年度末って怖い……突然修羅場がやってくる。
戦い終わって日は暮れて。具体的に言えば、温泉旅行の週末まであと三日になっていた。その間、プレシアは絶対安静状態の中で眠り続け、アリシアのマルチタスク訓練は容赦なく続いている。悲鳴が上がろうが、ユーノ先生の教育は厳しいものであった。
プレシアの容態であるが、月村お抱えの医者曰く、呼吸器が元々病魔に侵されており、かつ極度の疲労状態にあるから、数日は目が覚めない可能性があるとのことだった。ただ、呼吸も落ち着いてきており、予断を許さない状況は抜けたと診断されており、プレシアの目覚めを待ちながら、各々でやるべきことを進めていた。
海辺の公園については、管理局との接点になり得る回収場所の為、封印処理をそのままにあえて後回しにしたままで、一同は回収場所不明とされていた街中の残り3つを重点的に捜索。アリシアがプレシアの傍についているため、フェイトも捜索に加わり、技術者として日々暴走を強める忍はユーノやヘカティーの助力を得て、不眠不休で簡易的な探索装置を開発してみせる。結果、完全な行方知れずのジュエルシードはとうとう一つとまでになっている。
予定通りとすれば、アースラ到着まで7日を残し、ほぼ回収が完了しており、大翔達はこの先の局面を考えるべき時期へ来ていた。
「いつつ……フェイトの電撃属性の攻撃は身体が痺れて硬直してしまうから、対応がどうしても遅れてしまうな。分かっていても余分な攻撃をもらうというか」
大翔に与えられた個室兼寝室で、大翔はすずかからの治療を受けていた。鍛錬で手合せしている、フェイトの使用する電撃は受けた側の身体の内部までも痛めてしまうため、すずかは細かく大翔の状態を確認するように心がけるようにしていた。
「まだフェイトちゃん相手の訓練を始めて、一週間も経ってないんだから、そんなすぐに対応されたら、逆にフェイトちゃんも困ってしまうと思うけど。はい、治療終わったよ」
「ありがとう、すずか。内部の火傷は治りも遅いからな、助かるよ」
「……お願いだから、無理をし過ぎないで。無理をするなとは、言わないよ。ひろくんの性格だもん、ギリギリまで頑張ろうとするのは分かっているから。だけど、せめて、私をちゃんと巻き込んで……」
消え入りそうな言葉尻になってしまったものの、大翔はすずかの言葉を正しく聞き取っていた。落ち着かせるように、紫色の長い髪をゆっくりと手で梳きながら、こくりと頷くことで答えを返す。
「心配ばっかりかけてるな、ごめん。今年の冬が終わるまでは、本当にきついだろうから……頼りにしてるよ、すずか」
「うん……」
大翔に与えられているのは個室兼寝室であるが、月村の姉妹には前室テラス付の個室に、寝室はまた別に与えられている。アリサもその辺りは同様であり、彼はすずかやアリサの部屋に招待される時は、場の雰囲気が醸し出す独特の空気に、未だ緊張するわけだが……。
「私はひろくんとこうして寄り添って暮らしていけるなら、それで十分だもん……」
実際には、そっと腕に寄りかかるすずかの姿のように、月村の家の中では、すずかと大翔の行動はほぼセットとなっている。実際、大翔の部屋には、ノエルやファリンの手により、すずかが普段必要とする着替えを揃えた収納家具が備え付けられているし、寝台は大人での二人用サイズだ。それこそ部屋に入らないたくさんの本の類は、二人で書斎に移動するし、宿題等についてはそこですることもあるし、部屋にある丸テーブルでやることも多い。
メイド兼護衛役でもあるノエルやファリンからすれば、護衛対象が連れ添って動いてくれているのは守りやすいということでもあり、面倒な家のことはやりたくないと考える忍をはじめとして、すずか達二人が絆を深めて、月村家を引き継いでくれればとも考えているから、一緒に行動する二人を肯定している節が強い。ただ、近々訪れる発情期問題は避けて通れないため、すずかの部屋はもちろんそのままといったところであった。
「……こうしてくっついていられる時間が最近は少なかったから、月村すずかはひろくん成分をたくさん補給しないといけないの」
甘えた声を出して、自分の身体に顔を寄せて、すんすん、と鼻を鳴らしているすずかの髪を大翔は静かに梳き続ける。その行為がどことなく、穏やかな落ち着いた気分へと誘ってくれるから。
「うん。俺も、すずかの髪を撫でてると、なんかリラックスできるな」
紗月さんの髪を撫でてもリラックス効果があるんだろうな、とすずかは思うが、藪蛇になる発言をする必要もなく、ただ、ありがとう、と感謝の気持ちを伝えるに留めておく。
「ほんとは、ひろくんとの学校生活をただ、楽しんで精一杯過ごせればいいなって思う。だけど、なのはちゃん、アリシアさんやフェイトちゃんが苦しむのを分かっていて、二人だけで幸せになろうとするのは、きっと後悔するよね。……知ってしまって目を背けるのは、無理だよね」
「……ありがとう。俺の事情にすずかを巻き込むことには、まだ迷いがあるんだけど、すずかが支えてくれているから、出来るって思っていられるんだ」
ふぅ、とすずかは一つため息を漏らす。彼の特性と言おうか、悩ましい長所というべきかもしれない。その点に悩むすずかは、独占欲とも日々戦っているから。
「私はね。私やアリシアさん以外に、ひろくんが女の子を信じてみようと思えるのは、良かったと思うと同時に、いっそ信じられないままでいいのに、って思ってるよ。……だって、ひろくん、信頼を預けてくれた女の子には全力で返そうとするんだから。男の子相手だとしっかりバランス取るのに、女の子相手にはものすごく距離を取るか、自分をボロボロにしてでも尽くそうとするし……目の前でやられると結構、悔しいんだよ?」
「うっ」
「ひろくんの中での優先順位が私やアリシアさんが優先されてるのは、ちゃんと伝わってる。それは大丈夫なの。ただ、その低いはずの女の子にも、過剰なまでの尽くし振りだから、もうちょっと冷たくというか、ドライでいいよねと、貴方を大好きで仕方ない誰かさんは思っているわけなのです」
「……ご、ごめんなさい」
「分かってるんだよ。ひろくんがそんな器用に出来ないって。そんなひろくんだったら、私はきっと好きになってないと思うし。だから、せめて、二人だけの時間は無理やりにでも作ってもらうの」
九歳の発言じゃないぞこれは、と頭の片隅で考えるものの、結果的に、自分がすずかに大人になるように仕向けた側面も強いため、同世代に比べ飛び抜けている身体能力のままに、自分をベッドに押し倒す彼女に、大翔は強く逆らうことをしなかった。血を吸うことで、少しでも溜飲が下がるなら、それでいいと。
「……お人よしのひろくんに聞くよ。ジュエルシードがほぼ集まったよね。あと一つも捜索範囲を狭めているから、そろそろ見つかると思う。アリシアさん、フェイトちゃんも合流して、プレシアさんの容態も落ち着いてきた。最初に想定しているのと変わってきていると思うけど、どうするつもりなのかな?」
食事が終わり、腕は変わらず絡めたまま、脱力した大翔を見つめてすずかは問う。細切れには大翔から先の展開を聞いており、皇貴にも裏付けを取ったものの、自分でまとめ直すためにも、改めて問う。
吸血後に当初は意識を失う程度に消耗していた彼も、日々のトレーニングで体力がつき、意識を失うことは少なくなっている。すずかの興が乗った時は別として。
「出来れば、プレシアさんの協力、を……取付けたい、な」
眠そうな大翔に、すずかはやり過ぎたかなと思うが、自分にとっての最高のご馳走及び栄養食を我慢するのはとても難しいものだ。
(一族としての力や、魔力の底上げに繋がるから、うん、決して悪いことばかりじゃないよね?)
自己弁護に軽く逃げてしまうすずかだが、彼の意識が落ちる前に聞けることは聞いておこうと自身を切り替える。
「闇の書の起動まで、実際2ヵ月無い、し。10月の中頃には、身体への異常が出るだろう、から……それまでに、プレシアさん、の容態を何とか……」
言葉尻は殆ど聞き取れず、大翔は静かに眠りに落ちる。頬を軽く撫で、そっと口づけをしてから、すずかは『おやすみなさい』と声をかけ、毛布を大翔の身体にかけていった。
「こういうことを言うんだろうな、って私が思った通りだったね。でも、ひろくんの意思が確認できたから、私も動くよ。……また後でね」
部屋を静かに退室し、ファリンに寝室の警備手配を任せ、すずかはプレシアが休む病室代わりの客室へと足を運ぶ。甘えや恍惚に浸っていた様子は完全に鳴りを潜め、月村家令嬢として、凛とした立ち振る舞いを見せながら、彼女はその部屋の扉をノックした。
「すずかです」
「開いてるわよー」
部屋の中の姉の返事を受け、すずかは静かに扉を開け、ベッドの上で身を起こしている急病人に挨拶の言葉を告げる。柔和な微笑みをその表情に浮かべながら。
「夜分に失礼致します、テスタロッサさん。体調はいかがですか?」
「ここ近年では信じられないぐらいに調子がいいわね。胸のつっかえた感覚がかなり無くなっているから。まぁ、まともな投薬治療をしてなかっただけに余計にそうなのかしらね」
発言自体はまともでしっかりしているものだが、彼女の腕の中には、完全にロック状態にあるアリシアが捕獲されていた。やや頬がこけているように見える辺り、プレシアが眠りについている時以外は、部屋からの外出すらままならない様子である。
「ママ、私を抱き締めたままで、真っ当な発言してもいろいろ残念だよ?」
「貴女は特別よ、アリシア。だからおかしくないのよ」
プレシアの傍には医療用器具の計器を確認している、呆れ顔の忍やノエル、さらに忍の首にかかる待機状態のヘカティーがついていた。
プレシアの意識が戻っていることを知るのは、このメンバーのみ。ファリンも半ば感づいているものの、主人や姉と慕うノエルが否と言う限り、彼女にとっては、プレシアは眠り続けているのと同義である。
「それにしても中途半端なアンチマジックフィールドね。7割ぐらいの力を出せば弾き飛ばせる程度の」
「開発中だからねー。テスタロッサさんの7割までいけるなら上等上等。改良は常に続けているし」
この部屋には、プレシアの暴走を防ぐために、デバイスの取り上げに加え、ヘカティーに蓄えられた知識と忍の有り余る開発力を合わせることで、現時点で月村製試作型のAMFの開発に成功していた。専ら、出力の向上と小型化が忍の一つの目標になっており、また、彼女のやる気に繋がり、過剰な技術革新が繰り返されていく。近い将来、『忍さんが一晩でやってくれました』が現実化する日も近い。
「このアームド型のAMFももっと小型化出来ますよね、忍お嬢様」
「かつ軽量化も図るわよー。ノエルで無いと腕につけていられない重たさってのは現実的じゃないわ」
「……えっーと、ご、ごめんなさい」
彼女が詫びる必要は無いのだが、この暴走し続ける主従の代わりに、プレシアに詫びる必要があると感じたすずかは、すぐに実行に移す。いろいろ居た堪れない気分になるのをぐっと飲み込みながら。
「苦労しているのね。ふふ、気にしていないわ。この部屋は居心地がいいのよ。衣食住、さらに体調の異常も機器が常に見てくれている。アリシアは抱き放題。そして、私は貴女のお姉さんのような人の対処には耐性があるの」
「わ、私はー?」
「アリシアちゃん、ガンバだよ」
「や、やっぱり……」
『そうなるよねー』
ガクリと項垂れるアリシア&紗月を尻目に、すずかは大翔より一足先にプレシアの交渉に臨むべく、気合を入れ直すのであった。
リハビリを兼ねるとどうしてもすずかと大翔のシーンが多くなってしまう。
日常系の作品にするには、A'sまでさっさと終えないといけないからねー。
ご都合主義だなぁ、と自分でも思いつつも、まずは完結に向かうべし、と考えております。