遊戯王が当たり前?→ならプロデュエリストになる!   作:v!sion

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とある事を記念した番外編です。
慎也君達の日常に潜む災難を楽しんでもらてたら幸いです


外伝 【有り得なくも無い世界線】
EX Episode 01 Happy Number


 

AM 1:00

 

慎也Side

 

 

「慎也、大変だ!!」

 

「...灰田、こんな時間にどうしたの?」

 

 

玄関に誰かが手をかけた音がしたと思えば、すぐに外側に開かれ、夜景と一人の青年が姿を現した

 

時刻は深夜1時丁度。既に外はどっぷりと夜が更け、街頭が無ければ目の前も見えないほどに暗闇

 

慎也はこのような時刻に突然訪れた友人を攻めるわけでもなく、控えめに驚くに終わった

近隣に住まう人達への配慮も込め、灰田をリビングに招くと窓と扉をしめる

 

 

「で、こんな時間になんの用?」

 

「大変なんだよ!」

 

「だから何が大変なの?」

 

「宝くじが当たったんだ!」

 

「いくら?」

 

「100万円!!」

 

「マジで!?」

 

 

慎也から目的の反応を受けると、灰田は満足そうにポケットからグシャグシャの紙を取り出した。それを受け取り、丁寧に伸ばしてみると、確かに宝くじだった

 

だがここからが問題だ。

本当に100万円もの金額を手に入れたのか、普段から天然をかましている灰田では些か不安になる

 

慎也は考えられる可能性を一つずつ潰していくことにした

 

 

「まずは本当にナンバーがあってるか見せて」

 

「うん!これ今朝買ったやつ!」

 

 

百軒は一軒にしかず。灰田から色々と聞く前にまずは己の目で確かめようと慎也は右手を指し伸ばした。

灰田がその手に渡したものは朝刊だった。慎也も当選番号と新聞に記載されている数字を照会する

 

確かに100万円の当選番号と一致していた

だが同時に、そもそもの段階で誤りを発見した

 

 

「灰田、この新聞に乗ってる宝くじの当選番号、これとは別の宝くじだよ」

 

「うん?どういう事!?」

 

「だからお前が買った宝くじはデンジャラスジャンボなの!この新聞に乗ってるのはアルティメットエイトの当選番号なの!一致しても意味無いの!」

 

「あぁ〜そっか!」

 

 

特別落胆した様子は見せず、ニコニコと新聞や宝くじを背負ってきたリュックにしまい込んだ

 

夜分に突然押しかけられ、結果勘違いで終わりやるせない気持ちも滞る。

だがそれもいつもの灰田と言ってしまえば平常運転だった

 

 

「それにしてもなんで急に宝くじ?」

 

「なんだか当たる気がして!いろんな種類の一枚ずつ買ったんだ!」

 

「いや...一枚じゃあたらないでしょ?」

 

「うん!惜しいのも一枚あったんだけどね。外れちゃったやつはもう捨てちゃった!」

 

「そのクジも捨てちゃいな...ん?」

 

 

鍋に牛乳を注ぎ、コーヒーマシンをセットした所で慎也の意識を奪うような発言した。惜しいとはいったい何を指しているのか、場合によってはそれはとてつもない事なのではないかと

 

 

「惜しいって何が...?」

 

「数字!最後の1桁だけ違う数字だったんだ...」

 

「...何等の数字とズレてたの?」

 

「1等!いやぁ〜最後の1桁が6だったらねー!俺のは7だったから」

 

 

その瞬間、慎也の手元からコーヒーを入れるはずだったカップがこぼれ落ちた

 

重力に対抗することできないそれは、そのまま床のフローリングへと落ち身を砕く

破片の微かな感触をくるぶしで感じると、慎也は声を思い出した

 

 

「お前宝くじには前後賞ってのがあるんだよ!1等の前後賞なら相当貰えたはずだぞ!?このアホが!」

 

「わわ!?か、カップ割れてるけど...」

 

「うるさい!勘違い億万長者逃し!」

 

 

割れたカップを踏まないよう気を使いながら慎也は端末を手に取り台所からリビングまで来た。

怯えているようにも見える灰田を睨むと、詰問が始まる

 

 

「その惜しかったクジはどこの!?」

 

「え、駅前の...」

 

「違う!宝くじの名前!」

 

「ドリームエックス...」

 

「何組の何番!?」

 

「俺は6組の16番だったよ!」

 

「お前の出席番号じゃねぇ!宝くじの数字!!」

 

「ああ!えと100組の10067だったよ!ここにメモしてる!」

 

 

自信満々に灰田はリュックの中からクリアファイルを取り出した。大量のプリントが収められているそれから1枚のコピー用紙を慎也に手渡すと、そこには会社名と数字が汚い字でまとめられていた。

 

すかさず慎也は携帯をインターネットに繋ぎ、そのドリームエックスのホームページを探す

 

 

こと無く当選番号は見つかり、照合してみると1等は100組10066だった。

灰田は前後賞は獲得している事になる

 

 

「うわぁ...勿体ない...っていうレベルじゃねぇよ!」

 

「慎也、前後賞って何?」

 

「当選番号の最後の1桁が7の場合、7の前後の6と8でも当たったことになるの!額は下がっちゃうけど1等ならそれでも億は貰えるよ!」

 

「えぇっ!?」

 

「お前そのクジどこで捨てたの!?」

 

「リビングのゴミ箱!」

 

「...行こう、まだあるかもしれない!」

 

「うん!」

 

 

慎也は適当なコードを羽織ると、最低限の荷物だけを手に取った。夜分も遅いが慎也は灰田を連れ、気にせず闇夜に駆けて行った

 

 

...

 

その数分後、小さな鍋には今にも吹きこぼれそうな程に牛乳が暴れていた。コンロを汚す前に、シエンが気を利かせ火を止めると、鍋の中身も凪と化した

 

提供者を失ったコーヒーになるはずだったそれらと、1人の精霊だけが慎也宅のリビングに残っている

 

 

『...殿、お気を付けて』

 

 

 

ーーー

ーー

 

 

 

知樹Side

 

 

2人の青年が途方に暮れていた

1人は携帯と睨み合いながら唸り、1人はバイクにこしかけヘルメットを大事そうに抱えていた

 

金髪の青年が「知樹」と呼びかけると、その呼ばれた青年はバイクから降り、その金髪の青年の元へ歩む

 

 

「どうした颯人」

 

「道に迷っちまったぁ」

 

「無理も無い、普段あまり来ない場所だ。それに辺りも暗い。やはり日が登ってから出直した方がいいんじゃないか?」

 

「すまなぇな、それは出来ねぇ。颯希と約束しちまったからな」

 

 

蛭谷はそう言いながら知樹の端末に映る画面を見た。そこには先程から知樹が検索していたとある記事があった。

 

タイトルは「待望の最新作、"スカイビークル100"が数量限定で発売!」。最新作のゲームについての記事だ

 

一部のコアなファンから絶対の支持を得ており、いわゆるマニアが求める代物。それはあまりにも生産数が少なく、手に入れるためには発売日に開店前から店頭に並ぶ必要があるらしい

 

そしてそれを蛭谷の妹である颯希が心の底から求めている。兄としてその妹を夜分に送り出す事も許されず、代わりに自らが赴いているわけだ

 

しかし蛭谷自身も過去にそのような経験もなく、そもそもそれを販売するゲームショップの場所も知らない。友に助けを求めつつ、深夜のツーリングを兼ねて模索している最中だった。そして迷いの一言に落ち着いている

 

 

「悪ぃな知樹。お前は先帰っててくれ、送ってくぜ」

 

「何を言っているんだ、乗りかかった船だ。最後まで付き合おう」

 

「...本当に悪ぃな、じゃあ何か飲もうぜ。俺が出すからよ」

 

「そうか?なら温かいココアが欲しい所だな」

 

「そうだなぁ、流石に冷える」

 

 

現在規模の大きな公園にいる。自然豊かで道も整備されており、喫煙所も自動販売機もベンチも充実している

休憩には持ってこいの条件だった。

 

近くの自動販売機まで歩むと、ポケットをジャラジャラと鳴らした。財布からではなく、ポケットから直接小銭を取り出すと、100円玉や10円玉が入っていた

 

それだけ見れば知樹には何を買ったお釣りなのかすぐに分かったようだ

 

 

「なんだ颯人、煙草辞めたんじゃなかったのか?」

 

「いやよぉ、慎也から貰ったメンソールが意外と良くてよ。つい買っちまった」

 

「1年くらい禁煙していたか?...慎也の最高記録は100時間だから随分長く感じるな」

 

「100時間って...約4日でいいじゃねえか。ほらよ」

 

「あぁ、ありがとう」

 

 

先に知樹の分を手渡すと、1度放出されるお釣りをもう1度投入した。蛭谷自信が求めるドリンクを選択すると、通常通り手にする事は出来た

 

再び放出された10円玉をポケットに詰めようとすると、知樹に後ろから窘められた

 

 

「颯人、癖になってるぞ。ちゃんと財布に仕舞え」

 

「おぉ、そうだなぁ」

 

 

言われて財布を取り出すと、チャック部分を開いた。もう1度ポケットに手を入れ、小銭を取り出そうとすると、財布から何かの紙がこぼれ落ちた

 

小銭が財布の奥へと飲み込まれるとほぼ同時の出来事。見えてはいたが手が間に合うことはなかった

 

 

「ん?颯人、なにか落ちてるぞ」

 

「あぁこれか」

 

 

小さく折り畳んだ薄黄色の紙がひらひらと宙をまっている。ゆっくりとそれが落ちていく様を見届け、地に落ちた所を拾おうと蛭谷は屈みこんだ

 

しかし、蛭谷は排水路の上に立っていた。その紙は足元で留まらず、排水路を塞ぐ編み状の蓋の中へと忍び込んでしまった

 

手が届かない位置に行ってしまった

 

 

「うおっ!?やべぇ、まだ払ってねぇんだ!」

 

「払ってない?携帯代かなにかか?」

 

「いや...多分バイクの自賠責保険だぁ...」

 

「自賠責か...再発行は出来ないのか?」

 

「多分できると思うけどよぉ、相当めんどくせぇぜ。それに個人情報も乗ってるからよ...」

 

 

蛭谷は腕まくりをし、その蓋を掴み、外そうと試みた。だが、長い間誰も開いた形跡がなく、力いっばい引っ張ったが、上に乗ったホコリやゴミが微かに揺れる程度だった

 

試しに知樹も外そうとしたが、青年らの力でどうにかなりそうには無かった

 

 

「...駄目だ、外れない。早乙女先輩が入れば百人力なのだがな...」

 

「確かにあの人なら空けられそうだなぁ...」

 

 

 

ーーー

ーー

 

 

 

詩織Side

 

 

夜道を3人の若い女性が歩いていた

1人は携帯電話を耳にあて、1人はもう1人の女性を力いっぱい抱きしめている。最後の1人は抵抗も叶わず、窮屈そうに肩を狭めている。

 

共通点と言えば全員が頬を赤らめていることぐらいか

 

 

「...駄目ね、タクシー捕まらないわ」

 

「そ、そうですか...あの、皆木さんいい加減に離して頂けませんか...?」

 

「麗華ちゃぁあん...本当に可愛いれふね!」

 

「麗華、もう少し詩織の相手してて頂戴」

 

 

黒川に生贄を命じられた西条は絶望の表情を作った。呂律の回っていない詩織はそれでもしつこく西条にまとわりつき、一方的に愛でていた

 

どうやら女性3人何件も店を周り、充分にアルコールを摂取していたようだ。詩織以外は気持ちがいい程度で収まっているが、酒に弱い詩織はすでに溺れている

 

時刻も午前1時と遅い

終電も無いためタクシーを用いるか、朝までどこかに身を預けるか悩んでいるようだが、前者には望めない事が分かったところだ

 

 

「えへへへ....」

 

「いあっ!痛っ...皆木さん力強すぎますって!」

 

「ご愁傷様ね」

 

 

黒川は相変わらず携帯をいじっていた。その画面には近くの24時間営業の店が数々載っていたが、この付近とは言い難い距離にあった

 

いずれも隣の駅までは歩かなければならない

 

 

「仕方ないわね、カラオケとか探しましょ。詩織、歩くわよ?」

 

「ふえぇ?はぁい...」

 

 

やっと詩織が離れると、西条は両肩を回してみた。幸いどこか痛めていることは無かった。軽くマッサージしておき、立ち上がると目的地を確認した

 

 

「黒川さん、どこを目指しますの?」

 

「八皇地駅がいいんじゃないかしら。最悪詩織だけでも村上君の家に置いて行きましょ」

 

「は、はい」

 

「えへへへへ...」

 

 

ベンチに置いていた荷物を手に取り、いよいよ歩きだそうとした。黒川に急かされ何とか歩こうとはするものの、詩織はなかなか動ける様子では無かった。程なくしてそれに見切れをつけると、黒川は慣れた動作で詩織を背負った

 

 

「黒川さん...随分手慣れてますけど前にもこんな事が...?」

 

「あら、詩織と飲みに行ったら百発百中でこうなるわよ」

 

「えへへぇ...気持ちいいれふねぇ...」

 

「さ、行きましょ。八皇地駅まで100kmはあるわよ」

 

「先は長いですね」

 

 

 

ーーー

ーー

 

 

 

 

輝元Side

 

 

 

深夜の灰田家、長女の光美は寝静まり、次男の光明は外出していた。長男の輝元はキッチンの換気扇の下を陣取り、シンクの水滴を眺めながら煙を吐いた

 

利き手には次男の名前が書かれた1枚の紙があり、輝元はそれを睨んでいる。多くの数字や文字が書かれているそれは光明が前に受けたテストの結果だった

 

 

その音が一切無い空間を切り裂くように、来客を告げるインターホンのチャイムが鳴り響いた。

 

輝元は直ぐに煙草を捨てると、受話器を耳に当てることなく外し、音を止めた。誰かは分かっていた。大股で玄関まで歩むと、静かにドアを開いた

 

案の定彼の愚弟がそこにはいた

 

 

「おい光明...光美が寝ている。鍵ぐらい持っていけ」

 

「ごめん兄ちゃん!」

 

「兄貴か兄さんだ。...何だ、慎也もいたのか?」

 

「や、夜分遅くにすみません...実は」

 

 

慎也は言い訳をするように光明の愚行を語った

慎也の話に眉一つ動かさなかったが、一通りを聞き終えると短く「なるほどな」と言い放った

 

慎也が黙ると、輝元の視線は彼の愚弟に向いた

 

その目の前に自身が持っていた紙を突きつけると、別の質問に移った

 

 

「それはいいが光明。これは何だ?」

 

「あ、こないだのテスト!」

 

「そうだ、この点数は何だ?」

 

「え?100点って凄くない!?」

 

「100点満点ならな、これは何のテストだ?」

 

「えーと...とーいっくだっけ?」

 

「990点満点だ、低すぎる。外国語学科でこの点数は致命的だぞ。慎也からも何か言ってやれ」

 

「えっ...あ、アホ...ですね」

 

 

その後も輝元の小言は続いた

二十歳を越えようと、兄は大きな存在であると再確認させられ、同時に恐怖に近い感情を植え付けられた

 

いよいよ慎也までも恐怖に近いそれを覚えるかという時、輝元によってテストの話から本題に戻された

 

 

「それで、宝くじの話だったな。まぁ上がれ、まだゴミ箱にあるだろう」

 

「いや、こんな時間に...」

 

「若人が遠慮するな。それに家の愚弟が既に邪魔してるしな」

 

「慎也!入れよ!」

 

「お、お邪魔します...」

 

 

 

何度も招かれた灰田家の廊下を3人で進んでいった

いつもと違う点といえば、どこかで煙草の臭いがする所。リビングにたどり着くと、灰皿から煙が出ており、それが原因だとすぐに分かった

 

輝元は真っ直ぐ台所に進むと、コップに水を汲み、その煙の鎮火に使用した

慎也達が何も言わないでいると、輝元はさらに換気扇の設定を強くする。そして振り返り自傷気味に呟いた

 

 

「やはり百均のは駄目だな」

 

「あれ、灰皿違いません?」

 

「...いつもの灰皿にこれの吸殻が入っていたらおかしいだろ?」

 

 

そう言って提示してきた物は煙草だった。灰田家では長女の光美が紫煙の臭いを嫌うため、唯一の喫煙者である輝元はタール数の少ない女性用の煙草のみしか自宅で味わえなかった

 

だが輝元の手にある煙草は自宅用のそれでは無かった

光美に見つかる事を恐れ、夜中に別の灰皿でコソコソと濃い煙草を味わっていたようだ。よく見れば近くに消臭スプレーも存在している

 

 

「そうですか...」

 

「...あっ!慎也、あったよ!」

 

「光明、少し声を落とせ」

 

 

光明が嬉嬉として何かを持ち上げていた

それはクシャクシャに丸められた紙のようなもの

 

それを受け取った慎也がそれを器用に広げると、確かに宝くじだった。当初の目的である照会をいち早く済ますため、早速例のサイトを開く...

 

 

「...」

 

「慎也!何億当たってた!?」

 

「ほう?そんなに高額なのか」

 

 

灰田兄弟から期待の視線を受けているが、慎也は完全に停止仕切っていた

 

当選にも落選にも見える反応だが、慎也は答える代わりに新たに催促をする。再確認のためか、依然どちらにも取れる反応だ

 

 

「...ねぇ、さっきのメモ用紙見せて」

 

「うん?これ!?」

 

 

再び汚い字で埋め尽くされた紙が現れた

そこには前後賞の可能性を示唆した数字があり、慎也はそれを指差し問うた

 

少し前に見たばかりのその数字は、なんの変化もしていないはずだったのだが

 

 

「...これなんて書いてあるの?」

 

「100組の10067でしょ?」

 

「.....じゃあこれに書いてあるのは?」

 

 

次に慎也が指さした物は宝くじの現物だった。通常ならそこにも同じ数字が書いてあるはずだ。メモなのだからそれは当たり前のはずなのだが

 

 

「...あれ?100組の70061??」

 

「お前の字が汚すぎて7と1が区別つかねぇんだよ!なんで自分でも読めねぇんだよ、このアホ!」

 

 

完全に慎也は荒れていた

時刻はもうすぐ2時になる

 

光明の勘違いや天然に振り回され、等々怒りすら覚えた

思いつく限りの罵倒を浴びせるが、兄である輝元はしげしげと見つめていた

 

しかし、輝元が見ていたものは愚弟が説教される様ではなく、慎也の端末の画面と光明の購入した宝くじだった

 

 

「おい、このくじ当選はしているぞ」

 

「...え?本当ですか?」

「マジで!?」

 

「あぁ、1等ではないがな」

 

 

光明と慎也は再び当選番号を照会する。

先程まで見ていたページとは離れており、輝元の整った爪先を追っても簡単なことではない

 

やがて数字の羅列を見つけると、輝元の言わんとしていることを理解した

 

 

 

「こ...これは!?」

 

 

 

ーーー

ーー

 

 

 

知樹Side

 

 

「...っつ!やっぱり開かねぇな...」

 

 

 

蛭谷はあれからも落ちてしまった紙の救出を続けていた

しかしそれも虚しく、一向に蓋は空く気配を見せない

 

膝を伸ばし、付着したホコリを払うと腰を伸ばした。かれこれ数十分間も格闘し、そろそろ疲れが見え始めている。もう1度しゃがみ蓋を掴んだ時、知樹が何かを手にしながら現れた

 

 

「颯人、どいてくれ」

 

「お?なんだそれ」

 

「ただの木の枝だ。こいつでどうにか掴めないかと思ってな」

 

「いい枝じゃねぇか」

 

 

細く、長い木の枝を知樹は持っていた。蓋の網目に充分侵入できる細さであり、落ちた紙の救出も挑めそうだ

 

 

「しっかし都合よく落ちてたもんだなぁ?」

 

「あっちに100本くらい集められていた。掃除したのかもしれない。後で戻しておこう」

 

 

 

トングのように、知樹は2つの枝を器用に用い出した。ゆっくりと排水溝の中へ差し込むが、時刻も遅い。暗闇の中での作業は難航だった

 

明かりが欲しいと思った瞬間、後ろから強い光で照らされた。あまりにも大きすぎるそれを背中で受け、知樹は振り返った。そこには勿論蛭谷もいたが、さらに奥にもう一人だれかがいるようだ

 

 

「君達、ここで何してるの?」

 

「あぁ?...あぁ、いやそこに大事な紙落としちまって...」

 

「...まぁこんな時間にこんな事してたら怪しいよな」

 

 

制服を纏った警官がいた

片手には懐中電灯が握られており、それに知樹達は照らされていた。夜中の公園で静かにはしていたものの、傍から見れば二人の青年の行動は怪しい

 

警官も辺りを照らして見ると、蛭谷の行った事を理解できた。ライトを照らしたまま、彼らに近寄ると語りかける

 

 

「成程ね、でもそれくらいだったら開けてもいいんじゃない?」

 

「それが...固すぎて空けられないんです」

 

「どれ、僕も手伝おうか」

 

 

警官はライトを近くにいた蛭谷に手渡すと、制服の裾をまくって見せた。ウォーミングアップのように、関節を鳴らし、腕を回すと例の蓋までやってきた

 

知樹がどいた事を見届けると、それを掴む。

すると、驚く程に簡単にそれが音をたてて外れた

 

 

「うおっ、すげぇ!」

 

「俺たちがあんなに苦戦したというのにな...」

 

「はは、僕は学生時代ラグビーをやっていたからね。現役では百戦錬磨だったんだよ。はい」

 

「あ、ありがとうございますっ」

 

 

手や膝に付着した埃を払うと、救出した紙とライトを交換した。ライトを受け取ると、乗ってきたであろうバイクに跨り、最後に知樹らを一瞥した

 

 

「まぁ、時刻も遅いし、早めに帰るんだよ」

 

「うす。あっ、すみません。道も聞いていいっすか?」

 

「うん?これからどこか行くのかい?」

 

「はい、実はこの店に行きたいんですが...」

 

 

知樹が自らの携帯を見せると、警官もそれを覗き込んだ。程なくして合点がつくと、親切かつ丁寧に道を教えてくれた

 

 

「でも携帯で調べられるなら紙は必要無かったんじゃない?」

 

「...え?なんと事っすか?」

 

「ほら、さっきひろった紙」

 

 

警官に指さされた物は、蛭谷が手にしていた薄黄色い紙。必死に求めたそれが、なぜゲームショップと関係しているのか疑問だが、よく見ればすぐに分かった

 

 

「.....おい颯人、その紙よく見てみろ」

 

「...マジかよ」

 

 

彼らの視界には、信じられないものが映っていた。それは何の変哲もないただの紙のはずだった

 

 

 

 

ーーー

ーー

 

 

 

詩織Side

 

 

 

「参ったわね...」

 

「皆さん考える事は同じようですね。どこも満席ですわ」

 

「えへへぇ...」

 

 

黒川達は目的通り、八皇地駅までたどり着いていた。しかし、入れる店は見つからず、止めに漫画喫茶等も期待出来なかった。

 

最悪の手段として慎也に連絡を取ってみたが、寝ているのか返信も来ない

 

いきなり自宅に行くことも可能だったが、時刻がそれを躊躇わせている。

始発まで駅で待機も考えたが、詩織の事を考えるとそれも難しい

 

 

「仕方ないわね、歩いて各々帰るしかないわね」

 

「ですが皆木さんは?」

 

「家は知ってるから私が送っていくわ」

 

「大変ですね...私も手伝います」

 

「あら、ありがとう。じゃあみんなで行きましょうか」

 

 

再び歩きだそうとする黒川。西条はそれを背後から止めると、ある案を提案した

 

 

「黒川さん、お疲れでしょうし変わりますわよ」

 

「でも詩織はそこまで重くないし、大丈夫よ?」

 

「重くないと言っても結構歩いてますし、私も手伝います」

 

「あら...じゃあお言葉に甘えて」

 

 

慎重に詩織を降そうと黒川はしゃがむが、その肝心の詩織が突然動きだした。寝ているのものだと思っていた西条と黒川は驚きを隠さず、同時に詩織に視線を向けた

 

 

「し、詩織...?」

 

「皆木さん?」

 

「う...うぅん...」

 

 

もぞもぞと黒川の背の中でしばらく動きを見せたが、呼びかけに遅れ、突然大声を発した

 

 

「村上さんそれは!?」

 

「び、びっくりしたぁ...」

 

「...おはよう、詩織」

 

「あ、あれ?あ、おはようございます」

 

 

静かな夜道に詩織の奇声はよく響いた

西条は瞳に僅かな涙を浮かべ、耳を抑え

黒川は呆れた様子で詩織に語りかけた

 

大方アルコールが抜けた様子の詩織は、黒川に降ろされると自分の足で立った

 

 

「あれ...どこですかここ?」

 

「村上君の家の近くよ」

 

「む、村上さんいるんですか!?」

 

「居ないですよ...終電逃して途方に暮れている所です」

 

 

記憶が一歩遅れている詩織に、これまでの事を一通り話した。

案の定彼女は殆どの事を覚えておらず、話の最中頻繁に謝罪を挟んだ

 

時刻はもうすぐ2時になる。いよいよ歩き出さなければいけない

 

 

「...やっぱり心配だから送っていくわ。呑ませたのも私だしね」

 

「すみません...あ、じゃあ泊まってて下さい!麗華ちゃんにも悪いことしたので...」

 

「こんな時間にいきなりお邪魔できないわよ」

 

「大丈夫です!両親は今居なくて、詩隈も部活の合宿で開けているんですよ!」

 

「詩隈...ってどなたですか?」

 

「あ、弟です!」

 

「うーん...正直助かるけどいいのかしら?」

 

「遠慮しないで下さい、ここからでしたら家が1番近いですし!」

 

 

しばらく話し合いが続いたが、結局皆木家にお邪魔する事に行き着いた。決まってしまえば次の行動も容易く導かれ、コンビニで物資の調達も行うことになった

 

だが、ここでイレギュラーが発生した

今までの決めたこと全てを根本から覆すよなものだ

 

 

「あっ...」

 

「どうしたの詩織?」

 

「...家の鍵がありません......」

 

「お、落としたってことですか?」

 

「あれだけ酔ってたからね...」

 

「す、すみません!」

 

 

スカートのポケットの中や、鞄、財布と様々な箇所を探したが見つからなかった。

 

 

「詩織、鍵はいつまでは持ってたの?」

 

「えっと...出かける前家の鍵を閉めて...最初のお店に行く時に定期と一緒にポケットに閉まったのは覚えているんですけど...」

 

 

ポケットに手を忍ばれると、確かに定期入れは存在していた。だが、定期入れ以外に物はない。

 

黒川におぶられていた時に落としてしまったのだろうか

 

 

「仕方ないわね、戻って探しましょ。どんな鍵?」

 

「すみません...えっと、百合のキーホルダーを付けてました」

 

「百合ですか」

 

 

少女達は今来た道を戻ることになった

結構な距離を歩いてきたため、早急の発見が望ましいが辺りは暗い。

 

力無く歩き始めるが、先は長そうだ

 

 

 

ーーー

ーー

 

 

 

慎也Side

 

 

ここでも夜道を闊歩する二人の若者がいた

一人は気だるそうに缶コーヒーを傾け、一人は元気そうにクシャクシャの紙を握っていた

 

前者は慎也、後者は灰田だった。あれから宝くじの照会を終えると、灰田家を後にしていたらしい

 

 

「...」

 

「いやぁ、ごめんね慎也!」

 

「別にいいよ、ただもう帰って寝る気にはならないね...」

 

「あ、じゃあカラオケとか行っちゃう!?」

 

「じゃあ、その宝くじで奢ってよ」

 

 

皮肉めいた笑いで灰田の持つ宝くじを見据えた。散々当選を示唆されていたそれは、結局の所当選はしていた。

 

しかし、1等でも前後賞でも無かった

 

 

「100円じゃ入れないね!」

 

「そうだねー」

 

 

1等の前後賞だと思われていたそれは、最も額の低い番号と一致していた。夜分遅くに100万と告げられたそれは、結果100円まで下がった

 

呆れつつも、灰田らしいと言えばそうなのかもしれない。そう考えると慎也は何故か可笑しくなり、一人笑っていた

 

それに反応したのか、灰田本人も楽しそうに語り出した

 

 

「100円じゃあ、うま〇棒10本しか買えないね!」

 

「ウエハースは2枚くらい買えるんじゃない?」

 

「ガリガ〇君は1本だけだね!」

 

「コンビニのテーブルコーヒーも一杯は飲めるね」

 

「ブラッ〇サンダーは4枚行けるかな?」

 

「お前伏字多すぎるだろ」

 

 

どこに行くわけでもなく、二人は歩き続けていた

他愛の無い話も尽きる様子が無く、何となく足を動かしていた

 

すると、少し先に人影が見えた

こんな時間に誰かいるとは思っていなかったため、反射的に意識してそちらを見た

 

進行方向にいたその影は、慎也たちが近づくにつれハッキリと姿が見えてきた

 

どうやら女性のようだ

それも3人ほどいる

 

 

「慎也、あれ皆木達じゃね?」

 

「うん?...あれ、本当だ」

 

 

その声に気づいたのか、あちらの集団もこちらに視線を向けた。慎也が詩織達だと確信するとしないかという瞬間。既に詩織がすぐそこまで走ってやってきた

 

少し覚束無い不安な足取りだがいいタイムはたたき出しそうだ

 

 

「村上さん!こんな時間でもお会いできるなんて!」

 

「あ、うん。こんばんわ」

 

「こんばんわ!」

 

 

少し遅れて黒川達もやってきた

慎也にべったりの詩織を制すと、黒川が慎也と対峙した。少し前に送ったメッセージの件も含め、これまでの事を話し合った

 

慎也は灰田に振り回されていた事。黒川達がひたすら歩いていた事。そして現在失くした鍵を捜索中だと言うこと。一通り理解した慎也は、妥協案を提示した

 

 

「もう暗いし...探すのは難しいんじゃない?」

 

「やっぱりそうですかね...」

 

「うん...家来る?大したおもてなしは出来ないけど」

 

「ぜっ...?」

 

詩織が目を輝かせ、何かを発しようとした瞬間。遠くの方からエンジン音が聞こえた

 

徐々に近づいてくるそれにその場にいた全員が注意を向けると、詩織は発言のタイミングを逃してしまった

 

 

 

ーーー

ーー

 

 

知樹Side

 

 

 

「....いやぁ、本当にすまねぇ...」

 

「いや、気にするな」

 

 

そう言うと知樹は冷めてしまったココアを流し込んだ。

力強い警官の助けを経て手にした紙は、蛭谷が自賠責保険の振込用紙だと思っていたものでは無かった

 

折り畳められたそれを広げると、丸い字で何かをメモしたものだった

 

そこには日付とゲームショップの名前。そして”スカイビークル100”とだけ書かれていた

 

 

「で、自賠責保険の奴はあったのか?」

 

「あ、あぁ...ちゃんと財布に入ってたぜ...」

 

 

清々しい程の虚無感を覚え、逃げるように蛭谷も今コーヒーを傾けた。彼の妹からのメモは大事なのだが、あそこまで奮闘するほどのものかどうかは怪しい

 

先ほど警官が言っていたように、必要な情報は携帯で調べることが出来る。だが、結果的にこのメモのお陰で気づいた事があった

 

 

「しかも今日発売じゃねぇのかぁ...」

 

「日付が変わる事を計算に入れていなかったな」

 

「無駄足だったな...」

 

「あぁ、まぁ折角だ、日の出でも見に行こう」

 

「...そうだなぁ」

 

 

ヘルメットを手渡されると、知樹は黙ってそれを身につけた。蛭谷も同じようにフルフェイスを被ると、控えめにエンジンを掛け、バイクを走らせた

 

知樹の言う通り、もう少しすれば日が昇る時間だった。なるべく住宅地を避け、高台の方へと走った

 

 

 

暫く何事も無く走ったが、運転中の蛭谷の肩が叩かれた。無論後ろに位置する知樹なのだが、どういう意味なのかは分からなかった。

 

だが、後ろから知樹の腕が伸び、その指があるものを指していることに気がついた。蛭谷もそれを一瞥すると、ゆっくりとそちらに進行方向を変える

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

蛭谷のバイクは、夜道に集う若者の集団の前で止まった。エンジンを止め、ヘルメットを外すと見覚えのあるメンバーが集まっていた

 

 

「あれ、蛭谷じゃん!なにしてんの!?」

 

「よう光明、あれだぁ...ツーリングだ。なぁ知樹?」

 

「あぁ、最高に硬い蓋だったな」

 

 

知樹の発言にほぼ全員が首を傾げる

蛭谷が気まずそうに間を取り持つと、これから慎也宅に行く話に戻った

 

この場にいる全員が目的を失っていたため、断る理由も無い。みんなで仲良く路地を歩き、慎也宅を目指した

 

 

「ねぇ!皆で決闘(デュエル)しようよ!」

 

「時間も遅いしテーブルデュエルだね、やろうか」

 

「いいですね!私も丁度[ファーニマル・ウィング]でドローしたい気分だったんです!」

 

「なら私は[クリバンデット]で墓地に武神を貯めるわ」

 

「私も[マドルチェ・エンジェリー]で展開しておきますわ」

 

「じゃあ俺は[エクリプス・ワイバーン]でドラゴンサーチする!」

 

「展開しても[SR(スピ-ドロイド)メンコート]で攻撃を止めちゃうよ」

 

「なら俺は[BF(ブラック・フェザ-)蒼天のジェット]で戦闘破壊から守ろうか」

 

「[エーリアン・サイコ]が居れば攻撃すら許さねぇぜ?」

 

 

他愛は無い

だが楽しそうに青年らは語り歩いていた

しかし、詩織だけ何かに驚く素振りを見せた

 

 

 

「あら、詩織どうかしたの?」

 

「...鍵、ありました」

 

 

そう言って取り出した物は定期入れだった

問題はその定期が仕舞われている隙間に光る、金属のようなもの。よく見ると、定期入れの間に探していた鍵が挟まっていた

 

 

「その...すみません...」

 

「見付かったなら良かったじゃない」

 

「そうですよ」

 

 

誰も詩織を攻める者はいなかった

捜し物が見つかった所で、再び新たな目的地へと歩み始める

 

 

そんな彼らを後押しするかのように、天に日が昇り始め、夜の終わりが示唆され出した。控えめな朝日は、青年達の行く道をてらし、青年らはその道を歩き続けた

 

 

光指す道をただ歩いていった

 

 




以上、お気に入り登録者100人突破の記念話でした!
皆様本当にありがとうございます!これからもまったりと頑張って続けていこうと思います!

以上、慎也君たちのΨ難回でした!
これからもよろしくお願いします!!

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