔力を一気に開放する。開放された魔力は、魔法陣に沿って砲撃魔法を構築した。

 

「ディザスター・ヒート」

 

 それは、炎の砲撃を絶え間なく連射する魔法だった。

 一発一発が魔改造されたなのはのエクセリオンバスターを超える威力の連射砲撃。

 なのはは時にかわし、時にバリアで受け、時にカートリッジを使った砲撃で相殺し、砲撃の雨をしのいでいく。

 

「頑張って、レイジングハート!」

 

《 Yes, my master. Let's fight 》

 

 しぶとい。

 シュテルはこの戦いの中で、何度もなのはに対しそう思う。

 

「それでも! 気持ちを口にしないと、ずっと寂しいままだよ!」

 

 なのはは砲撃の連射をかわしつつ、曲がるディバインバスターを発射。

 幾何学的な機動を描く砲撃がシュテルの視界の隙間を縫って、シュテルの背後から襲い来る。

 

「……ああ、分かります。

 きっと、貴女は言えば分かってくれる人との出会いを繰り返してきたのでしょう。

 貴女は人間だ。誰をコピーしたわけでもない、唯一無二の存在だ。

 何の疑問を持つこともなく、貴女は貴女と同じ人間の群れの中で、人に囲まれ生きている」

 

 シュテルは砲撃連射を継続しながら、曲がる砲撃を見もせずに、発射した誘導弾をぶち当てる。

 そうして減衰したなのはの砲撃を、燃える拳の裏拳で叩いて壊した。

 

「ですが、私はそうなれない。

 分かりますか? 高町なのは。私は貴女と違って、まっとうな人間ではないからです」

 

「……!」

 

 結局のところ、シュテルの不幸は。

 自分を救ってくれた人間が、自分が初めて出会った人間が、自分が一番仲良くしている人間が、自分のオリジナルである高町なのはを一番に扱っていたことに由来する。

 なのははオリジナルで、シュテルは断章(マテリアル)

 そこに、この戦いの根本的な原因があった。

 

「私は、一人です。

 それどころか、自分は自分だと胸を張れる者でもない。

 私は貴女の模造品でしかないからです。

 私は私として世界に生まれたのではない。

 そして私と同じように生まれた闇の書の残滓など、他には存在していない」

 

 シュテルの隣に、彼女と対等である力のマテリアルは居ない。

 シュテルの背後に、彼女が見上げる王のマテリアルは居ない。

 Kが救えたのは今のところシュテルだけで、彼女の同類は一人も居なかった。

 それが、どれほどの孤独と寂しさを彼女に感じさせているか、他の誰にも理解できないだろう。

 

 どこに行けばいいのか、何をすればいいのか、何のために生まれたのか。

 それすらも分からなくて、シュテルの胸には常に不安が巣食っている。

 

「……私は、一人だから! 私が一人じゃないという証明が欲しいんですっ!」

 

 不安で、一番大切に思っている人をマスターと定めて。

 マスターに見捨てられたらどうしようと思ってしまうと、不安で。

 なのにマスターは、自分のオリジナルをとても大切に思っていて。

 先導してくれる王様も、前を行く親友も、最初からそんなものは存在しなくて。

 自分の価値を証明しようと力を磨いてみても、マスターは力の大小で人の価値を決めない人で。

 

 自分が『何か』にならなければ、いつかこの居場所が失われてしまいそうだと思ってしまえば、シュテルの心が不安から解放されることはない。

 

 シュテルは一人ぼっちで立っていける者ではなかった。

 彼女は自分を引っ張ってくれるリーダーシップのある誰か、もしくは積極性のある誰かの隣に寄り添い、その者を知恵と力で支えて、自分の居場所を確立するタイプだ。

 "自分だけが持つ個性"に過剰に拘っているところからも、それは伺える。

 彼女は『誰かが自分の代わりになれる』ような存在になりたくないのだ。

 

「"高町なのはの代わりに彼に必要とされている"だなんて思いたくない、だから!」

 

「……あなたは」

 

「私は貴女を超える!

 ……そうでなければ、あの人は、きっと私を一番には見てくれない……!」

 

 シュテル・スタークスは戦いを好み、戦いという手段で物事を解決しようとする。

 それをバトルマニアと称する仲間も居るが、彼女が戦いを好むのは、他者を傷付けるのが好きだからというわけではない。

 戦いの過程で、相手と分かり合うことが、相手が全力で自分を見てくれることが好きだからだ。

 誰かに見て欲しいから、彼女は戦う。

 

「シュテルの名前は自分で決めた! 姓は彼に決めてもらった!

 暖かく迎えてくれる仲間も居る!

 ……それでも、消えてくれない不安が、この胸の中にあるから!」

 

 『自己証明』。

 『あの人に自分を見て欲しい』。

 それが、シュテルが高町なのはを超えようとする理由。

 

 彼女の心根は、親に捨てられたくない子供のようで。

 初めて出来た親友に固執する寂しい人間のようで。

 主に媚びる従者のようで。

 仲間に依存する心の弱い人間のようで。

 シュテル・スタークスが持つ星の光の如く輝く精神に、この不安と心細さだけが、一点の陰りを残してしまっている。

 

「私は! だからっ! 高町なのはを超えなければならないんです!」

 

「……っ!」

 

 "人が人に執着する理由"があまりに多く、その上絡み合っているシュテルの心。

 彼女がマスターに向ける感情を、一言で表すのは難しいだろう。

 それでも、一つだけ言えることがある。

 

 彼女が抱くその感情は、シュテルにも、Kにも、解決できないものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なのはに教導されている時と似た気持ちを、スバルは感じていた。

 

「踏み込みが雑! もっと足の裏の、親指の付け根あたりを意識しなさい、スバル!」

 

「わわっ!?」

 

 殴りかかったスバルが、クイントに投げ飛ばされる。

 二人には明確な差が存在し、一対一では勝ち目がないことは明白だった。

 

「エリオ!」

 

「はい!」

 

 だが、これは一対一ではなく、四対一の戦い。

 足りない実力は仲間と補い合えばいい。

 ティアナの指示で突っ込んで来たエリオの槍をかわすクイントだが、そこでティアナが"置きに行った"直射弾数発が迫り来る。

 

(へえ)

 

 クイントは一瞬ヒヤリとしたが、冷静に拳で直射弾を捌き切る。

 ヒヤリとした感覚が抜けると、次第に新人への感嘆も心中に湧いて来た。

 だが彼女に感嘆させる間も与えず、直射弾を弾いた直後のクイントに、キャロが従える小型竜のブレスと、立ち直ったスバルの攻撃が迫り来る。

 

「フリード、ブラストフレア!」

 

「てやあああああああっ!!」

 

 炎は魔力壁を作って防御。

 クイントはその壁を背にするように立ち、スバルが繰り出して来た拳を受け止める。

 

「クロスファイア、シュートっ!」

 

 だがそこで、クイントがスバルの拳を受け止めた瞬間を狙ったティアナの弾丸が、横殴り気味にクイントを襲っていた。

 

(新人とは思えない優秀さ。八神部隊長もいいメンツを揃えたものだわ)

 

 クイントはスバルの拳をいなし、スバルと背後の魔力壁を連続で蹴って頭上に跳躍。

 そうしてティアナの射撃魔法をかわした先の空中で、クイントは待ち構えていたエリオの槍の洗礼を受けた。

 とことんティアナの先読みが当たり、ティアナが出した仲間への指示がとことん上手く噛み合っている。こうまでされると、クイントの顔にも自然と笑みが浮かんでくるというものだ。

 

(特にあの、ティアナ・ランスターがいいわね。

 仲間を上手く動かしての、この絶え間のない攻勢……

 私の方に主導権を渡さないという意図が、しっかりと形になっている)

 

 クイントは空中でエリオの槍を蹴り飛ばし、間一髪で斬撃を避ける。

 そのまま、スバルとエリオに反撃の射撃魔法を放とうとするが……

 

「我が求めるは、戒める物、捕らえる物。

 言の葉に答えよ、鋼鉄の縛鎖。錬鉄召喚、アルケミックチェーン!」

 

 魔法を放とうとしたクイントの右腕を、キャロが召喚した鉄の鎖が絡め取る。

 

(……加減して楽に勝てる相手でもない、みたいね!)

 

 くるくると仲間を動かし、攻め続け、巧みにクイントのペースに持って行かせない。ティアナの強みが、最大限にクイントの強みを封じているようだ。

 そうして右腕を絡め取られたクイントに、エリオとスバルが接近する。クイントの動きを見てからそれに対応しようと銃を構えているティアナも居るため、これで決まる……かに、見えた。

 

「ウイングロード!」

 

 だが、クイント・ナカジマは強かった。

 

「うわあっ!?」

 

 エリオの足元から『道』が飛び出して来る。

 それはエリオの足を下から押し、跳ね上げ、走るエリオを転ばした。

 スバルとエリオの同時近接攻撃のタイミングが、崩れる。

 

「もう一発ウイングロード!」

 

「こ、こんな使い方あるの!?」

 

 クイントはスバルの初撃を受け流し、先程エリオの足を押し上げた『道』を、今度は柔軟性を高めた上でスバルの足の下に"敷く"。

 そしてそれを強く踏んだ。

 中国拳法における震脚に近いそれが、ウイングロードを波立たせる。

 当然、そのウイングロードの上に立っていたスバルはバランスを崩し、回避も防御もできない状態に陥り、クイントの強烈な掌底を鳩尾に貰ってしまう。

 

「うぎゃっ!」

 

「言ったわよね?」

 

「あぐ!?」

 

 そしてクイントは振り向きと踏み込みを同時に行い、ここで先程転ばせたエリオの首筋に鮮やかな手刀を叩き込む。

 スバルとエリオ。新人の中でも前衛を担当できる二人は、こうしてほぼ同時に気絶させられた。

 ティアナはすぐさまクイントの動きに対応しようとするが、そこでクイントがエリオを抱えて接近して来るのを見て、ほんの一瞬、どう対応すればいいのか躊躇ってしまう。

 

(エリオを盾に!?)

 

「ここで実戦経験積んでおきなさい、って」

 

「ぐあッ―――」

 

 エリオを盾にして得たその一瞬の隙で、クイントは豪快な蹴りをティアナの腹に叩き込む。

 ティアナは吹き飛ばされ、近場の木に叩きつけられ、気絶した。

 バリアジャケット付きのティアナを叩き付けられた木がメキメキと音を立て、折れる。

 他のメンツに対する攻撃より気持ち強力なその蹴りは、"確実に気絶させなければ"という、クイントからティアナに対する警戒と高評価が見て取れる。

 

「あ」

 

 そして、最後に残ったキャロに軽い当身。

 四人全員を気絶させたクイントは、ふぅと軽く息を吐く。

 

「良かったじゃない。これが、死なない実戦で」

 

 新人に実戦の厳しさと恐ろしさを叩き込み、新人の戦力評価を的確に終わらせたクイントは、書き置きを残してこの場を去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なのはVSシュテル。

 こちらの戦いもまた、終わろうとしていた。

 ただしスバル達の戦いのように片方の陣営が全員戦闘不能になってはいない。シュテルはなのはを倒しきれず、なのはも逆転の糸口を見つけられず、優勢劣勢が固定化されたままだ。

 逆に言えば、優勢劣勢が固定化されたまま、二人の戦いは膠着状態に陥っていた。

 

「私の方が強いはずなのに、どうしても押し切れない。流石は私のオリジナルの力です」

 

「はぁっ……はぁっ……はぁ……はぁ……ふぅ……」

 

「……いえ、違いますね。

 その力ではなく、その心こそが、貴女の強さの源。

 どんな強者が相手でも、どんな運命が相手でも、決して折れず立ち向かい続ける強さ」

 

 シュテルの口調は静かだが、その言葉には隠し切れない感嘆と尊敬の念が見える。

 

「私は、貴女が羨ましいです」

 

 シュテルはスバルのように、なのはに憧れていた。

 ティアナがなのはに持っている対抗心と比べて、数百倍大きな対抗心を持っていた。

 エリオのように、自分が作り物の命であることを気にしていた。

 キャロがそうであるように、自分という存在に対し無形の不安を抱いていた。

 

「私は貴女のようになりたかった。

 私は貴女のようになりたくなかった。

 貴女のように、あの人の一番になりたかった。だから貴女のようになりたかった。

 でも、あの人に貴女の代わりと扱われたくなかった。だから貴女のようになりたくなかった」

 

 シュテルの方がなのはより強いのに、シュテルがなのはに挑んでいるというこの奇妙な構図は、なのはとシュテルの心の状態を目に見える形にしていると言えよう。

 

「知っていますか?

 あの人は強い人が好きなわけではない。

 自分より強い敵に挑み、諦めず、最後まで負けない人こそを好んでいるんですよ」

 

「知ってるよ。よく、知ってる」

 

「でしょうね」

 

 なのはは知っている。シュテルも知っている。

 クロノ、ユーノ、フェイト、はやて、等々……Kが好む人間は、力だけでなく心も輝いていた。

 なのははシュテルが幼馴染のことを分かっているということを理解して、自然と微笑む。

 

「……やっぱり、私達、分かり合えるよ。

 お話をしよう? きっと、もっと、いい方法があると思うんだ」

 

「ありえませんね。私と貴女が分かり合うことはない」

 

「そんなことないよ」

 

 無表情のシュテル。微笑むなのは。

 表情が対照的な二人でも、心の芯にあるものは同じだと、なのはは気付いたようだ。

 

 

 

「だって私達、きっと同じものが好きで、同じものを大切に思ってるよ?」

 

「―――」

 

 

 

 目を見開き、無表情を崩し、口元を抑えるシュテル。

 漏れそうになった声を手で抑えたのは明白だ。

 シュテルは感情が乗った声を漏らすのを嫌ったのだろうが、この一動作だけでも、今のシュテルの心の中は覗けるというものだ。

 二人は、同じ友達を大切に思っている。心の底から、偽りなく。

 

「かっちゃんのこと、心配なんだ。

 この前のテレビの放送でも、どこか悪そうにしてたから」

 

(……あの人は体の不調を魔法で補っていた。

 演説中はほとんど体も動かしていない。

 テレビの画面越しに見た程度では、あの不調も普通は分からないでしょうに)

 

 あの放送で、なのはは事前情報無しにKの体の悪さに気付いていた。

 他の誰もが事前情報無しには気付けなかったというのに、なのはだけは気付いていた。

 そこにシュテルは、嫉妬と尊敬の感情を抱く。

 

「単純に弱っているだけですよ、あの人は。特に心臓の辺りが」

 

「!? ね、ねえ、それってどういう……」

 

「あの人がずっと貴女に会っていないのは、今の自分を貴女に見せたくないからです」

 

「……え」

 

「だから私は、絶対に貴女とあの人を会わせません。

 あの人に会いたいのなら、まずは私を倒すことですね」

 

 そう言い、シュテルはなのはに背中を見せる。

 この場から去るために。なのはに、今の自分の顔を見せないために。

 

「待って!」

 

 そんなシュテルの背中に、なのはは言葉を投げかける。

 

「名前……貴方の名前は?」

 

 彼女の口から、彼女の名前を聞こうと問う言葉。

 誰かと向き合う時、まずは相手の名前を聞いて、話し合おうとする姿勢を見せる。

 それが、高町なのはという人間だ。

 

「シュテル。シュテル・スタークス。……私の誇りと、絆の名です」

 

 シュテルはその問いかけに、淡々とした答えを返す。

 そして、魔法陣を通りどこかへと消え去って行った。

 シュテルが消えるやいなや、彼女が維持していた結界も消滅する。

 

「……星光(シュテル)

 

 なのははシュテルの名を呼び、数秒だけ目を瞑って何かを考えてから、なのはは新人達の下へ向かって飛翔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新人が目を覚ましたのは、ほぼ同時だった。

 だが目を覚ましたのは同時でも、体に受けたダメージには差異がある。

 ティアナは呼吸するのも億劫なレベルで、スバルとエリオは立ち上がれないが立ち上がろうとしなければ平気な程度、キャロに至っては立ち上がり仲間に回復魔法をかけているくらいだ。

 仰向けに倒れキャロの回復魔法を受けながら、エリオとスバルは空を見上げて呟く。

 

「負けましたね」

 

「負けちゃったね」

 

 その声は、どこか悔しげだ。

 クイントが残していったであろう"もっと強くなりなさい"という書き置きの紙を見ると、彼らの声に混ざる悔しさはいっそうその濃さを増していく。

 

「……これが本当の実戦だったら、死んでたのかな」

 

 エリオは空に手を伸ばし、拳を握る。

 

(強くなろう。女の子に守られるだけの男になんてなったら、きっとそれは情けないことだ)

 

 彼の中には、"男の意地"とでも呼ぶべきものが芽生え始めていた。

 

「あー、うー、考えてもわけわかんない……」

 

 スバルはない頭で考える。が、すぐに考えるのは無駄だと悟り、シンプルな思考に移行した。

 こういうところは、彼女の美点でもある。

 

「ええい、次こそはお母さんに勝って! 真意を確かめないと!」

 

 そしてティアナは、他の仲間の分まで深く広く考える。

 

(あいつは何を考えてるのかしら?

 ソーシャルゲーム管理局なんてもの作って、その次は……

 その次にする何かのために、私達を鍛えてる?

 それとも……その次に起こる何かのために、私達に何かを気付かせたかった?)

 

 思考に思考を重ね、Kの思考を探るティアナ。ここにクイントが現れたのは、考えれば考えるほど、ティアナ達に情報を与えること、そしてティアナ達を鍛えることが目的としか思えない。

 そう考えると、ティアナは嫌な予感をひしひしと感じてしまう。

 

「何はともあれ、もっと強くならないと……少しでも早く、少しでも強く……」

 

 皆が力を求めている。

 その流れの中で、キャロは一人力を求めずに、けれども闘志をふつふつと滾らせている。

 

「私は……力が欲しい、だなんて思ったこともなかったです……けど……」

 

 ティアナに回復魔法をかけているキャロの肩の上で、キャロの飛竜・フリードリヒが、彼女の闘志を代弁するかのように吠えた。

 

「皆を守れなかったのが、悔しいです……!」

 

 ここからだ。

 機動六課の新人、前線フォワード部隊達の物語と成長は、ここから始まる。

 人は負けた時に初めて始まることもある。

 そして、敗北から始めた者達は、加速度的に強くなっていくものだ。

 

「ありがとう、キャロ」

 

「ティアナさん、まだ動かない方が……」

 

「大丈夫よ。

 さっさと帰って、後は六課の医務室で治しましょう。

 ……今はちょっと、じっとしていたくない気分だし」

 

 クイントに一番こっぴどくやられたティアナが真っ先に立ち上がる。

 やせ我慢だろうが、そのやせ我慢が今は仲間の心に響く。

 スバルとエリオもティアナに続き、弱々しくも立ち上がっていた。

 

「根性でさっさと帰るわよ!

 今の私達は、ぐーたら休んでられる身分じゃないんだから!」

 

 ティアナが声をかけると、三人が思い思いの返答を返す。

 四人はどこか悔しげに、けれどその気持ちを後に引きずらず、次に活かす心持ちで帰路につく。

 そこに、空から高町なのはが飛来した。どこか、焦った様子で。

 

「皆、無事だった!?」

 

「なのはさん!」

 

 なのはの焦った様子を見て、四人は心配をかけてしまったという罪悪感と、そこまで心配されていたという小さな喜びを感じる。

 だから、気付けない。

 なのはが焦った様子でここに来たのは、新人が心配だからという理由だけではないという事に。

 

「なのはさん、報告を―――」

 

「それは後でいいから!」

 

「え?」

 

「転移の魔法を使うから一カ所に固まって! 一刻も早く隊舎に戻るよ!」

 

「ど、どうしたんですか?」

 

「またかっちゃんがやらかし……じゃなかった、また事態が動いたんだよ!」

 

 なのはがかつて幼馴染から吸収した転移魔法もどきが、この場の全員を機動六課へと運ぶ。

 

 その日、彼の知り合いは、彼の行動の予測なんてできないということを、改めて認識した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それでは、次のニュースです』

 

『凶悪犯罪集団として広域指名手配がなされていた武装グループ・フッケバインが出頭しました』

 

『彼らは管理外世界との癒着。高い戦闘力。

 拠点が不定であることから、時空管理局も手を焼いていた犯罪者集団でした』

 

『しかしソーシャルゲーム管理局の説得を受け、自首を決意したとのことです』

 

『彼らは恒久的な武装権の放棄。自衛権の放棄。

 時空管理局の監視つきでの生活など、司法側の要求を全面的に受け入れる意志を示しています』

 

『時空管理局査察部の発表によれば、彼らの再犯の可能性は極めて低いとのこと』

 

『ソーシャルゲーム管理局代表代理・スタークス氏は今回の件をもって、

 "こういった方面でも時空管理局に協力していきたい"

 とのコメントを残しており、これを期に二つの管理局がより親密になることが予想されます』

 

『また、ソーシャルゲーム管理局の関係者からもコメントが寄せられています。

 早くから賛同の意を示していたヴァンデイン・コーポレーションのハーディス氏は―――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 課金王は平常運転だった。

 

「ヴィヴィオ、その一万を返してくれ。今手元にはそれしか無いんだ」

 

 車椅子に乗った課金王が手を伸ばす。

 彼は自分の手から一万円札を奪い取ったヴィヴィオに手を伸ばすも、ヴィヴィオは素早い動きでそれをかわす。

 課金王と聖王女クローンが出会ってから四年。

 四年の歳月は最高の反面教師を糧として、ヴィヴィオを面倒見がよいしっかり者に育てていた。

 

「ダメ! お金は無駄遣いしちゃダメなんだよ!」

 

「聞くんだヴイヴィオ。課金は無駄遣いじゃない。

 むしろソシャゲに課金すること以外の全てが、金の無駄遣いと言っても良いんだ」

 

「良くないよ!?」

 

 とうとう課金以外の経済活動の全否定を始めた課金王。

 課金の熱に浮かされた状態になっているとはいえ、ここまでトチ狂ったことを常識のように語る彼はやはり課金厨だ。きっと死ぬまで課金厨であることだろう。

 

 織田信長は"その時代の人間には理解できないことを常識のように語る"と評されたそうだが、Kもある意味そうであるのかもしれない。

 彼はガチャを回す織田信長。回す方のノッブだ。

 本能寺では死なないだろうが本能のままに生きている。

 

「どうするん、あれ?」

 

「ヴィヴィオさんの味方をしましょう。

 鬼に金棒、課金厨に金。それは、基本的に持たせてはいけないものです」

 

「うーんまあ落ち着くまで取り上げといた方がいいんかもねえ」

 

 追いかけられるヴィヴィオ、車椅子で爆走して追いかけるKという光景に、ジークリンデ・エレミアとアインハルト・ストラトスが加わる。

 ヴィヴィオがジークに丸めた一万円札を投げる。

 Kがジークを追いかける。ジークがアインハルトに投げる。

 アインハルト、即ヴィヴィオに投げる。ヴィヴィオ、お札を掴んだまま駆け出した。

 

「へいパース」

「へいキャーッチ」

「へいパスパース」

 

「小学生かお前ら! 特定のやつから取り上げたものをパス回しで回すんじゃない!」

 

「不肖アインハルト、言わせていただきますが……

 私達にこれを教えたのは、ベルカさんだったと思うのですが……」

 

 キャッキャキャッキャと楽しげな女性陣。

 車椅子で走り回る男とパス回しする少女達は、普通に遊んでいるようにしか見えない。

 どこかいじめのような光景だが、本人らが楽しそうなのでセーフなのだろうか。

 

「そこだぁ!」

 

「あ」

 

 そしてこの課金青年、課金に関しては有能である。

 車椅子とは思えない機動・速度に、車椅子ジャンプを加えた異次元走法でKはようやく最後の一万円を奪取する。

 

「はっはっは、オレを止められると思うなよガキんちょ共!」

 

「す、ストーップ!」

 

 止めようとするヴィヴィオが駆け寄って来るが、Kは車椅子を全力で爆走させて逃走。

 逃走しつつ一万円をソシャゲにぶっこみ、課金王は愉悦の笑みを顔に浮かべた。

 

「これが! 人生を! 謳歌するってことなんだぜ、子供達よぉ!」

 

「ああ、この人今最高に人生楽しんでる顔してる……!」

 

 汗まみれで息も切れ切れ、最高に悪い体調を薬で抑えている身の上の癖に、課金王は最高の笑顔を浮かべている。

 帰ってきてすぐ、シュテルはその笑顔を見た。

 そして頭を抱える。

 何故この男は、『激しい運動』『課金』という「控えろ」と言われていた事柄を同時にやらかしているのか

 

「本当に、医者から激しい運動はよせって言われてるのに、この人はっ……!」

 

 子供達はKの体の悪さの度合いを全く知らない。

 そんな子供達に混ざって遊んでいるKを見て、シュテルは無性に腹が立った。

 とりあえずは課金熱を抜いて正気に戻さなければ、と考え彼女は杖を構える。

 

 カッキーン、という綺麗な衝突音が、その部屋に響き渡った。

 

 

 




 Fの事件は起こらないよって年表で言ったじゃないですかもう

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