吸血姫に飼われています   作:ですてに

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時間がない中で書いたら、閑話回になってもうた。


アリサ邸にて

 ジュエルシードとユーノを回収した一行は、アリサが執事の鮫島の運転により合流したこともあり、ひとまずバニングス家に移動していた。すずかとアリサの間で、月村家に帰る帰らないの静かな争いが繰り広げられたところまでが既定事項というべきだろうか。

 

『伊集院、今日お前ん所泊めてくれるか。すずか達は各々でそのまま帰ればいい。忍さんには連絡しておく。フェレットもどきは俺が預かる』

 

 なお、大翔の冷たい声色での一言で、言い争いは強制終了した。夜も遅いというのに、自分を対象にしか痴話喧嘩など話の種にもならない。そう思った彼は、珍しくすずかも含めて、バッサリ切って捨てたのだ。

 

「ほっほっほ、手綱はしっかり握られているようですな」

 

「普段はやらないですよ。二人が凹むのも分かってますし。月村さんに至っては、俺に否定されるのを何より恐れてますからね」

 

 アリサたち女性組三名が汗を洗い流している最中、鮫島の許可の元、大翔はバニングス家のキッチンを借りて、就寝前に飲むお手製のハチミツ入りミルクセーキを作っていた。自分の子供が寝付けない時の対策で覚えた代物だが、すずかにも気に入られて、この世界でも時折作る機会がある。

 

 すずかの今の強さは大翔による、自分という存在の全肯定ありきだ。あと数年もすればまた違ってくるだろうが、しなやかな心のありようが芽吹いてきた、彼女の奥深くには、夜の一族という人外の存在であっても、彼はずっと絶対的な味方という強い安心感があるからだ。

 それを知っているから、大翔は自分に固執する傾向があっても、すずかをそのまま受け容れているのだし、理解者が豹変するかもしれないという恐怖心を拭い去るには、まだまだ時間がかかると知っている。自分が妻を信じ切れるようになるまで、実際、何年かかったことか。苦笑混じりに、自身を振り返ればあっさり予想できるのだ。

 

「バニングスさんも……」

 

「お気になさらず。いつもの呼び方で結構でございます」

 

 お嬢様に気づかれて、お怒りを買う方が大変ですから、としれっと言ってのける鮫島に軽く頭を下げ、大翔は彼女達の名前を言い直す。

 

「アリサも、すずかも、外に出れば礼節ある振る舞いを絶えず求められる立場だから、せめて、俺相手には我儘や多少の無茶をふっかけるぐらいでちょうどいいんです。ただ、今回は時間も時間でしたし、伊集院やなのはもいるわけですから」

 

「ただ、お嬢様は拗ねてしまい、月村様に至っては、ひどく落ち込んでしまいましたな」

 

「お詫びにはならないでしょうが、気分を直してもらうきっかけにしたいと思いまして」

 

「そのお年で心憎いばかりの気配りでございますな」

 

「からかわないでください、鮫島さん。内心、予想以上の機嫌の損ね方にあの落ち込みようで、軽率だったと反省しているんですから……」

 

 鮫島の珍しい軽口に、首を振ってため息を一つ吐く大翔。その仕草が年齢不相応と言われる原因の一つなのだが、それも彼らしさなのだと、大人たちはあえて指摘することもない。彼がすずか、アリサ、なのはという少女達の信頼を得て、かつ、その期待に応え続けようとする姿勢を、周りは穏やかに見守っている。鮫島も彼を買っており、お嬢様──アリサの支えであり続けて欲しいと願う大人の一人であった。

 

「……ふふ、では若者を苛めるのは止めて、メイド達にお嬢様達が入浴を済まされたか、確認して参りましょう」

 

 夜も更けてきており、一行はこのままバニングス家に宿泊すると両家の大人達の判断で決まっている。明朝は学校のため、早朝にそれぞれ登校準備の移動があるが、それも已む無しというところだろう。皇貴においても、テンプレート通りの一人暮らしの身であるため、親の許可が必要な身でもない。

 

「ん? 一体、どうしたんだ……?」

 

 鮫島と入れ替わるようにキッチンに入ってきた皇貴は、ひたすらウロウロと彷徨い歩いては、時折頭をかいて唸っている始末。挙動不審としか言えないが、何やら引っ掛かり事がある様子だ。

 

「落ち着け、伊集院。アリサやすずかやなのはと一つ屋根の下で寝るといっても、この広大な敷地で部屋も別だ」

 

「あー、ユーノとやっと合流出来たわけだしな……でも、まずい気がする……」

 

「何がだ。訳が分からないぞ、アリサやすずかが怒ってるのか」

 

「いや、そうじゃないんだが、あ、やっぱり来たか……」

 

 ピタッと動きを止めたと思えば、この時期まだ普及し始めたばかりの携帯に届いた着信履歴を見て、皇貴の苦悩の度合いは増す。そして、俯き気味の顔を上げれば……ふと真剣な目で大翔を見据える、少年のどこか泣きそうな顔がそこにはあった。

 

「いったい、どうしたんだ?」

 

「……少し前に、会ったんだ。宿題の兼ね合いで調べ物に行った図書館で」

 

 大翔もすぐに察する。闇の書の主、八神はやて。彼女に出会ったのだと、皇貴は言っているのだ。以前、なのは達を手に入れようとした、欲望のみに駆られた時とは違い、この世界に生きる一人の人間として、彼は彼女に出会い、顔をさらに歪ませて、彼女のことを語ろうとしている。

 

「魅了とか封じられて、ほんとに俺自身の素のままで、はやてと話せたわけなんだけど、あいつすげーいい奴でさ。ほんとに一人暮らしで、家のこととかすごく大変なはずなのに、下半身の自由が利かないから、車椅子で移動も大変なのに、いつも前向きに笑おうとしててさ……」

 

 この世界の現実を生きる、はやてと等身大で向き合った皇貴。

 すずかも、アリサも、なのはも、もちろん、はやても。この世界に生きる一人の少女。自分達の世界で見ていた設定上の人物ではない。増長や慢心をすずかに破壊され、アリサやなのはと交流を重ねた彼は、そういう『当たり前』を受け止められるようになりつつある。

 魅了能力も大翔の魔具で封じられ、また、一人の友人として、アドバイスめいたことも求められれば、真摯に答えてきた。その延長線上で、彼ははやてに出会った。

 

「馬鹿話も出来るし、メタな会話も普通についてきてくれるし、話しててすげー楽しいんだよ。下ネタだって、乗ってくれながら、時にハリセンで突っ込み入れて、アウトな時はアウトってハッキリ言ってくれるしさ」

 

「ああ」

 

「すぐに仲良くなって、家にも遊びに行って、飯もご馳走になったりさ。実際に会って思い知ったよ、なんてカッコいい女の子だって。でも、それでもさ、ほんとはずっと寂しくて仕方無いと思うんだ。夜に帰ろうとすると、辛そうな顔するんだよ。すぐに隠してしまうけど、いずれ、守護騎士達が現れるだろうけど、アイツはずっと孤独だったんだって」

 

 思うままを、口に出るままに、まとまりなく話す皇貴。ただ、言葉に篭った想いは確かだと、大翔は感じていた。

 

「物語の設定が元といっても、これは、ねぇよ……。」

 

 自分のことのように憤る皇貴。同調したように語るのは、ある意味、勝手に人を理解したような乱暴な身勝手さがある。だが、その心の動きは、大翔には好ましいものに思えた。

 他人の理解など、全てが及ぶわけなどない。同情も哀れみも結局は、上から見下していると言い変えてもいい。ただ、寄り添おうとしなければ、その一部分ですら……しっかりと理解し合うことも出来はしないのだ。

 

「俺も一人暮らしだろ。そんな話もした。アイツ、冗談っぽく『いっそ一緒に暮らすのもいいかもしれへんな』なんて言うんだ。ただ、お前にも報告できてない状況で、本気でないと分かっていても、返事が出来なくて。気まずい空気のまま、今日はそのまま合流したんだ」

 

 そして、皇貴はそこで一度言葉を切り、深々と頭を下げる。

 

「黙っていて、悪かった!」

 

「……少なくとも、『原作』の流れを知ってる俺には、これからも協力体制を敷くなら、確かにすぐ報告するべきだった。それに、はやてと急に仲良くなれたのは、お前自身だけの力じゃない。元々、彼女の孤独があり、似たような境遇という共通点もあったからこそだ」

 

「ああ。すずか様やバニングスに散々叩き込まれたしな。自惚れるな、って」

 

 いい意味での皇貴の赤裸々で程よく強引な性格が、はやての心のうちをうまく引き出したのだろう、と大翔は即座に予想を立てていた。そして、彼がはやての心を無理やりに縛り付けることは出来ない対策は打っているし、そもそも彼もそんな手段は取らないと思っている。

 曲がりなりにも、すずかやアリサ、なのは達と接してきた一年あまり。異性との人間関係を作り上げていくやり方を、彼なりに試行錯誤で覚えてきたのだ。それが、はやてを相手にして、うまく噛み合ったということ。

 

(ともあれ、指摘だけはしておかないと。ただ、あの関西弁のお嬢さんとの接触は必須なわけだし。俺は海鳴に残るだろうから、伊集院にはミッドチルダに行ってもらわないと困るとは考えていたからなぁ。『原作』とか、嫌な言い方だよ、俺も)

 

 はやてが予定通り、魔導師として覚醒すれば、広域・遠隔魔法を得意とするはず。伊集院は攻撃が例の方法だけという制約もあるため、膨大な魔力量を生かす、堅牢な盾としての技術を磨くように促していた。なのはの全力全壊を死の恐怖に怯えながらも、真正面から受け止められる防御力は十分評価に値する。

 組合せとして、彼が盾を務め、後ろからはやてが一挙殲滅。単純だが、効果的なコンビになるかもしれない──そんな想像を内心でしながら、大翔はさっさと皇貴を解放しようと、続けて声を発した。

 

「分かってるならいいさ。んで、眠れないから寝かしつけに来いと、遠まわしにでも言われてるのか? なのはに似た、抱え込みがちな誰かさんのことだ。目が冴えてるから、電話の相手してくれると嬉しいとか、そんな言い方でさ」

 

 多分にからかいが混じった口調で、見当違いの予想を大翔は言い放つ。実際には彼女が発言の軽率さを省みて、お詫びの電話を幾度もかけてきている所だろう、とアタリはつけている。ただ、いずれ皇貴が彼女との交友を深めていけば、似た境遇で親近感を持った皇貴に本気で言い出す可能性もある、とも。

 

「んなっ、ちげぇよ! ユーノの一件で話もまともにできなくて、俺が怒ってると勘違いしてるんだよ!」

 

「冗談だよ。実のところ、お前は困ってるだけだったなんて、分かるわけがないからな。さっさと電話してやれ。返事次第で顔を出してきても構わないぞ。ユーノと詳しく話ができるのは、こんな時間だし、どうせ明日になる」

 

「夜遅く、一人暮らしの女の子の家にんな軽く行けるか! とにかく、掛けてくる!」

 

 青いなぁ、と大翔は思いながら、慌てて出て行く皇貴を見送る。そして、自分自身も手作りミルクセーキを用意して、視界の端に入る、こちらへ向けて歩く鮫島の元へと向かうのだった。




はやてさんも出てこないわけにはいかないので、
すずかやアリサの調教が済みつつある彼が接触しました。

なお、時代背景を著しく間違えていたので、
一部表現を掛けております。
執筆中の最新話にも反映中です。

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