山小人(ドワーフ)の姫君   作:Menschsein

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散華 3

 リ・ブルムラシュールから真東に位置するアゼルリシア山脈の中腹。森林限界を越えた高度に位置し、山脈の麓《ふもと》やトブの大森林の広葉樹林とは違った様相の、低木や高山植物しか生えていない見晴らしのよい斜面が続いている。吹きおろしの風はまだまだ冷たく、アゼルリシア山脈の屋根には雪がまだ残っている。

 

 その地を歩く二人の姿があった。モモンとナーベであった。

 

「やはり、一度も行ったこともない場所で待ち合わせをするというのは無謀であったな。この近くではあるはずなのだがな」と、モモンは独り言のようにつぶやく。

 

 鈴木悟も、現実世界の肉体での待ち合わせをプライベートでしたことなどなかった。もしそれが実現するとしたら、アインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーで行われるオフ会であったであろう。しかし、そんなものは現実でも行われることはなかった。

 

 『リ・ブルムラシュールの真東に向かったアゼルリシア山脈の麓に、直径15メートルの岩が横たわっている。その岩は自然の造形によって、下から見上げた場合、骸骨を思わせる岩がある。遠くからでも目立つその場所で落ち合おう』というのが、蒼の薔薇からの連絡である。

 目撃情報のあった吸血鬼《バンパイア》の棲家とされているのは、アゼルリシア山脈の頂上近くにある洞窟ということだ。よって、アゼルリシア山脈の中腹あたりで待ち合わせ、そして合流し、棲家へと討伐へ向かおうという話だ。

 

 しかし、約束の日時から既に数時間が経っているが、蒼の薔薇の一団との待ち合わせ場所をモモンとナーベは探しだすことが出来ていない。見晴の良い山脈の中腹から眺めても、そんな大きな岩など見えたりしない。地面が斜めになっていて、そして所々に低木や花が咲いている、といった光景が地の果てまで続くように思われる山脈に沿ってそれも続いている。

 

「モモンさん、アレを」と後ろを歩いていたナーベがモモンを呼び止める。

 

 遠くの方で、赤い点がゆらゆらと空中を揺れている。

 

「ん? あれは…… イビルアイか?」

 

「そのようです」とナーベも同意する。

 

「では、約束の時間に大分遅れてしまっているし、急ぐぞ」と、モモンは常人では到底無理な速度で走り出す。そして、それに遅れることなくナーベも付いてくる。

 傾いている地面、滑りやすい小石が混じり、所々に足を躓きやすい石が多数みられるという足場の悪い条件下に関わらず、斜面を構わず疾走する二人組。その走っている姿を見るだけで、この二人が運動能力が並はずれていることが伺える。

 

 飛行《フライ》の魔法で上空へと上がったイビルアイであった。近づくと、小さく見えたのは、彼女が身にまとっていた真紅のマントだ。

 

「俺たちに位置を知らせてくれるのは良いとして、吸血鬼《ヴァンパイア》にも、自分たちの居場所を教えているようなものだな」と呆れたようにモモンが言う。早く合流をしたい、もしくはモモン達を見つける、もしくはイビルアイ自身が目印となることを考えての行動かも知れないが、浅慮だ。

 

「全くです。低能な大蚊《ガガンボ》」とナーベも答える。

 

 ・

 

 近づくモモンとナーベに気付いたのか、イビルアイは飛行《フライ》の魔法を解いたのか高度を下げていき、その姿が山の影となって見えなくなった。

 

「なるほど…… 谷になっている部分だったのか。それは遠くから見ても見つけられないわけだな」とモモンは納得したように言った。谷となっている山の尾根に立ちながらモモンは谷を見下ろす。確かに大きな岩があり、それはトブの大森林を抜けてアゼルリシア山脈に向かうのであれば嫌でも目に付く。それにその大岩は確かに髑髏のような姿をしており、巨人の骸骨が石化したものだと言われれば納得してしまうかもしれない。

 

 蒼の薔薇のメンバーは、その髑髏に似た大岩の前に腰を下ろしていた。蒼の薔薇のリーダー、ラキュースが貴族らしく優雅に細い両足を斜めに揃えて岩の上に座っている。ティアとティナは、それぞれ周囲の警戒にあたっている。そして、先ほどのイビルアイは髑髏の大岩の頂上に座っている。

 流石に、強大な吸血鬼《ヴァンパイア》の討伐ということだけあって、蒼の薔薇のメンバー全員が彼らの出来うるフル装備をしている。

 

 ナーベは、髑髏の上に座り、モモンを高い所から見下ろしているイビルアイが気に食わないようだ。ナーベは、イビルアイを睨んでいる。

 

 だが、蒼の薔薇の、ある意味で一番目立つ人物がいない。

 

「ガガーランは?」とモモンが口を開く。

 

「ここです」とラキュースが力なく答えた。

 

「ん?」とモモンがいると、そこに安眠の屍衣(シュラウド・スリープ)に包まれたガガーランの姿があった。

 

「実は、モモン殿をお待ちしているときに、例の吸血鬼《ヴァンパイア》と遭遇し……」

 

「そうか。すまない。本当に来るのが遅くなってしまったようだ」とモモンは深々と頭を下げる。

 

「復活できるから問題はない。以前、モモン殿が復活魔法に興味があるようだったので、蘇生させるのを待っていたのだ」と、髑髏の大岩から飛び降りたイビルアイは言った。高さ二十メートルはあろうところから飛び降りたが、飛行《フライ》の魔法を使ったのか、地面へ衝撃な何もないかのように静かにラキュースの横に着地する。

 

「それは感謝する。だが、それは時と場合によるな。吸血鬼《ヴァンパイア》がいつ再度襲ってくるか分からない状態で、蘇生をさせないのは愚策だと思うのだがな。蘇生を受けた者は、生命力が低下してしばらく動けないと聞いているしな。もちろん、私達の到着が遅れたのを言い訳にしている訳ではないがな」

 

「そ、それは……」

「撃退する際に、相手にもかなりの深手を負わせました。しばらくはあの吸血鬼《ヴァンパイア》も傷の回復に専念しているはずです。それに、モモンさんを待っていたというのはある意味で違います。私の魔力が回復し次第復活させる予定でした」と口ごもるイビルアイに替わってラキュースが答えた。

 

「そうか……。それならば私からは異論はない。貴重な復活魔法使用の場に立ち会わせていただくことを感謝する」とモモンは軽く頭を下げる。

 

「私の魔力も十分に回復しました。では、ガガーランを復活させます」とラキュースが宣言すると同時に、詠唱が始まった。


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