「でねー、お姉ちゃんこの時すっごいノリノリでさー☆」
「へぇ……ん? 美嘉のスリーサイズこんなんだったか? 前莉嘉が言ってたのと違うが」
「読モ始めた頃から変更してないもん、お姉ちゃん」
「何の話をしてんのよあんた達!?」
とある日の城ヶ崎家。今日は家に両親がいないことを知っていたらしく、俺は夕飯にお呼ばれしていた。
というのも、城ヶ崎家とうちの家は母親同士が親友らしく、それこそ俺や美嘉が生まれる前からの付き合いがあるらしい。そのせいか、両親共働きで中々家にいないのを見かねたおばさんが俺を度々城ヶ崎家に呼んでくれるのだ。俺が舞台の仕事を始めて、それなりに軌道に乗ってからは数こそ少なくなったが、それでも週に一回はお世話になっている。それだけ家に通っていれば自然と美嘉や莉嘉という城ヶ崎姉妹とも仲良くなっていた。
そうして今は夕飯が出来るまでの間、まだ仕事があったらしい美嘉の部屋で抜き打ち部屋チェックに勤しんでいたのだが、特に面白いものもなかったために、机の上に置きっぱなしになっていた美嘉の特集がある雑誌を莉嘉と広げていたところだった。突然ドタドタと騒がしくなったと思えば、結構な勢いで美嘉が部屋になだれ込んできた。どうやら俺達の会話が部屋の外まで聞こえていたらしい。
「「あ、おかえり(☆)」」
「ただいま……じゃない! 莉嘉! 何アタシの個人情報垂れ流してんのよ! というかどこで知ったのその情報!?」
「洗濯物たたむお手伝いしてたときー☆」
「くぅっ……!」
顔を真っ赤にしながら何も言えなくなる美嘉。お手伝いというところで文句を言えなくなってしまったのだろう。そんな美嘉を見てにやにやしていると、「にやにやすんなー!」と全く恐くない威嚇をされた。
「
「いや、俺別に聞き出してないし。お菓子あげたら莉嘉が勝手に喋ってくれたぞ」
「りぃーかぁー!?」
「わわっ!? ばらしちゃダメって言ったのにー!」
姉妹仲良く部屋の中でぐるぐると追いかけっこを始める。俺がちょうど部屋のまん中に居座っているので自然とそうなってしまった。
俺はどうにも莉嘉を甘やかしてしまう傾向にある。美嘉には何度か怒られているのだが、一人っ子の俺にとっては本当の妹ができたようで可愛くてしゃーないのだ。その分美嘉が莉嘉には厳しくしつけているのでいいのではないかとも思っている。まぁ、その美嘉も俺と莉嘉が組んでからかうと度々かりちゅま(笑)状態になってしまうのだが。
結局捕まってしまい、美嘉からぐりぐりと頭を拳で圧迫されている莉嘉からのヘルプを受け取り、痛い痛いと泣き叫んでいる莉嘉と美嘉の側へ行く。
「みーかっ」
「わひゃいっ!?」
美嘉の耳元で舞台で培ったいい声で名前を呼ぶ。もう何年もこれでからかっているのだが、未だに慣れないらしい。みるみるうちに顔がさっきよりも赤く染まり、もはや茹で上がるのではないかというくらいの色になる。その時に力が弛んだのか、莉嘉が美嘉の腕から抜け出して俺の後ろに隠れてしまった。
美嘉は慌てた様子で俺から離れようと後ずさる。が、それを許しては面白くない。
「美嘉」
「な、何!?」
「ごめんな? 勝手にお前の秘密を知っちゃって」
「いいから! もういいから! だから今ちょっと離れてて!? ね!?」
壁際まで美嘉を追い込み、いわゆる壁ドンの状態を作る。表情にこそ出さないが、これはこれで結構恥ずかしい。されている側の美嘉は俺の内心を見抜く余裕もなく、ただされるがままの状態になっていた。
こうして改めて見れば、美嘉は結構な美少女だ。ギャルメイクをしているものの、元だって悪くない。突然髪をピンクに染めたときは驚いたものだが、今では悪くないと思える。美嘉は結局美嘉なのだから。
弱々しく俺を手で押し返そうとしているが、全く力が入っていない。相変わらずこういったシチュエーションには弱いらしい。むくむくと俺の中の悪戯心が首をもたげてきたので、もう少しからかうことにする。
「お詫びに……少しだけ、お姫さまにしてあげようか」
「~~~~!?」
美嘉の顎をクイと持ち上げて、ゆっくり顔を近付けていく。後ろで莉嘉が目を輝かせてきゃーきゃー言っているが、どうやら美嘉にはそれを咎める余裕も残っていないらしい。近付き始めたときは目をぐるぐると回して声にならない声を漏らしていたが、ある程度近付くと目をぎゅっと強く閉じてしまった。
その状態の美嘉から離れて、未だにきゃーきゃー言っている莉嘉の前に立ち、軽く拳骨を落とす。
「いったーい!? 何するのそらくん!?」
「今回はお前と俺も悪いんだぞ? 理由はどうでも、相手が嫌だと思うことをしちゃダメだ。莉嘉だって秘密を俺や美嘉が勝手にばらしたら怒るだろ?」
「うん……」
「じゃあこれからは気を付けろよ」
「はぁーい」
しゅんとする莉嘉の頭を撫で、後ろの美嘉を振り返る。美嘉はさっきの体勢のまま、こちらを見て口をパクパクと動かしていた。
「美嘉のムッツリスケベー」
「~~~~!!」
『三人とも、ご飯よー』
「「はーい」」
急ぎ足で、莉嘉と俺は美嘉の部屋から出る。扉を閉めると同時に、「弄んだなぁぁぁぁぁぁ!?」という叫びが城ヶ崎家に響き渡った。
ーーーーーーーー
「…………」
「だから悪かったって。機嫌直せよ」
夕飯後、再び美嘉の部屋へ。これでも俺と美嘉は受験生でもあるので勉強が忙しいのだ。特に美嘉は最近アイドルに転向したこともあって、慣れない生活の中での勉強で苦戦しているらしい。後を追うように莉嘉もアイドルになったのだが、その時に『宿題をしっかりやって、勉強もがんばる』と約束させられたらしく、今は自分の部屋で宿題をこなしている。
美嘉はさっきのからかったことを引きずっているらしく、ベッドの上でクッションを抱きながらジト目でこちらを睨んでいる。早く止めてくれないとまた悪戯心が疼き出しそうなんだが。
「……今度、一日買い物に付き合ってくれたら許す」
「……仕方ねぇな」
「やた★……約束だからね!」
その直後、美嘉はクッションを投げ捨て、ピョンとカーペットに着地する。騙されたと気付いた時にはもう遅い。
「やられた……」
「へへっ★ アタシだってやられっぱなしじゃありませんよーだ」
どうだ、と言わんばかりの笑顔を向けてくる美嘉に、思わずため息を吐いてしまう。美嘉の買い物は長いのだ。それこそ一日丸々使ってしまうほどに。俺は買うものを決めてからさっと買うタイプなので、余計にそう感じてしまうのかもしれないが。
「じゃあ早速はじめよっか★ 今日は日本史教えてほしいなー」
「そういやお前文系だったな……そのくせに社会苦手だけど」
「いいでしょ別にー。国語と英語は出来るんだし、現代社会もそこそこなんだから。歴史さえできれば私立はよゆーよゆー」
楽しそうに準備する美嘉を見て、もう一度ため息を吐く。美嘉に仕返しをくらうとは思っていなかったため、どこかおもしろくない。ふと机の上にあるパソコンを見て、いいことを思い付く。
「仕方ない、なら最初はこの前教えた範囲の確認からしていくか」
「へ? テスト?」
「いや、作んの面倒だから口答で。全二十問。九割答えられたら今度の買い物の時、晩飯おごってやるよ」
それを聞いて、美嘉は攻撃的な笑みを浮かべる。
「いいの? ゴチになりまーす★」
「言ってろ中間日本史41点。んで、九割……はあれだから八割から下、一問間違える度に、この美嘉のパソコンのシークレットフォルダに保存されてる思い出写真」
「ちょっ!? なんであんたがアタシのパスコード知ってんの!?」
急に慌て出す美嘉。流石に自分の写真を目の前で見られるのは恥ずかしいのだろう。だが今回はそれが目的ではない。
「その内お前とみりあちゃんで写っている画像が一枚ずつ消え去っていきます」
その瞬間、美嘉の顔から表情が消え去った。
「信長に焼かれたことで有名な比叡山延暦寺をひらいた人物の名前は?」
「えっと、どっちだ……空海!」
「最澄だよバカ。てか中学生の問題だぞこれ。というわけでどーん」
「あぁぁぁぁぁぁ!!?」
『お姉ちゃんもそらくんもうるさい!』
ーーーーーーーー
そして翌朝。昨日の夜に互いのスケジュールを確認したところ、一番近い休みが今日だったのだ。美嘉は慌てていたが、ここを逃すと一ヶ月は先になってしまうので、今日行こうということになった。
家の前まで迎えに行こうか、と言ったのだが、美嘉が待ち合わせがいいというので駅前でバイクに乗って待っている。中型のバイクだ。十六歳になったと同時に免許を取り、それなりに乗り回していたりする。美嘉の行く店は大体が家まで商品を送ってくれることもあり、移動しやすいバイクで行こうということになった。だが……
「やっほーそらくん☆」
「……美嘉?」
「ごめん。出掛けに見つかっちゃって。お姉ちゃんだけズルいってただこねられて……」
申し訳なさそうに俺に言う美嘉。何だかんだしっかりお姉ちゃんをしているので、叶えられる妹のワガママには弱いのだろう。
「いや、別に怒ってないけどな。理由聞きたかっただけだし。ちょっとバイク置いてくるから待っててくれるか?」
「うん、ごめんね?」
「いーよ、慣れてる」
そうして俺が戻って来てから、電車に乗って移動する。莉嘉は美嘉が仕事でタイアップしていたブランドを見に行きたいと言っており、美嘉もそれに異論はないらしい。俺達はすぐさまそこへ行くことにした。
「あー……疲れた……」
「だらしないなぁ、男の子でしょ?」
「そーだよ! 莉嘉もう少し見て回りたいー!」
八店舗を回った時点で、俺は既に疲労困憊に達していた。よく考えてみてほしい。美嘉や莉嘉こそいるものの、男が一人の状態で女物の店に入れられるのだ。色々と辛い。主に視線的な意味で。
そうこう言っていると、突然莉嘉のスマホに着信が入る。少し離れて通話していた莉嘉だったが、慌てた様子で俺達のところに戻ってきた。
「ごめん! みんなと遊ぶ約束してたのすっかり忘れてた! アタシ先に帰るね!」
「あんた、だからあれほど予定ないのって言ったのに……」
「だから忘れちゃってたんだよー! じゃあごめん! そらくんまたね!」
「おう。一人で大丈夫か?」
「だいじょーぶだいじょーぶ!」
そう言って走り出していく莉嘉。何度も来ている場所なので大丈夫だとは思うのだが。そんなわけで突然美嘉と二人になってしまった。まぁこれで当初の予定通りなのだが。
「美嘉ー、ちょっと休んでいこうぜ?」
「仕方ないなぁ」
そう言って手近にあった喫茶店に入る。注文を済ませてしまったところで、やっと一息吐けた心地がした。
「お前ら元気だなぁ」
「何か年寄りみたいになってるよ? まぁ気持ちはわかる気がするけどさ。アタシも男物の店に連れられ続けるのは嫌だもん」
と言いながら配られたお冷やに口を付ける。美嘉が相手ならこの辺は割と楽なのだ。美嘉自身が気を遣うタイプの人なので随所で休憩が出来る。それはそれでいいのだが、今回は美嘉はわかっていて連れ回していたらしい。明らかに顔がニヤニヤしていた。
そうなれば当然俺は仕返しを考えるわけで。
「さて、やっと二人っきりだな、美嘉」
「っ、げほっげほっ!」
美嘉の目を真っ直ぐ見て、ナチュラルにそう言ってみる。経験豊富だのなんだのと見栄を張ってはいるが、その実こういった方面に初心なのは変わらない。
「大丈夫か? 美嘉」
「う、うんへーき」
「なら良かったよ、美嘉」
「名前連呼するの禁止! 私が悪かったから!」
「俺に悪戯しようなんて十年早いな」
「もう……」
熱くなった顔が恥ずかしかったのか、一気に水を煽る。自分がからかわれると弱くなるのはもはや美嘉のお約束だ。
そして注文がくる。カウンタータイプの席に座っているので隣同士なのだが、美嘉が自分のショートケーキを一口食べてから俺のガトーショコラに目をやった。
「そっちのも美味しそうだねー。ちょっとちょうだい?」
「別にいいぞ?」
美嘉は甘いものに目がない。一度莉嘉が美嘉のプリンを間違って食べてしまったときは鬼のように怒り狂っていたほどだ。なのでこうして喫茶店に行った時は結構な頻度で甘いものが挟まれたりする。
「ホント! ありがとー★」
「ほれ」
「んむ!?」
美嘉の口に一口サイズに切ったケーキを放り込む。始めこそ驚いていたものの、すぐにフォークをくわえたままむぐむぐと咀嚼した。
引き抜いたフォークで自分の分を切り、口に運ぶ。甘すぎないくらいの味がちょうどいい。美味いな、と言おうと美嘉の方を見ると、何故か顔を真っ赤にして固まっていた。もはや赤面症ではないかと疑うくらいの頻度である。
「どうした?」
「うっさいばか……」
ぽすんと弱々しく俺の肩にパンチをする美嘉。理由はわからないが、とりあえずもう一度ケーキを美嘉の口にねじ込んでおく。すると、美嘉は俺の顔を自分に向かないように押さえながら、静かにデザートを食べ進めたのだった。
ーーーーーーーー
「で、ヘタレたまんま帰って来ちゃった、と」
「へ、ヘタレてないし! ただちょっと恥ずかしくなっただけで……」
「それをヘタレたって言うんだよお姉ちゃん! いー雰囲気できたんだからそのままコクっちゃえばよかったのにー!」
結局あのまま何もなく帰って来てしまった。それを莉嘉に見咎められちゃった訳だけど、ヘタレは酷いと思う。
カリスマギャルって世間で呼ばれてるし、そう見えているなら確かに嬉しいことなんだけど、アタシには恋愛の経験は一切ない。そのことは昔自爆しちゃったときにバレてしまっているし、莉嘉も知っている。だからこそのヘタレ発言なんだろうけど。
それにしてもこ、告白なんて……どうせならするよりされたいし……。
「ほ、ほら! 今回はチャンスじゃなかったって言うかさ……」
「それだけ雰囲気作ってて、チャンスじゃないとか言ってたら永遠にチャンスなんて来ないんじゃない?」
「ぐっ……」
お子ちゃまのくせに、とか思ってしまうが、ほとんどその通りなので何も言い返せない。悔しいがアタシには莉嘉のような積極性を持てそうにない。いわゆる奥手というヤツだ。
アタシは空也が好き。それはきっと間違いない。何年も一緒に過ごしているうちに、あいつの隣にいるとドキドキが止まらないようになってしまった。それが何なのかわからなくて悩んだ時期もあったが、恋だとわかってしまうとそのままストンと胸に落ち着いた。
それからは色々とアタシなりのアピールをしたりしてはいるのだが、あのバカは一向に意識せず、アタシをからかってばかりいる。あ、思い出したらなんかムカついてきた。
「もう……お姉ちゃんがそんなんだったらアタシがそらくんもらっちゃうよ?」
「ダメ!」
莉嘉のからかい混じりの言葉に、半ば反射で返してしまっていた。
「どうして?」
「いや、だってその……ほら! 莉嘉ならもっといい人が見つかるって言うかさ!」
違う。単にアタシがあいつを取られたくないだけだ。でもそれを素直に認められなくて。実の妹にまで言い訳して。
「と、とにかく! ダメなものはダメだから!」
そう言い残して、アタシは自分の部屋に閉じ籠ってしまった。
「……だってさ☆」
『……鈍いのはお互い様だってことか』
「ホントだよー! いい加減くっつかないかなーっていっつももやもやしてたんだからね!」
『……まぁ、頑張ってみるさ』
ーーーーーーーー
十一月になり、街はすっかり冬の装いに変わってきた。俺は少しだけ監督や仲間のみんなに我が儘を言い、当日にあったラジオの収録日を変えてもらった。そうして手に入れたのは十一月十二日の休みだ。
前々から莉嘉にその日は美嘉も休みだと聞いていたので、美嘉には既に連絡を取ってある。待ち合わせの場所は前と同じ駅前だ。
しかし、待ち合わせの時間から既に三十分が過ぎていた。マフラーに顔を半分埋めながら寒さに耐える。少し不安になるが、まだ焦るほどではない。そう思いながら待ち続ける。
そして一時間ほどが経っただろうか。ようやく向こうから見慣れた桃色の髪が見えてくる。キョロキョロと周りを焦ったように見渡していたが、こちらを見つけたのか一目散に走ってきた。
「ごめん! ホントごめん!」
そう謝ってくる美嘉の姿はいつもとは全く違っていた。髪は完全に下ろしていて、服もおとなしめなもの。申し訳程度のナチュラルメイクと、美嘉のイメージとは真逆と言っていい装いだった。
「あの……怒ってる?」
美嘉の言葉でようやく我にかえる。彼女は不安げにこちらを見上げていた。どうやら割と長い時間美嘉の姿に面食らっていたらしい。
「いや……大丈夫だ。早速行くか」
「うん……ありがとね?」
「何がだ?」
「待っててくれて」
控えめに笑う、長い間見ていなかった美嘉の笑顔を前にして、俺は赤くなった顔を隠すようにヘルメットを被った。
「うわぁ……」
東京の郊外にある、街を一望出来る丘。そこでの第一声は美嘉の歓声だった。
ここは以前、たまたま知り合いから教わった場所で、周りに人家もない中々寂れた場所らしい。それでも見える景色が絶景なので、知る人ぞ知る秘境のような扱いになっているのだそうだ。
「きれい……」
「たまたま教えてもらってな。たまにはこんなのもいいだろ」
「うん……」
こんなものだが、美嘉にはどうやら新鮮だったらしい。喜んでもらえて何よりだが、今日の目的はそれではない。長年のこの微妙な関係にけりを付けに来たのだ。
「美嘉」
「んー?」
上機嫌に美嘉がこちらを振り返る。美嘉を好きになったのはいつからだろう。思い返してみるが、どの場面でも既に美嘉のことを好きになっていたような気がする。
「突然すぎてよくわからないかもしれないけど」
「何? 今更そんなこと気にするような仲じゃないっしょ?」
夜景をバックに、今度は美嘉らしい笑顔を浮かべる。
そうか、思い出した。俺がいつ美嘉を好きになったのか。
「ーー初めて会った時から、ずっと。お前が好きだ」
美嘉の目が丸くなる。そりゃそうだろう。昨日までさんざん自分をからかって、遊ばれていた奴に告白されたのだ。きっと俺だって面食らう。
美嘉はあぜんとしたまま動かない。両手を口に当てて、視線を、顔を所在なげに動かしている。やがて徐々に顔が赤くなっていき、視線が俺の方向に固まったかと思うと、ポロポロと涙を流し始めた。
「……泣くほどいやか?」
もしかしたら嫌われてしまっていたのかもしれない。そう考えて美嘉に問うが、千切れるのではないかという勢いで首を横に振ってそれを否定してくれる。
嫌われてはいない。それを確認してから美嘉を抱き締める。いつもふざけていたときとは違う。ゼロ距離の美嘉は暖かかった。
泣きじゃくる美嘉の背中を優しく叩く。どれくらいこうしていただろうか、落ち着いたのかすんすんという鼻をすする音だけが目立ち始めた。
「落ち着いたか?」
美嘉は頷く。
「ごめんな、びっくりしたよな」
もう一度。
「嫌だったら嫌って言ってくれ」
今度は力強く首を横に振る。同時にいつの間にか俺の背中に回されていた手にかかる力も強くなった。
ポンポンと背中を叩き、美嘉と体を離す。赤くなった目元をハンカチで拭ってやる。普段は首から上に触られるのを嫌がる美嘉だが、この時は大人しくそれを受け入れていた。
「ありがとう。それと、誕生日おめでとう」
「順番逆だよ……ばかぁ……!」
再び俺で顔を隠してしまう美嘉。そんな美嘉の背中を何度も優しく叩く。
「じゃあ晩飯どっかに食いに行くか。誕生日プレゼントの代わりにおごってやるよ」
「……プレゼント、ないの?」
「やー……悪い。これのことで頭いっぱいでな。欲しいものあるなら今からでもーー」
俺の言葉がそこで切れる。文字どおり唇を塞がれたからだ。美嘉が背伸びして、俺が下を向いてようやく届く距離。その距離で、今俺達は繋がっていた。
そして美嘉が俺から離れる。
「ーー今もらったから、いいよ」
人差し指を立てて口元にやり、悪戯っぽく笑う美嘉は、これまで見てきた中で一番可愛く見えた。