吸血姫に飼われています   作:ですてに

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悩んだんですが、エピローグを考えるに、こんな形になりました。


無印
吹き荒れる嵐の予感


 「……えっと、どう、しようか。というか、どうにもならない、のか?」

 

「ひ、ひろくんっ! 身体は大丈夫!? どこか痛いとか、辛いとかないの!?」

 

「それは大丈夫。ただ、すごく魔力量が増えたような……あ、あはは……」

 

 慌てて駆け寄るすずかに、動揺は残るものの、大翔に異常は無いと答える心の余裕は残っていた。彼の身に起こったこと、それは──。

 

『ジュエルシードを体内に吸収するとは……驚きましたよ、大翔。……しっかりリンカーコアと融合してしまったようですね』

 

「初めてのすずかの封印魔法がうまくいって良かったはずなのに……どうしてこうなるのかしら」

 

「にゃ、にゃはは……封印したら大丈夫と思うよね」

 

(い、いきなり原作ルート破壊かよ、空知ぃ!)

 

 三年生になる4月にあと数日でなるという頃、訓練中に月村家の庭で発見したジュエルシード。とんでもない魔力を内包する青い宝石を初封印したものの、大翔が拾い上げてみれば、ほのかに発光して胸の内にすーっと吸い込まれてしまうという事件が起きたのだ。

 

「保管するだけのつもりで拾ったんだけど……伊集院、これってマズい、よな?」

 

「非常にまずいと思われ」

 

「隠し通せない、かな?」

 

「オマエの隠蔽技術は頑張ってるとは思うけど、見る者が見れば一発だとおもふ」

 

「……お前も動揺してるな、言葉遣いがいろいろおかしい」

 

「黙ってれば造形は悪くから、かえってバカさが際立ってる残念仕様ね」

 

 大翔の声にツッコミ担当も即座に斬り込んでくる。安定のアリサであった。

 

「とにかく! 忍さんに話して、大翔は即リンカーコアの解析開始! それと、伊集院となのは! そのジュエルシードだっけ。ここで見つかったってことは、もう街中に散らばってるんでしょ? 伊集院も見る、嘘っぽい『予知夢』とやらで所在の当たりのついてる所、片っ端から回収してきなさーい!」

 

「サッ、サーッ! イエッサー!」

 

 アリサには危害を加えられないだけのはずである皇貴は、反射的に服従する程度には彼女に躾けられてしまっていた。大企業の次代を担う彼女は帝王学を既に学び始めており、前世が一般人だった皇貴では相手にならず、彼女に従うのは当然のような習慣が染み付いてしまっている。

 

「嘘っぽいって、信じてないとおんなじ意味のような……」

 

「なのは、予知能力って話を信じてないってことよ。でも、その話は後! どこに落ちてるのか分かってる、その点については信用してる。さっ、行きなさいっ!」

 

「わ、わかったの!」

 

 アリサの有無を言わさぬ命令の圧力には、理不尽なものでもない限り、なのはもなかなか逆らい難い感覚がある。よく知る友人がここまで強く言い切るのだから、むしろ素直に従っておくのがうまく行くと経験則も彼女にそう囁いていた。

 

「あと、二人とも。全力は尽くしてもいいけど、全開は厳禁よ! デバイスをぽんぽん壊して、大翔の仕事を下手に増やさない! いいわね!」

 

「サー! イエッサー!」

 

「任務了解なの!」

 

 リーダーの素早い指示で金色と桃色の魔力光が、夕焼けの空を駆け始める。そして……。

 

「……すずか、大丈夫だって」

 

「ひろくん、だって発動したら危険なモノなんでしょう? それが身体の中にあるんだよ、安心なんて出来ないよ……」

 

 縋りつくように、大翔の肘の辺り、服の端を両手で握り締めているすずか。彼女の余裕があれば、解析は本人やヘカティー、忍に任せ、アリサは自分とコンビで先行した二人と同じく、自分達も捜索に出るつもりであったのだが。

 

「……アタシ達は明日からでもいいかしら。大翔、それでいいわね?」

 

「ああ。まずはすずかを落ち着かせてあげないと」

 

「……はぁ。そうよね、アンタはそうなのよね。ああもう」

 

(アンタの問題点よね。大翔に何かあれば、すずかは間違いなく壊れるってのに。だからこそ、自分自身をもっと大事にしてもらわないと困るんだけどっ)

 

 すずかが無事であるのが一番。その裏返しか、大翔はどうにも自分の心身に対する危機感が低い。自分の心と向き合うことを密かな課題として、約一年。最近、変化を見せ始めたアリサもその優先枠に入りつつあった。

 恋愛かどうかは別として、自分にとって彼は特別な存在なのは間違いない。アリサが自分を見つめる中で、しっかりと自覚できたのが一つ。そして、しつこいぐらいに言葉や態度に出して伝えないと、響いていかないという難儀極まりない相手と認識したのがもう一つである。

 

「アンタが安全とハッキリしないと、すずかもアタシも落ち着かないっての! アタシやすずかはアンタが五体満足で元気でいてくれないと困るし、意味がないのよっ! ちゃんと自覚しなさいっ!」

 

 女性不信の裏返し、であった。大翔は自分が信用できる女性に対して、何よりもその女性を優先する傾向が強い。ほぼ無意識のレベルで。

 鍛錬と技術研究のためにすぐに睡眠時間を削ろうとする彼を、そんな思考を逆手に取り、すずかやアリサがお願いや命令と称して、無理やり寝室に連れて行くこともあるが、何せ自身を犠牲にしている感覚が薄いのが困りものなのだ。

 

「いや、あのさ、暴走する様子も無いし、すずかがしっかり封印もやってくれたから、おそらく大丈夫かなって。ただ、コアの魔力量がまずいことになったから、隠蔽のやり方はもっと考えないといけないけど」

 

「言い訳は不要っ! ヘカティー、解析結果が出るまで、大翔を屋敷から出しちゃダメよ! すずかも大翔から絶対に目を離さないこと! あたしは忍さんとすぐ準備に入るわ。準備出来次第、呼びに来るから。あと、鮫島の方に今日は泊まるから、お泊りセットの用意持ってくるように伝えてっ!」

 

『了解しました、アリサ』

 

「う、うん、わかったよアリサちゃん。連絡しておくね」

 

「頼んだわよっ!」

 

 駆け出しながらバリアジャケットを解除し、遠めに訓練を見守っていたノエルとファリンを捕まえてテキパキと指示を出していくアリサ。三名の姿はあっという間に屋敷の中へと消えていく。

 

「アリサ……魔法だけじゃない、なんかいろいろパワーアップしてるよなぁ。俺にも最近容赦無いし」

 

「それはそうだよ。ひろくんは、アリサちゃんの『スペシャル』なんだから」

 

「なんだそりゃ」

 

「替えのきかない存在ってことだよ」

 

「容赦が無いのが、替えがきかないに繋がらない気が」

 

「獅子は我が子を千尋の谷に幾度も何度でも突き落とすんだよ」

 

 自分を落ち着かせるため、すずかは大翔の腕を組み抱き、頬を寄せ彼の匂いを吸い込むことにより、表向きは普段の調子を取り戻せていた。意識的にやってみても効き目があるか不安があったものの、あまりの混乱鎮静効果に、彼への傾倒具合を自分自身で内心苦笑いしてしまう。

 

(出会ってからもう一年半も経つんだよね……ひろくん無しの生活が想像出来ないだけじゃなくて、いなくなってしまえば、私は間違いなく──)

 

 大翔あっての自分。大翔が自身を大事にしないのなら、自分が彼自身を守り切ればいい。結果、お互いの安全は守られる。最近はそこにアリサが食い込んできているものの、彼の一番が自分であり続ければいいことだ。彼の行動・言動からも、すずかは自分が最優先されている自覚をしっかり持っており、この点についての不安はあまりなかった。

 

「なにかが違うぞ、すずか。というか、あの獅子もライオンじゃなくて、古代中国の想像上の生物なんだろ、確か」

 

「そうなんだ」

 

「いや、判ってトボけてるだろ」

 

 二人の共通点の一つに、本好きというのがある。ビジネス専門のアリサと違い、二人は何でも読む。お互いに買いにくい種類の本を購入し合うようになり、本棚を共有化してみれば、小説・漫画ジャンル問わず何でもござれの月村家図書室が出来上がっていた。

 週末合宿の楽しみに、なのはがこの図書室をあげるぐらいなので、なかなかの陣容となっており、蔵書は今も増え続けている。

 

「ふふ、どうでしょう?」

 

「ったく、獅子の話はともかくとして。俺に安らぎを与えてくれてるのは、すずかだけだよって話」

 

「……ありがとう。だって、私はひろくんが一番求める女の子でいたいから。厳しいことを言うのは、アリサちゃんに任せておくの」

 

 いざとなれば、すずかは力尽くで大翔を休息へと誘うし、既に何十回もの実績もある。ただ、口にするのは無粋で、普段のすずかは大翔に甘く、ひたすら安らぐ場所であろうと努めていた。

 

「アリサとーちゃんみたいなもんだな。俺への期待値が高すぎなんだよ、あいつは。根を詰め過ぎる俺を心配してくれてるのは分かるんだけど」

 

「ぷっ。絶対そんな呼び方しちゃダメだよ?」

 

「すずかの前でしか言えないって。あ、そろそろジャケット解除しないと、魔力が持たなくなるぞ」

 

「……だって、この格好、とても気に入ってくれてるでしょう?」

 

「私服でコート以外は再現してくれてるじゃないか、だから平気だって」

 

 初見の際は直視できなかった大翔も回数を重ねることにより、すずかのバリアジャケット姿をしっかり見られるようになっていた。ただ、それでも視線を逸らす傾向があるので、彼女が泣き落としにかかったところ、好みに合致し過ぎていて視界に困るという暴露話があったのだ。

 大翔の発言通り、コート以外の部分はプライベートで集めて、大翔をショッピングやデートに連れ出しているのだが、真正面に立つと相変わらず、長時間眺めるには耐えられない始末。

 

(訓練とか、集中出来ている時は大丈夫だから、気が抜けたりリラックスするとダメなのかな。ひろくんらしいというか……)

 

 とはいえ、やはり着飾った自分を好いた男にしっかり見て欲しいという女心。すずかはこの系統の格好に慣れてもらおうと、寝間着もフリルがかった格好を揃えてみたり、地道なアピールを続けているのであった。

 

『魔力なら大翔から供給すれば問題ないのでは。量だけならCからAかAAクラスまでジャンプアップしていますし』

 

「あっ。ヘカティー、ナイスアイデアだね! 安らぎだけじゃなくてドキドキも必要だよ」

 

『マスターのお役に立てて何よりです』

 

「おいこら待て。というか、すずかも瞳を閉じて、唇を可愛らしく突き出すんじゃありません」

 

「夕食前から『ガブリ、ごくごくっ』とされたい? それよりはいいと思うけどな」

 

『そうですよ、大翔。今からキスぐらいで戸惑ってどうするのですか。魔力の暴走を防ぐ為にも、マスターに魔力を分けてしまうべきです』

 

 瞳を閉じたまま、あまり宜しくない魔力補給案を提示するすずかに、即追随するヘカティー。妙に息が合う辺り、大翔に対しての対処が似ているのかもしれない。

 

「お前らはマスターにデバイス揃って……全く。別に手の接触でも渡せるんだぞ?」

 

「効率が良くないよ」

 

『ええ、良くありません』

 

 魔力を渡す側と受け取る側の慣れ次第で、握手でもそう効率は変わらないのだが、すずかもヘカティーも本当のことを言うつもりは無い。お約束、様式美の類なのだ、これは。さらに、あえて付け加えるのなら、すずかはキスでの魔力譲渡に一番慣れている。

 

「……んっ」

 

「これで、いいだろ?」

 

「……」

 

 唇が触れた後も態勢を変えない、すずか。無言の抗議であった。頬が少し膨らんでいるのがその証明であろう。

 

『大翔、そんな刹那の触れ合いで魔力が譲渡出来るわけがないでしょう? 粘膜同士の接触が』

 

「だぁぁ! 最後まで言わんでいい! ……すずか、本当にやらないとダメか?」

 

「んっ」

 

『噛んじゃうよ?』

 

 表面上は唇を差し出したまま、念話で念押しされ、拒否も許されず、すずかからは毎日のように、けれど、彼から行うのは実は初めての……口内粘膜接触による魔力供給が為される。

 すずかからすれば一歩前進。大翔は自分の精神年齢から、ひどい罪悪感や人として色々ダメになっていく自分をいっそ消し去ってしまいたい衝動に駆られてしまう。前世で妻にしたような濃厚なやり方ではなく、稚拙でたどたどしいやり方。貪るようにしてしまえば、本当に色んな意味で後戻り出来ないと思うゆえの、せめてもの抵抗であったが。

 

「んんんんんっ!?」

 

「んっ、じゅるっ、はぁ、あむっ、ん、んぅ……」

 

 そうは問屋が卸すものかと、強く吸ったり絡めたりと、すずかが攻勢をかけていく。背中に回され、そっと添えられただけに見えるすずかの両腕はしっかり大翔をロックして離さない。声を出すのを憚られたヘカティーも待機状態で空中でくるくる回りながら、マスターを鼓舞していた。

 

(な、なんでこんなに上手なんだ! おまけに吐息がああ、既にエロいってどういうことだよ!)

 

(いつもフラフラになって、意識がハッキリしていないひろくんが相手だもんっ。私の感覚、覚えてもらうんだからっ)

 

 さらに、彼にとっては不幸な事に、忍に話をつけたアリサに遠目とはいえ、しっかりと現場を見られてしまっていた。

 

「……完全に固まってるわね、大翔」

 

「すずかもえらく積極的よね~。私達が来て、もう一分は経ってるもの」

 

「魔力供給の名目、だからでしょう。なのに、とてもイライラする……!」

 

「アリサちゃん? 声が怖いし、なんか炎が漏れ出てるんだけど……!?」

 

「すずかから聞いてたんです。大翔の意識がハッキリしてる時にやったことはないって。だから、見てしまったのは初めてなんですけど……なるほど、そっか。アタシ、『すずか』に腹を立ててるんだ」

 

「ア、ア、アリサちゃん、お、落ち着いて、ね? まずは大翔の解析が最優先」

 

 女の嫉妬ほど怖いものは無い。忍は一族の中でも頭脳派なのだ。炎を身にまとう人間を卒倒できる力は無い。繰り返す、忍は頭脳派なのだ。

 

「はい、最優先ですよね、わかってます。……ただ、すずかには感謝しなきゃ。そっか、これが『あの』感覚なんだ。ふふ、自分の感情をちゃんと見つめて認める練習、こんな形でも役に立っちゃったわよ、大翔……」

 

 忍は思った。炎を収めたものの、アリサはすずかが大翔に拘った時と同じ、壮絶な笑みをしていると。 この一年弱、成長しようと、変わり続けようと努力を続けてきた、アリサの活力源が大翔にあることは気付いていたが、あくまで同士、ライバル的なものと思っていた。

 

(アリサちゃんが子供らしい感情に飲まれるだけじゃなくて、自分を平静に見られる部分が出てきたのって、大翔の影響だろうと思ってたけど。今度はすずかのせいで、アリサちゃんまで……)

 

 早熟な二人だ。好きな男の子の取り合い……なんてものにはならないと、忍の『女』が警告する。アリサの敬慕はいつしか思慕に移り変わり、今、恋慕になる瞬間を彼女は目撃したのだから。

 

(大翔、頑張んなさい。女が苦手な貴方が今の生で受け入れられる候補が二人。聡いあの子達だもの、一度認めた貴方からそんな簡単に離れはしない。異性としてあまり意識してくれていないのも承知済み。まして、お互いが秘密を共有してる状況だから、長期戦になる覚悟もするでしょう)

 

「こらーっ! すずか、大翔、あんた達は日が沈む前から何やってるのーっ!」

 

 表向きは今まで通りに。けれど、場面に応じて、アリサは仕掛けていくだろう。原作時系列の開始は、少女達の長い戦いの号砲でもあった。




すずか様がメインヒロインなのには変わりないのですが、この後の展開も踏まえて、アリサ正式ヒロイン化です。

増えても、あと一、二人のはずです。
すずか様だけがいいと思っていた方には、申し訳ありません、としか。

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