袁紹を活躍させてみようぜ!   作:spring snow

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お待たせいたしました!


第六六話 噂を突き止めるべく……

 西暦190年十月半ば。

 一年足らずで長江の北にある冀州、幽州、并州の三州を収めた袁紹の名声は天に届かんばかりであった。しかし、その名前と共にある噂が広がっていた。

 それは袁紹が収める冀州からほど近い地、兗州の地で天の御遣いなる人物が現れたというものだ。

 最初は兗州周辺でのみ聞こえていた噂であったが、袁紹が北方の統一を遂げてからその噂と共に拡大していき、漢全土にまで広がっていたのだ。

 この噂についに袁紹陣営でも対応が迫られていた。

 

 

 

 

「このような噂が存在するとは極めて遺憾であります」

 

 まずそのように発言したのは袁紹の側近である逢起だ。

 

「漢における天と言えば、皇帝陛下に他なりません。漢の皇室つまりは劉家以外の人間がみだりに天の名を口にすれば厳正な処罰は免れませぬ!」

 

「無論ですな」

 

 そう同意したのは郭図だ。

 

「このような噂が出てくること自体も問題ではありますが、この噂を吹聴した人間は打ち首の上、城門にさらし首にしても飽き足りません」

 

「何でも噂を流しているのは占師の管輅だそうです」

 

「誰だ、それ?」

 

 許攸が田中に聞く。

 

「実は実体が全く謎に包まれた人物でして、出生、生い立ち諸々の情報が一切ございません。ただ分かっていることは漢全土に突然現れてこの噂を吹聴している。ただそれだけです」

 

「ふ~む、謎に包まれた人物とそやつが噂する天の御遣いか……」

 

 郭図はうなり声にも似た言葉を出す。かなり不本意なものらしい。

 

「ちなみにそやつはどこにいるのだ?」

 

「東郡です」

 

 そういえば、以前と数人の人間が思い出したかのように相づちを打つ。

 

「劉備の統治下か。今すぐに調べに行く必要がありそうだな。こうした噂は元から絶つのが一番良い」

 

 そうだと多くの人物が口々に言う。

 

「では、誰を劉備のところへ派遣する?」

 

 この問題はかなりデリケートな問題だ。皇帝が関わってきているのは無論であるが、劉備は今袁紹とは共闘関係にあり、青州にいる曹操を睨んでいる。

 

 最近は曹操は黄巾党の残党の処理に忙しいらしく、それほど心配は無いが味方が多いことに越したことはない。劉備を疑うと言うことは彼女の統治能力を疑うことになる上、彼女は仮にも劉姓の人間であるから地元でそのような噂が立つことを大げさに言えば彼女のメンツをつぶすことにもなり得る。

 それらの関係を加味した上で情報を集めつつ、うまく立ち回れる人間を探さなくてはならない。

 袁紹の幕僚は皆一人の人間を思い浮かべた。かなり変わった方法を用いながら情報を的確に判断でき、かつ着実に成果を収めている人間。

 

「私ですか?」

 

 皆の視線は田中に注がれていた。

 

 

 

 

 

「それで私が護衛として抜擢されたのですか……」

 

 田中は審配とその配下の兵士百ほどを伴って東郡に向かっている道中である。

 審配は知勇に優れた武将であり、田中とも仲が良い。彼女であれば田中のサポート役にも護衛役にも適当であろうと袁紹が判断したため付けたのだ。

 

「ああ。だが、果たして劉備が本気でこちらを攻撃してきたら私は生きていられるのであろうか……」

 

 田中は劉備の配下に猛将の関羽と張飛がいることを知っている。袁紹配下の二大看板であった顔良と文醜をいとも容易く斬った奴だ。審配のましてや百にも満たない将兵がまともにやり合って勝てるとは思えない。

 

「大丈夫ですよ。劉備なぞ所詮は地方の一役人。天下人と言っても過言ではない我が君の幕僚を斬るような暴挙に出るとは思えません。それに今、我が君と劉備との関係は良好。敵対する理由が見つかりません」

 

 審配はからからと笑いながら言う。

 しかし田中は後の歴史でその一文官であった劉備が孫権と手を組み、圧倒的大軍勢の曹操を打ち破った戦、赤壁の戦いを知っている。とても流暢に笑ってはいられなかった。

 

 何よりも、と雰囲気を変えながら審配は続ける。

 

「この審配がいる限り田中殿には指一本触れさせません」

 

 その瞳は本気であった。

 審配もまた勇将であり、圧倒的大軍勢である曹操の軍勢による城攻めに長期間持ちこたえた守備の達人だ。その言葉にはしっかりとした重みがある。

 

「頼りにしてるよ」

 

 田中はそう言って遠くの空を見た。

 

 

 

 

 

「桃香様、袁州牧からの使者です」

 

 関羽が劉備の執務室に入ってきた。

 彼女は劉備の護衛と執務の手伝いを兼ねており、執務室の往来を許可されている。

 

「え~! 今、書簡の片付けに忙しいのに~!」

 

 彼女はデスクワークが苦手なため、いつも彼女の机には書簡の山ができていた。

 

「とはいえど、仮にも天下人からの使者、無視はできませぬ」

 

「は~い。じゃあ朱里ちゃんと雛里ちゃん達も呼んで」

 

「かしこまりました」

 

 は~っと溜息をつきながら、身支度を調えて使者を迎える準備を整える。関羽はすぐに朱里と雛里と呼ばれた少女達のもとへと向う。

 

「軍師殿、袁州牧からの遣いです!」

 

 ある部屋の前で関羽はそう告げた。

 

「分かりました、すぐ行きます。雛里ちゃん!」

 

「分かってる、朱里ちゃん」

 

 

 

 

「これはお待たせをいたしました、遣いの方々。もうまもなく我が君が来られますのでお待ちください」

 

 関羽がそう言って田中の元へとやってきた。

 

「急なご訪問申し訳ありません」

 

 田中はそう告げて関羽に非礼をわびる。

 

「お待たせしました~!」

 

 その二人の大人な対応をぶち壊すかのように入ってきたのは、この地の統治者である劉備であった。その劉備の背後には、二人の幼女がくっついており、端から見れば完全に幼稚園児の面倒を見る先生の図でしかなかった。

 

(あれ、俺は幼稚園に来たのか……)

 

 今から不安がふくれあがり始める田中であった。


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