吸血姫に飼われています   作:ですてに

32 / 49
お久し振りです。


バス内にて

 「バスの運転ってたしなみだったっけ……」

 

「ひろくん、多分鮫島さんだから仕方ないと考えた方が良くないかな?」

 

「なんだろうすごく納得できた」

 

 大所帯となったために、移動は観光バスに早変わり。免許は誰が持っているのかとなった際に、多才な執事がさも当然のように所持していると告げたのであっさり解決していた。

 

『次の大型旅行までには私も取得しておきますので。鮫島さんばかりに甘えるわけにも参りません』

 

 鮫島の多才さにノエルも感じ入ったのか、出発前に固くスキルアップを誓っていた。執事やメイドに必須のスキルとは一体なんだったのか。バス内でもどこから用意したのか、黙々と大型免許の教材本を読み耽っている。

 

「……うぇー」

 

「ほれ、皇貴くん。水や」

 

「すまん、はやて……」

 

「調子乗ってバスん中で対戦ゲームはまずかったなぁ。ボンバーボーイは皇貴くんの三半規管の爆破に成功せり、やね」

 

「なんではやてやユーノは平気なんだ……」

 

「僕は念の為、酔い止めの薬を乗る前に飲んだお陰だと思う。まぁ、揺られながら本を読むのには慣れているのもあるけど」

 

「私は毎日揺れるコレに乗ってるからなぁ、そのお陰ちゃう?」

 

 折り畳まれた車椅子を指差しながら、はやては楽しそうに笑い、一匹の黒猫が心配を示すように、皇貴の頬を舐め始めた。

 

「あの皇貴の力……確かに許可を出したのは俺だけど、なんというか、威力上がってたよな……」

 

「私達がいつも身に着けてる精神保護用のペンダント、ヒビ入ったもんね。ひろくんや彼を後押ししたのは私だけど、ちょっとムカッとしたかな」

 

「作り直すにはいい機会だったから、ちょうど良かったと思おう」

 

 皇貴から黒猫に扮した『リーゼロッテ』がはやての周辺を嗅ぎまわっていると相談を受けていた大翔とすずかは、はやてを月村家に同行させた際に警戒網にかかった彼女を此方側に引き込むために、『ニコポ』『ナデポ』の封印具を解き、使用させたのである。立ち会ったのは大翔やすずか以外に、ユーノと精神防御の魔法を施された恭也のみ。アリサやフェイト達に万が一魅了の影響を出さないための措置だった。

 

 守るべきは自分達の平穏であり、アリサ、フェイト達が出来る限り心穏やかに過ごせるような環境。懐に迎え入れた『家族』に近しい存在以外で、こちらに牙を剥くようであれば遠慮はしないと、とっくに覚悟は決めている。プレシアについても最悪の場合、洗脳や強制的好意を刷り込む手法を考えてはいたのだ。

 なお、大翔は皇貴の力を使うことを考えていたが、すずかはすずかで心理操作の力を使うことに躊躇いは無かった。大翔を、大翔が守りたいと思う存在を共に守るために、一族の力が生きるのならば、それは彼女にとっての喜びだから。

 

「皇貴自身が唖然としていたからな。アイツ自身の封印機器も、ピアスにペンダント、ブレスレットの三重対策に変わったよ」

 

「自分の力に畏怖することを覚えたのなら、彼も少しは成長してくれたと認めてあげるべきかな?」

 

 『お父様のために』が信条のリーゼロッテが、皇貴第一主義に変わった。記憶はもちろん所持しているし、グレアムへの思いが消えたわけではないが、優先順位が著しく変わったために、皇貴の傍を離れようとしない。

 はやてについても闇の書の封印のための道連れではなく、皇貴の意図を汲み取り、いかに悲劇を回避しつつ、闇の書の暴走被害を防ぐのかという難題に真っ向から取り組む意欲を示していた。

 

「クラスの女の子達で検証は出来たけど、皇貴の能力は即効性はあっても永続性は薄いから、重ねがけしない限りは徐々に元に戻って行くとは思う。かといって、今のアイツの振る舞いなら、効果が薄れてもはやてを利用することに躊躇いは覚えるだろうし、仮に敵対心が一気に表に出るようなら、もう一度……『重ねがけ』すればいい」

 

 覚悟はしていても、良心が痛む痛まないは別の話である。大翔にとって守るべき順番はハッキリしていて、その為に手段を選ばないとしても、強制的に人の在り様が変わるというのは衝撃的なものだった。それゆえか、再度リーゼロッテの心を塗り替えると言う手段を口にする際に言い淀んでしまっている。

 すずかとて、ショックを受けていないわけではない。ただ、彼女の中で大翔は最優先の存在であり、必要な犠牲は払うものと決めていた。大翔さえいれば満たされてしまう自分を自覚するすずかは、自分に宿った残酷な一面を既に認めている。

 

「……ひろくん。ひろくん一人が抱えることじゃないからね。もし誰かに責められることになっても、絶対に私も一緒だから」

 

 大翔の手を取りながら、自分の両手を重ねて、温もりを伝えたいとすずかは願う。

 

(守るべき順番は、ハッキリしてる。ひろくんがひろくんらしくいられるように。それを見失わなければ、いい)

 

「ありがとう、すずか」

 

 触れる手の温かさに、どこか泣きそうな顔でお礼を言う大翔へ、すずかは静かに微笑んだ。彼から握り返される手が僅かに震えているように感じるのは、気のせいと思えないから。

 

『……大翔とすずかの席から重い空気が伝わってくるわねぇ、全く。魔力で探るまでもなく、雰囲気からしてもう重いって感じ』

 

 そんな二人の様子から少しだけ離れた、隣り合う席に座る紗月とアリサは傍目には瞳を閉じて、転寝をしているように見える。が、その実、指向性念話でのやり取りを続けていた。紗月やアリシアの訓練も兼ねているし、本来昼間から堂々とする話でも無かったからだ。フェイトはなのはと話し込んでいるし、大人達はプレシアを巻き込む形で会話に花を咲かせている。恭也達にしても忍や美由希に挟まれる形で、こちらに干渉してくることもない。

 

『……すずかが誰にも優しいのは、人に拒絶されるのが怖かったからよ。だけど、すずかは絶対的な理解者を得た。まして、未来の旦那様候補になった大翔のためなら、あの子は敵になった相手が誰であっても攻撃することを躊躇わないと思うわ』

 

『嗚呼、ひーちゃんも罪深いね。でも、女の子って、そういう部分、多かれ少なかれ持ってるか』

 

『まぁ、ね。ホントに好きな相手には出来るだけのことをしてあげたい。どうでもいい人は、視界に入っていたって、認識すら怪しいんだもの』

 

『おー、恋する乙女だ。アリサちゃん』

 

『茶化さないでよ、紗月。ただ、アタシも思ってるの。困ってることがあれば、言ってくれたら喜んで手伝うのに。頼りないのかな。まだそこまでは預けてくれてないのかなって』

 

 なのはの一件で学んだから、アリサは辛抱強く大翔が苦しさや辛さを吐き出してくれるのを待っている。ふとした表情や態度から、大翔が大きな問題を抱えている──それも、すずかの態度等から、自分達に関係する問題なのだと、アリサは勘付いているから、彼女の中で余計に辛抱が必要だった。

 

『大翔は自分からは言わないし、言ってくれない。すずかだって自分で察して、自分から踏み込んで行って、なし崩し的に自分も巻き込ませるやり方してるってこぼしてた』

 

 念話であっても口振りの重たさはしっかりと伝わるもので、紗月はどう返すべきか思案する。また、アリシアは内容の理解が及ばない話のため、紗月が考え込んでいる、というのは分かるもので、静かにするように努めていた。

 亡くなった五、六歳の精神状態で、二十数年、魂の状態で漂っていたアリシア自身の心は成熟していったわけでも無く、相当に幼いものであった。紗月が知識面の補助をしているものの、理解が及ばない事柄も多い。ただ、さすがプレシアの娘というべきか、元から聡い部分を持っており、未知のことは後から紗月やプレシアに問いかけるようにして、急を要するとき以外は沈黙を守るという『出来た』子供と言えた。妹・フェイトが感じている、無邪気な部分としっかりとした部分が入り混じっているという姉の印象は、このようなところに起因している。

 

『……変わるよ、多分』

 

『大先輩としての勘、ってやつ?』

 

 長年、大翔に付き添ってきた彼女にもっと敬意を表して接しようと考えたこともあった。けれど、アリサは結局、外見上の同年代に接する普段通りの態度を選び、それを紗月も喜んだ。肉体に精神面が引っ張られているとか、紗月自身にも理由めいたことは他にもあるけれど、二人ともまず『友達』になりたいという気持ちが第一と考えていたから。

 

『前はね、ひーちゃん、ほんとに私しか信じてなくて。だから、傍から見ても過剰に見えるぐらい、ずっと私を大事にしてくれてた。それはそれで嬉しかったんだけど、私がこの人の可能性を実は潰してるんじゃないかとか、私が万が一先にいなくなったら、壊れちゃうんじゃないかって、そういう不安はずっとあって』

 

『……すずかへの尽くし方見てると、そんな感じよね』

 

『向ける相手が変わっただけで、ひーちゃんの問題点は少しも変わってない。だけど、今は本気でひーちゃんのことを考えてくれてるアリサちゃんもいるし、私も当面はひーちゃんの傍にいられる』

 

『当面って……どういうことよ』

 

『私達がもっと大きくなって、それぞれがどう思うかは別でしょ? 今は私の考えや意思を優先してくれているけど、最後まで寄り添って構わないと考えるかは、分からない』

 

『……』

 

『人の気持ちは絶対に変わらないなんて、言えないから』

 

『……ふーん。つまり、私の頑張り次第で、大翔が私に惚れ込むし、大翔自身が自分で何とかしようとする悪癖も変わるってことね。それって、燃えるじゃない』

 

 アリサがぐっと握り締める拳に力が篭もる。紗月の言いたいことは理解した。

 

『ア、アリサちゃん?』

 

 変化したアリサの様子に、思わず問いかけてしまうアリシア。勝気な女の子と感じているが、一気に彼女の熱が増したような感覚を覚えたのだ。

 

『ビックリさせたのならごめんね、アリシア。改めて思ったのよ、すずかはね、私から見ても庇護欲がそそられるような、夫に静かに付き従う未来の大和撫子みたいな、男が好みなタイプなのは間違いないの。それも、私と並び立つ、とびっきりの美少女。そんな子がライバルなわけ、アタシは』

 

『お、おぅ……?』

 

 アリシアはうめき声のような答えを返すのが精一杯。紗月も苦笑いしている感情は伝わってくるが、こういう時だけ表に出ようとしないのは、勘弁願いたい。自分のうっかりが原因であっても、紗月には後で文句を言ってやるんだと心に誓う。

 

『紗月は、アタシに発破をかけたのよ。すずかとアタシの間で大翔を振り回せって。本気で思う女の子が二人、三人といれば、頑固な大翔も変わる。それに、一人の腕じゃ二人、三人を同時に守るのは難しいから、皆でどうにかしようって考えも生まれる。そんなとこでしょ、紗月』

 

『敵わないなぁ、もう』

 

『ま、学校でも二人の世界を作り過ぎるというか、すずかが大翔だけを見ようとする傾向が強かったから、いい機会とは思うのよ。パパ達がプレシアさんを説得するだろうから、アンタ達もアタシと同じ学校に来るつもりでいてよ?』

 

『アリサちゃんと紗月ちゃんの話、難しくて良く分からないところも多いけど……ええと、一緒に学校に行くってこと?』

 

『今回のジュエルシードの件が片付けば、アリシアやフェイトもあたし達の学校に通ってもらうから、学校でもアタシやすずかや大翔と仲良くして頂戴ね、ってこと』

 

『うん、分かった! ママとフェイトと一緒にいられて、友達も増えて、なんだか毎日楽しくて仕方ないよ!』

 

「そうね、じゃ、暗い雰囲気を吹き飛ばすとしましょうか! アリシア、出撃よ!」

 

「アリシア、とっかんしまーす!」

 

 念話の時間は終わり、アリサは声を張り上げ、尖兵の役割を担うアリシアは席の素早い移動を始めた。

 

「お、お姉ちゃん! 急に動いたら危ないよ!」

 

「へーきだよ! 大翔、すずか、起きたから私と遊んで!」

 

 なのはとの会話が弾んでいたフェイトだが、目さどく姉の行動に気づき注意を促すものの、その姉は妹の忠告を聞く様子も無く、大翔とすずかの間へと飛び込んでいく。

 

「おっと、無茶するなよ、アリシアさん」

 

「いい加減呼び捨てでいいよ、私も大翔か『ひーちゃん』って呼んでるしっ。あ、でも、私からの呼び方は近いうちに変えるよ。混ざって分かりにくいでしょ? あー、すずかちゃんの膝枕柔らかいなりぃ……」

 

「もう、アリシアちゃんったら」

 

 重たい空気を強引に吹き飛ばしてしまうアリシアに、大翔とすずかにも思わず笑みがこぼれる。そして、間髪置かずに、アリサがこの場に入り込んでいくのだ。

 

「二人きりの世界はそこまでよ、すずか? ほら、前の席を回転させてちょうだい」

 

「そんなロマンティックな話もしてなかったんだけどなぁ……」

 

「はいはい、雰囲気出しておいて良く言うわ。さ、着いたら、まず荷物を置いて、どの湯から回る?」

 

「あ、そういう話なら、わたし達も混ぜて! ね、フェイトちゃん」

 

「うん、お姉ちゃんの暴走は防がないと」

 

「えー。まるで私が悪い子みたいな言い方……」

 

「大翔とすずかの膝枕に身体を投げ出して、脱力してるよね。お姉ちゃん」

 

 このやり取りに周りからも笑いが漏れつつ、バスは間もなく温泉街へと滑り込んでいくのであった。




さて、ゆっくりと温泉街で休息ができるといいのですが……。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。