篠ノ之束の憂鬱な日常 作:通りすがりの仮面ライダー
『ご覧下さい、各国から飛来したミサイルが次々と謎の戦闘機......いえ、人形らしき兵器によって撃墜されていきます! 色は銀色に近いようですが────』
教室に設置されている大画面のテレビ。教室中の生徒達が唖然としながら報道している生中継のニュースを食い入るように見つめていた。
かくいう私もその一人だ。だがそれは驚きというよりも、安堵だ。そして少し可笑しくも感じる。
──まさか、今こうして私が抱えているノートパソコンが、世界各地のミサイル管制基地を数分前までハッキングしていたとは夢にも思うまい。
......そこでふと、私は何気なく隣を見やる。隣の少年、即ち六条計都の表情は簡単に視界に入ってくる。
しかし。
(──え?)
2341発。それだけのミサイルがこの日本に飛来してきたのだ。これだけで前代未聞だというのに、そのミサイルを未知の兵器が防いでいるのだ。私以外、普通の人間ならば驚いてしかるべき事態だろう。だというのに。
「............へぇ」
中三の初め頃からかけ始めた、黒い眼鏡の奥。
人畜無害そうなその顔は、まるであらゆる感情が欠落したかのように──無表情だった。
▲4/決別
「..................」
「..................」
互いに無言。いつもと同じ時間、いつもと同じ空間にいるというのに、私達の間には重苦しい空気が漂っていた。
否、これは単に私が一方的に抱いているだけなのかもしれない。ひょっとすると、六条は何も感じてないということも有りうる。
そんなことを考えながら視線を上げれば、見事に視線が合ってしまう。
「..................」
「..................」
再びの無言。思わず耐えきれなくなって視線を逸らすと、溜め息を吐かれた。
「あれさ。お前がやったのか」
「............うん」
頷き、肯定する。同時に次の六条の反応が恐ろしくて、私はぎゅっと自分の二の腕を掴んだ。
......情けないほどに震えているそれは、糾弾を恐れているから。ならばあんな真似をしなければよかったではないかと言われそうだが、そうもいかない。
あれは、成すべきことだった。人類が次の段階へ進むために、強制的にでも認めさせるべきだった。それに人一人殺していないのだ、称賛こそされても咎められる所以はない。
──いや、違うか、と私は唇の端を噛み締める。
それは単なる言い訳のための正論だ。単に、私は認められたかっただけなのだ。社会の中の異物に過ぎない私が存在価値を証明するための行為。昔、こいつに見透かされた恐れの発露。
私は天才たる証拠を打ち立てなければならない。そうでなければ私は、何の価値も持たない塵芥と同類なのだから────
「......あのさぁ」
「っ」
あー、うー、とか迷うような声。言葉を選ぶのに迷っているのだろうか、と私はまるで裁決を待つ罪人のような心持ちで目を瞑る。
......瞼の裏に映るのは暗闇。直後、否が応にも研ぎ澄まされた五感は大気が動くのを感知する。想像したのは振りかぶられた手。そして、私は体を強張らせ、
「............え?」
わしゃわしゃと──まるで犬を撫でるかのように髪を掻き回す手に、戸惑いの声を漏らした。
「いや、色々言いたいことはあるけどさ。別に怒るつもりはないというか」
そんな私を見下ろしながら、何処か困った風に眉を寄せて、六条は嘆息する。
「そんな捨てられた犬みたいな顔されたら、怒るに怒れねぇだろ」
「..................っ」
羞恥に思わず手を払い除けたくなる衝動に駆られたが、乱雑に撫でるその手は予想以上に心地よく、上げかけた手をそのまま下ろしてしまう。......まるで本当に犬のようだと思わなくもないが、手はすぐに退けられたため文句を言うタイミングを逃してしまった。
というか。少しだけ残念に思ってしまった私は少し問題があるのかもしれない。
「じゃあ、まず第一に。あの白い変なのの中身は、織斑か?」
「え......なんでわかったの?」
「今のお前の反応でわかったよ」
......しまった。カマかけられた。
「うん、まぁそれで篠ノ之のアレには織斑も関わっていたと」
「うん」
「で、俺には何も言わなかったと」
「うん」
「──や、なんで言わねーのよ。あれか。俺だけハブなんですかそうなんですかそうなんですね」
「あ、え!?」
六条は若干不貞腐れた様子で溜め息を吐き、私は言い訳を考えて口ごもる。正直、その後ろめたさもある。確かにこいつに話すことも考えはしたのだが──
「よく考えなくても俺が出来ることなんざないからなぁ。ま、それはいいか」
「あー......うん」
察しが良いのか、また考えていたことを読まれたのか。納得した六条を前にして、私は微妙な顔をした。
「それにしてもあの織斑が協力するとは意外だな。なんか持ち掛けでもしたのか?」
「......うん。ちーちゃん家が、その、あれなのは知ってるよね?」
そう言って私はちーちゃんが纏っていたあの兵器──《インフィニット・ストラトス》について概要を説明していく。勿論詳しい構造などは六条の頭じゃわからないだろうから省いている。
「......ふむ。つまり織斑を"軍人"にするということか?」
「違うよ」
それだけは明確に否定する。私は親友を戦争へと送り込むほど鬼畜外道ではない。
「国家代表。ようはオリンピック選手みたいな立場にするんだ」
「......それは、本気で言ってるんだな?」
「何か問題でもある?」
苦虫を噛み潰したようなその表情を見て、私は眉をひそめた。
「......篠ノ之。お前は少しばかり、ヒトを良いほうに見積もりすぎだ」
「大丈夫だよ。ISは侵略兵器なんかに使わせない。核兵器を禁止してるように、ISは戦争には使用できないようにして──」
「違うよ、篠ノ之。お前はわかってない」
そう言って、六条は視線を落とした。
「それは無理だ。お前がISを広めようとする限り、人類はそれを争いに使うだろうよ。お前が思っている以上にヒトってのはバカだ。いずれ必ず、ISは災厄を撒き散らす」
「な、にを」
「お前の話を聞いた限り、ISは核なんて比じゃないほどに危険だ。特に"個人で運用できる"って部分がな。禁止しようがどうしようが、個人の意思が関わってしまう以上暴走は絶対に起こる」
完全なる断定。その言葉に頭が真っ白になる感覚を覚えながら、私は言葉を紡ぐ。
「ち、がう」
「ISが兵器としての側面を......それも究極の機動兵器としての力を見せてしまったことで、各国はもう動き出している。そして力ってのはどう統制しようが何処かで暴発するもんだ。何処かで必ず殺戮が撒き散らされる。それこそ、戦争が根絶でもされない限り──」
「──違う、違う違う違う違う違う! ISはそんなのじゃない、ISは......!」
聞きたくない。ISは絶対なんだ。私の最高傑作なんだ。なのに、なんで、どうして。
私の夢を肯定してくれた
「おい待て、落ち着け篠ノ之。何もIS全てを否定したいわけじゃない──」
「うる、さい馬鹿ぁ!」
肩にかけられた手を振り払い、私は吼えた。それに顔を歪め、六条はくそ、と呟き。
「話を聞け。俺が言いたいのはそうじゃなくて───ッ!?」
そして、六条の目が大きく見開かれかれた。
「伏せろ、篠ノ之────!」
「あ、えっ」
何故か押し倒されるようになり、私は混乱しながらも戸惑いの声をあげる。
「ちょっと何のつもり..................って、え?」
私にのし掛かるように倒れた六条を押し返そうと肩に手をやり、ずらす。
そしてそのまま何の抵抗もなく、ずるりと滑るように六条の体が崩れ落ち──視界に飛び込んできたのは、余りにも鮮やかな赤で。
「ぁ............ぇ...........?」
「ぁぐッ......くそ、早すぎ、だろう」
べったりと私の掌を濡らしているのは、血だった。
「............逃げろ」
そう、六条は耳元で囁くようにして告げる。力ない言葉だが、それも当然。血が流れすぎている。動脈が傷付いたのか。
──嘘だ。なんで、あなたが。
「................................................
──そうか。私の、せいか。
窓から狙撃されたのだと、遅まきながらその事実に脳が辿り着く。
早く助けなければ。情けないほどに戦慄く唇が開かれ。
「──殺せ、
吐き出されのは、憎悪に染まった殺害命令だった。