課金厨のソシャゲ廃人がリリカルなのは世界に神様転生してまた課金するようです   作:ルシエド

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 オッス、オラ損御供! 今日もいっちょ性能検証されてない新規SSRを一番に引くためガチャに突撃すっか! 皆、オラに現金を分けてくれー!
 胸がバチバチするほど騒ぐ現金玉……スカーキング!


カキン・ガクッテ・ユーノ・スクナイヤ

 過去に一度、すずかとアリサは"命の危機"とやらに遭遇したことがある。

 その日、二人は銀行に居て、銀行にはこの二人の少女と銀行員しか居なかった。

 そのため、その日やってきた銀行強盗が人質としてか弱いすずかとアリサに目をつけたのは当然の流れだった。

 

「どうしよう、アリサちゃん……」

 

「……大丈夫よ、すずか。きっと、すぐに助けが来るはずよ」

 

「おいガキども! くっちゃべってんじゃねえ撃つぞ!」

 

「ひっ」

 

 人質に取られた二人が強盗に銃を突きつけられ、怯える。

 銀行員も、銀行の周りに集まった野次馬も、強盗に投降を呼びかける警察も、人質が取られている現状では変な動きは見せられない。総じて自重を余儀なくされていた。

 怯える少女達を誰もが助けられないまま、状況は膠着する。

 

(誰か……)

 

 銃で撃てば、人は死ぬ。

 銃の痛みは想像しにくいが、銃を手にして人に突き付けられる強盗ともなればその人種はお察しだ。心の凶悪さは顔つきと表情に出て、すずかを心底怯えさせる。

 いつの間にか、すずかは無心に祈るようになっていた。

 心の中で姉に、家族同然の家のメイドに、最近姉の恋人になったやたら強そうな剣士の人に、銀行の外でうだうだしてるおまわりさんに、雲の上の神様に、すずかは祈る。

 

(……誰か、助けて……)

 

 純粋無垢に助けを求める祈りを捧げる。

 その祈りは神様経由でどこかに届いた……の、だろうか。

 銀行で強盗に捕まっていた二人は、何の前触れもなく一瞬で普通の民家に移動していた。

 

「―――えっ?」

 

 移動の瞬間、アリサとすずかの目には魔法陣が見えていた。

 小学生らしからぬ聡明さを持つ二人だ。混乱もしてはいるが、魔法陣を目にしたことでこれが尋常な現象ではないと一瞬にて理解する。

 そしてその現象を起こしたのが目の前に居る少年だろうとも、理解していた。

 

 その少年は、片手に出した魔法陣とスマホを重ねて操作しつつ、テレビをつけっぱなしにしたままソファーに寝っ転がっていた。

 その少年は、すずかとアリサのクラスメイトだった。

 その少年は、学校では有名人だった。

 その少年は、アリサとすずかの共通の友人、なのはの幼馴染だった。

 その少年は、二人が視界に入っても視線を二人の方に向けもしなかった。

 

(これ……そういうことなのかしら? すずか)

 

(そういうことなんじゃないかな……アリサちゃん)

 

 生中継中のテレビの中で、人質が居なくなった一瞬の隙をついて警察が見事な流れで突入し、強盗を取り押さえるシーンが流れる。

 すずかとアリサの間で、この状況への見解が一致した。

 

(魔法使い……?)

 

 この少年が何か不思議な力を使って自分達を助けてくれたのだろう、と二人は推察する。

 不思議な現象、女の子のピンチを助けてくれた少年、少年が日常の中で隠していた秘密。本が好きでこの手の話(ファンタジー)も好きなすずかからすれば、物語の中に迷い込んだかのようで。

 不覚にも、すずかはちょっとウキウキしていた。

 

「ねえ……あんたが助けてくれたの?」

 

 恐る恐るアリサが問いかける。

 この問いに少年がイエスと答え、少女達が礼を言ったなら、明日から少しだけ特別な色が付いて見える日常が始まるのだろう。

 そういう風に見れば、この事件における一連の流れは王道の中の王道だ。

 

 この流れに、問題があったとするならば。

 

「あーあ、ハズレかよ……」

 

「えっ」

「えっ」

 

「あ、二人はもう帰っていいぞ。変に喚んで悪かったな」

 

 "ピックアップ中の別のレア物を狙っていた主人公"が、『SR 月村すずか』と『SR アリサ・バニングス』を引いて召喚式排出が成されたことに、露骨にがっかりしたという点にあるだろう。

 いくらレア度が高くとも。

 その結果、何かプラスの作用が起こったとしても。

 狙ったものが出なかったのであれば、課金戦士としては敗北に等しい。

 

 そこからはてんやわんやの騒ぎだった。

 

「―――!」

 

「―――!?」

 

 面と向かって"お前はハズレだ"と言ってしまえば、相手が怒って話がこじれるのは当然だ。

 アリサは激怒しきれない様子で怒り始め、少年に掴みかかる。

 困惑しているすずかもそれを止めきれず、怒るアリサと課金ガチャを回す少年の押し合い圧し合いを見ているしかない。

 

「せめてこっちの目を見ながら話しなさいよー!」

 

「うるせえ離れろ! オレは今オカルトタイムにガチャ中なんだ!

 オレの命より重要な課金ガチャよか重要なことじゃねえだろお前の用件はよォ!」

 

「う……うっさいわねえええええええ! いいからこっち見なさい!」

 

 アリサは目を見て顔を合わせて助けてもらった礼をしたいという気持ちと、ハズレ呼ばわりされぞんざいに扱われている現状への怒りが混ぜこぜになった状態。

 "○○時にガチャをするとレアが出やすい"というオカルトタイム理論に基づきガチャを回す少年は、そんなアリサに首根っこ掴まれて揺らされながらも課金をやめない。

 この場に居たのが全員小学3年生、9歳であるというのも混乱に拍車をかけた。

 

 結局ガキの喧嘩はしばらく続き、直感的に何かを感じたなのはが駆けつけて来るまで少年とアリサは喧嘩を続けたという話。

 

「かっちゃんはもうちょっと常識の範囲内で人生を過ごす気はないの……?」

 

「オレの常識はオレの常識。なっちゃんの常識はなっちゃんの常識」

 

 ちなみに翌日、ピックアップガチャ爆死で熱が冷めた課金少年は、心底ホッとした様子でアリサとすずかに「無事でよかったよ、本当に」と本心からの言葉をのたまったりしていた。

 そしてアリサに頭をはたかれていた。当然である。

 「ハズレ」と言ったのも「無事でよかった」と言ったのも、まぎれもなく彼の本心である。

 その一連の事件の流れが、月村すずかとアリサ・バニングスの中の彼の印象を、プラス方向かつマイナス方向にぐっと動かした。

 

 この日の事件が、すずかの彼に対する認識を『常時ヤクをキメてる疑惑のクラスメイト』から、『価値観の基本に課金行為があるサイコパス』へと変え始める。

 

 

 

 

 

 銀行強盗のあれこれで事情聴取されたり、家族から心配されたりとで丸一日潰れ、すずかが自由に動けるようになったのは土曜日になってからだった。

 街を歩いていてもなんとなく視線を感じるのは、すずかの姉が妹を心配して家の者をこっそりつけているからだろう。

 すずかは家の者に見張られていることも気にせず、とある人物を見張り始める。

 

(あ、居た。やっぱり最寄りのコンビニだった。って、またGooglePlayカード買ってる……)

 

 対象は、勿論例のアレ。

 結果的に人助けになったとはいえ、すずかとアリサしか出なかったガチャ爆死の直後でこれだ。

 少しは懲りるという言葉を覚えるべきである。

 

(歩きながら虚空に向かってガチャ回し始めた……

 周りに誰も居ないのにうへうへ笑い始めた……正直怖い……)

 

 そんなこんなで、近所のコンビニで課金カードを購入して課金しながらの散歩を始めた少年の後を、すずかが追い始める。

 今となってはあれも、何やらマジカルな方法で課金しているのだと彼女も理解している。

 が、周囲からの評価はいつも通りにアレなもので。

 

「おい見ろよ、あそこのちっこいガキ」

「あいつぁ……例のアレじゃないっすか!」

「真っ昼間からヤクでもキメてんのかな?」

「相変わらずロック魂に溢れてますね」

「海鳴のシド・ヴィシャスの異名は伊達じゃないな」

 

 何故あんなのが街に受け入れられているのだろうか。

 すずかは改めて彼という存在をしっかりと見ることで、周囲に違和感というか、異常事態という印象を覚えずにはいられない。

 ガチャでトリップしていた少年が切りのいいところで正気に戻って来た頃、少年の目の前でかなりの歳のお婆さんが買い物袋の中身をぶちまけてしまった。

 通行人は何人か居たが、誰もお婆さんには手を差し伸べない。

 されど少年は足を止め、お婆さんに手を貸し始めた。

 

「手伝いますよ」

 

「ああ、ありがとね……て、この前の子じゃないの。この前も助けてもらって……」

 

「この道、お婆さんにはちょっと向いてないかもしれませんね」

 

 課金熱に呑まれている時の荒々しい彼と同一人物とは思えないくらい、物腰丁寧に老婆に接している少年。一言二言交わす内に、手早く全ての購入物を買い物袋に納めていた。

 溢れ出るお人好し臭。誰だお前、とすずかは思わずにはいられない。

 

「ほら、この道は段差が多くてその上デコボコじゃないですか。

 だからお婆さんみたいにキャリーで買い物袋運ぶのには向いてないんですよ。

 揺れに揺れて、買い物袋の中身が跳ねてぶちまけられてしまいますから」

 

「そういえばそうねえ……私最近引っ越してきたばかりだから、この道しか知らないのよ」

 

「あっちの道はどうですか?

 少し遠回りになりますけど急勾配も段差も凸凹した道もないですよ。

 歩道橋もお辛いでしょうし、あちらは交通量も歩道橋もほぼ無いので楽になるはずです」

 

「あら、嬉しい。そんな道があるなんて、教えてくれて助かったわ」

 

「この地図をどうぞ。道筋は……はい、今書きました。この通りに行けば大丈夫です」

 

「そんな、孫みたいな歳の子にここまでお世話になれないわ」

 

「新しい地図をまた買えばいい話ですよ。それじゃ、気を付けて帰ってくださいね」

 

 颯爽と去る少年。漲る良心。誰だお前、とすずかは思わずにはいられない。

 少年はお婆さんが買い物のたびに使える道を教えた後、十数秒後には歩きソシャゲを再開。

 しかし突然ピタリと足を止め、叫び、電柱を小さい足で蹴り始めた。

 

「行動力回復直後の緊急メンテクソぁ! ぁッ!」

 

 ソシャゲには行動力という概念があることが多い。

 何かをするたびに行動力の消費が必要となり、その行動力は時間経過か課金アイテム等の特殊アイテムでしか回復できず、これの管理こそがソシャゲの肝だと言う人も居るほどだ。

 「計算したら朝五時に行動力全回復か。ならもう寝てこの時間に起きよう」とソシャゲの行動力を基準にして、日々のタイムスケジュールを決めている人も少なくない。

 どうやら課金で行動力を回復したと同時、プレイしていたソシャゲがメンテに入ったようだ。行動力が溢れることはまず確定。彼の叫びは、プレイヤーの何割かの心の叫びの代弁であった。

 

(ああ、なのはちゃんの

 『かっちゃんは課金絡みのことさえなければ』

 っていう切実な呟きに私今、心底同意しそうになってる……)

 

 少年は少し離れた場所の信号がチカチカ点灯しているのを見て、「今走れば信号は赤になるけど車が動く前に渡れる」と気付くも、交通ルールに従い足を止める。

 真面目というより、人が決めたルールに対して誠実なのだろう。

 そして足を止めてソシャゲ再開。

 やがて青信号になった、渡ろう、と歩き課金ソシャゲという危険の塊のような行為を行い……どういう星の下に生まれついたのか、信号無視の暴走トラックが彼に迫る。

 

「危ない!」

 

 課金に夢中になっている少年は気付かない。

 すずかと、すずかを見守って居た月村家の者も遠すぎる。

 少年がミンチになる未来は不可避―――で、あるよう見えた。

 

「かっちゃん!」「うおっ」

 

 だがそこで、駆けつけた幼馴染(なのは)が彼の危機を救う。

 走った勢いのままに少年に抱きつき、二人で歩道にゴロゴロと転がっていくなのは。

 ハンドルを切り、なんとかギリギリのところで避けたトラック。

 運動音痴の身で必死に頑張り、走る・飛びつく・歩道に転がるの三工程で幼馴染を救ったなのはに、すずかは普段の日常の中では見えない"高町なのはの本質の一側面"を見た。

 

「大丈夫!? 怪我はない!?」

 

「お、おぉ……サンキューなっちゃん」

 

「歩きスマホはめって言ったでしょ!」

 

 明確に救う側、救われる側に立たないと、目に見えてこない人間の本質というものはある。

 なのはが救う側に立ったその瞬間、課金少年が救われる側に立った瞬間、すずかには色々なものが見え始めた。

 彼は基本的に良心的な人間であること。その良心のほぼ全てが台無しになるレベルで課金狂いであること。高町なのはという外付け良心回路がなければ、どこかですぐにでも野垂れ死ぬような人間であるということ。

 

「ほら、帰ろ?」

 

「なっちゃん、手を引っ張らなくても……」

 

「だってかっちゃん、目を離したらすぐ居なくなっちゃうじゃない!」

 

 この少年は日々の息抜きのためにソシャゲをやっているのではない。

 ソシャゲで痒いところに手を届かせるため課金しているのではない。

 逆だ。彼にとっては逆なのだ。

 課金するためにソシャゲをしているのだ。

 そして課金する金を作るため、社会の中で生きているのだ。

 幼馴染の家を手伝ってお小遣いを貰っているのも、管理局でちまちまと働いているのも、全ては課金するため。

 管理局の仕事で戦闘を行う際の課金ですら、彼にとっては喜ばしいことであるに違いない。

 

 戦闘の際に課金することそのものが快楽であるという彼の性癖と、戦闘を行い罪なき人を守らなければという彼の良識と使命感は、彼の中で矛盾なく両立するものである。

 

 転生の際に色々とあって異常な魂構造をするようになった少年の本質を、すずかは一日かけてだいたい見抜き、「いい人かもしれないけどお近づきにはなりたくない」と思ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、月村すずかはそんな感じにかの少年の本質を見極めたわけであるが、すずかと同様に現在進行形でかの少年の本質を見抜こうとしている人間も居た。

 ユーノ・スクライア……異世界からやってきた魔導師で、課金少年となのはを命の恩人であると思い、同時にその課金ペースを心配している少年である。

 

「おお、フェレットになった。凄いな変身魔法」

 

「変身魔法は見たことがないの?」

 

「見たことはあるけど、ここまで変わるのは初めて見たなあ。

 先生とお嬢さん……ミッドのオレの知り合いが得意だったなーってくらいだ」

 

「へー」

 

 ユーノは変身魔法でフェレットの姿となり、かの少年の家に住まわせてもらっていた。

 フェレットの姿になっているのは、人の姿を見られて起こるトラブルを避けるためであり、この姿の方が魔力を温存できるからであり、怪我の治りも早いからである。

 なのはの回復魔法はユーノをある程度は回復させたが、それでも多大な魔力消費と大怪我が重なったのは体に悪かったようで、本調子にはまだ程遠いようだ。

 

「とりあえず、回復魔法と自然回復の併用で自然に治るのを待つか」

 

「言っておくけど、君だけは僕に回復魔法かけなくていいからね?」

 

「ん? なんでだ?」

 

「……言わなきゃ分からない?」

 

 もしも仮に、この少年がユーノを回復しようとした場合、どのくらい金を使うのか。

 ユーノの人間体に包帯を巻くなどの手当てをした時、この少年はなのは以上に丁寧に優しく手当てをしていた。

 他人の痛みや傷は小さなものでも気になるという、彼の優しい一面であると言っていいだろう。

 だがその性情が魔法にも反映されると考えれば話は別だ。

 完治までにどれほど現金が溶けるのか、想像するだけでも恐ろしい。

 

「お金を課金することで強さを得る術式……ただの噂だと思ってたら、本当にあったなんて……」

 

「大丈夫大丈夫、オレが課金した金ってどっか行くからさ。

 世界のどこかの貧しい人とかソシャゲ会社とかに自然な形で渡るようになってんだ。

 だからオレが課金しすぎたからって、世間に流通してる金の総量が減るわけじゃないんだぜ」

 

「いやそんなこと心配してるわけじゃないよ、僕が心配してるのは君のことだよ」

 

「心配してるのはオレの財布? 将来? 精神状態?」

 

「全部」

 

「それも大丈夫だ。何も心配することはない」

 

「君が大丈夫かどうかって方には理屈すら付けないの!?」

 

 彼に破滅願望はない。自殺願望もない。あるのは課金願望だけだ。

 なのにその三つがほぼ同義というこの状況、ユーノはまったく笑えない。

 

「ジュエルシードも何も心配要らないからな、安心して任せとけ。

 なっちゃんとオレが居れば百人力よ。

 プレイヤースキルカンストの人間と、それを支える重課金。負けるわけがないぜ?」

 

「勝ちか負けかは、君が使った金額も考慮して決めるべきだよ。いや本当に、冗談抜きで」

 

 仮にこの世界の何も知らない子にユーノが魔法技術を渡し、頼っていたと仮定しよう。

 責任感が強く心優しいユーノは、そこに罪悪感や申し訳無さを感じたに違いない。

 そして今ユーノは、自分を助けるために金を湯水のごとく溶かそうとしている少年に、それと似て非なる罪悪感や申し訳無さを感じている。

 せめて課金さえ、課金さえなければ。

 

「人助けは気持ちいい。課金も気持ちいい。

 苦しいこともあるけど基本的にはいいもんだ。

 まあ金が無くなったのは事実だが、誰も不幸になってないし別にいいだろ」

 

「君絶対長生きしないよ……」

 

 自分のやりたいこと、自分のやるべきこと、自分にできること、それら全てが一致しているこの少年が長生きする未来が、ユーノにはまったく想像できなかった。

 

「ゆっちーもやるか? 何、その内

 『僕の課金額なんて他の人と比べれば全然少ないや』

 って思って、じゃぶじゃぶ課金するように……」

 

「かっちゃん、近寄るな。近寄らないでくれ。

 今の君に近寄られたら僕は汚染される前に舌を噛む」

 

「あっはっは、冗談だ冗談。自制心の育ってない子供に課金勧めるのは禁忌だしな」

 

「僕と君同い年なんだけど」

 

 スマホ片手に近寄る少年に、逃げるユーノ。

 少年は当然ユーノに課金させるつもりなどなかったが、一緒に同じゲームをするのはきっと楽しいだろうとも思っていたので、断られてちょっとしょんぼりしていた。

 

「かっちゃーん」

 

「なんだなっちゃーん」

 

「お昼どうするー?」

 

「お任せしまーす」

 

「じゃあうどんでー」

 

 窓の向こうからなのはが声をかけ、少年がそれに応える。

 二人の家は隣同士で、窓を開ければ互いの部屋が覗けるという面白い位置にある。自分の部屋から相手の部屋に呼びかければ、窓を閉じてたって第一声は届くのだ。

 課金少年の両親は今日家に居ないため、なのはの母・高町桃子製のお昼御飯を彼もいただけるという話が事前に通っていた。今の確認はそのためだろう。

 

「うどんって?」

 

「食えば分かる。こっそりちょっと持って帰って来るなら……まあ大丈夫だろ、たぶん」

 

「いいの? ありがとう、かっちゃん」

 

 フェレット形態だと食べる量も少なくていいらしい。

 幼馴染に聞くこと聞いたなのはは階段をどたどたと降りて行き、一分と経たず自分の部屋に戻って来る。そして幼馴染に伝えることを伝えてきた。

 

「お母さんができたら呼ぶってー」

 

「あいよー」

 

 うどんができるまで、そう時間はかかるまい。

 ちょっと話でもしようと思ったなのはは、ふと思いつきで念話魔法での会話を始めた。

 

「ジュエルシードのことだけど、かっちゃんは家に居てね」

 

「はい? なんで?」

 

「戦うたびにお金が減っちゃうかっちゃんを戦わせられないでしょ?」

 

「うわぁ……横で聞いてるだけの僕の胸が痛い……痛くなってくる……」

 

 念話はこの三人以外には誰も聞こえない会話であり、普通の人に聞かれると困る魔法関連の話をいつでもできるようにする便利な魔法であり、魔力負担の全てをなのはが賄う特殊仕様であった。

 何故こんな特殊な仕様を開発していたのか?

 考えるまでもない。

 念話するだけで預金が減っていく、定額プランに入ってないくせに携帯電話で長話するアホのような幼馴染が一人居たからである。

 

「って、言ってもなあ……なっちゃん一人だとそれはそれで心配で……」

 

「むっ」

 

 そんな幼馴染に、課金しなければクソザコナメクジな幼馴染に、課金しても結局なのはと比べれば段違いに弱い幼馴染に、『一人じゃ心配』と言われてしまったなのは。

 9歳の心理としては、イラっときても仕方ない。

 思春期に最も顕著になるが、"一人でできるから!"という形での自己主張は、子供の時期に一貫してあるものだ。

 

「私、かっちゃんよりずっと強いよ?」

 

「強さの問題じゃなくて―――」

 

「そういう子供扱いをやめてほしいの! 同い年なのに!」

 

 怒ったぞう、といった様子のなのは。

 彼女の怒った顔の可愛らしさのせいで全く怖くない。

 なのはは君に信頼されてないとか、子供扱いされて対等に見られてないとか、そういうのが不満なんだと思うよ? とユーノがなのはの部屋からは見えない角度で筆談する。

 ああ、そういうの? と少年もその紙に書いて返答した。

 

「いいかげん私も、かっちゃんに見直させてみせるから!

 バカマチとかドジのなのはなんてもう呼ばせないんだからね!」

 

「それ呼んでたのオレじゃなくて幼稚園の田中君……」

 

「ジュエルシードなんて、私一人で全部集めちゃうから!」

 

 なのはは少年漫画の"俺様の活躍を見てやがれこの野郎"的な台詞を残して、階段を駆け下りていく。うどんを食ってすぐさま家を出て、ジュエルシードを探しに行くつもりなのだろう。

 きっと今頃、ジュエルシードを全て一人で集めて胸を張り、すごいすごいと褒められる未来予想でもしていることだろう。

 なのはが強くなろうとも、今より高い戦闘技術を身に付けようとも、10年経って彼女が大人になったとしても、きっとこの幼馴染はなのはのことを心配する……なんてことは、思いもせずに。

 

 昔より少し負けん気が強くなった(ような気がする)なのはを見て、少年は天井を見上げてぼんやりとした溜め息を吐く。

 

「オレの悪影響とかあんのかなあ……」

 

「なんだか君、時々年齢不相応な雰囲気になるよね」

 

「何を言う、ナウでヤングなピチピチの9歳だぞ」

 

「そういうとこだよそういうとこ!」

 

 そしてユーノは、また課金しようとした少年の手からスマホをはたき落とし、走って逃げた。

 逃走者と追跡者が走る。

 スマホが少年の手に取り返されると、逃走者と追跡者が交代してまた走る。

 そんなこんなで少年達は課金を巡って追いかけ回したり、追いかけ回されたりして、夕方に帰って来たなのはを迎えた……のだが。

 

「ジュエルシード、取られちゃった……」

 

「はい?」

「なんですと?」

 

 全く想定していなかった返答に、二人揃って素っ頓狂な声を上げてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 

「いやあ、なっちゃんのああいう完璧になれないとこ見ると安心するオレが居る」

 

「かっちゃん……昨日なのはのこと凄い心配してたのに……その手首どうなってるんだい?」

 

「掌返しはソシャゲの華さ」

 

 なのは曰く、他の魔導師が現れてジュエルシードを横からかっさらって行ったらしい。

 会話すらしない無駄の無さで、なのはは反応すらできなかったのだとか。

 その魔導師は速さで言えばなのはを軽く超えていたらしく、記録データを見た少年が「これに追いつくには最低でも50万課金は要るな……」と呟いたほど。

 

 それを聞き、ユーノは"ジュエルシードを狙う他の魔導師"という要素から、数秒で無数の推察と思考を広げていく。

 ジュエルシードを狙う理由、金銭目的、テロ目的、ジュエルシードの販売以外の利用法、ジュエルシードに関する伝承、船で人的トラブルが起きたのは本当に偶然だったか、船でトラブルが起きてからその魔導師が動くまでが早すぎないか、高位の魔導師がジュエルシードを狙う理由とは、目撃者を残しても構わないと思った理由とは、何故管理外世界に、etc……

 

 そんなユーノとは正反対に、一目見れば無傷と分かるはずなのに、なのはが怪我をしてないかどうかをやたらと心配していた少年も居た。

 それが一日経ったら昨日の台詞を無かったことにするかのような、上記の誤魔化しの台詞だ。

 ユーノでなくても呆れた声が出るというものである。

 

「素直じゃないなあ、かっちゃんは」

 

「オレほど欲望に忠実なやつをオレは見たことないぞ」

 

「そういうのじゃなくて……まあいいや。今日はどうするの?」

 

「ゆっちーはなっちゃんに付き添い頼む。昨日出たっていう魔導師が来るかもしれない」

 

 なのはが目をつけられていて、一人になったところを狙われる可能性はゼロではない。

 現状、なのはを単独行動させるのは少しリスキーなのだ。

 つまり本日の外回りは、彼の役目となる。

 

「オレはジュエルシードを探しつつ、神社行ってくるわ」

 

「神社? 本で読んだけど、この国の宗教施設だったよね?」

 

「ん。お守り買ってくる。健康祈願と交通安全」

 

「お守り? 君はお守りが自分にご利益くれると思うタイプじゃないと思ってたけど……」

 

 課金第一主義の資本主義の犬が神頼みなど、似合わないにもほどがある。

 カミは頼りにならないがカネは頼りになるぜ! くらいは言いそうなのが彼だ。

 付き合いの短いユーノでもそれくらいは分かる。……が、課金カスとしての一側面だけを見ている内は、この少年を本当の意味で理解しているとは言えない。

 

「んなわけないだろ、健康祈願はなっちゃん用の、交通安全はお前のだ」

 

「え?」

 

「んじゃ行ってきまーす。何かあったらオレの携帯にかけろよー」

 

 そう言って、少年は家を出て行った。少し遅れて、ユーノは彼が神社に行った意図に気付く。

 

(いやまさか、なのはのは今回のでちょっと不安になったからで?

 僕の方は、船のトラブルのことで気を遣ってくれてたりする……?)

 

 課金主義者である彼が、自分のためにお守りを買うことはない。

 そんな金があるならば彼は課金するだろう。そこは、ユーノの予想と合致している。

 だが、それは他人のためにお守りを買わないということを意味しない。

 

「あれで課金狂いでなければなあ……」

 

 第97管理外世界は変人が生まれやすい世界なんだろうか、とユーノは思う。

 訴訟ものの風評被害であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なのは達の自宅から、小学生の足でも歩いて行ける範囲に一つの神社がある。

 若い巫女のバイトからパートのおばさんなど、少数の人間が助け合いつつ運営・管理を行っていて、年末年始は課金少年もよくお世話になる神社だ。

 なにせ年末年始にここでお手伝い――という名目のバイト――をすると時間あたりの給料の割がよく、気持よく年末年始期間限定ガチャに課金できる。彼にとっては稼ぎ場の一つであった。

 

(ん? 先客発見)

 

 そんな彼が神社に辿り着くと、そこには自分と同様にお守りを買おうとしている少女が居た。

 少年からは角度的に少女の背中しか見えなかったが、お守りを陳列しているケースのガラスが、鏡のように少女の顔を少年に見せてくれていた。

 金の髪を二つに纏めた、目の覚めるような美少女。どこか儚げで、影のある印象もある。

 不思議な雰囲気を持つ美少女は、一心不乱にお守りの陳列を凝視していた。

 

(!)

 

 その時、少年の内にある『シコリティ・センサー』が起動した。

 シコリティ・センサーとは、発動対象が異性からどれだけ魅力的に見られるか、ひいてはそれがどれだけ希少なものなのかを測る感性技能である。

 "その人の価値をガチャで例える技能"とも言い換えられる。

 日々のたゆまぬ課金の果てに少年が手に入れた後天的技能であり、そういう意味では高町士郎の卓越した御神流剣術と同種のものであるとすら言えよう。

 

(SSR級、だと? なんてハイシコリティな……)

 

 そのシコリティ・センサーが、今目の前にいる金髪の少女は高町なのはに比肩するSSRクラスであると、そう少年に告げていた。

 なお、シコリティ・センサーは本人の性的嗜好や恋愛感情とは無関係の客観的評価技能なため、少年が一人の男として金髪の少女に思うところはあまりない。

 

「うーん……」

 

 少女は健康祈願や病気快癒、健康長寿などのお守りが並んでいるところを見ていた。

 だが日本人離れしたその容姿に相応に、日本人が持つ"どのお守りを選べばいいのか"という知識が無いようで、視線が行ったり来たりしている。

 本当に真剣に選んでいるところを見るに、おそらくはこの少女も大切な人にお守りを贈ろうとしているのだろう。大切な人の幸せを願っているのだろう。

 少年は溜まってきた課金欲を軽く解消するため単発ガチャを回してから、少女に話しかけた。

 

「今見てるそのお守りはやめた方がいいな」

 

「え?」

 

「そのお守りは紙製の部分が剥き出しだ。

 ポケットに入れてると汗で少しヘタれるし、うっかり服と一緒に洗うと一発でダメになる」

 

「あ」

 

「ならその隣のビニールで包まれてるのにした方がいい。贈る相手は神経質な人?」

 

「え? あ、えと、ちょっと神経質な人です」

 

「そうか、じゃあ一番上の段の鈴付きのも避けた方がいいな。神経質な人には気にする人も居る」

 

 金髪の少女は突如現れた少年に戸惑い、怪訝な視線を向けるが、少年は特に気にせず少女の要望に沿ってお守りを絞り込んでいく。

 少女も少年を信用したわけではないが、アドバイスを貰うたびに"もっともだ"と思い、彼のアドバイスを自然に受け入れるようになっていった。

 あれやこれやと、少年少女は次第に本音で言葉をかわしていく。

 

「―――」

 

「―――」

 

 やがて会話を続ける内に、互いが名前を名乗り、少年の方は近所に住んでいることを話したりもし始めた。

 少女は自分の身の上を一切語らなかったが、少年は親身になってお守り選びに付き合ったため、二人の間に悪い空気が漂うこともなく。

 フェイト・テスタロッサと名乗った少女は、最高の一つを選ぶことが出来たようだ。

 

「ありがとうございます。……母さん、喜んでくれるかな」

 

「なんだ、フェイフェイはお母さんにプレゼントする予定だったのか。

 なら大丈夫だろ。娘が精一杯選んだプレゼント以上に、贈り物に安牌なんてないって」

 

「うん、そうだったらいいな……ってフェイフェイ!? それ私の事!?」

 

「フェイトだからフェイフェイ。何もおかしくはないな」

 

 フェイフェイダヨー。

 

「おやかっちゃんじゃないかい。……ん?

 その金髪の子は……ははーん。隅に置けないねえ、少年。なのはちゃんはどうした?」

 

「どもです、おばさん。今日も購買担当のパートお疲れ様です。

 なっちゃんはあまりにもオレの人生を拘束するので、ポイ捨てしちゃいました」

 

「やめときな。あの子捨てたらアンタ早死にするよ」

 

 やがてフェイトと少年の会話を耳にした40代くらいの女性が、神社の奥から現れる。

 気心知れた冗談混じりの会話が始まり、フェイトは少し疎外感を覚えるが、その疎外感を察した少年とおばちゃんはさっさと話を切り上げた。

 

「オレそこの健康祈願と交通安全。この子はそこの病気平癒ね」

 

「はいはい、ちょっと待……あ」

 

「あって何? 何ですかおばさん?」

 

「あらら、完成品切らしちゃってたわ。

 奥と倉庫からそれぞれ部品持って来て作るからちょっと待っててくれるかい?」

 

「オレはいいけど、フェイフェイどうするよ」

 

「あ、それなら私も待ちます。急ぎの用でも無いので、そちらのペースにお任せしますね」

 

「かーっ、いい子達なんだからもう!

 おばちゃん超特急で作っちゃうかんね! ちょっくら値引きもしたげるよ!」

 

 奥に引っ込んでいくおばちゃんの背中を、フェイトは何気なく目で追い、やがてやめた。

 さてどうしよう、と時間を潰す方法を考え始めたフェイトだが、先程世話になった少年に手招きされてとりあえず境内のベンチに向かうことにした。

 けれども少年はベンチに座らず、フェイトも座らせず、ベンチ横の自動販売機を指差した。

 

「フェイフェイ、この中なら何が好きだ?」

 

「? えっと、そこのオレンジジュースかな?」

 

「了解」

 

「あ」

 

 二の句を継げさせない勢いで、少年は自動販売機のボタンを押す。

 そして飲み物の自動販売機の隣、お菓子の自動販売機のボタンも押した。

 無難なクッキーの小箱一つと飲み物二つを持って、少年はフェイトと共にベンチに座る。

 

「悪いよ、買ってもらっちゃって……」

 

「ま、これも縁ってやつだ。

 もしかしたらオレとフェイフェイは今日別れたらもう二度と会わないかもしれないしな。

 ならその人とのたった一回きりの付き合いの時間くらい、楽しい物にしたいじゃないか?」

 

「あ、それ私も知ってる。イチゴイチエっていうのでしょ?」

 

「おお、フェイフェイは勤勉だな」

 

「えへへ」

 

 なんだこのTEAS'TEAの抹茶ミルクティーとかいうの、クソ不味いぞ!?と少年が叫んだのを皮切りにして、少年少女はなんてこともない談笑を始めた。

 

「でな、その時乗り込んで来た保護者が叫んだんだ。

 『あの教育に悪い畜生ガキンチョを学校から叩き出せ!』

 ってさ。そんで職員会議でオレを学校から叩き出すかの会議が開催されたんだぜ」

 

「誰が正しいかはともかくとして、その叫びは凄く切実な祈りがこもってそうだね……」

 

「オレだって学校クビとか転校とかそういうのは普通に嫌だぞ」

 

 "TP使わなくても話聞いてくれるこいついい子だなあ"と少年は思い、少女は"こちらからあまり話題振ってないのに楽しく話せてるなあ"と思い、話題があっちこっちに行く会話は続く。

 

「ここらじゃ見ない顔だが、引っ越して来たのか?」

 

「……うん、そうだよ」

 

「そうか、いいタイミングでこっち来たな。友達作ってから夏祭りに行くには悪くない時期だ」

 

「夏祭り?」

 

「参加してもつまらない踊りに参加させられ、割高で少ない食べ物を買わされる祭り」

 

「え……それ、楽しいの?」

 

「友達とか家族がいれば楽しい。フェイフェイもお母さんや友達と行けば楽しいと思うぞ」

 

「……友達、家族、か……うん、そうだね。行けたら、いいなぁ……」

 

 フェイトは内気気味だが、決して暗い少女ではない。

 だが会話の中で時折、陰を見せることがあった。

 高町なのはならそこに突っ込んだだろう。ユーノ・スクライアなら、推論を組み立てただろう。だがこの少年は他人の事情に踏み込もうとせず、楽しい会話を続けようとする。

 

 社会の中で苦しい日々を送っている人がソシャゲ課金を唯一の息抜きかつ救いとすることがあるのと同じように、苦しい毎日に対する救いは『問題の根本的解決』と『息抜きになる楽しい時間』の二種類があると、少年は知っていた。

 "誰かが会話で楽しませてくれた"ということそのものが、救いとなることもある。

 フェイト・テスタロッサにとって、それが救いとなるかは定かではないが。

 

「ピザって十回言ってみ?」

 

「え? うん、分かった。ピザピザピザピザピザピザピザピザピザピザ」

 

「じゃあここは?」

 

(! これは言い間違いを誘発する問題!)

 

「ヒザ!」

 

「いやここヒジな」

 

「……あ」

 

 とはいえ、両者共に小学生低学年相当の少年少女だ。

 陰の見える話より、少し子供(バカ)っぽい話の流れになることの方が多い。

 

「うう、恥ずかしい……」

 

「初見で引っかるのは誰でもあるよなあ、これ。

 でもそういうついうっかりが人生では致命的な失敗になるらしいんだよなー、伝聞だけど」

 

「へー、そうなんだ……あ! ねえ、キッチンって10回言って?」

 

「キッチンキッチンキッチンキッチンキッチンキッチンキッチンキッチンキッチン」

 

「鳥は英語で?」

 

「ちなみに今オレはキッチンって九回しか言ってないんだが、気付いたか?」

 

「え? そうだったの?」

 

「フェイフェイ、もっと注意深く生きなきゃ駄目だぞ」

 

「ぜ、善処します……」

 

「あとついでだが、鳥は英語でバードだな。

 フェイフェイは『チキン』って言わせたかったんだろうけども」

 

「……うぅ」

 

 問題があるとすれば、男がもうちょっとバカな方が話はいい感じに弾んだだろうに、と思わせられるところだろうか。

 

(うーん、もっと凝った問題じゃないと騙せないのかな……)

 

 いや、もっと大きな問題がある。

 少年を引っ掛けようと凝った問題を考え始めたフェイトの横で、少年がスマホにて堂々と課金ガチャを回し始めたことだ。完全に中毒症状の類である。

 フェイトが気付いていないからいいものの、この行動は完全にアウトだろう。

 男的にも、人間的にも、常識的にも。

 

 しかも最悪(最高)なことに、幸運の女神はこのタイミングで彼に微笑んだ。

 

 

 

「しゃぁぁぁぁぁ! 十万ぶっこむ前にSSRのアリシア・テスタロッサ出たァ!」

 

「きゃっ!? え?」

 

 

 

 奇声に近い叫びを上げながら、立ち上がる少年。

 突然の大声に驚くフェイト。

 スマホから放出されるSSR確定演出。

 そしてスマホを持った手で天を衝く少年の目の前に現れる、アリシア・テスタロッサ。

 

「あれ、この排出されたイラストなんかフェイフェイに似てるな。まあどうでもいいか!」

 

「……え? 嘘、私、生き返った?」

「……え? 私が、もう一人……?」

 

 たとえ、世界がシリアスや悲劇に満ちていたとしても。

 この少年は"知ったことか"と自分らしく生きていく。

 テスタロッサ家を襲うはずだった悲劇の運命も、課金の力には勝てなかったということだ。

 

「やったああああああああああ! なんか生き返ったあああああああああああああああ!」

 

「ええええええええええええ!? わ、私が二人いいいいいいいいいいいいいいいい!?」

 

「フェイトー、アルフさんが今戻りましたよーっとキェェェェェェアァァァァァァフェイトガフタリイイイイイイッ!?」

 

「っしゃおらァ! 当たったあああああああああああああああああああああアアアアッ!」

 

「お前らうるせええええ! ここは神社の境内だお守り持って帰れええええええええッ!」

 

 

 

 金の力は偉大なり。

 

 

 




『先行ガチャ』

 将来的に実装する予定のガチャ景品を、先んじて期間限定ガチャの景品とするガチャ形式。
 「後日実装」という言葉を信用してはいけません!
 ソシャゲのリリース前にそのソシャゲのガチャが引ける特殊形式ガチャなど、バリエーションも多々あるガチャの王道の一つ。
 このお話の主人公が引いていた先行ガチャは、"この世界の未来に存在する可能性を拾う"という先行ガチャ。未来に存在するならば1/100000000%以下の可能性でもガチャの景品となりうる。

 彼が過去に当てた先行ガチャの目玉レアは三枚。
『SSR レイジングハート・エクセリオン』
『SR ありえた未来(ティーダ・ランスター)』
『SSR 復活のF(アリシア・テスタロッサ)』
 なお、排出率1%以上のものは一枚もない。
 ガチャで排出率1%のものを狙う場合、300回引けば95%の確率でそれを引ける計算となるため、このお話の主人公が12万課金すれば300回回せる以上、排出率1%は低いハードルなのだ。

 排出率1%のレアを狙ってガチャを100回こなしたところで、お目当ての物が出る確率が63%であることを知らない課金戦士など居るわけがない。

 レイジングハートは強化と召喚が同時に行われる形で排出、なのはが社会のテストで100点を取ったお祝いにプレゼントされた。
 ティーダは"助けられた"という認識を得てガチャ効果で生存ルートに移行、管理局にコネなど無かった当時の少年を管理局に案内。
 アリシア排出でPT事件イベントはクリアまでほぼ自動処理となる。

 なお、『SSR 復活のF(アリシア・テスタロッサ)』は、プレシア・テスタロッサ死亡時にこの世界から"アリシア復活の可能性"が消滅するため、先行ガチャには実装されるが通常ガチャには実装されない。そのことが明記されたりアナウンスされることもない。クソである。

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