ネムは、竜王国の宰相から、自分がどうして竜王国の玉座の間に立っているのかの説明を受けていた。
ドラウの本来の姿を見せてもらったが、出るところが出て、引っ込む所は引っ込む魅力的な女性であることに驚いた。だがその反面、中身は対して変わってはいないようなのが、学級委員としてネムはとても残念だった。
「それで…… ドラウちゃんは私にどうして欲しいのかな……?」
「頼む! 今竜王国に侵攻しているビーストマンから我が国を救ってくれ」と両手を合わせる。
「私からもお願いいたします」と宰相も深々とお辞儀をした。
「ごめんなさい……。私にはできません。私はただの村娘なんです」と申し訳なさそうにネムは答える。出来ないことはいくら頼まれてもできないのだ。
「そんなはずはない。どうか頼む!!」とドラウは真剣な表情で今度は、王座の間に敷かれているカーペットに頭を擦りつけて土下座をした。
「ドラウちゃん、そんなことしないで。お願い……」
ネムの心も悲しくなる。一応友達だし、ネムは学級委員長であり、クラスの他の生徒が困っていたらそれを助ける為に全力を尽くさなければならない。シクスス先生から、学級委員長としての経験は、将来、メイド長としてメイドを取りまとめなければならない時にきっと役に立つと言われてもいる。
だが、一国を救うなど、学級委員長としての職分を越えている。越えすぎている。それに、自分にはそんな力なんてない。自分にはできないことだった。
「女王様、ネム様、もうこの時間でございますので、ご夕食になされてはいかがですか? ネム様も本日はお城にお泊まりください。早朝、学園までお送りいたします」と話が硬直状態であることを悟った宰相が提案をした。
「いいえ! お気遣いなく……」
「こちらが勝手にネムさまを招いたのでございます。どうか女王の面目のためにも」と宰相はさらに押してくる。
「わ、わかりました」とネムはそれに応諾した。一方的に招かれたが、頼みを断った上で、さらに夕食まで断るのは流石に失礼だとネムは思ったからだ。
「では、夕食の準備ができるまでお待ち戴く部屋にご案内します。ネム様こちらです」と、宰相は王座の間の出口に向かって歩き出す。ドラウはまだ頭を上げていない。ドラウが頭を下げているにも関わらずその場から立ち去るのに躊躇いを憶えたが、ネムは宰相の後についていくことにした。
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「こちらで夕食ができるまでお待ちください」とネムが通されたのは王座の間の近くに作られた迎賓室であった。宰相はネムをソファーに誘導すると、そのまま紅茶を淹れる。
宰相という国の偉い人に紅茶を淹れてもらうのに恐縮しつつ、先ほどからメイドの姿が見えないことがネムには気になっていた。
「我が国は、ビーストマンの侵攻に国のほとんどのお金を使っています。この城も何年修復等を行っていないか……。それに、メイドなどを雇うお金もないのです」と宰相が唐突に言い始めた。
「そ、そうなんですか。大変ですね」とネムは体を小さくしてソファーの前に座る。宰相が紅茶を淹れる姿を凝視し過ぎて、宰相が自分が淹れていることについて説明してくれたのだろう。マナー違反をしてしまったとネムは思った。
宰相はお茶をネムに出し、温和しく部屋の隅で座っている猫たちには皿にミルクをだした。そして宰相は、ネムが座っているソファーの反対に腰掛ける。
「夕食が出来るまで、私の話を聞いていただけたらと思います」と宰相は言った。
「あ、紅茶ありがとうございます」
竜王国は狭い国である。バハルス帝国の南、スレイン法国の東方に位置する王国であるが、その人間の生存圏はわずかである。湖畔と山地に挟まれたわずかな平地、それが竜王国に住む人間の生存圏であった。
かつて、その狭い平野で山地に住むビーストマンに脅えながら生活をしていた人間を取りまとめて、
しかし……
現在の竜王国の女王、ドラウディロン・オーリウクルスは、
だが、
ドラウディロン・オーリウクルスでは、竜王国に侵略してくるビーストマンを倒すということは不可能だ。先代であれば王として先頭に立ち、ビーストマンを蹴散らすことができた。
しかし……
「元の形態に戻っても、女王様はそんなことはできないです。戦場に立てば真っ先に死にますね」
「そうですか……」と言うことしかネムにはできない。
「そしてそのことに関して、もっとも苦しんでいるのは他ならぬドラウディロン・オーリウクルス様です。女王様の本当の年齢をご存じですか?」
「え? 私と同じくらいではないんですか?」
「私よりも遙かに年齢は上です」と宰相が言う。ネムの目の前には初老に差し掛かったという姿の男。宰相としていろいろと苦労をしているのだろう。白髪交じりの髪と顔の皺がその苦労を雄弁に語っている。ドラウの年齢、ネムには信じがたいことであった。
「相応の年齢を重ね、とても思慮深い方なのです。今は、まるで子供のような言動をしておいでですが、それはその必要があるからです。我々に明るく振る舞いながら、その自分の王としての不甲斐なさ、無力さにいつも苦しんでいらっしゃいます。それを表に出さないように、あのような言動をなさっているのです。お優しい方なのです。そんな姿に私は心を打たれ、今日まで忠誠を誓って仕えて参りました。もちろん、私は死ぬまでお仕えするつもりでございます」
「そうだったんですか……。」
「今まではスレイン法国の支援によりなんとか国体を維持してこられました。しかし、今年は法国の支援もない。竜王国の国民がビーストマンの胃袋に納まってしまうのは時間の問題です」
「そんな……」
ネムは絶句せざるを得ない。
「女王様がネム様にビーストマンの撃退を依頼するのも、何かお考えがあってのことだと思います。このままでは、最後の手段を使わざるを得なくなります……」
「魂を集めるってことですよね……」それはつまり、国民を殺すということだ。
「それとは別の最後の手段として、女王様は自らの肉体を売り渡されるでしょう」
「え? 体を? そ、それって……」
ネムもその意味が分からないほど子供ではなかった。
「あのロリコンにです」
「ロリコン?」とネムは首を傾げる。聞き慣れない言葉であった。
「あの王座の間で気絶していた男ですよ」と宰相が補足を加える。
「あの変な人ですか! それはダメですよ!」とネムは思わず立ち上がってしまう。あのナザリック学園の帰り道で感じたねっとりとした視線。その視線を思い出し、ネムはまた背中がむず痒くなってしまった。
「宰相さん、話は分かりました。出来るかは別問題として、私もドラウちゃんに全力で協力します!」
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ナザリック学園の寮食には劣るものの、夕食は美味しかった。それに、協力をネムが応諾したという話を聞いて、ドラウはほっとしたようでもあり、嬉しそうだった。ネムにとっても楽しい夕食会である。
それに、料理を食べるドラウの作法。それは洗練されていて、ネム自身、やっぱり王様だったんだとドラウを見直していた。普段のメイドの授業の時のがさつなドラウとは違った一面、そして宰相の話を聞いて、ネムはドラウに対する印象を改めていた。猫たちもご馳走を食べて満足そうにしている。
「ご馳走さまでした。とっても美味しかったです」とネムはドラウにお礼を言う。
「何、気にすることはない。さて、お腹も膨れたし、さっそくビーストマンの所へ向かうとするか」とドラウは言う。
「え? 今から?」とネムは窓へ視線を移す。既に太陽は沈み、夜となっている。
「彼奴らは夜行性だからな。今くらいの時間帯が丁度よい。スクロールを用意せよ」
「はい。こちらに既に準備をしております」と宰相はスクロールをドラウに渡す。
「よし、では行くぞ!」