「劉太守、とりあえずはあなたは殺されずにすむこととなりました」
田中は劉備に伝えた。
「ありがとうございます」
お礼を言うモノの目に見えて元気がない。おそらくは天の御遣いの事を心配しているのであろう。
「天の御遣いなる人物がどうなるかは分かりません。ただ、その人物を匿ったともとれる行動を行った人物たちは到底そのままにしておくことはできない。そこで貴殿らは一時的に階級を下げ、我々の陣営の元で動いてもらいます」
「そう、ですか」
「何、いづれ曹操や袁術らと我が君は戦闘状態になる可能性もあります。そうなれば貴殿らが一番に突っ込んで目的の人物を救い出せば良いだけのこと。お気になさる必要はない」
「うん、そうですよね! ありがとうございます!」
田中はあえてその救出の後、天の御遣いがどうなるかは言及はしなかった。おそらくは厳罰は逃れることはできないであろう。仮にも天の名を甘んじて受けてしまったのであるから、たとえ袁紹が守ろうとしても朝廷がそれを許すはずはない。
劉備の表情は明るくなったが、諸葛亮の表情は変わらない。おそらくはあえて田中がそのことへの言及を避けたことに気づいたのであろう。
「とりあえず、貴殿らは一時的に領地へとお帰しします。そこで万が一の時のための兵力の増強におつとめください」
「分かりました!」
田中はすぐに審配に劉備を帰還させるための馬や護衛、旅費の手配を命じた。
そして翌日、特に大きな事件もないまま劉備たちは帰還していった。
年も明けて190年。
袁紹陣営ではその年の方針を決定する会議が沮授や田豊、逢紀、顔料、文醜といった主立った幕僚らが出席の元会議が開かれた。
去年は袁紹陣営にとっては激動の年であり、わずか一年ほどで諸侯の中でも指折りの勢力となった。しかし、少しの期間の間にふくれあがった点もあり、地盤固めがうまくいっておらず、今年は大きな軍事行動は控え、足場を確実に固めることが最優先事項となったのである。
「田中殿、久しぶりに世間話でもしませんか?」
田中に話しかけてきたのは、今最も勢いのある田豊だ。
「ええ、構いませんよ。では私の部屋にお招きしましょう」
「敬語なぞよしてください。以前は私があなたの部下であったのだから」
「とはいえど、今ではあなたが上司です。まあ、公式の場では我慢してください」
そう言って二人は田中の執務室へと向かった。
田中はすぐに接待用のお茶を準備し始めた。お茶は高級な品ではあったが、田中も袁紹陣営の幕僚としてそれ相応の給与をもらっているために手が出ないことはなかったために、接客用として買ってあるのだ。
「で、話というのは何だい?」
昔の口調に戻りながら田中は田豊に聞いた。
「まあ、その私も最近は主君の側近として動くようになって分かったのですが、我が陣営は余りにも側近の仲が悪いような気がするのです」
「ああ。そのことですか……」
それは田中も悩んでいる事態の一つであった。袁紹陣営は今は休息状態になっているとはいえどやがて、曹操や袁術と言った勢力と衝突することは目に見えている。そうなったときにこのような状況では勝てるモノも勝てない。
「如何いたすべきでしょうか?」
「どうするかね……」
田中もしばらく考え込む。
机の上にはお茶の容器が置かれており、今は茶器を温めている段階だ。
「……」
「……」
二人とも考え込みながら、温まるのを待つ。
「……そうだ、あれを開けば良いのでは!」
田中はふと思いついたように言った。
「あれ、とは?」
田中の言葉に田豊は尋ねるが、彼は先にお茶を淹れようと茶葉を茶壺の中に入れ、お湯を注ぐ。すぐに灰汁を切って、ふたを閉め茶壺にお湯をかける。
そろそろ頃合いか後思った頃に、茶壺を持って一杯目を茶海に淹れ、茶を均等にしてお互いの香杯に注いでいく。その上から茶杯を乗せ、田豊と自分の前に置きお茶を進めた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
二人は茶杯と香杯をひっくり返し、ゆっくりと香杯を取って香りを楽しんでからお茶を一口啜った。
「私の国には茶を皆で楽しみながら飲むという風習があってな」
「茶をですか?」
「ああ。皆で談笑をしながら飲むのです。そういった事をすることでお互いのことを知る機会にもなりますし、人は美味しい物を食べるのに雰囲気が悪くなると言うことは無いだろう?」
「ですが、お茶を楽しむだけというのは……」
「そこで美しい風景などを見ながらお茶を飲むのだよ。そうすれば話題に困っても風景に関して話せば話も続くし、黙っていても気まずくはならない。ちょうど、近いうちに梅の花が咲き始める。そうすれば幕僚を誘って大規模なお茶の会を開けば良い」
「お茶は高いですから、そう簡単に手に入らないのでは……」
「そこが問題なんだよな……。どうにかならんものか……」
田中が悩んでいると扉をぶち破らんばかりに開いて突っ込んでくる人物がいた。
「その話、聞きましたわ! この袁本初が主催いたしましょう!」
なんと、我らが主君の袁紹ではないか。
「わ、我が君。いつからそこで?」
「初めからですわ! 珍しい組み合わせの二人が部屋に入るのが見えたので、思わず盗み聞きしていましたが良いではありませんか! お茶会! 優雅なこの袁本初の陣営として大々的に行いましょう!」
「我が君、しかしお金は……」
「そんな物はこの私に任せておきなさい! お~ほっほっほっほ!」
そう言って竜巻の如く袁紹は高笑いをしながら去って行った。
「まあ、企画は我々の方でもしておきますか……」
今からお茶会はすさまじい物になりそうな雰囲気であった。
気づけばもう初投稿から一年が経つんですね……。
正直、ここまでの長い作品になるとは思っていませんでした。ここまでこれたのも読者の皆様のおかげであります。今後も続いていく予定ですのでどうぞ最後までお付き合いいただければ幸いです。