袁紹を活躍させてみようぜ!   作:spring snow

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 お久しぶりです。お待たせいたしました。


第八五話 決戦へ向け

「我が君、今のところ進軍は非常に順調であります」

 

 中国文明の礎とも言える黄河の流れを左手に見ながら袁紹軍は進軍を続けていた。袁術を討つにはこの黄河を渡る必要がある。しかし、率いている軍団は大軍だ。そう簡単に渡れる場所は無い。そこで利用しようと考えたのが劉備がいる東郡であった。そこで白馬の地から上陸し、袁術達を叩こうと考えていたのだ。

 

「ご苦労。我が軍の偉容を見せつけるように進軍を続けなさい」

 

 袁紹は田豊の言葉に満足げに言った。袁紹軍は幾たびも戦闘を経験し、質、数共に漢最強の軍団と言っても差し支えが無いほどのものである。

 一方袁術と言えば、それほど大きな戦闘を経験したことは無く、規模も袁紹には届かない。しかし、袁術方には袁家本流と言うこともあり、数多くの名士や太守が付いている。単体ではたいしたことが無くても群れでは非常にやっかいな相手と言えよう。

 さらに言えば数多くの名士が付いていると言うことはそれだけ武力では無く、謀略に長けており配下の張勲を筆頭に与しづらい相手であった。

 

「急ぎ河を渡り、白馬の地に布陣いたしましょう。おそらく敵方はこちらの動きに気付き、何かしら手段を講じているはずです。もし我が軍が渡りきる前に敵に動かれたら劉備軍はひとたまりもありません」

 

 郭図が進言した。

 今回の作戦の最大の障害は河を渡りきれるかに掛っていた。白馬の地は劉備配下の地と言えど東群の両側は袁術、曹操によって占領されている。白馬を落とされれば袁紹軍は橋頭堡を失う。

 

「我が君、足の速い騎馬兵を率いて~、先行させては如何でしょう~?」

 

 沮授が献策する。

 

「ならば、儁乂(張郃)がよろしいでしょう。彼は騎馬隊の扱いに長けています」

 

「張将軍だけでは何かあったときに危険です~。献策をできる人間を一人付けましょう~」

 

「なら、沮授あなたがいきなさい。あなたなら以前から顔見知りだから連携も取りやすいでしょう」

 

「御意~」

 

 沮授はすぐに馬を駆けさせていった。

 張郃は沮授から話を聞くとすぐに軍を二手に分け、足の速い騎馬兵のみを率いてすぐに先行を始める。

 そんな彼らの元へ一騎の早馬が駆けてきた。それは劉備配下の孫乾であった。

 

「袁将軍の軍団の方でありますか!」

 

「ああ。どうなされた?」

 

「大変です! 曹操軍の猛攻を受けており、我が軍は崩壊寸前です!」

 

「くっ! 我が君の元へ報告を! 私はすぐにでも白馬へ向かう!」

 

「いえ、ここからでは間に合わないでしょう~。ならば我が君の本隊と共に動き、白馬を決戦の地にした方がよろしいかと~」

 

「何ですと! 軍師殿は劉太守を見殺しにすると申されるのですか!」

 

「いえ。劉太守の元には臥龍と鳳雛がいたはずです~。彼女たちであれば何の考えもなしに動いていたとは思えません~。太守のことは彼女らに任せましょう~。それから……」

 

 沮授はある人物を呼び出した。

 

 

 

 

「既に曹操は我が領内に進入しており、ここ濮陽も危険です」

 

 配下の密偵の言葉を聞き入るのは諸葛亮と鳳統である。この場には彼女らだけでは無く、関羽や張飛と言った劉備軍の幕僚が揃っていた。

 

「すぐにでも城を捨て、白馬へと撤退すべきです! さもなければ袁紹軍と手を結ぶことは不可能になり、一方的に撃破されます!」

 

 まず発言したのは関羽だ。

 

「だが、愛紗! このまま何もせずに退くというのは、悔しいのだ! せめて一回は戦うべきだと思うのだ!」

 

 張飛が反論する。

 

「今回侵入してきた敵軍の主力はあの青州兵だ。殲滅されるぞ!」

 

「そんなの戦ってみなければ分からないのだ!」

 

「はわわ! 両将軍とも落ち着いてくだしゃい!」

 

「あわわ! とりあえず敵の情報に関して何か無いのでしゅか?」

 

「詳細は分かりませんが五万ほどかと! 牙門旗には曹の一文字が掲げられていました!」

 

「兵の走り方はどうでしたか?」

 

「え?」

 

「兵士達の走り方です。揃っていましたか?」

 

「い、いえ。バラバラでした」

 

「ならば、曹操はまだ来ていませんね」

 

「どういうことだ?」

 

 鳳統の思わせぶりな言葉に関羽がいぶかしげに聞いた。

 

「曹操が率いている青州兵は精鋭中の精鋭。軍隊の基本でもある走り方が揃っていないのは精鋭ではありません。つまりあれは青州兵ではない。おそらく曹操本隊は別の場所にいるはずでしゅ」

 

「ならば……」

 

「あれには勝ち目があります」

 

「なら、すぐに出陣……」

 

「いえ。敵将に関する情報が少なすぎます。さらに言えばあれほどの大軍であれば生半可な兵力では踏みつぶされるでしょう」

 

「ならどうすれば良いのだ!」

 

 張飛が怒鳴った。

 

「そのための袁紹に早馬を送ったのですよ」

 

 鳳統が帽子の裾をつかみながら言った。

 

 

 

 

「全く、人使いの荒い御人だ……」

 

 文句を言いながら谷を一望できる崖で伏せているのは趙雲だ。

 周囲には一騎もいない。傍目から見れば天下の袁紹軍の一将軍とは思えないほどだ。

 彼女はここに来ることになった経緯を思い出す。

 

「お呼びでしょうか?軍師殿」

 

「趙将軍~、お疲れのところ申し訳ありません~」

 

「いえいえ、疲れなどあるはずが無いでしょう。敵と戦うことを今か今かと待ち望んでおります」

 

「それは敵の猛将だったとしてもですか~?」

 

「無論のこと!」

 

「ならぴったりの任務をお願いしましょう~」

 

 こんな会話の後、なぜか用意されていた早舟に乗せられ、この任務の説明を受けたのであった。

 

「全く敵将を確認せよとは、その程度のこと誰にでもできるはず……。うん?これは蹄の音か!」

 

 すぐに崖下を見るとそこには大量の兵士が駆けているのが見える。間違いない、曹操軍であった。

 

「さてと大将は……」

 

 牙門旗のそばにいる人物を確認する。

 

「奴は……」

 

 直後、ものすごい殺気を感じ、とっさに身を翻した。趙雲がいた場所に剣が刺さる。

 

「貴様、何奴だ!」

 

「姉者、質問と行動が逆だ」

 

 そこには群青色の頭髪を持つ女性と水色の髪を持つ女性が立っている。それぞれ手には大剣と弓が携えられていた。

 

「いえ、別にただ昼寝をしていただけのこと」

 

「昼寝をする人間がまじまじと軍隊を見つめるか?」

 

「いや、見ていた記憶などございませんが……」

 

 趙雲は相手の動きを慎重に見ながら後ずさりをする。先ほどの軍団の中に馬はいなかった。つまり騎馬隊は別にいる。そして目の前にいる二人の武人。趙雲の記憶が間違いで無ければ、曹操配下の猛将夏候姉妹だ。おそらく近いうちに彼女らが率いている騎馬隊が来る。

 

「たわけ! そんな嘘が通じるとでも!」

 

 夏候惇が振り回した大剣を躱し、近くにおいていた馬目掛けて走りだした。夏候淵の射線上には夏候惇がいるため撃てない。

 

「すまんな、私は通りすがりの旅人だ」

 

 愛馬に飛び乗り、走り出した。直後、すぐ脇を矢が通り抜けた。おそらくは夏候淵が狙いを付けていたのだろう。

 

「軍師殿……。これは私にしかできない任務であったな」

 

 どこかのんびりとして抜け目の無い軍師に後で目一杯メンマをおごらせようと心に誓い、趙雲は手綱を強く握りしめた。


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