遊戯王が当たり前?→ならプロデュエリストになる!   作:v!sion

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また遅くなりました
ちょっと台風来たせいで体調削してました

避難警報も出ましたけど、僕は元気です?


第五十五話 背負う覚悟

気づけば風も落ち着いていた

 

2人の青年が吐くタバコの煙はゆらりと形を変え、不安定に澱んでいる 

 

 

「...」

 

 

慎也が先に煙を吐き終える

手すりから離れると、輝元に背を向けて見せた

 

 

「行くのか?」

「はい、もう逃げません」

 

 

力強い言葉だった

 

何度も迷い、何度も負けた

その度に失望と後悔に呑まれ、その度に行き先を見失ってきた

 

それももう終わりだ

青年の瞳の先には先程通ってきた扉があり、それを開く事で目当ての部屋に行くことが出来る

 

 

迷う事無く力を込め、扉を開けばー

 

 

『ご主人ガルルルッ!!』

「うわ!?」

 

 

扉を開く前に何かに弾かれた

景色も気づけば天に変わっており、仰向けに倒れているのだと理解した

 

そして胸元にいるこの毛玉は慎也に宿る精霊

久しぶりに見るレオだった

 

 

『ご主人!無事だったガル!?』

「れ、レオ...お、降りて...」

「どうした慎也?」

 

 

レオでは無く輝元の手を借りて立ち上がった

屋上の砂埃を払うと、レオを片手で制しながら輝元と向き合う

 

精霊は輝元には見えていないからだ

 

 

「その...紋章獣の精霊です」

「精霊だと?」

『ガルルッ!』

 

 

レオが吠えてみせるが、認識していない輝元には見えも聞こえもしない。

 

慎也が精霊を複数宿していることはS・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)には知られている。それでも不可解な反応を輝元が見せたのは、どのデッキからどのモンスターが精霊として具象化しているかまでは分かっていないという事か

 

 

「えと...前に聖帝で輝元さんと決闘(デュエル)した時に[紋章獣レオ]が精霊として...」

「違う、そこじゃない」

 

 

輝元はレオがいるであろう空間を凝視していた。凡その位置は当たっており、輝元は見えないはずのレオと確かに向き合っていた

 

少し考える素振りを見せた後、懐の端末を操作し出した。勢いよく何かを打ち込むと、直ぐにまたポケットへと忍ばせた

 

そして慎也とレオに言い放つ

 

 

「兎に角詳しい話は後だ。まずは安山さん達の元へ行くぞ」

「は、はい」

『ご主人どこ行くガルル?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 

◐??-???

 

 

 

「...んっ.....」

 

 

1人の少女が目を覚ました

 

横向きに体を抱え込むようにして眠るのは彼女の癖だろうか、その体勢では得られる情報も少ない。

掛けられていた上質な布をめくると、恐る恐る足をベッドの外に露出させた

 

その寝具は物音ひとつ立てず、かかる重さに対応するし、形を変え受け入れていた。

掛け布団だけでなく、とてもいい材質を使用しているようだ

 

 

「...ここは......どこですか?」

 

 

あたりを見渡せばその部屋に彼女意外に誰も存在していない。答えなど帰ってくるはずはなかった

 

仕方なく立ち上がり、部屋を探索してみたが所在地どころかいまの時刻すら分からなかった

 

 

あとは恐らく外に繋がるであろう扉が一つだけ

開けてみるか悩んだ結果、手が触れるよりも先にノックをする音が聞こえた

 

 

「...ど、どうぞ.....?」

 

 

ノックに対する答えとして相応しいか怪しかった

自分の部屋ではないが、今は自分しかいない

 

恐らく自分への配慮だと勝手に咀嚼し、入室を受け入れる旨を伝えるに終わった

 

 

少しだけ間を置いた後、扉は向から開かれた

 

 

「お邪魔するよっ!皆木さんっ?」

 

「あ、貴方は...か、カムイ......さん?」

 

 

詩織は思い出した

 

自分は月下と名の地に誘われたのだったと

カムイは相変わらず糸目で笑顔を表現しているが、詩織は完全に固まっていた

 

自分がさっきまで眠っていたベッド、いやこの部屋自体が詩織を幽閉しているものなのだと寒気まで覚えた

 

 

「そんなに固まらないで欲しいなっ...それともまだお話できる状態じゃないっ?」

 

 

そんな詩織の有様を見ると、カムイは近づく事無くその場から話を続けた。

 

まだ入室すべきで無いと判断したのだろうか、一歩引いた詩織とカムイに距離が生まれていた

 

 

「...な、なんですかお話って」

 

 

聞いて見なければ何も分からない。何も始まらない

 

自分が何故月下まで連れ去られたのか

目的も彼らについても何一つ分かっていない

 

少しでも情報を、少しでも糸口を求めた結果がカムイと対談すべきだと至ったようだ

 

 

カムイも満足のいったようで、今度は表情筋を酷使して笑顔を表していた。糸目の隙間から色素の薄い瞳がうっすら見えた

 

やっと部屋に入ったカムイは詩織に向き合うと、直立し、両手を広げ、その左手を腹部にあてがい腰を曲げ頭を垂れた

 

 

「まずは...ようこそ、皆木詩織。失彩の道化団(モノクロ・アクタ-ズ)は君を歓迎するよっ」

 

 

 

月下における敬礼のようなものだろうか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 

 

◑日本-S・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)本部

 

 

 

 

「...なるほど、確かに精霊だな」

『ガルッ!』

 

 

安山は中腰になり、レオと向き合っていた

あれから慎也は安山ら幹部の人間と再開したが、S・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)への加入よりも先にレオについての話になった

 

輝元といい、安山も同様にこの場でレオが存在できていることに驚きを隠さなかった

 

 

「あの...安山さん、精霊がここにいると何かまずい事でも......?」

「いや、何も問題は無い」

 

 

安山は立ち上がる時、少しだけ名残惜しそうにレオから手を離した。前に詩織の時のように、安山達にも精霊を認識させると、安山は真っ先にレオに触れていた

 

比較的動物にも見えなくもないレオに興味が湧いたのか、それとも精霊ということ自体に惹かれたのか分からないが、厳格な面持ちとは裏腹に前向きだった

 

 

「この建物は外部の決闘力(デュエルエナジ-)の影響を受けない”断絶金”という金属を織り交ぜて造ってあるのだが...どうやって精霊がここまで来れたのだろうか」

「”断絶金”...確かカムイも同じ物を...」

 

 

シエンの刀、基決闘力(デュエルエナジ-)を全く通さないスーツをカムイは着用していた

 

 

「断絶金は月下でのみ生成される未知の物質だ。あちらが扱えていても不思議ではない」

「それも...決闘力(デュエルエナジ-)の影響で生まれたって事ですか?」

「恐らくそうだ。決闘力(デュエルエナジ-)によって決闘力(デュエルエナジ-)の影響を受けない物質が生まれるというのは少し皮肉だがな。空間まで作ってしまわれては疑うことは出来ない」

 

 

言い終える前に既に安山は中央の椅子に座り込んだ

慎也に向かい眉をひそめて見せると、本題に入りたい旨が伝わるだろう

 

 

「本題に入ろうか、村上慎也。君の口から話してくれないか」

「...はい」

 

 

S・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)加入についてだ

 

足元にじゃれつくレオを一瞥したから、改めて決意を確認し、言葉として放出した

 

 

「俺は...S・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)に入ります。月下に行きます。連れ去られた皆を...詩織ちゃんを助けに行きます!」

「.....それが聞けて安心した」

 

 

鷲崎の姿はなかったが、肝心の安山が慎也の加入を受け入れた

 

本心からほっとしたのか、深く背もたれに寄りかかり疲労の色さえ見せていた。だが、すぐ側に控えている大神だけはやはり苦い表情をしていた

 

安山もそれに気づき、背中越しに大神へ話しかけた

 

 

「...大神忍、何か言いたいことでもあるか?」

「えぇ、少しだけよろしいですか」

「許可しよう」

 

 

大神が大股で慎也に近づいてくる

不思議と慎也も顔をこわばらせていた

 

一度断っておいて今更歓迎してもらえるとは思ってはいないが、やはりどこかで学園長の大神として見ていた所があったようだ

 

覚悟して次世代希望育成課責任者を見据えたが、大神は聖帝大学の学園長として話しかけてきた

 

 

「村上君、正直に言うと私は反対だ」

「...」

「純粋にプロを目指す若者の実力を...このような事に使う事、私は望まない」

 

 

後ろの安山の眉が少しだけ上がったように見えた。己の組織を否定するかのような発言に内心はいい気持ちではないのかもしれない

 

それでも大神は止めなかった

今までさんざん抑えてきた本音をはき出すことを

 

 

 

「今だから言えることだがね、私は君をプロに推薦するつもりは無かった。あの時の決闘(デュエル)で私は勝利し、君をS・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)から遠ざるつもりだった」

「...だから六武衆デッキを?」

「デッキに決闘力(デュエルエナジ-)が宿るとすれば君がS・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)に入る必要もないと私は考えた。だが、君の実力は本物だった。学園長としての私は君をこんな危険に巻き込みたくはなかったが、S・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)の人間としては無視することは許されなかった...」

 

 

ミラーマッチを思い出した

何も前ぶりなくテストだと学園長自ら決闘(デュエル)を行ったのも、彼がS・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)の人間だとすればどこか合点がつく

 

 

慎也は改めて今までの大学生活を思い出した

S・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)や、月下の存在を知ってからというもの、見えざる権力や陰謀が根を張っていた事が明らかになった

 

ただ進学を、ただ夢見て決闘(デュエル)を行ってきた自分は今国と国とのいざこざにまで巻き込まれている

 

何が悪かったのか、どうするべきだったのか

意味の無い後悔の最中でも青年は覚えていた

後悔するためにここに戻ってきた訳では無いと

 

 

「がく...大神さんは複雑な立場だと思います。俺達生徒の事を考えてくれて...とても感謝してます」

「.....決心したのだね?」

「はい」

 

 

瞬きが失礼に値するかのように錯覚していた

一瞬も目をそらさず、大神は慎也の決意を見定めようとした

 

だがそれも必要無い

大神自身、既にその若人の心は定まっている事を知っている

 

 

(すまない...村上君.....)

 

 

瞳を閉じ、今までの発言や行動を反芻してみた

それらは青年への謝罪を要するものであり、声なき言葉での謝罪が精一杯のできる事だった

 

 

(私の生徒は...君に任せるしかない)

 

 

開かれた視界には青年の真っ直ぐな視線が残っていた。それを最後に見届けると、大神にするべきことは無くなっていた

 

 

「.....分かった。もう何も言うことはないだろうね」

「大神さん...」

 

 

最後に歓迎とも取れる一言を残し、再び安山の後ろに控えた大神。安山は少しだけ間を置くと、次に慎也と対話を始めた

 

 

「村上慎也、早速準備に取り掛かるとしよう」

「はい!...って.....?」

 

 

勢い付く青年の前に現れたのは数十枚の紙だった

無数の文字がひしめいている1枚1枚に目眩しそうな程だった。よく見ればS・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)加入のための書類もあった

 

一言でS・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)に加入すると言っても、段取りはしっかりと踏まなければ許されないらしい

 

 

「これだけではない。大学の休学に加え、家を空ける準備もしてもらう」

「そ、そうですね...」

 

 

力強い返事が些か不都合な手続きが待ち構えている

日帰りで済ませられるような任務では無く、当然の準備のはずだが、青年の頭からは抜け落ちていたようだ

 

大人に諭され、ひとまず目の前の書類の空欄を埋める作業に勤しんでみた

 

 

「書きながら聞いてくれ給え。言い忘れていた事がある」

「はい?」

 

 

ペンを握ってはいるものの、まだ三行目に差し掛かったばかりの慎也に安山が声をかけてきた

 

 

「関東大学対抗戦についてだ」

「...あっ!?」

 

 

安山は言い忘れたと言ったが、慎也自身も忘れていた

そうだ、インターンシップの説明会は丁度関東大会の前日だったと

無論これからS・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)に入る慎也がそれに参加するわけにも行かず、欠場の手続き必要になる

 

加えて焦りが生まれた。今は何時なのだと、これから大会を欠場することが許されるのかと

 

 

「ど、どうすればいいのでしょうか...?」

「安心し給え。今回の月下襲撃に伴い、関東大会は来週の日曜日に延期された。まだ欠場の手続きや代わりの生徒の選別にも時間がある」

「...世間には今回の事件、どうやって報道されているんですか?」

「察しが良くて助かるな」

 

 

手が止まっている慎也を促しながら安山は話を続けた

メディア対策課や、月下の存在を世間に隠している事からこの事件が露呈しているはずはないと慎也は睨んだ

 

安山の発言から何かしらの隠蔽作業があった事は確かだが、詳しくは教えてもらえなさそうだった

 

 

「今丁度鷲崎貴文がその業務に駆られている。恐らくだが愚連隊紛いの輩が起こした悪ふざけということになるだろうな」

「...連れ去られた生徒については?」

「それも鷲崎貴文が上手くやってくれる。だが村上慎也は自らで誤魔化してもらう」

「そのための書類ってことですね」

 

 

やはりS・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)の規模は侮れない。一般国民では到底抗うことの出来ない領域を垣間見た所で、慎也は目の前の書類を片付ける事に落ち着いた

 

最早考える意味も無い。月下の事を公表した所で連れ去られた生徒が帰ってくることも無い

ならば日本に加担し、奪還作戦に参加する事に意味を見出すしかない

 

そして今は大量に抱えた何千との文字を突破する事が先決だ。まだ後は控えている

慎也がそれらに目を通していると、その内の何枚かが宙に浮いた

 

見上げると大神が数枚の紙を持っていた

 

 

「...村上君、休学手続き、いや大学の事は任せて貰おうか。関東大会も最終的には私が管理するからね」

「大神さん...でも関東大会って欠場の場合代わりは用意しなきゃダメですよね?」

「そうだな...村上君と決勝で当たった.....草薙君に代わりを頼むしかないね」

 

「...草薙、か」

 

 

草薙の名に安山が反応を見せた

また構内大会を開くのではなく、Aブロックの2位から代わりを選抜する大神の意見に慎也は異論など無い。だからこそ安山の反応がきになった。代わりでは無く草薙に何かあるのだろう

 

 

「...村上慎也、急だが草薙花音に会いに行ってもらう」

「え...あっ、関東大会の代わりをお願いするんですか?」

「あぁ、早いに越したことは無い。だがそれだけではない。彼女の父親に1度会ってもらいたい」

「草薙の父親...?」

 

 

嫌な予感を覚えた

草薙の家で父親ともあった事はある。それなのに今、何故このタイミングでと

 

そして思い出した

あの時、草薙の家で出会った父親には客人が来ていた。目の前にいるS・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)の幹部、大神だ。今はいないが鷲崎もあの場にいた

 

 

「.....まさか草薙の父さんも...?」

「詳しくは彼から聞いてほしい。車を用意する。化野雅紀、村上慎也を送ってやれ」

「.....フゥ-」

 

 

煙草の匂いはずっと篭っていた

ただ一言も発せず、動きという動きを見せなかったためすぐ近くに化野が居ることに気が付かなかった。

 

その化野は返事せず、備え付けの灰皿に出来た吸殻の山に、新たな吸殻を乗せ、席を立った

 

 

「おい、行くぞ」

「え、あっ、はい!」

『ガルル!』

 

 

相変わらずぶっきらぼうに慎也を呼んだ

S・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)の一員とは分かってもやはりこの男についてはよく分からない

 

人をフルネームで呼ぶ安山の癖によって、今初めて下の名前を知ったぐらいであり、未だ彼には謎が多い

 

唯一分かることと言えばヘビースモーカーだということくらいだろうか。慎也は仕方かなく重い書類をカバンに押し込むと、急いで化野のあとを追った

 

 

「...大神忍、君はどう考える?」

「”記憶”の事ですか?」

 

 

遂に部屋には大神と安山のみとなった

残された2人は慎也について、何か不穏な会話を始めていた

 

 

「村上慎也...これから大学を休学し、S・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)に身を預けるというのに家の言は一切心配していなかった」

「...えぇ、そうでした」

 

 

安山はより一層深刻な顔を見せた

目頭を強く押しながら、絞り出す様に次の言葉を放った

 

 

「親の事を...一切口にしなかった。記憶は完全に消えている事は間違いないようだ」

「...」

 

 

重く、息苦しい空気

安山としても口にしたくない内容らしい

 

無論大神も聞きたくは無い

 

 

「.....書類に親の委任状が無いことにも口出ししなかった」

「完全に違和感無く読んでいました」

 

 

次の言葉を迷っているのか、それとも視線をどこに向けるべきかを悩んでいるのか。安山の瞳孔は忙しなく行先を求めていた

 

大神が痺れを切らす直前に、安山は仕方なく導かれた結論を発していた

 

 

「村上慎也には.....親の記憶が無い

 

 

部屋に言葉は反響しなかった

最早大神に聞こえたかも心配になるほど部屋は静かで、それがまた安山を不安においやっていた

 

それに追い討ちを掛けるように大神が語る

 

 

「それだけではありません。彼は精霊をここに呼びつけています」

「...あぁ、そうだな。...ここまで強く繋がっている精霊を....複数体宿すとはな」

 

 

スーツの胸ポケットからシルバーのケースを取り出した

そこから姿を見せた物は筒状の紙、葉巻だった

 

手馴れた手つきでシガーナイフを操ると、重量感のあるライターで火をともし出した  

 

 

「まったく...何者なのだね、村上慎也は?」

「...分かりません」

 

 

濃い煙をはきながら、珍しく弱気な発言をした

大神もその煙に視線を向けているものの、どこか上の空だった

 

 

「.....ただ、一つだけ言えることがあります」

「...なんだね?」

 

 

先ほど慎也から預かった書類を丁寧にまとめると、大神もその部屋を後にしようとした

 

部屋を去る前に、慎也について一つだけ言い放った

 

 

「彼は...迷いを捨てた我々の希望です」

「...そうだといいがね」

 

 

安山の葉巻は、芳醇な香りを放っていた

ただそれだけだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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◐月下-???

 

 

 

 

1人の初老の男性と、彼に仕える数人の黒服の男達がいた。彼らは黙って目の前にある竜巻を眺めていた

 

見た事も無いほど吹き荒れるそれ、は余りにも局所的であり、さほど離れていない位置にいる彼らに何も影響を与えていなかった

 

 

「オキナ様、間もなく到着されるそうです」

「...承知しました。運転を誰か変わって差し上げて下さい」

「かしこまりました」

 

 

オキナと呼ばれた男性が左目のモノクルを外した。丁寧にそれを拭うと、再びそれをつけ直す

 

それをトリガーとしたのか、竜巻の向こうから轟音が聞こえだした。徐々に近づいてくるその音は、先ほど黒服が放ったもう直ぐ到着するという事だろうか

 

 

「来ましたね」

 

 

竜巻が切り裂かれ、中から重々しい1台のトラックが姿を現した。足場の悪い大地をバウンドする様に動き、ゆっくりと停車させた

 

運転席からは相変わらず黒服の男が現れ、後ろの荷台からは黒服の男達と同時に、白いスーツを着崩した男が姿を見せた

 

 

首から軽快な音を何度か鳴らすと、怠そうに伸びをする。そしてそれを終えると目の下の深いクマをなぞる様に掻いていた

 

 

「”シッドさん”、お疲れ様でした」

「んぁ...出迎えはオキナの爺さんだけか?」

「”ガンリさん”も”グラスさん”も月下奪還作戦でお疲れのご様子でしたので。暇を嗜んでおります老輩でどうかご勘弁ください」

「ガンリの姉ちゃんはメンドクセェからだろうよ.....とりえずそっちに乗せてくれ、あんな荷物と相席はもう勘弁願いてぇよ」

 

 

オキナとシッドは同じ服装をしていた

異なる点としては見事に整ったオキナに対し、シッドと呼ばれた男はスーツのボタンを閉めずに開けており、ネクタイも随分ズレていた。

 

それでも白を基調としたスーツは着用している

適当に上げられた前髪も目立つが、彼が失彩の道化団(モノクロ・アクタ-ズ)の幹部であることは明確だった

 

 

竜巻から現れたトラックは運転手を変え再び動き出し、シッドとオキナは別のトラックに乗り込むと、そちらも新たな目的地へと走り出した

 

 

「オキナの爺さんよ、日本襲撃の方はどうだったんだ?」

「えぇ、予定通り希望をこちらへ連れて来れました」

「偉い美人だって聞いたけど実際どうなんで?」

「可憐な女性です。そして素晴らしいご友人達に恵まれていらっしゃる」

「へぇ、会うのが楽しみなもんだ」

 

 

オキナらが乗るトラックの荷台は広かった。長椅子だけでなく、机や様々な小物も常備されている。中には灰皿まであり、シッドはそれを手繰り寄せると懐から新品のタバコをとりだした

 

 

「おや、それは日本の煙草ですか?パッケージが煙草らしくありませんね?」

「ほんとにそうだ、だから日本はガキの喫煙者が多いんだ。喫煙所も至る所にありやがった」

「ほっほっ...手厳しいじゃありませんか」

「まぁな、1箱が安すぎるってのも問題だな、道に吸殻がやたら落ちてやがる」

 

 

覚束無い手つきでソフトケースを破ると、一つだけ取り出した。鼻先にそれを当て、深く深呼吸したと思えばそれはすぐに口元に移動された

 

火をつける作業さえも丁寧にゆっくりと行い、じっくりと時間をかけてやっと煙を吸うことが出来ていた

 

 

「...なぁオキナの爺さんよ」

「おや、土産話でも聞かせて貰えるのですか?」

「まぁな、これ1箱いくらだと思う?」

 

 

先ほど自分で破った煙草をオキナに見せつけると問うた。月下と言えど日本とは別の国であり、わざわざ聞くあたり金額においてよほどの差があるのだろう

 

オキナもモノクルの奥からそれを見つめると、おおよその金額を提示し、質問を成り立たせた

 

 

「ふむ、10本...いえ20本は入っていますね?ですがわざわざ聞いた所を見ると破格の値段なのでしょうな」

「あぁ、月下が高すぎるってのもあるがな」

「ふむ...では攻めてみましょう。3万円で」

 

 

トラックの内部には数人いた。だが、煙草1箱3万円に誰も反応を示さない。それは月下では当たり前ということだろうか

 

答えを知るシッドだけは少しだけその空気を楽しんでいる。数秒勿体ぶると、トラック内にどよめきを起こす発言をした

 

 

 

「これは320円だ」

「うええっ!?し、シッド様それは真ですか!?」

「う、うそだろ...!?」

「いいや、マジだぜ?れしーとっつーのも貰った。見ろよ、10箱買っても月下の1本と対して値段変わらねぇぜ?」

 

 

どちらかと言えば、オキナの方が表情を崩していた。まるで子供のように感情を顕にした黒服の男達に対し、何か思う事があるのだろう。

 

モノクルの奥の瞳は、どこか哀愁漂うものに見えた

 

 

「ほら、オキナの爺さんよ」

「...」

「...おい、オキナの爺さん聞いてんの?」

「.....おや、失礼しました。どうされましたか?」

「ん」

 

 

差し出されていたのはまだ未開封の煙草だった。

視線を逸らすと嬉しそうに煙草を咥えている黒服の部下2人。反応に困っているとシッドが先に口を開いた

 

 

「お使いの特権だろ?ちゃんと自費で買ったし、ただの煙草だから安心しろよ」

「...ほっほっそれでしたら」

 

 

オキナは腕を伸ばすと、シッドの差し出した煙草を素通りし、シッドが既に開けた方から一本取り出した

 

 

「ん?」

「老輩には1本で結構ですよ。どうもありがとうございます」 

「...相変わらずだねぇ」

 

 

不振そうに見つめるシッドに微笑むと、同じようにまずは匂いを楽しんでみた

だがすぐ辞めた、そこまでいい香りでは無かった

 

指先に挟んで持て余していると黒服姿の部下が隣にやってきた。何かと思えば火の準備をしている。あまり慣れない部下の使い方に戸惑いながらも、その火を貰い、オキナも煙を味わってみることにした

 

 

「...ゲッホゲホッ!?」

「オキナ様!?」

「む、無理をなさらずに!」

 

 

二口目は叶わず、折角の貰い物もすぐにゴミとかしてしまった。オキナは受け取った水で喉を沈めると、苦笑いで背もたれに体重を預けた

 

 

「折角の煙草を...申し訳ありません」

「...いや、俺にも非がある」

 

 

シッドは煙草を見つめていた

オレンジ色に英単語一つのそれの、タール数に目をやっていた。合点が付いたかのように、控えめにオキナに向かいあることを告げた

 

 

「安いから買ったが...こいつタール数15らしい」

「.....老輩には死期を早めるだけですな」

 

 

トラックには煙が充満していた

それに耐え兼ねたオキナが荷台の扉を開くと、先ほどの竜巻が既に小さくなっていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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◑日本-草薙家

 

 

煙草を買いに行く

そう言い残して化野は慎也を草薙家前において消えた

 

別れる前に二つの小さな端末を渡されたが、受けた説明は少なすぎた

 

「こっちが送信、こっちが受信用の端末だ。なんかあったら使え」

 

些か雑すぎる化野は既にニコチンを求めて車を走らせてしまった。あれかは夕日もすっかり沈み、誰がどうみても夜の刻だった

 

 

「...あの説明だけで分かるかって」

 

 

1人不貞腐れながら慎也は歩いていた

目的地である草薙家前までは化野が送ってくれたが、この家は広すぎる

 

インターホンをまで少し歩くと、やっと見覚えのある門が姿を見せた

 

少し躊躇いつつもボタンに力を込めると、聞こえた音は意外な程に小さな音だった。ほぼ時間差無く、インターホン越しに若い男声が応答してきた

 

 

《ただ今参ります。少々お待ちください》

「あっ、えぇと、はい」

『ご主人!あの機械人間みたいな声ガルル!?』

「...レオ」

 

 

レオをそのまま連れてきていたことを思い出した

大事な話の最中で彼に構っている暇は無く、破天荒故に少し不安を覚えた

 

先ほどからやたら絡みついてくるこの毛玉はこれ以上耐えられるか心配な為、誰も居ないうちに話しておこうと慎也はかがみ込んだ

 

 

「いい、レオ?俺また大事な話をしに行くからまだ我慢だよ?できる?」

『ガルッ!?そろそろ遊びたいガウ...』

「うーん...じゃあ先に家に帰っててもいいよ?」

『ガルル...』

 

 

文字通り頭を抱えながら必死に考えている

獣のように低く唸りながら体を捻らる等色々な動きを見せるが、まだ答えは出そうになかった

 

そうこうしているうちに、慎也のすぐ背後の門が開く音がした。振り向くと前にもあった事のある執事、蒼輔がいた

 

 

「おや...村上様、どうされましたか?そのような所で屈み込まれて...」

「あ、えと...蒼輔さんでしたよね?こんばんわ...」

「えぇ、覚えて貰えたようで光栄です」

 

 

頭を抱えるレオを放置し、来てしまった執事と目線を合わせた。元は慎也が呼んだのだから来るのは当たり前なのだが、ここまでレオが悩むのは想定外だった

 

自然とレオを置いていこうと蒼輔に近づくと、蒼輔の目線がおかしな所を向いていることに気がついた

 

 

まさかと思い振り返ると、そこには慎也にしか見えていない筈のレオが丁度地面を転げ回っている所だった

 

 

「あの...まさか蒼輔さん...?」

「...失礼ですが、村上様はお嬢様ではなく草薙様に御用が...?」

「じ、実はそうなんです...」

 

 

蒼輔には明らかにレオが見えていた

お互いにそれについて言及する事はしなかったが、蒼輔の反応と言動から肯定の意を取り込む事は難しくなかった

 

少しの間その執事長は言葉を失っていたが、等々慎也に質問をぶつけてきた

 

 

「村上様、失礼ついでに伺いますが...もしやS・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)へ...?」

「...蒼輔さん随分察しがいいんですね」

「...失言でした。お許しください」

 

 

改めて門を解錠すると、慎也と後ろのレオに入るよう道を開けた。最早連れていくしか無いと慎也もレオを抱き抱え、蒼輔の誘導の元草薙家へと入場して行った

 

 

「....蒼輔さんは...見えるんですか?」

「えぇ、ですが見えるだけです」

 

 

相変わらず見事な庭を闊歩する

流石にこの時間、庭で作業をする執事やメイドの姿は既になかった

 

 

「詳しくお話したい所ですが...どうやら今は草薙様とのお話を急いだ方が宜しいですね」

「はい...また機会があったら聞かせてください」

「えぇ、是非...」

 

 

庭を抜け、玄関を潜ると、数人が慎也に向けてお辞儀をする。

靴の汚れを拭うと、蒼輔の後を黙ってついて行った

 

 

S・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)の本部とは違い、見事な絨毯の上は歩きやすく、疲れを感じさせないものだった。

暫く歩くと前にお邪魔した部屋ではなく、その隣。恐らく草薙の父親と大神や鷲崎が落ち合っていた部屋の前まで進んだ

 

 

蒼輔が控えめにノックをすると、返事よりも先に扉を開ける人物がいた

 

この家の主

草薙花音の父親だった

 

 

「草薙様、村上様がお見えになられました」

「...」

 

 

扉越しに慎也は見られた

前に会った時のような雰囲気は無く、何か切羽詰まった様な印象だった

 

来るタイミングが悪かったかと、間の悪さを後悔しかけたが、向かうよう仕向けたのは安山だ。

アポくらいは取っていると勝手に思っていたが、それも怪しかった

 

ひとまずはやはり草薙の父親もS・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)と何かしらの繋がりがあるのだと、己の推測を後押しするに収まらせておいた

 

 

「村上君...入ってくれ、君には話さなければならない事があるんだ」

「...お邪魔します」

『ガルルゥ...』

 

 

頭を下げる蒼輔を横切り、重々しい部屋の中へと招かれた慎也。その部屋は前に来た部屋とさほど違いは無かった。大人数でも対応できるように広い机と白く美しいソファ。細々した所には差異が見られたが、見事な応接間だと言える

 

だが、そんなことよりも今はS・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)についての話だ。わざわざ書類作業を投げ出してまでここに来る必要は草薙家にあるのだ。無駄足にさせないよう改めて集中する

 

 

が、耳を劈くような声がその集中をかき乱した

既に部屋にいたもう1人の人物のものだ

 

 

「むむむむ村上さん!?来るのでしたら仰ってくれれば...///」

「あ...草薙..いや、えと...」

 

 

今部屋にいるのは草薙と草薙と村上だ

苗字で呼ぶには窮屈

 

灰田家でもそうだが、普段呼びなれない名で呼ぶのに慎也は抵抗を感じるようだ。少し躊躇った後、仕方なく、差別化の意図で下の名を呼んだ

 

 

「か、花音もいたんだね...お邪魔してます」

「かかか花音....やっと下の名前でお呼びくださいましたのですねっ!」

 

 

顔を真っ赤に染め、申し訳程度に小さな手と手でそれを隠していた。まるで気持ちも赤面も隠せておらず、ただただ女性らしくモジモジと慎也に気持ち向き合っていた

 

だが、草薙家の主が鈍い咳払いをすると、花音の赤面も慎也の苦笑いも真顔に変わる

 

各々の目的を再確認させるきっかけであり、いち早く花音が声を発していた

 

 

「コホン...村上さん、折角いらして頂いたのですが、私お父様と大事なお話の最中ですの。申し訳ありませんが少々...「花音、いいんだ」

 

 

クールに長髪を靡かせながら慎也に語りかけるも、実の父親に遮られた

 

やっと本調子に慣れたところでの遮断に不服なのか、花音はジト目で父親を睨んでいた

 

 

「村上君、掛けてくれ。君にも聞いてもらいたい」

「お父様!今は”あの事件”についてのお話の途中でしてよ!」

「...」

 

 

青筋立てて怒る花音を他所に慎也はソファに腰掛けた。座った感触だけで分かる質感に満足しつつ、本題を待つ姿勢を作り終えた

 

花音も隣に慎也がいるため、怒りも程々にソファに収まった。慎也に近く座り直したのは、向いの父親しか気がつかないだろう

 

 

「2人とも、これから話すことは公言不可だ、いいね?」

「あらお父様、村上さんがいらしたら随分お話が早いのですね?」

「か、花音...話を聞こう」

「は、はい...///」

 

 

まだ双方呼び慣れて、呼ばれ慣れていないのだろう

花音の父親としてその光景がどのように映っているのか分からないが、彼の表情はとても重かった

 

娘が同じくらいの若人と仲良くやっている事よりも重要な事。

娘を持つ父親としてではなく、何か他の立場としての話を聞くことになりそうだと覚悟を固めた

 

 

全く不快感の無い一室だが、慎也の頬を一筋の汗が流れた

それが顎にたどり着く前に、どこかで予想していた告白が聞こえた

 

 

 

「私は"草薙総司(くさなぎそうじ)"。S・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)の幹部、技術支援・対策課の責任者を担っている」

 

 

慎也も予想は出来た。大神と鷲崎同様に草薙もS・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)の幹部なのだと。昔の友人とあの時は言っていたが、それすらも今となっては疑い深い

 

いい加減驚くことにも飽きてきた頃だが、隣では花音が合点の行かない様子だった

 

ただキョトンとしている姿は、今の慎也にはリラックスすらさせるかもしれない

 

 

 

 

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