城壁に籠もって戦うとは言えど、かなり厳しいものだ。
何せ周りは敵だらけ、援軍がいつ来るとも分からずに戦い続けなければならないという緊張感と不安は想像を絶するものである。
しかし、異民族相手にまともに野戦をしようものなら返り討ちに遭うことは必至だ。故に袁紹軍が勝つ方法はただ一つ。籠城をしつつ敵の隙を作り出し一気に叩くしか方法はない。
籠城中の麹義は今こそ敵に打撃を与えられるときだと踏んで趙雲に合図を送った。
その狼煙に合わせ、周囲の山に潜んでいた趙雲は怒鳴った。
「火矢を射かけよ!」
弓兵は一斉に自分のもつ矢に火を付け敵陣めがけて放った。
その矢を放つ瞬間に手空きの兵士達は旗を持ち一斉に降り始める。
いきなりの予想外の位置からの攻撃に異民族達は驚き、その方角を見ると大量の旗が翻っている。
いつの間にあれほどの援軍が到着したのか!
異民族達は驚きを隠せなかった。
その場所から騎馬を率いて突撃してくる者がいる。趙雲だ。
周囲には騎馬が数騎見えるが、その後方は土埃で思うように見えない。だが、その土埃の様子からして相当な大群が押し寄せてきているように見える。
ただでさえ、火計を喰らい浮き足立っているところにこれほどの大群が押し寄せればどうなることか想像に難くない。
我先に逃げ出そうとする異民族達は転んだ仲間を助けることもなく次から次へと踏みつけながら逃げ、仲間を押しつぶしていく。
こうなってしまっては最早、軍としての様相を呈していない。
そこへ城門が開け放たれ、中から出てきたのは袁紹軍大将の文醜だ。
「一人残らず斬り殺せ!」
そのかけ声に合わせて歓声を上げながら兵士達は壊走していく異民族達を追いすがっていく。
しかし、敵は仮にも騎馬の扱いに慣れた部隊なだけあり、ほとんどの騎馬兵は袁紹軍に捕まることなく逃げることに成功する。こうなると悲惨なのは騎馬兵ではない歩兵部隊だ。
彼らは問答無用で突き、轢き、斬り、撃ち殺された。
晋陽を守ることに成功した袁紹軍はそのまま追撃を続ける。
晋陽郊外における戦闘から五日後には、異民族達を国境から追い出すことに成功した。
無事、異民族を追い出した袁紹軍はそのまま晋陽に駐屯。異民族により破壊された各地の要塞や防御設備、建物と言ったものの復興に掛かり始めた。
これと並行して行われたのが、前回の賊の襲撃における処罰だ。
主に関与していたのは張燕とその配下数名の人間が中心となって行われたものであったが、張燕は仮にも黒山賊の総大将。今の混乱期に斬ってしまえば、黒山賊はばらばらとなり、場合によっては新たな独立組織となってしまう。
そこで袁紹陣営としては配下の人間の独断専行によるものだと世間には公表を行い、その者達の首を刎ねることで、混乱の収拾を図ることにした。
それが決定した夜、袁紹と田中と顔良は密かにその者達がいる独房へ密かに訪れていた。
「そこにいる者がこの度、首を刎ねられる者ですか?」
袁紹は既に人払いをしており、周りには田中と護衛の顔良しかいない。
「ええ」
田中は小さく頷いた。
独房の中にいるのは髭はあまり生えていないが、とても体つきががっしりとしている男だ。
「罪人に何用だ?」
「私は袁本初ですわ」
「貴様が……」
男はそれまで下を向いていたが、初めて頭をもたげた。
まっすぐ袁紹を見つめ、逸らすようなことはしない。その様子は罪人と言うよりは一人の武人としての姿だ。
「あなたは明日首を斬られますわ」
袁紹はずばっと言った。
「ああ。そうだな」
「なぜ、あなたは私に挑もうと考えたのですか?」
袁紹はそれが気になっていた。普通に考えてあれだけの兵力差だ。勝てる見込みなど無いに決まっている。なのに彼らは実行に移した。その真意を彼らから聞きたかった。
「さあ。なぜだろうな……」
男は天井を見つめながら答える。
「ただ、生きるためには領地が必要だった。我々、黒山賊の力は年々衰退している。しかし、最近では異民族の動きも怪しかった。どうも北方は最近、寒冷化してきているらしくてな。それもあって新たに領地を開拓する必要があった。それだけだ」
男は淡々とだが、確信を持って言った。
「なぜ、共存の道を取ろうとしなかったのです? そうすれば、あなたは殺されなかったかも……」
「馬鹿言え。仮にも俺らは賊だ。四世三公の出のあんたと薄汚い賊が手を組むと思えるか? 美しい者は美しい者といてこそ生えるもの。俺らとは相容れないもんだ」
「でも結果は……」
「そうさな。俺たちの見通しは外れたと言うことだ。見る目も力も足りなかった。だからここにいる」
「……私を恨まないのですか?」
袁紹は一番聞きたい質問をした。
彼女は政治的な判断で彼らを斬ることを決めたが、本心では殺したくはない。せめて袁紹はその点だけではっきりしておきたかった。
「賊は実力勝負だ。負けた者は勝った者の言うことを何でも聞く。それがどんなに残酷な命令でもな。俺たちは頭が生きている。それだけでも儲けもんだ。感謝はすれど恨みなど無いよ」
男はそれだけ言うとごろんと横に転がり言った。
「悪いが眠いんだ。明日には遠くに行かなきゃならん。悪いが眠らせてもらえるか? 今度の遠征はいつまで続くか分からんしな」
「分かりましたわ、ではお休みなさい」
袁紹はそう言って田中達と共にその場を後にした。
「そう、俺の名は廖元って言うんだ。息子が一人いてね、息子に会ったらこれを渡してやってくれ」
男がそう言って袋を投げてよこした。
「息子さんの名は?」
「廖化だ。字は元倹」
それだけ言うと男は再び寝始めた。今度こそ起きはしなかった。
「こういう時が一番やりきれませんね」
袁紹は寂しげに言う。彼女はそもそも乱世には不釣り合いなほど心優しい少女だ。
「本初様。私は決してあなたの元を離れはしません。こうした苦労も共に背負っていく所存です」
「私も」
「ありがとうございます」
袁紹は二人にそう告げた。
次の日、廖元以下三名の関与した人間の首が斬られたのである。