血を受け継ぐ者たち   作:Menschsein

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ナザリック学園 ①

 魔導王アインズ・ウール・ゴウンによるナザリック学園設立の宣言。そして入学式の当日となっていた。

 

「忘れ物はない? 大丈夫? 一人で夜寝れる?」とエンリは本日何回目となるか分からない質問をカルネ村の広場でネムに対して繰り返していた。

 

「大丈夫。全部ちゃんと持ったよ」とネムは使い古しのボロキレをつなぎ合わせて作った風呂敷を抱えている。風呂敷は、ネムが昔使っていた服を裁断して作ったものだ。

 赤ん坊の時に着ていた服など、人間の体が最も大きく成長する時期は、手足や胴体まで大きくなるため単純に布の継ぎ接《は》ぎをするというような簡単なサイズの調整だけでは対応できない。赤ん坊の時やネムがもっと子供の時は、母が大きくなる度に糸から布を、そして布から服を作ってくれていた。

 二本の足で立ち上がり、自分一人で動け活動的になると、膝やお尻の部分がすり減って破けていく。その部分に、赤ん坊や幼児期に着ていた服を当て布として用いる。そうやって無駄にならないようにするのが、貧しい村の知恵だった。これからもネムの成長期は続き、着れなくなった服は当て布として使って消えていく。そして、ネムが着ていた服は、今は亡き母が作った衣服だった。自分の手元に置いていたかったからカルネ村に置いていという選択肢はなかった。が、かと言って、尊敬するアインズ様からもらった服は、どうやら自動修復という魔法が施されているらしく、当て布など不要とのことだった。

 他にも、聖遺物《レリック》級だとか、中位精神防御の効果だとか、飛び道具無効化とか、中位魔法無効化とか、探知対策(カウンター・ディテクト)の効果だとか、ネムにはアインズの説明を聞いても理解できない機能が沢山付いているらしいが、ネムが一番喜んだのはサイズが自動で調整されるという効果だった。着ていて傷んでしまっても修復され、そして、これから迎える成長期でも問題なく着れる。ネムは、亡き母が作ってくれた服を、風呂敷として使うことにした。そうすればどこに行こうとも一緒に持って行ける。

 

 ネムの所有物といえば、姉が着れなくなったお下がりの服だけだった。あとは、ンフィーレアから餞別としてもらったポーションが一つ。そして、ネムのポケットには、お小遣いとしてエンリから少しばかりのお金をもらっていた。風呂敷一枚にネムの所有物はすべて納まってしまう。

 カルネ村からろくに出たことの無いネムにとって、ナザリック学園への入学は、人生初めての、ブリタの言葉を借りるならば、それは冒険であった。

 

「みんなも、ネムをしっかりお願いね」とエンリはナザリックで教鞭を執ることになっているゴブリン達にお願いをする。

 

「お任せください。私達が常にネムさんをお守りする手筈になっております」と、ネムの影からずるりと姿を見せたのは黒装束を纏ったゴブリン暗殺隊である。

 

「私もエンリ将軍をお守りする気持ちでネムさんをお守りいたします」と十三人いるゴブリン近衛隊の一人が言った。

 

「妹をよろしくお願いします」と再びエンリは深々と頭を下げる。

 

「あ、見送りに来てくれたんだ!」と、ネムは最近村の一員となった“猫”と呼ばれる獣達の下へ駆け寄り、そして猫たちに飛びつく。体の大きさで言えばゴブリン達と変わらないほど大きな猫だ。

 カッツェ平野やカルネ村の倉庫一杯に収穫された小麦などの食料。当然、食料が豊富に備蓄されるようになれば、それを狙うものも現れる。盗賊などは村を囲む防壁でその侵入を防ぐことができるが、厄介なものが、トブの大森林から侵入してくることが多くなってきた。それは、鼠であった。いつの間にか侵入し、そして倉庫の食料を食い荒らす。カルネ村で食料が不足していた時期、トブの大森林からゴブリン軍団五千人の日々の食料を賄うために狩りを行っていた。そのため、大森林で鼠たちの食料が不足し、食料を求めてカルネ村へやってくる鼠が急増したのだろうとカルネ村の元村長が言っていた。村人の誰も、村の仲間であるゴブリン達をその事で非難したりはしないが、エンリは心苦しかった。

 それに、鼠たちが病気を運んでくるということも村人達は経験上知っていた。しかし、真夜中にこっそりと侵入してくる鼠たちへの対策は難しく、村人達を悩ませていた。そんな時に、アインズの命令で連れてきましたと、アインズの部下を名乗る闇妖精《ダーク・エルフ》のアウラが現れたのだ。その少女が連れてきた猫たちの効果は抜群であった。カルネ村から鼠が一掃される。村の幹部達が集まって行われた会議でもっとも頭を悩ましていた問題が一挙に解決されたのだ。村が襲われれば助け、村に食料が不足すればカッツェ平野という豊穣の土地を与えてくれ、鼠問題が発生すれば、それを解決してくれる。アインズへの感謝と、そして尊敬は高まるばかりで、ついには村の広場に、アインズ様の彫像を建てようかという話が持ち上がったほどだった。

 それに、連れてきた猫たちの知能も高いらしく、カッツェ平野で一度はエンリ配下のゴブリンを襲ったが、襲ってはいけない存在だと分かったら逆に猫なつっこくゴブリン達と接していた。カルネ村近郊に現れる野生のゴブリン達は容赦なく襲うので、ちゃんと見分けているようだと、エンリも安心をしている。

 

「このもふもふを暫く味わえないのは少し寂しいかなぁ」とネムは猫の体に頬をすり寄せてその感触を味わっている。猫たちがカルネ村にやって来た当初、ネムが猫を可愛がる姿をみてゴブリン達は『俺達のアイドルであるネムさんが奪われた』と嘆き悲しむゴブリンもいたほどだ。

 

「アインズ様が、ナザリック学園の公園の一つを森にすると言われていたから、この子達の何匹かも、そっちに移り住んでもらうことになると思うよ」とアウラが答えるとネムは嬉しそうだ。

 アウラの本音としては、人間なんかにこの猫はもったいない。自分のペットにしたいと思っているが、アインズ様の命令なのでそれは仕方ないと諦めている。だが、大きな達成感もあった。それは、この猫たちをカルネ村の人びとと共存させるというアインズ様のご命令を達成出来たということだ。“吐息(ブレス)”のスキルを用いるというちょっとした工夫をしたことが早期成功の要因だったとアウラは考えていた。デミウルゴスには遠く及ばないが、ちょっとした知恵者になった気分だ。もっとも、ハムスケをけしかけ、モモンと戦わせ、そしてモモンの名声を確立するという、アインズ様が考え出されたアイデアを流用したに過ぎないし、アインズ様は叡智溢れる御方だと改めてアウラは思わされたのも事実だ。

 

『予定したお時間が経過したよーー モモンガお兄ちゃん!』とアウラの付けている時計から声が鳴り響く。

 

 ありがとうございます、とアウラは丁寧に時計にお礼を言って「そろそろだよ。シャルティアがエ・ランテルから転移門《ゲート》を開いてくれるよ。マーレも早く来なさいよ」と、建物の影に隠れて広場の様子を窺っているマーレを呼ぶ。

 

「達者でな」

「頑張るのよ」

「ネムさんお元気で!」など、ネムは村人達から送り出されている。

 

 ネムの“冒険”の幕が開けたのであった。


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