「一体、何があったのよ。ほんとに……」
「……」
長い間、意識が戻らないキアラを見て私は一人呟いた。世界が変化したのはあのクリスマスの夜。
徒の気配を感じ、皆で向かった先で見つけたのが意識を失ったキアラだった。彼女を連れて悠二の家に向かったとき、それは起こった。
私たちと過ごしてきたミステス、いや大事な人である坂井悠二の痕跡が消滅したのだ。彼の所有していた物からこちらの世界に関わってない人たちの記憶まで。
私たちはもちろん彼の捜索、およびキアラの意識不明の原因の調査を始めた。キアラに関しては精神的なダメージとなにかの自在法が原因であることが分かった。
そして悠二は……。
「坂井悠二は敗北した。それが答えであります」
「ヴェルへルミナ!!」
「事実を言っただけであります」
「っ……」
私は何も言い返せなかった。
ここまで捜索して手掛かりはなし。どう考えてもあの夜にキアラと悠二は謎の徒にやられてしまったということしか考えられないからだ。
仮装舞踏会が大きく動き出したのも、悠二の零時迷子を手に入れたことが理由かもしれない。
私は俯きつつ、ヴェルへルミナと一緒に下に降りるとサーレがリビングに立っていた。彼はアラストールに声をかける。
「どうやら、噂はほんとのようだね」
『そうか。奴が……』
少し前からアラストールとサーレが真剣な顔して話すことが増えてきていた。理由を聞いても確信が得られるまではと詳しく話をしてくれない。一体何があったというのか。
「そろそろ、私たちにも話してほしいのです」
『情報共有』
「そうよ、そろそろ話しなさい。私も我慢が限界よ」
『はっはっは、我が愛しのマージョリー。まだ悠二のこと諦めてないからな』
「うるさい、ばかマルコ」
マージョリーは勢いよくマルコを叩きつける。
そうだ、悠二はまだ死んだと決まったわけじゃない。
あいつはそんな簡単にやられるわけがない。それは皆んなが思ってるはず。だから少しでも多くの情報を手に入れて、そして必ずあいつを……。
そんな私たちの目をみて、仕方ないとばかりに二人は口を開いた。
「やれやれ、仕方ないか」
『仕方あるまい』
そしてサーレは話し始める。始まりは仮装舞踏会の動きと近々に上海で起こった戦いについて。
「不思議とその戦いに関する情報が回ってこないのであります」
『不可解』
「生存者が少なかったことが原因だな。生き残ったフレイムヘイズは重傷者のみだったらしい」
「そんなことある?」
「俺も情報を手に入れるのは苦労したよ。情報はゾフィーのもとから入手したんだ」
「ゾフィーってあの震威の結い手?」
「そうだ……」
「今回の総大将候補だしねぇ」
「内容は?」
「……いわく、敵は二人。実際に戦闘を行ったのは一人の男だったらしい」
「一人であの軍勢を?」
「ああ……」
『問題はその紅世の王だ』
サーレを手に持っていたタバコを置く。
そして口を開いた。
「その名は……」
瞬間、御崎市が揺れた。
「「「「…………っ!!!」」」」
私たちフレイムヘイズの勘が警報を上げる。
物理的に揺れたのではない。揺れていると感じるほどの存在の力を持つなにかが御崎市に入ってきたのだ。
「皆んな、行くわよ」
マージョリーの言葉に頷き、私たちは気配のする方向へ向かった。
「懐かしいな」
俺は静かに見慣れた駅を降りて、改札を通る。
この町は最後に見たときと、変わらない。
町の景色を見るたびに思い出す。
この世界で初めて見た光景
出会った仲間たち
厳しい戦い
なにより皆んなで笑いあった日々
「……っ」
「あっ、すいません、急いでて!」
俺は歩いていると走ってきた男性とぶつかってしまう。相手の顔を見て一瞬固まってしまったが、俺は気にせず声をかけた。
「大丈夫ですよ、急いでるんでしょ」
「すいません、本当に。あっ、平井さん」
男性……ついこの前まで親友だった池は彼女である平井さんのもとへかけていく。
これも俺が望んだ、俺の選択。俺が捨てた関係だ。
『……後悔はないのか』
「ないよ。サイ」
『そうか、なら良い』
俺は新たに中へ来た存在に答える。
彼は協力者。お互いの目的を果たすため手を組んだ存在、紅世の王。
まったく、俺という存在はどこへ向かってるのやら。
「後悔なんてあるはずがない」
全ては俺の願いため、俺の望みのため。
なにより俺が俺であるために。
「やりとげてみせる」
俺の瞳には迷いはなかった。
気付けば時刻は過ぎて街の中心を流れる川に着いていた。そこに架かる大きな橋、御崎大橋に馴染み深い気配が集まってくる。
「きたか」
『さすがにこれだけの力を出せば集まってくるだろう。どうする相棒?』
「立ち塞がるなら倒すだけさ」
俺はアルビオンの質問に不適に笑い、橋の上にある柱に立つ。前を見ると向かいの柱には見慣れた少女の姿があった。その少女は共に戦い、笑いあった仲間。
夕焼けが照らす中、彼女の黒い髪が風になびく。
「久しぶりシャナ」
「悠二……」
俺は何事もなかったように、
気軽に友人に声を掛けるように、
笑顔で答えた。
そして……
「封絶」
黒い力がこの街を包みこんだ。
「悠二……」
私は困惑していた。
大きな存在の力を感じて向かった先、そこにいたのは消えたはずの悠二。
やはり悠二は生きていた?
目の前にいる悠二が本物か偽物か判断しようとする中、アラストールが声を上げた。
『話には聞いていたが、まさか』
「久しいぞ、アラストール。また会えて余は嬉しいぞ」
『ありえん。貴様は太古のフレイムヘイズたちの手によって久遠の陥穽へ葬られたはず』
悠二の声が変わった。
やっぱり偽物?
ここで話を遮るように他の皆が到着する。皆は戦闘態勢で悠二らしき人物と相対した。
「……当たってほしくはなかったんだが」
「久しぶり、サーレに皆んなも」
「やっぱり悠二なの?」
いつもの声を再び聞き、思わず私は問いかける。その瞬間二つの自在法から放たれた攻撃が悠二にぶつかった。
「二人とも!!」
「ごちゃごちゃうるさいわね。あいつが本物であれ偽物であれ捕まえてゆっくり話を聞けばいいのよ」
「その通りであります」
「でも……っ!!」
煙が晴れて悠二の姿が見えてくる。
しかし、その体に傷一つなかった。
「嘘、あれの攻撃で無傷ですって」
『不可解』
「さすがだね、祭礼の蛇」
サーレが出した名前に、皆に緊張が走る。
『……!!』
「創造神」
自然と言葉が漏れる。
聞いたことがある、その存在は……。
瞬間、存在の力が膨れ上がり悠二の姿が変わる。
髪が地面に届くと思わせるほど長くなり、黒い甲冑の鎧を身に纏っていた。
「そう天罰神と対等であり対となる存在、それが創造神祭礼の蛇、すなわち余である」
『だが貴様は久遠の陥穽にいたはず、どうやって』
「んで、そんな神様がなんでこんなところに?」
『あそこは法則からはずれた神さえ無力な世界のはずなんだがな』
「主なしの仮装舞踏会が動く……なるほど。そういうことだったのでありますか」
「……一つ聞かせて」
皆が祭礼の蛇に言及する中、私は目の前の存在が坂井悠二であることに確信を抱いていた。
私の感覚と彼から感じる存在の力がその理由だ。
だが悠二は私たちから消えた。さらに祭礼の蛇と名乗っている。
洗脳されている可能性はある。
しかし、何故だろう。
私は悠二が正気であると感じていた。
そこから私は今彼の家で目を覚さない少女を思い出す。
「悠二」
「なんだい、シャナ」
悠二は再びいつもの声で答える。
私は先程の動揺なく、彼の目を見ていた。
「キアラがあなたがいなくなった日から目が覚めないの」
「……」
悠二は答えない。
しかし、私の目を見ていた。
「もしかして、悠二。あなたは自分の意思でそちら側についたの?」
静寂は続く、悠二は何も答えない。
私がさらに問い詰めようとすると、
悠二は不適な笑みを浮かべて答えた。
「そうか。予定通りシュドナイのやつ自在法を打ち込んでくれていたんだな」
「……悠二?」
私はそんな言葉を聞きたくなかった。
「良かった。ここまで変に動かれると困るからね」
その言葉を聞いた瞬間、私の中で何かが切れた。
無意識に私の体から強大な炎が溢れ、髪は赤くなる。さらに刀を握る手に力が入った。
私は悠二に向かって翼を広げ加速する。
「悠二──ー!!!」
私は悠二のもとへ飛び、刀を振りかざした。