つじつま合わせ切れてないけど、いい加減にママンを出すのが大事だと思った!
「なるほど、そういう事情があったってことね……」
大翔の背景。アリシアが初めから親しげだった理由。そんな話を聞き終わって開口一番、アリサが発したのはそんな言葉だった。そして、今まで隠し事をしていると公言していた大翔たちではなく、同座している忍へアリサは向き直る。
「忍さん、貴女はどこまで知っていたの?」
「……大翔が生まれる前の記憶を持っていて、不完全な予知夢を見ることがある、かしらね。ただ、それにしてはえらく具体的だったから、全てを話してくれてはいないとは思っていたわ。ただ、私達の身を守る為に、動くべき内容は示してくれていたから、やるべきことはしっかりやってきた」
「まぁ、『前世の記憶』があって、かつ、大翔が目覚めた街が、前世で知った『創作の世界』に極似している……普通、どんな妄想よと一掃するわね。伏せていたのは当然だろうし、むしろ、当初からすずかが大翔の話をあっさり信じていた辺り、初めからどんだけ傾倒してるのかって頭が痛くなりそうだわ」
お手上げのポーズと共に呆れ顔になりながら、アリサは全てを明かせる訳が無かったのだと理解していた。考えをまとめた大翔から説明をすると言われたものの、この時点であっても、大翔は全部を明かすつもりは無かったのだ。こんな風に、忍ですら知らなかった事実が明るみになっているのは──。
「……あはは、すずかちゃん、そんな怖い顔で睨まないでほしいな?」
「貴方はひろくんの思いをぶち壊しにして、下手をすれば、今まで通りひろくんが私達といられなくなるような発言をしたんですよ? あまりに浅はかです、アリシアさん。いえ、紗月さん。それとも、ひろくんの居場所を奪って連れ去るおつもりだったんですか?」
すずかに滾々と詰問されているアリシアが、入浴後にアリサのツッコミを受けるような発言──自分が生まれ変わりで、大翔とは前世で夫婦だった──をあっさりと口にしたのが、全ての原因である。そこから、アリサの突き上げの厳しさにそれならばいっそと、大翔の制止空しく、紗月の口から妄想全開としか思えない現実が、大翔や『紗月』たちに降りかかったと暴露することとなったのだ。彼女も、どうにも同じルートでこの世界に飛んできたらしく、身体が動くようになり、真っ先に彼の元へ駆けつけたということのようだ。
なお、フェイトは姉の危機にすごく頑張ったが、狂気の吸血姫の波動に目覚めたすずかに掌底二発で沈められた。おそらく、自分の視界が急に真っ暗になったぐらいにしか、彼女の記憶には無いだろう。身体強化と夜の一族の力を自重なく合わせるとこうなるのだと、一同は戦慄した。容赦なく顎はヤバい、と某銀髪のK少年は後に語ったと言う。
「だ、だって、ひーちゃんがそういうアニメや小説とかに傾倒するようになった理由は知ってるよね? だから、私も付き合い始めた頃に一緒に整理したりする中で知り得たわけでして……」
「コアじゃないにせよ、『紗月』も割とそういうの見てるクチだったからな。だから、特別嫌悪感が無かったんだよ。じゃないと、俺はキモいって言われて終わりだっただろうさ」
今の現実はよっぽど創造の世界よりぶっ飛んでて、楽しくてスリリングだけどな、と大翔は付け加えて、一つ欠伸を付く。
夜も更けてきて、話も終わっていないことから、忍の提案で、大部屋に敷布団を引いて、皆で雑魚寝の態勢になっている。いくら回復したとはいえ、イベント前にすずかに体力を吸い上げられていた大翔はそろそろ眠気の限界が近い。話が始まる頃には、とっくに皇貴となのはは夢の中。皇貴はそもそも背景を知っているので、聞く必要が特に無かったというのが大きい。忍が聞いているという安心感もあるのだろう、夜型ではない恭也も既に半分眠りについている。
眠い、と呟いて、ぼふんと枕に突っ伏す大翔を見て、布団の上で正座をしているアリシアを見下ろし、仁王立ちしているすずかも毒気を抜かれた感じになり、怒り顔から迫力が引いていく。
「ひろくん、アリシアさんに甘過ぎるよ~、もうっ」
雑魚寝とはいえ、しっかり横を確保しているすずかは口を尖らせながら、掛け布団に潜り込みながら、大翔の片腕にしがみつく。アリサはそんな二人を真正面から見る形で、一つふうっと息をついてみせた。
「実のところ、アタシは大翔が魔法で若返ってるだけで、既に何十年生きているんじゃないかって踏んでいたんだけど。肉体年齢は私達と似たようなもので、前世とか妻がいたとか、別の意味で予想外というか、確かに空想の世界よね。ま、中身がおじさんという予想は大体当たっていたから、問題ないわ」
アリサにとっては『やっと』だった。大翔の女性恐怖症の原因が過去話の中で、さらっとであっても聞けたのが、彼女にとってはとても大きかった。
『さて、皆さん。明日からどうしますか?』
ヘカティーの念話が受信できる皆に届く。そう、一同の結束が深まり、大事なのは明日以降の行動だ。
「紗月、いや、アリシアさんと言うべきだな。アリシアさんの母親を止めることに注力する。というか、眠い。詳しくは明日起きてからで。ちなみに、呼吸器とかをつけなくても平気なのか?」
「あー、起きてからもう一度説明しようと思うけど、とりあえず状況だけね。今のこの身体には『紗月』と『アリシア』の意識が両方あって、二人の意識や気持ちが全然違う方向を向いたりすると、特に調子が悪くなりやすいよ。普段は私が強く表に出ているけど、記憶は共有しているし、ママやフェイトへの想いとか、ひーちゃんへの気持ちとか、そういうのも一緒くたになっちゃってるの。今は『眠い』で意識は一致してるので大丈夫!」
「……さいですか」
大翔の意識はほどなく飛び、あっという間に翌朝、早朝鍛錬の時間がやってくるのだった。
*****
寝不足の目をこすりながらも、大翔は丹念に体を解していく。睡眠時間の短さから、なのはや皇貴の姿はない。アリシアにユーノも訓練に参加はしないものの、この場には集まっており、もちろんフェイトやアルフの姿もあった。
「こちらの世界に来る時に、身体に戻ろうとして戻れなくなっているアリシアさんの魂と一緒に身体に入り込むとか……下手したら人格崩壊してたぞ?」
「あんな小さな子が泣いてるのを放っておけるわけがないでしょう? 魂って声を届けられないし、何十年も苦しんでいたんだから」
「……紗月らしいというか、なんというか」
「小さい子じゃないものっ、魂だけど20年以上生き……いつつつぅっ!」
「お姉ちゃん!?」
「アリシア! しっかりしな!」
「うん、落ち着け……『アリシア』さん。二つの意識がせめぎ合って、結果、身体に収まり切れないから、体調が悪くなるってことなんだから……」
「ううっ、とりあえず深呼吸しよう。すー、はー、すー、はー」
一つの身体に多重人格では無く、二つの意識があるという状況。どこぞの狂気のサイエンティストが知れば、すぐにでも拉致監禁研究対象に指定するに違いない。
(私が知っているアリシアお姉ちゃんは最初からこうだけど、確かに話す時に、朗らかなのは一緒でも、妙に元気だったり、かと思えば、すごく落ち着いていたりする。いろんな一面のお姉ちゃんが見れて嬉しいと思っていたけど……周りから見るお姉ちゃんは、ひょっとしてかなり珍しいタイプの人なのかな)
どんな一面が出ていても、自分に優しい姉という一点においてブレが無かったため、深く考えはしなかったフェイトだが、それが姉の体調不良に繋がっているとなれば、母が願望器と呼ばれるロストロギア・ジュエルシードに固執するのも分かる気もしてきていた。
なお、気を失ったことを認識していなかったフェイトは、今日の訓練に参加する。模擬戦を行うというから、もう一度、すずかの体術を見極めるつもりであった。
「……アリシアさん、紗月さん。これは大翔とも話したことなのですが」
「なにかな、ユーノくん」
「マルチタスクを何としてでも取得しましょう。魔導師としても、研究者としても役立つスキルですし、また、お二人の場合は既にマルチタスクを無理やりに行っているようなものですから、しっかり身につければ、多重思考が可能なゆえに、身体への負担も軽減されると予想します」
最初は二人とも混乱して、ずっと起き上がれなかった、という話を起床時からここに来るまでの間に聞いたユーノと大翔が考えていたことだった。認識が一致したからこそ、まずは試行してもらおう、と。仮に解決に繋がらなくても、魔法世界に縁のあるアリシアには非常に役に立つものだからだ。
「ユーノやヘカティーがその辺りの訓練方法は教えてくれる。……あとは、表に出てない方は念話で話せばいいんじゃないかと思うぞ。まずは慣れだ、慣れ」
「マルチタスクと完全に一緒では無い、けど……思考が常に複数ある点は、同じ、なんだね」
「そういうことだよ、フェイトさん。まずは、自分達が知る事例と一番近いものに当てはめてみるってな。体調不良の原因がこれだけとは言い切れないから、劇的改善とはいかないかもしれないけど、頭痛の元にはなってるはずだし、まずは要練習と思う」
「なので、大翔達が訓練中の間、アリシアさんと紗月さんには、僕が早速教えていきます」
「うへー」
『うへー』
早速、言葉と念話の同時運用で実践する二人だが、最初がうめき声ということに、皆から笑いが漏れた。
「もともと相性は良さそうね、ふふ。あ、アルフさん。もう少しだけ押し込んでみて。もうちょっと伸ばしておきたいの」
ストレッチを続けながら、アリサが和やかにツッコミを入れる。成人女性の身体を持つアルフはフェイトとアリサ双方のサポートに回っていた。
「柔らかいねー、あんたも。日々の積み重ねの成果が良く出てるよ。フェイトは……少し、柔軟を軽視し過ぎているね」
「回収が忙しくてそんな暇も無かったよ、アル……いつつっ」
「ほれ、無駄口叩かずにしっかり身体をほぐすんだよ、フェイト」
一方、大翔とすずかのコンビはテンポ良く訓練前の柔軟を終えていった。お互いの各部の柔軟性が分かっているから、必要な工程を着々と終えていく。
「学校が終わったら、海の回収かな」
「うん。フェイトちゃんやアリシアさんも合流出来たし、一気に片づけて、出来るだけ早く『日常』に戻ろうね」
動きは全く止めず、世間話をするように、しれっととんでもないことを話している二人に、思わずフェイトが反応するが、柔軟中の自分の身体がみしりと嫌な悲鳴を上げる。
「……っ!!!」
「だ、だ、大丈夫かい、フェイト!? そんな無理に伸ばしちゃだめだよ!」
「すずか」
「うん」
大翔がすずかの名を呼ぶだけで、すずかはすぐにフェイトの傍に駆け寄り、無理やり伸ばした筋に手を添えて、水系の回復魔法を唱え始めた。すずかの視線の片隅で、アリシアとアリサが少しだけ苦々しい顔をするが、この辺りは自分と大翔の過ごした時間に依るものと分かっているため、あえて彼女は見えなかった振りをする。今は、大翔の無言の期待に応えるだけのことだと。
「水よ──!」
すずかはあえてデバイスの力を借りず、術式を唱え、構築する魔法陣を編み上げていく。
「……デバイスを、使わずに?」
「頼り切るのを好としないってこと。万が一、寝こみとかの丸腰を襲われたとして、黙ってやられるわけにもいかないでしょ。自分で唱えることに慣れていけばいくほど、デバイスに込める術式もより効率化していけるわ」
治療を受け、鈍痛が徐々に和らぐのを感じながら、アリサの説明にフェイトは呆れていた。理論としてはその通りだが、実際にデバイスの補助無で、魔法を行使するのは非常に手間がかかる。何重もの多重思考を使いこなすようなユーノが例外みたいなものだ。あるいはひたすらに経験を積み重ねていくしかない。実際、目の前のすずかは術式にかかりきりで、呪文以外の声を発していなかった。
「大翔やユーノみたいにやってのける奴らがいる。負けたくないし、置いて行かれたくないのよ、私達は。魔力総量みたいに才能そのものは別として、技術や知識のように訓練次第で身につくものは、身に着けてみせるって決めてるのよ」
意固地、頑固、負けず嫌い。表現する言葉はいろいろあるけれど、望む結末を引き寄せるまでは諦めない集団なのだと、フェイトは考える。彼も柔軟を終えたのか、近くまでやってきて、膝をつき、自分と目線をしっかり合わせてきた。
「……君のお姉さんだけじゃない。君のお母さんも、助ける。俺も子を持つ親だったから、君のお母さんの絶望がどれだけのものだったか、及ばずとも、想像する事は出来る。君のお姉さんが生きている以上、彼女も幸せにならなくちゃいけない。なるべきなんだ」
「ふぅ、終わったよ。……こう言い出したら、ひろくんは聞かないから、諦めてね。フェイトちゃん」
「皆で協力するわ。寝ている皇貴もなのはも勿論協力する。使えるものは全て使って、私達が願う結末をもぎ取るのよ!」
強い視線の大翔の言葉にハッと左右を見渡せば、すずかもアリサも当然だと頷いている。アルフは威勢のいいことだと笑い、ユーノも、姉のアリシアも静かに頷いていた。
フェイトは、大翔に協力する心を固めていく。彼一人の力で母に及ばなくても、彼は周りの力全てを使うつもりで、周りも協力を惜しまない。その戦力の増強になり、母の暴走を止められるのであれば、姉が信じる彼を信じようと思えてきていた。
「私の力は、使えるかな」
「絶対に、必要だ。君の力が、欲しい」
あ、この人はずるい人だ、とフェイトは感じた。自分と同じような年で、これだけ強く真っ直ぐな瞳で、真剣にこんな言葉を言える男の子が、そういるわけがない。だから、一気に鼓動が高まる自分がいる。
「もちろん、貴女の力も必要だ、アルフさん。フェイトさん、アルフさん、二人の力をどうか預けて欲しい」
「あたしは不要かいと言う前に先に言われちまったね。あたしは、フェイトに従う。それだけだよ」
「……だそうだ。お願い出来ないだろうか、フェイトさん」
「『さん』付けはいらないかな。私も『大翔』と呼ぶよ。いいよね、お姉ちゃん」
念話で私も呼び捨てで呼ぶからそれでいこう、と返事が皆に返ってくる。目の前の少年ははにかんだ笑みを浮かべてから、手を差し出してきた。
「では、改めて。力を貸してくれ、フェイト」
手を握り返しながら、あえてフェイトは意地の悪い言い方をする。
「母さんは、強いよ」
「勝たなくてもいい。負けなきゃいいんだよ。だから、まずはさくっとジュエルシードを集めてしまおう」
母の事情を知る彼が、勝利条件とするのは、母を打ち負かすことでは無いらしい。彼の見る未来を、一緒に見ることで、自分はもっと変わっていけるのか、家族が幸せになっていけるのか。フェイトは、賭けてみたいと、そう思えていた。
問題はまるでフェイトがチョロインさんに見えるという事実。
……まぁ、人を疑わない彼女だから、これでこれでいいのだ!(よくねぇよ)