ちっひがお年玉くれましたね。皆さんはどうでしたか? 作者はSSR加蓮と愛梨とみくを引いて舞い上がりました。ただしみくにゃんてめーは駄目だ(二枚目
「すんまへんなぁ、わざわざうちに付き合うてもろて……」
「大丈夫ですよー。偶然私がいつも初詣に行く神社ですしね」
隣で紗枝ちゃんが申し訳なさそうにはにかむのを、私は笑顔で大丈夫と答える。今年ももう終わろうとするだけあってか、道には私たちと同じ方向へ向かう人たちで一杯だった。
今日は今年最後の収録だった。私は基本的に年の瀬、年明けにお仕事が殺到するために実家には帰らないが、紗枝ちゃんは明日から正月休みだ。未成年に実家に帰らせないような美城プロではない。未央ちゃんとか幸子ちゃんみたいに自分から仕事したいと言う人は別だけれど。
その紗枝ちゃんにある神社の行き方を聞かれたのが今こうして並んで歩いている理由だったりする。その神社が偶然、私がいつも初詣に出掛けている神社だったのだ。たまたま新年早々は休憩時間として設けられていたので、最近は年が明けてからお参りしていたのを今年は年越しでお参りしようと思ったために紗枝ちゃんに着いてきている。
「でも紗枝ちゃん、初詣は家族と一緒じゃなくても良かったんですか?」
「うち、初詣しに来たんと違いますえ?」
「そうなんですか?」
紗枝ちゃんの言葉に思わず首を傾げてしまう。この時間帯に神社に行くと聞けば誰だって初詣と思うだろう。
「うちの兄様がそこであるばいとしてはるらしいんどす。もう何年も帰って来ぃひんからええ加減連れ戻してきてくれ、ってお母さんに言われましてなぁ」
「紗枝ちゃんのお兄さんですか……。あれ? でもこの間一人っ子だったって言ってませんでした?」
「ああ、兄様言うても従兄弟どす。小さい頃からよう遊んでもろたからなんや、本当の兄様みたいに思てしもて……」
恥ずかしそうに着物の袖で口元を覆う紗枝ちゃん。やはりそういう動作がとても似合っているように見える。私も和風な衣装を着ることが多いけど、紗枝ちゃんみたいにはいかない。年季の差かな? こんなこと考えたら紗枝ちゃんに怒られそうだけど。
「あ、そろそろ着きますよー」
人の数が更に増えてきて、かなりの賑わいを見せている。道の両脇には出店も出ていて、まるで夏祭りの縁日のようだ。騒がしくて、活気があって。道行く人は楽しそうだったり、受験生らしき子は真剣そうに歩いていたり。けれど、悲しそうな人はいなくて。この雰囲気が、私は大好きだ。
そのまま歩いていると、やがて神社の石段が見えてくる。そこにはここ数年ですっかり見慣れた人の姿……というよりは聞きなれた人の声が響いていた。
『えー、新年までもうすぐですが、焦らず慌てず並んでお待ちくださーい。おらそこのチャラ男ー、彼女にいいカッコしたくても他の人弾こうとしない。抱き締めて守ってやるくらいしてやれー』
和装に身を包んでメガホンで注意換気をしている男の人。そんなに声を張っているわけではないけれど、よく通る声が妙に頭に残っていたために覚えていた。後で聞いてみると、早くも新年の名物になっていて、わざとあの人の前で危なくない程度に何かをする人もいるのだとか。
今も人ごみの中からすみませーん、と笑い半分の返事が聞こえてきて、あの人はそれに『おー、気ぃ付けて末長く爆発しろよー』なんて返している。近くの人からは笑い声が聞こえてきた。
「ほら紗枝ちゃん、あの人はこの神社の新年の名物なんですよー。……紗枝ちゃん?」
急に隣の紗枝ちゃんが静かになったのを不思議に思って視線を向けると、両手で自分の顔を覆っている紗枝ちゃんがいた。どういうわけか、耳まで真っ赤になっている。
「えっと……紗枝ちゃん?」
「…………の……ほ」
「へ?」
「にいさまの……あほー!」
突然紗枝ちゃんが大きな声を出したかと思えば、一目散に走り出した。あの男の人のところに。とりあえず私も急いで紗枝ちゃんを追う。
『えー、石段での押し合い圧し合いは大変危険でーす。怪我したくなければ大人しくゆったり並んでお待ちくださーい。賽銭箱は逃げませんのでゆっくりのんびりお待ちくださいコノヤロー。なんやかんや俺たち神社関係者が一番早くに来てんのに一番遅くにお参りすることになるのも考慮して「にいさまのあほー!」ちょ、誰だ、ってあれ? お前なんでここにいんの?』
慌てて追いかけたものの、先に走り出した紗枝ちゃんには追いつけず、彼女はメガホンを持った男の人に突貫していった。にいさま、って言っていたけど……。
紗枝ちゃんに引っ付かれた男の人はメガホンのスイッチを切って何事か話している。段々と二人の話し声もはっきり聞こえてくるようになった。
「にいさまのあほ! あんな言葉遣いで恥ずかしないん!?」
「いや、俺元からあんな感じやろ。
「それで叔母様にいっつも怒られてたやん! 最近はそもそも帰って来ぃひんし!」
「だって面倒やしなぁ」
紗枝ちゃんが珍しく言葉を荒げて怒っているのだけれど、男の人は聞きなれているように飄々と流している。私はあんな紗枝ちゃんを見たのは初めてなので結構驚いているのだけど。
『にいちゃーん、どうした痴話喧嘩かー?』
『というかあれアイドルの小早川紗枝ちゃんじゃね?』
っと、少々まずいかもしれない。早くも紗枝ちゃんが身バレしかけている。まぁ紗枝ちゃんも人気がある子だし当たり前と言えば当たり前なんだけど。
しかし、私が動く前に男の人が素早くメガホンのスイッチを入れて答える。
『残念でしたー、俺は彼女いない歴イコール年齢ですー。「またそんな汚い言葉遣いしてー!」……ちなみにこのちんちくりんは従姉妹ですよー。どーだ羨ましいか紗枝ファンズー』
「誰がちんちくりんやー!」
荒ぶる紗枝ちゃんの頭をぽふぽふと叩いて参拝客を煽る男の人だったが、参拝客の方からは笑い声が返ってきた。もうみんなこの人の煽りには耐性があるみたいだ。
さて、じゃあ私もそろそろ紗枝ちゃんを落ち着かせないと。
「紗枝ちゃん、落ち着いて下さいねー」
「茄子さん見逃しておくれやす! このあほ兄様、いっぺんがつんと言ってやらんと!」
「でもここ参道だし、神社の敷地内だから静かにしないと。ね?」
「うぅ……」
「そーだぞ落ち着けちんちくりん」
「ふしゃー!」
「ちょっとー!?」
せっかく紗枝ちゃんが少し落ち着いたというのに、男の人の一言で台無しになる。ここまで紗枝ちゃんが振り回されているところを見るのは初めてだ。やはり身内の側だと変わるものなのだろうか。
しかしながらそれはそれ、これはこれである。少しの非難を込めて男の人を見たけれど、男の人は私の視線に気付きながらもおかしそうに笑っていた。
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「さて……とりあえず、すみません。御迷惑おかけしました」
そのまま交代の人が来て、紗枝ちゃんのお兄さんは境内の方に戻って行ったのだが、それに私と紗枝ちゃんも着いてきていた。何でも、「紗枝が迷惑かけたお詫び」だそうだ。私としては全く迷惑とは思っていなかったのだが、お兄さんは以外と強情だった。
「いえいえ、普段と違う紗枝ちゃんが見れて良かったですよー」
「堪忍しておくれやす……忘れてーなー……」
冷静になったからか、紗枝ちゃんは顔を真っ赤にしてさっきのことを恥ずかしがっている。それでもお兄さんの後ろを着いていっているあたり、話していたように仲がいいのだろう。
「いや、それでもうちのちんちくりんの暴走で貴女まで巻き込まれるところでした。詫びくらいは言わせて下さい」
「それなら、お言葉だけは頂いておきますね。これでお詫び云々は終わりにしましょうか」
「そう言ってもらえると助かります」
私がそう言うと、お兄さんは照れくさそうに髪をがしがしとかきあげた。紗枝ちゃんのことで当たり前のように頭を下げてきたあたり、いい人のようだ。まぁ、悪い人に紗枝ちゃんがなつくとも思えないけど。
「あ、そう言えば自己紹介まだでしたねっ。鷹富士茄子って言います。紗枝ちゃんとは仲良くさせてもらってますっ」
「またえらく縁起良さそうな名前っすね……。小早川
「うちのことちんちくりんとか言う兄様が悪いわ!」
仲直りしたかと思えばすぐに仲良く喧嘩し始める紗枝ちゃんと扇くん。それがまるでコントのようで、思わず吹き出してしまった。
「ほら見い! 兄様が変なことするから茄子はんに笑われたやないか!」
「ちんちくりんなんは事実やないか。ほれ、昔は俺の肩くらいはあったのに今は胸辺りかもっと下やん」
「兄様がおっきなりすぎなんよ! うちは普通やの!」
「え? ないない」
「もー!」
我慢していたけど、とうとう声を上げて笑ってしまう。流石にあんな風にたたみ掛けられたら耐えられない。
私が笑っているのに気が付いた二人が、こちらの方を向く。
「あー……すみません。お見苦しいところを」
「い、いえ。こっちこそ笑っちゃって……」
「ほんに堪忍なー。ついつい兄様のぺーすに乗ってもうたわー」
「大丈夫ですよー。私も見ていて面白かったですしね」
「なんや、今日はえろう恥ずかしいとこばっかり見られてる気がするわー……」
再び紗枝ちゃんがしょげてしまうが、扇くんが紗枝ちゃんの頭をぽふぽふと叩いて慰めている。私は一人っ子で、従兄弟もいないので少し羨ましい。
しばらくその光景を眺めていると、本殿の方が騒がしくなってきた。時計を見てみると、いつの間にか日付が変わっていた。
「あ、年が明けたみたいですね。明けましておめでとうございます」
「明けましておめでとうございますー。今年もよろしゅーお願いしますえ」
「明けましておめでとうございます」
そのまま扇くんのアルバイトが終わるのを待ち、一緒に初詣を済ませた後、紗枝ちゃんは駅に向かって行った。どうやら扇くんの説得には失敗したらしい。扇くんと私は帰り道が同じということもあって並んで帰っていた。……まぁ、私は事務所になんだけど。扇くんは紗枝ちゃんとは違って、バイト終わりには普通に洋服を着ていた。
「はぁー。久しぶりに神社で年越しが出来ましたー」
「そう言えば、新年の番組によく出てますもんね」
「あ、ご存知でしたか。私の名前っておめでたいですからねー。よくオファーが来るんですよ」
「おめでたいって言うか明らかな作為を感じるというか……」
「それ以上はダメですよー?」
「アッハイ」
なんとなくそれ以上先にいくと大変なことになる気がしたので扇くんを止めておく。扇くんは決まりが悪いのか髪をまたかきあげた。どうやら癖みたいだ。
「でも、紗枝ちゃんととっても仲がいいんですねー」
「そうですか? アイツは昔っからあんな感じですけど」
「あんな紗枝ちゃん普段は見られませんよー? 生活からしっかりしてる子ですし」
「んー……イメージできないっすね」
どうやら扇くんにとってはさっきの紗枝ちゃんがいつも通りらしい。相当なつかれないとあんな紗枝ちゃん見られない気がするんだけどな。
「アイツは子どもの頃から甘やかされてましたから、遊んでーとか、歩いてたら疲れたーおんぶーとか、髪すいてーとかわがまま三昧でしたけど」
「寮だと年下とか同級生の子たちのお世話までしてますよ? 私からするとそっちの方が新鮮です」
「紗枝がねぇ……」
多少疑わしそうな顔をしているが、本当なのだから仕方がない。それにしても扇くんは何やら話しやすい人だ。ペースが合うというのだろうか、普段男の人と大学とかで話すこともあるけれど、比べ物にならないくらい気楽に話せる。不思議な人だ。
「あ、私はこっちです」
「事務所まで送りましょうか?」
「いえ、近くまでプロデューサーさんが来て下さってますから」
「そっすか。じゃあ俺こっちなんで」
あっさり扇くんは自分の家に向かおうとするが、それを少し引き留める。袖ふれ合うのも多少の縁だ。
「連絡先を交換しませんか?」
「ん? ああ、いいっすよ」
すんなりと連絡先を私に送ってくれる。少し信用度高くないかな、とも思ったが、多分紗枝ちゃんに付き添っていたのが大きかったのだろう。
「じゃあ、またお話ししましょう!」
「了解っす。帰り道気をつけて下さいねー」
そのまま別れ、少し行くとプロデューサーさんが車で待ってくれていた。後ろに乗った私の様子が気になったのか、「何かいいことでもあったか?」と笑いながら聞いてきてくれる。
「そうですね……確かにいいことかもしれませんねっ」
「何だそれ。まぁ茄子に限って悪いことが起きるはずもないか」
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それからまた一年近くが過ぎ、年の瀬がやってきた。扇くんとは他の人に比べるとよくLINEや電話もしていたが、互いに会う機会は一緒に夏祭りに行ったくらいしかなかった。少し意識したり、大分気を使わない関係にはなったとは思うけど。
そんな時に、私にとある仕事が入った。年の瀬らしく初詣にお勧めの神社を紹介するといった企画だった。私以外にも歌鈴ちゃんや芳乃ちゃんが出演するそうだが、なにぶん全国リポートになるせいかバラバラに収録するらしい。生放送だと言うのだから尚更だろう。
と言われたところで私がいつも行っている神社は一ヵ所しかない。子どもの頃は地元の神社にも行っていたけれど、東京に来てからは一度も行っていないのだ。
とりあえず扇くんにLINEを送ってみる。すると珍しく五分と経たずに返信が来た。
『マジでか』
『マジですよー』
『うちの神主さん八十いくつの杖つきじいさんだぞ? 耳も遠くなってるから断られるかもしれない』
返信が早いので一度電話に切り換えてみる。すると数コールの後に扇くんが出てくれた。
『もしもし』
「こんばんわー。それで、やっぱり無理ですか?」
『代理の人でいいなら大丈夫だろうけどなぁ』
少し申し訳なさそうに扇くんは答える。私からすれば案内は扇くんでもいいんじゃないかと思うのだが、やはりバイトには厳しいのだろうか。
『まぁ、一回テレビの人に聞いてみたらいいんじゃないか? 結局は神主の爺さんが決めることだし』
「そうですね……そうしてみますっ」
結局はそういうことに落ち着いた。やはり、という気持ちはあるけれど、会話がすっと終わってしまいそうなことを少し残念に思う自分もいる。不思議な感覚だ。
「そう言えば扇くん、年始って空いてますか?」
『年始? 確か一日はバイト終わったら丸々空けてた気がする。特に実家に帰る気もないし』
「だったら、今年も一緒に初詣行きませんかー?」
『仕事は大丈夫なのか?』
「はいっ。一日の夜からは忙しいですけど」
私がそう言うと、扇くんから返事が聞こえなくなる。少し考えているのだろう。これまでも何度かあったことだ。
『……いいよ、行こう』
「本当ですかっ!? じゃあまた連絡しますねー!」
『了解。じゃあ明日朝から学校だから寝るな。おやすみ』
「はい、おやすみなさいー」
そうして私は電話を切り、ほっと安堵の息を漏らしたのだった。
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「カメラオッケーです!」
「照明大丈夫です!」
そして大晦日。テレビの収録の日がやってきた。結局扇くんのいる神社が快諾してくれたおかげで無事にここを紹介できることになったのだ。神主さんも扇くんが言っていたような怖い感じの人ではなかった。後で扇くんに聞いてみたところ、融通は効くしお茶目だけど、神社関係者にはとっても厳しい人なんだそうだ。快諾してくれたと伝えると本気で驚いた声を出していた。
そして、肝心の案内役だけど……
「じゃあ、今日はよろしくお願いしますね、扇くん」
「ああ、うん……まぁやれることはやるけども」
そうなればいいな、とは思っていたけれど、その通りになるとは思ってなかった。なんだか今日もとても楽しくできそうな気がする。
「緊張してます?」
「まぁそれなりに。これ知らされたの昨日の晩だぞ? あの爺さん、忘れてたとか絶対ウソだろ……」
「あららー」
扇くんの言っていた通りのお茶目な人だったみたいだ。私が笑っちゃっているのを見た扇くんが非難するような目で見てくるけど、誤魔化してしまおう。去年紗枝ちゃんを宥めていたときのお返しだ。
「それにしても、実際に会うのは久しぶりなのにそんな気がしませんねー」
「ほぼ毎日電話かLINEが飛んできてたからなぁ。まさか年上にタメ口を叩く日が来るとは思わなかった」
そう、実は扇くんは年下だった。確かに同い年くらいかな、とは思っていたけれど、年下だとは思っていなかったのでこれを知ったときは少し驚いた。
「大学生なら一歳差くらい誤差ですよっ。それにあんまり敬語使われるの慣れてないですしねー」
「そのわりに茄子さんは敬語だよなぁ」
「もう癖みたいになっちゃってますからねー」
そんな感じでしばらく談笑していると、そろそろ出番だという声がかけられる。扇くんの緊張も解けたみたいだし、いいタイミングだろう。
『それじゃあ本番いきまーす!』
「……はーい! 現場の鷹富士茄子ですー! 今日は私のーー」
ーーーーーーーー
「ーーと言うわけで、ここはなんやかんやで縁結びと商売繁盛に御利益があるそうです」
「何か最後すごい適当に纏められた気がします……」
「所詮バイトの知識だとこんなもんですよ。俺に放り投げた神主の爺さんが悪い」
「あはは……あっちで神主さん、カンペに『後で本殿裏な』って書いて掲げてますけど……」
「マジでか。残業代でますー?」
「はーい何か色々危なそうなので切りますねー。現場の鷹富士茄子と紗枝ちゃんの従兄弟の小早川扇さんでしたー!」
「『花簪ーHANAKANZASHIー』買ってやってねー」
『……はい、収録完了ですー!』
ディレクターさんの合図で肩から力を抜く。始まってみれば扇くんは意外にもするっとテレビ写りに慣れたらしく、時折アドリブも交えて収録をこなしていた。色々な意味でギリギリな場面もあったけれど、私自身とても楽しかった収録だった。
「あ、もう引いていいんですか?」
『もしかしたらもう何回かスタジオから振られるかもしれないんで少し待機でお願いします!』
「了解っす」
今もスタッフの方と気楽にやり取りしている辺り、天性のものかもしれない。人前に立ち慣れているのだろうか。
「とりあえずお疲れ様ですっ」
「茄子さんもお疲れ様」
「でもすごいですね扇くん。とっても慣れてるみたいに見えましたけど」
「いやいや、足はガクブルしてたぞ? 後は気合いとノリとテンションかな」
「ふふふ、それはそれですごいですねー」
しばらく待機、ということで再びとりとめのない話に戻る。なんでもないことだが、私は扇くんと話すのが好きだった。多分扇くん自身のことも。直感というと少しおかしな話だが、何となく始めて見たときからそんな予感はあったのだ。でなければ初対面で連絡先を交換したりしない。これでも身持ちは固いと自負している。
それでも先へ進めないのは、扇くんが鈍いのか、私が一歩踏み出さないからかのどちらかだろう。でも私からすれば、そういうのは彼から踏み込んできて欲しいという気持ちが大きい。
ちら、と横目で扇くんを見る。身長が高いせいか、ほぼ真横にいる今は少し見上げなければ顔は見えない。和装だからだろうか、袂に手を入れて寒そうにしているところを見ると、何となく可愛らしく見えてしまった。
『ーーはい、スタジオ撮影終わりました! お疲れ様です!』
「あ、お疲れ様でーす」
そして本当の意味で撮影が終わる。扇くんはすぐにその場を去ろうとしていたが、その前にいつの間にか扇くんの後ろに立っていた神主さんに正座させられていた。いや、あの人いつの間にそこにいたんだろう。
扇くんが助けを求める目で私を見てくるけど、笑って誤魔化す。だって神主さん怖いんだもん。扇くんが厳しいって愚痴っていたのがよくわかる。
ともあれ、撮影の準備が始まったのが日が暮れてからだったこともあって、もうすっかり夜が更けてしまった。ちらほらと気の早い参拝客も見える。扇くんと初詣の約束をしているが、これはもう初詣まで一緒に行動する方がいいだろう。幸い裏番組やらなにやらの関係でしばらくは休憩時間だ。プロデューサーさんにも自由行動でいいと言われているし。
「じゃあ、私先に着替えてきますねー」
「ちょ、待って茄子さん!? 茄子様! この爺止めて!?」
小走りで着替えに使わせてもらった巫女さんたちの更衣室に向かう。後ろから扇くんの叫びと神主さんの怒号が聞こえてきたけど、とりあえず聞かなかったことにした。
ーーーーーーーー
「ったく、まだ足が痺れてるような気がする……」
「砂利の上で正座ですからねー」
結局扇くんが開放されたのはそれから一時間後だった。道行く参拝客の人が扇くんと神主さんを見て笑っていたことを考えるとよくあることなのだろうか。
参拝客も増えてきて、徐々に列が出来ている。例年なら扇くんはあの列の横にいたのだが、今は私と列の中だ。
「しっかし人口密度高いな」
「毎年こんなものですよ?」
「いや、俺は去年まで人口密度とか関係なかったしな」
「ふふっ、そう言えばそうでしたね。じゃあ感想はどうですかっ?」
手をマイクのように扇くんの口元に持っていく。するとそのタイミングで少し列が動いたのか、それとも後ろで何かがあったのか、たまたま私が後ろの人に押されてしまった。
体をわざとらしくよじっていたせいで、私は扇くんの方に倒れ込んでしまう。転ぶかと思ったが、そこは扇くんが抱き止めてくれた。でも……
「っと、大丈夫か?」
「えっ、はい、大丈夫……ですけど……んっ」
「へ? あっ」
その、何と言うか。抱き止めてもらったときに扇くんの手が、その……私の胸に。しかも触ると言うか、愛美ちゃんチックな触り方になっているというか……。
扇くんはそれに気付いたのか、私が転ばないように押し戻すやすぐに手を放す。私は私で変な声を出してしまったことが恥ずかしくて何も言えなくなっていた。扇くんも多分恥ずかしさからか黙り込んでしまっている。……どうしよう、気まずい。
しかも前にいる、今までの一部始終を見られてしまっていた老夫婦が微笑ましそうに見てくるのと、後ろの女の子のグループがニヤニヤしているのを見てしまったので恥ずかしさは倍近い。どうすればいいんだろう、と少しパニックになっていると、突然扇くんが私の手をとって列から離れだした。びっくりしながら視線を前に向けると、扇くんの耳が真っ赤になっているのが見えた。
扇くんが私を引っ張ってきたのは丁度列が見えなくなる社務所の前だった。年明けまで一時間を切ったこともあってか、あちこちでバイトの巫女さんたちが忙しなく動き回っていた。
「その……なんだ。急に引っ張って悪かった」
「あ……いえ。びっくりしましたけど、助かりましたっ」
扇くんが声をかけてきたことにまたびっくりして、少し声が上擦ってしまった。そのせいか、扇くんは髪をかきあげるという変わらない癖をしてしまう。私はどういう訳かその癖を見て、少し落ち着いて笑ってしまった。
「ふふっ」
「?」
「あ、ごめんなさい。でも……うん。助けてくれてありがとう。ちょっとかっこよかったですよっ」
「……そうか」
そう言うと、扇くんは顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。
「あ、照れてますねー?」
「照れてない」
「頬っぺた真っ赤ですよー?」
「~~~~!」
照れた扇くんの頬っぺたをつんつんと突いていると、扇くんが私の顔のすぐ横の壁に左手をついて、私の足の間に左足を入れる。それがいわゆる壁ドンという体勢だと気が付いた私は、急激に自分の体温が上がっていくのを感じた。
「あれ? 顔がすっごい赤いぞ? 茄子さん」
「あ、あの……扇くん?」
「年下っても、あんまりからかうと仕返しはするぞ?」
そう言って左手はそのまま、右手で私の顎を上げて半ば無理矢理扇くんと目を合わせられる。自分の心臓の音が聞こえるくらい大きくなった。
そのまま特に抵抗もできないまま、私はあわあわとするだけ。別に嫌じゃなかったというか、ちょっと扇くんが格好よく見えたというか、何と言うか……。
扇くんはそのままじっと私の目を見つめていたが、やがて溜め息を吐いて私から離れていく。それを私は少しだけ残念に思ってしまう。
「あんまりからかってくれるな。好きな奴にそんなことされたら俺だってなぁーー」
「ーー好きな奴?」
「……あ」
扇くんがしまった、というような顔をするが、もう聞こえてしまった。好きな奴。そんなことされたら。それはつまり、この状況で当てはまるのは私一人しかいないわけで。
扇くんを見れば、黙ったまま片手で顔を覆っていた。相当恥ずかしかったのだろう。何せ自爆で意図せずに告白したようなものだ。私からすれば意図していなかった分、本心だと思えるのでとても嬉しかったが。
ふと時計を見ると、どういう奇跡か、年明け一分前だった。今年の問題は今年中に解決しよう。
「扇くん」
「なんだよ……っ」
呼び掛け、手を顔から離した一瞬を見逃さない。一歩前に出て扇くんに抱き付き、背伸びをして唇を重ね合わせる。
数秒後、ゆっくりと離れれば、互いの息が白くなって空へと消えていった。
「私の返事は、これです」
「……えっと」
「あと、明けましておめでとうございますっ!」
「…………」
扇くんの脳内処理が追い付いていないのか、新年のあいさつをしても返って来ない。それどころかまたそっぽを向いてしまった。
「あれー? ちゃんとあいさつしないとまた紗枝ちゃんに怒られますよー?」
「ちょっと待ってほんま待って今はあかんて」
ちょろちょろと扇くんの周りを回って顔を合わせようとするが、扇くんは私と顔を合わせまいとこちらもくるくると回る。京都弁が出ているあたり本当に余裕がないらしい。やがて埒があかないと感じたのか、扇くんは素早く私を捕まえて後ろ向きに抱き締めてきてくれた。
私は肩から回された手に、自分の手を重ねる。真っ赤になっていたせいか、その手はとても暖かかった。
「扇くん」
「……なんや」
「今年も……ううん、今年から末長くよろしくお願いしますね?」
「……おう」
返事は小さかったけれど、私を抱き締める力が強くなる。強すぎず、弱すぎないその力加減が、とっても心地いい。
今年は今まで以上にいい年になる。直感だけど、そんな気がした。
・小早川扇
19歳。名前の由来は茄子が『一富士二鷹三茄子』に対して『四扇』からだそうです。本当は煙草吸わせようかとも思ったけど、作者が吸わなくて銘柄とかわからないのでパス。座頭? 現代でどないせいと←
人をからかうのは得意だがからかわれると弱い。つまりはガラスの剣なS。でも追い込まれるとドSになる。
ちなみにおみくじは大吉しか引いたことがないそうな(フラグ
・鷹富士茄子
神様。属性と年齢などない(クール、二十歳)
運がヤバイ上に他人に分け与えられるとかいうチート。この人にギャンブルや宝くじをさせてはならない。
作上では基本的に待つタイプ。
・小早川紗枝
15歳。キュート。はんなり系京娘。
しっかりしているのに家では犬を飼わせてくれなかった、また身長が150ないということ、そこから家が厳しいという可能性から目をそらした()らこんなことに。
基本的に兄様大好き。でもからかわれるのは嫌い。つまり扇のカモ←
・ふしゃー!
紗枝にゃん可愛いからみくにゃんのファンやめます。
・いとこコント
本人たちは至って真面目←
・縁起のいい名前だが作為を感じる
メメタァ
・夏祭り
フラグ
・御利益
茄子さんに縁結びの神社行かせた結果がこれだよ!
・扇くんTV出演
スタジオでゲストの紗枝ちゃんが真っ赤になってはったそうな←
・ラッキースケベ
おうこらちょっとそこ代われ←
・壁ドン顎クイ
美優さん美嘉ちゃん編で壁ドンはやったから発展させてみた←
・幸運にも、偶然、運よく、奇跡的に、たまたま
茄子様だからね、仕方ないね!←
・満員御礼
皆様の御協力で既出の短編主人公の名前が埋まりました! ありがとうございます!
・新年早々の悩み
そろそろリハビリって言い通すのが辛くなってきたんじゃないだろうか←