山小人(ドワーフ)の姫君   作:Menschsein

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散華 2

 ブルムラシュー候領リ・ブルムラシュール。鉄鋼業が盛んな都市だけあって、城壁に囲まれた都市の内部には、煙突が並び立ち、そしてそこから黒い煙が吐き出され続けている。

 

「ようこそ我が領へおいで下さいました。ラナー殿下。それにレエブン候。そして、護衛を引き受けて下さった、噂に名高い蒼の薔薇の皆様」と、馬車を降りたラナーを笑顔で迎えたのはブルムラシュー候。穏和な整った表情から作り出される笑顔は、多くの人に対して好意的な印象を与えるであろう。たとえ、金貨一枚で家族すら裏切るという噂がある人物だとしてもだ。

 

「出迎えありがとうございます。そして、領地へ視察にご協力をいただき感謝致します。国王である父に代わって、お礼を申し上げます」とラナーはブルムラシュー候の差し出された手を取り、下車をする。

 

「いえ。こちらこそ感謝いたします。叡智溢れる“黄金”と称されるラナー殿下。我が領地で至らぬことがありましたら、何なりとそのお知恵を非才な我が身にお伝え下さい」とブルムラシュー候は慇懃に答える。

 

 ラナーの知恵、発想力は王都でも随一である。ブルムラシュー候が今回の視察を受け入れた要因の一つである。それは、ラナーがこのブルムラシュー候の視察を通じて某かのアイデアを自分の領地に提供してくれることを期待してだった。精錬場、鍛冶工場などを視察した上での某かの技術革新。都市リ・ブルムラシュールを発展させるような社会設備《インフラ》に対する改善案。その他もろもろをブルムラシュー候は期待していた。自分にとって不利になることは聞き流せば良い。しかし、自国の領地の発展に寄与することであれば、それは傾聴すべきだ。歴代のブルムラシュー候は、王家の視察に対して消極的であり、何かの理由をつけてその視察を断っていた。今回の視察は、先代以来となる。

 そして、ブルムラシュー候は、到着したラナーに対して、自国の領地に対してのアドバイスを遠回しに要求した。

 

 一方で、ラナーとレエブンがこの地を訪れたのは、表向きは王家による定例視察。しかし、裏の目的は、噂の域を出ないブルムラシュー候が帝国へと王国の情報を売り渡しているという確固とした証拠を手に入れること。

 さっそく、水面下で両者の利害は対立し始める。

 

「では、ラナー殿下。私達は、冒険者モモン殿との待ち合わせの場所へと向かいます」と蒼の薔薇のリーダーであるラキュースが言った。

 

「はい。王都からここまでの護衛に感謝致します。そして、ご武運をお祈りしています」とラキュースに対してラナーがお礼を言う。

 

「我が領内に凶悪な吸血鬼《ヴァンパイア》が住み着くなど由々しき事態。民の安全を守る領主として、討伐を心よりお願いいたします」とブルムラシュー候も言う。領民の安全を願う心優しき善良な領主のような顔だ。そして、今回の視察を受け入れた最大の理由。悪名高い吸血鬼《ヴァンパイア》が領内に現れたとならば、その対策を打たずにはいられない。最悪の場合、リ・ブルムラシュールの都市が死都となってしまう可能性がある。だが、ラナーの護衛のついでに、王家の依頼によって蒼の薔薇に吸血鬼《ヴァンパイア》が依頼されたのであれば、それはブルムラシュー候にとって歓迎すべき事態である。自分の身銭を切らずに、自領の不安要素を排除してくれるのだ。アダマンタイトの冒険者に依頼するとなれば相応の金額となる。しかし、それが節約できるのであれば、ブルムラシュー候にとって歓迎すべき事態だ。

 

「全力を尽くします」とラキュースは答え、蒼の薔薇のメンバーはアゼルリシア山脈へと向けて旅立つ。

 今回の、“国堕とし”と外見の一致した吸血鬼《ヴァンパイア》がアゼルリシア山脈にて発見されたという情報。その情報自体が偽装《フェイク》だ。だが、アダマンタイト冒険者である蒼の薔薇が、確からしい、とその噂を肯定したならば、その情報は、冒険者の間でその情報の信憑性は格段に高まる。実際に蒼の薔薇が討伐へと向かうという話になれば、ほとんどの冒険者がその噂は真実であると捉えるであろう。

 

 “蒼の薔薇”のメンバー間でも、“国堕とし”と外見が類似した吸血鬼《ヴァンパイア》が現れたという虚偽情報を冒険者組合に流すことに対して反対を表明するものもいた。それは、イビルアイである。ガガーランも、ラキュースとラナーのその提案に対して難しい顔をしていた。アダマンタイトという影響力のある冒険者が虚偽の情報を意図的に流すことは、冒険者としての信義に違反する行為だ。

 だが、正体が“国堕とし”であるイビルアイが実際にアゼルリシア山脈に行けば、その噂自体は真実になる。外見が似ているどころか、その“国堕とし”本人だ。その噂が先行するとはいえ、それ自体は事後的に補完されて真実となる。詭弁でしかないが、そのラナーの説明になんとか納得したガガーラン。そして、イビルアイであった。

 

 蒼の薔薇を見送った後、ラナーは口を開く。

 

「さて、今日は長旅で疲れております。視察は明日からでよろしいですか?」

 

「歓迎の夕食会を企画しておりましたが、ラナー殿下のご要望とあれば、歓迎会も明日以降と致しましょう」と、ブルムラシュー候は満面の笑みで答える。さっそく、用意をしていた歓迎会の日程を後日に変更した、という貸しをラナーに与えることができたからだ。

 

「感謝致します。私も、ずっと馬車に座りっぱなしで腰が痛くてね」とレエブン候もほっとしたように言った。その様子を見たブルムラシュー候はますます上機嫌となるのであった。

 


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