山小人(ドワーフ)の姫君   作:Menschsein

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散華 6

 ブルムラシュー候の屋敷の中の貴賓室の扉をノックする音が聞こえる。

 

「どうぞ」と部屋の中から透き通るような声が響く。

 

「失礼致します。敬愛するラナー殿下。調査の方の御進捗はどうですかな?」

 部屋に入ってきたのは、ブルムラシュー候であった。ラナーは、温かい紅茶を飲みながら、机に積み重ねられた資料に目を通している。そしてその隣の机では、レエブンが同じように山積みになった資料の間で、羊皮紙に王へと提出する調査報告書をしたためていた。

 

「素晴らしいの一言ですね。ブルムラシュー候領内で産出される金とミスリルの鉱山、そしてそれらを原材料として、武器から調度品、ひいては日用品まで、裾の広い産業を展開。金やミスリルを鉱物として販売するよりも、加工して付加価値を高めて販売をするほうが利益は高い。それに、それらの工房があれば、そこに雇用も生まれ、人も集まる。そうなれば、他の飲食店や宿泊施設など別の産業も盛んになる。領地運営の良き見本と言えます。私自身も良い学びとなりました」とラナーは資料から顔を上げ、ブルムラシューに笑顔で答える。

 

 ラナーのその言葉を聞いて、ブルムラシューは疑問に思う。ラナー王女は何を調べているのだ? と。帝国に情報を売り渡しているという証拠を掴みに来たと思っているのは自身の勘違いなのだろうか? もちろん、そんな証拠は一切残していないし、どれだけ調べられても物証などは出ないが……。

 ラナーが提出を求めた資料は、ブルムラシュー領内の地図、人口、産業などに関する内容のもので、どちらかといえば領地運営に関わる資料だ。

 レエブン候のように、金銭の出入りを記録した出納帳や帳簿を要求するのが自然だ。なにが、私自身も良い学びとなりました、だ。自分が“王位”に就く前のお勉強のつもりか? 

 そもそも、暫く帝国に情報を売らないようにした方が良い、というのはレエブンからのアドバイスだ。アドバイスをした本人が、帝国に情報を売り渡している証拠を集めにやって来ること自体が滑稽だが……。別の狙いがあるな……。あるとすれば……。

 

「“黄金”と称されるラナー殿下であれば、私などの手腕など足下にも及びますまい。国王様も素晴らしい跡継ぎを残されていて、私ども家臣は心が安まるというものです」とブルムラシューは探りを入れた。

 

 単なる社交辞令として聞き流してしまいそうな言葉であったとしても、ラナーとレエブンはもちろんそれを聞き逃さない。

 

「ザナックお兄様は、私などよりも遙かに良く、この王国を統治すると思いますよ。そう思いませんか? レエブン候?」

 

「そうですね。国王が崩御された後のことを考えるのはいささか不敬ではありますが、ザナック殿下が跡継ぎとして王位に就くとなれば、私も安心して息子に領主を継がせることができるというものですな。ブルムラシュー候はどうお考えでいらっしゃるか?」

 レエブンからブルムラシューへの問い。次期王位は、国王の長女と結婚をしたペスペア候か、ザナック第二王子か、ラナー第三王女か。この三者に絞れた状況。バルブロ第一王子を次代の王へと推薦していた貴族派のリットン伯、王族派のウロヴァーナ辺境泊が候補者として誰を推薦するのか。それが王族派、貴族派の間で注目されていることだ。それ以外のバルブロ第一王子を推薦していた貴族は、先の大虐殺の影響で王の威信が低下してしまった影響で、ペスペア候を推薦する側についている。

 そのような未だに解決の糸口が見つからない次期王位に関することに、ブルムラシューは沈黙を守ってきた。次期王位が誰になるか我関せず、という態度は、六大貴族として相応しくない。王族派と貴族派を入ったり来たりし、“蝙蝠”と揶揄されているレエブンでさえ、誰を次期王として推挙するのかということは明言せざるを得ない状況だった。どの貴族が誰を推薦しているのか、それが分かればパワーバランスを測ることは用意だ。内乱を事前に防ぐという意味では、次期王位に誰を推薦するのか明言するのは六大貴族の最低限のノブレス・オブリージュだ。

 レエブンは、ブルムラシューが次期王位に関心が無いのは、帝国に情報を売り渡し、ランポッサIII世の在位中に帝国が王国を滅ぼすだろうと高を括っているからだろうと考えていた。そして、恐らく、王国が滅ぼされた曉には、帝国の貴族か何かとして優遇するというような密約まで帝国と結んでいるとも考えている。

 

「おや、突然何を仰るかと思えば……」

 

 ブルムラシューは思案する。ラナー王女と蝙蝠は、私をザナック王子側に引き入れたいのか……。リットン伯がペスペア候を推挙する見返りとして、ラナー王女を嫁に迎えることをペスペア派の貴族が賛成すること、という密約が成立していることを知ったのだろうな。ラナー王女も焦っているのだろう……。それならば、この場ははぐらかしておこう。今後、もっと有利な条件を提示できるようになろうだろうからな……。

 

「私は、どなたが次の国王となられても、王国の将来は安泰していると考えておりますので……」

 

 ブルムラシューの言葉が終わらないうちに突然、外から爆発音がいくつも響いた。ほとんど同時にではあるが、数カ所で爆発が起こっているのは確実だ。

 

「な? なんだ?」と、レエブンとブルムラシューは、窓に駆け寄り外を眺める。

 リ・ブルムラシュールの街のあちこちで、煙が上がっている。

 

「何事なのだ?」とブルムラシューは大声で言う。そしてその問いの答えが、いつの前にか部屋の入口に立っている男が答える。

 

「山小人《ドワーフ》の蜂起です。今日からこの地は、山小人《ドワーフ》の王国となりますね」と、三つ揃えのスーツを着て、黒髪のオールバックにした男が、慇懃な態度で答える。

 

「な、なんだと! そんな馬鹿なことがあるか! そ、それに、お前は誰だ?」とブルムラシューは叫ぶ。それと同時にレエブンはラナーを守ろうと、ラナーとその男の間に割って入る。

 

「これは失礼。申し遅れました。私、デミウルゴスと申します」とわざとらしく深々と頭を下げ、右手をお腹に回して一礼をする。

 

「お前が、この騒動の首謀者か? 衛兵! 衛兵!」とブルムラシューは部屋の外で警護しているであろう衛兵達を呼ぶ。

 

「衛兵達はみんな死にました。あと、私は首謀者ではありませんよ? そちらに座られている女性が首謀者ですね」

 

「は?」とブルムラシューの思考は一瞬停止する。しかし、この部屋にいる女性は、一人しかいない。

 が、そんな馬鹿な話があるか、とレエブンとブルムラシューは考える。妄言だと。

しかし、「お待ちしておりました」と言う声が部屋の中に響く。

 

 一瞬自分の耳を疑う。

 

「そこの男は不要です」

 その言葉はラナーから発せられたようだ。

 

「そうですか。君は自害したまえ」

 

 デミウルゴスがそう言った瞬間、ブルムラシューは棚に飾ってあった大きな金の置物を両手で持ち、そしてそれを激しく頭にぶつける。一度、二度、三度と、頭から血を噴き出しながらも、ブルムラシューはその行為を止めようとしない。レエブンはその異様な光景を呼吸をするのを忘れて、眺めることしかできない。

 

 そして、五度目となったとき、ブルムラシューは力なく床に倒れた。倒れた衝撃で、ブルムラシューの脳漿《のうしょう》が床へと飛び出す。

 

「優秀なレエブン君はその椅子に座ってもらおうか」とデミウルゴスの優しい声がレエブンの耳に届く。そして、椅子に座る。椅子に座っている場合ではないのは分かっているが、椅子に座ることが当然のような感覚。

 

「さて、ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフさん。あなたとの約束を果たしにきました。このブルムラシュー領、いえ、この山小人《ドワーフ》の王国は、あなたの所望した箱庭として、ご満足いただけると思っているのですが、いかがでしょう?」

 

「ありがとうございます」とラナーは立ち上がり一礼をし、「それに、箱庭はこれから大きくしてもよいのですよね?」

 

「ええ、もちろん」とラナーとデミウルゴスは笑顔で会話を続ける。

 

 レエブンは事態の状況を飲み込み、「裏切ったのか? 王国を? いや…… 人間を!!」と叫ぶ。立ち上がろうとしても、椅子と自分の尻がくっついてしまったように離れない。

 

「最初から私はザナック兄様やレエブン候と組んでるつもりはありませんでしたが……。私は最も勝算の高い賭けに乗りつづけているだけのこと。組んだと見せかけてはいたので、欺《あざむ》いてはいましたね」とラナーはレエブンに向かって微笑む。

 

「く、クライム君はどうするというのだ? あれも嘘だったのか!」とレエブンは叫ぶ。ラナーの急所。それはクライムだ。

 

「クライム? だから言ったではありませんか。『尻尾を振って王都で待っているのも良し。はたまた、主人を追っかけて現地へやって来るも良し。どちらにしても、私の愛するクライムです』と……。クライムが来ないのであれば、私が王都まで迎えに行くだけのこと」

 

「それは…… 王国を滅ぼすという意味かっ!」

 

「さぁ、それはどうでしょう…… ですが、クライムの首に鎖をつけたまま、王都からこのリ・ブルムラシュールまで、散歩しながら帰ってくるのも良いかもしれませんね。クライムとの新婚旅行《ハネムーン》」と、ラナーはうっとりするような顔をしている。

 

 あぁ、この目だ……。輝きの消えたラナーの瞳。世界に対し、何とも思っていない、全てを軽蔑している人間の空虚な瞳。自分が昔見た少女の瞳……。狂っている……。

 

「山小人《ドワーフ》達にはあなたのことを伝えてありますので、必要があれば指揮をとってください。さて、レエブン君は私と一度ナザリックへ行きましょう。ニューロニストが首を長くして待っていますよ。あなたも、どうせ働くなら、自分の愛する子供のために働きたいでしょう?」とデミウルゴスが言う。

 

「きっと、レエブン候にとっても充実した日々になると思うわ」とラナーが微笑む。“黄金”と呼ばれる美貌の持ち主であるラナーの満面の笑み。いつもと変わらぬ微笑み。瞳がどす黒く染まっている以外は……。

 

「化け物め……」とレエブンは叫んだ。


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