リハビリシリーズーデレマス短編集ー   作:黒やん

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変わらないもの《渋谷凛》

緊張感が場を支配する。今いるのは自分の部屋だ。自分の部屋なはずなのに、圧迫されるような重圧が両肩にのし掛かってくる。

息が詰まり、足が痺れる。この状況をどうするべきか。頭を働かせてみるけれど、一向に答えは出てこない。そうこうしている内に悪鬼が動いた。

 

「で、これなに?」

 

汚れなき男子高校生の聖典(エロ本)です……」

 

「どうして持ってるの?」

 

「色々もて余してしまったからです」

 

「なんで胸の大きい人ばっかりなの?」

 

「好みだからです」

 

「ふーん……」

 

目の前の悪鬼……凛が俺をゴミを見るような目で睨んでくる。死にたい。俺に睨まれて喜ぶ趣味はないし、お隣の年下女子に性癖を知られてしまったのは恥以外の何物でもないのだ。

どうしてこうなった。そう思っては見るものの、どうしても原因が目の前の凛以外に見当たらない。家が隣同士であることに加えて、俺の部屋と凛の部屋がどういう原理かベランダ同士で繋がってしまう立地にあるのだ。そのせいか、昔からこいつは度々勝手に俺の部屋に侵入してくる。今日も俺が学校から戻ってきたら何故か激おこ状態の凛がいて、訳もわからないままに正座させられて今に至っている。

凛は俺より二歳下ということもあって、幼稚園頃からずっと面倒を見てきた。俺が中学生になってからはそういうこともなくなったのだが、昔はお兄ちゃんお兄ちゃんと後を着いてきてかわいいものだった。今は人のトップシークレットを踏みにじる悪鬼羅刹にジョブチェンジしてしまわれたが。

 

「……何か余計なこと考えてない?」

 

「滅相もございません」

 

「ま、いいけど。これは没収。燃やしとくから」

 

「鬼! 悪魔! 凛!」

 

慌てて凛の凶行を止めようとするが、正座させられていた影響で足が痺れて動けない。つん、とそっぽを向いてしまった凛はかなり頑固なので今更言い訳は聞いてくれないだろう。ダメだ、詰んだ。

半ば諦めていた俺だったが、凛は中々部屋からは出ていかない。何事かと凛の顔を見てみれば、どこか恥ずかしそうに長い黒髪の先をくるくると指に巻き付けながら目を泳がせていた。

 

「何? 返してくれんの?」

 

「それはない」

 

ガッデム。

 

「その、さ……この前、私テレビに出るって言ったでしょ? ちゃんと見てくれた?」

 

チラチラとこちらをうかがいながら聞いてくる。凛は少し前にスカウトされてアイドルになった。ほとんどのことに興味を示さずにいた凛がようやく興味を持ったことだ。俺としては応援している。初対面のとき、凛が襲われていると勘違いしてドロップキックを食らわせた挙げ句、警察呼んで話をややこしくしてしまったあの強面のプロデューサーには今度改めてお詫びをするとしよう。

まぁそれはともかく、アイドルを始めてから凛がよく笑うようになったのは事実だ。

 

そして勿論、凛の出ていた番組は見ている。むしろ俺よりも俺の両親が盛り上がって、録画してブルーレイにダビング保存するくらいだ。しかしながら、凛を前にしてそれを認めるのはかなり気恥ずかしい。

 

「あー……その時間765の歌番あったから……」

 

「女の情けで置いといた、机の下のカーペットで隠してある収納の中の参考書のカバーをかけてた本と、その下にわざわざダビングして『阪神巨人戦』ってカモフラージュしたDVDも没収するから」

 

「お前俺の部屋把握しすぎだろ!?」

 

照れ隠しの対価が尋常ではなかった。いつものことだが、お母さんやらお隣さんという人種は人のトップシークレットを踏みにじるスキルが高すぎるのではないだろうか。

まだ足の痺れが取れない俺を尻目に、凛はさっさと聖典(エロ本)聖遺物(エロDVD)をゴミ袋につめていく。とは言っても二、三冊と二枚なのだが。それでももう俺にはPCのシークレットフォルダしか希望が残されていない。

涙を流しながら凛の暴挙を見ていると、ゴミ袋を掴んでベランダへ出る直前に、凛があ、と何かを思い出したような声を出す。

 

「なんだよ、まだ何かあんのかよ」

 

「うん。大樹のパソコンのフォルダ……」

 

「まさかお前……!?」

 

「金髪巨乳ばっかりだったから、仕方なくお父さんのフォルダと交換したから、それだけ」

 

「お前鬼だろ! いや、魔王だろ!?」

 

ちなみに、凛の父親の好みは和服の似合う黒髪スレンダーである。

 

「じゃ、私は今からこれを灰にしなきゃいけないから」

 

「待って凛! お慈悲を! お慈悲をー!」

 

そんな呼び掛けに答える凛ではなく、結局さっさと部屋を出ていく凛。数分後、シュレッダーで細切れにされ、十六分割に割られた夢の残骸が俺のベランダにゴミ袋として置かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ほんとに凛をどうにかしてくれません?」

 

「ごめんね、僕には無理だよ」

「あらあら」

 

それから数ヶ月後、凛の家の鍋に呼ばれたのをいいことに、凛の暴挙について抗議してみたのだが、彼女の両親はさらりと笑顔でそれを流した。おじさんはともかく、おばさんに凛を止める気は更々ないらしい。

ちなみに今夜はすき焼きだ。具材と鍋は既に用意されている。凛が今までと違うユニットで大きなステージライブをした後だったのだが、俺は受験生で予備校があり、おばさん達は店を閉めるわけにもいかないため、誰も見に行ってあげられなかった。せめてものお祝いというわけでご馳走を用意したというわけだ。実は俺もガトーショコラをホールで用意してあったりする。

 

「にしても凛おっせーな。今日レッスンだけで後は何もないんじゃなかったっけ」

 

「なんやかんやで片付けとかもあるみたいだしね……って、噂をすれば、ほら」

 

そんな話をしている間に、入口からドアを開く音がする。おばさんに目で促されて俺が出ると、いつも通りの制服を来た凛がいた。

 

「おー、おかえり。今日はすきや……」

「…………」

 

靴を脱ぐなりスタスタと早足で凛は俺の横を通り過ぎ、真っ直ぐ自室に向かった。今まで無愛想ではあっても無視をされることはなかったため、突然のことにあぜんとしていたが、おばさんに肩を叩かれて我に返る。

 

「……怒ってる? 何故?」

 

「んー、怒ってるとは違うみたいだけど……」

 

おばさんにもわからないことらしく、頬に手を当てて考え出す。とりあえず仕方ないのでガトーショコラだけでも持って行こうと台所に向かおうとしたところで、再びおばさんに止められた。

 

「……大樹くん、悪いけど凛を呼んできてあげてくれないかな?」

 

「え? 俺?」

 

「なんとなくなんだけどね、今回は大樹くんに頼んだ方がいい気がするのよ」

 

そう言われても困るのだが、俺としても早くすき焼きは食べたいところなのでおばさんの頼みを承諾する。そしてすぐに凛の部屋の前まで行き、ドアをノックした。

 

「凛? お前どうしたんだ? とりあえず晩飯だから早く出てこい」

 

「……いい。後で食べる」

 

数秒待つと、弱々しい返事が返ってくる。どうやら怒っているわけではなく、落ち込んでいるらしい。基本的にクールな凛がここまで感情を表に出しているということは相当のことだ。

 

「凛、入るぞ」

 

「…………」

 

凛が何も言わないのは好きにしろ、というサインなので遠慮なく入る。凛らしいシンプルな部屋だ。彼女はベッドの上で腕で目を隠して寝転んでいた。

俺は何も言わずに凛のベッドに腰掛ける。凛は俺に顔を見せたくないのか、寝返りをうって壁の方を向いた。

 

何も言わない凛の頭を撫でる。俺が中学生になってからはしなくなったことだが、昔の凛はこれをされると機嫌が良くなっていた。今は流石に気恥ずかしさの方が強いだろうに、凛は拒むことなく俺の手を受け入れていた。

 

「……何も聞かないんだね」

 

「相手が話したくないことを聞いても仕方ないだろ。俺がどうこうするわけじゃないのに」

 

「なら、私が話したかったら聞いてくれるんだ」

 

「それはその時の俺の気分次第かな」

 

「なにそれ」

 

凛がくすくすと笑う。どうやら少しは気が紛れたらしい。大きくなっても素のところは変わっていないようだ。

しばらくそうしていると、凛はぽつりぽつりと話し出す。自分のいたユニットが離れ離れになりかけていること、その原因が自分であること、そして自分がアイドルになろうと決意した理由になった、友達の様子がおかしいこと。それをどうにかしたいのにどうにもできないこと。心配事が重なって仕事に集中出来なくなってしまったこと……それを事細かに俺に伝えてきた。

 

「何かしなきゃって思ったら何も出来なくなった……どうしたらいいのかわからないよ……」

 

「んー……」

 

「ねぇ、大樹だったらどうするの?」

 

普段、凛が素直に誰かに助けを求めることなんてまずない。こいつ自身の能力が高いこともあるが、性格上それを良しとしないからだ。

だからこそだろうか、何故か凛の吐いた弱音がらしくなく感じるのは。

 

「俺がどうこうって問題じゃないよな、それ」

 

「え?」

 

「悪いけど簡単にしちまうが、凛はその友達を元気付けたいし、元のユニットを解散させたくない。それに今組んでるユニットもやりたいんだろ?」

 

「……うん」

 

「なら、全部やれよ」

 

凛が変わってしまったのならどうしようもないが、以前の凛ならそうしていたはずだ。こいつは一見大人っぽく見えるものの、かなり子ども染みたところがある。その最たるものがワガママな性格だ。

欲しいものは全部欲しい。気に入らないものは本当に近付けたがらないし、他人のことなら真っ正面から堂々と口にする。欲しいものを手に入れるためなら努力は惜しまないし、口下手でも嫌なものはきっぱりと拒絶する。そんなやつだった。

だが、今の凛は違う。何を怖がっているのかはまだわからないが、ひどく怯えているように見えて仕方ない。

 

「でも……」

 

「でもも何もねぇよ。俺達はまだまだガキなんだ。ガキがあれもこれも抱えてやってられるかっての。適当に大人に荷物渡して、一個一個運ぶしかできねーんだよ」

 

「…………」

 

「それとも、お前の周りの奴らはそんなに信用出来ない奴らなのか?」

 

「そんなことない!」

 

急に起き上がり、声を荒げる凛。そして自分の声で我に返ったらしく、そのまま俯いてしまう。

そんな凛の頭に改めて手を置いた。

 

「ならいいじゃねぇか。どいつもいっぱいいっぱいだってなら俺がその荷物代わりに抱えてやるよ」

 

「……うん」

 

俯いたまま、耳を真っ赤にしてしまう凛。しかしながら声に力が戻っているのでもう大丈夫だろう。

 

「うし! じゃあさっさと下来いよ? おばさん達がすき焼きの用意して待ってんだから」

 

そう言ってベッドから降り、歩こうとすると服の裾が引かれ、俺は再びベッドに座り込んでしまう。その後ろから、裾を引いた犯人であろう凛が抱きついてきた。

 

「おい凛……」

 

「ごめんね、でも……今だけでいいから何も言わずに背中を貸して欲しい」

 

背中にピタリと凛の額が押し付けられる。そしてじわりと背中に冷たい感触が広がっていた。

 

「まだ、勇気出ないから……だから、少しだけ。少しだけ……大樹の勇気、欲しいよ……」

 

そっと凛の手を握れば、ぎゅっと握り返してくる。お姫様のご期待通りに、俺は静かに凛が離れるのを待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ライブお疲れ、凛」

 

「うん、ありがと」

 

チンとグラスを合わせて乾杯する。あの出来事から凛と凛のユニット……NGにTP、そしてシンデレラガールズは大躍進を見せ、凛が19になった今では押しも押されもせぬ人気を博していた。

NGは例の凛の友達……島村卯月が復活してからはもはや天井知らずと言っていい勢いを見せている。TPも凛が復調してからは各所で大人気だ。凛は全てを取り戻していた。変わったことを言うなら凛の名字が兵藤に変わったことくらいだろうか。

 

「にしてもお前も人気になったもんだよなぁ……。どこ行ってもお前が写った広告あるし」

 

「未だに恥ずかしいんだけどね……。外歩くときも気を遣わないといけないし」

 

少し頬を赤く染める。相変わらずその辺りは変わっていないようだ。

 

「まぁ、有名税ってやつだろ」

 

「そうかな」

 

「そりゃな」

 

そんな何でもない話をすれば凛はくすくすと笑う。どうしたのかと問えば、凛は何でもないように指を組んで俺を真っ直ぐに見つめてきた。

 

「ううん、ちょっとね……私、今幸せだな、って」

 

「……なんだよ、突然」

 

「顔、赤くなったね。照れてる?」

 

「うるせー」

 

顔を背けてそう返せば、やはり凛はくすくすと笑っている。心底楽しそうな凛にそれ以上何も言えず、俺はグラスの中身を煽った。

 

「そんなこと言って、昨日は真っ赤になって照れてたくせによ……」

 

「ちょっと……! それ反則……!」

 

「昨日の凛は可愛かったなー」

 

「~~~~!!」

 

顔を真っ赤にして俺の口を塞ごうとする凛。あまりにも必死になっているので少しからかおうと凛の手を避けて唇を唇で塞ぐ。

すぐに体を離せば、案の定真っ赤になった凛が出来上がっていた。

 

「ほら、可愛い」

 

「…………ばか」

 

ぽふっ、と擬音が付きそうな勢いで、凛が胸に飛び込んでくる。そんな凛の頭を優しく撫でれば、彼女は気持ち良さそうに目を細める。

そんな俺達の左手の薬指には、お揃いのリングが光っていた。


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