袁紹を活躍させてみようぜ!   作:spring snow

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第八三話 逢紀との絆

「策とは一体?」

 

 逢紀が袁紹に尋ねた。

 

「董卓陣営を巻き込んだ戦争ですよ」

 

「だからそれが問題だと……!」

 

「良いですか。現在我が軍は連戦に次ぐ連戦に疲れ始めております。曹操は精強で有名な青州兵を傘下にいれ急激な拡大を続けております。勢いを失った水流が急な水流とぶつかれば飲み込まれてしまう。我々に必要なのは急流なのです」

 

「それが董卓軍だと……」

 

「ええ。彼女の配下には呂布を始めとする猛将。そして西涼より連れてきた精強な兵馬。最近は戦闘も無く兵士達には溢れんばかりの闘志がみなぎっている。まさに滝のごとき勢いを持っておりますわ。されどこれを巻き込む大義名分が無い。ならばいっそ疑われている立場を利用した方が好都合ですわ」

 

「これは見事な……。私が浅はかでした、お許しください」

 

「いいえ。これは田中さんの策ですわ」

 

「何ですと!」

 

「彼が策を示してくれたおかげですわ」

 

 袁紹の言葉に逢紀は面白くなさそうに顔をしかめた。その様子を見た袁紹は逢紀に向かい言った。

 

「元図……、いえ萼さん。田中さん達、新規の臣下を面白く思っていないことは分かります」

 

 萼とは逢紀の真名だ。逢紀は袁紹の核心を突いた言葉に思わず目を見開く。

 

「ただ、我々は味方なのです。無理に仲良くしろとは言いませんが、もう少し協力してあげてはくれませんか?」

 

「麗羽……。私は……。ただ……」

 

「ええ。分かっておりますとも。あなたは私がまだ幼かった頃から仲良くしてくれていました。私が命を狙われていた頃にもよく私のことを守ってくれましたね。でも、もう大丈夫。自分の敵か味方かくらいは分かりますわ。何せ私は袁本初なのですから!」

 

 そう言って盛大に高笑いをして見せた。袁紹の普段の高笑いとは違い、どこか強がりの見える笑い方だった。だが、その強がりがどこか袁紹らしさを感じさせる雰囲気を持っている。

 

「……ふふっ。そうね、あなたはもう一大君主。あの小さかった麗羽とは違うものね」

 

「ええ。そうですとも」

 

「ごめんなさい。どこかで私の記憶は止まっていたみたいね」

 

 そういった逢紀の目は透き通った色をしていた。

 

 

 

「曹操軍において大きな軍事的な動きが見られます。おそらくは我が軍と対峙するつもりかと……」

 

 許攸が報告する。曹操のところに張り込ませておいた密偵から連絡があったのだ。

 

「青州兵がついに出たか」

 

 田中はため息交じりに言う。

「青州兵」。曹操軍の中でも精鋭中の精鋭であり、曹操個人に仕えたと言われる軍団である。この軍団が登場することで曹操の名前は天下に轟くようになったと言っても過言ではない。

 

「しかし、我が軍はまだ公孫軍や北方騎馬民族との戦闘で疲弊している上、まだ統治の体制が盤石ではない。軍事衝突は時期尚早だ」

 

「ええ。ですが、我が君にこのことを報告しなくては」

 

「そうなれば逢殿や郭殿が黙っていません。おそらくは決戦を急ぐはずです」

 

「彼女たちは最近、沮殿や田殿が重用されているのを見て功に焦っていますからね」

 

 許攸の言葉に田中は頷く。あの二人さえどうにかできれば袁紹に勝機がある。

 

「となると我々の出番かも知れない」

 

「と申しますと?」

 

「我々が得意としているのは内部工作や情報収集などの諜報活動。裏工作をして我が君の周囲を我々の味方に付けてあの二人を押さえ込む」

 

「しかし! あの二人は我が君の重鎮中の重鎮。そこら辺の人間が抗ったところでどうしようもありませんよ!」

 

「ならば発言力の強いお方の手を借りれば良い。幸いなことに私の名は裏で天下に轟いておるようだしね」

 

「まさか……! しかし、それは一歩間違えれば首が飛びますよ!」

 

「それ以外では手がない。残念ながら我々には時間が無いのだ」

 

 田中は呟いた。静かな語調ではあったが重い言葉だ。

 

「……。私は反対です」

 

「別に君が反対でも構わない。むしろ君はこれに関与してはならない」

 

「それはどういう?」

 

 意外な言葉に許攸は戸惑いながら聞き返す。

 

「……」

 

 田中はその尋ねに答えはしなかったが静かにいくつかの書簡を取り出し説明を始めた。

 

「これは私が考え得る限りの可能性を考慮した上で書き記した今後の展開や敵情。そして今後の諜報活動の展望だ。何かあればこの書簡を参考にしてみてくれ」

 

「田中殿。それ以上は言ってはなりません」

 

「それからここに引き継ぎに必要な情報は全部載っている。これを見れば全部分かるはずだ」

 

「田中殿!」

 

「良いか。曹操は君が思っているほど弱い人間ではない。もしここで私がいや、我が君麾下全軍が死力を尽くさねば奴に勝つことはできん。一人でも別の方向を向いてしまえば奴にそこを突かれる」

 

「田中殿、別に大丈夫ですよ」

 

 その声に思わず二人は黙り込んだ。その声は一番聞かれてはいけない人間の一人のもの。

 

「逢殿……」

 

「盗み聞きをするつもりは無かったのですが、聞こえてきてしまったもので」

 

 田中は背中に冷や汗が伝うのを感じた。逢紀に先ほどの内容を聞かれていたと言うことはただではすまない。

 しかし、田中の耳に入ってきた言葉は予想外の言葉だった。

 

「田中殿。今までの無礼を承知の上で言わせてもらいます。どうか今後も麗羽のためにも協力してやってくれませんか?」

 

「え!」

 

「私は今までさんざん、あなた方の意見と対立してきた人間。そこに私怨が無かったと言えば嘘にはなりますが、それ以上に麗羽を思う上であったことだけは天に誓って本当です。だからどうか今後とも麗羽のことをよろしくお願いします」

 

「は、はい」

 

 田中と許攸は面食らったような顔で逢紀の出て行く背中を見守る。その背中はどこか吹っ切れたような堂々たるものであった。


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