少し少なめではありますが、どうぞ!
「敵は方陣を固めておりこちらの攻撃を待ち構える形です!」
見張りの兵が伝えてきた瞬間、賈詡は妙な違和感を感じた。袁紹軍は今回、顔良、文醜、張郃といった猛将を引き連れてきており、守りを固めるような劣勢ではない。にもかかわらず守りを固めるとは珍しい。
「なら構いません。我が軍勢で押しつぶすのみです。前軍の張将軍に伝達。騎兵隊を率いて敵陣正面から猛攻を仕掛けなさい。中軍の呂将軍と華将軍は歩兵を率いながら敵側面を脅かしつつ敵の本陣に迫れ。我が軍はゆっくりと前進していき張遼の騎兵の突撃に援護射撃を浴びせます」
賈詡が指揮しているのは張遼、呂布、華雄といった袁紹軍に引けを取らぬ天下に名高い猛将ばかり。下手な人間が守りを固めた陣など正面から押しつぶせるレベルだ。
「御意!」
伝令の兵が走り出すと同時に旗を持った兵士や太鼓を打つ兵士が前進の合図を出した。
一斉に周囲にいた兵士が前進を開始する。今回董卓軍は総数五万だ。賈詡率いる本隊が二万、副将の張遼、呂布、華雄がそれぞれ一万ずつ率いており決して兵力は少なくない。
これに対し袁紹軍はおよそ五万と見られている。兵力はほぼ互角、後は率いている将と兵の練度次第だ。
「郭公則らしい策ね。だけど我々は他の軍勢とはひと味違うわよ」
彼女は呟いた。郭図はどちらかと言えば守りを重点的に展開する性格だ。今回もその性格で陣を敷いたのであろう。だが、董卓軍はその圧倒的な突破力が持ち味の軍勢だ。賈詡からしてみれば自ら得意な戦法に挑みかかろうとしている形に見えた。
「前軍前進を開始します!」
見張りの兵の言葉に前方の様子を見る。総数一万の兵士が一気に敵めがけて動き出すのだ。その光景は圧巻と言うほか無いであろう。
先頭を切っているのは張遼その人である。
迎え撃とうとしている敵の対象は言わずと知れた袁紹軍の猛将文醜だ。彼女の旗が翻る陣野にはいくつもの方陣が組まれており、複雑に入り乱れ一見すると適当に布陣しているように見える。
「あれは……」
どこかで見たことがあるような……。
そんな違和感を感じたがどこで見たのか、それがなかなか思い出せない。そうこうしている間に前軍の張遼が敵の方陣へと突き進んでいった。方陣の合間を縫いながら敵を求めて奥へ奥へと突き進んでいく。
その張遼を追うように呂布、華雄の両名が突進を行っている。
その張遼の動きを見た瞬間、一つの敵の狙いが見えた。
「まずい! 霞達を呼び戻して!」
「は? 何ですと!」
「良いから早く呼び戻しなさい! そうしないと……」
言葉は長くは続かなかった。敵陣に既に動きが起きており、もうその言葉は手遅れであることに気づいたからだ。
敵本陣の近くで一つの旗が振られると同時に文醜の部隊が一気に陣形を変更し始めた。
今まで点々としていた方陣が互いに複雑に混じり合い、気づけば張遼の部隊を中に閉じ込めるような形で陣を作ったのだ。
「八卦の陣とはやるわね……」
思わず賈詡は歯がみした。
八卦の陣。史実において諸葛亮が得意とした陣で司馬懿もこの陣に破れている。逆にこの陣の対処を知っていると負けることもあり、徐庶が劉備に仕えて間もない頃に曹仁が構えたこの陣形(厳密には八門金鎖の陣と表記してあるがほぼ同じ陣形)を趙雲を用いて打ち破っている。
特に騎馬隊の突撃に効果を発揮するとも言われ今回はうってつけのタイミングであった。
「呂将軍に命じなさい! 東南の空いた場所から敵の中心を通って張遼達を救出しつつ西の空いた門脱出せよと!」
直ちに伝令が走り出し賈詡の命令が伝えられる。
しかし、この間に顔良や張郃といった名だたる武将達が前線へ出てきており、戦線を突破するのは至難の業と言えた。
「見事ね。さすがは袁紹軍、一筋縄ではいかないわ」
賈詡はその実力を認めざるを得なかった。
「呂布隊が突っ込んできます!」
その見張りの言葉に郭図は顔を上げた。見れば砂塵を濛々と上げながら呂布が突っ込んでくるのが確認できる。
「おそらく敵の狙いは東南の門のはず。文醜に伝えなさい。敵が門内に侵入したら直ちに陣形を後退させて顔良、張郃隊の中軍と合流せよと」
「御意!」
伝令が走って行くのを近くで見届けた田豊は郭図へと歩み寄った。
「恐れながら郭公則殿、それでは今の有利な状況を捨ててしまうのでは? 敵の侵入は両将軍の兵士を使えば十分可能かと思いますが……」
「元皓殿、あなたは各将軍の癖を考えていない。文将軍は特に功名を焦るばかりに突出しやすい。敵をうまく攻めている今だからこそ下手に敵の攻撃を防げてしまえば敵に突撃。孤立しかねない。だからこそこの微妙に有利になった次点で兵を一旦引かせ、冷静な判断を下せる顔将軍や張将軍に前線を引き継がせるのよ」
「なるほど」
「それに実は他にも策は講じてある」
そう言いながら郭図は不敵に笑みを浮かべた。
後数時間ではありますが、良いお年を!
それから八卦の陣に関しては、あくまでも陣形としては実在していないというのが現在の有力な学説とされております。詳しく知りたい人は是非調べてみてください!