遊戯王が当たり前?→ならプロデュエリストになる!   作:v!sion

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寒いっすねぇ
年明けるまでにできるだけ書きたいです




第六十話 Deadly Vice

1人の女性が目を覚ました

窓から入る日差しは強く、それは彼女にこれ以上の睡眠を許さなかった

 

仕方なくベッドから手を伸ばし、近くのテーブルにあった眼鏡を取ると、それを装着した

 

 

「ぅぅ...うぅーん.....」

 

 

伸びをすると、だらしない寝巻きを適当に脱ぎ散らかした。ベッドから起き上がると、ズレた眼鏡を直しながらクローゼットまで歩きだした

 

純白なワイシャツを纏い、ピッチリしたズボンを履くと、ハンガーにかけられたいくつかのスーツを吟味し出した。

一瞬黒いスーツを手に取ろうとしたが、すぐに白いそれに変更して纏った

 

もうこの黒いスーツは着ないのだ

 

 

「懐かしいわね...まだサイズ合うわよね?」

 

 

その黒いスーツの胸の部分には、S・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)のエンブレムがあった

 

そして今着用している白いスーツには、月下のエンブレムが代わりに刺繍されている

 

それは彼女が失彩の道化団(モノクロ・アクタ-ズ)である証明であり、同時に昔は日本のS・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)だった事も知らしめた

 

 

S・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)の衣を丁寧にもどすと、彼女は女性の嗜みを始めた。部屋に設置された華美すぎず、大きすぎない化粧台の前を陣取ると小刻みに手先を働かせた

 

 

過美に繕うつもりは無い

眉毛を描き、薄くファンデーションを拵えると彼女のそれは簡単に終了した。

 

時計をみるとまだアラームを設定した時間にはなっていなかった。爪でも磨こうかと引き出しを探していると、背後の扉が勢いよく開かれた

 

化粧台の鏡が来客の姿を写していた

鏡越しに見えた人物は、長身のグラマラスな女性

 

ただ、長く伸ばした髪には暴れ狂った寝癖が見られ、それだけで彼女が何のためにこの部屋を訪れたのか理解できた

 

 

「あらユイ、今朝は早いじゃない?」

 

「その名前で呼ぶなよ、ここでの名はガンリ」

 

 

不貞腐れた様子でガンリは答えた

そのまま化粧中の女性を他所に中へと侵入し、どこからかヘアーブラシを持って現れた

 

ガンリが化粧台の前まで来ると、同時に眼鏡の女性は腰を上げた。ガンリに化粧台を譲り、その引き出しからスプレーや細々としたグッズを取り出した

 

対するガンリは何をするわけでもなく、ただ眠そうに化粧台の前に座っているだけ

 

 

眼鏡の女性がブラシにスプレーで何かをかける姿を鏡越しに見つめると、瞳を閉じた

そのまま1回1回ブラシが髪に溶けていくのを感じると、そのまま感触を堪能していた

 

 

「相変わらず綺麗な髪ね...私なんかもうキューティクルが....」

 

「...あっちで苦労してたんだろ」

 

「それは貴女も一緒でしょ?」

 

「いっ...」

 

「あら、痛かった?」

 

 

微かな悲鳴で眼鏡の女性は手を止めた

先程から同じ箇所を繰り返し作業しているのだが、どうやらガンリの寝癖は強敵らしい

 

とうとう痛みまで与えしまい、スプレーをもう一度入念にかけ直した

 

 

「ねぇ、1度シャワーでも浴びた方がいいんじゃないかしら?」

 

「...やだ」

 

「どうして?」

 

 

お互い会話は鏡越しだった。

その鏡に写ったガンリが目をふせた理由が分からなかった

 

数秒の沈黙が起こると、眼鏡の女性の脳裏で何かがスパークした。時計をみると5時56分、そうだ、彼女と初めて出会ったのも日が昇る前の頃だった

 

 

 

ーーー

ーー

 

 

 

 

12年前

まだS・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)が世間に名が知れ渡っていなかった頃だ

 

当時日本の警察内では、まだS・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)が設置されたばかりの名残で、仮に設置された決闘(デュエル)関係の事件に対応する部署が所々残されていた

 

そこには幼少期から刑事を志してきた若者や、浅はかな決闘(デュエル)好きの刑事。他部署から来た中年刑事や、上に噛み付く厄介者の女性刑事と幅広く存在していた

 

そこに彼女はいた

人一倍正義感が強く、曲ったことが大っ嫌いなまだ若い女性刑事だ

 

ただ、それ以外は平凡な女性だった。幼くも老いてもいない容姿、平均的な体格、色気がある訳でも無い。

強いてあげるならば生まれつきの近眼であり、眼鏡を何時も着用していた。大きな瞳が原因で乾くという理由からコンタクトは使わない。

 

眼鏡の刑事、何も個性のない彼女はそう揶揄されていた

 

 

彼女は性犯罪事件を主に担当していた

元々は、被害にあった女性のケアと、同性である事から話がしやすいであろうという考えから任命されたのだが、彼女は上層部の考えとは全く違った働きをしていた

 

被害者の話を聞きにいけと命令されれば、1週間は帰ってこなかった。呼び出された彼女は「心のケアが最優先」と言い放ち、結局事件の話を聞けたのはそれからさらに1週間後だった。

 

違法カードを取り扱う会社の調査では、泳がせていた容疑者を別件で現行犯逮捕してしまい、結果会社には逃げられてしまったこともあった。

 

彼女曰く「目の前の被害者を見捨てられなかった」。良くも悪くも真っ直ぐな正義で彼女は生きていた

 

 

その性格故に、その部署はおろか他部署の上層部にも厄介者扱いされていた。

だが、彼女がS・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)に追いやられたのには別の理由があった

 

 

それから6年後

その日彼女は警察署に現れた1人の少女と出会った

話かけたのは眼鏡の刑事からだった

 

その少女は受付で制服姿の男性と何かを話していたが、数分話しただけで追い払われていた

警察署を去る際にその少女が見せた涙が、放っておけない材料と化したようだ、眼鏡の刑事は後を追って走り出した

 

 

「ねぇ、そこの貴女!」

 

「...はい?」

 

 

少女を引き止めたのは警察署から少し歩いた先。

怪訝そうに振り返った少女も、スーツ姿の彼女を見るとすぐに警察の人間だと理解したようだ

 

それから近くの公園まで歩き、話を聞くまでは非常にスムーズに進んだ

 

 

「はい、どうぞ」

 

「ありがとうございます...」

 

 

広い公園だった

緑豊かな敷地内にはベンチや自販機など設置されており、話を聞くには最適と言えた

 

噴水前のベンチにはちらほら人がいたため、そこから少し離れたベンチに2人は位置どった

眼鏡の刑事は缶ジュースを少女に手渡すと、プルトップを引き先に喉を潤した

 

 

「...」

 

「いい天気ね、私ここの公園好きなのよ。噴水が綺麗でしょ?」

 

「そうですね...」

 

 

彼女のやり方だった

見るからにこの少女は傷ついている。無闇に話を聞き出すよりまずは打ち解ける事が優先される。話を聴けたなら御の字という姿勢で彼女はいま向き合っていた

 

 

「あ、言ってなかったわね。私は”琴乃”、琴乃お姉さんでいいわよ」

 

「私は...”結衣”です。”南結衣”って言います」

 

「結衣ちゃんね、宜しくね。結衣ちゃんは今いくつなの?」

 

「16です」

 

「高校生?こんな時間に私服だけど...学校は?」

 

 

その少女の言葉が本当なら気がかりな点だ

今日は平日であり、まだ時刻は8時前。これから学校に行くとしても、その格好で行くことは無いだろう

 

眼鏡の刑事は世間話で終わらせるつもりだったが、話は少女が警察署にいた理由に繋がってしまった

 

 

「実は...私プロデュエリストの事務所に入ってるんです」

 

「その年で?立派ね」

 

「...」

 

 

少女は常に悲しい目をしていた

高校に通いながら既に事務所に所属している事は分かったが、少女は再び口をつぐんでしまった

 

だが、眼鏡の刑事は自分から問いただしたりはしない

少女が黙ったのなら刑事も黙る

 

 

「...琴乃さん”ティーンデュエリスト”って雑誌知ってますか?」

 

「ごめんなさい、ちょっと知らないわ...」

 

「私は元々その雑誌の読モだったんです」

 

「読モ...今はプロ事務所にいるのよね?」

 

「1年くらいそこの事務所で専属の読モをやらせてもらってたんです...でも先月いきなり”サイブート”っていいプロ事務所からスカウトを受けて...」

 

「”サイブート”は知ってるわよ。大きな事務所よね?そこからスカウトなんて...凄いんじゃないの?」

 

 

決闘者(デュエリスト)でなくとも名を知る程有名かつ大きな事務所だ。そのサイブートが他所の事務所からこの少女を引き抜いたという話だが、それが警察となんの関係があるかまではまだ繋がっていない

 

そしてこの少女の悲しげな表情の意味もだ

 

 

「初めはお断りしたんです...そこまで決闘(デュエル)は強くないし、何よりもあの事務所の人達にはお世話になっているので...」

 

「...うん」

 

「サイブートの社長はそれでも何度も来るんです...お食事にも何度か誘われて、1度だけ行ったんです。そ、そしたら...」

 

「...」

 

 

嫌な予感がした

琴乃は過去にこのような話を何度も聞いてきた、そのため少女が何に怯え、何を訴えようとしているのか凡そ分かってしまった

 

権力を持った男が、何も無いか弱い女性に強いる事

それを断り続けた少女がどんな目にあったのか、それは彼女自身から聞かなくてはならなかった

 

 

「...ホテルに連れてかれたんです...っ!そこで...そこで.....」

 

「もういいわ...可哀想に...」 

 

 

琴乃がその少女を抱きしめると、耐えきれなくなったのか声を上げて泣き出してしまった。その全てを包み込み、頭を撫でなんとか沈めようとした 

 

周りの視線など気にならなかった

ただ、この痛い気な少女を助けたいと必死に願うだけだ

 

 

どれくらい泣いていたのだろうか、嗚咽の間隔が開き始めた頃、少女は自ら琴乃から離れた

 

差し出されたハンカチを涙で濡らすと、やっと渡された缶のプルトップを開けて傾けた

 

 

「...グスッ、すみません....」

 

「いいのよ、辛かったわよね...でもそれは明らかな強姦よ?どうして警察は動かないのかしら」

 

「それは...」

 

 

瞳に溜まった涙を拭うと、何かを決心したかのように結衣は口を開き出した。

それは彼女の推測であり、裏付けする証拠など無いものだった

 

 

「サイブートの社長に...言われたんです。拒めばお前の事務所を潰すって.....それに家族や友達の事も言われました。あの男全部調べてたんです...」

 

「.....最低ね」

 

「そして...警察に行っても無駄だって.....上の人間と繋がってるって笑いながら...」

 

 

両手で両腕を摩りだした。寒いからではないだろう、恐怖を思い出しているのだ

 

金と権力を武器に彼女の人生そのものを脅すなど、到底考えられることではないが、彼女の怯えようが嘘ではない事はとっくに分かっている

 

本当の事なのだろう。確かに大きな事務所だが、やり方は横暴すぎる。勇気を出して警察署に赴いたのも追い返されてしまっては彼女が救われない

 

 

当然、琴乃の中で答えは導かれた

警察という大きな組織が動かないのなら、自分が内部から動かしてみせると

 

 

「...結衣ちゃん、辛いけどもう少し話してほしいの。いつからサイブートに入ったの?」

 

「.....正式にサイブートに籍を置いたのは今月の2日です。親には事務所を変えるとしか言ってないです...」  

 

「じゃあご両親は...」

 

「...言えませんよ!...小さい頃からの夢だったんです。憧れてた雑誌の専属モデルが決まった時は本当に嬉しかったし親も喜んでくれたんです。成績を落とさないために必死に勉強もしたし...彼氏なんて出来た事も無かったんです...はじめてだったんです.....グスッ」

 

「...ごめんなさい」

 

 

初めてその少女は声を荒らげた

同時に琴乃の内心も煮えくり返り始めた

 

まだ16歳の少女を、夢を必死に追う未来あるこの子をサイブートは貪ったのだ

同性だからではない、仮に琴乃が男性であろうと、被害者が男性だとしも琴乃は許すことはできないだろう

 

琴乃の正義感の矛先はサイブートを狙ったまま1ミリたりとも動かなくなった

 

 

「結衣ちゃん、受付で追い返された時なんて言われたの?」

 

「その...初めて言った時は話を聞いてもらえたんです。でもサイブートは過去にもそういう報告が出て調べたけど全くの白だったって...事件性も感じられないから受理できないって今日も言われました...」

 

「前にもあったならそれこそ調べるべきでしょ...多分警察内の誰かが揉み消したんだわ」

 

「あの...」

 

 

琴乃がこれからの行動について考えていると、結衣は控えめに言葉を濁した。

 

何かと思ってそちらを見ると、不安そうに見つめてきた

 

 

「実は...今日は学校から公欠頂いてサイブートに行く約束をしてるんです...そろそろ行かないと」

 

「...だから私服だったのね、分かったわ」  

 

 

今日はここまでだ

本当の所は結衣をサイブートには行かせたくはなかった。だが、今は我慢してもらうしかない

 

琴乃に出来る事は一刻も早く結衣を解放させること

今は彼女と別れ、警察内部からサイブートを調べるべきだ

 

琴乃は連絡先を結衣に渡し、立ち上がった 

 

 

「結衣ちゃん、私は貴女の味方よ。絶対に貴女を助けるわ」

 

「ありがとうございます...その...」

 

 

結衣の涙は乾いていた

辛うじて笑顔を繕い見せたが、やはり辛い過去は拭いきれないようだ。だが、不格好な笑顔でも、結衣は可愛らしい顔をしていた

 

 

「.....琴乃お姉さん、ありがとう。私、話せてよかった...」

 

「...まだ始まったばかりよ、これから宜しくね」

 

 

結衣を見送った後は、早速本部に戻った

普段は入らない資料室や受付にも入った。結衣が言っていた日付を中心に探してみると、破棄する書類の中に1枚受理されていない被害届が見つかった

 

それには南結衣と記されており、年齢や職業も一致した。内容はかなり省略されていたが、すぐにこれだと確信できた

 

だが、彼女もキャリアを積んできたとはいえ、まだまだそこまでの権限は無い。これを無理やり調査させる事などできない。ひとまずそれを持って上司の元に向かう事にした

 

 

資料室からは少し歩くが、そこまで離れていない自分の部署まで進んだ。部屋に入っただけで何人かに嫌な顔をされた気がしたが、構わず奥の部長のデスクまで歩み寄った

 

始めは気がついていない振りをしていた彼も、目の前まで来られると仕方なく顔を上げた

疲れた表情で琴乃の言葉を待っている

 

 

「部長、これをお願いします」

 

「なんだ」

 

 

彼は琴乃に手渡された書類を受け取りはしたが、すぐにデスクに投げ捨てた。

 

ため息で苛立ちを表すと、面倒臭そうに語り出した

 

 

「...これは受理出来ない」

 

「何故でしょうか?」

 

「被害届で出されている。強姦なら告訴じゃないと駄目だ。それにサイブートは白だ、上層部の決定で操作は禁じられている」

 

「納得出来ません!」

 

 

琴乃自身この被害届が受理出来ないのは理解していた。勉強熱心な彼女が告訴と被害届の違いを知らないはずもなく、この男が言うことも前者は間違っていない  

 

上層部の決定は解せない

だが、それを改めて上司に言わせた事によって琴乃の操作ははじまるのだ

数分言い合ったが、案の定男は首を縦に振らなかった

 

最終的に琴乃は黙って部屋を後にした。

これで良かった、元からあの男を動かせるとは思っていなかったからだ

 

ここからは1人隠密に行動することとなる

 

 

 

 

ーーー

ーー

 

 

 

あれから2日間、琴乃は資料室に篭っていた。

過去にあったサイブート関連の事件を探していたのだが、やはり一つも事件として捜査されたものはなかった

 

が、被害届や告訴書はいくつかあった

どれも若い女性が社長を名指しで示していたが、全て受理されていない

 

通常、告訴書が受理されるのには時間がかかる。

正当性や、ある程度の裏付けが取れてから初めて受理出来るため、非常に時間がかかる

 

琴乃が知っている中では1年以上かかったものもあった

だが、これらは明らかに異質だった

 

8年前の告訴書では2ヶ月は審査していた記録がある。だが、突如打ち切られ、受理は拒否されている

その後のサイブート関係の告訴書に至っては数日で、中には当日に拒否されたものまであった 

 

あの男が結衣に放ったように、内部の人間と繋がっているのは確かなようだ。

それを確信した時、資料室の扉を開き誰かが入室してきた

 

若い刑事だった

 

 

「琴乃さん、部長がお呼びです」

 

「そう...分かったわ」

 

 

琴乃は公式に捜査していたわけではない。あくまで勝手にサイブートについて調べているだけだ。

そのため今手に持っているこの資料達を持ち出す事は出来ない

 

仕方なくバインダーに戻すと、自らの部署へと走った

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「部長、これをお願いします」

 

「確かに受け取った」

 

 

その日は別の告訴書の審査と、別の事件の聞き込みを命じられた。一刻も早く結衣を助けたかったが、同じ被害者。それらを無視する事も、業務を放棄する事も琴乃には出来なかった

 

もう外も暮れてしまったが、何とか提出は済んだ

疲れも空腹感もあったが、彼女はまたにあの資料室へと戻った

 

 

だが、そこには目当てのものは無かった

いくら探してもあったはずの資料が無くなっていた

サイブートに関する全ての告訴書が無くなっていた

 

 

「嘘...っ!どこよ!?」

 

 

分かっていた

彼女のミスで失くした訳では無いと

 

やけに遠くまで派遣された事も、普段はやらされないような業務も、全て彼女を資料室から遠ざけるための口実だったのだ。明らかに誰かの手で資料は抹消されている

 

 

「...やられた」

 

 

夜遅い資料室で1人呟くが、何も変わらない

結衣にはなんて言おうか

 

上層部がサイブートをかばっているのは確かだった。その証拠に過去の告訴書は全部抹消されたと言うか?

 

言えない

 

必ず助けると誓ったのだ

だが同時に何も出来なかった

 

 

 

 

「...」

 

 

途方に暮れていた

暗い廊下をくたびれたスーツ姿で歩いているが、どこに向かっているかも分からなかった

 

少し歩いていると、普段行かない喫煙所に辿り着いた

こんな時間だが、誰かいるようだ

素通りしようとしたが、何故かそこにいた部長が気になり、中へと入っていった

 

 

「...部長こんな時間に何を」

 

「見れば分かるだろ」

 

 

無表情で煙草を燻らしていた

彼が極度のヘビースモーカーだと言うことは知っている。だが、パソコンやらを喫煙所に持ち込んで居る所を見ると、随分長くここに居ることが分かった

 

煙狂は想像以上なようだ

 

 

「...部長、資料室の資料をいくつか紛失してしまいました」

 

「.....サイブートは追うなと言わなかったか」  

 

「やはり上層部の手で?」

 

「...チッ」

 

 

静かな喫煙所だった

微かに聞こえるパチパチとした音だけが聞こえた

 

何の音か疑問だったが、どうやらこの男の煙草から鳴っているようだ。そんな煙草があるなど非喫煙者である琴乃は知らなかった

 

 

「...これは独り言だがな」

 

「.....?」

 

「今の千葉県警本部長がサイブートの社長と繋がっている。どうやって東京の資料室に手を加えたがは知らんが上もこれに関与する気は無いみたいだ」

 

「千葉県警?サイブートは都内に...?」

 

「.....サイブートの住所が元々千葉だったとかよく分からん理由で千葉県警が担当するらしい。千葉県警が出しゃばってきた以上俺には何もできん」

 

「...確かサイブート社長は」

 

「千葉出身だ。馴染みのある人間なんだろうな」

 

 

怒りが込み上げてきた

そんな個人的な繋がりで操作を取り消されてたまるかと

 

サイブートの事務所はここから近い

県が違うなどそういう距離ではない

 

現に神奈川の端まで犯人逮捕に赴いた事もあった。本当にそんな理由で手が出せないはずがない

恐らく千葉県警本部長と警視庁も繋がっているのだろう

 

 

「...お前変な気を起こすなよ」

 

「正しい事をしようとしているだけです。変な気ではありません」

 

「サイブートは叩けない。だから今は我慢しろ」

 

「既に何人も被害にあってるんです!これは私の仕事です、部長...」

 

 

上層部の闇に加担するかのうよなこの男を敬えない。もはや部長と呼ぶのも煩わしく思え、捨て台詞のようにその男の名前を放った

 

 

「...化野さん。私は貴方のようには出来ません。被害者を放ってはおけません!」

 

「...」

 

 

化野は無言を貫いた

琴乃が抵抗する事など考えなくても分かっていたはずだか、荒れる彼女は見ていられなかった

 

目をそらすかのようにまた煙草に火をつけると、痺れを切らした琴乃は大股で喫煙所を飛び出しいった

 

 

「...ハァ」

 

 

化野が吐いたのは煙ではなく、疲弊の溜息だった 

 

 

「.....やっとあいつと離れると思ってたんだがな」  

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

翌日、有給を取っていことを忘れ通勤してしまった

気づいたのは警視庁の玄関を潜った所で化野に顔を顰められた時だった。仕方なくUターンし、意味も無く街中をうろついてみると、サイブートの事務所が遠くに見えた

 

意味も目的も無かった

だが時間と自由はあった

 

電車を乗り継ぎ、巨大なビルを目指して進み続けてみた

 

 

 

ビルが近づくにつれ、人混みは増していった

人混みに呑まれながら歩いていると、事務所も段々と近づいてくる

 

そこで目を疑った

始めはやけに目立つ車だと思っていたそれに、見覚えのある二人の男女が乗り込んだのが見えた

 

片方は結衣

結衣の3倍もありそうな年の男性に肩を抱かれて黒塗りの高級車に乗せられていた

 

 

琴乃の歯が軋んだ

あの男はぬくぬくと己の欲求を満たそうとにやけている

久しぶりに見た結衣の表情も琴乃の心を揺さぶった

 

なにか出来ないか

必死に考えた結果一つの答えが生まれた

 

 

「...現行犯......っ!」

 

 

非番の刑事にも現行犯逮捕の権限はある

加えて警察手帳も胸ポケットに携帯されている

 

とにかく細かいことは後で考えよう

そう結論を見出すと、通り過ぎようとしていたタクシーを捕まえた 

 

 

どれくらいの距離を走るか分からないが、行き先は「前の車を追って」だ

あまりの剣幕に運転手は少し怯えた様子で車を滑らせた

 

 

 

 

ーーー

ーー

 

 

 

 

あれから40分程走った

いい加減メーターを見る回数が増えてきた頃、結衣を乗せた車が何かのビルの駐車場へと入っていった

 

地下へと進むため、その場でタクシーの精算を済ませて歩いて追うことにした。

幸い手持ちがギリギリ足りたので現金で支払った

 

過去にカード払いで揉めたことがあり、無趣味故に残っていた現金に感謝すると、領収書も貰わずに跳び降りていった

 

 

 

守衛は警察手帳で難なく通してくれた

平日の午前であり人も少ない

そのため、結衣達に気づかれることなく背後を取れ、ゆっくりと進んで行けた

 

だが、途中見えた看板が琴乃を焦られることになった。

 

ここはホテルのようだ

部屋まで連れて行かれては手遅れ

ここで勝負を決めるしかない

 

 

結衣の尻に触れているあの手をはがすのだ

意を決して物陰から飛び出し、一気に距離を詰めようとコンクリートを蹴った

 

 

 

しかし、後ろから強い力で引かれ、蹴ったはずのコンクリートに叩きつけられた

 

 

「いっつ...」

 

 

咄嗟の事で受身は取れなかった

琴乃を引いた人物を見る前に猿轡と目隠しが縛り付けられ、複数人に抱き抱えられながら近くの車に投げ捨てられた

 

後部座席のシートに押さえつけられ、もがくも叶わず無言で抑え続けられた

あっという間の出来事だった

 

 

「んんぅ〜〜っ!!」

 

 

離してくれ

早くあの子の元へ行かなければ間に合わない

 

必死に暴れるが、数人の力にはかなわずただ惨めに捕縛されていた

 

 

「...もういいぞ」

 

 

どれくらいそうしていたのだろうか

体のあちこちが痛むが、押さえつけられていた力は緩んだ

 

視界も口も自由になり、開けた瞳で押さえ付けていた者共を睨むと、助手席には化野がいた

すぐにでも車から飛び出し、結衣を追いたかったが、化野はそれよりも先に語り出した

 

 

 

「落ち着いて聞け。あれはただの打ち合わせだ、行くな」

 

「どういうつもりですか!?これ以上彼女を放っておけません!」

 

「まだ奴はパクれん、現行犯でもだ。今はまだその時じゃない」

 

 

相変わらず化野は喫煙していた

無視して追いに行こうとも考えたが、扉は化野の部下に抑えられている

 

 

「私がやります!強姦未遂で現行犯逮捕して...そこから余罪を!」

 

「今の警視庁じゃ無理だ。だから今は大人しくお前は帰れ」

 

「さっきから今は今はって...じゃあいつになったらあの男の罪は!」

 

「来週の火曜日午前7時だ」 

 

 

答えなど帰ってくるとは思っていなかった

それも想像以上に明確かつ近い未来

 

だが意味がわからなかった

なぜ今まで隠蔽されてきたものが来週になら裁けるのか

それも化野の提示された1枚の紙が理解力を促す

 

 

「遊戯王に関する事なら警視庁と同じ...いやそれ以上の権限を持つ新たな部署...いや新たな組織が設置される事になった」

 

「これって...S・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)なら前から」

 

「名前はそのままだが、警視庁の末端ではなく警視庁とは別の存在になる。派閥そのものが変わり、これまで暴けなかった事件も決闘(デュエル)関係でパクれるようになった」

 

「...そもそもどうしてS・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)が拡大出来るんですか」

 

 

そこから話された内容は現実味のないものだった

永世界、精霊、決闘力(デュエルエナジ-)

 

どれもこれもが未知なるものだった

彼女自身決闘(デュエル)は嗜むが、やはりすぐには飲み込めない

 

 

だが、映像資料など見せられた「決闘力(デュエルエナジ-)が人体に与える影響」は恐ろしくも、信憑性のあるものだった

 

最悪死に至る危険性まで示唆され、それが本当なら国が管理すべきと控えめに納得しておいた

 

だがそもそもS・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)が別組織として設置される事は事実。化野から告げられたそれらの話は信じるしかない

 

そこまでの話だが

 

 

「化野さん、S・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)の事はよく分かりました。ですが本当にあの強姦魔を捕まえられるんですか!?決闘(デュエル)なんて関係ない事件ですよ!」

 

「奴は違法カードの制作をしている」

 

 

まだ琴乃が知らない事があるみたいだ

いい加減頭がパンクしてしまいそうだが、結衣の為にもまだ酷使させる必要がある

 

化野は話を続ける前に吸い終えた煙草を灰皿に押し付けだした。急ぐわけでもないその仕草に苛立ちながらも黙って待った

 

 

「架空の会社や下請け会社で誤魔化していたが違法カード及び違法決闘(デュエル)ディスクの制作を裏で行っていた。S・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)が正式に権限を持ちしだい奴は摘発出来る。だから待て」

 

「ですが...」

 

 

手柄が欲しい訳では無いが、やはり自分の手であの男を捕まえたかった

ただの巡査の彼女には恐らく叶わない

 

下手にこのまま突っ走るより、S・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)の手で確実に仕留めるのが得策だとは充分理解している

 

それでも結衣をこの手で助けたかった

 

 

結衣の解放が見えただけでも今日は成果があったのかもしれない。安堵と後悔が入り交じった感情のまま、その日は化野の言う通り帰宅する事にした

 

送るとも言われたが、頭を冷やす為にも彼女は歩いて帰った

 

 

とても長い道なりだったが、これから数日耐え忍ぶ結衣に比べれば短いものと思えた

 

 

 

 

 

 

 

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◑日本?

 

 

 

5人の男女がその部屋にいた

部屋という表現が相応しいか曖昧だが、1台のトラックを前にいる 

 

彼らはS・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)の戦士達、中に慎也の姿も見られる

 

リーダーである一ノ宮から各々イヤホンや小型のポーチ、決闘(デュエル)ディスクを受け取ると、全員がトラックに乗るように促された

 

慎也は最後に乗り込んだ

 

 

インターンシップの説明会で襲撃してきた失彩の道化団(モノクロ・アクタ-ズ)が使用していた、あのトラックと似ているものだった

 

中は思っていたよりも広く、ソファーやテーブルまで存在している。慎也が下座に当たる位置に座ると、一ノ宮は概要を語り出した

 

 

「安山さんから聞いての通り、既に月下は失彩の道化団(モノクロ・アクタ-ズ)に占領されている。そのため今回は別の”ゲート”を使って月下に極秘潜入する。第一次潜入作戦では補給地点と通信設備の整備、及び現在の月下の状況の確認を行う」

 

 

『発進します』

 

 

一ノ宮に答えるかのような間でアナウンスが流れた

突然の機械音に驚いたのもつかの間、一瞬大きな揺れを感じると、勢いよく横から重力が襲ってきた

 

驚いてばかりの慎也に対し、隣に座っていた可憐な女性が声をかけてきた

 

 

「乗り心地はどうかしら?」

 

「え、いや...いいもんじゃないですね...」

 

「そう?...髭は剃ってきたのね、懸命よ。こんな揺れじゃ剃れないものね」

 

「一ノ宮さんがアドバイスを下さったんです」  

 

「ん?一ノ宮が?」

 

「チッ...氷染、話を遮るな」

 

「ふふっ...はぁい」

 

 

一ノ宮は明らかに苛立っている様子だが、こちらの女性は笑顔だった

 

右肩に流した美しい水色の髪の毛に、シワもシミも一切ない綺麗な肌が良く映えて写る

見とれていると、その笑顔を慎也に向け、声を潜めながら名を語った

 

 

「ふふっ、アタシは氷染菫、宜しくね慎也クン?」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

「...あっ!えと俺はね「自己紹介は後にしてくれ」

 

 

もう一つ奥に座っていた男性もなにか言おうとしていたが、一ノ宮が食い気味に遮った

 

その様子を見て氷染は口を抑えて楽しそうに笑っているが、遮られた男性は顔を赤くしていた

咳払いの代わりに舌打ちをすると、一ノ宮は続けた

 

 

 

「向こうに着いたら編風は通信設備、形谷は補給地点のチェックを頼む。氷染は周辺の探索と編風達の補助だ。村上は俺と月下の偵察に行く。いいな?」

 

「「「「はい!」」」」

 

 

協調性のある返事に一ノ宮は満足したようだ

慎也としても、向こうでの役割を事前に知れた事に安心できた。だが、同時に焦りもあった

 

それは、今作戦が偵察のみ行う事

一刻も早く詩織の救出や、知樹との再開を果たしたいのが本音でもあるが、S・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)に入った以上勝手な行動は慎むつもりだった

 

まるでそれを見越したかのように一ノ宮は眉をひそめて慎也に問いかけた

 

 

「そんなにお友達が心配か?」  

 

「...えぇ」

 

「うん...確かに人を誘拐しておいて何の要求も無いもんね.....あっ!でもきっと大丈夫だよ!お友達も無事だよ!」

 

 

先程言葉を遮られていた男性が明るく慎也を励ましてくれた。突然のそれに驚きもしたが、慎也も笑顔を繕って返した

 

その男性はしきりに一ノ宮に視線を送り、一ノ宮が溜息をつきながら顎をしゃくったのを見届けてからまた喋り出した

 

 

「うん、俺は形谷操人!茨城出身でプロランクはAの5!宜しくね村上!」

 

「あっ...ど、どうも」

 

 

何を言うのかと思えば、先程遮られた自己紹介の続きだった。少し空気の察知が苦手なのだろうか、だが、ありがたいことだった 

 

今いるこの面々は共に戦うべき仲間。顔と名前も知らないのでは統率力も落ちる。内心で前向きな彼の性格に感謝しておいた

 

 

余談だがAの5とはプロデュエリストの階級の事だ

最下層はC、その中の5が最も低い位にあたり、反対にAの1が頂点に位置する

毎月更新されるそれを、1年間Aの1をキープし続けた者のみがSと言う別格のランクを得ることが出来る。

だが、現在それを果たした人物は日本に2人しかいない

 

総じて、Aの5はかなり高い位置と言える

少し抜けた様子の形谷も、実力者である事に違いは無い

 

 

「ふふふっアタシは氷染菫でぇす。今はAの5だったかな?スリーサイズは上から83-54-86よ」

 

「えっ!?...ご、ごめんな村上、俺はスリーサイズ分からない...」

 

「いや...スリーサイズはいいですよ.....」

 

 

馴染みやすいそうな2人だった。

一ノ宮も面倒臭そうにはしているが、それを止めることはしないようだ

 

だが彼は自己紹介には参加しなかった。代わりにその隣に座る女性に視線を向けると、ハッとした様子を見せた

 

 

「.....?ウチの番っ!?」

 

「で、出来ればお名前だけでも」

 

「一ノ宮さんが言うのかと思ってたわ」

 

 

その女性がチラチラと一ノ宮を見ると、遂に彼も口を開いた。簡潔にまとめられた薄い内容だったが

 

 

「...チッ、一ノ宮一也、A3だ」

 

「短っ」

「ふふふっ...」

「俺もA3に行きたいなー」

 

「ははは...」

 

 

一ノ宮がそっぽ向くと、まだ終えていないのはその女性のみとなった。

 

殿を務めたかったのか、待ってましたと言わんばかりにその女性も自己紹介を始めた

 

 

「ウチの番ねっ!ウチは編風咲、ランクはB1でスリーサイズは内緒ねっ!出身は大阪だけど殆どこっちで育ったの。年は24歳っ、こん中だと1番村上と年が近いねっ!あ、でも月下に行ったこともあるから安心してねっ!困ったらなんでと聞いてっ!あっ!!そうだ、ウチも聖帝大学出身なんだよ!?ウチ先輩だねっ!あと」

 

「もう黙れ」

 

 

一ノ宮に一喝されると編風は瞬時に黙った

突然の饒舌や沈黙に慎也はただ唖然とするだけだった

 

隣の氷染は相変わらずクスクスと笑っているが、驚いている慎也に対してなのか、叱られた編風に対してなのかは分からない

 

今度は一ノ宮は咳払いをした

慎也も視線をそちらに向ける

 

 

「新たなゲートのため、後どれくらいかかるか分からない。いつ着いてもいい様にしておけ」

 

「じゃあ慎也クン、プロのおねーさんがデッキ見てあげようか?」

 

「おっ!じゃあ俺も手伝うよ」

 

「ウチも...」

 

 

数日前までは本当にS・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)に加入して良かったのか不安だった  

 

だが今は少なくとも協力してくれている

プロから直々にアドバイスが貰える機会など少なく、これから戦う慎也にとってそれはとても有意義だ

 

 

「...お願いします!」

 

 

後どれくらい揺らされていればいいかは分からない

 

だがイタズラに時間を過ごすのも勿体ない

プロのご好意を甘んじて受けよう




僕の力不足で初登場のキャラがいきなり過去話で始まってしまいました...申し訳ありません

ぶっちゃけどうですか?

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