吸血姫に飼われています   作:ですてに

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闇の書編を極端に長引かせずに、空白期に入れるように頑張り……たい。


下打ち合わせ

 私は、変わったね、と言われる。

 

 『変わった』私に慣れたのか、学校では言われることは無くなってきたけど、家の用事で出席するパーティーなどで久し振りに会う人には、年に一、二回会うか会わないかだから、いまだによく言われる言葉だ。

 

 きっかけは、間違いなくひろくんとの出会い。

 

 最初の出会いは、血だらけのひろくんを私が保護し、同時に血の匂いに酔った私が、人からの直接吸血を初めて体験した日でもあった。

 そこからの私の行動は、ひろくんを保護するために、考え得る全ての手段を使って──それこそ忌み嫌っていた、一族としての身体能力や心理操作の力も躊躇うことなく使用して、彼と共にいられる日々を確保したのだ。

 

「極上の餌を手に入れた、野生の獣。そんな感じだったわよ、あの時のすずかは」

 

 いつだったか、私に向けられたお姉ちゃんの言葉は、本当にその通りなのだろう。

 ひろくんの血に酔いしれて、ずっと酔っぱらったような状態だったと言っていいのかもしれない。今でこそ、血の気が引くまで吸い続けることも無くなったけど、最初の頃は毎日のようにひろくんが貧血状態になっていた。ノエルに強制的に引き剥がされたことも、両手の指で数え切れない回数はあったはず。

 

(それでも、ひろくんは離れていかなかったし、ずっと傍にいてくれた)

 

 自分でもどうして、って思うけど、血を吸った私は変なスイッチが入り、吸血だけでなく、彼の全てを味わい尽くそうとする。なんてエッチでふしだらで、最低な女の子だろうと、我に返った後の自分が自分を壊したくなるぐらい、ひどいことをしてきた。

 昂っている時は、本当に歯止めが利かない。吸血自体に慣れてきた今でも、抑えが利かない時は全然利かないのだ。

 

 吸われる側のひろくんは、前回の記憶や経験、魔法やモノ作りへの特性といった、私と同じ年であっても一人で生きていくための力を持っている。少なくとも、私と共に過ごし始めて半年ぐらい経った頃には、間違いなくその力が備わっていた。

 吸血行為は、吸われる相手側にも『気持ち良さ』を感じさせるもので、それも一族の力だけれど、毎回危ないところまで血を吸われるひろくんからすれば、命の危険から逃げたっておかしくなかった。

 

(気持ち悪い、とか、命が危ない、ってなるのが普通だって思うもん)

 

 ただ、彼は過去の体験からくる女性不信が根っこにあって、女の人への価値観が普通と違ってしまっていた人。行き過ぎだ、と周りが思うぐらいに、貴方が必要なんだと訴え続けない限り、ひろくんは女性からの好意を素直に受け取れない。

 周りから見れば、ひろくんに拘り過ぎていると考えていたのが、ひろくん本人にしてみると、最初は年の離れた姪っ子のような感覚で見ていて、異性への嫌悪感が強く出ていなかったところに、私が彼に執着し続けた結果、彼の中で『信じられる女性(女の子)』の枠に入り込めたということらしかった。

 命の恩人に殺されるなら仕方ない、と本気で思っていたり、ひろくんが女性に対してズレた感性を持っていたとか、血の味わいから男の人を好きになってしまったという私の人には言えない理由であるとか、偶然が重なった結果と言えるのかもしれないけど……私は無意識に諦めかけていた、お姉ちゃんみたいな奇跡は起きないと思っていた、未来の旦那様の手を取ることができたのだ。

 

 それ以来、私は無理に、一日中笑顔を作り続けるのを止めた。学校ではひろくんの側にいる時間が多いから、自然と笑顔でいる時間が多いし、自分から相手を怒らせたり、険悪になるような言葉も行動もしないけれど、ひろくんに対して悪いことをしようとする人達には、容赦をしなくなった。自分自身への悪口はどうにでも流せるのに、どうしても我慢できなくて、人気を避けた上で、一対一でキッチリとお話させてもらった男の子がそれ以来、私とすれ違うたびに斜め45度の敬礼をして、絶対に目線を合わさないようになったりして。

 仮に苛められても微笑みなんて浮かべながら大丈夫と言いそうだった私が、普段はニコニコしているけど、絶対に怒らせちゃいけない女の子、という評判に変わるまで、それほど時間はかからず、男の子のちょっかいがほぼ無くなったので、笑顔を作るということは家絡みのパーティーとか、お仕事の場所に限られるようになって。

 私自身は変わったと色々周りからは言われるけど、私は変に気負うことがなくなったし、ひろくんがそれでいいと言ってくれるから、それで十分だった。

 

 ……ああ、私は確かに変わってしまったよね。それも仕方ないもん。

 

 彼の血は、麻薬だから。彼の血を形作る全部が愛おしくて、彼の全てを味わいたくて。彼の身体は私にとって、極上のごちそう。

 

 その身体に宿っている、彼の心。抱える事情もひっくるめて、私の傍にいてくれているひろくんは、心と体がバラバラにしか動けなくなる私を、黙って受け入れてくれる。エッチでふしだらでも、わがままで、駄々をこねる私を、それでいい、それで構わないと言ってくれる、温かくてどこか歪な彼の優しさが、愛しい。

 

 一族の力も、魔法も、全て、ひろくんのために。私のために、自分を捧げてくれたひろくんに、私は自分を捧げたい。私はひろくんを裏切らない。ひろくんに寄り添って、日々を生きるのがとても幸せで、そのまま私の生きる指針になる。

 

「情報公開レベルが人によってぇ、これだけ違うとぉ……なかなかめんどいですねぇ……」

 

「ぶっちゃけたぞ、この人」

 

 ……なんて、こんなことを考えつつ、別の思考で目の前の会話に参加している自分がいるから、マルチタスクってすごいと思う。

 

 皆で話し合いをする前の下打ち合わせということで、今も栗色髪のメガネさんが、手元のキーボードを素早く打ち込みながら、私達にも見えるように空中に表示したディスプレイへ情報を反映していくのを確認しつつ、ひろくんとのやり取りをしっかりと聞き取って、手帳に大切なことや必要なことを書き取りながら、目の前で私は自分の回想に耽っていたのだ。

 ユーノくんが五つぐらい同時展開できると聞いてから、ひろくんが色々聞きこむうちにきっかけをつかみ、二重思考が精一杯だったところを三つ同時に出来るようになって。そこから、私はひろくんに取得のコツとか注意点とか訓練法などを教えてもらい、落ち着いた状況であれば、少しずつ二重思考が出来るようになってきた。それからは緊急時でも使える練習を兼ねて、二重思考を日常に組み込むように心がけている。

 

 あっ、ひろくん、身体が強張ってる。そうだよね、普通に話してるように見えるけど、慣れていない女の人が手を伸ばせば届く距離にいるんだもん。もう少し、私がしっかりとくっついておかないと。私の心も落ち着くから、一石二鳥だ。

 

「だって、おかしくないですかぁ!? 貴方が元・別世界の住人と知っているのは、両家のご両親やあの執事さんを除いて、他の人達は把握済。おそらくは娘さん方とかの発言から、薄々気づいている節もあるっていうのに、闇の書の話は一部の人しか知らないとかチグハグ過ぎですしぃ!」

 

「そりゃプレシアさんとかクアットロさんみたいな人の協力が得られると考えて動くわけが無いじゃないですか」

 

「わかりますぅ、わかりますけどぉ……あ、このかに雑炊冷えても美味しいでーすぅ。目の前でいちゃこらされた怒りが解けていきますぅ……」

 

「イチャコラって、アンタだって素材はいいんだから、望めばいくらでも引っ掛けられるでしょうに。まったく、毒が無くなったのはいいんだけど、ただの舌っ足らずなお姉さんになってるじゃない。頭の回転が速いのは伝わるけどね、ちゃっかり雑炊も確保して持ってきてるし」

 

 ひろくんの反対側にぴったり寄り添う姿勢のアリサちゃんが、印象が一気に代わった栗髪さんに突っ込みを入れていく。

 寄り添っているのは、温もりを感じてもらうだけじゃなくて、微弱な魔力を流し込み続けて、外側と内側からひろくんに温かさを伝えるため。私とアリサちゃんが、ひろくんを守るという意思を伝えることで、ひろくんがより望ましい判断力や思考力が持てるように。

 

「腹が減っては戦えません~」

 

「ま、それもそうね。しかし、闇の書、ね。こうして画面上にまとめられた内容を見ているだけでも、うんざりしてくるわね」

 

 食事処に戻ってから、食事が終わるまでの間に、闇の書の話を私から聞き出したアリサちゃん。一度聞いただけで問題点を整理して、解決のためにこの人を『利用するべき』だと即座に判断していた辺り、アリサちゃんもひろくんの影響を強く受けているんだなぁ、って思う。

 

 アリサちゃんは、情の深い人。だから、闇の書の詳細を知り、はやてちゃんに課せられた境遇に強い怒りを覚えていた。けれど、その怒りや憤りを内にぐっと秘めて、ここぞというタイミングで爆発させるように意識していく……それは、アリサちゃんの主たる魔力変換気質──炎の力ととても相性がいい。昂った感情は、アリサちゃんの力を何倍にも増してくれる。

 さっきのマルチタスクにしても、実はアリサちゃんの方が上達が早くて、三重思考の練習中だと聞いている。私やアリサちゃんの未来の立場を考えれば、使いこなすほど便利になるはずと、熱心にアリサちゃんは訓練しているし、私にも優先する訓練事項として勧めてきていたりする。

 

「まぁ、あの著名な研究者であるテスタロッサ女史もいらっしゃって、情報解析においては私も専門ですしぃ、お姉様達にも協力をお願いしますからぁ。管制人格を分離させることは出来ると思ってますし、そうなれば、封印でも破壊でもなんとでもなるかなぁ、と。手の打ちようが無いってことはないので。最悪、力尽くになったとしても、絶対、真正面からは戦いたくない、覚醒済の白き魔王さんもいらっしゃいますからぁ……なんでもう覚醒してるんですかねぇ……」

 

「いや、なんというか、どんどん理論を現実化してくれると、楽しいというか、俺もとても参考になるから、うん」

 

 ひろくん、謝ることないのに。実際、なのはちゃんはひろくんの考えたことを魔法で表現して、それを見て明確なイメージをつかんだひろくんが、なのはちゃんが会得した技術を体系化していき、自分自身や時には私達にもフィードバックしてくれることがよくあったりする。

 

 力をやみくもに振るわないのは大切なこと。だけど、戦うためや守るための力自体が無ければ、傲慢な強者に踏み潰されてしまう。それは、『月村』という古い家に生まれた私は物心ついた頃から教えられていることで。アリサちゃんも必要な力はしっかり持つべきだとご両親から指導されている。だから、私もアリサちゃんも強い力を持つということに躊躇はしないし、かかってくる責務や責任についても当然だと考えている。

 大事なのは、ひろくんも常日頃から心がけているという『自分を自分でコントロールする』ことを、強く意識すること。実際になかなか出来るわけもなくて、難しく遠い目標ではあるけれど。決して諦めてはいけないと考えているし、ひろくんがそうしようと頑張っているのだから、私も負けずについていきたい。赤裸々な私を見せるのは、ひろくんの前だけで十分だもんね。

 

「分からなくはないですよ~? ただ、この調子で彼女が強くなると、『全部魔王さん一人でいいんじゃないかな』が現実化しますぅ~!」

 

 戦闘力ということなら、その通りで。なのはちゃんの強さは私達の中でも飛び抜けている。魔王という言い方はどうかと思うけど、戦っている時のなのはちゃんは本当に生き生きしているから、相手をする側からすれば、そう見えちゃうのかな?

 

「敵にしなければいいじゃないか。味方であれば、あれほど計算出来る子も少ないぞ」

 

「それは貴方だから言えることですよぉ~」

 

 なのはちゃんは、ひろくんを年の近い、頼り甲斐がある厳しくも優しいお兄ちゃんとして見ている感じが強くて、なのはちゃんのお父さん、お母さんや恭也さんと同様に、ひろくんからの制止だとちゃんと止まるので、存在自体がストッパーになっている。レイジングハート自体も、ひろくんには逆らわない習慣が染みついてるみたいで、出会いの最初にいきなり解体する直前まで行ったのが大きいんだろうな、と思う。

 

「なのはの手綱はこちらでしっかり握る。それでいいんだろう?」

 

「はいぃ、どうぞ、何卒宜しくお願いしますよぅ」

 

 大枠の下打ち合わせが終わり、入浴後に、私達の部屋に集合すると決めて、私達は一度話し合いを終えた。彼女は、酔いどれたお姉さんをまず寝かしつけて、汗を流して再合流するとのことで、一時間から一時間半は見ておいて欲しいとの事だった。

 眠たさに負ける人が何人かいるのは了承済みで、会話の内容は録音して、私達に魔力で再生可能な媒体として渡してくれるらしい。

 

「個人的に、高町さんにはぁ、寝ておいて頂いたほうが、しっかり話が出来ると思うので~」

 

 どれだけ、彼女が知る未来のなのはちゃんは恐怖の大王として立ち塞がったというのだろう。興味が湧いたものの、今優先するべきは、緊張を強いられていたひろくんの身体と心を解きほぐすこと。

 

「ねぇ、ひろくん。少し時間があるから、夜のお散歩に行きたいな。お星様、綺麗だよ」

 

「外の空気吸って、三人並んで、少しぼーっとしましょうよ」

 

 もう、この辺りは私とアリサちゃんは阿吽の呼吸に近い。私達の小さなわがままを聞くために、ひろくんはこの後の話し合いのための思考に没頭することなく、仕方なく、一緒に外へついてきてくれるのだ。

 

「わかった、そうしよっか。ちょっと俺も外の空気に当たったほうが良さそうだ」

 

 中庭に出るための出入口に向かうと、羽織るものをいくつか腕に抱えた紗月さんも加わる。アリシアちゃんの意識は既に夢の中らしい。

 

「お疲れ様、三人とも。私も散歩、付き合ってもいいかな」

 

「あら、羽織るものを持ってくるなんて、気が利くじゃない」

 

「流石にまだ、夜は冷えるもの。すずかちゃん、ごめん。腕塞がってるから、この羽織着分けてくれる?」

 

「ええ、紗月さん」

 

 このやり取りの間に、同時念話で紗月さんから、話し合いが終わる頃を見計らって、いつでも出られる用意をしていたことや、護衛にノエルがついてきてくれるようにお願いしたとを聞いた私は、この人にはまだ敵わないという思いと、負けるものかという気持ちを改めて覚える。

 ひろくんへの気遣いのやり方一つを取っても、私が紗月さんから学ぶことはまだまだたくさんあるんだ。

 

「ありがとうな、紗月」

 

「私だけじゃなくて、二人にもしっかり感謝しないとね、ひーちゃん」

 

「ああ、そうだよな。すずか、アリサ、いつもありがとう」

 

 わがままを聞く形を取る方が、ひろくんが抵抗無く動きやすいと、こちらが考えているのも、紗月さんやひろくんには筒抜けみたい。それでも、面と向かってお礼を言ってもらえるのは、とても嬉しい。アリサちゃんも満更でもないみたい。

 私達二人ともひろくんのたった一言で、こんなに心がぽかぽかして頬が緩んでしまうなんて、本当にひろくんが好きで仕方ないんだなぁって、改めて自覚してしまう。

 

『安上がりな女ね、アタシ達』

 

『それで構わないって思ってるから、付ける薬が無いんだもん。ふふふ』

 

『惚れた弱み、ってやつよね。ああ、もう。ほんとそうだわ。大翔の一言でこんなに喜んでるんだから、アタシ』

 

『頑張ろう、私。打倒、紗月さん』

 

『それはアタシも。紗月に追いついて、初めて大翔のパートナーだって、胸を張れる気がするわ』

 

 念話のやり取りの間に、ひろくんや紗月さんから数歩遅れた形になった私達。振り返り、立ち止まって待ってくれている彼の腕まで駆けて、各々が自分の胸の内へ離さないとしっかりと抱き寄せて、ひろくんに告げる。

 

「大好きだよ、ひろくん」

 

「好きよ、大翔」

 

「私も変わらず、大好きだからね、ひーちゃん」

 

 照れ臭そうに、視線をそらす彼と一緒に、私達はゆっくりと夜の庭園散歩を楽しむのだった。




次で大人組もある程度合流して、はやてさん含めた短期強化合宿の開始と行きたいものです。
キーはフェイトそん?

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