曹孟徳
名が曹操、字を孟徳という。
三国志に詳しくない人でも知っている人は多いであろう。
魏を建国し、三国最大の勢力を築いた人物である。
政治家や軍人、詩人などとしても優秀であり、人の才能を見抜く目も極めて優秀とされる三国志でも指折りのチートキャラである。
しかも奥さんが複数といたと言われ、元祖チーレムキャラの一人であろう。
そんなチートキャラが田中に何の用があるというのであろうか。
曹操は現在、董卓の暴虐ぶりから洛陽を脱出し故郷で挙兵している頃合いである。
その真意を測るには直接会って話をするしかない。
しかし、会うと言っても田中は袁紹配下の身。董卓から逃げた曹操と会えば、何が起こるか分からない。
最悪、袁紹にまで責任が問われる可能性がある。
それだけは避けねばならない事態だ。
ここは袁紹に指示を仰ぐしかない。
そこで袁紹との面会を求め、話をすることにした。
「それで、孟徳さんと会いたいと……」
「はい、相手の真意を理解するためにも会う必要があるかと」
「構いませんわよ。ただし、その席で話された内容は私にも教えなさい」
「御意!」
「私への責任は気にしなくて構いませんわ!董卓が私に手を出せば美しく、華麗に返り討ちにして差し上げますわ!お~ほっほっほっほっほ!」
「ぎょ、御意!」
いつものテンションの袁紹に安心と不安という相反する感情を抱きつつ、返事をした。
時間や場所は指定がしてあり、丑の時(23時)に南皮郊外にて待つと書かれていた。
指定された地点に着いたのが半刻(約7分)ほど前である。
すると既にそこには先客が来ていた。
夜目にも鮮やかな金髪がドリルのように巻いており(もちろん主の袁紹ほどではないが)、青い目を持つ少女が一人立っていた。
こっちの存在に気付いたのか、徐々に近づいてくる。
周辺には人影はない。
彼女が曹操なのであろうか。
「あなたが田中豊?」
「はい、おっしゃる通り、私は田中豊にございます。貴殿は曹孟徳殿とお見受けするが、如何に」
「ええ。確かに私は曹孟徳よ。初めまして」
「初めまして」
「このような場所に呼び出してしまって申し訳ない。しかし、私は董卓からよく思われていない身、あまり目立つような行動はしたくないことを理解していただきたいの」
「ええ、わかっております。気にしないで構いませんよ。わたくしのような下っ端には身に余るお言葉でございます」
「そういっていただけると助かるわ。いきなりで悪いのだけれど時間もないから、早速、本題に移っていきましょう」
そういって一呼吸おいてから、曹操は話す。
「わたくしの配下にならないかしら?」
その瞬間、二人の間を風が駆け抜けた。
「なぜ私を?」
曹操は人を見抜く目がかなり高かったのは真実に近いであろう。
実際、李典や楽進と言った名将を見つけ登用してる。
その曹操が誘いをかけているのだから、本来は喜んでもいいところであろう。
しかし、田中は自分はそんなに能力の高い人間だとは思えなかった。
ゆえに、こうして理由を尋ねたのである。
「あなたには才能を感じるわ。だから登用しようとしている。これではだめかしら」
「そうですか」
それは曹操が何となく感じた勘に近い物であった。
しかし、確実にこの人物は歴史を変えることのできる能力を持つ。
そんな確信めいた物を曹操は感じていた。
元々、本初陣営の優秀な人間を引き抜こうと情報を集めているときに田中の話を聞いた。
本初の配下に出生の分からない人物がいる。
その瞬間何となく興味を持って、詳しく探らせてみると顔良や文醜と言ったまだ無名の人物と仲が良いという。
二人とも曹操は目をつけ、どうにか味方に引き込めないかと考えていた人物達であった。
そのような優秀だけれども無名な人物を見いだすことをできるのは簡単なことではなく、できる人物は限られている。
さらに主の本初との仲も極めて良好であるという。
曹操は本初の過去を知っているだけに信じられなかった。
あの用心深い本初と仲が良いとは!
色々な人物と仲良くなれる人は組織にとっては貴重な人材である。
そのような能力の高い人物を見逃す曹操ではない。
すぐに登用しようと連絡を取り、今に至ったわけである。
「それで、私に仕える気はあるかしら?」
「いえ、私には袁本初様という仕える主がおりますので…」
「私の誘いに断る気なの?」
「いえ、誘いは極めて光栄に思っております。しかし、私には一度心に決めた主がいる以上、その方を裏切るのは私の沽券に関わります。誠に身勝手な申し出ではございますが、どうかお許しください」
「……」
曹操は何も言わずただ、じっと田中のことを見ていた。
どれぐらい経ったろうか。
田中にとって永遠に近いときが流れたように感じたとき、曹操が突然肩をふるわせ笑い出した。
「くっくっくっく、は~っはっはっはっは!いや、思った以上だわ!」
この言葉に何となく嫌な予感を感じる田中は、すぐにでもこの場を逃れたかった。
次の言葉を聞けば、間違いなく面倒なことになる。
しかし、田中の足が言うことを聞かず、この場から逃れることができない。
「田中豊、」
曹操が自分の名前を呼ぶのが聞こえる。
耳を塞ごう!
その手を思いつき、実行しようとしたが、もう遅い。
「あなたは何としても私の配下に加えるわ!必ずね!」
それは曹操からの田中への宣戦布告のような物であった。