山小人(ドワーフ)の姫君   作:Menschsein

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豊穣と供物 5

 王都リ・エスティーゼから北東の方角。二つの山脈に挟まれた、王国など平野に広がる都市からすると高地に属する場所に、都市リ・ブルムラシュールは存在している。その都市の真東には、金、ミスリルが産出される鉱山がある。そして、トブの大森林にある森林資源も有し、アゼルリシア山脈に降り注ぐ豊富な雨量が流れ込む川も存在している。河川も、リ・ウロヴァールへと流れ、王国の北に流れていく川と、都市エ・レイブルを経由して王都そして西の海へと流れる川が存在し、王国の一大消費地へのアクセスも良好である。

 ブルムラシュー侯爵領は、採鉱だけではなく、製錬、そして製錬された金属加工、馬車の移動よりも低コストな船での運搬。それが可能な土地であった。そして、その土地の優位性を踏まえて、歴代のブルムラシュー侯爵は領土を発展させ続けてきた。

 特に、今代のブルムラシュー侯爵も、その領主の産業である工業の発展に力を入れてきた。苛烈とも言える手段で……。

 金貨一枚でも多くの利益を得る、というブルムラシュー侯の目的のもと、突如弾圧されたのはアゼルリシア山脈に住む山小人《ドワーフ》達であった。人間の奴隷という労働力に替わって、安価な労働力を得るという名目で、山小人《ドワーフ》がターゲットにされたのである。

 山小人《ドワーフ》の各部族が所有していた鉱山や精錬所は、ブルムラシュー侯に接収される。山小人《ドワーフ》が自ら鉱山で採掘した鉱物、加工物は、すべてブルムラシュー侯の所有物となった。彼ら自身の資本をすべて奪われた山小人《ドワーフ》は、労働の代価として雀の涙ほどの賃金を得るだけの日雇い労働者となった。そして、過去に山小人《ドワーフ》達が採掘し、加工した金属もブルムラシュー侯の所有物であったということになり、それを山小人《ドワーフ》達は勝手に採掘し、加工し、売却したとして、盗人の汚名を着せられ、そしてその補償金として膨大な金額の借金を背負うこととなった。

 

 そんなことをされて黙っている山小人《ドワーフ》であったのか? その答えは否である。山小人達は立ち上がった。が、山小人達に対して数で圧倒する人間。山小人達が自ら作り出した鎧、斧などの武器も、圧倒的な数の暴力で押し寄せる人間には敵わなかった。

 山小人《ドワーフ》達は敗北した。二度と反旗を翻すことがないようにと、採掘を行う山小人《ドワーフ》は、片腕を切り落とされた。

 だが、ツルハシを握ることができるようにと片腕だけでも残された山小人は幸運な部類に入るのかもしれない。重い金鉱石やミスリル鉱石を坑道の奥からトロッコで運ぶ山小人《ドワーフ》達。彼らの両腕は切り落とされた。両足があれば、首に付けられた鎖でトロッコを坑道の外へと引っ張り上げることができるからである。

 鋳造や細かい細工加工を行う山小人《ドワーフ》は、五体満足であるが、熱気があふれる工場《こうば》で昼夜を問わず働かされている。

 女の山小人は、連れて行かれ、その後の消息が掴めないものが多い。

 

 山小人《ドワーフ》の中には、アゼルリシア山脈を越えて、山小人《ドワーフ》の権利が守られている帝国へと逃げ出そうとしたものも多い。

 だが、背丈が人間よりも低く歩幅も小さい。人間と比べて鈍足であった。それに、人間は、多少の傾斜や足場の悪さをものともしない八足馬《スレイプニール》に乗り山小人を追いかける。一方で、ドワーフには乗馬の習慣も無く、逃げるには自らの足で逃げるしかなかった。

 結果として、アゼルリシア山脈を越えることができた山小人は極少数である。多くが捕えられるか、雪積るアゼルリシア山脈で力尽きた。春が来て雪が解けるまで、山小人《ドワーフ》が山脈を越えて逃げることができないようにと、冬の時期を選び、天然の檻に閉じ込めてから山小人達への襲撃を開始したブルムラシュー侯の狙い通りであったと言ってよいであろう。

 

 そんな山小人《ドワーフ》にとっては過酷で出口の見えない冬の時代。炭鉱の最奥部。動くことが出来なくなった仲間や年老いた山小人《ドワーフ》達を匿うために、人間の監視を逃れて作った避難スペース。

 落石などにより怪我をした山小人《ドワーフ》達、病となった山小人《ドワーフ》達、長い顎鬚が真っ白となった山小人《ドワーフ》達、そんな人間が発見した場合、即座に処分されるような山小人《ドワーフ》達が、狭い空間で肩を寄せながら、静かに呼吸をしている。朝日が登っても、その日が差し込むことなどあり得ない地底の奥底で、長い夜が明けるのをただ待っていることしかできない者達であった。

 

「生ぬるい死ですね。偉大な方に捧げるに相応しくない」

 避難スペースの沈黙が突然破られた。疲れながらも山小人達は、声のした方向へと視線を向ける。

 避難スペースの入口に見知らぬ男が立っていた。その男は、坑道の最深部で、もっとも似つかわしくないと言っても良い格好、スーツを着ている。埃っぽい坑道の中を移動してきたとは思えないほど、スーツはパリッとしており、シミ汚れなど無いように思えた。丸眼鏡にオールバックした黒髪。その男の後ろには銀色の尻尾が揺れている。

 

「何者だ?」と、現れた不審者に対して体を動かす気力を僅かばかり残す山小人《ドワーフ》が、先端の折れたツルハシを持って立ち上がる。

 

「そのツルハシで私と勝負するかね?」とその男は、優しく立ち向かった男に語りかける。

 

「よい、下がるのじゃ。彼から強大な力を感じる。恐らく古《いにしえ》の悪魔であろう」と、避難スペースの最も奥から男が立ち上がる。頤から足下まで届くほどの白髭を生やしている。顔には深い皺《しわ》の他に、幾つもの刀傷があり歴戦の勇者であったように思わせる。

 

「貴方がこの山小人《ドワーフ》部族のリーダーですか? 二百年前に大陸を脅かした魔神達を倒した、貴方達の祖先であるかの英雄も、今の貴方達の惨状を見たら悲しむ前に、呆れかえると思いますね…… 私は、哀れなあなた達に見かねた方からの使いです。その方からの伝言です。『このまま無様に生を晒すか、それとも、誇りを回復して死ぬか?』。確かに伝えましたよ? さぁ、選びなさい。3分間待って差し上げましょう」


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