篠ノ之束の憂鬱な日常   作:通りすがりの仮面ライダー

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お気に入りが増えると同時に色々意見が増えてるようですが、まぁ気に入らなければブラバどうぞ。無理してまで読まないで結構ですから。







5/転成

 

 

 

 

 六条は、かろうじて一命はとりとめた。というより、私が無理矢理生かした(・・・・・・・・)というほうが正しいのかもしれない。

 

 あれは本来なら致命の傷。驚異的な速度で私を特定した某国の狙撃手による弾丸は、六条の"心臓"を傷付けていた。急速に失われた血液と機能停止した心臓はもはや取り返しがつかない領域にまで届いていたに違いない。

 

──だが。それでも私は彼を"生かした"。醜悪だと蔑まれるのを覚悟して、外法に身を染めたのだ。

 糾弾ならば受け入れよう。弾劾ならば正面から受け止めよう。きっと私は地獄に堕ちる。それだけの事をしている。

 

 それでも。私は、六条計都に生きてほしかった。

 

 

 

 

▲5/転成

 

 

 

 

「────ちーちゃんっ!」

『ああ、聞いてるよ。六条が目覚めたようだな』

 

 その事を知ったのはほんの数分前。スマートフォンを介して伝わる、思いの外冷静なちーちゃんの声に私は驚きを禁じ得ない。

 最初六条が撃たれたと私が伝えた時、ちーちゃんは血相を変えて私に詰め寄った。あっちがどう考えているのかは知らないが、私達にとって六条計都は"友人"なのだ。真正面から伝えるのは憚られるが、少なくとも私からすれば数少ない──というか二人しかない、打算も何もない対等な親友の一人。そして、それは恐らくちーちゃんも同様だろう。

 だからこそ、その朗報に余り驚かないちーちゃんに驚いてしまったわけだが────

 

『都内だな? "暮桜"を使ってでも行く──って、しょっぱ!?』

 

............ああ、恐らくコーヒーに塩を入れたんだろうなぁ。電話の向こうで吹き出す声を聞いて、私は前言を撤回する。なんだかんだ言って向こうも冷静ではないらしい。

 

「私もすぐ行くから。......拾って行こうか?」

『ああ、そうしてくれると助かる。五分以内で頼めるか?』

「冗談。三分で十分だよ」

 

 さすがに国家代表であるちーちゃんでも勝手に"兵器"たるISを動かせば国際問題になりかねない。だが、この"篠ノ之束"ならば問題はない。

 何せ──私は"天災"なのだ。ヒトの枠に縛られることなど馬鹿馬鹿しいと、そう思わせるだけの存在だ。

 

「待て、篠ノ之博士! 勝手な行動をされては──」

「うるさいよ。退け」

 

 羽虫をあしらうようにして自称(・・)ボディーガードの黒服の男達を除けて、展開したISを利用して空中へと飛び立つ。勿論光学迷彩やレーダー探査等のようなベタなものへの対策も万全な、偵察型のISである。下手なことをして六条のことが知られるわけにはいかないのだから。

 

「......っ」 

 

 彼は、私を赦すだろうか。

 この先にある言葉を想像し、私は身を竦ませながらIS学園へと飛んだ。

 

 

 

 そしてその十数分後。私とちーちゃんの目に飛び込んで来たのは。

 

「よう。三年ぶり、だったか? 久しぶりだな──織斑、篠ノ之」

 

 すっかり痩せた顔を歪ませて笑う、六条計都の姿だった。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

──六条計都には心臓がない(・・)

 それに代替する機械が埋め込まれているのだ。しかしかつての技術で心臓の役割を完璧に果たす装置が存在している筈もない。ならば何を埋め込んだのか。

 簡単な話だ。世界最高峰の技術の結晶とも言える存在。宇宙での活動すら可能にする超高機動マルチフォーム・スーツたる《インフィニット・ストラトス》。その中核(コア)が、彼には埋め込まれていた。

 

 心臓が破壊され、酸素が極短時間とはいえ行き渡らなかったことによって損傷した脳細胞。その修復にナノマシンを利用し、またその制御中枢としても機能するISのコアを心臓の代替として埋め込んだのは最適だったに違いない。

 

──しかし、それは称賛されるようなことなのだろうか。

 ナノマシンを活用して無理矢理再生した脳細胞。もはや半機械のようにISのコアと融合した肉体。果たして、それは純粋な人間だと言っても良いのだろうか?

 それに、このような施術を行われたのは古今東西に彼一人のみ。どのような変化が彼に表れても不思議ではない。つまり、これはリスクすら把握せず実験的に行われたことなのである。

 

 弾劾されて、当然の行為だった。

 

「............そうか」

「ごめん」

 

 全ての説明を受けて尚、六条計都は表情を変えることなく私を見つめている。その視線に耐えきれず、私は目を伏せた。

 

「......怒らないのか」

「いや。怒るも何も、まだよくわかってないからなぁ。実感がないというか」

 

 ちーちゃんの言葉にそう返し、六条はぺたぺたと自分の胸に触れる。確かに鼓動を刻んでいるものこそあるが、取り出して見るわけにもいかない。違和感なく馴染んでいるのだろう。安堵すべきことではあるのだろうが──それは同時に彼が半機械の異形として完成してしまっていることき他ならず、直視が躊躇われた私は再び視線を落とした。

 

「何も、思わないのか?」

「んー......まさか俺が近未来サイボーグみたいなのになるとは予想してなかったけどさ」

「そうじゃないだろう」

 

 ちーちゃんは苛立たしげに唇を噛む。そこにあるのは一抹の不安だ。

 自分が自分でない異物感。義手だって慣れるのに時間を必要にするのだ、改めてその存在を認識した彼はどう感じているのだろうか。

 最も恐れているのは、彼が自分で自分の胸を裂いてしまうような事態だ。表面上は何ともなさそうに見えるが、内面はどうなのか────。

 

「あー、そういうことね。別に、何も問題はないよ」

「......だと、いいけど」

 

 こちらの顔から何かしらを悟ったのか、彼はひらひらと手を振ってその懸念を否定する。何処まで本当かはわからないが、今すぐ問題が出るほどではないらしい。というより、今の私はその言葉を信じるしかない。

 

「......六条」

「ん?」

「その、ごめん」

「いいよ、別に」

 

 余りにも軽い返答。思わず口を開くも、それを制して六条は言った。

 

「俺がお前を庇った事に関してなら、それを俺に謝るのはお門違いってもんだ。それにこうして生きてることはむしろ俺が礼を言うべきだろう?」

 

 それは、違う。

 そう返したくて再び言葉を発そうとするも、六条はこの話は終わりだと言わんばかりに遮った。

 

「これに関しては、恐らく何処まで行っても平行線だろうさ。だから、まぁ、なんだ。......気にすんなよ」

「......うん、そうだね。六条がそう言うなら」

 

 ちーちゃんの方をちらりと一瞥すれば、無言で頭を横に振られる。六条本人にこう言われ、ちーちゃんにまで言われたとなれば引くしかない。......私自身は、まだ納得していないのだが。

 

「......んー、じゃああれだ。俺が寝てる間に何があったのか話してくれよ。三年もあったら、随分と変わったんじゃないのか?」

 

 苦笑する六条がそう提案し、私とちーちゃんは三年もの間に何があったのかを語り始める。

 ISがアラスカ条約で規制されたこと。モンド・グロッソという競技大会のこと。そしてちーちゃんが日本代表としてそこに出場し、あろうことか各部門を総なめにしたことから慌てて"ブリュンヒルデ"の称号が作られたという裏話まで。

 

 そうして日が暮れるまで、三年という空白(ブランク)を埋めるかのように私達は語り合い続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「............良いんですか?」

「おいおい、俺を誘ったのは君達だろう? 何を今さら」

「いえ。とても仲が良さそうだったので」

「ああ、そうだね。俺には勿体無い友達だよ............いや、だった(・・・)、と言うべきかな?」

 

 

 

 

 その三ヶ月後。

 六条計都は、失踪した。


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