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チラシの裏なのに、なのはさんファミリーの嗅覚は鋭い……。
「なるほど、あの腕力はそういうことね」
すずかが吸血鬼の力を引く『夜の一族』であることを明かした後の、最初のアリサの言葉である。ちなみに、すぐ側になのはもいて、一緒に話を聞いている。少し離れた場所では、大翔は例の転校生の応急処置、及び、急ぎの探し物といって、転校生の周りでごそごそ何かをやっていた。
「色々納得がいったわよ。大翔が来る前から、とんでもない運動能力を見せたりしてたものね、時折」
長年の謎が解けてスッキリだと表情が語る。そこには畏怖や恐怖の感情は欠片もなく、逆にすずかが戸惑ってしまっていた。
「怖く、ないの? 私は、化け物、なんだよ」
すずかの声は震えが混じる。つい先程、目の前で人外の腕力を見せ付けたところだ。大翔に害なす敵の排除の為だったから、行動自体に悔いは無かった。
が、親友を失う恐怖からは逃れられない。余裕も無くしている彼女だから、アリサの様子が『普段と変わらない』ことにも気づけなかった。
「えらく優しい化け物もいたものだわ。人の間ばかり取り持って、自分のことは後回しにしてばかり。疲れ切ってしまわないか心配をかける、そんな吸血姫さんがね」
「アリサ、ちゃん……」
茶目っ気たっぷりに笑ってみせるアリサは、態度で既に示していた。すずかとの関係はこれより先も変わらないし、変えるつもりもないと。
「あたし達の心を、守ってくれるためでもあったんでしょ? カッコ良かったわよ、すずかの背中」
ぽんぽん、と頭を軽く撫でながら、アリサは今にも涙がこぼれそうなすずかを抱き寄せていた。大翔と違い、至って自然な動きである。生まれながらの才ある美少女は、さすが格が違っていた。
「でも、すずかちゃんが長生きってことは、わたしやアリサちゃんがお婆ちゃんになっても、お姉さんのままってことなんだよね。むー、なんかずるいよ!」
なのはもなのはで観点がずれにずれている。永久の若さを──女性ならば誰でも心のどこかで願うもの、であるが、今の話の要点はそこではないのが明らかだ。
「ぷっ……な、なのはちゃん。最初に気になったところ、そこなんだね」
「だ、だって、うちのお母さん見てたら、そう思っちゃうんだもん!」
感動の涙が笑いの涙に変わり、思わず頬を拭うすずかだが、なのはの態度も変わりないことに心から感謝していた。彼女達はすずかの秘密を知ったぐらいで変わってしまう人達では無いのだと。
「……もっと早く話すべきだったね、ごめんなさい。アリサちゃん、なのはちゃん」
「あたし達が黙って待っていたのは、アイツの助言もあったからよ。後でお礼を言っておきなさいな」
「え?」
「アイツが転校してきて、すずかを取られたような気分になったわ。あたしやなのはの前では決して見せない、ものすごく輝くような笑顔。それを大翔の前で見せているのだもの。詰め寄ったのよ、あたし。何があたしには足りないんだ、って」
「……その話、全然知らなかったよ?」
「黙ってろって言ったもの。あたしがアイツを信用するようになったのもそれが切欠。頭がいいだけじゃない。約束をしっかり守り通してくれる、筋の通った男だって」
「大翔くん、言ってたの。『待ってあげて欲しい。すずかはそう遠くない時期に君達にずっと秘めていることを告白するはずだから、彼女が自身で話せる勇気が出るまで、頼むから見守っていて欲しい』って、言ってたよ」
「そんな、ことが……」
「親友だから、絶対に失いたくない人たちだからこそ、どうしても言いにくいことだってある。近過ぎるから、万が一を恐れるから。理屈じゃなくて、どうしても怖くなるんだって。納得出来るかって、すごく怒ったのよ。そしたら、アイツ……あたしとなのはの前で躊躇いなく、土下座したわ」
「自分のことはどれだけ憎んで、恨んでくれてもいい。ただ、すずかちゃんがわたし達と一緒の親友でいるために、自分からちゃんと言える時を待って下さい……そう言ってたの。ああ、すずかちゃん、大翔くんに大事にされてるんだなって、ちょっと羨ましくなるぐらいだった」
「情け無いと思わないのってあの時は罵ってしまったんだけど、つまらないプライドなんて必要ない。俺はすずかに命を救われた。その恩返しのためだったら、土でもお前の靴でも何でも舐めてやる……ふふっ、たまにこのネタでこっそり弄ったりしてたんだけど、もう期限切れね」
「アリサちゃん、そんなことしてたんだね……」
ぷくーっと頬を膨らませるすずかを見て、大翔の存在をアリサは改めて痛感する。常に一歩引いて、自分の苦しみや悲しみを微笑みで覆い隠すようなすずかが、彼が絡む時はこんなにも、素直に表情を表に出している。それは、決して悪いことじゃない。アリサはそう思う。
自分やすずかは自分を律することを求められる時間が、年を重ねるにつれ、一日の殆どを占めていく。その時に、素直な心を吐露出来る時間と相手がいることが、どれだけ癒されることだろう。
「ふふ、大翔を一人占めしている意趣返しとでも思って頂戴。私も学校にいる時はアイツに随分助けてもらっているけれど、ね」
「わ、わたしも、年の近いお兄ちゃんみたいで、大翔くんのこと大好きだよ!」
温度差はあれど、二人も彼を大切な人と思ってくれている。すずかはどうしようもなく、そのことを嬉しく思った。
「それで、すずか。契約ってどうするわけ?」
「決まった言葉があるわけじゃないよ。ただ、秘密を漏らせば漏らした先の人も含めて、私の記憶を完全に消し去る……それが『契約』。だから、言葉はアリサちゃんやなのはちゃんの思うもので、いいの」
「なるほどね、秘密を漏らせば一部であっても、自分の心を殺されるってことね」
発言の内容と噛み合わない明るい声で、アリサは声高に宣誓してみせる。すずかへの親愛は、そんな薄っぺらいものなどではないのだと。
「OK、誓うわ。すずか、あたしは貴女の秘密を墓場まで持っていく。その代わり、互いが命を別つまで、親友でいること。その努力を決して惜しまないこと、いいわね?」
「うん……うんっ!」
昂る心がうまく言葉に出来ずに、すずかはただ、力強く幾度も頷く事でアリサに答える。想い人だけでなく、親友までもがひた隠しにしていた秘密をこうも容易く受け入れ、共有してくれることを宣言してくれる。なんて、幸福な一日だ。この日を忘れる事はない。彼女はそう、確信していた。
「こ、今度は私の番なんだけど、にゃはは……アリサちゃんみたいに、カッコいい言葉が思いつかないから、ごめんね」
謝ることなんてない。すずかは首を左右にぶんぶんと振ることでその気持ちを示す。なのはもすずかに笑顔で頷いて、一つ深呼吸をした。
「……高町なのはは、誓います。すずかちゃんが打ち明けてくれた秘密を、家族にも誰にも言いません。そのかわり、これからもずっと、私と大切な友達でいて欲しいな」
「ありがとう……なのはちゃん」
すずかとなのはは手を合わせ、ぎゅっと握り締め合う。この温かさを、二人は忘れない。忘れられないだろう。
「えっと、アリサちゃんは勿論、大翔くんや恭也さんは大丈夫だからね?」
「あ、なるほどね。すずかのお姉さんとなのはのお兄さんは付き合っているから、そういうことか」
「……お兄ちゃん、もう誓いを立ててたんだ」
「私は、大翔の誓いの内容が気になるわね~」
「……内緒」
自分だけの秘密にしたいということもある。だが、それだけでもない。彼の誓いには、彼の秘密が含まれているから。
『すずかを護る為に、俺は自分の力──魔法の力を磨き続ける。すずかが自らの出生が漏れかねない力を奮う必要が無いように、俺は必ず強くなってみせるから。約束だ』
一言一句。口調も、あの時の真剣な眼差しさえも。全て鮮明に覚えている。
実際には、守られるだけを良しとしない自分と、彼の力がまだまだ不足していることもあり、純粋な戦闘力はすずかが上である。鍛錬を続ける彼以上に、すずかの能力的な成長が早いというのが何より大きい。日常的に彼女の一族にとっての完全栄養食である、異性の血液が摂取出来る環境というのは、理想中の理想であるからだ。
それでも、すずかは無条件に信じている。
彼はきっと、自分よりも強くなる。隣で並び立ちながらも、彼のサポートで精一杯になる日がきっとやってくる。それまで、私が彼を護るだけのことだと。
「また、乙女の顔しちゃってからにー!」
「ふぃひゃいよ、ふぁりふゃちゃん……」
悪戯を自分で仕掛けておきながらも、良く伸びる頬だ、そんなことをアリサは思うのだった。
******
「いやぁ、やっと見つけたよ。多分、この黒い宝石が埋め込まれてるペンダントが探し物で間違いないと思う」
女性陣の話が一段落ついた頃、最低限の応急処置を終えた大翔がすずか達に歩み寄る。
「迷惑料として取り上げたの?」
わざと意地悪くアリサが問いかけるも、大翔は両手を挙げて降参の意を示す。
「そう意地悪言うなよ、バニングス」
「じゃあ、いい加減『アリサ』と呼びなさいな。アンタのことだわ、絶対にあり得ない『万が一』とやらを考えていたんでしょうよ。もう気にする必要、無いわよね?」
「……アリサちゃん、どういうこと?」
なのはの問いかけに、アリサはさもご立腹だという態度を崩さず、吐き捨てるようになのはに説明を投げつける。
「すずかの秘密を聞いて、あたし達がすずかを否定するという『万が一』を大翔は考えていたのよ。その際に、記憶を消されるあたし達二人と親し過ぎれば、いろいろ具合が悪いと考えていたわけ。だから、すずかの従者みたいなスタンスを崩さなかったし、必要以上に踏み込みもしなかった。表だけ愛想のいい振りをしていたのよ」
「……優しいのも、演技だった、ってこと?」
「理由はどうであれ、そういうことよ」
「……私の話、辛抱強く聞いてくれた。私はいらない子じゃないって、力強く後押ししてくれた。全部、嘘ってことなのかな」
なのはの表情に一気に影が落ちる。やはり、私は必要の無い役立たずな子供なんだと、暗闇が染み入るように、半年前の辛さを全て笑顔で誤魔化す『いい子のなのは』へと、急激に戻ろうとして──。
「いい加減にしろっ!」
アリサとなのはが同時にハッと顔を上げる。彼の怒り声を、彼女達は初めて耳にした。
「まずは、『なのは』っ!」
「は、はいなのっ!」
内に篭りかけた意識は、自分へ向けられた怒りに急浮上する。大翔は、紛れもなく自分に対して、怒っている。この半年間で初めて見る怒り。困惑が広がりつつも、なのははどこか懐かしい感覚に囚われる。そう、いい子を徹底して装うようにになってから、もう随分と見ていない、父・士郎が本気で叱る時に似ている……。
「俺はそんな器用な人間だったか? 確かにお前らに一定の距離感を取っていたのは否定しねえよ。名前を呼んで欲しいと言われても、断り続けたのもアリサの言う理由でおおよそ合ってる……っ!」
目の前の彼は、話し方すら変わっていた。いつもの気遣いを感じる、少し丁寧な言葉遣いではない。荒々しく、感情を剥き出しにしながら、それでいて怒鳴りつけるだけにならないように、なけなしの理性を何とか保っているような……。
とっさに正座の姿勢となり、傾聴に集中するなのはも、すぐ横で彼の急変に珍しく動揺を表情に現すアリサも、大翔の激情を真正面から受け、飲まれてしまっていた。
(ふふっ、大翔くん。そうだね、なのはちゃんもアリサちゃんも心配で仕方なかったんだよね。ありがとう、今まで我慢してくれて──。)
激情。彼は精神的に大人としての振る舞いをする中で、元来の性質を抑えつけているだけのこと。彼の血の味わいは、脳を焼き尽くすような熱さに満ちて、吸血の度に、すずかの一族としての本性を呼び起こす。
そして、未だ理由は判らないけれど、彼女の体内には元々無かった筈のリンカーコアが宿る。漠然とではあるが、すずかはこの資質を大翔から分け与えられたものだと認識していた。なぜなら、その魔力の光は深紅色。彼と同じ色だったのだから。
『大翔くんが私達の側にいてくれる限り、もう貴方は自分を偽る必要が……無くなったから。なのはちゃん達に、大翔くんの言葉で伝えてあげて。この声、伝わったら、嬉しいな』
『……これが念話、か。わかったよ、すずか。もう遠慮はいらないもんな』
アリサとなのはは、これから彼の中でも重要度が一気に上がるだろう。だからこそ、すずかは常に先手を取らんとする。彼を見初めた人として、後手に回るわけにはいかない。視線を合わすだけで、想いを伝え合える。恋する女としての理想の一つがそこには存在しているのだ。
すずかは念話を終え、一つ頷くだけで良かった。彼はすずかの大好きなあの瞳を宿した。吸血姫の彼女を見事に魅了してみせた、あの瞳だ──。
「俺の言葉は嘘だったか? 自慢じゃないが、嘘は下手な方だよ、俺は。だから、冷静を繕って、表に出さないように努めるしか出来ねぇ。燻って、自分と他人の間で分厚い壁を作っていたお前に、嘘の言葉が響くのかよ。本音ぶつけなきゃ、お前はいらない奴じゃねぇって本気で言ってなけりゃ、お前は信じれたのかよっ!」
「ちょっと、大翔、そこまでなのはを責め……」
「黙ってろよ、アリサ。てめぇには後でじっくり話をしてやる」
大翔はアリサの割り込みを許さない。低く、感情を無理やり抑え込んで、鋭く威嚇してみせた。言葉の圧力には慣れているのアリサは、それでも圧された。初めて知る友人の熱い感情に、その熱を無理やり閉じ込めた、彼の声に。
「『なのは』、お前はいらねぇ子なんかじゃ決して無い。んなことを抜かす奴がいれば、俺がぶっ飛ばす。たとえ、お前自身でもだ」
「大翔、くん……」
「俺達三人が必要にしている。お前の明るさにどれだけ救われていると思う。……いや、この言い方はずるいな。俺が、お前を必要としてる。誰であっても変えの効かない、大事な友達だ」
「う、うえぇ……嘘じゃ、ないよね……信じるよ? ひぐっ……信じちゃうんだよっ!?」
「おう。信じろよ。恭也さんには及ばないけど、支えるぐらいは俺でも出来る」
「う、うわぁああああ……!!!」
飛び込んでくるなのはを受け止め、泣きじゃくる彼女の髪ををただ静かに撫で続ける。士郎が、桃子ならば、きっと同じように受け止めるだろうと、大翔は黙ってそうしていた。
アリサの不用意な一言で、折れ欠けたなのはの心。立ち直った先には、同い年の兄貴分の姿。
「ほんと、この年でお前ら、急いで大人になり過ぎなんだよ、ったく」
外見だけ見れば、本当におかしな発言。だけど、アリサは不思議と彼の言葉が誇張表現には思えない。なのはを見る彼の目は、自分のパパと重なって見えるのだから。
後で修正入れるかもしれませんが、
とりあえず四人の共通認識が整うまでは、一気に進めたいと思います。
魔法少女なのに、魔法の話が出来ないと、
近いうちに作者が手詰まりを起こしますから(苦笑)