遊戯王が当たり前?→ならプロデュエリストになる! 作:v!sion
皆さんもお気をつけください
8月5日 晴れ
「今日は外回りを命じられた
俺の管轄外なんだが、ネカフェで14分だけ眠れた
オフィスの硬い椅子よりは寝心地がいい
俺が会社の外にいた時。あいつはまた会社の帳簿をいじっていたみたいだ。そんな雑な横領があってたまるか。もっと考えろ」
8月7日 多分晴れ
「今日はオフィスで朝を迎え、オフィスで夜を過ごした。もう何日家に帰ってないんだろうか
また大家に死んだと思われちまう。今度外回りがあったらついでに見てくるか」
8月9日 多分晴れ
「やっと一昨日言われた仕事がまとまった。でも今度は明後日までの在庫確認がある。仕事量と納期と社員と給料。全く比例してないんだが
いつになったらちゃんと給料が払われるんだ?時給で換算したら500円だったぞ」
8月10日 雨だった
「倉庫の雨漏りの修理...それくらい業者をたのめよ。素人がやるからあんなになるんだ。前にやったやつはガムテームと接着剤で直したらしい。まぁ経費で処理出来ないらしいし、ホームセンターまで行った俺は相当貢献してるんろうな
この日は18時間働いたが、多分材料代とどっこいどっこいだろうな」
8月11日 まだ雨
「社長が煙草を吸っていた。
それだけなんだがなんか頭にくる
俺も吸ってみるかな、まぁ、金に余裕がある訳でも無いしやらないと思うが」
8月12日 多分晴れ
「今日は1時間弱寝れた。実は俺はショートスリーパーじゃないんじゃないかと思い始めてきた
単なる不眠症だ」
8月13日 多分晴れ
「さすがに疲れた。味のしないゼリーも全部吐いちまった。勿体無い
何も食べない方がいいかもしれねぇ。腹の中が空なら吐くものがないからな。だが結局飢えに負けてなにか食うんだ。そして吐く」
8月14日 多分晴れ
「遂に社長さんが金が合わない事に気づいた。まっ先に俺が疑われたが、やってないんだから証拠もない。3回ぐらい殴られたが分かってもらえた
3回で済んでよかった。あの爺のパンチは地味にいてぇ」
8月15日 多分晴れ
「あいつを呼び出して横領の件について話した。大学で簿記を齧ったが知らないがそんなんじゃ絶対にバレる。だからもうやめろってな
オフィスに戻ったらどこいってたってまた殴られた。唇が切れたがドラックストアに行く時間は無い」
8月16日
「納期に間に合わなかった
社長さんの連絡ミスだが先方に土下座しに行った。土下座も慣れたもんだ。だけど会社に戻った時の方が長く土下座してたな
流石に土下座してる人間踏むかね。先方が仏に見えてきた」
8月17日
「今日は書くことも時間もない」
8月18日
「死にそうだ」
8月19日
「いい加減に死ぬかもな。人間ってこんなに寝なくても生きていけるのが本当に不思議だ。俺だけの特異体質何じゃないのか?ただ目の下のクマが凄い。先方に見せるわけにも行かないから独学でファンデーションを塗り始めた」
8月20日
「というか外回りは俺の仕事じゃないだろ。ファンデーション代も馬鹿にならない」
8月21日
「等々社長があいつの悪事に気づいた。あのバカは俺の忠告で何を思ったのか、倉庫の現金に手をつけやがった。大学で何を学んできたんだあいつは?あの額見れば会社の金じゃ無いことは分かるだろ?帳簿のどこにあの金額が書いてあった?あれは社長のポケットマネーだ馬鹿
でも8000万の内の10万って可愛いもんだな。...いやそんなに金あんなら少しくらい俺らに...」
8月22日
「何回殴られたんだろう。あの馬鹿は俺がやったって言ったらしい。ていうか何で黙ってやった俺を売るかね?社長さんもなんでそんな一言信じるかね?いや本当は誰がやったとかどうでもいいんだろうな
10万取られたって話は気づけば桁が増えてた。給料から天引きだとよ。いやいや未払いの残業代で引いてくれ、俺はこれ以上削れるものなんかねぇ」
8月23日
「今までも地獄だったが、今はそれ以上だ。地獄以上のものを知らないからなんとも言えんが、あれだ。目が覚めるためにまだ死んでないって絶望するレベルだ
奴隷。俺の事だ」
8月24日
「毎日が死にそうだが、日記だけはつづけようと思うおれがおれじゃなくなりそうだ
社長さん、おれがにんげんだって忘れたのか?あつかいがそれに対するもんじゃねえ」
8月25日
「とくにないなにもな
もじをかくひまがあればねたい。ねれないんだが」
8月26日
「さんてつ
はじめでだ24時間おきてるのはなれたが68時間もぶっつづけでおきたのはきろくこーしんだ!」
8月30日
「申し訳あません・・・申し訳:ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありま甲し訳ありません申し訳ありません甲し訳ありません申し訳ありませ申し訳ありせん甲し訳訳ありまん甲し訳ありませんڡяыъ
申し訳ありません」
8月31日
「少しだけ調子のいい日に前日の日記を見ると自分でも引く。ココ最近だいぶイカれてたな
今日は21分も寝れた。すこぶる調子がいい」
9月2日 多分晴れ
「何でおれはこんな所にいるんだろうか
さっさと逃げ出してしまえばいいのにまだいる
実家になんか帰れねぇが
視野に入れておくか?今度電話してみるか」
9月3日 多分晴れ
「やっと決心がついた
無い金集めたら100万ほどあった。これで何とかやめさせてもらおう
実家には連絡がつかなかった。電話番号どころか住所も変えてたらしい。俺は嫌われるのが得意なようだな」
9月4日
「顎の骨が折れてるみたいだ。社長さんは加減を知らねぇようだ」
9月5日
「俺は逃げる事にした
あの話をしてからというもの社長さんは俺を会社から外に出そうとはしない。外回りはおろかトイレにすらなかなか行けない。相当警戒されてるようだ。夜中コンビニに行くだけで守衛にしつこく声をかけられた
さて、どうやって逃げるもんかな」
9月6日
「熱いな。これは日本が暑いだけであって俺の熱が高い訳では無い
測ってみたら7、8度あった。高熱じゃねぇか」
9月7日 晴れ
「窓の下を見てみた。落ちても死なずには済みそうだ
ロープかなんかあれば降りれるか?カード制作会社の下請けの下請け会社だ、そんな都合よく無いだろうし俺なんかじゃ支給は望めないだろうな」
9月8日
「今日は倉庫整理で1日が終わった。相変わらずこんな量の機材をカードの何処に使うってんだ
思い返してみればディスク制作会社の下請けでもあったな。多分そういう事だろう。俺は他部署の倉庫整理までしてるんだな」
9月9日 多分晴れ
「顎の痛みも引いてきた。やっぱり湿布とか薬なんか使わずに自然治癒が一番だな。シャワーも浴びれそうだが、傷が開かないように気をつけないとな
関係ないが夜中スウェットで仕事してるのがバレた。仕方ないだろクリーニングに出すことも出来ねぇんだからよ、だから顎を殴るのはやめてくれ」
9月10日 多分晴
「クールビス終わってたんだな、俺には関係ないが
やっと脱走の目処が付いた。後はいつ逃げるかだな...」
9月11日 多分晴れ
「決行日は15日だ。この日に逃げられなければ諦めるしかないかもな
本当の決行日は30日、棚卸しがあるからな。先方から送られてきた最新
9月21日
「随分日が空いちまったな。あれから忙しさに拍車がかかった。予定の15日に至っては1秒も寝れなかった。仕方ない、この会社で死ぬまで働き続けてみるか
社長さん、あれはダミーだよ。俺が覗き見に気づいてないとでも?まぁ念の為に隠れて書いてるんだがな」
9月22日
「社長さん最近機嫌がいいのかね。取引数に準じて売上が上がってるからか?それはそうだ、俺が何人分も働いて一人分の給料も貰ってないからな
先方から例のデータが送られてきた。無論試作品を作るのは俺だ。どうせ寝れないんだから夜中せっせといじってるさ」
9月23日 晴
「先方から最新
社長さんは相変わらず詰めが甘い。あんたのメアドには今日来たのかもしれねぇけど俺は夜中先に見せてもらった。一足先に動かさせてもらうよ」
9月24日
「最新
嘘だよ、もう出来た。ただまあリミットレギュレーションの更新自動化は便利なもんだ。試してみたがいつの間にこれ制限になってたんだ...まぁパワカにはちがい無いな、いつかデッキをいじり直そう」
9月25日 晴れ
「先方から最速の電話が来た。月末までにはということで話はすんだ
細工は終わった。あとは上手くいく事を祈ろう」
9月26日 多分晴
「またミスが見つかった。一ターンの効果処理が200件を超えると強制的にフェイズ以降しちまう。後は最新カードのイラストデータが映られねぇ時がある。どうなってんだ
伏線を貼る時、小説作家はこういう気分なんだろうな。そんなエラーはとっくに直してある。先方もまぁ適当なの送ってきやがったな」
9月27日
「今日から徹夜だな。仮眠も取れそうにない
あぁ徹夜だ。だが諦めてたロープは手に入った。前に雨漏りを直した時一緒に買ってあったみたいだ。いらねぇとは思って一応買ってたがまさか役に立つとはな。よくよく考えてみたらこれは俺の実費で買ったものだった。つまりおれの私物だ」
9月29日
「やっと終わった...後はレポートにまとめるだけだな
。後はプレゼン用のパワポもまとめねぇとな
ダミーだがこれも出来てる。本番しくじらねぇように少しでも寝ておこう」
10月1日 一日快晴
「もう小細工はいらねぇよな?この日記を読めるのはもう俺だけだからな。今頃あの忌々しき会社は大慌てだろう。未来の俺よ、覚えてねぇかもしれねぇから書いておくぜ
9月30日の9時からプレゼンだと社長さんには言っておいた。だがあいつらが出勤した時にはオフィスには俺の姿は無く、ただ窓の外にロープが垂れ下がってるだ。当然逃げられたと血眼になって探すだろう?試作品どころか改善レポートもプレゼン資料も無いんだからな。
俺は優しいからわかりやすいようにロープの先に機会片やら血液を撒き散らしといた。社長さんは俺が先方の技術を持ち逃げようとして転落し、血だらけのまま壊れた試作品を持って行ったと思うだろうな。だけどあんたが俺を殴った時に出来た怪我の血と、倉庫整理の時出た廃棄分を撒き散らしただけだ
守衛に金を積ませて慢心したな?まぁ安心しろよ。俺はもう二度と戻りはしないが先方と会う約束なんか元から無いからよ。レポートはメール、試作品は郵送で済ませることになってる。社長さんのパソコンに来たメールは俺がちょっと偽装させてもらった。分からないもんだな?
とにかく俺は自由だ。アパートはこないだの外回りで解約しといたし、電話もほとんど使って無かったからへし折っといた。口座から全額下ろして手元にある。さて、自由になれたがどうしたもんか」
10月2日 晴のち曇
「清々しいとはいかないな。ポッカリと時間が空くようになっちまった。ひとまずあの地域からは離れてみたが、やることが無い。貯金も無限じゃねえからある程度経ったら再就職だな。まずはこの高熱をどうにかしねぇと。頭が割れるように痛い」
10月3日 晴れ
「昨日今日とホテルに泊まっている。ラブホでも無くカプセルホテルでも無い中々いいところだ。だがやっぱり頭が痛い。どんなに良質なベッドでも不眠症は治らない。ホテル内にあるレストランも美味い。だが吐いてしまう。俺の体はいったいどうしちまったんだ?」
10月4日
「あれからあのホテルをあとにした。全財産を無駄にはできない、今は安いアパートを探している。どんな薬を飲んでも頭痛は引かないし、眠れない。一度医者に見てもらった方が良さそうだが生憎保険証が無い。そう言えばあの会社にいた頃も持ってなかったな」
10月5日 晴れ
「なかなか家を貸してもらえない。それもそうだな。知り合いもいなければ親もいない。挙句に今は職もない。あるのは意味のわからん頭痛と不眠症だけだ」
10月6日 曇り
「何とか根城は確保出来たが頭金が結構掛かっちまった。この時期だと再就職は難しいか?とりあえずバイトでもしてみるか。目の下に酷いクマがある人募集とかねーかな?」
10月7日
「」
ーーー
ーー
ー
唐突にその日記は終焉を迎えた
それを読んでいた男は、何も言わずにそれを閉じ、机の上に優しく放り投げた
内容は厳しい社畜生活を送らされていたとある男の日記らし。傍らには似たような物がもう五冊あり、数年に渡って書き続きたことがわかる
感傷に浸っていると、部屋をノックする配慮を背中で感じた。声で応えず直接開いて対応した
そこには黒ずくめで深いフードをかぶった男がいた。
「シッド様、一応今朝のお声がけをと思いまして...」
「おうご苦労さん」
時刻は御前7時を回ったところだった
黒服の男はシッドが起きている事が薄々分かっていたような口振りだった。
手招きするシッドに続いて男も部屋に侵入した
「これ、«цпкпошп»化パッチの最新版だ。後でボスの兄ちゃんに渡してくれ。レポートも添付してあるから宜しくな」
「かしこまりました」
シッドが手渡したものはなにかのディスクだった
透明な緑色のケースに仕舞われており、「«цпкпошп»化3,65」と書かれたステッカーが貼られている
8GBと書いてあるが、男にはそれがどれだけの容量なのか分からなかった
「それにしても...1人でこれ程作ってしまわれるなんて流石としか...」
「日本にいた時はそういう仕事してたからな」
「ディスクの開発をですか?...失礼ですがそれがどうして月下に...?」
シッドは自傷気味に笑みを浮かべると、パソコンの横にいた煙草を手繰り寄せた。慣れた手つきで煙を立ち上げると、目の下のクマを掻きながら語り出した
「俺、月下に来た時の記憶が無いんだ。
「記憶が無い...ディスクの改造でもしたのでしょうか?」
「こいつによると社長さんから逃げる為にわざとエラーを出してたみたいだな。俺も切羽詰まってたみたいだったが、それよりもわざわざ来る国も御苦労なこった」
先程まで読んでいた日記を叩いて見せた
煙草の持っていない手で黒服の男に手渡すと、男もそれを開いて中を検めた
やたらと余白が目だつ日記だ
「これは...もしや」
「炙り出し文字だな。七年前の俺は随分手の込んだ事をしてたようだ」
試しにライターで軽く熱で煽ってみせると、薄らと文字が浮かび上がった。誰かに見られることを恐れた、隠し通そうとした言葉達が確かに存在していた
流石に自らの日記を見られ続けることに恥じたのか、シッドは取り返すと代わりにデータディスクを押し付けた
「では確かに受け取りました。本日午前10時に
「おーう」
「失礼します」
男が部屋を後にすると、またシッドは1人になった
音を立てる物もなく、静寂な空間とかした
幾千の夜を眠らない彼にとって静寂は当たり前であり、慣れ親しんだ音と言える
煙草をもみ消すと、沈黙を自らでかき消した
「...忘れもするかよ。俺を日本から救ってくれたあいつをよ」
日本では思い出したくもない記憶ばかりだが、それを救った人物がいたようだ。忘れてはいけない者と、思い出したくない記憶のジレンマに陥り、結果擬似的な記憶喪失を演じた
だが目を瞑れば眠れない日々の記憶がまぶたの裏にまで襲いかかり、今でも快眠は手に入らない
いつまで記憶障害を演じ続ければいいのだろうか、いい加減に大事な記憶まで思い出せ無くなりそうだ
「...まぁ、パソコンと比べれば人間の脳なんてな」
もはや朧気でしかない男の顔
あの時路地裏で彼を見つけてくれた
2本目の煙草に火をつけてみたが、あの時香った臭いとは程遠い
▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲
◑日本-
慎也は途方に暮れていた
一言で言えば
1つは彼自身にあった
使い親しんだ
大きな変化から小さな変化を経てそれなりに形にはなった
もう1つは海堂にあった
2日間予定されていた期間も、慎也が彼の機嫌を損ねてしまったせいで前半は悪戯に過ごしてしまった
今でこそ嫌々協力してくれているが、そもそも彼は調整にあっていないハイビートデッキを使用している
「ねぇ、一杯カードあるし他のデッキ使ってみない?」
「俺は機械以外使わねーよ」
試しに提案してみたこともあったが、このように一蹴された。そこで慎也がとった行動は、逆に慎也がデッキを変えることだった
この際
あれから何時間も
隣で煙を吐く海堂に目をやると、目を合わせずに呟いた
「あんだよ?ろくに寝ねーで手伝ってやっただろうが」
「うん、まぁ...」
慎也も海堂からデッキに目を落とした
正直な所不安がまだ残っている
時計の針はもうすぐタイムリミットだと慎也に知らしめ、明確なヴィジョンが見えない事がどうしても怖い
休憩中であろうと忙しなく初期手札5枚を確認しては戻し、またシャッフルを経て5枚を引く。見ていられなかったのか海堂は、煙ではなくため息を吐き慎也を睨みつけた
「あんたいつまでそれやってんだよ?いい加減うるせーよ」
「...でもなにかしてないとさ」
「やれるだけの事はやっただろ。
「.....うん」
海堂では無くずっと時計の針を見ている
もうすぐ22時も終わるだろう
定刻だ。金属の擦れる音と同時にスーツ姿の女性が現れ、慎也らを見下ろした
海堂は相変わらずだが、慎也は言われる前に立ち上がった
結局今作戦については聞かされていない
海堂はやれるだけやったと言ってくれたが、幸先は不安だ
「村上様、安山様が収集をかけております。こちらに」
「分かりました」
部屋を出る前、最後に振り返り海堂を見た
だが、部屋に座り込み紫煙を楽しんでいるだけだ
慎也が一言別れを告げると、そっぽを向かれてしまった。後頭部に隠れて控えめに煙が見えるが、顔は見えない
「...」
「村上様、こちらへ」
「はい」
慎也が海堂に背を向け、一歩を踏みしめた瞬間、海堂は何か呟いた。慎也が歩を止め、背中越しに振り向くと海堂は横目でこちらを見ていた
お互い目だけを合わせると、海堂はもう1度呟いた
「何でかしらねーけど俺はあんたが嫌いなんだ」
「そう...」
「こっちは訳がわかんねーのによ、自分だけなんでも知ってやがる。おまけに
「...」
初めてあった時より口数は増していた。それでもやはり慎也に対してあまりいい感情を抱いてはいない。現在進行形でヘイトを受けているぐらいだ
だが、表情にも変化は現れている。
幾分解れた表情で慎也と会話できるようになっていた
今もそうだ。口では嫌いと言うが、発言はマイナスの事ばかりで終わらない
「でも、まぁ...なんだ、死ぬ気でいってこいや。何すんのかしらねーけどよ」
「.....うん!」
理由も知らずに海堂は送りだしてくれた
いい加減に待ちくたびれた様子の女性と共に部屋を後にした
2日間掛けて海堂と煙草臭くしたあの部屋は恋しくも、懐かしくも感じられるものとなっていた。
相変わらず
ほのかに煙草の香りがした
恐らく化野が通ったのだろうか、この先には安山達と出会ったあの部屋がある
重々しい扉を女性が開くと、慎也は中へと入っていく
案の定化野もいた。
加えて一ノ宮やプロの面々もあった
いよいよ月下への希望奪還作戦が本格的に始まるのだ
「村上慎也、そこに掛け給え」
「はい」
化野の向いに座った
空いている席はそこしかなかったからだ
狭くない部屋だが、一ノ宮を始めとしたプロ達が多いため、自ずと席も埋まっている
隣の一ノ宮が舌打ちをした気がしたが、安山は本題に入った
「早速本題に入ろう。明日の午前1時、今から2時間後君達には月下へ行ってもらう。以後、第一次潜入戦と呼ぶ。この第一次潜入作戦では補給地点と通信環境の整備、及び周辺の環境調査を行ってもらう。詳細は経験のある一ノ宮一也に一任する」
「...はい」
ここまでは一ノ宮から聞いたことがある
だが結局詳しくは分からない
ひとまず経験のある一ノ宮に頼るしかなさそうだ
「次に確認してもらいたいのは月下にいる
「...安山さん、一つよろしいですか?」
「なんだね?」
慎也から少し離れた席に座る男が安山の話を遮った。安山は別に気する様子もなく、発言を許可した
「僕と一ノ宮で三ヵ月前に月下に行ったばかりです。その時に”
「月下の仕業ではないと言いたいのかね?」
「はい。楠知樹の件も含めた解せない点が多すぎます。
快凪という初めて聞く名前が出現した
前に聞いた月下を直接管理している
分からないことは残るが、知樹の言葉を思い出した
彼は三年前から計画していたと語っていた。今安山に疑問を投げかけている男と同じく、本当に月下の犯行なのか慎也も疑わしく思えてきた
だが、安山は予測していたかのように口を開き出した
「
「指紋...」
「ビルの地下駐車場に残ったタイヤ痕から断絶金の反応が出た。断絶金を使用したタイヤで
慎也の脳内にビル内での記憶が蘇った
複雑な造りに加え、数々の非常扉が閉鎖され行く手を阻まれた
無論
「それと聖帝大学の渡邉速之の爪に皮膚が残っていた。恐らく
「...」
「安山さん、続けてくれ」
それをきっかけに安山は化野に視線をやった
相変わらず彼は煙を吐き続けていたが、吸いかけの煙草をもみ消し、語り手に変わった
「今回の第一次潜入作戦は以下の5名で行ってもらう...”一ノ宮一也”、”
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
先程月下の犯行に異議を唱えた男が声を荒らげた
机を叩き、椅子が倒れる勢いで立ち上がると、化野では無く安山に吠える
「何故僕がいないのですか?それはともかく村上がいるのも納得できません!どうしてですか!?」
「座り給え”
「ですがどうして僕が...?」
「須藤余彦には一ノ宮一也らの帰国後に月下に向かってもらう。決定事項だ、従ってもらう」
「...っ」
須藤と呼ばれた男が不承不承といった具合で黙った。そのまま倒れた椅子を直し、ゆっくりと座ると安山は化野に対しあごをしゃくった
「.....」
「化野雅紀、続けてくれ給え」
「...チッ、現在補給地点予想地にはハリケーンが起こっている。第一次潜入作戦メンバーは注意されたし。以上だ」
「...?」
化野が唐突には説明を終えると、その場にいたそれぞれが立ち上がり退出して行った
一ノ宮が席を立ち上がった瞬間、未だ疑問の残る慎也も必死に彼の歩を止めようと立ち上がった
「あ、あの一ノ宮さん!」
「...チッ」
「こ、これってもう終わりなんですか?」
「.....そうだよ」
たった四文字しか帰ってこない
既に廊下に出てしまった一ノ宮にはまだ聴きたいことが残っているため、慎也も必死になってついて行った
「あの、ハリケーンって何ですか?」
「お前そんな事も聞かされてないのかよ?」
「お、教えてくれませんか...?」
相変わらずよく舌打ちをする男だ
歩を止めどころか逆に補足を上げ、慎也をまこうとしているが慎也も足を早めて応戦する
やがて一ノ宮も諦めたようにゆっくりと語り出した
「ハァ...
「天候...?」
「さっきも言ってたハリケーンとか地震。大洪水やら大寒波、
「月下でそんな事が...」
「勿論あっちの住民には危険区域として提示してる。俺らはそれを利用して潜入時身を隠すことになってる。既に専用のトラックが用意されているからそれでハリケーンを抜ける」
「なるほど...」
思いの他一ノ宮は詳しく語ってくれた。
やっと見えてきた詳細を咀嚼していると、一ノ宮は足を止めて慎也を見据えた
睨んでいるようにも見えた
慎也が言葉を待っていると、一ノ宮はまだ言葉を続けた
「デッキの調整は終わったのか?」
「え?あぁ、はい一応...」
「...
「は、はい!」
そう言うと慎也の胸ポケットから何かを奪い取った
慎也自身そこに何をいれていたか覚えているため、一ノ宮が何を言わんとしているかも分かる
煙草だ
「
「わ、分かりました」
「それと、これは置いていけ。服も着替えろ。煙草臭いし動きづらい。着替えも持っていけないからよく選んでおけ。いいな?」
「はい」
煙草はそのまま返された
一先ず元あったポケットに戻すと、一ノ宮は間に困ったように慎也を睨みつけた
ぶっきらぼうに語るが、どこかで慎也を気にかけているのだろうか。それとも共に行動するにあたって痕跡を残す真似は許せないだけだろうか
どちらにせよ今は慎也の上司だ
従わない理由はない
「えと...一ノ宮さん、色々ありがとうございます...」
「ふん、国の希望なんだろ?期待を裏切るなよ」
数日前とは少しだけ雰囲気が異なっている気がした
どこか説明の足りない
残り2時間しかないため、そろそろ自分の準備も始めたいのか一ノ宮は振り返り歩き出した
だが、最後に背中越しで一言慎也に告げた
「煙草の吸い収めと食事、髭も剃っておけ。精霊への別れ...は無理か。予定では帰国は1週間後でしばらく戻れない、いいな?」
「はい!」
何故か一ノ宮に舌打ちをされると、廊下には慎也一人となった。
遂に日本を離れるのだ
1度は帰国できるとはいえ、敵地に赴く
まだ21歳の青年は戦士と化し、
だが、この時の慎也はまだ分かっていなかった
「...待っててね詩織ちゃん」
これは理不尽すぎる運命だった
ぶっちゃけどうですか?
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読みたいからやめて欲しくない
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読みたいけど無くなったら読まない
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普通
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無くてもいい
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読むのが億劫