遊戯王が当たり前?→ならプロデュエリストになる!   作:v!sion

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あげるか悩んでました
しかしこれ以上日が開くのも嫌だったので二話に分けて投稿しようと思います


第五十三話 新たな事実と古き戦友

やたらと長い廊下だった

暫く歩いていなかった事が原因なのか、それとも先ほど化野から聞かされた信じ難い事実がそう錯覚させているのか。

 

 

「入れ」

「...」

 

 

化野の発言によって到着していたことを知った

人が五人並んでも同時に入室出来るほど巨大な扉があった。材質も見ただけては分からない。

 

化野はノックせずに乱暴に扉を開けると慎也に入るよう促した

 

 

「...失礼します」

「待っていたよ」

 

 

大きすぎる扉に似合うほど部屋は広かった

普段通っている大学の教室ほど広く、無駄なものは何一つ無い。

 

中央に数十人程が使用できそうなテーブルと、椅子があり、一番奥にいた人物が慎也を迎えた

 

 

「村上慎也、好きな席にかけたまえ」

「...はい」

 

 

一番近くにあった椅子を引くと、素直に座った

改めて部屋を見渡すと、化野と慎也を含めて5人いる

 

奥になるほど証明が薄く、残り3人は顔すら見えていない

慎也が黙っていると、あちらから名乗り出した

 

 

「自己紹介からはじめよう。私は"安山清人(あざんきよと)"だ。S・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)の最高責任者を担っている。...君達も村上慎也に名乗りたまえ」

「...あ、貴方達は!?」

 

 

安山がそう言うと、近くに居た2人の男が前に出た

明るみに出た二つの顔は、慎也の知るものだった

 

 

「...大神忍だ。S・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)の幹部、次世代希望育成課の責任者を務めている」

「が...学園長」

 

 

聖帝大学の学園長としてでは無く、あくまでS・D・T

(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)として自身を語った。

化野から聞いていたとはいえ、母構の闇は思っていた以上に深い

 

頃合を見計らい、隣にいたもう1人の男も語り出す

 

 

「僕の事は覚えていないかな?鷲崎貴文だよ。S・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)の幹部、メディア対策課の責任者を任されているよ」

「...覚えてますよ。草薙の家で会いました」

 

 

お互いの名を知り合う為ではなく、ことの重大さを知らしめるためのものにも思えた

混乱を極める慎也を見据えると、安山は本題に移った

 

 

「化野から今までの事は聞かされたはずだ。私からはこれからについて話そう」

「お願いします」

 

 

気付けばその化野は慎也と少し離れた席に座っていた。備え付けの灰皿にタバコを押し当てると、面倒臭そうに足を組んだ

 

 

「今回の失彩の道化団(モノクロ・アクタ-ズ)襲撃事件だ。月下に連れ去られた我が国民は総員12名。多くはないが少なくもない」

「12人...その中に詩織ちゃんも...」

「そうだ、希望である皆木詩織もそのうちに含まれている」

 

 

歯ぎしりをしていた

改めて自分の無力さに嫌気を感じ、同時に月下への怒りも溢れ出した

 

黙って震える慎也を見ると、安山は補足した

 

 

「言い忘れていたが、これは事情聴取でも説明でも無い。なにか質問があるなら遠慮なくしたまえ」

「...渡邉先輩、渡邉逸之さんは?黒川や灰田、蛭谷、古賀、東野、草薙と...遠山はどうなっているんですか!?」

 

 

遠慮など微塵もなかった

今まで聞けなかった友や先輩の安否は今聞かなければいつ聞くのだ。

必死に尋ねなくとも、安山は答えるつもりだったようだ

 

 

「今挙げられた人物は全員無事だ。ただし蛭谷颯人はバイク事故による怪我が甚大。先ほど意識を取り戻したそうだが、まだ動けない。逆に言えば渡邉逸之は肉体の損傷こそ無いがまだ意識が無い」

「渡邉さん...意識が無いって事は...やはりあいつらに...」

「渡邉逸之の決闘(デュエル)ディスクを調べた。履歴によると5人を同時に相手し、勝利していた。しかし2度目の決闘(デュエル)で敗北している。それ以来意識を失ったままのようだ」

 

 

渡邉の事は詩織から聞いていた

後輩を逃がすために一人で戦っていた事もそうだが、1人で5人と同時に決闘(デュエル)したことは今初めて知った。

 

それでも勝利をつかんだ渡邉を敬うと同時に、その渡邉を倒した人物が気になった。

だがそれ以上に気になる事実が提示された

 

 

「しかし、渡邉逸之は医務室に丁重に寝かされていた。初期に当てはめられた部屋とは随分距離があり、自分で移動したとは考えられない」

「医務室...誰が...」

「ビル内のカメラは機能していなかったため分からない。今は分かっていることについて話そう。まずは村上慎也に勝利した"(フロ-)"のカムイという男についてだ」

「ふ、ふろー?...カムイという男とは戦いましたが...」

 

 

新たな名称に戸惑うと、安山は聞かれる前に答えだした

 

 

 

失彩の道化団(モノクロ・アクタ-ズ)内の階級だ。下から"(ダ-ト)"、"(クレイ)"、"(フロ-)"。カムイは最高峰に位置している。負けたのも無理は無い」

「あいつらの服装が違うのもそういう事ですか?」

「捉えた失彩の道化団(モノクロ・アクタ-ズ)の兵士達が口を揃えてそう言っていた。間違いないだろう」

 

 

1人や2人ではなく、数十人もの発言は信憑性を増す。希望を連れ去る為だけにあれ程の兵士を残す事はやはり解せない。

失彩の道化団(モノクロ・アクタ-ズ)は何が目的なのだろうか

 

 

(ダ-ト)の様な下っ端が知る情報は大したこと無かった。階級が一つ上の(クレイ)でも(フロ-)が7人いる事しか分からなかった」

「7...」

「だが、その(クレイ)から驚くべき事実が判明した。月下は既に失彩の道化団(モノクロ・アクタ-ズ)の手の内に落ちていた」

「...何?」

 

 

月下とは元々失彩の道化団(モノクロ・アクタ-ズ)が住む国のはず。それが奪われたかの様な言いようは相応しいとは思えない。

 

そこで化野から聞かされた月下と日本の関係を思い出した。数名の日本政府の人間が月下を管理していると

 

 

「月下が.....失彩の道化団(モノクロ・アクタ-ズ)に奪われた...?」

「そうだ、今回の失彩の道化団(モノクロ・アクタ-ズ)襲撃事件と同時に月下支配作戦を行っていたようだ」

「同時に...」

(ダ-ト)(クレイ)の発言から月下支配に(フロ-)が3名、失彩の道化団(モノクロ・アクタ-ズ)襲撃に4名が割り振られていたそうだ。楠知樹が(フロ-)として数えるかはわからないが、たった3人の幹部を残して失彩の道化団(モノクロ・アクタ-ズ)は日本を襲撃してきた事になる」

 

 

日本政府が管理していたはずの月下から、失彩の道化団(モノクロ・アクタ-ズ)が攻め入った事件だった。

今まで知らなかった国からの進軍に戸惑いや怒りしかなかったが、その月下自体も被害の一部にあった

 

失彩の道化団(モノクロ・アクタ-ズ)について、カムイのような決闘者(デュエリスト)が残り6人いるという事が分かった。

慎也ですら勝てなかった実力者があと6人

 

敵の勢力は嫌になるほどわかった

果てしないような事実の連続は青年を更なる混乱の境地に追いやられていた

 

 

「安山さん、あいつらについては色々と分かりました。それで連れ去られた生徒達はどうするんですか?俺なんかに国の秘密まで話して...よく分からないですよ...」

「...では本題に入ろうか」

 

 

安山を睨みつける慎也の視界の端、そこでは大神が顔をしかめていた。大神に目を向けるが、何も語らず目を背けられてしまった

 

余程嫌な話になるのか、覚悟して安山の言葉を待った

 

 

「結論から言えば月下から連れ去られた希望達は取り戻す。そのための準備も既に始めている」

「取り戻す...それで?」

「元々は我々と繋がっているプロデュエリスト達で作戦を考えていたが、村上慎也にもその作戦に参加してもらいたい」

 

 

予想は出来たかもしれない

慎也が精霊を宿している事は彼らに知られている。決闘力(デュエルエナジ-)も高いと賞賛され、尚且つ決闘力(デュエルエナジ-)による記憶操作も施せない。

 

過去の大神と同じ状況にある。

秘密を知られた政府としては仲間に引き入れ、共に露呈を防いでもらうしかない。

 

しかし、それは普通の大学生には酷な話だ

 

 

「...俺もS・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)に入れるってことですか?」

「そうなる。君はカムイに敗北し、皆木詩織を連れ去られてしまった。それでも君が希望である事には代わりない。私としては優秀な決闘者(デュエリスト)は捨てられない。そして我が国民も無下にはできない」

「...」

 

 

慎也にとって甘い誘いかもしれない

詩織を助けに行ける。知樹に会える。カムイにリベンジできる。失彩の道化団(モノクロ・アクタ-ズ)を潰せるかもしれない。そして国の為に戦える

 

安山としてもそう考えていたようだ。

慎也が首を横に振るなどと想定していなかったようだ

 

 

 

 

 

 

「......俺には...無理だ」

「.....」

 

 

 

 

 

 

表情だけでは分からないが、安山は困惑しているようだった。嫌に長い沈黙が部屋を埋め尽くす

 

部屋にいる全員が、まるで体の動かし方を忘れてしまったかのように固まっていた

 

黙っていても慎也の答えが変わらないと分かると、安山がそれをかき消した

 

 

「...ならば仕方ない。事が済むまでこちらで軟禁させてもらうが構わないか?」

「....えぇ」

「分かった。灰田輝元に君の荷物を預けている。先程の部屋でそれを受け取りたまえ。後の事は追って連絡する」

「...」

 

 

返答はしない

3人の大人の視線を背中で受けながら、慎也は黙ってその部屋を後にした

 

青年の背中は小さく、情けないものに見えた

 

 

 

 

慎也が部屋を去った後、安山は背もたれに身を預けると深くため息をついた

そして近くにいた大神に目を向け、放つ

 

 

「大神忍、君はこれで満足か?」

「.....正直な所そうです。彼はまだ若い」

「君の大学では学生の意欲を尊重するのではなかったかな」

「...」

「...さて、僕は通常通り仕事に戻りますよ」

 

 

鷲崎も慎也同様に部屋をあとにした。

対して化野は相変わらず煙を立ち上げている

安山達の会話を尻目に、まだ燃えたりない煙草を灰皿に押し当てる。そして懐から端末を取り出し、操作し出した

 

 

 

 

ーーー

ーー

 

 

 

病室までの道のりは、記憶を探るほどのものではなかった。真っ直ぐ進むだけで例の煙草汚い部屋にたどり着いた

 

そこには既に輝元の姿があり、慎也を見ると手に持っていたカバンを手渡してきた

 

決闘(デュエル)ディスクや、4つのデッキ。

他にも煙草や、灰田から受け取った八皇地駅前のカードショップのチラシも入っていた。

 

ビル内で仕方なく放置したシャツまで入っていたため、それをすぐに羽織った

 

 

これで安山から言われたことは済ませた

直ぐにそれが叶ったということは、輝元は既に慎也がS・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)の加入を断ったと知っている事になる

 

気まずそうに慎也は輝元から目をそらした

 

 

「輝元さん...」

「屋上にいくぞ」

 

 

慎也が何か言う前に輝元は歩き出していた

やることもやりたい事も無い慎也は黙ってついて行く

 

先ほど通った道とは別の道を歩むと、階段を登り始めた。足の痛みを感じる前に目当ての扉が現れ、屋外へと出ることが叶った。

 

 

輝元は近くの手すりに寄りかかり、遠くを眺めだした。慎也も輝元に寄るが、視線は真下をむいていた

 

 

「慎也、煙草貰えるか?」

「...どうぞ」

「なんだ、また変えたのか?」

 

 

輝元から慎也へ渡ったカバンから、また輝元の元へと慎也のタバコが手渡された。

変えたとは銘柄の事だろう

 

輝元は前にも慎也から煙草をもらった経験があり、その時とは煙草の種類が異なっていたと言うだけだ

 

 

慎也の煙草に火を付けると、輝元は満足気に煙を吐きたした。

化野とは違い、煙を楽しんでいるように見えた

 

 

「ふぅ...今回のは随分メンソールがきついな」

「.....輝元さん聞いたんですよね?俺が断ったって」

「あぁ、意外だったというのが本音だ。だが賢明なのかもしれないな」

「...」

 

 

慎也に目をくれる事無く輝元は言い放った

賢明とはいったいどういう事なのか、危険だから行かせられないとも実力不足だとも取れる

 

慎也が反論に困っていると輝元は発言に付け加えた

 

 

「一般の学生では(フロ-)どころか(ダ-ト)にすら太刀打ち出来ない。S・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)に任せて日本に残る方がいい」

「...そう、ですよね...」

「それと意識の固まっていない子供に任せていい仕事ではないからな」

「...」

 

 

普段から多く語らない人物ではあった

それでも輝元の辛辣な発言を受けたのは初めてだった

 

軽蔑されているのか

目の前で攫われた詩織を助けられず、挙句助けにも行かない慎也に嫌気がさしたのか

 

恐る恐る見た瞳からは何もわからない

 

 

「だが...安山さん達は慎也、お前が断るとは思っても無かったようだ。随分期待されていたんだ」

「...俺なんかに期待されたって」

「...おい」

 

 

慎也の消え入りそうな一言に輝元が過剰に反応を見せた。

低く、鋭い声が慎也の注目を集め

慎也が顔を上げると、見下すような視線がこちらに向いていた

 

 

「それは期待していた俺達に対しての侮辱か?」

「え...い、いえそんなつもりじゃ...」

「だったらどういう意味だ?」

 

 

答えをせがまれている

情けないものでは納得はさせられない

 

慎也は心のうちをさらけ出すことしか出来なかつた

 

 

 

「....もう何が何だか分からないんですよ!」

 

 

 

青年は悲痛な叫びをあげた

感情が混濁としたそれは聞き難いもの

 

慎也がビルで過ごした時間は、実は1時間強。たった1時間の間に様々な事が起こりすぎた。

 

詩織の奪還に失敗した後は政府の暴露話。

慎也はいい加減に破裂しそうな頭を抱え、自らも分からなくなっていた

 

声に出して吠えてみても変わらない

余計惨めに感じた

しかし輝元の表情は少しだけ満足気だった

 

 

「何が分からない?」

「自分でも何で断ったのか分からない...俺のせいで詩織ちゃんが連れ去られたのに...怖かったのか?勝てないと諦めてたのか?政府が気に食わなかったからか?知樹に合いたくないからか!?全部違うんだよ...何で俺は......」

 

 

苦しみの表情を慎也は浮かべていた

青年は自らの行動すら分かっていない

何がしたいかも分からない

どうするべきかも分からない

 

初めて味わう虚無感

苦く辛い絶望感で満たされている

 

 

「何がしたいか分からないなら俺が決断してやろう」

「...」

「ディスクを構えるんだ慎也、俺が勝利したら言う事を聞いてもらう」

「結局決闘(デュエル)ですか...いつから遊戯王は戦いの道具になったんだ...」

「それが嫌なら月下を沈めて自分の物にするんだ。慎也にはそれか出来る」

「出来なかったですよ。俺はカムイに勝てなかった...安山さん達は希望を見誤ってたんですよ!」

 

 

 

輝元は化野にも渡した携帯灰皿を取り出した

丁寧に吸殻をしまうとまたポケットに入れた

 

それが済めば黙々とディスクとデッキを用意し、慎也に向き合う

 

慎也の言葉に耳を貸す気は無いようだ

 

 

「輝元さん...」

「デッキに適合していないお前が希望気取りか?」

「...どういう意味ですか?」

 

 

意味有り気な発言だ

 

化野と共にデッキの適合についての説明をしていた輝元だが、その発言は根本から覆した

 

慎也がデッキに適合していない

化野の見せた初期手札が慎也が適合者である事の証明になっているはずだが、輝元は否定している

 

 

「...さっきの話でしたら、俺は自分のデッキは回せますよ。適合しています」

「だったらSR(スピ-ドロイド)を出してみろ。それはお前に適合していない」

「...」

 

 

カムイに負けたデッキだ

敵の強さや、禁止カードを使用する事。«цпкпошп»でカード情報を隠蔽する事よりも、そもそも慎也がが適合していないデッキを使っていただけだと言うのか

 

 

ずっと愛用してきたデッキだ

回せないわけではない。先程聞いたばかりの非科学的な話でSR(スピ-ドロイド)を捨てる選択肢は生まれない

 

 

「俺が適合したデッキを使えば奴らに勝てるって言いたいんですか?」

「そんな簡単な話では無いが、慎也はまだスタート地点にすら立っていない。俺はそう言っている」

「...そんなの言い訳ですよ!俺が負けたのはSR(スピ-ドロイド)のせいじゃない、俺がカムイより弱かったからだ...」

 

 

青年は疲れていた

最早何に対して怒りの矛を向ければいいのか、なにをすればいいのか何もわからない

 

 

「慎也、考えすぎだ」

「何がですか!?適合の事ですか、詩織ちゃんの事ですか、カムイ...失彩の道化団(モノクロ・アクタ-ズ)の事ですか!?」

「考えすぎだと言っているだろう」

 

 

輝元はディスクを構えた

慎也にも当然それが見えている

 

 

「俺と決闘(デュエル)しろ、俺に勝利する事だけを考えてみろ」

「...」

 

 

返答は無かったが、慎也もディスクを準備した

行われるのだ

意味を持たない戦いが

 

 

「いつも通りの決闘(デュエル)をしろ」

「...分かりましたよ、俺がSR(スピ-ドロイド)に適合してると証明します!」

 

 

「今はそれでいい」と短く輝元が放った

意味はわからなくとも、慎也との決闘(デュエル)は始まる。

輝元はいつも通りと言ったが、今の慎也にそれが出来るとは思えない

 

それでもやるしか無いようだ

秋も近い風が屋上を通過した時、2人は静かに宣言した

 

 

 

「「決闘(デュエル)!!」」

輝元 LP 8000

慎也 LP 8000 

 




第一話書く前から考えていた設定です
五十三話にしてやっと回収し始めましたが...

もう少しテンポよく書きたいと思いますのでこれからも宜しくお願いします


〜おまけ〜


「慎也、おかわりは必要無いか?」
「え、あっ、はい...頂きます」


休日の朝
本来であれば惰眠を貪ろうとしていた慎也だったが、いつもの光明の呼び出しで灰田家にお邪魔していた

当然出迎えた人物は光明の親でもなく、姉でもない長男だった

例のごとく光明はまだ眠りの中におり、慎也と輝元2人のみがリビングで食事をとっていた


「...」
(相変わらず美味しい)


輝元曰く若人が遠慮するものではないらしく、朝早くから訪ねた慎也になんども朝食を振舞ってきた
慎也も断るわけには行かず、なんども完食してきた

友の兄と2人っきりは居心地のいいものでは無いが、それでも料理は美味だった


「ご、ご馳走さまでした...」
「お粗末様と言うべきか」


そう言うと輝元は食器を台所に運び出す
食事まで頂き、皿洗いまでやらせる事は慎也には出来なかった。突発的に立ち上がったが、輝元に制された


「客人に洗わせるわけにはいかない。それに光美達が食した後まとめて洗う。気にしなくていい」
「あ、そ、そうですか...」
「あぁ、ほら、吸うんだろ?」


コトッとテーブルに置かれたものは灰皿に見えた
歪な形のそれは、吸殻が入っていなければ不気味なオブジェにも見えたかもしれない


「そ、そんな大丈夫ですよ...」
「遠慮するな。俺も吸うからな」


言葉を交わしながらも既に煙草を咥えていた
無表情で煙を吐く姿は、慎也の喫煙欲を刺激した

失礼しますと一言放つと、やがて慎也も紫煙を立ち込めた


「...慎也、珍しい煙草を吸ってるな」
「あ、これですか?...こないだ専門店で見つけて...良かったらどうですか?」
「あぁ、すまんな」


ソフトケースから伸びた1本を摘むと、輝元の手中に収まった
デザインや香りを確認すると、早くも短くなっていた煙草を捨て、それを咥える


「フゥ.....食後に良いミントだな。代わりになるか分からないが俺のをやろう」
「あっ、ありがとうございます...」


輝元は自らのボックスケースから1本慎也に手渡した
まだ煙を放出させているため、それは普段愛煙している煙草のケースにしまった

ほとなくして諸悪の根源の光明がリビングに降りてきた。約束通り休日を謳歌するために2人は街へと歩み出す




ーーー
ーー





「慎也、兄ちゃんとなんの話してたの!?」
「いや...特には.....煙草の話とか?」
「へぇー!そうえば吸ってたね!」
「あの斬新な灰皿って...輝元さんの趣味?」
「ううん!あれは俺が幼稚園の工作で作ったやつ!父ちゃんがタバコやめたから兄ちゃんが使ってるの!」
「物持ちすげぇな!?」



ーーー
ーー




「...お兄ちゃんおはよ〜」
「兄さんか兄貴と呼べ、さっさと食事を済ませろ。洗い物ができない」
「はぁ〜い」


慎也達が出かけてから数分後。
光明の姉である光美が目を覚ました

寝ぼけ眼のまま席につき、輝元の作った食事を待った
しかし、覚醒仕切っていない彼女でも異質な匂いには気がついたようだ

スンスンと鼻を小刻みに運動させると、ジト目で兄を睨みつける


「....お兄ちゃんタバコ吸った?」
「兄さんだ、慎也が来ていた。客人に遠慮させるわけには行かないだろ」
「ふぅ〜ん...」


光美の前にいくつかの皿が並べられた
だが彼女はそれらに目を向ける前に、兄である輝元に向かい、言い放った


「.....慎也から何mlの貰ったの?」
「...10mlだ」



ーーー
ーー





その数分後
光明と慎也はコンビニエンスストアの喫煙所にいた

喫煙者である慎也の望みだが、何故か疑問に満ちた表情を浮かべていた



「慎也どうしたの?」
「いや、輝元さんから煙草貰ったんだけど.....何で女性物の煙草吸ってるんだろって.....」
「姉ちゃんが家で吸うならそれにしろって煩いんだよ!」
「........」


まるでただの紙を口に挟んでいる気分だった
完全無欠の存在にも思えた光明の兄も、喫煙者として肩身の狭い思いをしているようだ

少しだけ親近感を覚え、意外な一面が見れたと消化し、同時に理解した


「.....たまには濃いの吸いたかったんだね」

ぶっちゃけどうですか?

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  • 読みたいけど無くなったら読まない
  • 普通
  • 無くてもいい
  • 読むのが億劫

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