「そう、水色の髪の武将に発見されたと……」
先行している夏候軍の伝令が報告を曹操の元へと届けていた。
「その者は趙雲で間違いありませんね」
「趙雲?あの晋陽攻略戦で活躍した?」
「ええ。常山の出身で槍の扱いに長けております。北方の出身と言うこともあり、騎馬の扱いにも長けているとか」
荀彧が曹操に伝えた。
「袁紹の先鋒は張郃。ならば間違いなく彼の指揮下にあると思われるわ」
「ええ。張郃の配下ともなると厄介ですね。彼は言わずと知れた名将。彼の元に夏候姉妹と互角に戦える猛将が付けば苦戦は必至です」
「しかも密偵の報告では軍師として沮授が付いていると聞いているわ」
「さすがは袁紹ね。手堅い手法を取ってくるわ」
「こうなれば正攻法は厳しいでしょう」
「桂花、どうすれば良いと思う?」
「奇策を用いつつ、敵の分裂を狙うのが一番かと」
「分裂?」
「敵は劉備、董卓、袁紹の三つの連合軍です。こちらと比べ連携が取りづらい。そこをうまく利用するのです」
「ではその策を用いるわ。すぐに準備を」
「御意」
「曹操が動いたか……」
田中は呟いた。ついに曹操と袁紹の正面対決が始まる。自分が知る歴史では袁紹はこの戦いで大敗した。しかし、今回は前回とは違い、袁紹陣営は固まっており、勢力も強大。一見、曹操に勝ち目はないと考えられる。
それはあくまで一般論。前世の歴史でも曹操に勝ち目が無いと言われつつも、袁紹は負けた。曹操を侮るのは危険だ。
「間諜の報告によれば曹操軍は濮陽近郊で劉備軍と戦闘状態に入ったとのこと。また何人か董卓陣営に怪しい人物の出入りを確認したとのことです。おそらくは曹操軍の手の者と……」
許攸が報告した。
「曹操ならやることだろうな。特に董卓はあくまでも我が君と同等の存在。割るならちょうど良いところだ」
「董卓軍は大丈夫でしょうか」
「董卓の指示が無い限りあの者達は動かない。そういう人選になるよう仕組んである」
「とは言えど、董卓軍が寝返れば我が軍は大混乱に陥ります。そもそもあの軍は我が軍の目付役として投入された部隊。信頼に足るか否か……」
「それは我が君が判断されることだ。我々臣下は考え得る全ての対策をしておくだけだ」
「その通りですわ」
今聞こえるはずのない声が聞こえ、二人は驚き声の方を見た。
幕僚用に張られた天幕の出入り口に金ぴかの鎧が見える。くるくるの縦巻き髪。堂々たる風格。
「我が君、出迎えも無く失礼いたしました」
大急ぎで田中は頭を下げ、許攸も大急ぎで頭を下げる。
「別にそこは構いませんわ。それよりも……」
袁紹は喝と怒鳴った。
「張将軍方は我々に寝返るような方ではございません!」
袁紹の勢いに二人は黙り込む。
「私もお二人にお会いしてきましたわ。私の優秀な文官達も彼女たちについて様々なことを言いましたが、私の目には二心ある人物に見えませんでしたわ」
袁紹の言葉は一見何も考えてない人間のものに聞こえる。しかし、彼女の目は数多くの謀略を乗り切ってきた人間の目だ。そう簡単に欺くことは不可能だろう。
「しかし……」
言いかけた許攸を田中が制した。
「申し訳ございませんでした。出過ぎたまねを致しました」
「それで構いませんわ」
「それより我が君。ここへは何のご用で?」
「そうでしたわ。袁術軍の動向はどうなっていますの?」
「袁術軍ですか。では、こちらに……」
そう言って袁紹を部屋に置かれた地図の前に誘った。
「現在、袁術は本拠地である汝南にいると間諜からの報告がございました。しかし、袁術には張勲や紀霊がいます。官渡周辺にも偵察兵を出して、常に警戒させております」
「そうでしたか。ならば安心ですわね……」
しかし、そういう袁紹の顔色は優れない。かつて袁術軍の紀霊には廬植を殺されている。因縁の相手だ。
「此度の戦は今までで最も過酷なモノとなるでしょう。田中殿の活躍には期待しておりますわ」
袁紹はそう言うと天幕を出て言った。
「田中殿、我が君は過酷と言いながら、なぜ董卓軍を信頼しておるのですか?それに田中殿も諫められないのです?」
「我が君は確かに、あまり賢くは無い。しかし、裏切る人間か否か程度は見抜くことができる。あのお方は陰謀渦巻く宮中を乗り切ってきたお方だ」
「そ、そうですか……」
不安な表情をしながら許攸は言った。
そう、今回は袁紹陣営は一枚岩となっている。史実のような敗北はしない。
「それよりも我々は袁術や他の陣営の邪魔が入らないか情報を集めるぞ」
「はい」
二人はそう言って間諜からの報告書を読んでいった。
「張将軍の命により趙雲が劉太守に拝謁いたします」
趙雲は劉備がいる濮陽に到着していた。戦闘中と言うこともあり、城内は慌ただしかった。
「よく来てくれました、趙将軍。詳細はシュ……、軍師に尋ねてください」
そう言うと横にいた二人の少女を見た。
(劉備に軍師……。ということは、これが噂の臥龍と鳳雛か)
趙雲は二人を見つめた。見た目は年端もいかない少女だ。袁紹の軍師も独特な人物が多いが、こちらの軍師も相当だなと思った。
「はわわ……、そ、それでは現在の状況を説明いたしましゅ……」
一人の少女が舌をかみながら説明を開始する。
「この濮陽から東へ行くと黄河の支流が流れています。曹操軍とはそこでにらみ合いが続いている状況です。我が軍は関将軍率いる二万、それに対し、曹操軍は戯士才率いる五万の軍勢が布陣しています」
「他の軍勢は?」
「探しても見つかりませんでした。おそらくは到着が遅れているものと……」
その言葉を聞いた瞬間、趙雲は違和感を感じた。自分が見たとき、既に夏候姉妹の軍勢はかなり近づいていたはずだ。彼女らが布陣していないばかりか存在も発見されていないのは怪しすぎる。
しかも曹操は用兵の達人。到着が遅れることはまず考えられない。何かしら裏があるはずだ。
「なるほど。では軍師殿、私はいかにしたらよろしいか?」
あえて趙雲はその違和感を押し込み尋ねた。
「関将軍の加勢に言ってください。その間に我々迎撃の準備を整えます。準備が整えば伝令をよこしますのであえて敗走したふりをしてください。そこで追撃してきた曹操軍に痛打を与えます」
その言葉を聞き、趙雲は承知と返事をした。
「では、趙将軍は関将軍が布陣する地に向かってください」
その言葉を聞くと彼女は配下の兵士を引き連れ濮陽を後にした。