山小人(ドワーフ)の姫君   作:Menschsein

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散華 7

 伸びた雑草を丁寧に一つ一つ根元から抜いていたエンリは、村人からアインズ様来村の知らせを受けて、慌てて村の広場へと帰ってきた。走って戻ってきたため、呼吸も荒い。また、手を洗う時間もなかったため両手は土で汚れている。エンリは両手を後ろに回し、この村を救って下さったアインズ様に見えないように隠す。

 

「やあ、エンリ。忙しい中、たびたびの突然の訪問すまんな。ところで、ネムはいるかな?」とアインズはそう言いながら辺りを見渡す。

 

「今日もンフィーの所でお手伝いをしていると思いますが……」と、朝、エンリが畑仕事に出かける前に、ネムがそう話していたのを憶えている。ネムほどの年齢であれば、雑草が伸びる時期は、エンリや他の村人と同じように畑で草取りをしていても良い。だが、エンリはネムを農作業に誘ったりはせず、ンフィーの家でポーション作りを手伝わせている。最近では、簡単な薬の調合も手伝っているということだ。

 ンフィーとエンリが交際しているということを知ったリィジーも、ネムを義理の曾孫であるかのように接してくれるようになり、エンリとネムに胸襟を開いてくれたようだとンフィーが言っていた。弟子も身内以外からは基本取らないというリィジーが、ネムが研究室に入ることを許したのは驚くべき事だとンフィーは言う。実際、エンリ自身も母屋と薬草の保管所しか立ち入ったことがない。また、ンフィーの寝室にも入ったこともないが……。

 エンリ自身、ネムがリィジーやンフィーの手伝いを本格的にするようになったことは歓迎すべきことだと思っている。自分の恋人のように、妹には生まれながらの異能(タレント)など無いかも知れない。しかし、エ・ランテルで随一だったリィジー・バレアレの技術を吸収し、妹自身も錬金術が使えるようになったとしたら…… 妹は、カルネ村という場所に縛られず、エ・ランテルでも、世界の何処ででも生きていける技術を身につけたということになる。

 エンリは、カルネ村の村長となった。この村に骨を埋める覚悟だ。できればネムだって、唯一の自分の血の繋がる存在として近くにいて欲しい。カルネ村で一緒に生きていきたい。仲の良い姉妹として一緒に老いていきたい。しかし、それはエンリ自身の願いであって、ネムがそれを願うかどうかは分からない。ナザリックという、おとぎ話のような世界が実際に存在すると知ってしまった。それは、エンリがエ・ランテルに初めて行った時以上の衝撃だろう。カルネ村から出てもっと広い世界で生きていきたいとネムが思う可能性だって十二分にある。

 それに、妹はアインズ様のメイドになることを現在目指しているようだ。ポーションの作成に熱を入れているのも、アインズ様がどうもポーションに興味があるということを感じ取ってのことだろう。エンリ自身、メイドの職能として、ポーション作成技術が必要なのかは、首を傾げるところではあるが……。

 

「そうか。実はな。ネムにプレゼントを持ってきたのだ」とアインズは、何もない空間からそれを取り出した。エンリにはその服は見覚えがあった。ナザリックに案内された時に見たメイドが着ている服と同じデザインであった。

 

「こんな高価な服を…… いただけません!」とエンリは両手を振って断る。土で汚れていた両手を隠していたということをすっかりと忘れて……。

 

「いや、良いのだ。私の仲間の中に、ロリコ…… ゴホン。子供と遊ぶのが好きな奴がいてね。せっかくだから彼等の願いを実現させてやろうと思ってね……。学園の設立だ。メイド学科を設立したいんだが…… エ・ランテルに貴族はいないし、同盟国である帝国もメイドの需要はあまりないようでな……。学校を設立しても、生徒が一人もいないのでは仲間達も悲しむと思ってな。ネムがメイドを志しているということを思い出して、直々にスカウトしに来たというわけだ。これは、予定している学校の制服だ。もちろん、ネムの学費などは私が負担しよう。場所はエ・ランテルだが、寮も食堂も完備する予定だから、生活に困ることはないだろう」

 

「あっ…… 」

 エンリは悟る。ついに自分の妹が飛べるようになった鶏の如く、自分の手から離れていってしまうということを……。ネムの姉としてだけではなく、自分自身未熟であると感じながらも、ネムの親代わりとしてもエンリは振る舞ってきたつもりだ。

 

 雛が育つ。子が独り立ちをする。もしかしたらこんな気持ちなのかもしれない…… 自分を育ててくれた今は亡き親。期間は短いかも知れないけれど、自分なりに頑張ってきたつもりだ。

 

「ネムの気持ち次第ですが…… どうかネムをよろしくお願いします」とエンリは頭を精一杯さげる。自分は、カルネ村の村長として、そしてンフィーの恋人…… やがては妻としてこの愛するカルネ村で一生を過ごすことになるだろう。できれば、沢山の子供に囲まれて……。

 

「いや、そんな畏まらなくても良いぞ……」

(ネムを嫁に貰うという訳でもあるまいし……)

 

「それにだ、エンリ。もう一つ話がある……。いや……二つだな。一つが、優秀なゴブリンを十人程度、エ・ランテルで働かせて欲しい。もちろん、給料を払おう。できれば、ゴブリン軍師、医療団、重装甲歩兵団、聖騎士隊など、各軍団から一名ずつ雇いたい」とアインズは言う。

 

「もともと、アインズ様から戴いた角笛を吹いたことによって召喚できたゴブリン達ですし……」とエンリは逆にその依頼に対して困惑をする。無料《ただ》でもらった角笛。ただでさえカルネ村を救ってもらったという恩ある人物からの提案ではあるが、そのゴブリン達をアインズ様が雇う際に、お金を貰ってもよいのだろうか? そんな良心の呵責がエンリを襲う。だが、あれほどの財力を誇るアインズ様なら村人十人程度のお金なんて問題無いだろうけど……。

 エンリは思案の末、それに応諾する。

 

「感謝する。そして、もう一件目が、カルネ村に食料が足りていないという話だ。村人やゴブリン達を集めてもらってよいかな? 案内したい場所があるんだ」と自慢げにアインズは言って、再び何もない空間から大きな木枠を取りだした。

 

 エンリには見覚えがある物だった。以前ナザリックに招待された際にアインズ様のメイドであるユリ・アルファが使ったマジックアイテムだ。エンリは、村人やゴブリンやオーガ達を広場へと集める。

 

 

「集まったようだな。では行こう」とアインズが扉を通る。村人達やゴブリン達の間から驚きの声が響く。普通に考えれば、木枠を通ったアインズの姿は、その反対側に現れるはずだ。しかし、その姿が何処にも見えない。

 

 その木枠を通った後、エンリは絶句した。目の前に広がっている光景。それが信じられなかった。カルネ村の畑は、種まきが終わって、やっと若芽が出始めたばかりだ。

 

 ネムは、「アインズ様すごーーい」と、興奮しながら黄金の畑の中へと走っていく。

 

「おおお…… その者、禍々《まがまが》しき仮面を着けて金色《こんじき》の野に降りたつべし。失われし人と魔物の絆を結び、ついにカルネ村を豊穣の地へと導かん…… トーマス・カルネ様が残した古き言い伝えはまことであった……」と、一緒に木枠を通ってきたカルネ村の最年長の女性が黄金色に実った小麦を見ながら涙している。

 

「あそこで作業している者達は、先んじてナザリックから入植させた者達だ。カルネ村のことは話してある。彼等と協力して、この地もカルネ村の農地同様に耕作して欲しい。そして余った食料はエ・ランテルに供給して欲しいのだ。頼めるか? もちろん、ストーン・ゴーレム以外にも、土を耕してくれる土蟲《ワーム》や不眠不休で働く者などの労働力も提供しよう」とアインズは言った。

 

 エンリは、村長としていい加減な答えなどできない。新たに仲間に加わった五千のゴブリン。そして見渡す限り、季節外れにも関わらず黄金色に実った小麦。カルネ村の農地と比べものにならない程広大だ。それを自分が村長として管理できるのだろうか? 正直不安しかない…… しかし、恐らく新しい人生の一歩を踏み出すであろうネムに、自分も彼女の姉として、そして親代わりとして自分も成長していかなければならない。ンフィーも、カルネ村を襲った妖巨人《トロール》の一件以来、急激に成長していると恋人であるエンリは如実に感じていた。

 自分もこのままでは行けない――。

 

「やります」とエンリは固い決意と共に答えた。

 

 リ・エスティーゼ王国やバハルス帝国に面積では及ばないものの、その気になれば王国や帝国を武力制圧することが可能な力を保持し、カッツェ平野という広大な地域をも治める村長。エンリ・エモット村長の誕生であった。


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