吸血姫に飼われています   作:ですてに

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……うん、案の定、後編の予定が中編に変わるという。


数年後(中編)

 「……うん、このタイミングでのプロポーズは、予想外、だったな。すずかの家柄を考えると、正直、俺と一緒になるというのは、二人の気持ちがどうであれ、障害しかないと思っていたんだ。いくら、親父さんとお母さんが応援してくれるとしても、すずかの立場は未来における、月村工業の代表兼、夜の一族での重鎮なのは確定でさ。最近ですら大人しくしているけど、俺を物理的に排除しようとする動きが無くなるわけでもない」

 

「そんな……! ひろくんを、私を引き離すなんて、そんなこと絶対に!」

 

「分かってる。仮定の話だ。ただ、避けて通れることじゃない。忍さんが研究者タイプである以上、その辺りを考えるのは俺の仕事だと思っていたし」

 

 ひろくんとの別離。それを模索する不穏分子の動き。分かってはいてもこの一件については、私は冷静でいられなくなる。絶対に、そんなこと、させない。私の元からひろくんが離れる時は、彼自身の意思で私に見切りを付けた時だ。

 そんな私の反応を予想していたのだろう。ひろくんは私を抱き締めなおした上で、優しく私の髪を手梳いていく。ゆっくりと、何度も。私の心が落ち着きを取り戻すまで。

 

「聞いてくれ。俺はな……『いざとなれば、すずかを連れて、遠くに高跳びしてもいいと考えてた』。ただ、すずかがそれで幸せになれるのか、って問題がつきまとうから、最後の手段だと考えていた」

 

 会話の中に混じる念話。その内容は、心を弾ませるには十分で。物語で読む、若い男女の『駆け落ち』を、手段の一つとしてひろくんは想定していたことになる。

 

「もともと、過去に一人暮らしが長かった人間だ。身の回りの整頓は、ノエルさんやファリンさんにも任せていないだろう?」

 

 よく考えれば、ひろくんが自分の洗濯物を干していたり、服を畳んだり、週に一、二回は必ず厨房に立っていたりするのが日常となっていたけれど、彼の気質もあるのだと思っていた。けれど、ひろくんはいつ一人になってもいいような、準備と覚悟を積み重ねていたということ? ……むぅ、以前は本気で離れる気満々だったってことだよね。今は、それが別の準備にすり替わっているだけで。

 

「忍さんたちのお蔭で、結果、手に職もついたし。すずか一人ぐらいなら、とりあえず食うには困りはしないよ」

 

「……いつか、ミッドチルダに、渡るつもりだったの?」

 

「すずかにいずれ不要にされると思い込んでいる頃は、そうだった。好きじゃない場所だけど、生きていくためには仕方がないと思っていた」

 

 今のひろくんは、その思い込みが薄れてくれているから、澱みなく答えてくれる。ただ、その『捨てられるかもしれない』感覚は、ずっとこびりついて離れないのだろう。私だって、そう。お互いがどれだけ言葉を尽くしても、自分が信じ切れない限りは、消えることは無いから。

 

「何万回でも言うよ。離さないからね。これまでも、これからも、私はひろくんがいないと、幸せになれないから」

 

 だから、ほぼ毎日、私は口にする。貴方が必要なのだと。ありったけの想いを込めて。貴方が私にどれだけ不可欠な存在なのか、骨の髄まで染み込んでしまえと願いながら。

 

「ああ。すずかがそう言ってくれるから、俺はここにいられる。すずかの未来を考える資格があるんだと思える」

 

「もちろんだよ。私の未来はひろくんがいなきゃ、もう成り立たないんだからね?」

 

 以前からの女性不信が完全に克服出来ていないひろくんは信じた女性に捨てられる、裏切られることを極度に恐れる。だから、紳士的に振舞い、相手からの信頼には応えようとするけれど、信じ切れないから、自分の負担ばかりが増していく。

 私とアリサちゃんは早くにそれに気づけたから、日頃からひろくんへの思いを言葉にしたり、ハッキリ態度に示すようにしてきた。後は、ひろくんが抱え込む問題にわざと巻き込まれて一緒に解決するようにしたり、私に重荷を預けても大丈夫なんだよと、訴え続けてきた。

 ひろくんの中にある私への罪の意識や義務感に呼び掛けて、まだまだ側を離れられないと思ってもらい続けるうちに、私自身を信じて、心を安心して預けてもらえるように。

 

「……ありがとう、すずか。話を戻すよ」

 

 照れ臭そうにごまかし笑いをして、ひろくんは私の後ろに回り、腕の中に招き入れる姿勢を取った。顔をしっかり見ていたいという思いもあるけれど、真剣な話の途中でもあり、私は静かにひろくんの腕に両手を添えるに留めておく。

 

「二人の子供というのは、考えてすらいなかったんだ。ただ、すずかの身体の状態を考えるなら、早めに子供を授かることで、周囲の雑音を抑えて……ま、野次馬連中は仕方ないが、さらにあの衝動を緩和させれば、すずかの行動時間が確実に増えるよな……」

 

 思案顔をしてるはずのひろくんは、頭を一気に回転させ始めた。私の好きな彼の表情の一つで、首をひねって、彼の思考に埋没する顔を、視界になんとか収めながら、私はひろくんが口を開くのを待っていた。

 

「……休学するのは前提になる。卒業は遅れるぞ? 出産後の身体が元に戻っても、子供の夜泣きが収まるわけじゃないからな。子育てって落ち着くのに最低でも3、4年はかかるものだから」

 

「うん、もちろん。ただ、入学はちゃんと果たしておいて、時間がかかってもいいから、学業はしっかり納めたいんだ」

 

 子育て経験のあるひろくんの言葉は、重い。限度年数ギリギリまで休学する可能性も、自分の中では折り込み済みだ。私の恵まれた環境だからこそ、自分の体質に折り合いをつけ、彼の子を産み、育て、かつ、学業……その先にある本業にも力を注ぐ事が出来る。幸せになるために、自分の環境を精一杯利用する。

 周りからはさらにいろいろ言われるのだろうけど、そういうのも含めて、利用する。人に何を言われようと、自分自身が幸せになってやるんだと、私は覚悟を決めていた。

 

「すずか自身も、様々な非難中傷を受けることになるぞ? 月村家の令嬢が学生結婚……なんて、格好のネタになるからな」

 

「外野には言わせておくよ。私は、私自身の幸せを、ひろくんと一緒に追い求めるって決めたんだ」

 

 同じような想いを抱く親友兼ライバルであるアリサちゃんも、実はとんでもない計画を遂行していて、いろんな方面に働きかけて、ひろくんが自分の想いを心の底から信じざるを得ない結果をまもなく現実化させると息巻いている。

 確か、アリサちゃんを名実ともに私の体質問題に巻き込んでからだから……三、四年で見事に結果を出そうとしている。近々、ニュースとして界隈を賑わせることだろう。内容を聞いている私としては、アリサちゃんの、ひろくんへの想いがどれだけ本気で、一途なものかを思い知っている。

 

「……負けられないもん」

 

「?……決意は固いってこと、よく分かった。しっかり、考えるよ。すずかの希望を聞いて、俺はどう数年先を構築するべきなのか」

 

「お姉ちゃんも二人だから、私も二人以上は欲しいかな?」

 

 出来れば、男の子と女の子両方。私の家系は特に女系が産まれる確率が高いけれど、なんとなく、ひろくんとの間ならば、バランス良く授かることが出来る予感がある。こういう直感めいたものは、私もお姉ちゃんもお母さんも、ほとんど外すことが無い。これは私の勝手な考えだけど、一族の能力とまでは言えなくても、普通の人より身体能力や五感が優れていることに遠因があるのかもと思っているんだけど。

 

「……すずかに似た、綺麗な子が産まれそうだ」

 

「ひろくんに似た、優しくて芯の強い、凛々しい男の子も産まれるよ」

 

「断定ですか」

 

「断定です、ふふ」

 

 その後、お互いに何品か作って持ち寄った弁当を食べ、警護の人達にも交代で食べてもらい感想を聞いたりして、私とひろくんは穏やかな午後を過ごしていく。

 

「悔しいなぁ。警護の人達、どちらが作ったか言わずに差し出したら、殆どひろくんの品が美味しいって言うし。もっと練習しないとね」

 

 私の膝枕で寝息を立てるひろくんの髪を撫でながら、のんびりとした心地良い時間。ただ、不意に唇からこぼれたのは、ため息でした。

 調理場に立つ回数に圧倒的な差があるとはいえ、悔しい。旦那さんの作る料理の方が美味しい、って将来の息子や娘に言われるのは、あまりに寂しいもん。お姉ちゃんは……うん、もう開き直ってるけど、ああはなりたくないのが本音です。

 

『大丈夫ですよ、マスター。貴女の腕は確実に上がっています。もう少しすれば、個々の好みの次元になりますよ。大翔が貴女の作った一品を食べる時の、満たされた顔をを見れば分かります。彼は根が素直ですから、美味しくないモノを食べた時は必ず顔に出てしまいますよ』

 

『ありがとう、ヘカティー。ただ、一緒に並んで作れるようになったのも、ここ五年ぐらいのことでしょ? 主婦(主父)としての年季が違うの。段取りとか、片づけと調理が常に同時並行だったりとか』

 

『大翔は効率を追い求めるのを生き甲斐にしています。そんな効率至上主義者と争うこと自体が不毛と考えます』

 

 何とも遠慮の無いヘカティーの念話。彼女やアリサちゃんぐらいだろうか、彼のことを多少悪く言われても、私が平常心でいられるのは。二人が、ひろくんのことを真剣に考え、思いやっていると分かっているからこそ。

 

『……そうだね。ただ、私は、ちゃんとひろくんと並んで歩きたい。初めは、私が守ることもあったけれど、気づけばずっと守ってもらってばかりになって。それでも、この気持ちだけはずっと持ち続けるんだって、決めてるの』

 

 守ってもらうことが当たり前になれば、与えられるだけの自分に落ち着いてしまえば、私はひろくんと人生を共にする資格を失う。そんなお姫様の地位に安住していいのは、紗月さんだけ。……未だに、ひろくんの特別である、あの女性だけ。

 

『……おそらく、同じ思いをお持ちの方が、こちらに向かってらっしゃいます。丘の下まで既に来られているようですね』

 

 この熱を帯びている魔力の気配。私と対になる魔力変換資質を持つ、アリサちゃんが近くまで来ている。ただ、今日は久しぶりの二人の時間を過ごさせてほしいとお願いしてあるので、急を要することが出来たと見るべきで。

 

「……ひろくん、もっとゆっくりさせてあげたかったんだけど。ごめんね」

 

 それでもあと少しだけ、ギリギリまで。私はひろくんの寝顔を見つめていた。




アリサ視点も書きたいと思ったのさ。だから後編に続く。

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