リハビリシリーズーデレマス短編集ー   作:黒やん

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友人A「お前の小説日刊入ってんぞ」

俺「ふあっ!?」



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ありがとう、みんな、ありがとう。お礼と感謝とほんの少しの下心(書けば出ると聞いた)を込めた更新でこざいます。


星に願いを《アナスタシア》

「ふぅ……」

 

式場の入り口の横にある自販機に小銭を入れ、適当な炭酸らしき飲み物と、コーヒーを買う。その場で炭酸ジュースのプルタブを開き、一気に飲み干す。強めの炭酸が喉を刺激する、普段はあまり好きではないその感覚が、今は気持ち良かった。

今日は姉貴の結婚式だ。今もまだ途中ではあるのだが、少し訳あって疲れてしまったために抜け出してきたのだ。あのバカ親父め、年甲斐もなく声を出して号泣しそうになるわ、暴走しかけるわ、新郎を睨んで威嚇するわでこの上なく面倒くさい。母さんと二人で宥めてすかしてボコッて沈めたのだが。僕が姉貴ののろけから解放される記念すべき日になんてことをするのか。

 

まぁしびれを切らして思いっきり顎にいい一撃を叩き込んだのは悪いとは思っていたため、こうしてコーヒーを供えに戻ろうとしているのだが。

そんなことを考えながら式場に戻っていくと、扉の前で一人の女の子が備え付けのソファに座っているのを見つけた。顔は俯いていてわからないが、あのドレスと綺麗な銀髪には見覚えがある。確か姉貴に呼ばれたアイドルの同僚達の一人だったはずだ。

普段ならスルーしていただろうが、どういう訳かそのときばかりはその子に近づいて行ってしまった。親父のところへ戻るのに気が乗らなかったか、それとも男として可愛い子と仲良くなりたかったのか。それは今でもわからないがとにかく、僕はその子に声をかけた。

 

「大丈夫ですか? 気分でも悪くなりました?」

 

声をかければ、その子はゆっくりと顔を上げる。端正な顔の綺麗な青い目が、まっすぐに僕に向けられた。

 

「ヌ、ダー。大丈夫、です。気分が悪い、ではありません、ね」

 

ゆっくりと言葉を紡いで、力なくはにかむ。始めのは確かロシア語だったか。ダーというのはどこかで聞いた覚えがある。

顔を見て思い出したことだが、この子は姉貴のデビュー当初からのパートナーだった子だ。電話してきた時にはのろけ七割、この子が二割、その他が一割なのでよく聞かされている。確か名前は……

 

「アナスタシアさん、でしたっけ」

 

「? ダー。ミニャー ザヴート アナスタシア。アー……あってます。私の名前は、アナスタシア、ですね。どこかでお会い、しましたか?」

 

「あ、いや、ごめんなさい」

 

きょとんとした表情で頬に人差し指を添え、首を傾げる。見た目に反して中身は幼いのかもしれない。

言っておいてなんだが、初対面でいきなり名前を呼ぶのは失礼だろう。相手がアイドルということを含めなければナンパでもそんなことはしない。

 

「よく姉貴から話を聞かされるので、つい口に出しちゃいました」

 

「アネキ……お姉さん?」

 

「ああ、名前言ってませんでしたね。新田海斗と言います。姉の美波がいつもお世話になってます」

 

自分の名前を告げると、アナスタシアさんは目を丸くする。

 

「ミナミのブラット……アー……弟さん、でしたか。ごめんなさい。式場ではミナミとケイしか見てなかった、です」

 

ケイというのは義兄さんのことだ。和久井圭。姉貴の高校時代からの先輩で、姉貴が押し掛け女房をかました割と可哀想な人。と思いきや姉貴と同じくらいに万能だった人である。

 

「まぁ結婚式ですし、そりゃそうなりますよ。僕だってそう言えば今日見たような、と思って声をかけただけですし」

 

「スパシーバ。それでも心配してくれてありがとう、

ですね。そろそろ戻りましょう」

 

そう言って立ち上がろうとするアナスタシアさんを手で制して、持っていたコーヒーを握らせる。話していてわかったことだが、この子は純粋、というよりは幼い。姉貴の話から考えるならばきっと姉貴のことを実の姉のように慕っていたのだろう。それが義兄さんに取られてしまってショックを受けた。多分そんなところだ。そんな彼女に式を見せるのはストレスの原因になりかねない。

 

「戻るのはそれをゆっくり飲んでからで。リラックスしてからでも大丈夫です」

 

「でも……」

 

「大丈夫大丈夫。姉貴はそんなことで怒りませんよ。何なら悪戯がてら、思いっきり心配させてやればいい」

 

悪戯、という響きが良かったのか、アナスタシアさんはくすりと笑みをこぼす。この様子なら問題ないだろう、とその場を離れようとしたのだが、それはアナスタシアさんが僕の腕を掴むことで妨げられた。

 

「アナスタシアさん?」

 

「せっかくですから、話し相手、欲しいです。少し付き合ってくれませんか?」

 

僕が少し迷っていると、アナスタシアさんは先程とは違う、やわらかな笑みを浮かべた。

 

「大丈夫、です。ミナミ、そんなことで怒りません、ね?」

 

その言い方はずるいと思う。何せ僕自身が言ったことだ。

僕は観念して小さく笑うと、アナスタシアさんの対面に腰を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ーーそれで、そのラジオが終わったあとが一番大変だったんだよ。男友達には敵視されるし、女子には冷たい目で見られるし」

 

「えっと、サチューフストブユ……アー、お気の毒、でしたね」

 

休憩しながら世間話していると、どうやら僕と彼女は同い年らしいことがわかった。それならということでお互いに丁寧語を崩すことになったのだが、アーニャーーそう呼ぶように言われたーーはあまり話すタイプではなかったようで、主に僕が話すことになっていた。

僕もあまり話すタイプではないのだが、アーニャが相手だとあまり苦にならない。話を聞いている彼女の表情がコロコロと変わるために話していて楽しいのだ。こういう人のことを聞き上手と言うのだろう。今も苦笑いをしながら僕の肩を軽く叩いてきていた。

 

「本当だよ……あのバカ姉貴め」

 

「でも、ミナミと一緒に寝るのは、ちょっと羨ましい、です」

 

「寝てないからね!? 姉貴はともかく僕は自分の部屋にしっかり鍵かけるから!」

 

この子は果たして僕の話を聞いていたのだろうか。いや、聞いていたけど感覚がずれているだけなのだろうか。僕のツッコミに対してもアーニャはコテンと首を傾げるだけだった。

 

「好きな人と一緒にいたい、私はそう思いますけど、カイトは違いますか?」

 

「えー……」

 

「……カイト、もしかしてミナミのこと、キライ、ですか?」

 

案の定認識がずれていたため、どう説明したものかわからずに言葉を詰まらせていると、少し変に考えてしまったのだろう。アーニャが眉をへの字に曲げてそう聞いてくる。

 

「嫌いじゃないよ。もし嫌いならこんなところに来ないさ」

 

「なら……」

 

「僕が言ったのは何て言うかな……ほら、恥ずかしいとかそういう意味だよ。何て言うか、すごく否定したくなるやつ」

 

シスコンとか変態とは言われたくないのだ。ましてや冤罪甚だしいことでなら特に。

そう説明すると、何故かアーニャはほにゃっとした表情で笑った。……何か凄まじい勘違いをされているようでならないんだけど。

 

「ニチェヴォ ストラーシナヴァ」

 

「え?」

 

「ティー スモーゼッシュ!」

 

「いや、日本語に」

 

「少し、話し過ぎましたね。カイト、そろそろ戻りましょう」

 

「待ってアーニャ。せめて日本語訳をしてから行こうよ。ちょっと引っ張らないでって力強いね君!?」

 

「ふふっ」

 

アーニャに腕を引っ張られて式場に戻る。後にこの時の言葉を調べてから、アーニャの悪戯だったと聞かされた時に一悶着あるのだが、それはまた別の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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姉貴の式が終わって数日後、僕は都内の大学に通うことになった。

本命は広島の大学で、そこも受かったのだが、母さんがやたらと勧めるので仕方なく受けた都内の大学に特待生で合格してしまったのだ。学ぶ内容や知名度、授業内容にはほとんど違いがなかったために母さんのお願いという名の脅しに屈してしまったのである。……強制下宿に月の仕送り80%カットは鬼畜だと思う。

 

そうして大学に入ったのはいいのだが、そこで僕はアーニャと再会したのだ。しかも同じ学部学科専攻。なんでもアーニャは姉貴と同じ学部を目指したのでこうなったらしい。僕も姉貴も親父の影響を受けているので自然と同じ学部を受けていたのだ。

まぁそれ自体は構わない。東京に出て近くに知り合いがいるのは心強い。では何が問題なのかと言うと……

 

「カイト! 一緒にごはん食べましょう!」

 

「あー、うん。ちょっと待っててね?」

 

「ダー!」

 

この上なくなつかれたのだ。授業も昼休みもべったりになってしまい、全員という訳ではないが僕は同期の男達に敵視されてしまうようになった。まぁ普通に接してくる人達とはかなり仲良くなっているのだが、食堂などだと視線がかなり痛い。

何せ彼女はアイドルなのだ。それもかなりの人気がある。姉貴がデビューして以来のパートナーなのだから、少なくとも三年以上は活躍し続けていることになる。そんなアーニャが男と一緒にいるところをファンが見たら妬むのは当たり前と言えば当たり前なのだろう。美城プロダクションが恋愛推奨を公言しているためにパパラッチが湧かないのが不幸中の幸いだろうか。

 

「海斗、お前本当になつかれてんな」

 

「笑い事じゃないよ……」

 

「ハッハッハ、いーじゃんよ。あんな美人と付き合えるだけ幸せだろ」

 

「だから付き合ってないってば」

 

「あれ? そうなん? でもお前ら端から見たら付き合っているようにしか見えないぜ?」

 

「って言われてもなぁ」

 

そんな軽口を叩いていると、入り口の近くにいたアーニャが近寄ってきて僕の腕をぐいぐい引っ張ってくる。それを奴はニヤニヤしながら手を振って見送ってきた。

……おのれ貴様、月夜ばかりと思うなよ。具体的には来週のスポーツ選択のバスケで地獄を見させてやる。無事に歩いて帰れると思うなよ……!

そう呪いを込め、アーニャの隣に立って歩く。身長差からかアーニャが小さく見えるが、実際は中々身長が高い。なんやかんやで十五㎝しか差はないのだ。

いつもなら隣に立てば手を離すアーニャだが、今日は何故か腕を掴んだままだ。不思議に思って顔を見ると、少しだが頬を膨らませている。これが隠せないあたり、見た目と性格のギャップがすごいな、と感じてしまう。

 

「えっと……怒ってる?」

 

「ニェット、怒ってません」

 

「頬っぺた膨らんでるよ?」

 

「……カイトは意地悪です」

 

ぺたぺたと頬を触って自分でも認識したのか、今度は隠そうともせずにぷくぅと頬を膨らませる。

 

「ごめんごめん。お詫びに抹茶アイス買ってあげるから」

 

「むぅ。そんなことでは、誤魔化されません」

 

そう言いながら目はキラキラと輝いている。相変わらず分かりやすい。最近たまにこうしてアーニャが拗ねてしまうので、その時は仕方なくこうやって買収していたりするのだ。何故怒っているのかがわからないので謝るに謝られないので仕方ないと割りきっている。

 

「今ならわらび餅もついてくるよ?」

 

「わらび餅……うー」

 

「今日は確か肉じゃが定食だったよね、日替わり定食。急ごうか」

 

アーニャの好物である肉じゃが定食を出せば、彼女はなにも言えなくなってしまう。今日は日替わり定食に助けられた。最後の抵抗とばかりにアーニャはポコポコと僕の腕を叩いているが、ちょうどいいマッサージ程度の力だった。

そんな風に、僕の大学生活は過ぎていっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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その日はかなり強い風雨だった。強い台風が不運にも東京を直撃し、交通機関も完全に止まってしまっているらしい。そんな状態であるので大学も全授業の休講が午前中には決定されていた。

外にも出かけられず、特にすることもなかったので、僕は朝からぼんやりとテレビを眺めていた。少し前に姉貴と義兄さんから連絡があったのだが、大丈夫ということを伝えた後は適当に聞き流してしまった。

昔から、雨や風は嫌いだ。小さい頃から親父にくっついて海に出かけ、釣りやら磯遊びをして育ってきた。だからそれが出来なくなる雨や強風は嫌いだった。そのせいだろうか、台風なんかが来るとモチベーションがガクンと下がってしまう。もはや癖みたいなものだ。

 

一人用のソファでぐったりしていると、突然インターホンが響く。学生用のワンルームなので、大家さんが安全確認でもしに来たのだろうか。そんなことを考えながらドアを開けると、そこには予想外の顔かあった。

 

「……アーニャ?」

 

「あ……カイト……。ドーヴラエ ウートラ、おはよう、です」

 

そこにいたのはずぶ濡れになったアーニャだった。軽く背中に届くほどには長い髪は肌に張り付き、ポタリポタリと雫を垂らしている。服も生地が吸水性が高いものなのか、かなり水を吸って半ば透けてしまっている。上着がデニム生地なのに救われたと言ったところだろう。アーニャ自身も寒さにやられたのか、唇の色が悪いことに加えて小さく震えていた。

 

「何でここに……ってそんな場合じゃない! 早く入って!」

 

「スパシーバ……」

 

玄関で立ち尽くしていたアーニャを半ば無理やり家に入れ、風呂に放り込む。一人暮らしの弊害でシャワーだが、濡れたままよりマシだ。着替えは姉貴が置いていったもので大丈夫だろう。あの新婚二人、たまに前触れなく乱入してきては遊んで帰っていくのだ。まぁ今回はそれに助けられているが。

アーニャが風呂から上がるのを待って、ソファに座らせる。肌が上気するくらいには温まれたようだ。体調が崩れないか心配なところだが、今はそれより聞かなければならないことが沢山あった。

 

「どうして僕の家に来たの?」

 

今日は大学もない。仕事があるならあらかじめプリントなどを取っておいてほしいとアーニャ自身が連絡してくるのだが、昨日はそれがなかった。つまり今日、アーニャはこんな天気の中、特に外に出る理由がなかったはずなのだ。

アーニャはコーヒーを入れたマグカップを弄りながら、どこか言いにくそうにもじもじしている。いつもなら言葉を模索しているのだろうと分かるのだが、どうやらそうではないらしい。

 

「アー……カイト、怒っていますか?」

 

「いや、怒ってるわけじゃないけどね」

 

怒っているのではなく、驚きすぎて混乱しているだけだ。まさかアーニャがいるなんて考えもしなかったから。

 

「ただ、何でここに来たんだろうって。アーニャのマンションって結構遠いでしょ?」

 

実際ここにアーニャは何度か来ているため、道順は知っていても驚かない。けれどここからアーニャが住んでいるマンションまでは電車で四駅くらいの距離がある。乗り物があればそれほど距離は感じないが、今日は交通機関が動いていない。歩いてくるにはかなりの距離だったはずだ。

 

「スムショーニィ……笑いませんか?」

 

「ん? 笑わないよ」

 

そう言うとアーニャは観念したのか、コーヒーをちびりと飲み、一息ついてから話し始める。

 

「ヤ バヤルシャ……少し、怖くなりました」

 

「台風が?」

 

確かに風が強いときは雨戸にしていてもガタガタと音が鳴る。一人でいるとそれが怖いと思ってしまう人もいるかもしれない。

そう考えたのだが、アーニャはプルプルと首を横に振ってそれを否定した。

 

「ニェット。違います」

 

「違うの?」

 

「ダー。私は……その、一人でいること、怖くなりました」

 

それは台風が来たときの音が怖いのではないのだろうか、と考えるも、アーニャが言葉を続けたためにそちらに意識を向ける。

 

「私の部屋、何もありません。いつも外にいます。だから、本当に必要なものしか、ありません。

ステージにいれば、ファンのみんな、アイドルのみんな、沢山いますね? 一人じゃないです。でも……アイドルじゃない私は、一人……」

 

……また難しい問題を持ってきてくれたものだ。アーニャはきっと寂しくなって、それに耐えきれなかったのだろう。普段から仕事や大学で多くの人がいる環境だったからか、急に静かになってしまったことで一気に不安が吹き出してしまったのかもしれない。夜や一人でいるときはマイナスイメージが増幅しやすいとどこかで聞いたことがある。

多分だが、今までは姉貴や仲の良いアイドルの人達がいたから何とかなっていたのだろう。それが大学入学から寮を出たことと、特に仲が良かった姉貴が結婚して今までのようにいかなくなってしまったことが重なって、アーニャにとって良くない方向に進んでしまったのだ。一人で東京で暮らすことになって、今まで頼りにしていた人が急に離れて行ってしまったような気持ちになってしまったのだ。

 

「アーニャ」

 

「……シトー?」

 

マグカップを握ったまま俯いていたアーニャに声をかけると、ゆっくりとこちらの方を向く。普段はキラキラと輝いている青い目が、今は涙で潤んでしまっていた。

 

「僕と君は友達だ」

 

「ドゥルーク……カイトと、アーニャは、トモダチ……」

 

「君は一人じゃないとは言い切れない。僕はアーニャがアイドルじゃないときしか知らないからね。でも、僕と君は友達だ。友達といるときは一人じゃないよね?」

 

そう優しく語りかけると、アーニャはトモダチ……、と何度か呟きながら僕と目を合わせ、しばらくしてからどういうわけか形の良い眉をへにょりと力なくハの字に曲げてしまう。

 

「どうしたの?」

 

流石にどういうわけかわからず困ってしまった。

 

「トモダチ……カイトと私はトモダチです。それはとても嬉しいこと、ですね。シンデレラガールズのみんなとトモダチ……とても、温かいです」

 

でも、と前置きしてからアーニャは自身の胸に手を置いた。

 

「カイトとトモダチ……少し温かい、でも、ここがとてもチクチクします」

 

「……僕のことが嫌いだったとか?」

 

「ニェット! 違います! カイトのことは好きです! とても、大好きです!」

 

もしそうなら結構ショックだな、と思いながら軽い気持ちで言った言葉を、アーニャは噛みつくように否定する。そう好きと連呼されるととても恥ずかしいのだが……。

 

「学校のトモダチに聞かれました。私とカイトは付き合っていないのか、って」

 

「僕も何度か聞かれたよ」

 

「ソグラースニィ……カイト、この前聞かれていたこと、知ってます。……カイト、ちょっと困っていたみたいでした。私は……アーニャは、カイトに迷惑かけてますか?」

 

……なるほど。この前から何度か拗ねていた理由がわかった。そう言えばアーニャが拗ねていたときは決まって僕がからかわれて適当に流してしまった後だった気がする。何てことはない、アーニャの不安な気持ちに止めをさしたのは僕だったということだ。

自惚れでなければ、大学でアーニャと最も近いのは僕だと思う。何につけても大体一緒に行動しているのだから。そんな僕が口だけとは言えアーニャを迷惑だと言うような言葉を発したらどうなるだろうか。素直な彼女はまずそれを鵜呑みにしてしまう。その結果が今なのだ。

 

「そう思ってしまったらグルースチ……とても寂しくなって、プラーカチ……泣きたくなって、気付いたら、ここに向かっていました」

 

「…………」

 

「カイト……私は、カイトのことが、好きです。でも、カイトはそうじゃありません、ね?」

 

やめてくれ。何で君が泣きそうになっているんだ。悪いのは僕なのに。怒りこそすれ、君が泣く必要なんてないのに。

 

「カイトが迷惑なら、私は……」

 

「アーニャ」

 

我慢出来ずに、アーニャの言葉を遮る。普段ならそんなことはしないが、今回は別だ。

アーニャの口から、アーニャの声で、その先の言葉を聞きたくなかった。

 

「アーニャ、僕は……」

 

アーニャが真っ直ぐに僕を見ていることに気付き、一旦言葉を切ってしまう。ああ、こんなときに自分の性格が恨めしい。残っていた自分のコーヒーを一気に煽り、深く息を吐く。

 

「一度しか言わないからよく聞いていて欲しい。……僕は、僕も、君のことが好きだ」

 

きっと初めて話したときから。あの時、綺麗な目を見たときから。きっと、僕は彼女に惹かれていた。そして大学で再会して、一緒に行動するようになって……それを崩したくなくて、その先に進もうとはしなかった。結局先に進んだのは彼女が先に進もうとしたからだ。臆病者と言われても仕方がない。

 

アーニャは僕の言葉を聞いた瞬間から、目を丸くしたまま言葉を失って動かない。しばらくそのまま時間が過ぎていくが、じわりと彼女の目の潤みが強くなっていく。

 

「ちょっ、アーニャ!?」

 

「ズルいです……あんな、こと。言ったのに。いつも、そんな風に、見えなかった、のに。……ずっと、私だけだと、思って、たのに」

 

ボロボロと涙を流すアーニャに近寄ると、しがみつくように抱きつかれる。拭っても拭ってもその涙が途切れることはない。今まで我慢していたものが一気に出てきてしまったらしい。

むしろそれだけ、僕は彼女に我慢させてしまっていたのだ。

 

「本当に迷惑なら、僕は始めから君の面倒を見てないよ」

 

「でも、でも……!」

 

「それに、初めて会ったときに言ったじゃないか。僕は恥ずかしいことは苦手なんだ。否定したくなる」

 

彼女を泣き止ませたくて、そんなことを言ってしまう。今そんなことを言っても言い訳がましいだけなのに。でも気付いた時には言ってしまった後だ。

どうしようか迷ったものの、僕はしがみついたアーニャとソファに座り、彼女に膝枕をしてから互いの手を絡め合わせる。こんな時は抱き締めるべきなのかもしれないが、僕にはまだそんな勇気がなかった。

 

「だから、ごめん。今の僕にはこれが限界だ」

 

アーニャはしばらくぐすぐすとしゃくりあげていたが、少し待つと落ち着いたようで、手を繋いだまま頭を上げて僕の膝の上に座った。

 

「アーニャ? この体勢なんかすごく恥ずかしいんだけど」

 

「これで、許してあげます。だから、チェルピェーニエ……我慢、ですね」

 

まだ少し鼻声ではあるが、嬉しそうにそう言うアーニャに、僕は何も言えなかった。

アーニャはコテンと頭を僕の方に預けると、そのまま上を向いて僕と目を合わせて笑った。

 

「これで、私とカイトはヴァズリュヴリェンヌイ……コイビト、ですね」

 

語尾に音符でも付きそうなほど機嫌良くそう言う彼女から、ついつい目を逸らしてしまう。不満を露にして唸っているのが聞こえるが、間違いなく真っ赤になった顔をアーニャに見せたくなかった。

それでも、彼女を泣かせないためなら、彼女の笑顔が見れるのなら。

 

「むぅ。カイト! 顔が見えません!」

 

「今は見ないで欲しいかな……」

 

「イヤです! 私は、大好きなカイトを見ていたい、です!」

 

「……うぁぁ」

 

これからは、僕から彼女の手を取っていける。そんな気がした。











・新田海斗
美波の弟。18歳。新田の血には逆らえなかったのか、アーニャに一目惚れしちゃった人。
恥ずかしがりやが祟ったヘタレではあるが、面倒見が良く、また時々無駄に大胆になる。簡単に言えば天然ジゴロ。最後に手を握って膝枕とかやらかしたのもやっぱり新田の血←
ちなみに父親は突き上げ気味のレインメーカーで仕留めた模様。式場でゴングの音を鳴らし、母親が解説、圭が実況をして美波を困らせたとか。尚参列者の一部には大好評の余興になったらしい。

・アナスタシア
今回のヒロイン。クール。ここでは18歳。少しだけ日本語に慣れたらしく、自分のことは私、で統一するようになった。でも時々アーニャって言ってしまう。可愛い。
ロシア語の日本語表記とか本来無理ゲーですので、発音とか語法の指摘は勘弁してください。二年前の講義とかほとんど覚えてないんじゃよ……。
作者的には付き合い出したらスキンシップ多目なイメージ。万が一海斗にバッド(?)エンドがあるとすれば恥ずか死だろう。
『アーニャが仲の良い人を名前で呼ばないはずがない!』と急遽海斗と美波主(圭)に固定の名前が付いた。ちなみに他は未定。俺の名前を付けてくれ! という猛者が居れば作者まで御一報を←

・和久井圭
美波主。大学卒業後は調理師免許を取って定食屋兼居酒屋を開業した。細々とやっていたが、美波が連れてきた某神様と握手した翌日、まさかの某神の舌が来店。泣くまで昇天させた結果超有名店になったとか。
基本的に美波と同等の万能さを誇る。料理の腕も美波以上ではあるが、自分でも気付いていない好みを美波に握られているため、完全に胃袋を握られている。
結婚式に参列した姉に挑発しまくった結果、ヤクザキックで吹き飛ばされた後に意識が遠のくまで絞められた。

・和久井美波
旧姓新田。ここでは22歳。クール。押しも押されぬ人気アイドルに成長した。家では母と弟に弄られていた様子。

・ラジオ
新田美波弟と同衾疑惑。詳しくはシンデレラ劇場を参照。

・ひと悶着
海斗「アーニャ、そう言えば初めて会った時の最後、何て言ってたの?」
アーニャ「アー……『頑張れ! 出来る!』『幸運を祈る』……そんな意味、です」
「……アーニャ、僕来週の日曜日、一人で釣りに行くよ」
「シトー!? カイト、その日はデート……イズヴィニーチェ、カイト! ごめんなさい~!」

結局アーニャの泣き落としが勝ったらしい。

・なつかれた
友人曰く、『アナスタシアさんに犬耳と尻尾が生えていたようにみえた』とのこと。忠犬アーニャ誕生の瞬間。

・お目目キラキラ
?「橘です!」




~おまけ~

「ねぇねぇどんな気持ち? 妹分を弟に取られて、弟を妹分に取られてどんな気持ち?」

「…………」(ぷるぷる)

「……いや、すまん。流石に泣くほどとは思ってなかったわ」

「だってぇ……」

「あーはいはいよしよし。まぁ二度と会えないって訳じゃないだろ? また遊びに行けばいいさ」

「うん……」

「まぁ弟も妹分もいるんだ。どっちが欲しいって言わなくて済んで良かったじゃねぇか」

「……圭さん。私は娘が欲しいわ」

「美波さん? 流石に早すぎるんじゃ……ってヤメロォ!?」

和久井家は夫婦円満なようです。

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