課金厨のソシャゲ廃人がリリカルなのは世界に神様転生してまた課金するようです   作:ルシエド

10 / 69
支払限度オーバーマン・課金グゲイナー! オーバースキルは課金の加速!


主人公が運営の味方になっても、運営は主人公の味方にはならない。世は無常である

―――そうか、いいタイミングでこっち来たな。友達作ってから夏祭りに行くには悪くない時期だ

―――参加してもつまらない踊りに参加させられ、割高で少ない食べ物を買わされる祭り

―――友達とか家族がいれば楽しい。フェイフェイもお母さんや友達と行けば楽しいと思うぞ

 

 "あれで割と義理堅くて約束したことは忘れないんだよ"と、かの少年を称したのは、高町なのはだっただろうか。

 季節は夏。

 少年がフェイトを通してテスタロッサ一家を夏祭りに誘ったのは、数ヶ月前に少しだけしたフェイトとの会話を覚えていたからだろう。

 かくして、テスタロッサ家の四人は祭りのまっただ中に居た。

 

「はいアルフ、お小遣いよ」

 

「……」

 

「どうしたのかしら? いらないというのなら、いいけれど」

 

「……ありがとよ、プレシア」

 

 プレシアを睨むアルフの手に、プレシアが千円札を握らせる。

 いまだアルフはプレシアに対し複雑な感情を抱いていて、プレシアはといえばアルフに特に何も思うことはなく、二人が会うたびにちょっと妙な空気が流れる関係が構築されていた。

 その光景は、どこか反抗期の娘と鈍感な母親のよう。

 

「行ってきます、ママ!」

 

「行ってらっしゃい、アリシア。

 あなたはお姉さんなんだから、はしゃぎすぎず、妹に苦労をかけてはダメよ?」

 

「うん!」

 

 プレシアはアリシアにも小遣いを渡し、愛おしげにその髪を撫でる。

 こうしてなんでもない日常の中で、幸せに生きているアリシアの姿を見ているだけで、プレシアはたまらなく嬉しい気持ちになる。

 多くを求めたことはない。

 誰よりも幸せになって欲しいだなどと求めたこともない。

 プレシアが求めたのは、こんなものでも十分な、ささやかな幸と命が娘と共にあることだった。

 

「フェイト。一番しっかりしてるあなたが、二人の手綱を握るのよ。任せたわ」

 

「……! はいっ、母さんっ!」

 

 そして最後に、少しだけ"自分がそんなことをしていいのか"と躊躇ってから、プレシアはフェイトの頭を撫でる。

 母として接していいのかという躊躇いを振り切って。

 母に愛されたいという娘の気持ちに応える、ただそれだけのために。

 母として、愛を込めて。

 ゆっくりと、優しく、プレシアはフェイトの頭を撫でた。

 

 母の言葉から、母に撫でられた頭から、幸せが流れ込んでくるかのようだとフェイトは思った。

 こんなに幸せでいいんだろうかと、少女は不安すら感じている始末だ。

 親子ならば当たり前の行動と言葉。されどそれは、フェイトが心の底から欲しようとも、ずっとずっと手に入らなかったものだった。

 

 フェイトはプレシア、アリシア、アルフという家族と一緒に回り、祭りを楽しんでいた。

 母に愛され、姉妹の絆を確かめ、主従の信頼を強くする。

 そんな夏祭りの時間が、フェイトに笑顔以外の表情を浮かばせない。

 

 そして始まる、アリシア主導の親から離れて子供だけで遊び始めるタイム。

 お祭りの中で唯一、子供のテンションが天を衝く時間だ。小遣いが尽きるまでの短い時間、この時間の子供達は無敵と言っていいほどのテンションを得る。

 プレシアから小遣いをいただき、フェイト達は祭りの喧騒の中に突っ込んで行った。

 

「はぐれると困るから、手をつなご? ね、フェイト」

 

「……あ」

 

「おっ? そんじゃアルフさんは、逆の方の手を繋ごっかね」

 

 祭りの人ごみを見て、アリシアがフェイトの右手を握る。

 それを見て、アルフがフェイトの左手を握る。

 フェイトはもう恥ずかしいやら嬉しいやらで、顔に分かりやすく赤色が差している。

 助けを求めて遠くのプレシアを見るも、プレシアはいつの間にかやって来ていたリンディと楽しげに話していて、フェイトの今の状態に気付いてもいない。

 

「あ、フェイトちゃん、こんばんわ」

 

 こういう時、ちょっと困ったそんな時。間がいい感じで助け舟を出しに来てくれるのが、仲間のピンチに間に合うヒーローの資質。なのはが来てくれた途端、フェイトの顔がぱあっと輝いた。

 

「あ、フェイト、私達あっちに行ってるねっ」

 

「あ、ちょっとアリシア!

 悪いフェイト、あたしゃあの子を追うよ!

 なのは、フェイトのこと頼んだからね!」

 

「あ、ちょっと二人とも!?」

 

 なのはが来た途端、走り出すアリシア。それを追うアルフ。

 フェイトの静止に聞く耳持たず走るアリシアの行く先には、課金少年作の『これだけは食っとけメモ』を片手に出店を回る、クロノとユーノの姿があった。

 

 なのは・フェイト・アリシアはとても可愛らしい浴衣を着ていて、アルフの年頃の女性らしい服装と同様に周囲の目を引く格好であったが、ユーノとクロノの服装はかなり適当で、服だけ見れば近所の小中学生と大差ないレベルに仕上がっている。

 "ああ、あの子に地球で目立たない男の子の無難な服チョイスを聞いたんだろうなあ"とひと目でわかる、そういう服装センス。

 モブに溶け込んでいたユーノとクロノの間にアリシアは突撃していき、二人が出店で買いまくっていた食べ物に片っ端から手と口を出していった。

 

「私達も色々回ってみよっか、フェイトちゃん」

 

「うん、なのは」

 

 アリシアが走って行った結果、フェイトは初めての友達(なのは)と一緒に祭りを回り始める。

 もしかして気を使われたんだろうか、とフェイトは思った。

 アリシアは単純明快な少女に見えるが、時折こういうことがある。

 フェイトよりもずっと深く細かく考えていて、それを隠すために何も考えていない様子を表に出しているような、そういう雰囲気が垣間見えるのだ。

 

 現に、アリシアが気を使って走って行ったのか、それとも何も考えずに走って行ったのか、フェイトには全く判別できていなかった。

 アリシアの思惑がどうあれ、なのはとフェイトは祭りの喧騒の中を二人で歩き始める。

 

 手には食べ物。割高で、それでも味以外の何かのおかげでとても美味しく感じる焼きそば。

 耳には喧騒。誰かの笑い声、話し声、驚きの声、喜びの声。

 目には笑顔。なのはの笑顔に、祭りの風景に浮かぶ無数の笑顔。

 肌には熱。夏の夜の暑さを時折涼しげな風が通り過ぎ、フェイトの肌を優しく撫でる。

 胸に想い出。きっと今日の楽しさを、フェイトはずっと忘れない。

 

「楽しい?」

 

 なのはは『祭り』が楽しいかを問うた。

 フェイトは『今』が楽しいと答えた。

 

「うん、すっごく」

 

 闇の書事件は何も解決してはいないけれども、フェイトは今が楽しかった。

 昨日も幸せで、今日も幸せで、明日もきっと幸せだと、そう思えた。

 だからフェイトは迷わず言える。今が幸せで、今が楽しいと。

 

「母さんが優しい母さんで……

 アリシアが居て、アルフが居て……

 友達が居て……なのはが居て、かっちゃんが居て、ユーノが居て、クロノが居て……」

 

 誰かの存在を背中に感じ、誰かを守る時に高町なのはが最も強くなるのなら。

 隣に大切な人の存在を感じ、その暖かみを感じている時にこそ、フェイトは最も強くなる。

 

「私、今とっても幸せだよ」

 

 そんなフェイトの笑顔を目にして、なのはは花のように可愛らしく微笑んだ。

 

「そっか。よかったね、フェイトちゃん」

 

 語り合い、笑い合い、分かり合い。

 十分に伝えるべきことを伝え合った頃、何故かフェイトが周囲を見回す時間が増えてきて、何故か何も聞かないままフェイトが探しているものを把握していたなのはも、フェイトと一緒に周囲を見回し、それを探し始めていた。

 

 わざわざ言葉にする必要もない。

 フェイトはこの溢れそうな嬉しさを、今感じているとても大きな幸せを、そこに繋がる奇跡を起こしてくれた少年への礼を、一気に口にしようとしているのだ。

 だから、かの少年を探している。

 だから、なのはは一緒に探してあげている。

 

 祭りの中をさまよいながら、探したのは2分か3分か。

 いつだってどこだって目立つあの少年は、ちょっと探せばすぐに見つかった。

 

「うあああああああクソがッ!

 屋台の名前が『課金魚すくい』とか露骨にオレをターゲットにしたネタやりやがって!

 上等だこの野郎! いくらオレの腕が下手糞でも何万かけようが全部金魚すくってやるッ!」

 

「釣られてるって分かってんならやめなさい! 止まりなさい!

 どうせ飼えない数の金魚なんてすくってどうするつもりよ!

 ちょ、バカ、止ま、止まれってば……なのは、なのはー! なのはー!」

 

 海鳴市の商売上手な猛者に理性を吹っ飛ばされた少年。

 店に向かう少年を後ろから羽交い締めにし、ずるずると引きずられていくアリサ。

 その横で知ったこっちゃないとばかりに射的に熱中しているすずか。

 大惨事であった。

 

「……」

「……」

 

 今日もどこかで、高町なのはを呼ぶ声がする。

 

「行ってくるね!」

 

「あ、私も行く!」

 

 少年を取り押さえに動いている内に、フェイトの顔に自然と笑みが浮かんでくる。

 視界の端にクロノとユーノ、その後に続くアリシアとアルフが見える。

 遠くで見守っているプレシアとリンディが、高町なのはの家族が見える。

 "あ、あの二人かっちゃんと顔がよく似てる"とフェイトが二人の大人を見つけた頃には、なのはが課金少年を止めるために派手に動き始めていた。

 

 そんな夏の日の、一幕の想い出。

 

 

 

 

 

 そんな夏祭りがあった日の夢を、なのはは見ていた。

 

「ふわぁ……」

 

 目が覚めて、なのはは思う。

 ああいった楽しい想い出を、これからもずっと友達と作っていきたいと。

 それを壊そうとするものがあるなら、止めたいと。

 彼女は幼馴染を傷つけたヴォルケンリッターに対してすら、"できれば話を聞きたい"と思っていて、分かり合いたいと思っている。

 そんな彼女のスタンスは、微々たるものではあるが幼馴染にも影響を与えていた。

 

「……かおあらわなくちゃ……」

 

 そんな彼女だが、基本は心優しい少女で乙女。

 朝起きたならばまずは洗顔、姉に教わった"びよーびはだ"の実践だ。

 だが、顔を洗って居間に行ったなのはが見たものは、休日の朝っぱらから刀剣を気合入れて研いでいる兄の姿だった。

 

「えっ」

 

 しゃっ、しゃっ、しゃっ、と音を鳴らして、清々しい顔で額の汗を拭う兄。

 

「ん、なのはか。見てろよ、今度会ったらあの四人、ブタ箱に放り込んでやるからな」

 

「お兄ちゃんのその気合い入りっぷりはどこから来てるの……」

 

 どこもかしこも、戦闘準備万端な様子であった。実際に戦うかは別として。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 闇の書の出現に、以前の闇の書の被害を知る者達はざわめいた。

 発生した混乱は少しづつ大きくなっていき、根も葉もない噂やソースのない誤報が相次ぎ、事件担当執務官のクロノが出向いていくつかの団体に説明しなければならないことが増えてくる。

 課金少年がそれに付いて行くことも増えてきた。

 主な役割は「執務官、もう時間です。これ以上は次の予定に差し支えます」と言ってクロノを無駄に引き止める大人の会話を断ち切ることである。

 

 そんな説明回りの日々の中、クロノと少年は闇の書の被害者達と、闇の書に殺された人達の遺族への説明に赴く。

 彼らと同様に"闇の書に家族を殺された者"であるクロノも、その辺りに少々思うところがあるかの少年も、少しばかり覚悟して彼らに会いに行っていた。

 

 だが、闇の書の被害者がクロノや少年に言った言葉の中で最も多かったのは、『俺達と同じ苦しみをあいつらに与えてくれ』ではなく、『悲しみを終わらせてくれ』という言葉だった。

 

 憎き仇を倒しても、失われた命は戻って来ない。

 消えたアカウントは復帰しない。

 大切なものが失われた過去はやり直せない。

 

 もう二度と、闇の書に怯えて眠れない夜が来ないように、と。

 もう二度と、闇の書に理不尽に何かを奪われる人は見たくない、と

 もう二度と、自分達が大切にしていた"価値"が踏み躙られないようにしてくれ、と。

 

 『悲しみを終わらせてくれ』と、願った人達が居た。

 

「悲しみを終わらせてくれ、か……」

 

 彼らの言葉は、少年とクロノにまた色々と考えさせることになる。

 少年はクロノと別れ、一人地球へ。

 執務官の仕事を一部請け負って、少年は海鳴大学病院へと向かっていた。

 

 管理局員の中で、ヴォルケンリッターにリンカーコアを蒐集されたのは二人。

 一人は単独行動をしていた時を狙われたミッド式の魔導師。そしてもう一人が、出向中の捜査官として騎士達の痕跡を調査していて、ヴォルケンリッターとの交戦で一般局員を逃がすためたった一人で奮闘し、最終的に蒐集されてしまった近代ベルカ式の女性であった。

 

 名を、クイント・ナカジマ。

 陸戦魔導師であったため、空戦魔導師しか居ない対ヴォルケンリッター戦力としては心もとないと判断されていた高ランク魔導師である。

 

(ええと、118号室のクイント中島さんだっけ……中島ー、野球しようぜ)

 

 中島は闇の書の騎士相手に飛べない身で管理局員を全員逃がすという大戦果を上げたが、それと引き換えにリンカーコアを蒐集されてしまっていた。

 それだけならまだ良かったのだが、彼女は管理局に回収される前に、地球の人に見つかり病院に搬送されてしまってたのである。

 こうなると、小細工する方が面倒だった。

 中島の搬送に関わった人間全員、中島のことを噂に聞いた人間全員、病院の人間全員……と魔法でどうこうするのは、流石に面倒すぎることであった。

 

 ただでさえヴォルケンリッターに対抗するため、回せる人員が少ないのだ。

 なので中島は基本的には普通の病院でゆっくり休んで療養、隙を見てちょくちょく魔法治療を実行、完治まで地球で寝てろ! ということになったのである。

 少年の仕事は、クロノの代わりに中島の様子を見に行って、彼女の報告を聞くことだ。

 

(……待ち時間なげえ……)

 

 なのだが、待合室に座ってから案内されるまでがとんでもなく長かった。

 病院の繁盛というあまりよろしくない現状が、少年の待ち時間を引き延ばす。

 そして、少しでも時間があれば当然のようにソシャゲを始めるのがソシャゲ廃人だ。

 病院備え付けのWi-Fiアクセスポイントを使い、少年はおもむろにイベントを走り始める。

 病院の中で走るとはなんと非常識なことか。

 隣に座っている少女が足をぶらぶらさせているのが視界に入ったが、少年はそちらに目を向けることすらしない。

 

(そして今日もはやはやさんしか居ない……)

 

 イベントにおけるレイドボス、"○月○日に発生し倒せば高ポイント!"といったタイプのボスに少年は挑むが、仲間が居ないせいで思うように削ることもできていなかった。

 今日もギルド『中華レストラン・ガーミヤン』は過疎オブ過疎だ。

 

 課金でゴリ押すにもシステム上限度がある。

 もうダメか、と思った少年であったが……戦闘後半になってから、NAME:はやはやの采配が光りに光る。

 少年が課金パワーだけのゴリラ、レイドボスがゴジラとするならば、その知力はまさにオキシジェンデストロイヤー級であった。

 はやはやは課金力だけのゴリラを最高効率で動かし、ゴジラを倒すに至る。

 

「よしっ」

「よしッ!」

 

 少年と、その隣に座っていた少女がガッツポーズ。

 

「いやあ、さすがKさんやわ」

「いやー、流石はやはやさんだわ」

 

「「 えっ 」」

 

 そして顔を見合わせる。

 

 闇の書が全てを終わらせようとした日の始まりは、この二人の現実での出会いから始まった。

 

 

 

 

 

 まず最初に、現実でこんなに近くにNAME:はやはやが居たことに、少年が驚いた。

 はやはや……八神はやては、顔合わせを祝してはんなりと笑っている。

 二人は一旦スマホの画面を暗くして、ポケットの中に放り込む。

 

「うわー、リアルの顔割れしてしまった。これはオレの顔晒され不可避だわ」

 

「ややわー、リアルでギルメンと会ってもうた。これは美少女としてあれこれされてまう」

 

「……」

 

「……」

 

「これ、楽しいか?」

 

「楽しいよ? 私、お医者様以外の人と話すの久しぶりやから。

 なんでか久しぶりに話す気がしないんやけど、それでも嬉しいなあって思うんや」

 

 会話のテンポを上げればそれに付いて来て、会話のテンポを落ち着かせてもそつなくそれに合わせてくれる。八神はやては、ノリがいい上に話上手な少女であった。

 チャットでも愛想がよく会話が楽しいタイプであったが、実際に会うとまた違う。

 

 自分の言葉に身振り手振りを加え、分かりやすく感情を乗せること。相手の言葉に対し表情の変化や細かな仕草で応えること。それらがとても上手く、話していて楽しくなる少女なのだ。

 はやてはその辺りを意識せず行っている。

 世渡りを学びつつ成長していけば、偉い人を味方につけて出世頭になれるタイプだろう。

 ごく自然に話し相手を楽しませられるというのは、得難い才能である。

 

「そういえば、リアルの知り合いだって言ってたあの四人は……」

 

「? 誰のこと言うとるん?」

 

「……」

 

 だが少年は、はやてに対し好印象以上に、大きな違和感を感じていた。

 最近チャットで会話していなかったせいか、この違和感は今日になるまで発覚していなかったようだ。リアルの知り合いと言っていたギルドメンバーを、はやては居ない者のように扱っている。

 ……と、いうより、会話の中で何度か、はやての記憶が抜け落ちているのではないかと思われる場面が多々あった。

 

(おかしい。何かがおかしい)

 

 加え、はやての指には古代ベルカ式の魔法式が見える。

 一説には古代ベルカの聖王も使っていたという、義手や自分の体を懸糸傀儡(マリオネット)のように操る、ゴーレム等を扱う創生魔導師が多用する魔法式だ。

 動かない腕を本人の意志で動かせるようにするもの、と言えば分かりやすいか。

 

 魔法式は簡易なもので、足に使っても『歩く』という複雑操作はできないだろうが、動かない手に使ってスマホをいじるくらいはできているようだ。

 "八神はやてに人並みの何かを"と願い、試行錯誤した跡が見て取れる。

 とても優しく、丁寧に組まれた魔法式だった。

 

「どしたん?」

 

「……いや、なんでもない」

 

 現代では希少技能扱いされる『古代ベルカ式』の魔法の痕跡。

 ヴォルケンリッターの活動開始と重なる、ソシャゲではやてが見せていた気になる言動、ギルメンのログイン率の低下、そして今のはやてに見て取れる様々な非日常要素。

 少年の脳裏に様々な仮定が浮かんでは消え、浮かんでは消え、やがて正解に近づいていき――

 

「やあ、久しぶりだな」

 

 ――その思考は、無理矢理に中断させられる。

 耳に届く聞き覚えのある声、肩に置かれた手の感触、そして服の隙間から差し込まれた『何か』が背中に伝える金属の冷たさ。

 ヴォルケンリッターの将が自分の肩に手を置き、気心知れた友人のように話しかけてきた上で、自分の背中に何かを突きつけている……そう少年が理解するのに、数秒かかった。

 

(烈火の将……シグナム!?)

 

 肌で触れているからこそ分かる。

 これは、刃物だ。それも背中側から腎臓に突き付けられている刃物だ。

 人体急所をよく知る人間だからこそ通じる、"少しでも動けば刺す"という警告だ。

 身をよじって逃げようとしたところで、浅く切れば命に届く、そういう位置だ。

 はやてはシグナムに"見覚えのある他人"に向ける視線を向けて、"何年か付き合いのある友人"に向ける視線を少年に向け、二人の間で交互に視線を動かす。

 

「あらら、知り合いが来てもうたか」

 

「すみません。この少年をお借りします」

 

 少年が窓の外を見れば、木を覆い隠す葉の合間に赤色が見える。

 鉄槌の騎士ヴィータがそこに居ると見て、間違いはないだろう。

 少年が廊下の曲がり角を見ると、その近くを通った人間が不自然に一瞬曲がり角の向こうに視線を向けていた。少年から見えないよう、そこに誰かが隠れて立っているのも間違いはないだろう。

 将棋で言えば、完全に詰んでいる状況だった。

 

「少し話がしたいのだが」

 

「……ああ。オレも、話をしたいと思ってたんだ」

 

 シグナムに肩に手を置かれたまま、少年はシグナムと共に歩き出す。

 はやて視点からは何も見えてはいないが、シグナムが少年の肩に乗せた手はそれだけで少年の行動を制限し、刃物は相も変わらず少年の背に当てられている。

 周囲の誰にもそれを気付かせていない辺りに、シグナムの卓越した技量が垣間見えた。

 

 少年はそのまま、何もできないまま病院の裏に連行される。

 人の気配がしないその場所で、少年は横合いから来たヴィータにいきなり待機状態(胸バッジ状態)のアンチメンテを奪われてしまう。

 

「あ」

 

 そうなれば、もう代金ベルカ式の起動もできない。

 ヴィータをつい目で追ってしまった少年の腹に、多少手加減したシグナムの拳が突き刺さる。

 

「―――がっ」

 

 横隔膜が痙攣し、痛みで呼吸ができなくなる。

 シンプルかつ原始的で効果的な無力化により、少年は無様な姿で地に転がった。

 

「ここで管理局員に感づかれるとは思わなかった。……主の手前、殺したくはない。だが……」

 

 はやてに仕込まれていた古代ベルカ式の魔法式を見られた時点で、騎士達は詰んでいた。

 この詰みを回避する手段は一つのみ。

 発見者である少年をこの場で殺し、偽装に偽装を重ね、全てを無かったことにすることだ。

 魔法で人避けをし、剣を抜くシグナム。

 そのシグナムを、ヴィータとシャマルが感情を押し殺した表情で見ていた。

 

「ぐ……ふ、ぅ……ぎっ……」

 

(分かっていたつもりだった)

 

 苦悶の声を漏らす少年を見て、シグナムは握った剣の重さが増した……ような、気がした。

 この少年とシグナムは、知らない仲ではない。

 チャットで話したこともある。ゲームで共闘したこともある。冗談交じりに会話して互いを理解し合ったこともある。

 ある意味ではこの口止め殺害も、仲間を殺すということなのだろう。

 まっとうな騎士の誇りを持つシグナムが、躊躇うのも当然のこと。

 

 それでも、シグナムはたかだかゲームの知り合いのために主を危機に晒す人間ではない。

 それでも、剣は重く感じてしまう。

 揺れるシグナムの心。しかし、既にザフィーラを手に掛けている彼女が、止まるはずもなく。

 

(主はやても言っていたことだ。

 踏みつけにしていい人間など居ない。

 誰もが生きていて、不幸になどなりたくないと思っている。

 赤の他人ならば犠牲にしてよくて、大切な人を犠牲にしないなんて思考に正義はない。

 だから……だからこそ……今この手の中のレヴァンティンは、こんなにも重いのだろう)

 

「ぜ、ぜぇっ……ぜぇ……っげほ、ぉ……」

 

 呼吸を整える少年の首に、シグナムが剣先を添える。

 この剣を一呼吸の間に振り上げ振り下ろせば、少年の首は切り飛ばされるだろう。

 

「許しは請わない。……我らは、許されてはいけない」

 

 少年は呼吸を整え、迫る死を前にしても、まだ笑う。

 何故この状況で笑顔なのか? 訝しむシグナムに、少年は適当にハッタリを利かせ始める。

 

「八神はやてが闇の書の主。闇の書の侵食で手足と記憶に障害発生……ってとこか」

 

「―――! 貴様は、そこまで……!?」

 

「いやすまん。物知り顔で言ったけど、これオレの知識じゃないんだわ。

 闇の書の侵食段階とその影響、それが産む騎士の行動への影響……

 その辺、きっちり予測して色々話してくれてた優秀な人が居たってだけの話」

 

 少年は特に頭がいいわけでもなければ、名探偵でもない。

 だが、ユーノが無限書庫から引き出した情報からエイミィが組み立てた、闇の書とヴォルケンリッターに対する幾多の予想を頭の中に叩き込んではいた。

 それは方程式(よそく)を記憶し、後に問題(じょうほう)を得た時、そこから正解(こたえ)にすぐさま辿り着くというもの。頭のいい人の力を借りる方法の一種であった。

 

「話をしないか?

 このままじゃ、誰も笑えないまま終わっちまうぜ。

 闇の書を完成させても、それだけじゃあの子の記憶は戻らない。大切な記憶は帰って来ないぞ」

 

「……お前、何を知っている?」

 

「闇の書を完成させなくても、大切なものを取り戻せるかもしれない方法」

 

「!?」

 

 本当に頭がいいのはユーノで、闇の書の情報を収集してそこから打開策を見い出したのもユーノで、少年は余裕そうに笑って聞きかじりの言葉を話すことしか出来ない。

 だが、いつもガチャをしている時のように、何の根拠もなく自信満々な少年の姿は、聞きかじりの言葉に異様な説得力を持たせていた。

 少年はユーノを信じている。

 無限書庫の知識を備えたユーノならばどうにかできると信じている。

 だから何も疑っていない。直せると確信している。根拠はないが、友情と信頼はあった。

 

「何年ネットの上で付き合いがあろうが、一ヶ月一緒に過ごした家族には敵わない」

 

「―――!」

 

「当たり前のことだ。だから……オレの記憶は、まだあの子の中に残ってるんだろ」

 

「……っ」

 

「だからまだ大丈夫だ。まだ手遅れじゃない。

 絆は魔法じゃ奪えない。

 あの子とお前達の間に、本当に価値のある絆があるなら、絶対に取り戻せるはずなんだ」

 

「!」

 

「オレは課金しても何も見つけられなかったけど……

 たぶん、課金無しでも見つけられてただろう優秀な奴が、希望を見つけてくれたんだ」

 

 シグナムが静かに、剣を下ろす。

 少年の言葉の羅列は、"殺すのは情報を吐かせてからでも遅くない"と思わせる。

 少年が見た希望は、同時に騎士達の希望にもなりうるもの。

 

「話を、聞かせてくれ」

 

 少年の口から漏れた言葉が、幼馴染の口癖にどこか似ていた理由は、はてさて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 認識のすり合わせが行われる。

 少年が情報を吐き出し、ヴォルケンリッターが手探りかつ小出しに情報を出し、互いの認識が寄っていく。

 特に"闇の書が本来、夜天の書という魔導収集デバイスだった"という下りを少年が口にした時、ヴォルケンリッターの三人は顕著な反応を見せる。

 シグナムとシャマルが痛みに頭を抱え、ヴィータはその二人に輪をかけて大きな頭痛に、耐え切れずその場に膝をついてしまっていた。

 

「……っ」

「くっ……」

 

「夜天の、書……そうだ……エーベルヴァイン……うっ、ぐっ、あ、頭がいてえ……」

 

「お、おい、大丈夫か?」

 

「構わねえ。続けろ。何か頭の中に浮かんでたけど、痛みと一緒に消えちゃったっての」

 

「……ああ、分かった」

 

 何かを思い出しかけて、けれど何も思い出せなくて、ヴィータは話を先に進ませる。

 ユーノから聞いたことをそのまま口にしている少年は、神の視点から見ると知識がないくせに知識があるように振る舞っている見栄っ張りそのものなのだが、自信満々に話せば聞きかじりの言葉にもそれなりに説得力は乗るものである。

 が。

 言葉に説得力が乗るかどうかと、相手を説得できるかどうかは、また別なわけで。

 

「つまりお前は、あたしらに管理局に投降して協力しろと言いたいわけだ。

 お前らとあたし達で協力して、闇の書に起こってる不具合をどうにかしようぜ、ってか」

 

「そうそう、それそれ」

 

「するわけねえだろ、アホか」

 

「……まあ、そうなるよな」

 

 少年の魔力で強化されていない目では到底追えない速度で振るわれる鉄槌。

 常人では真似できない速度・威力・精度の鉄槌は、少年の首から1mm地点でピタリと止まった。

 かなり物騒な脅しの一撃。

 ヴィータは余裕の笑みを浮かべたままの少年を見て、その度胸と胆力に感心する。

 やべえ全然見えなかった、と笑みを崩さないまま少年は背中に汗をかく。

 

「ごめんなさい。私達は、はやてちゃんの命運をかけてまで、あなたを信じられない」

 

 シャマルが悲しそうな口調で、そう言う。

 ヴォルケンリッター達は悪人ではない。主のために悪行を行えるというだけの、ただの騎士だ。

 だからこそ、自分達の罪を把握しており、そこに罪悪感を感じ、管理局という組織がそんな罪人を野放しにはしないだろうと確信しているのである。

 

 この少年がヴォルケンリッターを騙していたなら、この少年が管理局に帰った時点ではやてとその騎士達の命運は尽きる。

 少年が裏切らなかったとしても、少年が何も考えずに動いて、管理局が少年と騎士達をまとめて騙しに動いたならば、それでも彼女らの命運は尽きる。

 ならば、少年を信じて命運を託せるわけがない。

 "少年の覚悟が生半可だった"だけでも、彼女らの命運は尽きるのだ。

 

 少年が彼女らに自分を信じさせるには、生半可な説得材料では到底届かない。

 

「信用できないのも当然だよな。なら、オレは信用を得る必要があるわけだ」

 

 それゆえに、少年は『生半可ではない覚悟の証明』を提示する。

 少年は自分の首に鉄槌を突きつけているヴィータに、覚悟の証明を手渡した。

 

「……は?」

 

 それは、少年のスマートフォン。

 

「オレのスマホを、お前らに預けて行く。オレが裏切ったと思ったら、好きにしてくれていい」

 

「―――なん、だって?」

 

 少年にとって、命よりも大切なものだった。

 彼のソシャゲのデータは全てそのスマホの中に入っている。

 騎士達がそれを壊せば、闇の書に蒐集されたアカウントのように取り戻せる可能性が無い、絶対的な喪失が発生する。

 課金厨でありソシャゲ廃人である彼にとって、それが殺害される以上のダメージとなることはまず確実だろう。

 

 それは、普通の人間で言うところの、"心臓と脳に爆弾を入れてその起爆スイッチを相手に渡す"行為に等しい。……いや、それ以上の覚悟かもしれない。

 ソシャゲ廃人が自分のスマホを渡すということは、そういうことなのだ。

 それは自分の命よりも、ずっと大切なものなのだから。

 

「……バカな」

「本気なの?」

「正気かよ、課金ジャンキー」

 

「オレも本気だってことを分かって欲しい」

 

 彼女らは、この少年のキチガイ具合を把握している。

 彼の価値観の中心は課金行為であり、その命はソシャゲと課金で出来ていた。

 少年は課金するために生きており、息をするように課金する生涯を送っている。

 

 ならば彼がスマホを渡すということは、命を差し出す行為以上の覚悟の表明と見るべきだろう。

 

 ヴォルケンリッターが管理局に騙され捕らえられるという結果だけは、この少年が石に齧りついてでも阻止するはずだ。

 何が何でも阻止するはずだ。たとえ、どんな手段を使ってでも。

 ヴィータの手の中に、彼の命より大切なものがある限り。

 

「信じてくれ」

 

 少年が課金キチガイであればあるほどに、ソシャゲキチガイであればあるほどに、そのスマホの『虚構の価値』の重みは増す。スマホを渡した際の衝撃も増す。

 ヴォルケンリッターの心を、多少なりとも動かすほどに。

 

「……分かった。いいよな、シグナム、シャマル」

 

 ヴィータの言葉に、シグナムとシャマルが頷く。

 この少年は愛するデータの詰まったスマホを取り戻すためなら、どんな奇跡でも起こす。どんな事象でも起こす。どんな結果でも掴み取る。

 そう騎士達が確信できるだけの凄みが、今の少年にはあった。

 闇の書がソシャゲの闇より生まれた怪物ならば、この少年も同じ闇から生まれた人間である。

 

「サンキュ。今日中にもう一回連絡するから、そんじゃあな」

 

 少年は返してもらったアンチメンテを握り締め、去って行く。

 彼の姿が見えなくなってすぐ、騎士達は行動を開始した。

 はやてを眠らせ、はやてを安全な場所に隠す。

 スマホの電池を抜いて、GPSなどの機能を完全に無力化する。

 そして、海鳴市に密かに用意していた拠点に避難。

 

 少年を信じていないわけではないのだが、それでも万が一、億が一を考え、主の無事のために手を尽くすのがヴォルケンリッターだった。

 

「ああは言ったが……不安は残るな」

 

 シグナムは眠るはやての横で、剣を握ってそう呟く。

 

「大丈夫だろ。スマホ(こいつ)はそんなに軽いもんじゃない。それに……」

 

 だが、シグナムとは違い、ヴィータはこの先に悪い未来が待っていないことを確信していた。

 彼女の手の中のスマホの重みが、そうさせる。

 

「……あいつ、はやてが泣くようなことだけはしないんじゃないか」

 

 チャットではやてと話していた時の少年が、現実ではやてと話していた時の少年の様子が、そこに見えた暖かな繋がりが、ほんの少しだけ、彼を信じたいという気持ちに繋がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少年は急ぎ足で自宅に帰宅。

 そこには既に、"クロノの悪巧み"に付き合っている者達が勢揃いしていた。

 クロノ、なのは、フェイト、ユーノ、アルフ、エイミィ。

 課金少年の自宅に集まった彼ら彼女らは、悪巧みの話し合いをする前に少年がカミングアウトしてきた事実に驚き、少年がスマホを渡して来たという事実に更に驚く。

 その衝撃はまさに驚天動地。

 ユーノは驚くあまり後ずさりして壁に背中をぶつけ、アルフの呼吸は止まり、フェイトは顔を真っ青にして目を見開いて、エイミィは自分の頬を内出血するまで抓り、クロノが持っていたコップにはヒビが入り、なのはの心臓は誇張抜きに一瞬止まった。

 

「君は誰だ!? かっちゃんは殺されたって自分のスマホを渡さないやつだろ!」

 

「うーん事実なので反論しづらい」

 

(そんなに可哀想な人達だったのかな、闇の書の主と騎士さん達……)

 

 ありえない事象に皆が冷静さを失い、騒ぎ始める。

 止まった心臓が動き始めたなのはが真っ先に真実に辿り着いてはいたが、他の皆はこの現実を受け入れるのに、たっぷり30分はかかったらしい。

 それほどまでに、信じられない現実だった。

 皆が多少なりと落ち着いたのを見て、少年は一つの提案をする。

 

「計画、ちょっとだけ組み直さないか?」

 

 "クロノの悪巧み"の方針修正を提案する少年だったが、冷静さを取り戻したクロノにより、それは却下される。

 

「却下だ。方針は何も変えない。僕らはこのまま、確実性と安全性を鑑みたやり方を続ける」

 

「頼む、クロノ」

 

「……駄目だ」

 

 少年は最高に理想的な結末を求め、クロノは確実性の高い良好な結末を求めていた。

 なので、当然却下される。

 少年は普段あだ名で呼んでいる相手を本当に大切な時に本名で呼ぶという、前時代のカップルがご機嫌取りにやるような古臭い手を使うが、それで伝えた真剣な気持ちでさえもクロノ・ハラオウンは動かせない。

 

 なのだが。クロノ以外の者達の心は、ちょっとばかり動かせたようだ。

 

「クロノ、かっちゃんは本気だ。

 『夜天の書』のことを考えれば、危険ではあっても悪手ではないはずだよ」

 

 まずはユーノ。彼は理屈をもって説得にあたる。

 

「シグナムは……きっと何か、理由があるんだと思ってた。

 彼女が自分の事情を語ってくれたわけじゃないけど、私は彼女が、悪い人には見えなかった」

 

「フェイトがこう言ってんだ。ちょっとは考えてくれてもいいんじゃないかい?」

 

 次にフェイトとアルフ。

 フェイトは直接戦った人間として、感情的で印象的な説得の言葉を選ぶ。

 アルフは特に何も考えてはいなかったが、大人なクロノの考え方よりは、最高の結末を目指す甘ちゃんな少年の考え方の方が好きだった。だがアルフは、自分の本音がどうであれ、フェイトが後押しした意見の方に賛成していただろう。

 

「私はクロノ君が好きなようにすればいいと思うな」

 

 エイミィは、何もかも分かった風なしたり顔で、クロノの選択を後押しする。

 彼女はクロノが最後に何を選ぶのか、それをちゃんと理解しているようだった。

 

「私達から歩み寄るのは、ダメなの?」

 

 最後に、なのはが自分の意志を口にする。

 

 クロノは少し考えてから、少年に問いを投げかけた。

 

「『理由』を口にしてくれ。君が、あの闇の書の騎士達を救いたいと思う理由を」

 

友達(フレンド)だから。

 仲間(チーム)だから。

 だから救援に行きたい。助けになってやりたい。それじゃ、ダメか?」

 

「……」

 

「あと、そろそろイベ中のギルメンログイン率が戻ってくれないとオレが困る……」

 

「それが本音じゃないだろうな」

 

 はやてや騎士達の幸福を望む気持ちも勿論あるが、クロノの言う通り半分くらいは本音である。

 「こんな現実の戦いは終わらせてソシャゲの戦いに専念したい」というのも、「おらさっさとイベントマラソンに帰って来い」というのも彼の本音だ。

 "ガチャ爆死は笑えるがリアルで人間が爆死するのは笑えないから嫌い理論"である。

 

「あれだな、君は……テレビでよく言っている、ゲームと現実の区別がついていない子供だ」

 

 ゲーム内での仲間、ゲーム内でのフレンドに情が湧いている少年を見て、クロノは頭が痛くなってくるが、同時に"こいつらしい"とも思う。

 そしてクロノは、その"らしさ"が嫌いではなかった。

 溜め息一つ。

 ちょっとばかり、執務官は少年の主張に歩み寄る。

 

「だけど、覚悟は伝わった。

 君が命より大事なものを人質に差し出して掴んだチャンスだ。これを使うのも手かもしれない」

 

「じゃ、じゃあ!」

 

「計画を早める。ここで、一気に追い込もう」

 

 クロノは課金少年が持って来た新要素を前提として、作戦をより効率の良いものに組み替える。

 ほんの数分で作戦を組み替え、より確実性がある作戦を立案するその手腕は、天才執務官という周囲の評判に違わぬものだ。

 周囲の皆がクロノの優秀さを実感している。

 ゆえに、クロノを信じられる。クロノが立てた作戦を信じられる。

 知性で集団を率いるリーダーとして、クロノは極めて優秀な少年だった。

 

「分かっているとは思うが、当初の予定より一人あたりの負担は増える!

 だがそれも君達が選んだことの結果だ! 文句は言わず、全員死力を尽くすように!」

 

 クロノのかけ声に、皆が大きな声で応える。

 皆の言葉に、決意がこもっていた。

 

「目指すぞ、SSR相当の最高の結末! 悲しみを終わらせて! 笑って事件を終わらせよう!」

 

 少年のかけ声に、皆がちょっとばかり笑って大きな声で応える。

 皆の言葉に、やる気がこもっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギル・グレアムは、今代の闇の書に関わる一連の事件の黒幕であり、この事件の解決に一番近い場所に居る人物でもあった。

 

 彼は前回の闇の書事件を最終的に解決に導いた英雄であり、その際にクロノの父を助けられなかった罪悪感を抱えた罪人でもあった。

 彼は天涯孤独なはやてに生活費を振り込んでいたはやての恩人でもあり、はやてに騎士達以外の誰とも繋がりを持たせぬまま殺そうとした、はやてを苦しめる者でもあった。

 誰も傷付かず終われる結末をよしとする理想論者な性情を持ち、何十年も管理局員として摩耗していく内に、少数を犠牲にできるようになった現実主義者でもあった。

 

 良心の呵責が、グレアムに自身が罪人であるという自認識を与える。

 "全ての価値を否定する"闇の書の脅威が、彼に罪を重ねさせる。

 はやてがいい子であればあるほどに、彼の心は削れていく。

 

 グレアムが三十年友情を育んできた友人が、闇の書に喰われて消えた。

 彼が仲人を務めた夫婦とそこに生まれたばかりの一人娘が、闇の書の暴走に呑まれて潰された。

 面倒を見ていた教え子の一人が、15歳という若さで全ての価値を簒奪されて消え果てた。

 一人の男が、子を妻を残して、自らの命を犠牲にして闇の書を打倒して行った。

 

 自分より若い誰かが死んでいくたびに、彼は思う。

 「何故彼らが死に、自分が生きているのか」と。

 「あの死は絶対に無駄にしてはならない」と。

 死が鎖となり、グレアムをがんじがらめに縛っていく。

 

 完成した後暴走した闇の書は、全ての価値を否定しながら破壊を振りまく。

 何十年も生きてきて、何十年もこの世界に大切なものを作り続けてきたグレアムは、闇の書が暴走することで、あまりにも多くのものを失っていた。

 老人は若人よりも喪失を恐れる。

 過ごした時間が長ければ長いほど、この世界に在る大切なものの数は増えていくからだ。

 

 それが彼から法の番人たる資格を奪い、彼を法の番人に追いつめられる立場に貶めていた。

 

「あなたが黒幕。仮面の男はリーゼで、あなた達の目的は闇の書の完成と封印。違うか?」

 

 二人のリーゼが鍛えた二人の少年が今、グレアムを逮捕すべく動いていた。

 グレアムを庇うように立つ二人のリーゼの目には、確かな敵意が浮かんでいる。

 クロノはその目を見ても動じない。

 少年はその目を見て、少し悲しい気持ちになった。

 二人の使い魔に庇われるグレアムは不思議なくらいに落ち着いた表情で、クロノに問いかける。

 

「何故分かったのか、聞いてもいいかね?」

 

「このバカは普段周りも自分も見ていませんが、意外と周りの人間をよく見ています」

 

 クロノは隣の少年を親指で指し示し、感情を押し殺した声を出した。

 続き、少年がロッテの方を見ながら口を開く。

 

「先生が……リーゼロッテが、ボロを出していたんです」

 

「は? あたしが?」

 

「闇の書に襲われてオレが倒れたなら、オレが起きた時あなたが言う言葉は二択だ。

 オレが起きたことに安心するか、騎士達相手にキレるか。でもあなたは、何故かオレに謝った」

 

「……!」

 

「あの状況で先生がオレに謝るのはいくらなんでもおかしい。

 だから、思ったんです。先生には、オレに対して罪悪感を抱く理由があったんじゃないかって」

 

 他人が自分の『理解者』で居てくれるということは、プラスにだけ働くことではない。

 こうしてマイナスに働くこともある。

 

 ロッテは自罰的な人間でも、ネガティブな人間でも、後ろ向きな人間でもない。

 あの場面で彼女が謝るならば、そこには確かな理由がなければならない。

 本気で喧嘩した後、相手を殴ったことを事後に謝るタイプの人間と、謝らず嫌いなままで関係を持続させるタイプの人間が居る。ロッテはまさに後者だった。

 ロッテはKやクロノを心配もし、思いやり、優しさも見せるのだが……それでも、それを前提に考えても、彼女の細かな言動には"ボロ"が出ていた。

 

 そして感覚派の少年が気付けば、理論派のクロノも連鎖的に気付き、証拠を集め始める。

 綻びは、ロッテの罪悪感から生まれていたのだ。

 

「僕はロッテとアリアを疑ってもいなかったが、そう言われると気にもなる。

 そういう前提で見ると、ロッテもアリアも明らかに様子が変だった。

 二人は僕の父とも懇意にしていて、闇の書に対するスタンスも明らかにしていたから尚更に」

 

 クロノはグレアム達を信じているから、滅多なことでは気付かない。

 少年は感覚だけで生きているから、感づいてもそこから先に進めない。

 グレアムはそう高を括っていた。

 だが二人なら。少年が感づき、クロノがそこから推測を組み立て、証拠を集めていける。

 

 "クロノの悪巧み"とは、グレアムが黒幕であると感づいた時から始まったものだ。

 すなわち、グレアムとリーゼ達を確保し、彼らが把握しているであろう闇の書の主の情報を手に入れ、連鎖的に闇の書一味を全員捕まえようというものだった。

 なんでもかんでも無茶苦茶にする課金少年のせいで、闇の書の主の情報を得る意味が無くなってしまったわけだが、その分情報を吐かせるというフェーズの必要がなくなリ、事前準備を省略し速攻でグレアムの確保に踏み切ることができていた。

 

 闇の書が蒐集完了する前に、クロノは身内の敵を片付けに来たのである。

 

「……娘のように思っていた使い魔達に悪事を働かせたツケ、というわけか」

 

 グレアムは少年達の成長を喜ばしく思う気持ちと、長年の想いがにじむ悔しさと、諦めに無念が混ざった感情を顔に浮かべる。

 

「ここで終わりです。ここからは、僕らが闇の書をどうにかします」

 

 クロノがグレアムに手錠をかけようとする。

 だがそれを、割って入ったリーゼロッテとリーゼアリアが邪魔しようとする。

 

「いいや、まだ何も終わってないよ。クロノ、K」

 

「あたし達はまだ諦めてない……だから、まだ何も終わってない!」

 

 クロノと少年が身構え、ロッテとアリアが戦闘態勢に移行した。

 

(来るか、最後の抵抗)

 

 抵抗されることは分かっていた。

 クロノには、奇襲で二人をさっさと無力化しておくという選択肢もあった。

 彼がそうしなかったのは、間違ったやり方を選んでしまった恩師達を、真正面から堂々と正攻法で打ち倒すべきだと考える、不器用な気持ちがあったからだろう。

 

「まだまだあんた達には、師匠超えは早いんだよ!」

 

 ロッテの叫びと同時、アリアが魔法術式を展開する。

 クロノの反応は早く、何かされる前にデバイスを起動し終えるが、少年の方はどうにも遅い。

 結果、転移魔法でクロノ・少年・リーゼの四人はミッドの片隅にまで飛ばされ、それと同時に放たれたバインドが少年だけをがっちり捕らえる。

 デバイスの起動すらさせてもらえないまま、課金少年は無力化されていた。

 

「嘘ぉ!?」

 

「あんたは廃課金としては一流だけど!

 戦闘者としては五流だから戦闘は避けろと、そう教えたはずだろう!」

 

 少年の両手首から先を球形のバインドが包み込み、術式展開を何も出来なくさせている。

 胸に付けられた待機状態(胸バッジ状態)のアンチメンテが泣いていた。

 

「あとはアンタ一人だけだ、クロスケ!」

 

「いつまでも僕を半人前扱いしていると、痛い目を見るぞ!」

 

 マズい、と少年は冷や汗をかく。

 このままではクロノが負けると、少年は焦った。

 ゆえに、胸のアンチメンテを歯で噛んで取り、全身の力を使ってクロノに向かって投げつける。

 

「飛べ! そして助けてこい! アンチメンテ!」

 

 口で投げられたアンチメンテは、クロノの右腕に装着、起動。

 少年の口座の金を溶かして、クロノに膨大な魔力を供給する。

 代金ベルカのステータスブーストが、クロノの体を薄っすらと包み込んだ。

 そして、少年の力とクロノの力は一つとなって、ロッテとアリアにも負けないほどの大きな力が形成されていく。

 

「! 二機同時使用(マルチデバイス)……!」

 

「行くぞ! ロッテ! アリア!」

 

 師匠と弟子。

 リーゼと少年。

 アリアとロッテ、クロノと少年。

 訓練ではなく、敵として本気で戦うのは―――きっと、これが最初で最後。

 

 

 

 

 

 アリアは魔法を得意とし、ロッテは格闘を得意とする。

 課金少年は金を力に変える魔法使い、クロノは力ではなく技を駆使する魔法使い。

 奇しくもこの戦いは、相反するタイプの相棒と力を合わせる形でのチーム戦となっていた。

 

「スティンガーブレイド!」

 

 クロノが移動しながら魔力刃を置いていき、その魔力刃をアンチメンテが強化していく。

 強化された魔力刃は、設置から少し間を置いて、リーゼ達を追尾しながら飛んで行った。

 

「ロッテ!」

 

 アリアが叫ぶと、前衛のロッテが前に出て、魔力を通した手足で全ての魔力刃を打ち砕く。

 その格闘技術はクロノと少年のそれを遥かに上回っていた。

 

「アリア!」

 

 ロッテが叫ぶと、後衛のアリアが針の穴を通すような精密さで砲撃魔法を放つ。

 その魔法技術はクロノと少年のそれを遥かに上回っていた。

 

「くっ……!」

 

 砕かれたスティンガーブレイドの破片とロッテの体を巧みに目隠しに使い、アリアは砲撃をクロノにぶち当てる。

 クロノは板状のバリアでそれを受け止めた。

 防御魔法に魔力を込める時間もなかったが、防御魔法の足りない魔力と強度はアンチメンテが補ってくれる。少年の口座残高と引き換えに。

 

(流石に、強い……!)

 

 砲撃を受け止めているクロノに、ロッテが一気に接近、格闘戦を仕掛けてきた。

 クロノは防御魔法で受け流すように砲撃を避け、ロッテの拳を(S2U)で受け止める。

 

「なんで分かんないんだよ、クロスケ!

 闇の書なんてものは、在っちゃいけないんだ!

 何を犠牲にしてでもここで終わらせないと、悲劇が延々と続くんだよ!

 父様の選択は正しいんだ! 心苦しくても、正しいんだ! 誰かがやるべきなんだよ!」

 

「……違う! そこに仮に一理があったとしても、正しさは無いんだ、ロッテ!」

 

「こっの、頑固者! 堅物! 石頭!」

 

 一撃、二撃、三撃と、クロノとロッテの格闘攻撃が何度もぶつけ合わされる。

 少年の預金と引き換えに強さを得ている今のクロノだからこそ拮抗できる、格闘の達人リーゼロッテの打撃の応酬。

 それはやがて、クロノの防御の隙間をかいくぐり、クロノの鳩尾に拳を叩き込んでいた。

 

「かっ、はっ……!」

 

 ロッテは容赦なく、そこでクロノのうなじに踵落としを打ち下ろす。

 クロノは隕石の如き速度で地面に向かって叩き落とされ、爆音と衝撃と共に地面に埋まる。

 殺人的な一撃だ。

 にもかかわらず、アリアはそこから更に追撃を放っていた。

 

「父様は間違ってなんかいない!」

 

 アリアの砲撃(ブレイズキャノン)がクロノにトドメを刺さんとばかりに放たれるが、そこでクロノが土の下から勢い良く飛び出して来る。

 

「うおおおおおおおおおっ!!」

 

「っ!?」

 

 クロノは杖から魔力刃を生やし、ブレイズキャノンを一刀両断しながらアリアに迫る。

 "アリアを接近戦で仕留める"というクロノの考えを察したロッテが割って入り、魔力刃の乱舞と拳闘の乱舞が一瞬の間に、数十という火花を散らした。

 ロッテとアリアはクロノを仕留めるべく、彼を左右から挟み撃ちにする。

 

 アリアから放たれるは、無数の魔力弾。

 ロッテの手足に施されるは、これまでとは比べ物にならない規模の身体強化魔法。

 クロノはそれに対し、握った右拳の周囲にシールドを張って魔力弾を片っ端から殴って壊し、左手から魔力弾を乱射してロッテを近づけさせないようにする。

 死力を尽くして抗うクロノを、少年の金を万単位で溶かすアンチメンテが支えていた。

 

 グレアムを肯定するリーゼ姉妹の言葉を、クロノは真っ向から否定する。

 

「闇の書を倒すために、罪なき子を犠牲にするというその考えが! 既に間違っているんだ!」

 

「どこも間違ってない!

 闇の書は危険なロストロギアだ! 犠牲がこれ以上出る前に破壊するのが―――」

 

「間違っている!」

 

 距離を巧みに詰めてきたロッテの顔面に蹴りを叩きつけ、彼女の鼻の骨をへし折りつつ吹っ飛ばしたクロノが、杖の先をアリアに向け、叫ぶ。

 

 

 

「だって、管理局員(ぼくたち)は!

 倒すべき悪を倒すためではなく、守るべき人を守るためにこそ、戦う者なんだから!」

 

「―――」

 

 

 

 それは、ロッテやアリアが教えた覚えのない言葉だった。

 クロノ・ハラオウンが、自身の胸の奥から絞り出した、信念の叫びだった。

 何の罪も無い子を生贄にしてはならないという、クロノ・ハラオウンの咆哮だった。

 

「ブレイズキャノン・パラドックス!」

 

 そしてクロノは、アリアに教わった魔法ではない魔法を放つ。

 何故かこの魔法を開発した時の想い出が、脳裏に浮かぶ。

 始まりは、二人の師匠を驚かせようと、課金少年が魔法開発を始めたこと。

 それに対抗意識を持った昔のクロノが、色々と試行錯誤をして、同様に魔法を開発し始める。

 二人で競い合うように魔法のあれこれを考えて、結局はクロノの方が圧倒的に優秀だったから、クロノの方だけが魔法を完成させていて。

 

 あの頃には戻れない。戻るつもりもない。そんな気持ちを込めて、クロノは砲撃を放つ。

 

「このくらい!」

 

 クロノの放った砲撃魔法が、アリアの手にピンポイントで張られたバリアに衝突する。

 だがバリアに当たり散った砲撃の構成魔力が、アリアの周辺で再構築されていく。

 そして、アリアの周辺で十数の魔力刃となり、360°全方位から彼女に向かって殺到した。

 

「な―――!?」

 

 砲撃を防ぐために防御を一点に集中していたアリアは、それを防げない。

 十数の魔力弾は魔力ダメージでアリアをノックダウンし、彼女の意識を刈り取った。

 

「なんで、なんで分かってくんないんだよぉっ!」

 

 砲撃発射直後のクロノの背後から、叫ぶロッテが襲いかかる。

 気付いても反応できない、そういう角度とタイミングを選んでの奇襲、だったのだが……ロッテの予想の全てを覆し、"クロノではない誰か"の捕縛魔法がロッテの体を絡め取る。

 ロッテは「信じられない」と言わんばかりの表情で、クロノのバリアジャケットの中から顔を覗かせた、フェレット状態のユーノ・スクライアの顔を見ていた。

 

(フェレット!? いや、ユーノ・スクライア!

 いつから? 最初から? このチャンスを作るために!?

 クロスケのジャケットの中で防御魔法を使って潜んでて、決定的な機を作るために―――!?)

 

 アリアとロッテは強い。

 勝つにはどこかで意表を突かなければならないのだと、クロノは考えていた。

 彼が案じた一計は見事にハマり、ロッテはクロノの背後で動きを止める。

 

「スティンガーブレイド――」

 

 クロノの魔法が数十の魔力刃を発生させ、それがクロノの右足に吸い込まれていく。

 絶大な威力が、右足に集う。

 そして、ロッテが教えた覚えのない振り向きざまの回し蹴りが、クロノから彼女に放たれた。

 

「――ストライクシフトッ!」

 

 叩き込まれた右足が、命中と同時に膨大な魔力を解放する。

 オーバーSランクの魔導師でも直撃すれば耐えられないであろう一撃が、ロッテに悲鳴を上げる間も与えないままその意識を刈り取った。

 クロノは、そうして勝利者となる。

 

「何を犠牲にしてでもここで終わらせないと、悲劇が延々と続く、か……」

 

 Kとの友情を武器にクロノは勝利を掴み、最後にはKとその友が残る。

 勝敗を決定づけたのは、"こころ"の差。

 先生とお嬢さんがKの友でなかったことは、ある種救いだったのかもしれない。

 

「アリア、ロッテ。犠牲は要らない。悲しみはここで終わらせる」

 

 クロノが地上を見れば、そこにはクロノの親友が居る。

 無言で頷くクロノに応じて、少年もまた無言で頷く。

 二人が目指す場所は同じだ。

 

「僕らが終わらせる」

 

 クロノは倒した二人に誓うように、そう呟く。

 そしてリーゼとクロノの戦いを皮切りにしたかのように、事態は一気に加速していく。

 

『クロノ君! 急いで戻って来て!』

 

「っと、エイミィか。一体何が……」

 

『闇の書の完全起動を確認! 非常事態宣言出るよ!』

 

「―――なんだって?」

 

 エイミィの通信が、勝利で少し緩んだクロノの意識を一瞬で引き締める。

 彼女から聞かされた情報が、クロノの頭脳を動かし、彼を"最悪の可能性"に気付かせる。

 

「まさか、グレアム提督……!?」

 

 まさか遅かったのか、とクロノは歯を強く食いしばった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クロノがグレアムを捕らえようとしたのは、ある意味最高で最悪のタイミングであった。

 グレアムもまた、この日を闇の書事件の終幕の日にしようとしていたのである。

 

 彼が目をつけたのは、地球で大流行していたとあるソシャゲの返石騒動だった。

 ガチャの確率操作があったのでは、という疑惑から多数のプレイヤーや無関係の外野を巻き込んだ大騒動となり、消費者庁が動くまで騒動が加熱し、運営が一定期間内にガチャに溶かされた課金石をプレイヤーに返還するという騒動に至ったのである。

 返石じゃなくて返金しろ? 知りません。

 ここで重要なのが、このソシャゲが数百万人のユーザーを抱える大手であったことと、それ相応に多くの石が動く事態であったこと。

 

 グレアムはこれに細工し、運営からプレイヤーに渡る石が全て闇の書に渡るようにした。

 

 ソシャゲの方は、プレイヤーが「石貰えてねえぞ」と報告し、運営が「おかしいな」と思いつつ再度石を支払うことで何ら問題なく動くだろう。

 しかし、虚構の価値を喰らう闇の書の方はどうなるだろうか。

 数百万人のプレイヤーがそれぞれ、何十、何百、何千、何万と返石されていたこの騒動。その石の全てが書に注ぎ込まれたなら、どうなるだろうか。

 

 決まっている。闇の書は即座に満たされて、即座に起動するに決まっている。

 

 犠牲者を抑えつつ、誰も損をしない形で闇の書を起動に至らせる、ギル・グレアム渾身の策であり、今となっては完全に裏目に出ていた事前の仕込みであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はやては夢の中に居た。

 ヴォルケンリッターに眠らされ、起きる間もなく完全起動した闇の書に呑み込まれ、自分がどこに居るのか、自分が何なのかも分からないまま、闇の中を揺蕩い始める。

 

『全てを捧げよ』

 

 どこからか、声が聞こえる。

 不可思議なくらいに、不快な印象を受ける声だった。

 

『闇の書の破壊のため、全てを捧げる主達(イケニエ)よ』

 

 消えていく。

 闇の書の完全起動と共に消えていく。

 八神の家も、はやての意識も、ヴォルケンリッターにはやてが向けた家族の愛も、彼女を中心とした全ての価値が一つ残らず、食い潰されていく。

 

『遠い昔に私が憎んだ、あれを滅ぼすために』

 

 声が一つするたびに、はやてを構築する価値が一つ消えていく。

 

『全てを捧げよ』

 

 やがてはやてを寄り代として、"闇の書の管制人格"がこの世界に顕現せんとする。

 

『あの社会不適合者どもがそこに在ることを許す社会を、世界を、壊せ』

 

 不快な声は、闇の書の暴走を後押ししていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男達がグレアム確保に動くのと平行して、少女達は地球で闇の書とヴォルケンリッターを警戒しつつ待機していた。

 そのため、闇の書の完全起動と暴走に、なのは達は最速で対応できていた。

 結界で地球の被害を抑止しつつ、なのはとフェイトは空へと上がる。

 

 そこで、銀髪の女性と三人の騎士がなのは達を待ち受けていた。

 

(クロノ君が念のため私達を待機させてたのが、ドンピシャだねこれ)

 

 それははやてを飲み込んで暴走する闇の書と、それを守ろうとするヴォルケンリッター……に、一見見える。だが、ヴォルケンリッターの目に光はない。

 管理者権限か何かで騎士達が操られているのは、明白な事実であった。

 

「シグナム達の様子が……」

 

「うん。すっごく変」

 

 話し合える雰囲気がまるで無い。

 その上、なのはレベルの強者だからこそ理解できる、絶望的な事実があった。

 

「フェイトちゃん、騎士さん達三人をお願いできる?」

 

「え?」

 

「厳しいと思うけど、頑張って。あの人、銀髪の人……」

 

 銀髪の女性、八神はやてを飲み込んで暴走している闇の書本体は――

 

「あの人たぶん、私よりずっと強いと思うから」

 

 ――今の高町なのはより、強い。

 

「これで何度目だろうか。かの時代から、いつまでこんなことが続くのだろうか」

 

 銀髪の女性が独り言を呟き、それに応じるようにシグナム・ヴィータ・シャマルが動く。

 フェイトはなのはの期待に応えるべく動き始め、それを迎え撃った。

 なのはと銀髪の女性は示し合わせたように高度を上げ、上空で一対一の状況を作る。

 

「その憎しみに、正当などというものは欠片も無いというのに」

 

 どこか上の空のような状態で、銀髪の女性はなのはに襲いかかってきた。

 速く、鋭く、重い拳が振るわれて、なのはの防御魔法に突き刺さる。

 拳、脚、魔法の矢、刃、弾丸。銀髪の女性は一撃で終わることなく、魔法と格闘を織り交ぜた連打をなのはに向かって放ち続ける。

 

「……!」

 

 その動きはシグナムの数倍巧く、一撃はヴィータの数倍重く、ザフィーラよりも隙がない。

 かつ、フェイトの数倍速く、クロノの先読みより先読みの範囲が十数手分広い。

 それでいて、高町なのはより遥かに硬い防御と、数段上の力強い魔力が漲っていた。

 更に、最悪なことに。

 

(これは……かっちゃんの課金再行動!?)

 

 膨大な石を吸収して完成した闇の書は、石を砕くことで『行動できない』状態を『行動できる』状態にするかの少年の魔法術式を、思うままに使いこなしていた。

 行動後の隙がない。

 信じられない速度での連続攻撃が来る。

 高町なのはだからこそ耐えられているものの、尋常な魔導師であれば二撃目で落とされている。

 無尽蔵の連続行動になのはは球形の防御魔法で対抗、連続攻撃をしのぎつつ、勝機を探す。

 

「ディバイン、バスター!」

 

《 Divine Buster 》

 

 なのはは接近してきた銀髪の女性の顔面に試しにフルパワーのディバインバスターをぶち込んでみたが、銀髪の女性は悲鳴一つ上げず、砲撃を顔面にくらったまま、まるでそよ風を頬に受けているかのように平然として、なのはに向けて尋常でない魔法陣を構築していた。

 

「全てを終わらせよう。悲しみも、喜びも、何もない結末へ誘おう」

 

 三角形の魔法陣が光を放ち、石が砕かれ、溜めが必要な大技が瞬時に形を結ぶ。

 それは古代ベルカ式、近代ベルカ式、代金ベルカ式を組み合わせた結果生まれた、真の意味でベルカ式と呼ぶべき術式。

 あらゆる術式を凌駕する、神域の術式を構築する魔法陣だった。

 

「闇に染まれ。デアボリック・エミッション」

 

 銀髪の女性を中心に、闇が広がる。

 広域空間攻撃魔法に分類される闇色の破壊が、至近距離からなのはの防御を削っていく。

 

「く……!」

 

 なのはは歯を食いしばり、防御を固めてそれに耐える。

 

「デアボリック・エミッション」

 

「!?」

 

 だが、なのはのそんな抵抗をあざ笑うかのように、銀髪の女性は二発目のデアボリック・エミッションを重ねる。

 一発目のデアボリック・エミッションの攻撃はまだ終了していない上に、二発目のデアボリック・エミッションは一回目の倍の威力があった。

 

「デアボリック・エミッション」

 

「く、ぅ、っ……!」

 

 重ねられる三発目のデアボリック・エミッション。

 先の二回のデアボリック・エミッションの破壊は当然終了しておらず、当然のように三発目は一発目の三倍の威力があって。

 

「デアボリック・エミッション」

 

「―――ッ」

 

 一発目のデアボリック・エミッションの効果が終了する前に、四発目のデアボリック・エミッションが放たれる。当たり前のように、初撃の四倍の威力を内包して。

 ここまでされれば、いかな魔改造の高町なのはとて、耐え切れない。

 

「漆黒の闇に、沈め」

 

 バリアが壊れる音がする。

 バリアジャケットが壊れる音がする。

 少女の悲鳴が響き渡り、銀髪の女性は悲しそうな顔で、自分の放った闇色の破壊を見つめていた。

 

 

 




『真正ベルカ式』

 古代ベルカ式・近代ベルカ式・代金ベルカ式の三種を組み合わせることで完成される、真の姿と力を発揮できるようになったベルカの魔法体系。
 ベルカ式は三角形の魔法陣が表すように、本来は三位一体を要としている。

 四人のヴォルケンリッターが、不自然に三人の騎士と一人の守護獣という形になっていること。
 闇の書の本来の運用が、アームドデバイス・ユニゾンデバイス・マスターの三位一体による力の発揮を前提としていること。
 由緒正しいベルカの異物から断章(マテリアル)が生まれた場合、それは三つに纏まること。
 それら全てが、ベルカ式の真の力を発揮するためには、三という数字が必須であることを証明している。
 三種の異なるベルカ式を組み合わせることで、ベルカ式は初めてその膨大な力を安定させ、最高効率を発揮する"流れ"を構築し、その力を最低でも三乗化させるのだ。
 地球においても、三とは聖なる数字。三とは聖なる力。

 課金行為を経て初めて至ることができる、神聖にして真正なる力である。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。