叢雲回より、前のお話。
ある日の夜、執務室にて。
秘書艦にはもう戻ってもらった。
いつまでも束縛する訳にはいかないし、ちょっと頑張れば、一人でも日付が変わらない内に終わるはずだ。……多分。
筆が紙の上を走る音だけが、執務室に響く。
そんな折。
突然、扉を叩く音がした。
こんな時間に、一体誰が―――あぁ。……心当たりが、一人ほど。
求められるがままに、入室を許可する。
一呼吸あって、開いた扉の先には。
女性にしては大柄で、それでいてスタイルの良い彼女―――大和の姿が。
……その瞳には大粒の涙が浮かんでいる。
そのまま、開け放たれた扉の横で、暫く立ち尽くしていたかと思えば、飛びつくようにこちらへ走って来た。
「ふえぇ~ん、やまとは!や~ま~と~はぁ~~~っ!」
そして僕に抱きつくと、その涙は堰を切ったように流れ出した。
この間のある出来事があってから、彼女は時々こうなってしまうのだ。
理由を考えれば仕方がないし、完全に僕の落ち度なんだけど……
大本営での報告会へ参加していた時のこと。
「――それでは、本日はこれにて終了とする」
進行役のその言葉で、部屋の中を満たしていた緊張感はどこへやら。
やっと終わったー、という誰かのぼやきを皮切りに、場内は提督たちの疲労感の滲む声で包まれていく。
流石に声に出さなかったが、僕もそれは例外ではなくて。
そっと、籠っていた肩の力を抜いた。
帰り支度も済んだし、あとはついて来てもらっていた彼女を探すだけ。
会の始まる直前に伝えておいた、待ち合わせ場所に向かう。
辿り着いた。
……ええと、大和は――ああ、もう。
似たようなことを考える者は多いようで、先程まで見ていた顔ぶれの他にも、大勢の人が誰かを待っているようだった。
人混みの中で、長い間待たせるのは良くない。手短に探し出さねば――
――ん、あの背の高い女の子かな。
念のため、手を振ってみる。
やはりそうだった。大和はこちらを認めると、駆け寄って来てくれた。
そして僕の手を取り――
「ごめんなさい……っ!」
「えっ――」
引き摺るように、僕をどこかへと強引に連れて行くのだった。
「ちょっ、ちょっと大和っ!どこへ行くの?」
「っ……」
求めても、答えを返してくれない大和。
手を振りほどくのは、どうにも難しい。
軍人として情けない話だが、僕より彼女の方が筋力もあり、背も高い。
下手に抵抗しようものなら、バランスを崩して転倒、なんてことになりかねない。
だから――
心の中で、誰に聞かせる訳でもない言い訳を並べながら、走る大和の為すがままになっている。
べ、別に本気で手が振りほどけない訳じゃないんだからねっ!
……か、勘違い……しないでぇ……。
「―—ぶふっ」
情けないことを言っていたら、いつの間にか前を走っていた彼女は止まっていた。
上は、それに気付かず追突してしまった時に出た、これまた情けない声である。
そして気付けば、全く知らないどこかの路地裏にやってきていた。
「……こんなところまで連れて来て、どうしたの?」
「……」
彼女は、依然として黙っている。
言葉に気を付けて、できるだけそれとなく聞き出すことを心掛ける。
「教えてほしいな。何か伝えたい事がある……違うかな?」
暫くの空白の後、彼女は意を決したように僕に問い掛けた。
「……提督は、大和のことを、どう思っていますか」
「……?」
「ごめんなさい、いきなりで。……でも大和、聞いてしまったんです――」
聞こうとしたわけではなかったが、耳に入ってしまった――という前置きのあと。
『燃費は悪いし、修理費用も重すぎる』
『しかもあの程度の能力ではなあ……』
『正直なところ、割りに合いませんね』
震える声を必死に抑えるように、話してくれた。
「……今まで、そんなこと、言われたことなくて……っ」
「……」
かける言葉が、見つからない。
「て、提督も、そういう目で、大和を見てたのかなって、思っちゃって……っ!」
「……大和」
でも、肩を震わせて、今にも泣き出しそうな彼女の姿は見てられなくて。
「……ずっと、むりをさせていたのかとおもうと、なみだがとまらなくて……!」
「大和っ!」
「も、もうやめ……ひゃうっ!?」
そう思った次の瞬間には、彼女を抱き締めていた。
「うまく伝えられなかったら、ごめん。でも、言わせてほしい」
「……はい」
「……君がいなかったら、勝利を手にすることができなかった戦いは、何回もあった」
「……」
「感謝こそすれ、消費に見合わない働きだと思ったことなんて、一度もない!」
「っ……はいっ」
「だから!……君が、許してくれるなら。これからも、その力を僕たちに貸してくれないか?」
「……やっぱり、途中で投げ出すのは、良くないですよね。それに、あの子にも会えなくなっちゃうもの、ね……」
「……ダメ、かな?」
「いいえっ!……提督にそう言ってもらえて、ちょっと自信が戻りました。ありがとうございますっ」
「……こちらこそ、ありがとう。改めて……よろしくな」
「はい!」
その後も、あの一件を思い出すのだろう、時々僕のもとへ来ては、こうして泣きじゃくるようになって。
そのままズルズルと来てしまい、今に至るのだった。
……正直、彼女は未だあれを克服できていないのだろう。
そうでなければ――
「……ふぅーっ、ふぅーっ、……ぐしゅ、ううっ……」
涙で目を腫らすことなんて、ないはずだから。
思えば、彼女らをまともに褒めたことなんてなかった。
良くて、労いの言葉を1つか2つ、かけるだけ。
感謝の意を伝えたのは、あれが初めてだった。
あれは引き金になっただけにすぎない。
以前から、きっと疑心は持っていたはずだ。
そしてそうなってしまったのは、僕のせい。
どうすればいいのか。
答えは、もう決まっていた。
変えるしかない。今からでは遅いかもしれないけれど。
彼女への償いは、行動で示すしかない。
もう二度と、あんな思いをさせないように。
またもお久しぶりになってしまいました。申し訳ございません。
まだ、彼がペーペーの頃ですね。
この一件で、出世欲のなかった彼は一変。
艦娘に色んな勘違いをされながら、位を上げていった――
という(脳内)設定です。
態度で示そうよ、にも限度がありますよね、というお話。
泣き止まない大柄な女性を慰めたかった、という煩悩からスタートしたはずだったのに、どうしてこうなってしまったのか。
しかもその部分少ないし!どうなってるの!?
あと大和ちゃんに心無い暴言をぶつけてごめんなさい。
最終兵器として、うちでも戦っていただいて……
感謝です。来てくれて良かった。
迷走しておりますが、何卒生暖かい目で……
個人的に大和ちゃんはルックスよりも幼いイメージなのですが、皆さまはどうでしょうか。
なぜそんな風に思ってしまうのだろうか。声ですかね?
新生活が始まり、やりたいこと、やらなければいけないことがいっぱいです。
おかげで更新ペースが酷いことになってしまいました。
時間を探しているのはいるのですが……
忘れられない程度に頑張ります。
感想戴けるともっと頑張れます。現金なやつですね。
指摘なども大歓迎でございますよ。
今回もここまでとさせていただきます。失礼します。