遊戯王が当たり前?→ならプロデュエリストになる!   作:v!sion

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そう言えば9月になってしまいましたね
頑張ります←


第八十九話 Never Expect × Technology

◑日本-S・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)本部 / 午後18時30分

 

 

「...以上だ、質問を受け付けるような時間はあまり無いができる限り答えよう」

 

「「「...」」」

 

 

大学の講義を思い出させる一室だった

若い私服の者達を座らせ、1名の初老の白衣の男性が教鞭を取るかのように少し高い位置の机で語り切った所だ

 

マシンガントークもさながら決闘力(デュエルエナジ-)や月下、永世界やモンスターの精霊についてまで赤裸々に伝え終えたS・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)の科学者は念の為に生徒らの質問を受け入れる時間を設けている

 

だが誰も声をあげない

突然すぎる内容に、灰田すらも神妙な面持ちで背筋を伸ばして座るだけ

 

 

「...質問が無いなら助かる。本来なら君たちは記憶操作の処置を取られるところだ、しっかり立場を考えて露呈だけはやめてくれよな」

 

 

白衣の男は手元の資料を整理すると、受講者の面々を眺めた

 

そのうち何名か焦点を当てると、今度はパソコンを開いた。数秒でなにかを打ち終えると、もう一度生徒らの表情を伺った

 

 

「では、私からの話は終わろう。呼ばれた者はついてきてくれ」

 

「えっ...?」

 

 

この男の口調は本当に教授のようだった

講義の終わりと、別件で用がある生徒の呼び出し

 

奇しくも相似を感じるが、現在身を置いているのはS・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)の本部。まともではないと判断するのに充分な程に話は聞き飽きている

 

 

「灰田光明、黒川美姫、古賀拓郎、海堂一樹はついてきて。他の皆は暫くここで待っていてくれ」

 

「は、はい!」

「私達だけ?」

「...俺も?」

「あ?俺もかよ」

 

 

その部屋に居た青年らか4名のみが指された。それぞれ困惑やそれに近いものを抱えてはいるが、言う通りに退室の構えを作り出す

 

古賀に急かされ最後に立ち上がった一樹を見届けた所で、白衣の男は先陣を切るようにドアノブを捻る

が、何か思い出したかのように部屋に視線を移した。すると目当ての人物と目が合う

 

 

「...君も呼ばれているが、体は大丈夫か?」

 

「.....」

 

 

無理なら来なくてもいい

そう取れる言動だったが男は黙って立ち上がった

 

2本の松葉杖をその場に残し、凛々しく歩くその様はまさに戦士のそれだ

 

 

「俺も行こう」

 

「...ならついてきて」

 

 

 

ーーー

ーー

 

 

数分間歩いた先の景色に変わりはなかった

似たような廊下を進み続け、辿り着いたらしいそこは先程の部屋よりも数倍広かった

 

白衣の男に開けてもらい、黒川から入室して行く

一樹が入る頃には黒川は既に着席しており、再び古賀に急かされ一樹も席に着いた

 

 

「全員揃ったな」

 

 

「黒川...!あそこにいるのプロの人じゃない!?」

 

「静かになさい、私達以外は多分全員プロよ」

 

「いや...違ぇー奴もいるな」

 

 

場所を弁えない灰田と、それを制す黒川

さらには黒川の発言を訂正する形で一樹もが沈黙の部屋に声を放った

 

学生の身勝手な行動にあるものは嫌気を隠さず

まったく興味を示さず黙っている者達もあった

少し気まずいその中で、一樹は奥に座るとある人物に向かった

 

 

「あんたが居るなんて意外だな?暁星最強のビビりさんよ?」

 

「...」

 

 

何か癪に障る事でもあるのだろうか、一樹は挑発するかのように静かに座る皇に声をかけた

 

対して皇は見向きすることも無く無言を貫く

数秒にも満たない沈黙が生まれると、誰よりも地位の高い安山が私語を慎むように注意を呼びかける

 

そしてその沈黙に塗り重ねるように本来の目的を語りだした

 

 

「我々S・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)は月下の失彩の道化団(モノクロ・アクタ-ズ)と全面的に戦争をする事となった。拉致された生徒及びS・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)のプロ4名と月下最高管理者である快凪直人(かいなぎなおと)の奪還が主な目的となる」

 

 

薄々感ずいていた内容だ

ここまで好き勝手されておいて黙っている訳にはいかない。奪われたものは決して些細なものではなく、市民を守るS・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)としては奪還以外の選択肢は無いはずだ

 

黒川達は第1次月下潜入任務の失敗も既にあの部屋で聞いている。そしてこの部屋にいる全員がそれらを認知済みのはずなのだろう。

誰も戦争という単語に異論を唱えようとしない

 

 

「秋天堂光」

 

「はい」

 

 

戦争を行う

たったそれだけの事を告げた所で話者は安山から秋天堂に巡った

 

そして黒川は目を疑った

それは今初めて秋天堂がこの部屋にいた事に気がついたからではない。S・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)の制服を纏い、神妙な面持ちの彼女は既に聖帝の先輩では無く、S・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)の人間なのだと再確認させられる雰囲気を醸し出している

 

隣の灰田も言葉を見失っている様子だった

唖然としていると秋天堂は反対に凛とした態度でこう述べた

 

 

「数時間前に日本の各大学を襲った集団については皆さんご存知かと思います。僕...私も聖帝で実際に対峙し、尋問をしました」

 

「...それで?」

 

 

秋天堂が何を語るつもりなのか、疑問に感じているのは黒川達だけでは無いようだ

 

離れた位置の壁に寄りかかる比較的若い男性が怪訝を顕にしている。彼も確かプロだったはずだ。ランクまではおぼえてはいないが、学生誰しも見た事のある人物だった

 

 

「...結論から言います。今回の騒動は失彩の道化団(モノクロ・アクタ-ズ)が起こしたものではありません」

 

「なんだと?」

 

 

これには老若男女問わずどよめいた

そんなはずはない

アンカーも«цпкпошп»も黒いロングコートも全てが失彩の道化団(モノクロ・アクタ-ズ)と一致しているのだ。今更別の集団だと理解できるはずもない

 

それぞれが己の見解を放つ中で、やはり安山が静粛を命じると次第にまた沈黙を訪れる

そしてそのタイミングで秋天堂は黒い金属のような破片を提示した

 

順を追って話すつもりらしい

 

 

「これに見覚えがあるかと思います。調べてみると案の定断絶金でした」

 

 

次に掲けたものは、その破片の本来の姿であろう首飾りだった。チェーンの様な物に繋がれ、アクセサリーと形容するのが妥当と思われるそれは、大学構内で戦った者達全員が飾っていたまさにそれで間違いない

 

 

「かなり精密な加工が施されています。私は始め、これの有無が失彩の道化団(モノクロ・アクタ-ズ)内での(ダ-ト)(クレイ)の差別化に用いられているものかと考えました」

 

「...」

 

「しかし、彼が答えた部隊の名は失彩の道化団(モノクロ・アクタ-ズ)では無く、階級もそれと違う物を言っていました」

 

「では奴らなんて言う名前なんだよ?」

 

 

若作りをしている男性が声を荒らげる形で秋天堂を急かした。無理もない、S・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)としても分からない事が多く、そのうちの1つでも判明するなら早く把握したいのだ

 

そして秋天堂は歯切れの悪い様子で判明した敵の名を放った。物理的に言いづらい名のようだ

 

 

「...”LL∵Huna=E-t0S0n(ルナイトサン)”の”ガルナファルナ”と言っていました。私が尋問した男はその中級です」

 

「よくわからん名前だな...」

 

 

すると備え付けてあったモニターに、文字が羅列されたパワーポイントが映し出された

 

そこには先程聞いたばかりの単語や、聞いた事のあるようなそれが綴られている。黒川達のとっては説明を待つしかなかった

 

 

「2日前、聖帝大学のインターンシップ説明会会場が襲われた事件...以後”日食”と呼びます。日食で捉えた者達と、今回の日食、いわゆるニ次日食で捉えた者達の証言を照らし合わせた物です」

 

「おいおい...」

 

 

モニターにはこう刻まれていた

 

 

月下とLL∵Huna=E-t0S0n(ルナイトサン)

 

アンカーとシャフト

 

(クレイ)と中級

 

細々した異なる呼称は他にもあったが、注目したいのは合致している箇所だった

目的にある「希望の奪取」、そして«цпкпошп»の有無

 

 

「安山総帥、月下ってのはあの次元そのものを指す名前じゃなかったのですか?」

 

「数時間前までは私自身もそのつもりでいた。が、どうやら考えを改める必要があるようだ」

 

 

抽象的な表現だが、何が言いたいかは理解した

決闘力(デュエルエナジ-)が生み出した新たな次元と土地、それを月下と呼んでいたのは最早間違いだったのだと

 

 

「これより月下は失彩の道化団(モノクロ・アクタ-ズ)が腰据える国の名前として呼ぶ。LL∵Huna=E-t0S0n(ルナイトサン)も同様に国の名前だ」

 

 

おかしな点はあった

あのビルでの出来事、一次日食では40名程の失彩の道化団(モノクロ・アクタ-ズ)を捉えたと言うのに、今回のニ次日食ではそれの何倍もの人間が日本を襲った

 

規模が異常だ

日本が管理する月下でクーデターを起こし、月下を掌握しただけに納まらず日本にまで手を出してきている。それもこう考えれば納得もできる

 

別の国があったのだ

 

S・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)でも把握出来ていなかった月下とはまったく異なる国が

 

では、一体あとどれほどの決闘者(デュエリスト)が残っているのだろうか。敵の規模は計り知れないでいた

 

 

「差別化が必要だな...ではあの次元そのものを”別世界(アナザー)”と呼ぶ事にする」

 

 

また新たな単語が生まれた

目まぐるしく情報が交差する中、また安山に話のターンが戻るようだ

 

秋天堂が2歩下がるとモニターの画面も黒く染まる

そして再びあかりが灯ると、今度は何処かの地図の様なものが映された

それが月下...別世界(アナザー)の地図だと分かるのに時間はかからなかった

 

 

「ゲートについて話そう。一次日食で失彩の道化団(モノクロ・アクタ-ズ)は我々も使っていたメインゲートを通ってあのビルまでやってきた」

 

 

別世界とこの世界を繋ぐ、道無き道ゲート

決闘力(デュエルエナジ-)の恩恵としか説明がつかないそれについても黒川達は聞いたばかりだった

 

その記憶と照らし合せるように安山の声を辿っている

 

 

「それ以来日本側からメインゲートを閉じていた。それにも関わらずガルナファルナは日本の大学まで辿り着いている。LL∵Huna=E-t0S0n(ルナイトサン)は独自でゲートの開発に成功していると考えるのが自然だろう」

 

 

何が言いたいか理解しているのは半々だった

ある者はそれほどの技術を持っている事に一種の賞賛を。またある者は矛盾を感じていた

 

 

「«цпкпошп»とアンカー。失彩の道化団(モノクロ・アクタ-ズ)とガルナファルナが手を組んでいるのは恐らく間違いない。では何故一次日食ではガルナファルナが持つ秘密裏のゲートを使用しなかったかが疑問に残る」

 

「...最近完成したばかりなのでは?」

 

「それも大いに考えられる。これに関しては尋問を続けるとして、諸君らに覚えて貰いたいのはガルナファルナが我々が把握していないゲートを持っているという事だ」

 

 

安山の言う通り、失彩の道化団(モノクロ・アクタ-ズ)が一次日食で秘密のゲートを使用しなかった事自体はさほど重要では無い

 

問題は持っている事

緊張感を煽るようになったが、安山は構わず続ける

 

 

「次にいつガルナファルナ、あるいは失彩の道化団(モノクロ・アクタ-ズ)が...三次日食に出るか分からない。月下の制圧と日本国の防衛。その2つを同時に行う必要があるという事だ」

 

 

防衛戦と攻撃戦の両立となる

次元を超えた国同士の戦争においては非常に突飛且つ無謀な作戦にも思えた

 

いつ来るか分からない者達への防衛

時間に迫られ強いられた攻撃

 

たまたま«цпкпошп»と対峙した学生達も巻き込んでいるあたり、本当に時間も人材も足りていないのだろう

 

 

「そして今作戦の話に繋がる。先も言った通り諸君らには日本国に残り防衛戦に参加する者と、月下に赴き元S・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)本部の奪還を行う者とで別れてもらう」

 

 

いよいよ具体的な内容に入るらしいが、未だ解せない点は残っていた

それは一般の学生である黒川らの意思だ

 

このまま何も言う事無く作戦の参加を強制されるのかと思うと、少しだけ蟠りが燻った

するとそれを汲んだのか、元々このタイミングで聞くつもりだったのか安山が学生らに向いた

 

 

「ここからはS・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)内部でも極秘の内容になる。元通りの学生生活に戻りたい者は今退室し給え。誰も責めたりはしない」

 

 

ここがターニングポイントに感じられた

今なら慎也達が無事に帰ってくる事を願い続ける日々に逃げる事が出来る

反対に同級生達に直接会いに行くことも出来るだろう

 

日本に残り戦うか、月下へ足を踏み入れるか

はたまた日本でなんでもない顔をし続けるかは本人達の自由意志に一任されたのだった

 

 

「...」

 

 

皇が一瞬席を立とうとしたようにも見えたが、気の所為だと思う事にした

 

黒川本人の中ではこの問に対する答えは2日前から決まっていたのだ。今はそれを言葉にするだけの時間なのだ

 

 

「...私は戦う。例え日本に残る事になっても戦いたい!」

 

「俺もだよ!慎也と皆木を助けて知樹を1発ぶん殴りたい!」

 

 

黒川と灰田が意思確認に乗った

力強い戦う意思を見れたからか、若き故のそれだからか室内には僅かな笑みが見られる

 

 

「お、俺も戦う!」

 

「村上には借りがあるからなー。それも癪だし、もう知らねー事です悩むの飽きた」

 

 

連なって古賀と一樹も参加の旨を告げた

だがこれは各個人の意思によるもの

 

安山は今いる学生全員から直接言葉を受け取るつもりらしい。次に目を見たのは、ひたすら爪を弄り続けている皇とその隣に座る暁星の学生らだった

 

 

「君たちはどうなのかね?」

 

「怖い、行きたくない」

「正直だな、皇さん」

 

 

皇の消極的な態度が気に食わないのか、一樹はそっぽ向いて舌打ちをした

 

暁星最強の決闘者(デュエリスト)とは思えないと落胆の溜息も聞こえる。彼は不参加か、誰もがそう感じた時裏切る形で皇は必死に語った

 

 

「だけど戦う」

 

「...そうか」

 

 

法律で禁じられたディスクの内部

加えて教わった決闘力(デュエルエナジ-)やディスクの機密情報。得るものは沢山あった、そして返せるものは戦うことによる貢献ぐらい

 

といった建前が大きかった

だが単純な興味で選んだのが本心でもある

 

もっとディスクの事を知りたい

決闘力(デュエルエナジ-)の解析だってしたい

その村上って男と会ってもみたい

そしてもう恐怖心で逃げるのも辞めたい

 

あとはこの場に呼ばれなかった色嶋の期待を裏切ることは出来なかった。恐らく記憶操作を経て日常に戻される彼のために出来ることは、精一杯戦うことだと判断したのだろう

 

 

「島崎春摩、君は?」

 

 

皇の隣に座っている事から恐らく暁星の生徒だろう。

青い髪を短く整えた清潔感ある青年だ

 

彼は皇とは対照的に悩む様子を見せずに答えた

 

 

「戦う、前に言った通りだ。あいつを守るためならどこにでも行く」

 

「うむ」

 

 

あいつ、が誰を指しているかなど分かるはずもなかった。まさか既婚者ではあるまい。恐らく彼女か誰か、兎に角守るべき者が居ることは伝わった

 

それぞれ様々な戦う理由があるのだろう

 

 

「闘叶の諸君らは?」

 

 

安山の目線の先には3人の男女が座っていた

中でも一際目立つ可憐な少女が中央に位置どっている。彼女は傍らに座る優しそうな青年と、反対に座る少し大人びいた女性の視線を受けながらなにか考える素振りを見せている

 

そして意を決したように放った

淡いピンク色のツインテールを揺らしながら答えた

 

 

「ある人に会いたいんです。S・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)に協力したら会えますか?」

 

「それはS・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)の人間なのか?それなら可能ではあるがその人物の名前は分かるかね?」

 

「あの人は...」

 

 

携帯のケースに挟んであった古い名刺を取り出し、名前を確認した

彼女にとって忘れるはずもない名前なのだが、覚悟を改める意味も込めてそれを取り出したのだ

 

まだS・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)ができる前の名称なのだろう。肩書きは無視してその女性の名前だけを告げた

 

 

「琴乃...琴乃唯衣さんです。S・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)に入ったのは聞きましたけどまだ居ますよね?」

 

「琴乃唯衣...」

 

 

安山はその名に驚いた様子を見せた

琴乃唯衣は快凪のように月下に派遣し、そこに身を置いている

 

階級は決して高くない

快凪と同じく連絡はつかず、危険な状態であると考えられる故に直ぐには言葉を発せなかった

 

安否は分からないと告げるべきか

それとも上手く隠して利用だけするべきか

 

後者は選べなかった。ここまでで充分不条理に彼らを使ってきたのだ。これからはせめても真実、本心を伝えるべきだと人間らしい情緒が安山の中で勝った

 

 

「...琴乃唯衣は月下に身を置いている。依然として安否は不明だ」

 

「えっ...」

 

 

落胆なのか、驚愕なのか分からない表情を浮かべた

その真意は友人であろう2人にも分からないらしく、ただ慰めるような顔で眺めているだけだった

 

少しだけ考える

これは安山もそうだった

今は優秀な決闘者(デュエリスト)を1人でも確保したいのが本音。彼女達がこの作戦に参加してくれるのならそれに越したことはないが、その意思がないなら無理強いも不可能だ

 

 

「...私は」

 

 

彼女以外は黙っていた

何も話すことがないからだろう

 

 

「あの人がなにか条件を付けたなら私もいいですよね?」

 

「島崎春摩の事かね?言ってみ給え」

 

 

突然名前が呼ばれたからか、その少女に指をさされたからか島崎は顔を上げて少しだけ驚く素振りを見せた

 

そんな事など構い無しに少女は続けた

自身がこの作戦に参加するための条件を

 

 

「もし...もし琴乃さんが無事ならちゃんと話したいんです。戦争が終わったあとでもいいです。それが保証されるなら私は...戦います」

 

「み、南さん...」

 

 

南と青年に呼ばれた少女は凛としたままだった

戦争に加担するにしては安い保証にも思えるが、彼女にとっては重大らしい

 

そして安山は特別考える素振りもなくそれを許可する

琴乃が無事なら彼にとってもまったく困ることの無い話だからだ

 

 

「...南さんが行くなら僕も行きます。闘叶の生徒として戦います!」

「私も同じです。親友を関東大会前に傷つけさせる訳にも行かないわよ」

 

「南結衣、新田優助(にったゆうすけ)新妻友奈(にいづまゆうな)は参加という事だな」

 

 

闘叶大学の生徒らも総じて全員参加ということになった。これで残るは秀皇の生徒らの参加の意思だけだ

 

ここまで来ると断り辛くも感じられるが、闘叶の物静かな女性と、髭を伸ばした青年は安山の視線を受け、何か言う前に放った

 

 

「無論です。お国の為とならば断ることはしません」

 

「俺は文佳の意志を尊重する。文佳が来てほしーってんなら勿論着いていくぜ」

 

「いいえ、そうは思いません」

 

「なら尊重は無しだ。俺も行く」

 

「...永夜川文佳、劉毅透織(りゅうきとうり)も参加という事だな」

 

 

永夜川については黒川も知っていた

学生でありながらプロランクを持つ実力者だ

 

そう考えると、この場に関東大学対抗戦に参加が決定している決闘者(デュエリスト)が目立つ。誰しもが祝日を返上して己の技を磨き、琢磨していた最中だったのだろう

 

それも失彩の道化団(モノクロ・アクタ-ズ)...ガルナファルナによる邪魔を経てこの場に集っている

皮肉だが、別世界(アナザー)に残る慎也もまた関東大会をひかえていたものだ

 

 

「では学生の意思確認は以上だ。これからはより具体的な作戦内容を説明しよう」

 

 

安山の言葉でまたモニターの画面が移ろう

先程と同じような別世界(アナザー)の地図だが、数字や人名が新たに加わったそれだった

 

説明よりも先に何を話すのかは大体理解出来る内容だ。どのゲートを使ってどこへ誰が向かうか

本部まで突入する部隊や、ゲート付近で待機する部隊。(クレイ)以下の決闘者(デュエリスト)を足止めする役割も見られる

 

よく見ると黒川達の名前もある。

それも本部へ突入する部隊にだ

 

 

「今作戦の目的は先程も述べた通り、失彩の道化団(モノクロ・アクタ-ズ)に拉致された人命の救助が主となる。故に目的地は月下だ。少人数部隊に別れて行動してもらう」

 

 

ガルナファルナは一度度外視するらしい

別世界(アナザー)でその2国を同時に相手どるほどの人材は無く、当初の目的を最優先するにはそうするしかない。

 

少人数での奇襲

今回の作戦はそれだ

 

 

「今回使用するゲートは2つ。諸君らにはメインゲートを使用してもらう。医療班や待機半を覗いた部隊は全てメインゲートから失彩の道化団(モノクロ・アクタ-ズ)の本部を目指せ」

 

 

下町と表現するのが正しいか、月下は元S・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)本部を囲うように国民の生活範囲がある。本部から大通りが4つ伸びており、通常ならそこを通って目指すのだろう

 

まさか堂々とその大通りを通るのかと過ぎった時、具体的な部隊の編成の話に移った

 

 

「メインゲートはこの北の大通りのすぐ外に繋がっている。到着後は北の大通りを使って真っ直ぐ本部へ迎え」

 

「お、大通りを使うのですか?」

 

「無論それについては考えてある」

 

 

人の目が多すぎる

奇襲作戦と言いながらもそれでは数分で失彩の道化団(モノクロ・アクタ-ズ)の耳に届くだろう

最悪の場合本部にすら辿り着かない

足止めの部隊の必要性に疑いを持った時、安山は突飛な作戦を述べだした

 

 

「囮を使う」

 

「囮ですと?」

 

「諸君らの到着に合わせてその人物は南で大いに暴れてもらう。その隙に出来る限り進軍し、後に囮と合流して本部を叩け」

 

「そんなに上手く行きますかね.....その囮が上手く失彩の道化団(モノクロ・アクタ-ズ)の目を奪うかも、そもそも囮を上手く送れるかどうかも...」

 

 

囮という名目はモニターに写っていない

そもそも2つのゲートを使うのなら、必然的にその囮は医療班らと同じゲートから向かうことになる。それでは仮に囮を上手く機能させても医療班らが叩かれる危険性が生まれる

 

第一囮との合流も簡単に言っているが難しい

どれほどの規模がその囮に集まるかも分からない以上、何よりも囮役の存命そのものが疑われる作戦だ

 

 

「それで、その囮役はどの部隊が?」

 

「......だ」

 

 

誰しもが予想していなかった名前だった

黒川達は驚きを顕に、プロの決闘者(デュエリスト)らも彼女達へ思わず視線を向けた

聖帝の生徒達に視線が集まる

 

しかしそんな事を他所に、安山は1人虚空に呟いた

 

 

「......頼んだぞ」

 

 

その一言に言葉を返す者などいるはずもなかった

 

 

 

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◐??? / 午後20時15分

 

 

小さな端末を頼りにひたすら歩き続ける青年が1人

慎也が自身の専属サポート役である大泉と最後の通信を経てから既に2時間ほど経つというあたり

 

相も変わらず孤独だった

だが活路は開き出している

大泉から告げられたのは日本からS・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)を派遣する。慎也はそれに合わせて本部へ向かい、同時に戦闘に参加する事を命じられた

 

今回目指すのは南

前回方角を間違えた慎也は大泉から送られたデータを頼りに大事に一歩一歩踏みしめているが、依然として自身は無かった

 

 

「...」

 

 

あと数時間後に戦いを控えている

ボスである知樹を打ち負かし終わりとは間違いなくならない。強力な幹部が7名も存在し、その内のカムイとしか面識が無く、そのカムイには1度敗北している

 

不安はあった

寧ろ不安しか残ってないかった

 

それでも戦うのだと自分自身を窘めるのは、今日だけで何度目だろうか

 

 

「...うん」

 

 

3つ目のS・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)補給地点を発見した。厳密には2つ目として訪れるはずだったそれは、あの謎の男が居た地点よりも遥かに隠蔽されている

 

入口を探すのに手間取ったが、充電された端末があればそこまで苦労もいらなかった。丁寧に解放すると、慣れた足取りで中へ侵入していった

 

 

「...」

 

 

室内に変わりは無い

いくつかの物資とパイプ椅子。そして通信用の装置や充電設備にS・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)の制服。強いて言うならここは荒らされていないぐらいか、早くも使い慣れた補給地点で真っ先に行ったのは、食料の確認だった

 

幸いにも手をつけられていない

充分過ぎるほどに余っている

 

 

「...」

 

 

まだまだ充電は足りているが、2つの端末を充電機に差し込むと、慎也自身もささやかな充電を始める

 

ポーチからではなく木箱に入った食料の山から適当に取り出したのはシンプルなビスケット

取り敢えずそれを齧ってみると、なんの味も感じられなかった

 

 

「.....美味しくない」

 

 

慎也脳内にあったのはスフレチーズケーキ

食べたくて仕方ない一種の発作を感じながら、青年は無味のビスケットを口に放り込んだ

 

そのまま時が過ぎるのを待つ

結局慎也に出来る事など、無かった

 

 

「......詩織ちゃん」

 

 

 

 

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◑日本-S・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)本部 / 午後23時30分

 

 

学生らが制服を纏った

薄暗い地下室に、同じ制服を纏った老若男女達が黙って時を待っている

 

無論それは大学側が指定した衣服ではなく、S・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)が指定する迷彩模様のそれだった

 

何十台ものトラックが並んでいるため、息苦しくも錯覚している。黒川がそれを眺めていると、白衣の男女達がそれに乗り込むのが見えた

そのタイミングで安山はこの部屋で初の指示を出した

 

 

「鬼禅義文」

「では近藤虎徹は医療班と同じトラックに乗り込んでくれ。到着後は護衛として行動を共にし給え」

 

「了解しました!」

 

「続いて山本薫、永夜川文佳、劉毅透織、南結衣、新田優助、新妻友奈は待機班だ。このトラックに乗り給え」

 

「「「はい!」」」

 

「黒川美姫、灰田光明は秋天堂光の指示に従え。皇崇人と島崎春摩は須藤余彦、海堂一樹と古賀拓郎は灰田輝元に従うように」

 

「「「分かりました」」」

 

 

出来合いの少人数部隊を繕い、後は乗り込み到着を待つだけに思えた。が、この場に居ながらもまだ何も告げられていない人物が1人いた

 

忘れていた訳では無いが、どう扱うかも決まり切っていなかった彼に安山は向くと、控えめに命じた

 

 

「...このトラックに乗り給え、状況にもよるが、囮の回収に回ってもらうだろう」

 

「...分かった」

 

 

その人物が乗り込んだのは秋天堂と同じトラック

灰田と黒川に見守られながら黙って乗り込むと車体が小さく揺れる。巨体の彼には少し窮屈なのかもしれない

 

 

「...別世界に到着後また追って連絡する」

 

 

安山は一段と声をはりS・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)の精鋭達を見渡した

 

戦争を前にして緊張を感じるのは安山とて同じらしい。次に彼と会うのは何時になるか、予想もつかないため安山の言葉を身に刻もうと聴力を意識させ待った

 

 

「別世界では、月下では何が起こるか分からない。常識を捨てろ、敵を殲滅せよ!」

 

 

安山は敬礼の構えをとった

そしてまた声のボリュームを上げ、最後に一言叫んだ

 

 

「...絶対に死ぬんじゃない!では諸君、健闘を祈る!」

 

「「「「「はっ!」」」」」

 

 

精鋭達は蜘蛛の子を散らすように各々の車両へ乗り込んだ

 

いよいよ始まるのだ

国を掛けた秘密裏で大掛かりな戦いが

 

 

「...待っててね、詩織」

 

 

目的も過程も違う決闘者(デュエリスト)が集まっている。彼らが行く道無き道の先には、倒すべき敵が居座る未知の土地が広がっている

 

彼らに後悔は無い

あるのは戦う意思と理由だけだ

 

日本と月下の戦いが始まろうとしていた

 

 




次から6章となります
その次の7章からルール4となりますので少々お待ちを

ぶっちゃけどうですか?

  • 読みたいからやめて欲しくない
  • 読みたいけど無くなったら読まない
  • 普通
  • 無くてもいい
  • 読むのが億劫

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