「趙将軍が関羽の援軍に向かったとのことです!」
伝令の兵士が張郃の天幕へ報告に来た。
「ほう……。劉備は子龍を関羽のところへ向かわせたか」
天幕内に設置された地図を見ながら呟いた。
「そこでは子龍殿に万が一のことがあれば援軍に間に合いませんね~」
沮授が自軍の状況を見ながら言った。
張郃軍は現在、白馬に駐屯しており本隊の渡河を援護している。ここを投げ出して援軍に行くことは敵わない。
「だが、まだ動くことはできない……。曹操軍は誰が率いている?」
「戯士才とのことです~」
「戯士才であれば、我が軍の実力を知っているはず。おそらく積極的に動くことはないだろう。むしろ問題は曹操の本隊が発見されていないことにある。奴は一体どこに……」
「曹操の用兵術は天下一。おそらくは我が軍の守備が最も手薄なところを狙うはずです。さらに言えば夏候姉妹などの主立った将が見えないのも気になります」
「手薄だと?一体どこだ?」
「今最も手薄なのは……」
「張将軍!敵襲です!旗には曹の文字が!」
「敵の狙いはここか!」
「将軍、曹操の目的は攪乱です~。くれぐれも落ち着いて対処してきください~」
「兵士達には魚鱗の陣を敷かせ、敵の攻撃から身を守れ! 騎馬隊はすぐに騎馬を率い、深入りした敵を討伐せよ!」
「御意!」
張郃の言葉を聞くと伝令の兵士が走り出した。
「しかし、なぜ攪乱など……」
「兵力差が圧倒的です~。ですから戦闘開始前から士気の差を付けておきたかったのでしょう~」
沮授は答えた。しかし、彼女の脳裏にはもう一つの懸念事項があった。
「張将軍、念のため、配下の兵士には常に鎧を着けさせておいてください~」
「む、それは何故だ?」
「念のためです~」
「敵は見事ね!」
曹操は目の前の陣形を見ながら言った。襲撃を始めてから僅かの間に敵の旗と太鼓が鳴るなり、狼狽えていた敵兵が陣形を敷いた。見る見るうちに魚鱗の陣を敷き終わり、こちらの攻撃に対応し始める。
「袁紹軍と言えば、度重なる戦闘を経験しており精鋭揃いです」
冷静に答えるのは荀彧だ。
「桂花、そろそろかしら?」
「ええ。もう十分でしょう」
「秋蘭、兵を引かせなさい!」
「御意!」
夏候淵がすぐに兵士に伝達をすると太鼓が鳴った。今まで敵陣に食らいついていた曹操軍が一斉に引き始める。そのしんがりを務めているのが夏候淳だ。
「全く、相変わらず春蘭は目立ちたがり屋なのだから……」
曹操は呆れ気味に言った。
「華琳様、間もなく劉備の方が……」
荀彧の言葉に曹操は不敵な笑みを浮かべた。
「さて、袁紹はどうでるかしらね」
「趙将軍、劉備軍から伝令です!」
伝令が趙雲の元へとやってきた。
「間もなく関将軍が攻撃を仕掛けるので、撤退の準備をとのことです!」
「承知した!」
趙雲は答えると副将を呼び寄せた。
「良いか、全軍に伝えよ。劉備軍にバレぬよういつでも命令通り動けるよう連携を断つな、とな」
「は……、それは理由をお聞きしても?」
「劉備軍は何かしら企んでおるかも知れぬ。万が一に備え、準備しておけ」
「……御意」
副将は静かに頷くと伝令の兵士を呼び寄せ、命令を伝えた。
「さて、この予感が当らぬと良いが……」
趙雲は劉備軍を見つめた。間もなく河を渡り、敵と激突しようとしていた。
激突してから、しばらくした後、関羽軍に撤退命令が出たのだろう。一斉に兵が退き始めた。
「撤退!」
タイミングを見て趙雲が命令を出した。趙雲軍も撤退を開始する。
その瞬間、目の前に一斉に兵士が現れた。見ると劉備軍の鎧をまとっている。
「くっ、やはり図られたか」
趙雲は顔をしかめる。
「このままでは危険だ!一斉に突撃を敢行、包囲網を突破せよ!」
趙雲は全軍に命じた。後方は河で向こう岸には曹操軍がいる。この場で戦うことは不可能だと判断したのだ。
「趙将軍!曹操軍が渡河を開始しました!」
「敵に追いつかれる前に突破するのだ!」
趙雲軍は騎馬隊を戦闘に劉備軍に突っ込んだ。幸いなことに大きな混乱も無く、兵士は隊列を組み直し、突撃を敢行する。
趙雲軍は袁紹軍の中では新参者が多いが、他の領主の軍に比べれば戦闘経験は段違いに多い。
瞬く間に敵を蹴散らしていく。
しかし、劉備軍の数は予想以上に多く、突破には至らない。
「このままですと曹操軍に追いつかれます!」
後方から追いついてくる敵の旗印が目に入った。「廖」と書かれた赤い文字はどこか炎を思わせる文字だ。
「後方に構うな!正面だけを見続けよ!」
趙雲は必死で馬を走らせた。
「父君の敵、必ず晴らす!」
趙雲を追う武将は目をぎらぎらと輝かせながら全軍を走らせていた。
炎を思わせる真っ赤な髪に黒い瞳。その両手には双剣が握られている。
「廖化、いざ参る!」
彼女こそ晋陽での黒山賊との戦闘で首を切られた廖元の子、廖化だった。
「将軍、我が軍は突出しすぎでは!」
配下の武将が忠告してくる。実際、廖化軍は趙雲軍を追う余り少し曹操軍から離れつつあった。
「いや、今こそ敵将の首を取る絶好の機会! 足を止めることは許さぬ!」
配下の武将に怒鳴りつけ、前方を見据えた。
「逃がしはせぬ!」