ケイの旅 ーLife is a Journeyー 作:黒猫冬夜
深い崖の端にある舗装されていない道を、一台のモトラドが土埃を上げながら走っている。それを運転している青年は、黒革の手袋で偶に鬱陶しそうに銀縁のゴーグルの埃を拭いている。
代わり映えにない平野の景色に夕焼けの赤が差してきた頃、地平線にポツリと小さな点が現れた。旅人はそれが気になったのか、ライトに照らされた道を暗くなってからも走り続けた。モトラドの腕は相当なものなのだろう。崖の上の細い道をスピードを緩めずに走っている。
ライトに照らされて現れたのは、荷台が布で覆われている小さなトラックだった。その側に三人の男が立っており、近付く青年に警戒するかのようにライフル型パースエイダーを構えている。
青年は驚かせないようにとゆっくりと近づく。男達の前に着くと、エンジンを切らずに口を開く。
「こんばんは。夜分にすいません。」
青年は明るい声で挨拶する。男達は警戒を解かずに、挨拶を返す。
「ばんわ。」
「おう。」
「こんな遅くに何か用か?」
「いや、唯久しぶりに人と喋りながらの夕食も良いかなと。」
青年は笑い、エンジンを切る。青年の愛想の良さに好感を抱いたのか、男達はパースエイダーの銃口を下げる。不用心だな、と青年が呟いたのは聞こえなかったのだろう。三人は楽しそうに話し出す。
「そうかい、そうかい。いや、こっちも人と会うのは久しぶりさ。」
「実は俺らも夕餉がまだなんだ。一緒にどうだい?」
「久々の人だ。前に仕入れたラム肉を食おう。」
「あ、ならば一緒にワインはどうでしょうか。次の国で売ろうかと思ってたんだが、どうも買いすぎてしまって。」
「兄ちゃん、良いね!今夜はご馳走だ。」
青年はモトラドを停めるため、トラックの横へと移動する。すると、トラックの中からゴトン、何かが落ちる音がする。
「ん?何か・・・」
「あぁ、商品が動いちまったみたいだ。」
「お前、動かないようちゃんと縛っとけって言っただろ。」
「けどよ。縛ってると商品が悪くなっちまう。」
「旅商人か。」
「ああ、そうよ。うちの国の伝統でな。夕餉を食いながら話そうか。」
他の二人よりも筋肉質な男が青年の肩に手を置き、少々強引にトラックから少し離れた所へと移動させる。そこにはキャンプファイアが燃えており、横には簡易テントが張られていた。
「肉、取ってきたぜ。」
青年が誘導されている間にトラックへ入ったのか、一人の男性が小さな小包を抱え寄ってきた。
「あ、ワインを取ってくるのを忘れた。少し戻ります。」
青年がモトラドへ戻ろうと踵を返すと、筋肉質の男性も付いてくる。
「一人で大丈夫ですよ。」
「そうだろうけど・・・」
男性は口をゴモゴモと動かし、言い辛そうに切り出す。
「俺ら、商人だからな。商品を盗まれちゃ困る。別に、兄ちゃんを疑ってる訳じゃ無いが、その・・・」
「あぁ、大丈夫。旅人は皆良心で動く訳じゃ無いですし。」
「分かってくれて助かる。」
青年が荷物からワイン瓶を三つ取り出すと同時に、旅上人の最後の一人がトラックから顔を出す。
「おい、この酒も飲んじまうか?」
彼の手には白い陶器で出来た、少々値の張りそうな酒瓶が持たれていた。中は見えないが、商人が見せるように突き出すとトプンと中の液体が揺れる音がした。
「あぁ、しばらく売れそうな国がねぇしな。」
キャンプファイアの側で肉の包みを開けている男性が返事する。その答えに気を良くしたのか、酒瓶を持った男性は鼻歌を鳴らしながらトラックの荷台から降りる。
改めて四人で集まり、小さな火を囲いそれぞれの品を出す。全員分の分の携帯食、そしてラム肉、ワイン三瓶、そして酒瓶が一つ炎に照らされる。青年も男性達も久々の肉と酒なのだろう。固唾を呑んだり手を擦ったりとそれぞれ反応を見せる。
「では、いただきます。」
「おう!」
「ただきます。」
「肉なんざ何時ぶりだ?」
青年は自分の携帯食を開けると同時に一人はワインを開け、二人は肉に手を出す。美味しそうに干し肉を食べる二人を片目に、青年は食物性の味気の無い携帯食を食べ続ける。
「そう言えば、国の伝統とさっき言ってたが。」
「あぁ、旅商人の事か。」
ワインを呷っていた筋肉質の男性が、青年の言葉に反応する。残りの二人は肉を頬張っていた手を止め、二人に耳を傾ける。
「俺らの故郷では、成人男性は春になると旅商人として旅立つんだ。そして皆秋に無事戻ると、生還祭って大規模な祭をするんだ。」
「へぇ、お祭りか。」
「おうよ。祭中に結婚したカップルは一生一緒だって迷信だ。」
「こいつぁ去年彼女と結婚したんだぜ。」
「おいおいおい。」
筋肉質の男性の説明を、禿げた男性が遮る。笑いながら仲間の幸せを報告する彼を、赤面した長身な男性が肘で小突く。よく見れば彼の左の薬指には銀の指輪が嵌められている。微笑ましい光景だ。青年の口も緩く弧を描く。
「彼らの未来に乾杯!」
「お前らぁ!」
「ははは、カンパァイ!」
「いよっしゃぁ!」
青年は彼の隣にあるワイン瓶を開け、掲げる。それに合わせ空いた酒瓶と未開封のワイン瓶が挙げられ、瓶と陶器が当たる澄んだ音が響く。プシュッ、と二本目のワイン瓶が開く音と共に、グビグビッと酒が喉を通る音が聞こえる。
酒や肉やと口に運びながら、雑談や情報交換が行われる。他愛の無い事や社交辞令にも似たそれは、旅人には生死に纏わる情報が隠れてたりするので皆が口を開き、耳を澄ます。
「この北にある国は何でも買えるし、何でも売れるらしい。」
「らしい、ですか。」
「まぁ、噂で聞いたもんさ。けど、商人としちゃぁ確かめに行かねぇとな。」
「南二つ目の交差点で西に進んだ国は学問がかなり進んでました。けれど制度が面白かったな。」
「へぇ、一回行ってみるのも悪くねぇな。」
禿げてる男性がワイン瓶を煽り、空だと認識すると地面に落とす。コトッと音は全員の注意を引き、また瞬時に全員の酒具合が確認される。
「お前、飲み過ぎじゃねぇか?」
「良いんだよ、今日くらい。兄ちゃん、余り飲んで無いじゃないか。」
「いえ、俺は運転なので・・・」
青年は苦笑し、トラックの側に停まってある自分のモトラドを指す。そんな青年に、禿げた男性程ではないが結構な量を飲んでいた長身の男性が絡みだす。
「泊まってけよぉ。ほら、飲め飲め!」
「いや、泊ってく訳には・・・」
「良いじゃないか。食を分けた仲だ。暖を分けるのも悪くない。」
「貴方まで・・・」
二人と違って、チビチビ陶器瓶から酒を飲んでた筋肉質の男性が青年に提案する。
「商人の言葉とは思えませんね。」
「はは、俺が見張ってるから良いんだよ。」
これ以上は悪酒になるだけだから寝ろ、と絡む二人に男性は言う。反対した二人だったが、グズグズ言いながらもトラック近くのテントに潜る。それを見届けながら、青年はラム肉を噛み続ける。焚き火と、二人の男の寝言以外何も聞こえない静寂が未だ起きてる二人の間の空間を埋める。
何処から取り出したのか、男性は陶器瓶の酒を同じく陶器製の杯に入れる。淵まで満たされた杯を、溢れぬようゆっくり青年に差し出す。青年はそれを受け取り、水面に映る炎と自分の顔を少々眺める。
「それまだ飲んで無いだろ。それは故郷で作ってる蒼酒ってやつさ。」
青年はそれを口に含み、眉を寄せる。鋭い辛味が舌を刺し、徐々に舌の感覚が麻痺して行く。その激しい進行の奥先に、独特な苦みが靄の様に陰る。青年は考えるように目を滑らせ、口の中で酒を躍らす。納得はしないが考えが纏まったのか、青年は眉を潜めたまま酒を飲み込む。
「・・・独特な味ですね。」
「これが案外、癖になるのさ。」
青年には分からない味なのだろうか。残りを飲まず、杯の中の酒をゆっくりと揺らしながら、歪む景色を楽しむ。若干白く濁る酒は、水面に浮かぶ月に比べると青白く感じる。白酒でなく、蒼酒と呼ばれる由来だろうか。
「友好の印だ。良かったら飲み干してくれるか。」
「・・・少しキツイですね。」
また苦笑いをする青年に男性は頑張れ、と何の助けにならない言葉を掛け、自分も蒼酒を一口飲む。
「はたして、」
「ん?」
「月の白さを知らないそれを、蒼酒と呼べるのだろうか。」
男性が持つ陶器瓶を眺めながら、ボソリと青年が呟く。
「どうした。酒の旨味に当てられておセンチになったか。」
「・・・さぁな。」
青年は紛らわす様に残りの蒼酒を口に含む。舌の細胞を最初の一口で殺したのだろうか、さっき程の強い刺激は感じなかった。飲み干すと同時に、青年の体が後ろへと傾く。
「それ、結構度数が高いからそれ位で今日は止めとけ。」
「・・・あぁ。」
青年はゆっくりと立ち上がり、モトラドへ歩み寄ると荷物から簡易テントを取り出す。フラフラとする彼を見兼ねて、男性はテントの組み立てを手伝う。倒れそうな青年が足を引っ張りながらも、テントは何とか組み立てれれる。
「ほら、寝ろ。」
「あぁ、すまない。」
青年がテントに潜るのを、酒の入ってない男性の双眸が見届けた。
後書き:
お久しぶりです。前回の投稿から随分経ったと思ったら、案外二ヶ月少しだけでした。
今回は「人を選ぶ話」の上だけ投稿します。
実は、下をまだ書いてないんです。
いつもなら同時に投稿するのですが、どうにも待ちどうしくて。
全員同じ性別だと、名前無しで書き分けるのは難しいですね。
兎に角青年、禿げ、筋肉質、長身と書きましたが、もっと良い方法があったはず・・・
いつかすらすらと書けるように、練習あるのみですかね。
いつ投稿するかわかりませんが、「人を選ぶ話」の続きをよろしくお願いします。