遊戯王が当たり前?→ならプロデュエリストになる!   作:v!sion

132 / 136
第百二十五話 Guilty Okina

2011年1月1日

 

月下にも正月のような行事があった

日本から移動した人間が多い中ため、この行事の存在はやはり大きい

主に休みの調整としてS・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)は採用したが、案の定と言うべきか全国民が休めるわけではない

 

ここにも1人

職場まで赴く必要は無くなったが、結局自室で辞書を片手に書類の翻訳作業に勤しむ老人がいた

 

 

「...ふぅ」

 

 

別に強要されているわけではない

唯正月期間を全て休んでいたら復帰後間に合う見込みが無いと判断した上での作業だ

 

仕事量が多すぎるわけでも、彼の仕事が遅いわけでもなかった

 

ただ不慣れな翻訳に苦戦しているだけだ

 

 

劍重(けんじゅう)さん!」

 

 

誰かを呼ぶ声が扉を経て老人の耳に届いた

聞き間違えるはずもない自分自身の名前だ

日本人が多い月下において似たような名前など到底いないはずの名前だ

 

劍重は作業の手を止め来客を招くべく歩を進めると、直ぐにその声の主と対面した

会うのに何にも煩わしくもない若い青年だ

 

 

「こんにちわ!」

 

「えぇ、こんにちわ(おき)君」

 

「だから下の名前で呼んでってば!」

 

「おっと、そうでしたね、波人(なみと)君」

 

「そうそう!」

 

 

日本の知識が浅く、月下に馴染めていなかった劍重を波人が手を差し伸べたのがきっかけだっただろうか

具体的な会話も思い出せないような記憶だが、彼らが親密な関係に至るまでにそこまで時間はかからなかった

 

そして何より波人は人懐っこい性格だった

本人曰くおじいちゃんっ子だと言うらしく、その若さで何故か月下で1人暮しをしている彼が劍重の元を尋ねるのに最早他に理由はいらないだろう

 

 

「...あ、お仕事中でしたか。僕出直しますね?」

 

「構いませんよ、偶然一息つこうとしていた所でしたので」

「じゃあ僕コーヒーでも入れますよ!」

 

 

波人は通い慣れているからか劍重家の物の配置を網羅していた。慣れた手つきで二人分の黒い液体を用意すると、1つは白く濁らせ、1つには粉末だけを注いだ

 

味の好みもわざわざ聞く必要も無いのだ

 

 

「どうもありがとう」

 

「いいえ、所で今回はどんな内容なんです?」

 

「いつものです。中国人向けの日本語ラーニングというものですね」

 

「大変?」

 

「まだ慣れませんね」

 

 

劍重は彼にとって少し甘いコーヒーを口に注ぐと、正直な本音を語った

母国を去った息子を探しに日本にきた劍重は日常会話程度なら日本語を使用する事が出来る

元々勤勉体質だったのだろうか、過酷ではあったが想像よりも早くものにしていた

 

それが気が付けば中国人に日本語を教える立場に置かれている。学ぶのは可能でも教えるのは得意でないのか彼は不慣れを隠さなかった

 

不思議だった

あまり自身の事を話すタイプでもない劍重も、彼の前では自然と口が動いてしまう

 

 

「...波人君は彼に似ている」

 

「え?誰にですか?」

 

「あ、いえ...なんでもありません」

 

 

息子だ

己の興味を抑えること無く、常に前向きで明るかった劍重の実の息子

 

実際に似ているかどうかは彼にも分からない。だからこそ言葉を濁したのだ

似ていると思いたかったのかもしれない

もう会うことは無いであろう息子と波人を無意識に重ねてしまうのはどちらに失礼だろうか

 

 

 

 

ーーー

ーー

 

 

2011年5月1日

 

劍重に普段とは異なる業務が命じられた

LL∵Huna=E-t0S0n(ルナイトサン)

S・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)と同伴し、得意の言語力を活かしてもらうと随分大雑把な内容を先週に聞いていた

 

どうやらLL∵Huna=E-t0S0n(ルナイトサン)には日本語では無い言語を使用する人物がいるとの事

友好関係の第一段階として人材と労力の派遣を決意し、劍重のような人間に白羽の矢が立てたと言うわけだ

 

 

「みてよ!劍重さん!」

 

「これは...っ」

 

 

とある休日

いつものように少し好みと合わないコーヒーを飲みながら波人は1枚の紙を取り出した

すると劍重は波人が見せつけたそれに目を奪われる

自分が受け取ったものと同じ書類、言語面での補佐、いわゆる通訳者としての就労辞令書だった

 

異なるのは言語

波人はその若さで英語に優れていたらしい

 

 

「知らなかったですね、達者だとは」

 

「こう見えて努力家だからね、頑張れば日常会話まではできるよ!」

 

「素晴らしい事です。一緒に働けますね」

 

「うん!」

 

 

劍重としても心強い

友好的とはいえ月下を背負ってLL∵Huna=E-t0S0n(ルナイトサン)に赴くのに少しだけ恐怖があった

あちらの人間ではどこの言語かすらも分からないそれを自分が通訳できるのだろうか、貢献になるのだろうかと不安と言うべき感情が未だにある

 

それでも波人も共に行くのなら頑張れる気がした

出発三日前にしての朗報と言えるだろう

 

 

 

 

ーーー

ーー

 

 

 

2011年5月3日午後20時42分

 

本来であれば劍重はS・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)の用意した車両でLL∵Huna=E-t0S0n(ルナイトサン)に向かっているはずだった

しかしその翻訳者達を乗せたトラックに劍重だけがいない

 

それは当日起きた別件のトラブルが関係している

 

 

黒孫子(ヘイハイツ)が暴れている」

 

 

身支度を済ませ、日中の疲れにため息をついていた所に飛び込んだ通達は劍重にしかおおよそ対応出来ないものだった

何故か本部との連絡がつかないとの事を事務職の男性が直接劍重に連絡を寄越してきた

 

中国の黒孫子が月下で問題を起こすケースは希にあった。言語か文化かの違いからか、その度に母国語を経てケアしていたのだが、今回はタイミングが非常に悪い

 

LL∵Huna=E-t0S0n(ルナイトサン)への出発は彼のみ遅れる事にさっさと取り決めると、彼は夜道へ向かった

問題の黒孫子が居る場所へは少し距離があった

急ぎ足で老体に鞭をうつが、それは直ぐに必要なくなった

 

劍重がLL∵Huna=E-t0S0n(ルナイトサン)襲撃の被害にあったのは、この瞬間だったのだ

 

 

「おい、そこの爺さん」

 

「申し訳ありません、急いで...ぐっ!」

 

 

初めて味わう感触だった

木材よりも硬いが、金属のようには感じられない

そんな何かが劍重の左こめかみよりも少し下に叩き込まれた

直ぐに痛みが走る

打たれた箇所に、瞼に、瞳に、脳内に味わった事のない衝撃が乱れ回った

 

 

「手が早いやつだな」

 

「そう言うなよ、特攻隊の特権だぜっ!」

 

「ぐぅっ!?」

 

 

不意に目に入ったのは漆黒のロングコート姿の男。左手にはこれまた漆黒の棒状の何かを握っており、劍重を殴った張本人だと分かる

 

傍には同じ服装のもう1人

その暴行を止める訳もなくただ眺めるだけ。そのせいで劍重はもう一度重い一撃を味わう羽目になった

 

ドロっとした血液が流れるのが分かる。左目が開かないのはそれが眼に侵入しただけだと信じたい

 

 

「...ん、おい待てその爺さん」

 

「あ?」

 

「ホンヤクシャじゃないか?...やはりそうだ、おいやめろ」

 

 

3度目の殴打が来ると身構えた時、もう1人の男が漸く制止した

ホンヤクシャ

確かに男はそう放った。確かに劍重は月下で翻訳者としてまかり通っているが、それと何が関係しているのだろうか

 

その時までは理解できなかった

 

 

「チッ...つまんねぇな...爺さん命拾いしたな、来い」

 

「な...何を...」

 

 

最早意識も朦朧としていた

立ち上がるのも難しく、男達の手を借りなければ移動も出来ない

 

気だるそうに引っ張られた

最後の記憶は口々に文句を垂れながら劍重をどこかへ引きずる二人の男の背中だった

 

 

 

 

ーーー

ーー

 

 

 

劍重が次に目覚めた時、彼の左目は視力を失っていた

そして彼はLL∵Huna=E-t0S0n(ルナイトサン)の何処かに居た

 

 

「今日から貴様はLL∵Huna=E-t0S0n(ルナイトサン)専属のホンヤクシャとなった」

 

 

LL∵Huna=E-t0S0n(ルナイトサン)でまともに会話になったのはこれだけだった

何が何だか分からないでいた劍重に唯一許されたのは就労。月下での仕事と似たようなものだが、扱いが全くと言っていいほどに異なっていた

 

まるで奴隷

勤務時間は倍に、食事量は分かりやすく半分となった

休憩時間等あるはずもなく、一息つけば体中に痛みが走る事となってしまう

 

 

 

 

ーーー

ーー

 

 

2012年8月9日

劍重がLL∵Huna=E-t0S0n(ルナイトサン)に拉致されてから凡そ1年が経過していた

最早逆らう気力も無く、何のために生きているかも分からず厳しい余生を過してきた彼にも変化が現れ始めた

 

それは信用

彼の仕事振りがいいからか、安らかな自由が与えられるようになっていた

 

 

「”オキナ”、明日は来なくていい」

 

「.....かしこまりました。ありがとうございます...」

 

 

失ったものの方が明らかに多い

左目、自由、名前

そして友人だ。あれからまるっきり波人の顔を見ていなかった。同じく言語力を買われLL∵Huna=E-t0S0n(ルナイトサン)に居るはずなのだが、奇妙な程に出会わない

 

初めは不安だった

彼は無事だろうか、自分と同じ目にあっているのだろうか

だがそれも気が付けば薄れていた

僅かな休日を泥のように眠って過ごせば忘れてしまう程にだ

 

 

「...疲れました」

 

 

狭苦しい自室で1人呟く

漸く手にした休みだが、次の日は朝早くから月下に向かわなければならなかった

 

月下の物資運搬や、オキナでしかコミュニケーションの取れない人間の操作

翻訳者の仕事とは到底かけ離れた激務だが、少しでもこの地から離れられると思うと苦ではなかった

 

 

 

 

ーーー

ーー

 

 

 

「请放开吧!」

「现在讨厌了!」

「读起来挺顺溜的,怎么读呢!」

 

「うるさい!早く乗れ!」

 

 

月下にまだ残っていた日本語を使用できない元中国人達。何故今になっても話せないのかと言えばオキナの教育が半端なままで終わってしまっているからだ

 

LL∵Huna=E-t0S0n(ルナイトサン)奇襲後は言語の関係ない業務に着いていたのだろうが、それに限界が訪れた者達からLL∵Huna=E-t0S0n(ルナイトサン)に送られる

実際にオキナがその現場に立つのは初めてだった

口々に通じるはずのない悲痛な叫びを上げては無理矢理に運送用のトラックに詰め込まれている

楽しいはずはなかった

 

 

「あんたは話せるのだろうな」

 

「...えぇ」

 

「ならいい。LL∵Huna=E-t0S0n(ルナイトサン)での処理は任せる。ここに詳細があるから到着までに頭に入れておけ」

 

「...かしこまりました」

 

 

スーツ姿の若い男性

随分と上から指示をしているが、胸元のS・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)のバッチが物語るように立場は上だ

 

そう言えば月下の管理者や王家がLL∵Huna=E-t0S0n(ルナイトサン)と手を組んだクーデターがオキナをこのような状況に追いやったのだった

そして目の前の男のように快凪に忠誠を尽くすものが支配者側に立つ

まるで自分には関係の無いような話しだと今の今まで思っていた

 

全てはS・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)のせいなのだと

 

 

 

 

*

 

 

 

 

「...ん?」

 

 

トラック内は相変わらず悲鳴で溢れていた

その度になだめ沈めるのだが赤子のように彼らは感情を抑えきれないでいた

 

やがて諦めたオキナはあの若い男から受け取った書類に目を通し始めた

初めは隠語だらけで理解に苦しんだが、とあるページから様子がおかしい

 

何故か中国語で綴られている

誰に向けたものなのかは直ぐに理解できた

オキナだ

 

 

政变(クーデター)...」

 

你说了吗(今、なんと)...?」

 

 

現状をぶち壊すための作戦

離反書だ

 

思わず口にした不穏な単語に周りの奴隷がざわめき始めた

そうして周りの注目を集めると、知らぬ間にオキナは室内の全員に聞こえるように書類を読み始めていた

次第にざわめきも無くなり、誰もが黙る

 

具体的すぎる作戦内容に釘付けなのだ

月下のメインコンピューター

LL∵Huna=E-t0S0n(ルナイトサン)の記憶操作

日本に居るらしい王家の隠し子

余事象体質(アウトフェイト)

 

 

希望無く俯いていた奴隷に光が差し込んだ日になった

だが、まだ空は曇っている

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

 

 

◐月下-南側大通り / 午前8時31分

黒川side

 

 

「...」

 

「これが月下の...過去です」

 

 

度重なってきた(フロ-)オキナとの3度目の戦いに漸く勝利した黒川は、オキナの口から彼らの過去を知った

 

 

反応は慎也と同じだった

倒すべき相手、成すべきことを見失ってしまうのだ

連れ去られた(詩織)を助けるためにこのまで来た。それが正しい事だと信じていた。悪い人を倒せば解決すると思っていた

 

いや、それも違う

ただ状況に身を任せて何も考えないように戦っていただけなのだろう

目の前に倒れるオキナとは違う

背負っているものも過去も未来も黒川では辿り着けない重みがあるのだ

 

 

「後は...カムイ殿も言っていた通りです...失彩の道化団(モノクロ・アクタ-ズ)の目的はS・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)に知らしめるため...ご友人の事は申し訳ありませんでした...」

 

「そう...だったのね」

 

《美姫...》

 

 

黒川に宿るサフィラも無論初めて知る事実だった

黙って後ろからその様子を伺う近藤もそうだ

 

サフィラは慰めの言葉を探すが見つからず

黒川はオキナにかける言葉が浮かばず

近藤は最早他人の話かと錯覚すらしている

オキナは決闘撃痛(デュエルショック)に苦しみ、物理的に言葉が出にくい様子だ

誰もが言葉を失っていた

 

そこに現れた希望を除いて

 

 

「黒川!」

 

「...村上君!無事だったのね!?」

 

 

消息不明だった別の友人だ

渡邉の送った通信から生きている事だけは知っていたが、まさかここまで早い再開を果たせるとは思わない

 

無事とは言い難い格好だった

衣服はボロボロに裂け、所々血が滲んでいる

それでも無事だったと思えたのはこの空間で唯一澄んだ瞳をしているからだろうか

 

 

「村上君...その傷は」

 

「奈落に落ちただけだよ。それよりそっちは?」

 

「2回も負けたけど何とか勝てたわ...でも」

 

 

でもの先は何となく分かった

カムイや失彩の道化団(モノクロ・アクタ-ズ)の昔話はオキナとは別の人間から慎也も聞いている

 

失彩の道化団(モノクロ・アクタ-ズ)だけでなく月下単位で誰もが苦しんでいたのは事実

オキナも例外では無かったと言うのだろう

 

だからこそ慎也は全てを端折って告げた

 

 

「何のためにここまで戦ってきたんだよ」

 

「村上君...?」

 

「俺達が正しい限りは正しく居られるんだってよ。だったら戦わなきゃ駄目だ。俺達が俺達の過去を否定しちゃ誰も救われないよ!」

 

「...そう、でも」

 

「でもじゃない。俺は詩織ちゃんを助けて、知樹をぶん殴る。その為にここまで来た。だからそこまでやる!その後でまた考える」

 

「...」

 

「.....って強がったけど、まずは治療受けるよ」

 

 

そう言い残す慎也の視線の先に黒川はいなかった。何も無いはずの虚空を見つめ終えると、返答を聞かずに慎也は近くのトラックまで歩み始めた

途中駆け寄った近藤に一言二言何か話していたが、誰がどう見ても要治療患者を止めることはしない

 

そのまま近藤に肩を借りながら数名の白衣を纏うS・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)に迎えられると、黒川からは見えない車内に消えていった

 

 

《美姫》

 

「...どうしたの」

 

《貴女はどうしたいの?》

 

「...私は」

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

「...これは酷い」

 

 

鬼禅、大神が眠る車内に慎也は新たな患者として入室した。ひとまずズタボロの衣服のような物を脱ぎ固まりつつある血を拭う

渡邉が簡易的に行った応急手当の包帯を1度全て取り外してみると、慎也の傷の具合が顕になった

 

切り傷や打撲はそこまで深く酷い物ではなかったが、数が多い。一つ一つによく分からない液体や湿布や包帯を施していくと、1人の男が慎也の右目にあてがわれていた包帯を器用に外した

 

その時に発した言葉だ

酷い、と

 

 

「...右目は開くのかい?」

 

「いいえ」

 

 

黒く染まった右瞼

慎也自らの力では開く事は出来ないらしく、男は恐る恐る右眼を検めた

 

今度は言葉を失ってしまった

血ではない黒色に染まっている

 

 

「...見えるかい?」

 

「.....いいえ」

 

 

その黒眼には視力が無かった

あの地盤沈下によって慎也は右目を失ってしまったのだ

思わず零れてしまったため息を誤魔化すように男は治療を再開した

 

まさか使用するとは思っていなかったような薬剤や器具を取りだし、右目の回復を試みる

が、やはりこんな窮地で出来ることなど限られており、ひとまずは維持に務めるしかなかった

 

 

「このまま失明の恐れも...いや、視力の回復は絶望的だ。無理をしないで日本に戻るべきだ」

 

「それは出来ません」

 

 

慎也はハッキリと否定すると、各関節部分に巻かれた包帯を気にしながら体を動かしてみた

少しぎこちないが、問題は無い

痛みも随分引いていており、ささやかだったが休息が取れたのが大きかった

 

右目は仕方ない

白衣の男が勧めるのも理解できるが、もう逃げないと決めた以上戦うしかなかった

渡しそびれている白い眼帯を男から奪い取ると、慎也は不慣れの手つきでそれを着た

 

 

「...全く、若いのにな」

 

 

白衣の男は戦闘員では無い

だが今いる大神や鬼禅のようにS・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)の戦士達の心境は理解していた

目の前の若い希望も例外では無いのだろう

 

彼はこの戦士を止める事など出来ないと咀嚼すると、慎也の眼帯を外し、別の眼帯を手にした

 

 

「君の場合はこっちだ。まだ眼球はあるんだからね」

 

「あっ、はい」

 

 

紐の数だけ違う眼帯を慎也に宛てがうと、今度は男が丁寧に施した

そしてもう一度警告

 

なるべく体に負荷をかけない方法やら医師らしい言葉の数々は慎也には刺さった

もし慎也が今の自分と同じ程の怪我を負っている者を見たら止める立場に立っていただろう

それは今患者として言葉を受けているからこそ深く理解している。だが、やはりそれでも足は止めて居られなかった

 

 

「...行きます」

 

「そうだね、気をつけるだよ」

 

 

最後に戦いの末眠る大神と鬼禅を目に収めておいた

これからの戦いの中に弔いの意味も含めるためだったのだが、それは蛇足に思えたのであまり時間をかけずにその部屋を後にした

 

そしてまた月下の地を踏んだ

遠くに見える元S・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)本部を睨んでみると、目的を再確認しなくても済む

 

右と左のどちらの足から踏み出そうか

そんな意味も無い事がよぎった瞬間、まだ無事な左目の縁に見覚えのある女性が慎也がいた物とは別のトラックから現れた

 

 

「黒川...何を」

 

「あのおじ様を置いてきたわ」

 

 

言われて辺りに散らばる黒服に紛れていた(フロ-)が居なくなっている事に気がついた

あのまま土の上に寝かせて置く事に同情したと言うより、忌み嫌い憎む相手でなかったと知ったからだろうか

 

 

「...私は助けるために戦うのよ」

 

「うん」

 

「まだ助けられてない...だから私は戦うわ」

 

「黒川」

 

 

意思は伝わった

それに対する答えを的確に示すために慎也は右拳を黒川に向けた

 

どんな狙いがあるのか黒川には分からない。が、不思議な程に自然と彼女も同じように拳を向け、慎也のそれに軽くぶつけた

 

何かが交わったような錯覚を覚える

慎也にとっては2度目の儀式

余事象体質(アウトフェイト)を宿す決闘者(デュエリスト)の儀式だ

 

 

「俺”達”、だろ?」

 

《そうですよ!》

 

 

1人で戦って来た訳ではない

それを伝える多くの言葉は要らない

 

少なくともここに慎也とスフィアード

黒川のすぐ後ろにもサフィラ、もっと遠くには近藤もいる

 

 

《美姫、戦いましょう。共に、ね》

 

「...えぇ!」

 

 

 

 

ーーー

ーー

 

 

 

◐月下-北川大通り / 午前8時51分

皇side

 

 

「ぐぁぁっ!?」

 

 

数々の悲鳴が飛び交い舞う戦地

知らぬ間に明けた夜

インカムから聞こえてくる報告に何度ため息をが出ただろうかと、皇は余計に1つため息を吐いておいた

 

そうでも無ければやってられない

こちらの精鋭は次々に倒れているというのに敵が減らない

 

今度は誰の悲鳴かと振り向くと、気が付けば最後となったS・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)の部下だった

もうS・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)の戦力は学生らによる精鋭だけだった

 

 

「おい...聖帝はいつ帰ってくんだよ」

 

「俺に聞くんじゃねーよ!」

 

 

一樹や劉毅は強い

失彩の道化団(モノクロ・アクタ-ズ)の黒服部隊や造園の灰被(シンデレラ)も公言通り迅速に蹴散らし続けてきた

 

だが苛立ちや疲労は言葉節々から感じられた

かくいう皇もそうだった

ろくに幹部クラスを相手にしていないと言うのにこの労力だ

 

早乙女と斉藤を医療班の元まで送り届けに行った古賀と東野が戻ればまだ分からない

しかしやはり戦力差が大きい

 

草薙、西条に一樹もそうだが、関東選抜に選ばれる皇と劉毅もまた苦しそうに戦っている

 

 

「ふふ...次の相手はだぁれ?」

 

 

何よりも日本のプロが相手にいる

この日月戦争に日本の戦士として戦うはずだった氷染と形谷が敵に回っているのがとてつもなく厳しい

 

ひとまずはS・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)の下っ端をぶつけ駒として浮かせてもみたが、やはり相手になっていない

それどころかあの二人が今の状況に追い込んでいるとも言える

 

やはりこちらも精鋭をぶつけるしかないようだ

 

 

「皇、やっぱり俺達が行くしかねぇーぜ」

 

「出来ればやりたくないんだがな」

 

 

自分達が出れば勝てると簡単には思っていない

だがこの北の戦力の中で劉毅は自分と皇がトップにあると自負している

だからこそ戦うと決めた

また一樹に噛みつかれるかとも過ぎったが、劉毅の予想とは離れた人物が声を上げた

 

 

「待たせた!」

 

 

ここから医療班の元まで往復するにしても遅い

やっと現れたかと苛立ちを込めて劉毅は振り返り叫んだ

だが視界にいたのは戻ってきたと思っていた古賀では無かった

 

右目の眼帯が痛々しい青年と黒川だった

 

 

「遅いぜ!...って」

 

「悪かったよ...ん?」

 

 

劉毅と慎也初めての邂逅だ

 

 

「「誰だ?」」

 

 

 

ーーー

ーー

 

 

◐月下-南側大通り / 午前9時

南side

 

 

「正直ビビってるぜ」 

 

「はぁ...くっ...」

 

 

その場にいるS・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)唯一の戦力南はシッドと相対していた

闘叶が破れ、島崎も渡邉も倒れた

慎也も少し前に去ってしまっている

 

残るは関東代表に選ばれた実力もある南だけなのだが、その南も既に敗北の決闘撃痛(デュエルショック)を受けている

 

今この瞬間屹立しているだけでもありえないのだが、当たり前のように彼女は戦っていた

 

 

「でももうやめとけよ。俺もお前も限界なんだよ...寝みぃ...」

 

「はぁ...っ!」

 

 

正体不明のモンスターが南を襲う

渡邉が倒れた以上この最強の(フロ-)の相手は南が務めなければならない

 

だが、通用はしない

ただでさえ強者であると言うのに、«цпкпошп»も決闘撃痛(デュエルショック)もある

彼女の限界はとっくに超えていたのだ

 

 

LP 2000→0

 南LOSE

 

 

「こん...な...っ!」

 

「お疲れさん」

 

 

何度目だろうかの硬い大地の感触を味わうと、南は漸く眠った

ただの根性だけで続いていた意識も途絶えるだろう

 

しかし、只では済まさなかった

それはシッドが直々に相手すると決意した理由にも繋がる

 

 

「しっかし...まぁ...」

 

 

20名ほどいたはずの灰被(シンデレラ)も残り3名しか居ない

S・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)のプロ含めた6名が倒れる中、失彩の道化団(モノクロ・アクタ-ズ)も黒服に交じって灰色も複数人倒れている

 

全て南がやったのだ

グラスの決闘撃痛(デュエルショック)も残っていたため、灰被(シンデレラ)で対処できるとシッドは睨んだのだが、それでも足りなかった

挙句にシッドがもう一度戦う羽目になったのだが、なんと言っても南の踏ん張りがこの結果に終わらせたのだ

 

 

「...随分削られたな。やっぱり南側(こっち)に来といて良かったぜ」

 

 

勝利の美煙に舌ずつみをうちながらシッドはこの場を後にしようした

あちらもオキナとジャヴィが敗れたと聞いているし、何よりもこの場のS・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)は殲滅できた

 

生きていた希望の相手をするか、本部に戻って待ち構えるか

今の事は一任されているため、シッドは悩みながらもひとまず北に向かおうと振り返った

 

 

「...」

 

「...おいおい」

 

 

三白眼でシッドを睨む誰かがいた

不思議と共通点を感じる人物だった

気だるそうに歩く仕草や、咥えタバコから落ちる灰でスーツを汚す様

 

異なる点と言えば明らかに失彩の道化団(モノクロ・アクタ-ズ)では無いことと、左手によく分からない装置を持っている事

 

シッドが何を言おうかと悩んでいると、その男は口を開いた

 

 

「うちの若いのはどうした」

 

「お生憎お寝んねしてるぜ」

 

「...」

 

 

次の言葉に困ったシッドは逃げるように煙草を探した。が、度重なる喫煙の数々によって気が付けば底をついていたソフトケースの箱しか無い

 

するとその三白眼の男は黙って己の箱を差し出した

 

 

「火はあるか」

 

「...あぁ。悪ぃな、助かるぜ」

 

 

他人から煙草を貰う

あまり多い経験では無いが、何故か懐かしく感じた

 

それは愛用する煙草を切らしてしまう事ではなく、この男から受け取るという事がだ

どうしても初めて出会う感じが無い

 

何処かで

昔何処かこの男から煙草を貰ったような記憶があった

思い出せずにひとまず火をつけてみると、随分辛口な煙だった

そして吐いた煙が記憶を刺激する

昔嗅いだ匂いだ

 

 

「...思い出したぜ」

 

「記憶操作されたはずだが」

 

「あぁ、でも思い出した。旦那、日本で俺を捕まえた刑事さんだろ?」

 

「...」

 

「降月の手続きも旦那だったな...やっと思い出せたぜ、この匂いをよ」

 

 

全てを思い出した

あの黒と表現するのも生ぬるい生き地獄から逃げ出した先で出会ったS・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)

意図的に発生させたシステムエラーが法に触れたとかでシッドは過去に尋問紛いの取り調べを受けたことがあった

 

そのまま流れに任せて月下に降りたのだった

決闘(デュエル)ディスクのシステム関係の技術に長けたのを買われ、月下で似た仕事を任せられていた

 

そう、日本での地獄から救ってくれたとも言える。その後にLL∵Huna=E-t0S0n(ルナイトサン)奇襲もあったが、とにかく今目の前にいる男がシッドを日本から月下へ逃がしてくれたのだ

 

名は化野

一時は恩人とも考え、反芻した事もある名前だ

 

 

「化野の旦那だよな?」

 

「よく覚えてるな」

 

「いや、今まで忘れてたよ。恩人の名前をな...」

 

 

等々口にした恩人という単語に化野は顔を顰めた

それは皮肉なのかと過ぎったからだ

 

月下がLL∵Huna=E-t0S0n(ルナイトサン)の手に落ち、日本の管轄外で好き勝手な政策を進めていた事も、月下国民を奴隷のように扱っていた事も化野を始めとしたS・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)は今日この日まで知らなかった

 

シッドをそんな地獄に引き入れたのは化野張本人

それを恩人と呼ばれるのは抵抗が優っていた

 

 

「...」

 

「いや、本当だぜ。そりゃ初めはS・D・T(スペシャル・デュエリスト・チ-ム)を恨んだぜ、でも...旦那を恨むのは見当違いだ」

 

「そうか」

 

「でも1つ聞きたいね」

 

 

シッドは頭だけで振り返り、左手で倒れたグラスとカムイを指さした

 

 

「旦那の元部下、旦那がヤーさんから連れ出した元プロの青年。月下であんな事になった後、今こんなに目になってる。どう思ってる?」

 

 

これも皮肉では無い

只単純に化野が現状をどう捉えているのか、純粋に気になっているのだろう

 

 

「仕方無かったんだろ」

 

「...そうだな、そうだよ」

 

 

もっと言葉が欲しかったのは本音だが、何故か納得のいく答えだった

 

仕方無い

 

敵同士の過ちや行い、罪をお互いにそう形容した

取り返しのつかない戦争だが、仕方の無かった事

 

片付けようの無い言葉だが、それしか当てはまらなかった

 

 

「...で、旦那が俺の相手をするのか?」

 

「お前の相手は俺じゃない。こいつだ」

 

 

化野は半歩避けるのも面倒臭そうだ

言葉には自分達以外に別の戦士が居ることを示している

 

シッドは勘ぐった

月下に来ているプロは既に残っているはずは無い

なら学生の精鋭か、旗また援軍か

後者だとすると誰なのか

日本に残っていたプロか。その中でもこのタイミングで現れるのは相当な実力者だろう

 

A1クラスか、若しかすると決闘王(デュエルキング)

 

 

「...誰だ」

 

 

化野は音も気配も無く1人の決闘者(デュエリスト)をこの気まずい空間に招いた

 

その決闘者(デュエリスト)は銀髪で赤目の少女

瞳が半分も降りており、彼女もまた煩わしそうにこちらに歩いてきている

 

その少女と目が合うと、奇妙な波長があったのか、同時に声を上げた

 

 

「「...誰?」」

 

 

 

ぶっちゃけどうですか?

  • 読みたいからやめて欲しくない
  • 読みたいけど無くなったら読まない
  • 普通
  • 無くてもいい
  • 読むのが億劫

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。