袁紹を活躍させてみようぜ!   作:spring snow

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第六話 南皮

 文醜と顔良の二人の協力を取り付けた田中は、いきなり行動には移らなかった。

 

 理由は単純である。

 いきなり袁紹の心を開こうとしても、それは袁紹側からしてみれば自分の心に土足で入り込んでくるようなものだ。

 そのようなことをすれば、袁紹は益々心を閉ざすだけである。

 こうなってしまえば、手遅れとなることは目に見えている。

 

 故に、田中はゆっくりと心を開いていくことを念頭に動くこととした。

 

 田中の扱いは袁紹の副官と言ってはいるが、個人的な使用人に近い。

 これは、厳密には太守の副官は中央からの派遣であるために袁紹が個人的に雇うことなどできない。

 それ故の扱いであった。

 

 

 そんな田中の役目は、やってくる書類を運んできたりする雑用や袁紹の個人的な相談相手である。

 田中自身はそれほどの激務ではないが、袁紹の仕事は大変なのだ。

 

 太守は群のトップであるが、日本の県知事などとは大分違う。これは、群の統治から兵権までを有している。

 つまり軍の統制もできる言わば、小さい国のトップに近い扱いであった。

 そのために職務は幅広く、量も多い。

 

 この時期は冬であるために農業関係の仕事はないが、代わりに囚人の裁判を行うために各地に派遣する官吏を決定する仕事がある。 

 

 後漢時代の中国の役人(現代でも比較的その傾向は強いが)は賄賂などの汚職に手を染めることが極めて多い。

 故に官吏なども慎重に審査して派遣しないと汚職などが発生する可能性があるのだ。

 こうなってしまえば、民の非難の矛先は官吏を統括する袁紹や果ては漢の王朝にまで向かう。

 

 上記のような汚職を防ぐために官吏選びには極めて時間が掛かる。

 こういった仕事を袁紹は日々こなしているのだから、その能力の高さには驚かされるばかりだ。

 

 田中は袁紹の仕事を手伝いたいのは山々なのだが、下手に手を出しては職務を超えたことであるために迷惑になるだけだ。

 そのために、歯がゆい思いをしていた。

 

 

 そんなある日、袁紹が町の巡回に行くというので田中もそれに同行することを許された。

 護衛の任務についていたのが、顔良であったために気を利かせてくれたのであろう。

 

 そう言えば、町に出たことはほとんど無かったな。

 

 田中はふと思った。

 町に出ても知人がいるわけでもない上に、特に用も無いために外出をほとんどしていなかったのだ。

 

 準備を整え、街に繰り出してみて田中は、改めて驚いた。

 それは、南皮の町が発展していることだ。

 元々、南皮は人口が多く農業も盛んであることが有名ではある。

 しかし、統治者がそれを維持するのは大変である。

 治安や飢饉への対策など人口の流出を押さえる必要があるために、決して楽にできることではない。

 それをこなす袁紹の統治能力の高さは決して低くないことを改めて理解したのである。

 

 町は区画ごとに分けられており、どの区画も賑わっており、町の外に出れば広大な畑が広がり、多くの農産物を育てている。

 後漢末期の中国全土が荒れ果てている時代とは思えぬほど平和な雰囲気が漂っていた。

 

 史実では、後に袁紹が統治していた土地を曹操が統治するようになると、その土地の住人は袁紹の時代の統治を懐かしんだと言われるほど袁紹の統治能力は優れている。

 まさしく、その片鱗が南皮の町に現れていた。

 

 袁紹達が歩いていると非番でいつの間にかくっついてきた文醜が話出した。

 

「せっかく町まで来たんだし、何か飯を食っていこうぜ!」

 

「ちょっと文ちゃん!だめだよ!袁太守様は仕事も忙しいんだから!」

 

「っていったてさ、物価見るんなら飯を食って自分で物の値段や質を判断するのが一番じゃん!」

 

「確かに一理ありますわね。よろしい、そういたしましょう!」

 

「え~~~!袁太守様、仕事はどうするんですか!」

 

「そんな物、私の手に掛かれば美しく優雅にこなして見せますわよ!お~ほっほっほっほっほ!」

 

 先ほどまで田中の中で急上昇していた袁紹の株価は、世界恐慌もびっくりの勢いで大暴落していた。

 なぜなら、そう言っている袁紹の額には滝のような冷や汗が流れている。

 

 どう考えても仕事をさぼる言い訳をしているのは丸見えだ。

 しかし、普段から多くの仕事をこなしているため、たまにはこうした休憩が必要であるのは確かだし、親睦を深める良いチャンスでもある。

 

 ここは田中も助太刀に加わることにした。

 

「まあ、袁太守様もああ言っておられますし、食べるのもありでしょう。それにこうしたことで、その店が儲かるようになれば良い経済効果も期待できますし、領主と民の関係が近いのは悪いことではないでしょう」

 

「む~~!どう考えても言い訳にしか聞こえないけど、言い返せないし……。まあ、良いでしょう」

 

 そう言って近くの店に入ることにした。

 

 

「ふ~食った、食った!」

 

 文醜が満足げな顔をしながら、足を進める。

 

 この店の料理は比較的どれも美味しく、ついつい食べ過ぎてしまった。

 袁紹もたまにはこうした料理もありかと満足げな表情を浮かべている。

 

 田中が狙った通り、袁紹は顔良と文醜にも少し打ち解けて話すようになり、今回の外食は大成功を納めた。

 

 

 無事に町の巡察を終えて、田中は自分の部屋に戻ると机の上に一通の手紙が置いてあった。

 

「誰からだ?」 

 

 田中はこの世界の人間ではない。

 故にどう考えても家族関連ではないのは確かだ。

 しかし、知人と言っても手紙を書くぐらいなら顔を合わした方が早い人ばかり。

 そのため、誰が送ってきたのか皆目見当も付かなかった。

 

 手紙を開けて、内容を読んだ田中は目を丸くした。

 そこにはこう書かれていたのだ。

 

 あなたと話がしてみたい。

 一度お会いできませんか?

 

         曹孟徳 

  


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